初めて彼のことを知ったのはクラスメイトの噂話からだった。
「ねぇ知ってる工藤さん、一年の『変態紳士』って人の噂」
その頃のボクは文月学園に転校してきたばかり。2月の初旬。もうすぐほとんどの高校一年生は高校二年生になるという季節の変わり目に、ボクはここ文月学園に転校してきた。クラスメイトが2年生に進級する前に行われる振り分け試験に向けての勉強をしていた頃だ。
まだクラスメイトの顔と名前が一致しない、慣れない教室と空気。
他所から転校してきたボクはまだこの教室にいるみんなの「クラスメイト」になれていなかった。
そんな少し居心地の悪さを感じながら次の授業の準備をしている時、たまたま前の席にいた女子生徒がそんな話題をボクに振ってきたのだ。
「変態紳士? へぇ、変わったあだ名だね。エッチな紳士君なのかな?」
『変態』というフレーズは置いといて、紳士と言うあだ名からボクはそこまでその人が悪い人だというイメージができなかった。
「そっか。工藤さんはまだ転校したばっかりでまだ知らないのね。なら、教えておいてあげる」
普段、明るくおしゃべり好きなその生徒にしては、珍しく真剣で真面目な表情でボクに言った。
「この学園の1年には、女の敵が二人いるの」
「女の敵」
漫画とかだとよく訊くフレーズだけど、実際に女の敵と呼ばれている男子がいるとは驚きだ。
「一人は『ムッツリーニ』って呼ばれてる男子生徒。いつもカメラを持ち歩いてて、盗撮した女子の写真を男子達に売りさばいてるの。女子更衣室に忍び込んで、隠しカメラとか盗聴器を取り付けているらしいわ」
「ムッツリーニ……」
多分、ムッツリスケベが由来のあだ名なんだろうけど……。盗撮が得意なのかな?ボクだったら別に写真に撮られても平気なんだけど、大多数の女の子からすれば勝手に写真を撮られるのはたまらなく嫌なんだろう。
「そしてもう一人が『変態紳士』。紳士、なんて言ってるけど、クズ中のクズよ」
「ひどい言いようだね」
一体何をしたんだろう、そのヘンタイ君。
「どんなことをしたの?その人も盗撮とか?」
それくらいだったらボクにとってまだ軽い物だ。さっきの
「違うわ。その男はノーパン主義の変態よ」
本当に変態だった。
「それだけじゃないわ。そいつ、女子トイレや更衣室に堂々と入り込んだり、女子生徒のスカートを捲ってパンツを凝視したり、女子生徒にセクハラをして泣かせたり、全裸で女子にオチ、あそこを見せつけたりしたって」
「……それ、本当?なんだか半分ぐらい噂に尾ひれがついてそうだけど」
この時のボクは、その尾ひれがついてそうな噂を全部自分にやられるとは思ってもいない。
「それぐらいヤバイ奴らだってこと。最近はおとう……ごほん。男を女装させて、その写真集を売りさばいてるって。私も直接会って話したことがあるわけじゃないけど、そういう危ない奴もいるってことぐらい覚えておいてね」
「ふーん……」
「……工藤さん、どうしたの?ちょっと楽しそう」
「え? ああ、ううん。別になんでもないよ」
男の子は皆スケベ。
それは多分、ボクが誰よりも知っている。
でも、ボクよりエッチなことに詳しい男の子っているのかなと思わず笑ってしまう。
ボクは昔から水泳をやっていたからか、同級生の男の子達からよく『そういう目』で見られることが多かった。スカートの下にスパッツ――ボクとしては動きやすさを重視して履いていただけなのに、男の子にとってはどうしてかたまらないらしい。中学生になってからはその視線がもっと増えた。たまにちらりと見える程度にスカートを上にあげるだけで男の子は面白いように顔を赤くして慌てふためく。
それがどうも面白くて――ボクはからかいたくなってしまうのだ。
「もし会えたら、ボクが保健体育を教えてあげようかな? もちろん、実技でさ」
「……ぷっ。何それ。何されるか分かんないわよ? 男はみんな変態なんだから」
「あはは、冗談冗談」
ボク自身、そういうことはまだしたことはない。けれど男子をえっちな誘惑でからかうのが楽しくて自然とそう言う知識を集めていた。今では保健体育がボクの一番の得意科目になるほどだ。もちろん他の教科も300点台は余裕で取れているから次の振り分け試験でAクラスには入れるだろう。できる女の子って言うのは、運動も勉強もできなくっちゃね。
ボクはちらりと自分の胸に視線を落とす。
幼い頃から水泳をやっているせいで、無駄な脂肪がほとんどない。小さいおっぱいだ。まったくないって訳じゃないけど。
ボクの体型はスレンダーであまりおっぱいは大きくないけれど、顔は可愛い方だ。自分で言うのもちょっとナルシストっぽいかな? でも、男の子からそういう目で見られるぐらいには可愛いつもりだよ。違うクラスだけど黒髪ロングでクール系の……確か霧島さん……だったかな。ああいう綺麗な人と比べることはできないけれど、ボクにはボクの武器があるし、自信がある。さっき言ったエッチな誘惑や知識だってそのムッツリくんとヘンタイくんには絶対負けないほどに。
「ありがとね、えーっと……木下さんだっけ」
「ええ。アタシは木下優子。よろしくね、工藤さん」
「愛子でいいよ。優子。次の振り分け試験、一緒のクラスになれるといいね」
でも、変態紳士か……面白そうな男の子だね。
「ふふっ」
急な転校で、いろいろと不安だったけれど、この学校なら退屈しなくて済むかもしれない。
「ちなみに、その変態紳士くんの名前は?」
「えぇ?アナタ、本当にちょっかい出しに行くつもり?」
「好奇心好奇心。名前だけ聞いとこうと思ってさ」
「ふーん……あなたも物好きね」
「川上。川上宗一君よ」
その後も、変態紳士くん、ムッツリくん、女装が似合う優子の弟くん、学園初の観察処分者、悪鬼羅刹と噂の元神童くん。
彼らの噂はちょくちょく……いや結構頻繁にボクの耳に届いていた。
学年末の、転校したばかりのボクの耳にも届くことを考えれば、彼らの悪評はまさしく留まることを知らない。人の噂も七十五日とか言うけれど、毎日のように西村先生の補習室に監禁されて反省文を書かされているらしいから、噂が噂を重ねてどんどん尾ひれがついていってるみたい。
直接どんな人か見に行こうかも思ったけど、もうすぐ振り分け試験。
知らないクラスメイトを探しに行くほど暇じゃないし、振り分け試験の対策勉強や水泳部の練習。やることが多すぎて時間がなかった。ちょっとした休み時間に探しに行くこともできたのだろうけど、ボクは楽しみは後に取っておきたいタイプだ。件の川上くんと会ってみたいという気持ちは大きいけれど、今は忙しい時期だし、慌てて探しに行くほどじゃない。
「きっと2年生になれば会えるよね」
噂で聞いていた試験召喚戦争も行われるらしいし、きっとそのうち会えるだろう。話題の中心にいつもいる彼らとなら、きっと試験召喚戦争で戦うこともできるはずだ。
「会える? 何のことよ、愛子」
「ううん、なーんでもない」
「……変なの」
そう言いながら教室移動の為に廊下を優子と歩く。あれ以来、優子と仲良くなったボクは優子と一緒にいることが多くなった。優子は誰から見ても優等生だけど、少し猫を被ってる部分がある。最初は真面目で明るい子だと思っていたけれど、一週間近く一緒にいてボクの前だと素を見せることが多くなった。ボクがよくえっちな話をするから、猫を被る必要がないと判断したのか、それとも信頼してくれるようになったのか。たまに弟の……秀吉くんだっけ、愚痴を言うことが多くなったし。「この間も秀吉とそのバカが~」とか。優子の愚痴を聞く限り、毎日面白そうな騒ぎばかり起こしているようだ。
「もうすぐ振り分け試験だね。試験勉強、どうなってる?」
「もちろん余裕よ。代表はいけなくとも、Aクラス入りは間違いないわ」
「あはは、それはよかったよ。進級してボク一人になるのは困るからさ」
「愛子も随分余裕じゃない。そんなこと言って、振り分け試験で落ちないようにね」
この間の小テストの結果もかなりよかったし、この調子ならよっぽどのことがない限りAクラス入りを逃すことはないはずだ。
「同じクラスになれるといいね」
「……そうね」
そう言って優子は微笑む。
うんうん。友達にも恵まれて、勉強も部活も順調。なかなか充実してる……ん?
「あれ、こんなところに美術室あったんだ」
気付くと、僕らは美術室の前に着いていた。この先を歩いて行けば確か家庭科室だけど……。
「知らなかったの?」
「うん。ほら、ボクって運動部だし、文系の部活の人と関わりがまったくないからさ」
次の授業開始まで、まだ時間はある。ならやることは一つ。
「お邪魔しまーす!」
「あ、ちょっと愛子!」
「いいじゃん、ちょっとぐらい。ボク転校してからまだちゃんと校舎見て回ってないから、楽しみなんだよねー!」
「まったくもう……」
僕はそう言って美術室の扉を開いて突入する。
学校の知らない教室に入るのって、ちょっとドキドキするよね。
「へぇ~……旧校舎だけど、結構綺麗だね」
中は思ったより綺麗だった。
大きな長机が4つ。美術部員の画材道具、デッサン用石膏像、描きかけの絵がたくさん置かれており、部屋は絵の具独特の脂臭い匂いがボクの鼻をくすぐった。
「そうね。ウチの学園の文化部も、結構力入れてるみたいだから」
見てみると、壁には絵がたくさんかけられている。多分、美術部の人達の絵なのだろう。草原の風景画、何をモチーフに描いたのか分からない抽象画、誰かの自画像、静物画……たくさんの絵が飾ってある。
「へぇ。ほんとだ、綺麗な絵だね……」
ボクは息を呑んだ。
壁に掛けられた一枚の絵を見た瞬間、ボクの時間は止められた。
たった一枚の絵によって。
それは、海と雨の抽象画だった。
暗い青色の油絵の具。揺れる波と、絶えず海面に叩き付けられる水滴。
水面を跳ねる水の粒。曇り空を写す暗い海。冷たい水の温度。それらすべてを目の前で観ているような気分だった。
まるで海と雨の水をここに持ってきたような。
確かに伝わってくる、絵のイメージ。
―――波の音が聞こえる。雨の音が聞こえる。
ボクは一目見て息を呑まずにはいられなかった。美術なんてまったく詳しくないボクだけど、あの絵の中には不思議な力がこもっていて、それがボクを引きずり込んだ。
「すごいわね」
「え?」
絵に取り込まれていたボクを現実に引き戻したのは優子の声だった。
「芸術は詳しくないけれど、アタシでもこの絵はすごいと思ってる。確かこの絵、去年コンクールで金賞だった絵よ。一時期噂になってたわ。うちの生徒がコンクールで優勝したって」
「へぇ……」
これが金賞。なるほど、ボクが審査員だったらボクもこの絵を金賞に入れるよ。
それほど圧倒される絵だった。
ただそこにあるだけで、ただただ圧倒される。
「でも残念ね」
「……残念って、何が?」
「この絵を描いた奴が、例の変態だからよ」
優子が絵の下の方に指を指す。そこにはこの絵を描いたであろう人の名前が描かれていた。
[ 金賞 1-C 川上 宗一 ]
彼の名前を観た時、心臓が小さく跳ねた。
あの絵を描いたのが『あの変態紳士』だと分かった後、ボクは彼についてよく考えるようになった。どんな人なのか、自分の中で『川上宗一』という同級生の男の子をイメージする。
絵を描いて、小説を書いて、歌を歌う。そんなヘンタイくん。芸術家としてすごい才能を持っているのに、その才能を普段はエッチなマンガや小説を書くことに注ぎ込んでいるらしい。これほど『才能の無駄遣い』という言葉がぴったりな人もいないだろう。
相変わらず、彼らの噂は最悪だ。女の子達からは嫌悪、男の子達から畏怖を込めた噂話が僕らの休み時間の話題を独占した。
そんな噂話を聞けば聞くほど、ボクは川上くんのイメージをうまく掴めずにいた。
『あの素敵な絵を描きあげた人』のイメージと、『クラスメイトの噂話から生まれたイメージ』がうまく重ならなくて。それがボクの心をもやもやさせた。あの絵を描いた人が、学校の女子生徒を恐れさせるヘンタイくんだとは想像できない。
早く直接会って確認したい。どんな人か、話してみたい。
話したことも、ましてや会ったこともない人に、どうしてここまで興味をもたらせるか分からなかった。
この整理しきれない疑問をどうにかしたかった。
どんな人なんだろう。どんなことを考えているんだろう? なんであんな素敵な絵が描けたのだろう。時折ボクは美術部の川上君の絵を見ながら、そんな疑問にふけった。
そんなもやっとした疑問は湿気を吸って膨らんでいく。それを抱えたまま、ボクは二年生に進級し、Aクラスに振り分けられた。
しかし、意外なことに川上くんはあっさり見つけることが出来た。
彼が所属しているFクラスが試験召喚戦争を始めたのだ。彼らはDクラス、Bクラスを順調に撃破し――その時、偶然に彼を見かけた。
その時は土屋康太くん……ムッツリーニくんと一緒に女装した根本くんを写真撮影していた。
Bクラスの生徒数名と一緒に涙目で「勘弁してくれ」と懇願する根本くんに無茶苦茶なポーズを要求する所を見て、すぐに「あれが川上くんかぁ」と気付くことができた。その光景には思わず苦笑してしまったけど、根本くんの暗い噂はボクも知っていたから、彼に特に同情の念は沸かなかった。楽しそうにムッツリーニくんと写真撮影をしている所を見て「彼はSだね」と確信した。
彼はやっぱり面白そうな人で、今度はボクらAクラスに挑んでくるらしい。
自分が考えていたより早く川上くんと遊べそう。
楽しみだな♪
「セッ〇スはしたことはありますか?」
そんな彼とのファーストコンタクトは、はっきり言って最悪で、ボクの中で川上くんへの好感度が最低値へと叩き落された瞬間だった。
質問していいよと言ったボクが悪いと言えばそうだけど、彼は噂に違わぬ変態だったのだ。
「だから言ったじゃない、川上君には気を付けなさいって」
「うん……身を持って感じたよ……まさかあんなセクハラを受けるなんて……」
Fクラスとの試召戦争が終わった後、呆れながら優子がそう言った。
基本的に噂は当てにはしないボクだけど、人の噂もバカにできなくなったボクだった。
まったく、あんな素敵な絵を描いたのがあんなヘンタイくんだなんて今でも信じられないよ。
「まあ、これに懲りたら……ぷぷっ」
「え? 優子、何笑って……」
「愛子……アンタ処女だったのね」
「なぁ!?」
あの試験召喚戦争以来、Aクラスの女の子達からやけに暖かい目で見られることが多くなった。
話を聞いてみると、どうやらボクは「普段は大人びているけど経験豊富だと背伸びしている女の子」という印象ができてしまったらしい。すっかり可愛い女の子と言う風に扱われるようになってしまったのだ。
おのれ、ヘンタイくんめ。いつかお返ししてあげるんだから!
―――――Fクラス教室 中華喫茶「ヨーロピアン」
Side 工藤愛子
「ひどいんだよ!? 川上くんったら、ボクのスカート本当に捲ってしかも凝視したんだよ!?」
「あはは……川上君らしいです」
「笑い事じゃないよーっ!」
時間は午後4時近く。そろそろ清涼祭1日目も終了するからか、喫茶店の中に客はほとんどいない。
中華喫茶なのに何故か
ボクが川上くんのことを気にしていると知っているのは姫路さんだけだ。愛子や代表に「実は川上くんのことが」と相談しようかと思ったけど、とてもじゃないけど恥ずかしくてできなかった。
もぐもぐ……あ、この胡麻団子すっごく美味しい。
「川上くんはとっても素直ですから、『やっていい』と言われると本当にすぐやっちゃうんですよね」
「だからってあんなことするかな……?幼稚園児だってもう少し遠慮すると思うけど……」
いくら素直だからって、冗談かそうじゃないかぐらいちゃんと判別してほしい。
「まったくもう……本当に恥ずかしかったんだから」
まさか公衆の面前でスカート捲りをされるとは思わなかったよ。
「でも、許しちゃうんですよね? 好きな人のすることですから……」
「…………むぅ」
ボクはその言葉を認めたくなくて、ぷいっとそっぽ向きながら飲茶を口の中に流し込んだ。
「惚れた弱み……と言う奴なんですよね。私も、吉井君のことが……その、好きですから、工藤さんの気持ちも分かりますよ。許したくないんですけど、許しちゃうんですよね……恋って不思議です」
惚れた弱み。
「……はぁ、ボクってこんなにチョロい性格だったかな?」
自分がこうも簡単に川上くんのことが気になるようになるんだって思いもしなかった。個人的にはそんなこと信じたくない。
あんなヘンタイくんがボクの初恋の相手だなんて!
でも不思議なことに、セクハラ攻めされたこと、スカートをめくられた時の怒りはどこかへと霧散している。不思議と彼を憎めないのだ。それどころか彼を想うと胸が熱くなって―――
「…………(カァ)」
「恋はいつも突然来るものですから。川上くんならこう言うんじゃないですか?『誠の恋をするものは、みな一目で恋をする』って」
「シェイクスピアだね……。でも、まだ信じられないよ。あんなヘンタイくん、ボクの好みじゃないと思ったのに」
どちらかと言えばムッツリーニくんのあの反応の方がボクとしては好みだった。
川上くんと出会ってから、ボクはいつも振り回されている。ボクのペースは乱れに乱れっぱなしだ。
「……あの時の路上ライブの時ですよね、川上君を意識し出したのは」
姫路さんの言葉に、多少躊躇いながらもボクは頷いた。
「ブラックバード。とても素敵な曲でした。ずっと聞いていたいような、安心する歌声。川上くんは「ビートルズの曲がいいからだよ」って謙遜してましたけど、それを差し引いてもとても素敵だったと思います。ね?」
「…………うん」
悔しいけど、認めざるを得なかった。
紡がれるギターの音色。それに合わせて歌う、川上くんの表情は、とてもかっこよかった。
一つのことにただただ夢中に。歌うこと以外は何も考えない、そんな表情。
ビートルズのその曲は、とてもシンプルで、練習すれば多分ボクでもできる。
でも、その簡単な旋律を、彼はただただ真剣に。全身全霊で歌っていた。
そして歌い終わった後、満足そうに微笑みながらギターを撫でるその姿が、ボクの心に刻まれている。今でもたまに思い出してしまうほどだ。
ボクはあんな風にただただ一つのことを真剣にやったことはあるだろうか。命を使うように、力いっぱい、彼のように歌を歌ったことがあるだろうか。
ボクが彼と同じように歌っても、あんなに心を震わせる歌を歌うことはできない。
あの抽象画もそう。今回の歌もそう。
川上くんが何を感じているのか、ボクは知りたい。
どうやったらあんな絵を描けるの? どうしてそんなに全身全霊で歌えるの?
川上くんは何を見ているんだろう。
彼と同じ視線に立ってみたい。彼が見ている風景を、ボクも見てみたい。
「――って!これじゃあまるっきり恋する乙女の思考じゃん!ばかばか!」
「ふふふ」
姫路さんはボクの反応を見て、くすくすと笑った。
「しょうがないですよ、この感情をどうしたらいいか分からない――私もよく分かりますから」
「……勉強ができる姫路さんも分からないんだ」
ボクは机に突っ伏しながらぽつりと言った。
「はい、分かりません。学校の先生は教えてくれない。ただしい方程式もない――すごく難しい問題です」
学年主席レベルの姫路さんでも分からない。こんな問題、学校の先生も教えてくれたりしない。
「でも」
けれど姫路さんは言葉を少し区切って、はっきりと言った。
「分からなくてもいいんだと思います。この気持ちは――きっと頭で考えるんじゃなくて、心で見る物なんですから」
「姫路さん……」
心で見る物――か。
「……すごいなぁ」
姫路さんの表情は自信と幸福に満ちていた。自分の気持ちに強い確信がある。悩んでばかりのボクとは大違いだ。羨ましい。ボクはまだ、この想いがなんなのか、はっきりと分からない。でも姫路さんは吉井君への想いが『恋』だと強い気持ちを持っているみたい。
「そんなことないですよ。私も、最初は吉井君への想いはただの憧れなんだって思ってました。けれど最近、ようやくこれが恋なんだって気付いたんです。だから工藤さんも、慌てないで。川上くんと一緒にいればきっと分かりますよ」
「そうかなぁ?」
「そうですよ。ふふっ」
「そっか……うん、ありがとうね、姫路さん」
少し話せてスッキリした。胡麻団子も飲茶も美味しかったし、そろそろAクラスに戻ろうかな――
「工藤さん」
「ん?何、姫路さん」
「私、応援してますから」
「……うんっ、ありがとっ」
「Fクラスのウェイトレス……と、別の出し物の女か?」
「まあいい、両方攫っちまえ」
だから俺だって、なんかしなくっちゃあな・・かっこ悪くて、あの世にいけねぇぜ・・・!俺が最後に見せるのは代々受け継いだラブコメだ! 人間の魂だッ!!
読者ーッ! 俺の最後の工藤ラブだぜ!受け取ってくれええええええ!
要約 工藤さん書くの大変だった(コナミ)