Side 吉井明久
鉄人が担任になったことでFクラスの授業の厳しさは倍以上になった。もし居眠りをしたり、板書をせずにだらけていると、鬼の鉄人こと西村先生が人間離れした察知力で「吉井、居眠りとは余裕があるな、この問題を解いてみろ」と問題を投げかけてくるからだ。しかも不正解だと鉄拳制裁。ただでさえ僕らは眼を付けられているのに、授業中もずっと鉄人から監視され続けるという牢獄のような環境になってしまった。
「はあ、これじゃあ毎日が鬼の補習になるような物じゃないか」
「そうじゃのう。どうにかできんじゃろうか」
「イヤならサボればいいじゃん。ほら、玄関で靴を履いて、何も知らない顔して家に帰れば授業は受けずに済むよ」
「宗一。分かってて言ってるよね? もし鉄人の授業をサボればどうなるか」
「もしそれをすれば、授業ではなく補習を受けるハメになるのぉ」
昼休み。
屋上で午前中の授業の疲れを吐き出しながら、僕らは愚痴っている。
宗一はどこから持ってきたのか、アコギのギターをいじっていた。弦を弾く音が響いている。
チューニングをしている、と宗一は言ってたけど、なんだろう。ガムでも噛むのかな?
それにしても、真剣に弦を弾きながらつまみをいじっている宗一は、男の僕から見てもカッコよく見えた。普段マヌケでスケベな宗一からは想像できない姿だ。僕は音楽についてはよく分からないけれど、宗一がギターをただいじっているだけでかなり様になっているのが分かる。やっぱり宗一って楽器が得意なんだなぁ。
「………鉄人から逃げるのは困難」
「そうだ、もう一度試召戦争をして勝てば……」
「それは無理だ明久。試召戦争で負けたクラスは三か月間、宣戦布告ができないルールを忘れたのか?」
「そうだった……ああ、どうしてこんなことにぃ」
「雄二が負けたのが悪いんでしょ」
宗一が溜息を吐きながらそう言う。
「三ヵ月って言ったら、今はもう4月の中盤に差し掛かった所だから解禁されるのは期末テストの頃。その時期になると、期末テスト勉強の追い込みだしね。今はCクラスとうちのFクラスは宣戦布告ができない状態だけど、その時期じゃ余所に戦争する暇なんてないよ。そのあとはすぐに夏休みも入るから本格的に攻めれるのは9月になるんじゃない? まさか夏休み中に他のクラスと試験召喚戦争をするわけにはいかないし」
「それじゃあ、9月までこの環境で過ごせってこと?」
「夏休み中もFクラスは補習とかあるだろうから、そういうことになるね」
「おのれ雄二! やはり貴様は、負けた責任として切腹をするべきじゃないか!」
「皆が力を合わせた結果に文句を言うなんて無粋な奴だ」
「雄二が一人で負けたんだろ!」
詫び入る様子さえ見せない雄二。やはりこいつはここで抹殺しておくべきか……!
「けれど、明久の言う通り、実際問題このまま次の試験召喚戦争までミカン箱は辛いなぁ」
「そうじゃのう。鉄人はまだいいとしても、今の設備のままでは体に厳しいの。演劇部の稽古も放課後にあるというのに、正座を1日以上するのは辛いのじゃ」
「分かる。ござとミカン箱て。座椅子とまでは言わなくても座布団ぐらい使わせてくれればなぁ」
宗一と秀吉がはぁ、と重い溜息を吐いた。
二人は道は違えど同じ芸術家。授業は二の次で本来は自分がやりたい趣味や部活に時間と体力を注ぎ込みたいというのが二人の望みなのだろう。授業で必要以上に体力を奪われるというのは二人としては避けたいはずだ。
「ん―――――――。机と椅子―――どうやって揃え―――……あ、そうだ、雄二」
「なんだ、宗一」
何かを思いついたのか、宗一はPONと手を叩く。
「今度やる清涼祭でなんとか設備を変えることはできない?」
「清涼祭で?」
宗一がそう提案を切りだした。
清涼祭というのは、5月頃に文月学園で行われる文化祭だ。新学期最初の行事でもあり、二年生にとって目玉イベントのひとつでもある。うちの学校は試験召喚戦争を取り入れた最先端の学校だから、かなりの一般客が入ってくる。去年参加した時なんて、すごい入場者数で大盛り上がりだったのを覚えている。
「なんか店開いてさ。売り上げを設備に使えば、机と椅子ぐらいはなんとかなるんじゃない?」
「――なるほど。そういう手段もあったな」
雄二は納得したように言う。なるほど、そう言う手もあったか!
「そっか! 設備を良くするのは、なにも試験召喚戦争の設備交換だけじゃないんだ!」
「それは名案かもしれんのぉ宗一」
「だな。確かに、売上をどう使うかは各クラスに一任されているから、机と椅子を買ったって教師にも文句は言われねえだろう」
「ならやろう、雄二! 清涼祭で、お店を開いて、売り上げをたくさん取って机と椅子を――」
「だが却下だ」
「落ち着くのじゃ明久! そのハンマーを下すのじゃ!」
「放してよ秀吉! 僕はこのバカの頭をカチ割ってやらないと気が済まないんだ!」
殺さなきゃ!こいつはFクラスにとって害でしかない!今すぐこいつの頭蓋骨を叩き割らなければ!
「どうしてさ雄二。現段階で設備をランクアップできる唯一のチャンスなのに。却下する理由は?」
「単純に、俺の興味がないからだ。宗一はやりたいのか? 学園祭の店の仕切り」
「……そう言われるとやりたくはないね」
「だろ?」
納得する宗一に雄二はそう言うと、あくびを一つ洩らした。
「なあに。3ヵ月、5か月なんてあっという間だ。それまでに次の試験召喚戦争で勝つ作戦を考えておくさ」
どうやら雄二は、試験召喚戦争にしか興味はないようだ。これじゃあ、Fクラスの設備をよくすることが……。
「でも清涼祭、3週間後なんだけど」
宗一はじと目で雄二に言う。
「ま、どうにかなるだろ」
雑! 雑だよ雄二。仮にも代表なのに、それでいいの?
「はぁ。まあいいけど……いざとなれば最終兵器霧島もいるし」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
「……まあいい。ところで明久、お前はいいのか?」
「え? 何が?」
「明久よ、お主何か忘れておらぬか?」
雄二と秀吉が言うが、何のことだろう?
僕が頭を捻って思い出そうとすると――
「あ、ここにいたんですね?」
「あ。いたいたアキ!」
屋上の扉が開く音と共に、二人の聞き覚えのある女子の声が響く。見てみると、むさい男だらけのFクラスの清涼剤である女子がいた。
一人は姫路さん。優しく、髪が長く、大きな胸と綺麗な笑顔は僕には眩しい。
もう一人は島田さん、もとい美波。気の強そうな目とポニーテールが特徴の女の子。
「ねぇ、週末の待ち合わせ、どうする?」
「待ち――合わせ?」
「忘れたとは言わせないわよ! クレープ奢ってくれる約束でしょ!」
「え!?」
昨日奢ったのに!? また奢らせる気なの!? ていうかその約束って――
「その約束って、昨日ので終わりじゃないの!?」
さかのぼること数日前。Bクラス戦で根本君を倒した時、僕は宗一の卑劣な罠によって、美波と映画館に行くことを約束させられてしまったのだ。
でも昨日行ったのに何故!?
「昨日は昨日!約束は約束!」
理不尽な!これ以上の支出は僕の食費が―――!
「私もご一緒してよろしいですか?」
「えっ!? 姫路さんも!?」
姫路さんが恥ずかしげに、頬を赤く染めながら言う。
「実は、川上君にある映画をオススメされたんです。『このラブストーリーの映画、なかなか感動物で明久と観に行けばきっと楽しめると思うよ』ってオススメされて――」
「宗一! また貴様の―――ハッ、いない!?」
いつの間に逃げたんだ!? おのれ、スケベの癖に異常に危機察知能力が高い!
「だから、私もご一緒に――いいですか?」
僕は助けを求めて雄二と秀吉の方を観た。
頼む二人とも、僕を助けて! 二回も二人に映画とクレープを奢らされれば、今度こそ僕は餓死してしまう!
そう二人にアイコンタクトを送るが――
『『諦めろ』』
返って来たのは、事実上の死刑宣告だった。
「僕の―――食費がっ!」
ちょっと中途半端の長さになったので、前半、中盤、後半に分けました。