艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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そう言えば秋刀魚が大秋刀魚に変異する条件が最近やっとわかったらしいね。

そうそう、新聞にも載ったよね。

あの島で夏の終わりにだけ発生する光るプランクトンの事。

それをつきとめたのが長崎大に居るあの子なんだから驚きだ。

私が引き継ぎしてた時から魚とかクラゲとかヒトデとか、とにかく海の生き物の事に興味深々だったけど。

まさか退役後に大学で海洋研究をやるなんて想像もしてなかったよ。

え? うん?

誇らしいのは分かるけれど、先代って何言ってるんだい。

あの子は僕の次だから君から見ると三代前じゃないか・・・へっ?

いやいや、その間に二人いるよね?

うん? それはまぁ、二人とも三年ぐらいで寿退役しちゃったけど、でも。

ちょっ!? 恋愛脳にメンヘラってなんて言い方を、仮にも同じ艦娘だった。

いや、待って、ゴメン、落ち着いて!?

いったん落ち着こう、そうだ深呼吸、深呼吸しよう!!

うん、この話は止めよう・・・えっと、あれ!

ほら、期間限定商品の予約がもう始まってるんだね。

間宮の秋刀魚缶は私の現役時代からの定番だけど。

洋服、傘、お皿にカレンダー、ビールにチョコ。

へっ!? く、車!?

はー・・・ホントもう何でもありだね。
 


第百四話

「お前なぁ・・・ホント、お前はなぁ・・・」

 

 潮風が吹き抜ける真新しい海洋調査船の一角、大きな艦橋の下に出来た日陰の中で小慣れた白い士官服姿の田中良介は呆れと失望と虚しさを溜め息に変えて吐き出した。

 そんな肺の中身を全て出し切る様な田中の態度に向かい合って立っている彼と同じ艦娘指揮官である中村義男は心外だとでもいう様に顔を顰めて腕を組む。

 

「随分な態度だな、なんか文句でもあんのかよ?」

「あれを食うって言い出す奴が目の前に居たら誰だってこうなる、そもそも何でそんな考えが出てくるんだよ」

 

 自分は正常で相手の方がおかしいのだとお互いに主張し睨み合う二人の自衛官の間で少しの沈黙が落ちる。

 

「良介、お前と俺は前世なんて言う妄想みたいな記憶を頼りに自分でも信じられないくらい努力してここまでやってきた」

 

 その沈黙を破ったのは妙に落ち着いた様な調子で腕を組み壁に背中を預けた中村の独白だった。

 

「・・・否定はしないけど、それ今関係あるか?」

「大有りだ」

 

 こんなタイミングで今更極まる思い出話でもしたいのかと呆れを顔に浮かべた田中は語気を強める中村の主張を取り敢えず最後まで聞く事にした。

 

「楽な前と同じ生き方をしてたら俺達は絶対に自衛隊なんかに入らなかっただろうし、吹雪や時雨、艦娘達に実際に会えるなんて考えもしなかった」

 

 他人を騙し煙に巻く事に躊躇いが無い中村が面と向かって相手を説得しようとする時には何かしら彼にとって譲れない物がある場合でこう言う無駄に強い信念を主張する場合には普段の揶揄い遊びが可愛いモノだと思う程の事を絶対にやらかすのだ、と二週目の人生が始まってからかれこれ十数年の長い付き合いから田中は理解していた。

 

「正直言って理想通りなんて俺も思っちゃいない、けどな前の人生ではどれだけ頑張っても会えなかった艦娘に今の俺達は実際に会って喋って、仲良くなった!」

 

 それならコイツのやらかしの被害を最小限で食い止める為にストッパーとして関わる方がマシだ、と致し方ない判断を下した田中は途中で口を挟む事はしないが胡乱気な視線を目の前にいる悪友へと向ける。

 

「艦娘が俺達の目の前に実際に居るんだって事をちゃんと良く考えて見ろ!」

「いや、そんな事お前に言われなくても分かってるからな?」

 

 妙に熱く語ってくれたが、もう三年以上も特務士官として生活を共にしている彼女達がネットやゲームの中だけの存在ではない事など改めて言われるまでも無く田中は分かっていると相方の意味不明な物言い憮然とした顔の前で手の平を左右に振った。

 

「いいや、お前は分かってないな! 分かっていたらあの秋刀魚を見たなら俺と同じ考えになる筈だからだ!」

 

 少し離れているとは言えボリュームが上がった中村の声は秋刀魚調査を行っている一団にも届いているらしく小首を傾げた時雨や吹雪が距離はあるものの彼らの様子を見つめている。

 

「義男、お前なぁ・・・馬鹿みたいなわがまま言わなくても秋刀魚ぐらい鎮守府でも食べられるだろう」

「なら分かるように言ってやる・・・覚悟は良いか良介?」

「何がだよ・・・まったく」

 

 妙に自信満々な態度を変えない中村にうんざりとした田中はこれ見よがしに額に手を当てて溜め息を床へと吐く。

 

「お前、嫁の理解が得られなかったから艦娘グッズは家じゃなく大学の机に引き出しに隠していた、だったよな?」

「な、なにをいきなりっ・・・!?」

 

 皮肉気な笑みを浮かべた中村が口にした言葉が溜め息を吐ききった空っぽの肺を真下から穿ち息を詰まらせた田中は顔を引きつらせる。

 

「何故ならお前が集めていた鎮守府公認クリアファイルや艦娘フィギュア、ピンバッジ、鼻で笑われただけならまだしも邪魔だったから捨てたわよ、と嫁さんに言われて涙を飲んだ事があったからだ!」

「よ、よせ・・・こんなところでそんな事を!?」

「別に情けないなんて言わない! ただ、お前が運良く手に入れたって自慢していた軽巡夕張謹製のクラフトビール! 作ったのは大手メーカーであって彼女のお手製なんかじゃない!!」

 

 吹雪達と同じ様に二人の指揮官の様子を見ていた田中艦隊に所属している夕張は突然に名前を呼ばれて中村に指差された事で目を丸くして「私? ビール?」と困惑しながら目を瞬かせた。

 

「お前なんなんだ! いったい何が言いたい!?」

「死ぬ間際まで大事にしてたって言う限定グラスに書かれたサインも艦娘本人じゃなくて機械がプリントしたものだぁ!!」

「だから、やめろっ!!」

「ははっ、見合い結婚の後は随分と窮屈な思いをしてたんだよなぁ、よーく覚えてるぜ、ガキの頃にお前が悔しそうに涙べとべとの汚い顔で言ってた話はっ!」

 

 身体は子供、心は大人と言うちぐはぐな人間として周囲から否応なく浮く事になってしまっていた中村と田中にとって妄想と笑われても仕方ない自分の前世を語り合える相手との出会いは自分のプライベートまで明かしてしまう程に二人の間で強い友情を結んでしまった。

 

「それはお前もだろうが!! 買い逃したグッズとか何回もクジを引いたのに目当てが外れたとか、横浜で転売屋に偽チケット握らされたとか下らない事言いながら馬鹿みたいな顔で泣いてたくせに!!」

「ぐっぅ!? 嫁さんの機嫌取りとか世間体気にして一度も現地に行かなかったヤツが言うな!!」

「前の俺は大学の教員だぞ!? どれだけ行きたくても艦娘に会いたいからお祭りイベントに行ってきますなんて言えるわけないじゃないか!?」

 

 他愛ない笑い話から心を苛む後悔まで様々な問題を共に乗り越えてきた二人は下手な親子よりもお互いを知り、他人に言うには恥ずかしい過去と言う弱点を握り合った共犯関係を造り上げている。

 

「そうだ、だからこそ今の俺達にはそれが出来るんだろ!!」

「はっ・・・はぁ?」

 

 それはつまり相手が何を求めているのかも分かっていると言う事。

 

「自分の部屋で隠れるみたいに背中丸めて、間宮と伊良子が「丹精込めて作りました♪」って設定の缶詰をチビチビと食ってた俺と同じお前だからこそ、ここまで言えば分かるはずだ!」

「・・・設定言うな、分かってるけど、設定って言うな・・・あの秋刀魚缶、結構美味かったってお前も言ってただろ」

 

 その場にしゃがみ込み中村の口撃によって精神を打ちのめされた田中は容赦ない言葉の前に沈んだ顔を両手で押さえ隠して呻く。

 

「そんな下らない未練は捨てろ! 俺達が今やらなきゃならないのは目の前に転がり込んできた幸運に飛び付く事だ!」

「幸・・・運だと?」

「だって俺達には頭下げて頼めばきっと秋刀魚を焼いてくれる! 飛び切り可愛い本物(・・)の艦娘が居るじゃねぇか!?」

 

 バッと勢い良く両手を広げて中村が放った切実さを感じる追い打ちに田中は両手で隠していた顔に唖然とした表情を浮かべ、虚を突かれた青年は顔を上げて恐る恐る少し離れた場所から自分達の様子を窺っている艦娘達の方を見る。

 何故かモジモジと照れている様子の数人を含めた全員、田中にとって妄想の中の住人などではなく現実となってから久しく感じる程に慣れ親しんだ艦娘達の姿。

 自分の艦隊のメンバーからバレンタインチョコを貰った事がある彼は確かに中村が言う通り頼み込めば彼女達は手料理を御馳走してくれるだろうと確信する。

 

「もういい加減分かってんだろ、悪い方向にばっかり全速力なこの世界じゃどんなに待ってたって俺達が求めているイベントなんて起きやしない! 誰もやってくれない!」

「それはっ!?」

「だから良介、秋刀魚祭りなんだ! 前世のお前が職と家庭のせいで指を咥えて見ている事しか出来なかった鎮守府秋刀魚祭り(リアルイベント)をこの世界では俺達が始めるんだ!」

 

 手を差し伸べてくる中村の決意に満ちた声に向き直った田中は自分を見つめる青年の目に自らと友が抱える過去の悔いを晴らしてやると言う確固たる意志を感じ取り。

 

「・・・なぁ、俺は間違った事言ってるか?」

「誰がどう聞いたってお前の言う事は間違っているだろ、だけど・・・ああ、だからこそ俺達はやらなきゃならない!!」

「へへっ、それでこそだ!」

 

 目の前の手とガシリと握り合い引っぱられ悪友からの攻撃に沈みかけた田中の身体が潮風の中に力強く立ち上る。

 

「二人ともこんなとこで何やっとんねん、秋刀魚祭りとかまたアホな事言うてからに・・・」

 

 いつから居たのか彼らの直ぐ近くにある水密扉に片手を突いて少し斜めに傾いて立っている空母艦娘が何かの資料が挟まっているファイルを手に中村によって言い包められてしまった自分の指揮官の姿へ溜め息混じりの言葉を吐き出した。

 

「司令か~ん、分かっとると思うけどそのアホ、自分が秋刀魚食べたいだけやで? また振り回されて苦労するだけやから止めときぃって」

 

 恐らくそれは個人的な欲求の為に友情を利用した中村に絆されてしまった指揮官の事を思っての忠告だったのだろう。

 だが、盛り上がっている情熱に水を差す様な言い方であろうと彼が思いとどまってくれるならばと考えていた龍驤の予想と違い田中から返って来たのは妙に熱く真剣な眼差しだった。

 

「な、なんや、そないな顔して・・・」

「・・・龍驤」

 

 そして、中村と握り合っていた手を離し無言で近づいてきた憎からず思っている指揮官の様子に空母艦娘は手に持っていたファイル、船内の実験施設で行われた巨大秋刀魚の調査結果を両手で抱きしめてたじろぐ。

 

「俺の為に、秋刀魚を焼いてくれ」

 

 船の扉に赤い上着の背中がぶつかり龍驤が田中によって壁際に追い詰められた直後、彼からの思いもよらぬセリフによって鋼色のサンバイザーを被ったツインテールの上でポシュッと霊力の湯気(光粒)が噴き上がった。

 

・・・

 

 疎らな雲でけぶる月明かりで照らされた真夜中の海上に浮かぶ大きな海洋調査船の両舷を挟む様に二つの閃光がきらめく。

 

『それぞれの艦隊に居る輸送艦娘のコンテナに入れて持ち帰った分だけがスコアとして換算する』

『編成は輸送艦を含めた四人まで、負けた方は大漁旗の購入費用を負担するんだろ、改めて確認する事じゃねえな』

『まあいい、それにしても・・・秋刀魚祭りって言うにはやる事も賞品も地味だな』

 

 くくくっと喉で笑う様な声を通信で交わす指揮官達を乗せ金の輪から余裕を持った足取りで二人の艦娘が現れ、対照的な黒と白のセーラー服を身に着けて隣り合う時雨と吹雪の身体に艤装が施されていく。

 

『祭りも何も俺達が勝手に言ってるだけなんだからそんなもんだろ、て言うか今言うのもなんだけどホントに勝負で決めんの?』

『どうした、今更、負けるかもしれないと怖気づいたのか?』

『やるからには負けるつもりなんかねぇよ、お前が文句付けなきゃ吹雪がサンマリーダーやってたのにな~ってだけだ』

 

 大漁旗も自分で発注するつもりだった、と少し不満そうな口調で中村が言ったと同時に吹雪が出撃と同時に持っていた連装砲から手を放して肩掛け紐にぶら下げ、甲板作業員の振る誘導灯と黄色い光を回転させる警光灯が見える【那岐那美(なぎなみ)】の甲板に置かれた折りたたまれた網を掴んで持ち上げる。

 

『なんだそれ、まるで勝負するまでも無いって言い方だな』

『おいおい、お前だって知ってるだろ、前の世界じゃ2016年度の鎮守府公認サンマリーダー様だぞ? 実に丁度良い話じゃねえか』

『・・・それは前の世界でだ、悪いがこの世界じゃそれは通用しない、勝つのは俺の艦隊だからな』

 

 吹雪は巨大秋刀魚捕獲用に網を小脇に携えて横目に同じ装備を手に取っている時雨の姿を確認し、自分の艦橋に座っている指揮官の期待に応えて見せるとでも言う様に少し興奮気味にむふーと鼻息を強めた。

 

《提督、それと中村二佐も、これから僕らがするのは害獣駆除って言う立派な任務だよね? そんな遊びに行くみたいな調子で良いのかな?》

 

 夜闇に霊力で輝く煙を背部艤装の煙突から立ち上らせている吹雪の気合に満ちた姿に苦笑を浮かべた時雨が声をかければ身の内からバツの悪さを誤魔化す様な田中の咳払いが聞こえ。

 主任達がどこかの漁港から買い取ったと言う地引網を艦娘用投網へ改造した装備から延びるケーブルを手に肩を竦めた時雨は自分のセーラー服の裾を軽く腰の右側へ霊力の流れを強める。

 

『それにしても、デカい図体で大食いのくせして食った餌は殆どが未消化って随分な連中だな』

『もしかしたら急激な巨大化に内臓がついていけてないのかもな、放っておいても冬を待たずに全て餓死する可能性の方が高いと主任は言っていたがその間の漁業に深刻なダメージを与える事には変わらない』

『だから可能な限り減らす・・・責任重大だ、俺達が何とかしないと大秋刀魚が普通の秋刀魚を食い尽くして世間の食卓から秋の主役が無くなるなんて事が起きちまう』

 

 先程の挑発と軽口が交じった気安い会話を誤魔化す様に作戦目的である突然変異の秋刀魚に対する緊迫感を纏った真面目そうに聞こえる口調になった通信の内容にやれやれと呟き時雨は自分の横腹に浮かび上がった青白い幾何学模様の中心へと投網のケーブルを差し込む。

 すると時雨の増設端子へ接続されたケーブルから網の強度を高める霊力の光が彼女の手にある巨大秋刀魚捕獲用の特殊装備に広がっていった。

 

『被害を受けるのは秋刀魚だけじゃない、目標は今のところ群れの分割と合流を繰り返しながら一般漁船が操業している海域の一部を含めた一定範囲を回遊しているが産卵期が終わっても生き残る様なら奴らは北に移動を始め、被害はさらに拡大する』

『勝手に巨大秋刀魚が力尽きるのを祈るよりは建設的な作戦だと信じたいね、俺とそっちの子合わせて輸送コンテナを八つ分いっぱいにしても足りないかもな』

 

 それにしても使い古しとは言え漁師にとって生命線と言っても良い商売道具である20m×40mもある大きな漁網を二つもどうやって主任達は調達したのか、もし今回の事件の解決の為に身を切る様な事を守るべき日本国民である漁師の人にさせてしまったのならば自分の手にある漁網を元に戻して返せるように大事に使わないと、そう考えた白露型駆逐艦娘は日本近海を荒らし回る魚の群れに挑む覚悟を決めた。

 

『秋刀魚が変異する条件は分かっていないが今のところは新しい巨大秋刀魚の群れが確認されていないのは不幸中の幸いか・・・』

『追跡した回遊ルートがあの島の周りを通ってるみたいだからやっぱり海中のマナ濃度が関係してんだろ』

『いや、そんな単純なものなら世界中の海が巨大魚類で溢れてなければおかしい、あの島周辺の濃度が高いと言っても深海棲艦が戦闘で発生させる力場より高いと言うわけじゃないんだからな』

 

 海洋調査船の巨体からゆっくりと歩き出す様に離れ僅かに波を泡立てながら前進を始めた時雨と吹雪のスクリューが回転音を潜めてキラキラと光粒を撒きながら彼女達の背を押す。

 

『今のところ深海棲艦が近くにいるって情報は入ってないが夜闇に紛れてどこからか現れるってのもあり得る、F作業も大事だが本職も忘れるなよ、吹雪出撃するぞ!』

《はいっ! 司令官、吹雪行きます!》

 

 指揮官へと元気良く返事を返して面舵をきり離れていく吹雪の背中を見送った時雨は艦橋に表示された海図に描かれた航路に従って左側に重心をかけて取り舵で波を蹴る。

 

《今回は提督も乗り気なんだね、ちょっと意外だな》

『義男の口車に乗るのは癪だ・・・でも、俺にだって馬鹿になりたい時ぐらいある』

《ところで・・・提督が前の世界では結婚してたって言うのは一応知ってたけど、その奥さんだった人って今は何してるの?》

 

 その人って僕らの事嫌いだったんだね、と朗らかに微笑む(張り付けた様な笑顔で)時雨が問いかければ艦橋で彼女の航行を補助している最上型重巡が僅かに身を強張らせた気配が艤装から駆逐艦娘に伝わってきた。

 

『知らないさ、前はいつまでも結婚しない俺に焦れた両親の勧めでお見合いしたがこの世界じゃ会った事も無ければ名前を聞いた事も無い』

 

 自分よりも要領の良い女性だったからどこかで良い相手を見つけてるだろう、と気の無い調子を装っているが注意深く聞けば何らかの感情を抑えていると分かる田中の声に時雨は自分でも気付かないうちに微笑みを緩ませる。

 それは彼の言葉に隠れている感情がかつて妻であった相手に対する懐古や慕情ではなく、出会わずに済んでいる事に対する安堵(・・)なのだと敏感に察したから。

 

『だが、あまりその事には触れないでくれ』

《ふふっ、金剛に知られたら大変かもね》

『それは・・・確かにどんな反応されるか分からないのは怖いな』

 

 きっとその答えは今も自分の艦橋にいる三隈の顔を見れば分かる事なのに僕の提督は妙な所で鈍感な人だ、と心の中で独り言ち投網を小脇に抱えた駆逐艦娘はクスクスと笑う。

 

《それじゃ、僕もあとで提督の為に秋刀魚を焼いてあげるから期待してて》

『へっ? ・・・時雨?』

 

 自分の初期艦の意図が読めずに気の抜けた声を漏らしたと同時に艦橋で三隈が「くまりんこもですわ!」と大声を上げ。

 突然、重巡艦娘に詰め寄られ狼狽える指揮官の様子に耳を傾けながら時雨は夜の暗闇へと淡い光を纏って走っていった。

 

・・・

 

 他の水産資源を食い荒らす巨大な秋刀魚を捕獲し漁場を救うと言う本当は自衛隊がやるべきか怪しい作戦。

 それを災害派遣の責任者権限で立案した後に即実行に移した徹夜明けの指揮官二人が黒岩に波飛沫が弾ける海岸で向かい合う。

 

「・・・なぁ、やっぱりどう考えても卑怯だろ」

「何がだ?」

「とぼけるなぁ!」

 

 座るのに丁度良い岩に腰かけて苛立ちを隠さず憤る中村とそれを平然と受け流す田中、朝日が昇り夜が終わりを告げ様としている空の下で見渡す限り海しかない小さな岩場に香ばしい匂いが漂っていた。

 毛先だけが白く見える黒髪の子犬の様に活発な少女が手に持った棒で火を燻ぶらせる炭を突けばボッと一瞬だけ火の手が強まり小動物を思わせる雰囲気の栗毛ショートヘアの駆逐艦娘が驚きの声を上げ、次の瞬間には二人揃ってキャッキャと楽しそうにはしゃぐ。

 

「現役漁師から秋刀魚の上手い獲り方教えてもらったってなんなんだよ!?」

「何言ってるんだ教えてもらったのは俺じゃないと言っただろ」

 

 段ボールの切れ端で焚火を仰いでいたお淑やかそうなツインテール少女が食材に燃え移った火の手に目を白黒させ吹き消そうとさらに風を送るがそのせいで一本の串が料理から松明へと変貌した。

 

「そもそも何で三隈が漁師と知り合いなんだよ!?」

「知り合いなのは三隈じゃなくて鈴谷と熊野だな」

 

 早口でまくし立て人差し指を突き付けてくる中村に涼しい顔で自分は何もやましい事など無いと腕を組んでいる田中の背後、パチパチと炭の燃える音に混じり時々ジュウジュウと油が焼ける音が岩を打つ波音と不思議な調和を造り上げる。

 怒鳴る中村の様子に身体の左右の露出度が妙に高い民族系制服を纏った輸送艦娘が青い鉢巻を巻いた白髪を彼らと火で遊んでいる駆逐艦達の間でアワアワと右往左往させるが大量の魚類を満載した複数のコンテナとケーブルで繋がっている為にその場から動く事が出来ず。

 

「そこじゃねーよ! って言うかお前それで納得いくと思ってんのか!?」

「言ってなかっただけで俺とお前で決めたルールの上は何の問題も無いはずだ・・・むしろルール違反と言うなら義男の方が問題だろ、突然の爆発音に驚かされたこっちの身にもなれ」

 

 田中の返す刃にグッと顔を顰め反論できない様子で舌打ちした中村は顔を逸らし。

 その視線が逃げた先で串刺しにされた大きな魚肉が炭火に炙られて透明な油とマナ粒子に解けて散る霊力を散らし見る者の食欲をそそるきらめきを纏う。

 

「秋刀魚を追いかける事に気を取られ岩礁に躓いただけならまだしも、それを敵の攻撃と勘違いして爆雷を投げた、だって?」

「ただの岩礁じゃない例の島に繋がってる、それでマナ濃度が高くなれば電探は利かなくなるし暗闇にデカい艦影が見えたら勘違いもする」

 

 追及と言い訳の攻守が入れ替わり、そんな二人がチラリと見上げた先には岩礁に乗り上げてその鋼の身を横たえる艦影、艦首部に剥げかけた61(・・)の数字が見える斜めに傅いた巨体はその全体の半分以上を海中へと沈めている。

 

「・・・なのに砲雷撃じゃなく爆雷攻撃か? お前にしては珍しく冴えてない嘘だな」

「嘘じゃねぇし」

 

 彼らの視界の端に机にする為に大きさを調整した輸送コンテナにまな板を載せてその上で軽やかに包丁を躍らせて薬味と秋刀魚でタタキを作っている自称アイドルとその見事な調理に普段は酒保カフェで店員をしている少女が目を丸くしながら「勉強になります」と呟いている姿が混じった。

 

「こんなところに軍艦があるとか思わねえだろ・・・確かあれ、名無し海戦に参加した時に沈んだんだっけか?」

「いや、その後にアメリカが国外の軍と資本を回収していた時にだ、と言っても海上博物館をやってた船を無理矢理手直ししただけの状態、米軍としては資産家達を納得させるために老朽艦を入れてでも護衛船団の頭数を増やす必要があったとか」

 

 分が悪くなったから露骨に話を逸らそうとしてるらしい中村の言葉で田中の脳裏に南方棲戦姫との決戦後に駆逐艦娘陽炎が報告書に記した「深海棲艦が海に沈んだ船を集めていた可能性がある」と言う一文が過る。

 

「その結果が・・・あれかよ」

「そうだな・・・」

 

 そして、諸行無常に対して中村は溜め息を吐いてから膝へと頬杖を付き、その苦々しい顔に肩を竦めた田中はふと後ろから自分達に近付いてきた足音に振り返った。

 

「提督、少し焦げちゃったけど大丈夫かな?」

「司令官っ! これ吹雪が焼きました、どうぞ♪」

 

 上質な油を滴らせ焼き立ての熱と香りを放つ下手なステーキよりも分厚い魚の白い切り身が乗った使い捨ての紙皿、それぞれの手に持った切って焼いて塩を振っただけという料理と言うにはワイルドなそれを吹雪と時雨が二人の指揮官へと差し出す。

 

「・・・すげえな、サンマのステーキなんて多分日本で初めてじゃねえか?」

「いや、もしかしたら史上初かもしれないぞ、さて、味はどうだ・・・」

 

 真夜中の岩礁に放たれた爆雷の犠牲になった巨大秋刀魚の成れの果てを前に指揮官達は驚きと共に唾を飲み込み。

 食欲をそそる焼き加減と香りへ中村と田中は同時に箸をつけて分厚い秋刀魚の身をほぐして口に運んだ。

 かつては姫級深海棲艦の積み上げた黒岩山脈の一部だった岩礁で部隊備品として艦橋に持ち込まれているキャンプキットで調理された獲物を咀嚼し数秒、二人の駆逐艦娘だけでなく残りの秋刀魚を焼いている面々からの視線も浴びて二人の青年は同時に口の中のモノを飲み込み顔を顰めた。

 

「くっ、これは、俺とした事が・・・」

「なんて事だ、なんて・・・」

 

 白く香ばしい秋刀魚の身を前に苦しそうと言うよりは悔しそうに顔を伏せる指揮官達の様子に何かマズイ事になったのかと艦娘達が騒めき。

 一早く吹雪が岩に座り震えている中村へと寄り添い彼の安否を気遣い、時雨が秋刀魚の乗った紙皿を持ったまま直立不動で呻く田中を心配そうな顔で見上げ。

 

「大根おろしと醤油を持ってきていないなんてっ!」

「ここに辛口の日本酒があったなら、くそぅ」

 

 しかし、絞り出されたのは欲に塗れた悔恨の嘆き、そんな中村と田中にその場にいた艦娘全員がガクリと肩を落としてそれぞれが苦笑を浮かべ。

 彼女達も丁度良い焼き加減になった串焼き秋刀魚を手に取って真夜中の奮闘の成果を味わい華やいだ声上げる。

 

「まだ一日目、決着も着いてねぇ! 俺達の秋刀魚祭りは始まったばかりだ! 勝つぞ!」

 

 そして、人心地つけて心機一転を図る中村の声に彼が日本の食卓を救うと信じている吹雪が元気な返事をし、それに続いて両艦隊のメンバーが負けじと気合いの入った声を早朝の空に響かせた。

 




 
その後、那岐那美に帰ったらエプロン姿の龍驤達がカンカンになっててね。

次の日からそれはもう大騒ぎ。

誰が旗艦をやるかで揉めて、かけっこ、チャンバラ、あみだクジ、果ては料理勝負をやったりね。

他の人が止めるのも聞かずにもう我慢できないぞって叫んだ主任の身体がお刺身食べた途端に光り出したり。
実は神威とぶら志"る丸が僕らよりも秋刀魚捕るの上手かったとか・・・。
報告書や始末書だけじゃなく、秋刀魚の味とか調理法のレポートまで書かされる事になって。

鎮守府に帰ってから夜通しで提出用紙が辞典みたいに太くなった頃には全員へとへとになってたけど、でも凄く楽しかったな・・・ん?。

あ、電話みたいだ、ちょっとゴメンね・・・もしもし。

ううん、大丈夫、酒保で少し後輩とお話してたの、うん・・・うん。

ええ、執務室ね・・・すぐに行く、ちょっと待っててね、アナタ・・・。

・・・えっと、ゴメンね、そろそろ時間みたいだ。

ああ、案内は大丈夫、私だって艦娘だったんだからここの事は良く知ってる。

じゃあ、支払いは私がやっておくから君はゆっくりしてて。

え?

結局、その勝負はどっちが勝ったのかって?

いや、君はそれをもう知ってるじゃないか。

だって、さっき見ていたあの写真はその騒動の後に撮ったんだもの。

ふふっ、大漁旗を持っていた艦娘は誰だった?

君には僕に負けないぐらい頑張って欲しいな♪

それじゃ、またね、時雨。
 
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