やぁ、どうしたんだいこんな所で。
そんなに畏まらなくても良いじゃないか。
うん、それで今何を見てたんだい?
ああ、それか、懐かしいね・・・気になるのかい?
そう、そこに写ってるのは私だよ。
それにしても、あれからもう30年も経ったのか・・・。
え? その話を聞きたい?
ふふっ、そうだね、丁度時間もあるからかまわないよ。
2016年9月某日。
四月に起こった深海棲艦との戦いの末に本州から見て南の海域に出現した海面下の巨大岩礁とその上に聳え立つ5000m級の黒山。
大規模戦闘の際に深海棲艦が造り出した異空間に閉じ込められその後に助け出された木村艦隊の証言からその島が南方棲戦姫と命名された姫級深海棲艦の内部に存在していた巨大山脈が外へと吐き出されたモノであると推測されている。
「さしずめ・・・富士山に食いついた龍ってところか」
「計測された標高は5032mですから富士山よりも高いですよ、それにしてもこんな形で日本最高峰が塗り替えられる日が来るとは・・・なんて雄大な山容」
「って言ってもまだこの島、日本のモノって事にはなってないっぽいけどな」
「あら、ここは我が国の領海でしょう?」
巨大な瓦礫の龍が身を横たえる頂上付近には深海棲艦の犠牲になった船や過去の戦争で沈んでいた船が入り交じり積み上げられていた。
「官民、国内外、次から次に頭を出す問題のせいで政治の世界じゃゴタゴタが未だに続いてるんだとさ、おかげであの南方姫との戦いで俺がやらかした事は有耶無耶になりそうな感じだけどな」
「提督、そこは
さらに木村艦隊のメンバーの証言では無数の深海棲艦の遺骸も散乱していたらしいが少なくとも調査隊の空母艦娘による上空からの観測ではそれらしいモノを発見する事は無かった。
「まぁ、面倒な話は政治家に任せとくとして、それにしてもひどいマナ濃度だ、空が歪んで見える・・・こんな濃度の場所で遭難してたんだ、あの船員達は本当に大丈夫なのか?」
「命には別状はないそうです、ただ重度のマナ酔いによる諸症状のせいで衰弱が酷く出来るだけ早く本土での療養が必要だとか」
潮風が吹き付ける黒山の麓に立つ白を基調とした海自士官服の青年は隣に立つ美女からの報告に軽く肩を竦めてからやる気の無さそうな表情で無数の岩石が敷き詰められた海岸の波打ち際を見やる。
「島の調査って名目で研究室の新作を実地試験しに来たら遭難者見つけて一泊二日で帰り支度、基地司令部の連中に観光旅行は楽しめたか? とか嫌味を言われそうだなぁ・・・」
「もぉ、提督ったら、助けを求める国民の救助は私達にとって義務でしょう? 調査も最低限のデータさえとれば後はどうとでも出来ます」
「そりゃ頼もしい、さすが高雄だ」
海岸と言うには岩塊の割合が多い瀬戸際に座礁していた民間漁船とそれを岸へと持ち上げて遠目に見ても割れていると分かる船底に応急処置をしている巨大な駆逐艦娘夕雲とその足元で補修資材を手にしている少女達を眺めていた中村義男はふと岩海岸に長方形の影を落とすオブジェクトを見上げる。
「・・・で、そのデータが必要なこのバカでかい試作品様は戦艦娘の能力真似て大気中のマナを集めて粒子濃度を下げるとかって話だったが・・・俺には地味に光ってるだけにしか見えないな」
戦闘形態の艦娘の馬力で不規則に突き出ていた岩が砕かれ船底を模した鉄靴で踏み均された普通に歩くだけなら不自由しない程度の広場、その中心で輸送用の大型コンテナと並べても大差ないサイズの円筒型の装置が緑色の表面へと光粒を吸い寄せていた。
「今は周辺のマナ濃度が高過ぎるから効果が無い様に見えるだけです、木村艦隊の証言にあった深海棲艦の死骸もマナに分解したと考えればこの島周辺の粒子濃度が平常に戻るのは当分先じゃないかしら・・・こんな場所で平気でいられるのは艦娘である私達か貴方ぐらいですよ、提督」
自分達の艦隊と同じ任務に就いている随伴艦隊の指揮官達ですら艦娘の艦橋から出れば大量のマナに酔って足取りをふらつかせていたと言うのに、とは言葉にせず蒼いタイトスーツに身を包んだ重巡艦娘、高雄は自分の横に立つ指揮官の非凡さに莞爾として微笑む。
「司令官! 漁船の船長さんの意識が戻りました、それと他の皆さんも事情聴取に同意してもらえましたよ!」
「おう、伝令ご苦労さん、吹雪」
そんな時、中村は自分を呼びに来たセーラー服の駆逐艦娘に了解を返す。
「さて休憩は終わりか、言ってもどうせマナ障害で通信系やられて漂流しただけなんだろうけどな」
「それは詳しい話を聞いてみない限りわかりませんね」
そして、白い士官服のポケットに突っ込んでいた手を出して駆け寄ってきた吹雪の頭を軽く撫で今回の調査任務で隊長と言う事になっている特務二佐は調査中に偶然遭遇した遭難者が保護されているテントに歩き出した。
さぁ行きましょう、と自分の頭を撫でていた中村の手を取って上機嫌に引っ張る吹雪は彼を先導する様に前を歩き、彼と他愛ない雑談をしていた重巡艦娘が黒い手袋に包まれた両手を行儀よく身体の前で揃えながら指揮官の歩調に合わせてついていく。
「そういや高雄、ちょっと良いか?」
「はい、提督、どうかしましたか?」
「いや大した事じゃないんだが・・・そんな靴で良くこんな場所歩けるな、ホント、どうやってんだ?」
中村や吹雪の履いている靴の様に足裏が比較的平たい安全靴ならまだしも彼の横にいる高雄が履いているのは踵が高いだけでなく左右にヒレの様な飾りが突き出した真っ赤なハイヒール。
その鋭いブレードの様な形状は海の上を走る際にはラダーとして高波を切り裂き彼女の航行を補助するのだが陸上ではどう考えても邪魔にしかならないはずであり、その上に今の高雄が歩いているのはある程度は均されているとは言えごつごつとした石が敷き詰められた悪路である事には変わりはない。
「最近、社交ダンスの授業を始めましたのでその効果かと」
「そうか・・・そうかぁ?」
なのに足元のバランスの悪さを感じさせない足取りで瀟洒に歩く高雄の微笑みと返事に釈然としないまでもそれ以上の追及は意味がないと無理やり自分を納得させた中村は吹雪に手を引かれながら座礁した漁船の乗員が寝かされているテントへと入っていった。
・・・
『・・・岩礁じゃない何かが船底に穴を開けた、と?』
「そっちの港に上げて詳しく調べない限りハッキリとは分かんない事だが、俺はそう思う」
波飛沫が散る海岸が見える海上に片膝立ちでしゃがんでいる高雄の艦橋で通信機越しに鎮守府に居る良介と連絡を取りながら、外へ目を向ければ同じ調査任務に参加している艦隊の空母艦娘が長弓を構え緑色の着物を揺らしながら観測機の交代の為の発着艦を行っている。
深海棲艦の接近を探知する為の哨戒飛行であると同時にマナで満ちた空気に包まれた島の外へと通信を繋げる
『海底形状の激変で海流も大きく変化してしまっているし高濃度領域に入ってしまったら普通の船はソナーも使えなくなる、まだ確認されていない岩礁が原因と言う事じゃないのか?』
「それがな、漁船の航行記録見る限りでは一番初めに浸水が発生したのはかなり近海なんだよ、その後にこの島に向かう海流に捕まって流されたらしい」
俺の主張を怪しいモノだと訝しむ良介との通信の最中、メインモニターに映った五十鈴が海上を滑る様に高雄の足元へと近付いてくる姿を見つけた俺は重巡の手の平に軽巡が乗ったと同時にコンソールパネルに表示された乗艦許可を承認する。
「漁船の乗組員から証言聞いてからその漁船を確認しに行ったら明らかになにかが刺さった跡も見付けた、オマケに漁船の応急処置していた艦娘達も口を揃えて船底の穴は座礁で出来たモノじゃないってよ、元は船だった子達が言うんだこれは信用できる」
『何かが刺さった穴・・・それも哨戒網の内側で操業していた漁船に、か・・・』
そして、俺が座る指揮席の正面、円形足場の上に光の粒が集まって人型を形作ったと思えばそれが瞬きする間に防水ファイルを手に持った五十鈴へと変わった。
「でもまぁ、このまま悠長にこの島で調査してたら遭難者が仏さんになっちまう、これから俺達はその漁船を曳航して帰るからそっちはさっき言った漁場に船を出してる港とか漁協に聞き取りしといてくれよ」
『お前なぁ、俺達は自衛隊であって警察や探偵じゃないんだぞ?』
五十鈴が差し出してきた件の漁船の損傷状態をまとめた資料を受け取り流し読みし、修理前に撮影された幾つかの穴が開いた船底の写真を取り出した俺はその穴の一つに注目する。
「なら、深海棲艦が関わってたら俺達の仕事だな?」
『まったく、お前ってヤツは、・・・はぁ、分かったよ』
それは間違いなく鋭い何かが刺さる様にぶつかった事で開いたものだと俺は確信していた。
「違ったらその時は海保でも呼べば良いだけだろ」
『・・・あまり成果は期待はするなよ』
そして、聞き慣れた良介の呆れが混じった溜め息で通信は終了して俺は頭の上で腕を組み指揮席のシートに背を預ける。
「ねぇ、提督はこれをやったヤツが新種の深海棲艦だと思うの?」
「いや、良介にはああ言ったが正直なところ深海棲艦で漁船に穴開けるだけで済ませるお優しいヤツには心当たりがない、多分原因は別の何かだ」
『ですが提督、哨戒網に侵入できる程に小型だからその程度の攻撃力しかなかったと言う可能性はありませんか?』
指揮席のひじ掛けに横座りして俺の手にある資料を見下ろしてきた五十鈴の長いツインテールの片方が俺の頬に当たり、なんとなく、その艶やかな黒の房を手に取って遊ぶように目の前で揺らしながら俺は何か似た様な出来事が無かったかと思考を巡らせるが全く心当たりが浮かんでこない。
ふと脳裏に過った猫吊るしですら頭の上に?マークを浮かべているぐらいだからもしかしたら本当に深海棲艦とは関係ない理由であの漁船は遭難したと言う事だろうか。
「一番小さいっつったらPT小鬼か・・・でもあいつらの魚雷、直撃したら普通に戦艦娘でも大破させてたからなぁ」
「漁船なら間違いなく木っ端微塵ね、って!? もぉ、何してんのっ!」
『確か・・・回避と魚雷攻撃に特化した小型種深海棲艦、限定海域のみに出現する艦種だとか、まぁ、こちらの世界ではまだ確認されていませんが』
手で弄んでいた髪束をふと嗅いでみたら潮の香りにフローラル系が僅かに混じった匂いが鼻孔に満ち、これはこれで悪くない気分だと思っていたら手をペシリと五十鈴の手に払われて艶髪が俺の指の間から逃げていった。
そして、凄む様なジト目で睨んでくる五十鈴に小さく頭を下げて苦笑をしてみせたのだがそれがお気に召さなかったらしい長良型の次女様はひじ掛けからスルリと下り、かと思ったらコンソール越しにこちらへと身を乗り出して俺の頭の上にあった帽子を奪い取る。
「お返しよ・・・ふふっ♪」
そして、制帽を奪われた直後に俺の顔は五十鈴の臙脂色のスカーフが揺れる白いセーラ服の柔らかい感触に包まれ、頭の上でスンスンと嗅がれているくすぐったさに驚いて身動ぎすると僅か一呼吸の間で柔らかさが俺から離れた。
まるで気分屋な猫の様な態度で勝気な表情を浮かべる五十鈴が艦橋の足場と全天周囲モニターを隔てる手すりに背を預け俺から取った白い帽子を一本指の上でクルクルと回転させる。
触ろうとすれば逃げていきかと思えば気を抜いたところに不意打ちをしてくる軽巡艦娘に向かって小さく嘆息した俺はふと視線を感じ、港まで沈まない程度までの応急処置を終えた漁船が戦闘形態の夕雲に海へと運ばれている様子に目を向けた。
「・・・今の見えてないよな」
「さぁ? でもあの子、アナタの事に関してはすごい勘してるから分からないわね」
漁船を海に下ろす誘導している艦娘の輪の中の一人、白雪や深雪と並んで立っている吹雪が何故か夕雲の方ではなく俺達が乗っている高雄へと顔を向けていて、それなりに遠い場所にいると言うのに俺はモニター越しに彼女と目が合った様な錯覚を感じ背筋がザワリと震えた。
『提督も五十鈴も、先程から二人だけでこそこそと何の話をしていると言うの?』
「この人が指遊びしてたからちょっとお灸をすえてやったのよ、そろそろ出航準備を始めるわよ」
もし見られていたらなら間違いなく俺は貴重な休日を可愛らしくも嫉妬深い駆逐艦娘に容赦なく奪われると言うのにシレッと自分は無関係とでもいう態度で五十鈴は操艦補助の為の機能をメインモニターへと立ち上げていく。
「あら、・・・これ回路の接続がされてないじゃない、何してんのよ」
「あ~、それな、このドラム缶は
『何度か試してみたんだけどどうやっても接続不良を・・・提督、やっぱりとは?』
今回の調査に持ってきたマナ粒子収集ユニット、研究室の主任曰く取り込んだマナ粒子を艦娘の燃料や弾薬として使えるようにする増槽としての機能があり、かの研究者は自信満々に全ての艦種に装備できると言っていた。
「この装備、多分だが高雄は装備適正が無いタイプだ・・・もしかしたら利根型か最上型ならいけるかもしれんが、高雄型はダメなんじゃねぇかな」
《はぁっ!? なんで、どう言う事ですかそれは、提督!?》
それは彼女にとって不意打ち気味の驚きだったようで集中を乱された為か高雄の声は通信機のスピーカーからではなく彼女自身の口から放たれて艦橋の外側から響く様に伝わってくる。
「なんて言うか、主任が重巡用の装備って太鼓判押してたし高雄も張り切って装備してたからなぁ、言うタイミングを逃した、すまん」
一応は高雄がこの島まで空っぽの円筒を運んでいた時にはちゃんと装備との接続に問題らしい問題は無く道中で行ったテストでもマナの吸収機能はちゃんと働いていたし、そのおかげか安定した電探と位置情報の精度はこの島まで順調に導いてくれた。
ところが一時的に取り外してこの島に溢れるマナを最大まで溜めさせたら件の
コンソールパネルが接続エラーを吐き出す様子に出発前から薄々気づいてた俺はこの装備が前世での遠征任務でお世話になっていたドラム缶の原型もしくはその亜種なのだと確信する。
『もぉ、・・・謝らなくても構いません、私も提督がこれをドラム缶と呼んでいた事を良く考えるべきでした』
コンソールパネルの上で頬に片手を添えて嘆息しているものの落ち着きをすぐに取り戻した高雄の様子から察するに吹雪や他のメンバーから俺が過去にばら撒いた前世情報をある程度は収集していたのだろう。
俺の前世の世界で繰り広げられた(と言う事になっている)艦娘の活躍を日常的に吹雪にねだられ、そうなると彼女と同じ様に俺の話を聞きたがる子達が集まればこの世界では何の根拠もない前世知識が艦娘の間に拡散するのはある意味では自然な事だった。
そんな俺にとっては前世のゲーム知識とネットゴシップを混ぜ合わせて吹雪達に語った小ネタ類を高雄が妙に真面目な顔で聞き取りしている姿は知っているが、自分が流した虚実混りの噂を熱心に分析されると言うのはむず痒く感じる。
「あ~、まぁ、俺が知ってるヤツとは微妙に違うんだろうけどな、多分」
「でしょうね、こんなもので敵艦を殴ったら圧縮されたマナが大爆発起こすわ」
俺の無責任な放言にクスクスと笑う五十鈴の言葉で高雄が首を傾げそれは何の話なのと問えば、軽巡艦娘は俺が過去に語った輸送中に深海棲艦に囲まれてドラム缶を振り回して撃退した軽巡と言う笑い話の一つを披露する。
『なるほど・・・鈍器としての使用に耐える粒子圧縮の安定性、いえ単純な強度の差かしら・・・どちらにしてもまだ提督の世界の技術に至っていないと言う事ならこれも研究室へのレポートに加えておくべきね』
しかし、元凶である俺が言うのもなんだが正直、ドラム缶ガン積みの夕張がドラム缶を振り回して敵艦を殴り倒して突破したと言う
「取り敢えず今背負っているそれはお荷物になるのが決定したと言うわけだ、帰って主任に突っ返してやろう」
ただ惜しいのはこのタンクに最大まで溜め込めるエネルギー量は高雄の最大霊力と同等である話、単純に考えてあの
「なら、その時にはサイズの事も注文付けといて、五十鈴はこんなデカ物背負って遠征なんて行きたくないもの」
手のひらをひらひらと揺らす軽巡の悪戯っぽいウィンクに報告書のページ数を増やすのは勘弁してもらいたいんだがな、と呟いた俺はタイミング良くコンソールに表示された吹雪の名前に鎮守府の港で巨大な緑の円筒を見上げ、司令官の世界の駆逐艦はこんなのを背負って遠征をしていたんですか、と顔を引きつらせていた初期艦の顔を思い出す。
「だな、こんなの背負えって言われたら吹雪でも嫌がるだろうな」
「へっ? 私がどうかしましたか、司令官?」
「・・・吹雪はあのドラム缶装備して遠征任務とかやってみたいと思うか?」
艦橋の内側で光の粒がきらめきその中から現われた直後に戸惑う吹雪に向かって俺が艦橋の後方モニターに見える緑の円筒を顎でしゃくれば、俺の顔と大画面に映る巨大な物体の間で視線を行き来させた駆逐艦娘は何とも情けない顔で両肩を下げた。
司令官の命令なら、と少し迷いながらも健気に答える吹雪へと冗談だと言って安心させれば
「速度は漁船を曳航している赤井艦隊に合わせる、それと敵が出ても変な加速はするな、漁船なんて艦娘が本気を出したら簡単にひっくり返るぞ」
そして、俺はこの任務に同行している二艦隊にも連絡を取り、夕雲が曳航する漁船を守りながら鎮守府へ帰還する為の打ち合わせと準備を整えていった。
出来るなら日のある内に近海で哨戒を行っている護衛艦とそこを拠点としている艦娘部隊と合流したいが南方棲戦姫との戦いに参加していた護衛艦を粗方ドック送りにされた現在ではタイミング良く針路上に船が居てくれるかどうかも怪しい。
下手をすれば曳航している船の上を借りて休憩を取らないといけなくなりそうだ、と肩を竦めて五十鈴から返してもらった制帽を目深に被った。
・・・
「魚の鱗、深海棲艦のじゃなくて?」
提督の手元にある資料を横から覗き込んだ僕はそこに書かれている文面に目を瞬かせる。
「ああ、例の漁場で謎の追突を受けた船の一つにな・・・義男達が救助した船みたいに穴は無かったが明らかに何かがぶつかったへこみが出来ていて、そこに擦りつけられていたらしい」
日本の南東に現れた新しい島の調査を行う為に派遣された中村二佐達の艦隊が数日前に救助した民間船、幸いに船舶修理の技術と資格を持った艦娘が複数いたおかげで彼らは無事に港へ連れ帰られた。
ただ僕達にとって問題なのはその船が遭難する原因である損傷は何者の手によるものなのかと言う点で、提督が関係各所に連絡を取って手に入れた成果が書かれた紙束の一番上には鎮守府が誇る研究者集団が行った分析結果が乗っている。
「だが、これはいくら何でもあり得ないだろ・・・仮に魚がぶつかったせいだとしても・・・」
「主任達の分析結果が間違ってるって事は無いのかい?」
「そうだったら、どれだけ良いか・・・推定2.4m、最低でも重量80kg以上なんて馬鹿げてる」
僕の提督がある漁港に問い合わせたら何処で聞きつけたのか他の漁協や漁師の人達から似た事例の報告が次から次に集まってきた。
もしかしなくとも南方棲戦姫との戦いで船や港に被害を受けたけれど驚くほどの短期間で漁業を再開して見せた諦めない心を持った彼らにとって謎の衝突は僕らが思うよりも大きな不安とストレスになっていたのだろう。
受話器を手にした提督が鎮守府に所属している自衛隊員だと名乗って遠回しに中村二佐が遭遇した事件と似た話は無いかと聞いた途端に電話の向こう側が騒がしくなり協力は惜しまないから事件を解決して欲しいと逆に頼み込まれる事になった。
「でもさ、これって僕らが関わって良い事なのかな?」
提督が問い合わせを行う前にも漁協から県や国に調査の必要性を訴えかけたらしいけれど返事はなしのつぶてだったとか。
海上保安庁もあの戦いの後に現れた島に近い非常にデリケートな海域の調査には及び腰と言う理由はあるみたいだけれど、それ以上に漁業関係者の人々からの僕ら艦娘ならこの問題を解決してくれるだろうと言う期待感は電話越しにも伝わってくるほどだった。
「困ってる人の助けになれるなら行きたいけれど、相手が、ねぇ」
「採取したサンプルにマナの残留が確認された、・・・か」
主任達が凄く頭が良い人達だって事は彼ら彼女らから勉強を教えてもらっている僕だって良く分かっているつもりだけど。
でも、そんな人達が最新の検査機器で解析を行って出した結果とは言え謎の衝突被害にあった港から送られてきたサンプルから割り出された犯人の正体は正直なところ僕にとって少々現実味が無いモノだった。
そして、その場にいる同じ艦隊の皆も僕と同感であるらしく、面白くも無い冗談を聞かされた様な微妙な空気が僕ら田中艦隊の執務室に漂う。
「でも提督、そんな事ってあります?」
「・・・そうよ、いくらなんでも」
「あり得ないわ、マグロやサメじゃないのよ・・・」
僕と同じ様に執務室で待機している矢矧達も困惑を隠しきれないらしい。
そして、ペラリと提督が手にしていた資料の束から零れた一枚。
「もっとデータが欲しいところですね、一匹ぐらいどこかの港に水揚げされてないかしら」
「夕張、貴女これ信じられるの?」
「だから、それをハッキリさせないといけないんじゃない、サンプルとデータは多いほど良いのよ!」
Cololabis sairaと言う学名を付けられた魚の詳細な生態が記されたプリントが執務机の上に落ちて窓から差し込んだ昼下がりの日の下でカラー写真の中の銀色の鱗がきらめいた。
それは船だった頃の僕だって知ってる秋の食卓を彩る代表的な海魚。
「しかし、犯人が・・・秋刀魚なんて」
そして、今までに見た事が無いぐらい眉間に物凄くシワを寄せた提督が手に持っていた資料を自分から遠ざける様にソッと机の脇に寄せ。
「提督?」
それから提督は顔を伏せておもむろに腕を組んだ。
「・・・むぅぉ、・・・ぬぅぅ~ん」
こういう時の顔ってどう表現すれば良いんだろう、苦悶?
それとも苦渋って言えば良いのかな?
「提督、大丈夫かい?」
「・・・ああ」
「うん、大丈夫じゃないみたいだね」
悩まし気に唸る提督の肩にもたれる様に触れていた僕はふと壁掛け時計に目を向け、そろそろ選択授業や湾内演習に出ている他のメンバーも帰ってくる時間だと気付く。
そして、彼女達が戻ってきたら息抜きに
これが私達と
今じゃ、皆が待ち遠しいと思うぐらい季節の風物詩になっちゃったね。
ああ、そう言えば、もう来月には始まるのかな。
今年は誰がやるんだい?
なんの事って?
大秋刀魚対策連合艦隊の代表旗艦、サンマリーダーさ。
そうだよ。
歴代の白露型で経験があるのは
今年こそは他の白露型にも頑張って欲しいな。
ん?
ふふっ、もちろん君にだって期待してるさ。