Side 吉井明久
1回戦が終わって、雄二と
「雄二、明久よ。殴り合いなぞしておらんで、急いで教室に来てくれんかの?」
「あれ? 喫茶店で何かあったの?」
「単純に人手が足りぬのじゃ。トラブルも少々あったが、それより客がかなり入ってきての、手が足りぬ。急いで戻ってきて欲しいのじゃ」
「トラブル?」
「3年生が営業妨害をしての。宗一が姫路の団子を食べさせて何とか事なきを得たのじゃ」
「え?事なきを得たのそれ?」
衛生管理のことで実行委員会から何か言われないだろうか。
「営業妨害か……大方、虫が入ってただのなんだのといちゃもんつけてきたんだろ」
「よく分かったの」
「確かに教室はボロいが、宗一のテーブル、ムッツリーニと須川の飲茶は完璧だ。営業妨害で指摘できる所なんてないから、ないから作ろうって言う魂胆なんだろう」
「ま、いざとなったら雄二を充てるのが一番だよね。チンピラにはチンピラが一番!」
実際、雄二は腕っぷしが強いし、こういう場面にはうってつけだ。
「もしまた同じような客がおったらどうするのじゃ?」
「そしたら『パンチから始まる交渉術』をするだけだ」
凄い交渉術だ。
「ちなみに、そのチンピラたちの名前は?」
「常村と言うモヒカンの生徒と、夏川と言う坊主の先輩じゃ」
なんとも分かり易い特徴だ。
「宗一が殺ったなら、もう営業妨害だなんて真似はしねえと思うが……。ま、用心はしておこう。っと、着いたな」
「うわあ、すごい盛況だね!」
Fクラスの教室は、清涼祭が開始してからまだ2時間も経っていないと言うのにかなりのお客さんが入っていた。
ホール班担当のクラスメイト達は忙しなくキッチンとホールを往復している。
客層はどうやら男子より女子の方が多いようだ。おそらく、胡麻団子と飲茶の口コミが広まったからなのだろう。
「どうやら口コミがかなり広まったようでの。次の二回戦まで手伝ってもらっていいかの?」
「オッケー!」
姫路さんの転校を阻止するためにも、出だしは大事だ。ここでたくさん稼いで、設備のランクをアップさせなければ!
「ん?そういえば、宗一はどこ行った?」
雄二がきょろきょろと辺りを見渡しながら言う。そう言えば、例の変態の姿が見えない。
「宗一なら、今あそこにおるぞい」
秀吉はそう言って窓の外を指差す。
僕は窓の方へ近づいてみると――――
――――真っ黒な怪獣の目が、僕らの教室を覗き込んでいた。
その日、バカは思い出した。
奴らに支配されていた恐怖を。
鳥かごの中に囚われていた屈辱を。
僕は夢か幻でも見ようとしてたのか?
僕は知っていたはずだ、現実って奴を。
普通に考えれば簡単に分かる。
こんなでけぇヤツに勝てねえってことぐらい……。
「ご、ゴジラぁぁぁぁぁぁぁ!?」
あの黒くてごつごつした身体、トカゲのような頭、鎧のような鱗!あれはゴジラじゃないか! まさか、学校襲撃!? ゴジラは現実だった……?
「明久よ、落ち着くのじゃ」
「何言ってるのさ秀吉! ゴジラだよ!? ここ三階だよ!? 早く逃げなくちゃ!!」
早くみんなを避難させないと……って、アレ? なんで他のお客さんは誰も怖がっていないんだ?それどころかスマホでカメラを撮る始末だし。ゴジラもこっちをじっと見るだけで動こうとしない。
「へぇ、あれが宗一が言っていた奴か」
「何悠長にしてるんだよアホ雄二!そんなことより避難を……え? 宗一?」
「アレは前にも見たことがあるじゃろう、明久。ほれ、よく目をこらして、見るがよい」
「あれって……召喚フィールド?」
よく見ると、ゴジラを閉じ込めるように四角形の大きな召喚フィールドが展開されている。
そしてゴジラの足元にいるのは―――
「宗一と鉄人!?」
そこには相変わらず暑苦しい顔をした鉄人と、青い着物に身を包んだ宗一が立っていた。
「アレが例の召喚獣を使ったパフォーマンスなんだろ」
さらに宗一の足元には、宗一の召喚獣がいる。ゴジラと比べて見ているせいか、すごく小さく見える。
「グラウンドをほぼ全面使って校舎と同じ大きさのゴジラを描いたようじゃ。派手じゃのう」
「ん? 宗一の召喚獣がまた何か描きはじめたぞ」
観ると、宗一の召喚獣が四方八方を飛び回り始め、水色の絵の具を辺りに飛び散らせ始める。
ゴジラの横を飛び回り、ある時は校舎の壁を駆け上り、ある時は持ち前のジャンプ力で校舎より高く跳び上がり、筆を振るう。
「すごい。召喚獣ってあんなに速く動けるんだ……」
「恐らく今のあいつの召喚獣の持ち点は千点を超えてるんだろうな……いや、千点かどうかも怪しいな。恐らくもっと持ち点を蓄えてるんだろう」
「どういうこと、雄二?」
「これだけのサイズの絵を実体化させるには莫大な点数が必要になる。腕輪を使っていたとしても、何十分も実体化を維持はできねえしな。多分だが、鉄人かババアに交渉して簡単なテストを用意してもらったんだろ。例えば小学一年生レベルのテストとかな。そうすれば、点数を余裕で1000点取れる」
「なるほどのぉ。あの機動力は点数を稼いだからかの」
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
宗一の召喚獣が飛び回って何かを描いている間も、ゴジラは叫び、尻尾を振り回して暴れまわる。時折、意志を持ったゴジラが尻尾を校舎に叩き付けようとするが、物理干渉ができないゴジラの身体は何事もないように透き通る。尻尾が当たった部分は壊れないし、召喚獣を見ていた観客達はきゃーきゃーと楽しそうに騒いでいる。なるほど、召喚獣の宣伝としてはこれほど効果的な物はないだろう。
「それにしても……恐ろしいの」
「ああ……まったくだ」
「恐ろしい?何が?」
僕は首を傾げて秀吉と雄二を見ている。どこが恐ろしいんだろう? こんなに凄いパフォーマンスなのに。
「仮にだが、明久と同じように宗一の召喚獣が観察処分者と同じ仕様だったらどうなると思う?」
「僕と同じ?そしたら、僕と同じように痛みとかフィードバックが来るんじゃないの?」
本当にアレはやめてほしい。痛みと疲れのフィードバックなんて観察処分者をしている僕からすれば最悪な欠陥だ。
「違う。観察処分者の能力はそれじゃないだろう」
「ええ? それ以外だと……物に触れるってだけだよね。それがどうしたのさ」
「明久よ、宗一のあのゴジラがもし、物理干渉の力を得たらどうなるのじゃ?」
「……あっ」
「ようやく気付いたか」
僕はそれを聞いて背中に嫌な悪寒が走る。
今目の前にいる、宗一が描いたゴジラが……物に触れる?
馬鹿な僕でも想像できる。それがどんなとんでもない力なのか。もし物理干渉ができれば何が起こるのか。
「改めて考えると、とんでもない力だね……」
「ババアも鉄人もその辺りは分かっているだろうから宗一を観察処分者にすることは絶対にないだろうがな。まあ、とは言っても」
「え?」
「あの変態がそんなことをするわけねえしな」
そう言って雄二は校庭で召喚獣を操作している宗一をちらりと見る。
宗一の表情は3階のFクラスの教室からでもよく見えた。
その顔は普段から教室で、宗一がスケッチやイラストを描いている時によく見る、「絵を描くのが楽しくて仕方がない」という表情だった。
「うん、そうだね。宗一はそんなことしないさ!僕達の友達だもんね!」
「じゃのう」
「だな」
秀吉と雄二がそう言って笑う。僕も、鏡を見なくても分かるぐらい笑顔だろう。
一瞬、ほんの一瞬だけ宗一の召喚獣が誰かを傷つけることを想像してしまった自分が嫌になる。
宗一は確かにスケベで変態だけど、誰かを本気で傷つけるようなことをする奴じゃない。ましてや自分が大好きな絵で誰かを傷つけるなんて。
僕の胸ポケットには、姫路さんと美波が描かれたイラストがお守り代わりに入っている。僕はこれをもらった時、本当に嬉しかった。宗一も、喜んでいる僕を見て喜んでいた。
そうだよ、当たり前のことじゃないか。宗一は誰かを傷つけるより、誰かに喜んでもらうことの方が好きな奴だということを知っているじゃないか。
「お、そろそろできるみたいだぞ」
雄二がそう呟き、僕らはゴジラの横の召喚獣の絵を見た。
「これは……キツネのノイン?」
それは如月グランドパークのキャラクター、水色のキツネ『ノイン』だった。小さい子供に大人気なキャラクターが大怪獣ゴジラの横に……なんてシュールな。
すると、ノインが腕を振りかぶり、突然ゴジラに殴り掛かった。突如殴られたゴジラはその衝撃が強かったのか、後ろによろける。
「うぉお!? ノインがゴジラに喧嘩を仕掛けたのか!?」
「いや、アレは喧嘩と言うより……」
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』
ゴジラが怒りに荒れ狂い、建物を震わすような叫び声を放つ。
しかし、キツネのノインは物おじせずにゴジラの前に立ち、僕達がいる校舎を守るように肉球がついた両手を広げる。
「僕達を守ってる?」
「なるほどのう。さながらヒーローショーのようじゃ」
「すげえ大迫力だな」
屋上の放送機材から流れ始めたゴジラのテーマソングが、校庭の空気を緊迫化させる。
ゴジラがノインに向かって走り出し、ノインはそれを体当たりで受け止める。
ノインがゴジラを突き飛ばすと、両者はまるでボクシングの試合のように戦いを始めた。
ノインの右ストレートがゴジラのこめかみを的確にとらえる。
だがゴジラは太い尻尾を振ってノインの鳩尾に衝撃を与える。
どかん、どかんと、着ぐるみと怪獣が殴り合う音とは思えないような、あるいはこのサイズだったらこんな音になるのか、鈍い音が響きあう。
僕はゲームや漫画が好きだ。そして今目の前には、テレビやアニメの中にしかないような、特撮を間近で見ているような、リアルなショーが繰り広げられている。
校舎の窓には、学校中の生徒達が両者の戦いを見届けようと窓に張り付いている。
校庭にも、自分達のクラスの出し物を放り出した一年生、二年生、三年生、そして教師達が観客として応援していた。
『ノイン――――! 頑張れ――――!!』
『ゴジラ、行け、そこだ!負けんじゃねえ!』
『『『ノイン!ノイン!』』』
『『『ゴジラ!ゴジラ!』』』
校庭を包むゴジラ・ノインコール。
僕も秀吉も雄二も、手に汗を握って「ゴジラ VS ノイン」の戦いを見守っていた。
そして、決着は訪れる。
ノインが右アッパーをゴジラの顎に叩き込むと、ゴジラは弱々しく呻き声を上げて、徐々に透明になって消えたのだ。おそらく、ゴジラの耐久力が底を突いてしまったのだろう。宗一の絵はどれぐらい点数を注ぎ込んだかによって強弱が変わっていく。けれど、殴られ続ければあのサイズの絵でも消滅する。
つまり―――
『ノインが勝った――――!!』
ノインが空に腕を上げると、校舎と校庭を大歓声が包んだ。
Side 川上宗一
「はぁ……はぁ……!」
「川上、大丈夫か?」
「いえ……きついっす……鉄人先生……」
「西村先生と呼べ」
歓声が聞こえる。誰かの声が別の誰かの声と混ざって、何を言っているかよく聞こえない。
このサイズの絵を描くのが、召喚獣を操作するのがこんなにきついと思わなかった。召喚獣の補助があるとはいえ、ミニサイズの絵を比べるとかなりの集中力が必要になる。
汗と動悸が止まらない。
もうへとへとで、今すぐにも膝を突いてしまいそうだった。
ていうかもう無理。倒れる。
「川上、大丈夫か!?」
仰向けに倒れた僕の顔を鉄人が覗き込む。
「大丈夫先生……疲れただけで、気分は最高なんですよ……」
見上げると、召喚フィールドと片腕を空に突き上げたノインが見えた。
体力を使い果たし、汗でべとべと。
なのに僕の心は、達成感と晴れやかな気持ちでいっぱいだった。
「サイコー」
長らくお待たせしました。ゆったりとしたペースですが、投稿を再開していきます。
これからもよろしくお願いします。