Side 川上宗一
霧島翔子。
その名前は、文月学園の二年生の中でもっとも有名な生徒の名前と言っても過言ではないだろう。
腰近くまで伸ばした綺麗な黒髪。
整った顔立ち。
真っ直ぐ伸びた綺麗な姿勢。
Fクラスの清涼剤である姫路瑞希が小動物的な『可愛い』女の子ならば、霧島翔子は芸術的な『美しい』女の子だ。
そんじょそこらのモデルでは太刀打ちできないほど、霧島翔子は美人だというのが僕達の認識。男女に関わりなく見惚れさせるその見た目から、彼女はよく目立っていた。が、彼女の凄い所は見た目だけではない。
彼女の肩書は、
一年生の三学期末に行われる振り分け試験。
二年生のクラスを編成する振り分け試験で、そのクラスで最も優秀な成績を収めた生徒には『代表』という肩書を与えられる。
例えば我らが代表、二年Fクラスの坂本雄二。
Fクラスの代表、ということは、彼は振り分け試験でFクラスの教室内で最も成績がよいという証明だ。
そして、学年で最高成績を誇るAクラス。50人の成績優秀者が集まるAクラスの代表、ということは、そのまま二年生のトップということになる。
まさしく才色兼備!
天は二物を与えずとは言うが、彼女に限ってその言葉は適用されはしないだろう。
しかし、彼女にはある噂がある。
僕達が一年生の時、その美貌と成績の良さに惹かれ、多くの男が彼女に告白し、そして散って行った。
中には運動がばりばりできるスポーツマンや、今は卒業した三年のイケメン先輩がいたりもした。
多くの男が彼女に告白したが、だがしかし、誰も彼女の心を動かすことはできなかった。
そしてそのことから、彼女は同性愛者ではないかという説が静かに流れている。
――――――――――――Aクラス教室
「―――負けた方はなんでも一つ、言うことを聞く」
姫路を見ながら、霧島はそう宣言する。
ん? 今なんでもって言ったよね?
「…………(カチャカチャ)」
「ムッツリーニ、まだ撮影の準備は早いよ! というか負ける気満々じゃないか!」
霧島翔子は姫路瑞希を狙っている。そう思ったのだろう、康太と明久が動揺しながらもカメラの準備をし始める。
「………………」
ふと、霧島の方を見るとばっちり目が合った。
こうして会うのは昨日ぶりか。まだ多くの言葉を彼女と交わしたわけではないけれど、僕は彼女のことについていくつか知っていることがあったりする。
「じゃ、こうしましょ? 勝負する科目は五つの内三つ、そっちに決めさせてあげる。二つはこっちで決めさせなさい」
木下が妥協案を提案する。
これは競争ではなく戦争。
彼女は相手がFクラスといえど、油断する気はまったくないらしい。BクラスやDクラスの時の用に、『所詮Fクラスだから』と、僕達を侮る気はまったくないようだ。
この辺りが引き際だろう。木下優子の態度から察するに、これ以上僕達が有利になるよう条件を変えることはできないだろう。
「交渉成立だな」
雄二も僕と同じ考えに至ったのか、木下優子の提案を受け入れる。
「ゆ、雄二! 何を勝手に、まだ姫路さんが了承を――」
「明久、大丈夫だ」
「そ、宗一?」
「大丈夫、これに限って姫路に害はないから」
「害はないって――なんでそんなことを言えるのさ!」
そりゃもちろん、姫路と霧島のレズ〇ックスを観てみたいということもあるけれど、僕が知っている限りそれは絶対ありえない。
「心配すんな。絶対に姫路に迷惑はかけない」
「雄二……」
自信満々の雄二のセリフに、まだ不安はぬぐい切れていないようだがとりあえず納得はしてくれたようだった。
「勝負はいつ?」
「そうだな。明日の十時でいいか?」
「……分かった」
霧島が頷く。
次はいよいよ―――Aクラス戦。
―――――――――新学期初日、Dクラス戦後の放課後
「はぁ……船越先生どうしようか……。雄二のクソ野郎、明久はともかく、なんで僕を巻き込むのか……」
僕は頭を抱えながら、体育館倉庫へと向かう。
理由は簡単、Dクラス戦での後始末のためだ。
<吉井明久君と川上宗一君が体育館裏で待っています。生徒と教師の垣根を越えた、男と女の大事な話があるそうです>
戦争を有利にするため、僕と明久は雄二の卑劣な罠によって船越先生に売られた。
仕返しに秀吉を使って雄二に船越先生を差し向けたのはいいけれど……。誤解を先に解いておかないと、後々面倒になりそうだし。後始末は早く片付けるに越したことはない。
秀吉により、船越先生は体育館倉庫にいるはず。保健体育の授業という名の既成事実を雄二と作るために。
僕はグラウンドの近くにある体育館倉庫の扉を開けた。
「ちわー。船越先生、実はさっきの…ほう、そう……なんですけど……」
扉を開いた時、僕は眼の前の光景に目を疑った。
何故ならそこには―――
「き、霧島……?」
「……川上、宗一」
二年Aクラス代表、霧島翔子が、スタンガンを持って船越先生と話していたからである。
――――――――――――
「……船越先生には、二度と雄二に近付かないと約束させた。……あとは、川上を始末すれば、完了」
「待ってちょ待って、ゴメン謝るから! そのスタンガン改造でしょ!? 死ぬ! 死んじゃうから! だから僕の息の根を止めるのは勘弁してください!」
船越先生は、霧島翔子による説得(雷)によって退場させられた。
その時、僕もどさくさに紛れ『あの放送は嘘でした』と伝えた。
だが、僕の貞操よりも霧島に脅されたことに頭がいっぱいだったらしく、もう例の放送のことは頭にないようだった。
一体何を言われたんですかね。
そして今、何故か僕は学年主席の女の子に、首元にスタンガンを押し付けられている。どうやら霧島は僕があの放送を仕組んだ犯人だと考えているようだ。
おかしい。秀吉の声マネは完璧だ。普通なら誰だってあの放送が秀吉の声だなんて思わない。ましてや秀吉に指示をしたのが僕だと言うことも。
「ていうか、なんで僕が雄二を売った犯人だって……?」
思わず気になって訊いてみる。
「……まず雄二は、あんな放送しない。なら、他の誰かがやったと考えるほうが自然。けれど、最初の放送は雄二が仕組んだもの」
スタンガンを僕の首に押し当てながら、霧島は淡々と僕に言う。
「……なら、あの放送は雄二に恨みを持っている人の仕業。……そして、最初に流れた船越先生を誘導するための放送。それに出た名前は、『吉井明久』と『川上宗一』」
自己紹介もしていないのに名前を呼ばれ、心臓がドキリと鳴る。ていうかあの放送が船越先生を戦線から離すためだと言うこともバレてる。
「……二人のどちらかが、雄二に船越先生に売られた仕返しに、雄二の声を使って放送したと考えられる」
すごい。もう凄すぎて逆に怖い。怖すぎて足が震えてきた。人間って恐怖の限界が近づくと足が震えるって本当なんですね。
しかし放送を聞いただけでそこまで的確な推測ができるものなのか?
もしこれが学年主席の力所以だと言うのなら、ひょっとしなくても僕達はとんでもない相手に戦争を挑もうとしているのかもしれない。
「……吉井は雄二とよく一緒にいたから知っている。……でも、吉井は自分の手で仕返しをしようとするはず。……だから、残る一人が犯人」
「へ、へぇ……す、すごいね、霧島さん……きっと名探偵になれるよ……」
エスパーなのではないかと思えるほどの推理は見事に当たっていた。女子高校生探偵霧島翔子……なんて恐ろしい。
そのうち黒い服を着た男二人に薬を飲まされ体が縮んだりしないかしらん。
「……ところで霧島は、雄二のことを呼び捨てなのは……」
「……私達は幼馴染」
どうやら霧島は雄二にずっと片思いをしていたらしい。
確かに雄二は見た目もそこまで悪くない。あいつを好きになる女子なら一人や二人はいるだろうなと勝手に想像していた。けれど、もしかしたら霧島が裏でこういう風に雄二に気のある女子を始末していたのかもしれない。
けれど1年近くあいつとつるんでたけど、霧島が幼馴染だなんて全く知らなかった。話題にすら上ったことがないし、おそらく雄二が意図的に避けていたのだろう。
「……雄二の狙いは、Aクラスの設備?」
「な、何言ってるのさいきなり……」
「……とぼけなくていい」
確信しているのか、はっきりと言う霧島さん。
なんでそんなことを。まだ僕達はDクラスを倒しただけなのに、それだけでどうして『Aクラスを狙っている』だなんて分かる?一体どこに判断材料があるんだ。
「……雄二のことなら、なんでも分かる」
その時、僕は霧島の目を見た。
自分で言うのも手前味噌であれなのだが、人を見る目には自信がある。観察が得意だと言ってもいい。
その人がどんな人間なのか、何が好きで何が嫌いなのか、僕は話をしたり本人を観ているだけである程度それが分かったりする。
プロファイリング、とでも言えばいいのだろうか。
画家は見るだけでは絵は描けない。その人の中身を観る必要が時折あるのだ。
そして、僕は霧島の目を見た時、察した。
この人は僕を観ていない。眼中にない、というのはこのことだろう。
普通の人は異性と話す時、ある程度相手が『異性だ』ということを意識する。けれど、彼女にはそれがまったくない。
僕を男として視ていない。
いや、男ということは分かっているんだろうけど、これはアレだ。
「……私は、雄二のお嫁さんになるんだから」
学年主席のもっとも綺麗な女の子が実はヤンデレ属性もちだった件。
「……雄二は誰にも渡さない。船越先生を焚き付けた罪は許せない。覚悟して」
霧島がスタンガンのスイッチを押そうとする。彼女は本気だ。愛しい幼馴染に害を為す僕を許す気はないのだろう。
しかし咄嗟に、僕の口から恐怖のあまりこんな言葉が飛び出す。
今思えば、最低の命乞いだと思う。
「待って、タンマ! それなら今度『雄二×翔子』の同人誌を描いてあげるからぁ―――――!!」
「……(ピタッ)」
「…………?」
しばらく体育館倉庫に静寂が流れた後、首元に押し付けられたスタンガンが、すっと離れる。
おそるおそる目を開けると、頬を赤くし、普段の表情から想像できないようなテレた霧島がいた。
「――――……その話、詳しく」
後々知ったことなのだが……学年主席の彼女は、意外とムッツリスケベだった。
―――――――――――Aクラス交渉後、Fクラス教室
「まずは皆に礼を言いたい。周りの連中には不可能だと言われていたにも関わらずここまで来れたのは、他でもない皆の協力があってのことだ。感謝している」
雄二は壇上で皆にそう礼を言った。
「ゆ、雄二、どうしたのさ。らしくないよ?」
「自分でもそう思う。だが、これは偽らざる俺の気持ちだ」
確かに、雄二の戦略は見事な物だった。だが、どの作戦も雄二一人では成し遂げられない。Fクラスの団結があってこそだ。だからこそ、雄二の感謝も本当なのだろう。
「ここまで来た以上、絶対にAクラスにも勝ちたい。勝って、生き残るには勉強すればいいってもんじゃないという現実を、教師どもに突きつけるんだ!」
『おおーっ!』
『そうだーっ!』
『勉強だけじゃねえんだーっ!』
雄二の言葉に、Fクラスの男共の気持ちがひとつになる。
「皆も知っている通り、先ほどAクラスに試験召喚戦争を申し込んだ。しかしちょっと特殊でな。それについて話そうと思う」
雄二は今日、Aクラスとの交渉についてFクラスに話した。
今回はクラス単位の戦争ではなく、一騎討ち。
代表を含め五人が相手と一騎打ちをすると星取り戦形式の団体戦。
『誰と誰が一騎打ちをするんだ?』
「いい質問だ。うちのクラスからは姫路、康太、明久、宗一の4人と俺が出る。Aクラス代表の翔子とやるのは、俺だ」
雄二が今回の団体戦のメンバーを発表する。姫路と僕、康太がいるのは予想はできたけど、明久は意外だ。何か理由でもあるのだろうか。
そして、霧島と戦うのは、雄二。
「バカの雄二が勝てるわけなぁぁっ!?」
雄二のカッターが明久の頬を掠める。
「次は耳だ」
ヤクザみたいな脅しの仕方だ。
「まぁ、明久の言うとおり確かに翔子は強い。まともにやりあえば勝ち目はないかもしれない。だが、それはDクラス戦もBクラス戦も同じだったろう?まともにやりあえば俺達に勝ち目はなかった」
勝ち目はなかった。圧倒的な学力の差があった。
けれどそれを覆したのが僕達Fクラスだ。
現に、僕達はDクラス、そしてBクラスを倒した。それは紛れもない事実。偶然だなんて言葉だけでは片づけられない。
戦略と知識を駆使し、確かに僕らは勝った。
その確かな結果が僕達に『自信』を与えてくれる。
「今回だって同じだ。俺は翔子に勝ち、Aクラスを手に入れる。俺を信じて任せてくれ。過去に神童とまで言われた力を、今皆に見せてやる」
『おおぉーーーっ!!』
今さら確認するまでもないだろう。全員雄二を信じているようだった。
「けれど雄二、具体的にはどうするつもり? 単純な召喚獣の勝負じゃ、雄二でも厳しいんじゃない?」
「ああ、それは宗一の言う通りだ。だから、俺と翔子の勝負は――フィールドを限定するつもりだ」
「フィールド? 何の教科でやるつもりじゃ?」
「日本史だ」
「日本史?」
「ただし、内容は限定する。レベルは小学生程度、方式は百点満点の上限あり。召喚獣勝負ではなく純粋な点数勝負だ」
試験召喚獣戦争は、召喚獣を用いてはいるが本質はあくまで学力を競う戦争だ。
「でも、同点だったら、きっと延長戦だよ?そうしたら問題のレベルも上げられちゃうだろうし、ブランクのある雄二には厳しくない?」
「確かに明久の言うとおりじゃ」
「おいおい、あまり俺を舐めるなよ? 延長戦なんかさせるわけないだろう」
「?? それなら、霧島さんの集中力を乱す方法を知ってるとか?」
「いいや。アイツなら集中してなくても、小学生レベルのテストなら何の問題もないだろう」
確かに、霧島が集中を乱された程度で小学生レベルの点数を落とすとは考えられない。一度話せば分かる。あれは怪物だ。僕は彼女が化け物クラスの知識を持っていることを知っている。
そして、幼馴染の雄二も。
「ひょっとして運ゲーでもやるつもり?」
「いいや、俺がそんな運に頼り切った戦法をすると思うか?」
「雄二。あまりもったいぶるでない。そろそろタネを明かしてもいいじゃろう?」
「あくしろよ」
「そうだな……俺がこのやり方を採った理由は一つ。ある問題が出れば、アイツは確実に間違えると知っているからだ」
間違える問題? そんなのが小学生レベルの暗記科目である日本史に?
「その問題は――『大化の改新』」
「大化の改新ねぇ……誰が何をしたのか説明しろ、みたいな?」
「いや、そんな掘り下げた問題じゃない。もっと単純だ」
「単純というと――何年に起きた、とかかのう」
「ビンゴだ秀吉。年号を問う問題が出たら、俺達の勝ちだ」
やっぱり運ゲーじゃないか!
問題が出なかったらどうするつもりだ?
「大化の改新が起きたのは、645年。こんな簡単な問題は明久ですら間違えない」
「明久、何で泣いてるの?」
「お願い……僕を見ないで……」
「だが、翔子は間違える。これは確実だ。そうしたら俺達の勝ち。晴れてこの教室とおさらばって寸法だ」
「あの、坂本君」
「ん? なんだ姫路」
「霧島さんとは、その、……仲が良いんですか?」
「ああ、アイツとは幼馴染だ」
「総員、狙えぇっ!」
「なっ!? 何故明久の号令で皆が急に上履きを構える!?」
「黙れ男の敵! Aクラスの前に貴様を殺す! それが我ら――」
『『『『『 我ら異端審問会 』』』』』
「俺が一体何をしたと!?」
あ、これ、この間Cクラス戦の時僕が味わったパターンだ。
「遺言はそれだけか?……待つんだ須川君。靴下はまだ早い。それは押さえつけた後で口に押し込むんだ」
「了解です隊長」
「ん? 宗一は加わらんのか? ムッツリーニはボールペンを突く気満々じゃぞ」
「あぁ、まあ……」
既に知ってるし。霧島が雄二を恋を……いや、あれはもはや愛のレベル。
この数日間、僕は既に何冊か霧島に雄二の同人誌を渡している。その際に彼女がどれだけ雄二のことを想ってるか惚気られたし、その想いは姫路や美波が明久を想うような、純粋で強い、尊いものだ。強すぎて清水のような暴走の兆しも見られたが。多分さっきAクラスの教室で姫路を見ていたのは、Fクラスで雄二に近い異性だから気になっていたのだろう。姫路も見た目なら霧島に負けずとも劣らない可愛さを持った女の子なのだから。
「あの、吉井君」
「ん?なに、姫路さん」
「吉井君は霧島さんが好みなんですか?」
「そりゃ、まぁ、美人だし」
「…………」
「え?なんで姫路さんは僕に向かって攻撃態勢を取るの!?それと美波、どうして君は僕に向かって教卓なんて危険な物を投げようとしているの!?」
美波はともかく姫路もどうやらFクラスに徐々に馴染んできているらしい。それにしても、美波は仮にも女子なのにどこにそんな力が……もしかして美波は平和島静雄である可能性が微粒子レベルで存在している?
そんな混沌とし始めた教室に待ったをかけたのは秀吉だった。
「冷静に考えるのじゃ皆の衆。あの霧島翔子じゃぞ? いくら幼馴染みとはいえ男である雄二に興味があるとは思えん」
いや、その逆だ。雄二にしか興味がないんだよ秀吉。だから君たち、「まさか姫路さんのことを……!?」みたいな期待と驚きに満ちた目で姫路を見るんじゃあない。言わないけど。何年も秘め続けていた霧島の想いをここで暴露するほど無神経じゃないし。
「とにかく、俺と翔子は幼馴染みで、小さな頃に間違えた答えを教えてしまったんだ。アイツは一度覚えたことは絶対に忘れない」
だからこそ、彼女は今の地位に立っている。
完全記憶能力。その高い知力と能力が、今回の勝負の鍵。
「俺はそれを利用して勝つ。目指すは――」
『システムデスクだ!』
次回からAクラス戦スタートです。
たくさんの感想と評価、お気に入り登録ありがとナス!
ちょっと淫夢要素を出した途端急に感想欄が淫夢臭くなってて草生えますよ