艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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最近、加賀さんの改二が来るとか言う噂が聞こえてきたんですけどホントですかね?

試製カタパルトぉ・・・。

いや、だからなんだって話なんですが。

それじゃ。

第五章、始まるよ。

 


第五章
第百六話


 後悔先に立たず、覆水盆に返らず、全ては言い訳のしようがない身から出た錆。

 

 そんな今更な事を考えながら蒸れた潮風の中、ザアザアと波がさざめく海と白い雲が流れていく空をぼんやりと眺める。

 

 日本はもうすぐ冬だと言うのに亜熱帯気候に入った護衛艦の上は晴天の空から降り注ぐ陽の光で満遍なく熱され、このまま吹きつける風を浴び続ければ明日の朝には干物になってしまうんじゃないかとしょうもない事を妄想してしまう。

 

「これは、想像以上に熱い・・・な」

 

 甲板の金属部分で卵が焼けそうな太陽光の中で上着に袖を通すのは億劫だが厚みのある白い布地は光の熱を受け流し無駄な日焼けを防いでくれる。

 

「提督、大丈夫?」

 

 くれてはいるのだが、やせ我慢をしていても熱いモノは熱いと言う事実は変わらず顔から滴る汗と共に呻くような弱音がつい漏れてしまい。

 それに耳ざとく反応して俺の隣に立っている少女が振り向き、赤いリボンで結われた三つ編みがセーラー服の襟で揺れた。

 

「時雨の方こそどうなんだ?」

 

 俺を心配する言葉をかけてきた船の船尾へと流れていく白波を背にこちらに振り返った駆逐艦娘、時雨の姿は烏羽の様な艶のある黒髪だけでなく身に着けているセーラー服まで黒色かそれに近い。

 その色合いは真夏のそれに匹敵する直射日光の下で俺以上に熱を集めてしまうはずなのだが、本人は涼しげな顔を返事代わりに小首を傾げ海上自衛隊所属の護衛艦【はつゆき】の甲板に立っている。

 

「もしかして艦娘の障壁は寒さだけじゃなくて熱さも防ぐのか?」

「ううん、僕の感覚では大した差はないんじゃないかな・・・」

 

 頭一つ分低い位置から俺を見上げる碧い瞳に空から降り注ぐ日光に対する不快感は無い上にその身体は彼女達が障壁を使う際に纏う光粒は見えず、それは今の時雨が様々な場面で便利さを発揮する不可視の防壁を展開していない事を意味している。

 そう言う意味では俺と同じ直射日光の中に居るのに汗一つ見えない時雨の様子に言い方は悪くなるが彼女が人工的に作られた艦娘(超人)である事を改めて実感させられてしまう。

 

「それより、提督、熱いならやっぱり待機所に戻るべきだよ」

「確かに空調の効いた部屋は魅力的だけど色々と・・・何と言うか他の隊員に引きこもりを見る様な目で見られるのはどうにもなぁ」

 

 ただ俺を心配する声にこもった感情が本物なのは間違いない。

 

 俺が時雨と出会ってから多くの言葉を交わし、ねだられて手を繋ぎ並んで同じ景色を見てきた四年。

 時に子供っぽい理由で機嫌を損ねてたり、時に大人びた顔を見せて成長している事を実感させる時雨の姿は紛れも無く自然な時間の中にいる人間と同じモノだった。

 

 要は彼女達の生まれ持った特殊性に俺の鎮守府にやってくるまでに積み上げてきた常識がズレを感じているだけの事。

 そして、改めて考えるまでも無く俺は明らかに常人ではない彼女の片鱗を見た後ですらそっと身体に触れてくる時雨の手にもう違和感を感じなくなっている。

 

「いつ深海棲艦が現れるか分からないんだし出撃に備えて万全を整えるのは僕らの指揮官として当然の事だと思うよ?」

 

 広い広い大海原を走る最新型に乗せ換えられた索敵装備の出力を全開にしている護衛艦、本来の整備計画では数年前に退役し解体を予定されたのだが深海棲艦の出現から今日まで運用できる艦が一隻でも必要だからという理由でこの船は延命の決定と共に小笠原諸島奪還任務に投入された。

 更にその後、硫黄島の駐留部隊の海上基地と化していた状態から急遽本土に呼び戻され艦娘の運用に適した再改装を受けた数奇な艦歴を経た艦艇、俺達が立っているのはその護衛艦【はつゆき】の後部デッキに増設された艦娘部隊出撃用の昇降エレベーターの前。

 

「それに後ろめたさはともかく、せめて水分補給ぐらいはしないとさ」

「それは、まぁ、そうなんだが・・・」

 

 煮え切らない態度だとは自分でも分かっているが俺の腰の辺りをトストスと軽く押す程度の催促では何時敵が現れるか分からない海路を進み警戒態勢を敷いているピリピリとした雰囲気の艦内に戻ってお茶を手に暇人に戻る事に、はい分かりましたと頷くのは具合が悪くなる。

 

「でしょ? なら」

 

 何がと言うならば・・・主に俺の胃の辺りが、だ。

 

「でもなぁ・・・」

「なんだか今日の提督は聞かん坊だね」

 

 こう見えても防衛大時代には護衛艦乗員の見習いをやっていた経験があるのだから艦長から雑務の一つでも貰えるなら喜んで協力心づもりがあるだが、どうにも俺の特務二佐と言う肩書は彼らにとって扱い辛い存在でしかないらしい。

 下手な雑務で出撃に遅れ取り返しのつかない事になるよりは俺を乗員ではなくお客さんにしておくと言う艦長達の考えは分からなくもないし、頭では自分の任務内容に何ら恥じる事など無いと理解しているのだが。

 客観的に見ると見目麗しい艦娘達に囲まれてのんびりとしていると言う状態は熱気の充満する艦内で今も忙しなく働いている男女問わず全て隊員から顰蹙(ひんしゅく)をまとめ買いしている様なものなのだ。

 

「それに、ほら三隈とイムヤも心配してるよ」

 

 そんな事を考えていたらさっきよりも少し強く時雨が緩く握った手で俺の脇をトントンと突く様に押して身体の向きを変えさせ、その青い瞳が示す先で艦内に通じる入り口の一つに水筒とタオルを持ってこちらの様子を窺っている重巡と潜水艦が心配そうな顔が見えた。

 頭の中でいつでも出撃できるように海上に通じるエレベーターを眺めると言う不毛な言い訳を続けるには申し訳なさの方がとうとう勝り、自分の顔が俺の意志とは別にバツの悪そうな表情を浮かべてしまう。

 

「せめて日陰に入ろうよ、流石に僕も熱くなってきたし・・・提督が倒れちゃうのは嫌だよ」

 

 上目遣いにこちらを見上げる時雨の我儘な子供に歩み寄りなだめる様な言葉遣いにこれではどちらが年上なのか、と声に出さずに頭の中だけで呟く。

 だが時雨達が心配するのももっともな話、深海棲艦に対抗できる存在が俺とその指揮下に居る14人の艦娘達だけという現状ではいざと言う時に彼女達の安全装置を解除できる指揮官が熱中症で戦えませんなんて事になれば本当の意味で俺は役立たずだ。

 

「はぁ・・・ここにいるのが俺じゃなくて義男だったなら待機所で昼寝でもするんだろうな・・・」

 

 司令部の連中は何でもう一組の指揮官と艦隊を用意しなかったのか。

 艦隊の人数を二人分減らされただけでなく今回作戦の為にと推薦された艦娘達を受け入れる為に慣れ親しんだ六人のメンバーに艦隊から離れてもらう事にまでなった身としては十人以上の一艦隊よりも五~六人の二組で交代制を組む方がよっぽど防衛効率は高いと声を大にして言いたい。

 不機嫌そうな顔だったが不承不承頷いてくれたならまだマシな方で「置いていかないでください」と泣き出し縋りついてきた艦娘を慰め、必死に頭を下げ説得した俺は自分とその部下を振り回してくれている一枚の命令書を脳裏に思い浮かべてうんざりする。

 

「だね、中村二佐は提督と違って物事を割り切るのが得意な人だし」

 

 そんな時、物思いに耽っていた俺の腰へ行われていた連続攻撃(猫パンチ)が終わり、かと思えば今度はクイクイと控えめな力で(手加減しながら)俺の白袖を引っ張る時雨の説得にこれでは本当に意地を張っている自分の方が子供みたいじゃないかと小さくため息を吐く。

 

「でも、僕は嫌な事をほったらかしにしちゃうあの人よりも・・・悩みながらでもゆっくりでも、一つ一つに向かい合って頑張る提督の方が好きだよ」

「分かったよ、俺の負けだ」

 

 抵抗を止めた俺の手を引っ張り三隈達が居る日陰へと向かう時雨の屈託のない微笑みと全幅の信頼にむず痒い気恥ずかしさを感じ、それを誤魔化す様に頭の上から制帽を取った俺はそのまま帽子を扇ぐ様に振って髪の中に溜まった熱と湿気を払う。

 そして、時雨に手を引かれるまま俺を心配してくれていた三隈とイムヤから水筒とタオルを受け取りお礼の言葉を返していたら近くに通りかかったらしい隊員が少しうんざりとした様な表情を浮かべ。

 

 そのすぐ後に下士官の彼は姿勢を正しこちらへ敬礼をしてから素早くその場で回れ右して去っていった。

 

「別に立ち塞がってるわけじゃないんだけどなぁ・・・」

「でも、あれって提督だけじゃなく僕らにもみたいなんだ、もしかして中村二佐達がこの船でも何かやったのかもしれないね?」

 

 航海科の一員らしい彼のまるで触らぬ神に祟りなしとばかりな態度に口をへの字にしている三隈を宥めつつ少し気落ちした呟きを漏らすと時雨が義男から何か聞いてないかと聞かれ、俺は問題ばかり起こす悪友の普段からの言動を改めて思い浮かべる。

 

「確かに義男から【はつゆき】や硫黄島での話は聞いたが正直、言う事全てが大袈裟過ぎてどこまで本当なんだかな」

 

 嘘、大袈裟、紛らわしいと言う言葉を人間の形にしたら中村義男と言う男が完成するんじゃないか、と思っていた時期もあるぐらいにアイツの言動は一つ残らず信用できない。

 ただ、人としてやっちゃいけない事だけはやらないと言う判断基準、それと身内と情に厚い性格は素直に信頼しているし、追い詰められた時に発揮する諦めの悪さで何時だって目の前に立ちふさがる問題を乗り越える姿は俺が義男を羨ましいと思ってしまう数少ない部分。

 

「提督、中村二佐と幼馴染なのに分からないの?」

「俺にだって分からない事ぐらいある、と言うかアイツの思考回路は十年経っても分からないとこだらけだな」

 

 そんな積み重ねてきた経験則からプラスとマイナスの落差が激しい事ばかりやる義男の行動に付き合う場合、その口から垂れ流される言葉の半分ないし八割は嘘を言っていると考えて突拍子もない事を始めたと同時に反応出来るよう近くで睨みを利かせる必要がある事は分かった。

 だから、その監視が不可能だった以上はその法螺吹き男が小笠原に居た時にやった事を本人の口から聞いたとしてもその語る言葉の虚実を選り分ける事など俺を含め誰であっても出来ない事だ、と断言できる。

 

「どうせ碌でもない事をやったんだろうが、まぁ、少なくとも俺達にとって悪い事にはならないだろうさ」

 

 甲板への出入り口でこのまま立ち止まっていたらまた先程の彼と同じ様な慇懃かつ苦々しい顔を向けられる事になる、と肩を竦めてから三隈達の肩を軽く押す様に自分達の待機所となっている船室へ向かって歩き始め。

 

「そうかな・・・だったら良いんだけどね?」

「・・・まだ胃薬に頼る程じゃないさ」

 

 先導する三隈とイムヤの後ろを歩き始めた俺の腕へ時雨が抱き着き、じゃれる様に俺の胸元に頭をくっつけた世話焼きな駆逐艦娘が少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 名も無い海戦によって冷え切った国際情勢から近年久しく行われていない各国の海軍による共同演習の再開の知らせと主催国(アメリカ)からの日本への参加要請。

 軍事力の派遣ではなく国際的な式典への参加、それを建前に隠した是が非でも艦娘をハワイに呼びたいと言う米国が抱えた問題が記された書類(辞令)の文面を思い起こして俺は小さくため息を吐いた。

 

・・・

 

 八月頃から端を発した前代未聞の巨大魚との遭遇とその魚を中心とした騒動が終息したのは十月の初旬、ほぼ半月の間を大秋刀魚との戦いに全力を尽くした田中と中村は揃って基地司令部へと呼び出される事となった。

 

 そして、会議室に二人を呼び付けた上官達は神妙な顔で前置きとして、その巨体を維持する為に大量の餌を貪り一般漁場に多大な被害を与える巨大秋刀魚に対して行った駆除行動が一部に正当性は有れどその作戦行動が彼らに与えられた権限を越えているモノだと判断された事を田中達に伝え。

 

 続いて、あくまでも海洋調査船である那岐那美を利用した事による漁業法への抵触で査問委員会が召集される寸前だった事。

 

 加えて持ち帰った巨大秋刀魚の一部を艦娘酒保に持ち込んで間宮を中心とした非戦闘艦娘に秋刀魚缶を大量生産させ、あまつさえその缶詰によって鎮守府の倉庫を一つ不法占有している事。

 

 同酒保内で安全性が判然としないその缶詰や加工食品(期間限定メニュー)を独断で艦娘達に販売している事。

 

 しかし、その酒保内で司令部の認可を受けずに販売されている商品の購入を求めた職員へは安全性が不明である事を理由に拒否した事。

 

 田中との勝負に負けた中村が外部業者に注文した某駆逐艦の名前が大きく刺繍された大漁旗を公共施設(艦娘酒保)の壁面に自衛隊広報に無断で現在も張り付けている事。

 

 などなど、挙げていけば切りが無い彼らが大サンマ祭りと称する複数の艦娘と研究室までもを巻き込んだ災害派遣任務から派生した数多くの問題を基地司令部の面々は丁寧かつ一つ一つ事細かにたっぷりと嫌味を込めて田中達へ指摘した。

 

 酒保組の艦娘達が作ったと言う秋刀魚の缶詰や刺身の販売に関しては田中の預かり知らぬ寝耳に水ではあったが、中村の口車に乗せられたとは言え自分も規則違反の片棒を担いだ自覚がある青年士官は「我々が庇わなかったら懲戒処分もあり得た」と恩着せがましくドヤ顔をする上官達に苛立ちながら大人しく頭を垂れ反省の言葉を口にする。

 

 そして、現場の判断で勝手な事をやらかした二人の特務士官を囲んで言葉(嫌味)で叩きまくった基地の司令と副指令はその説教の終わりにスッキリした様な良い笑顔でわざわざ庇ってやったのだから拒否を許さないぞ、と上層部から通達されたと言う最優先の辞令とやらを田中と中村に一つずつプレゼントした。

 

「義男は北海道で俺はハワイか・・・一昔前なら観光旅行なんて浮かれた事が言えたんだろうな」

 

 初冬の北海道、常夏のハワイと言えば寒と温の落差はあれど観光地としては共に上の上と言っても過言ではない時代があった程であり観光シーズンとなれば旅客機の満員御礼は当たり前だった。

 2008年、深海棲艦の出現がなければ現在に至るまでその観光客の人数を記すグラフは好調を維持していたであろう事を深海棲艦のいなかった世界(2000年代)を知る転生者は憂鬱そうに懐かしむ。

 

「観光だなんて呑気ね」

 

 ピリピリとした緊張状態の護衛艦【はつゆき】の内部、同艦の食堂と同じサイズを確保された艦娘部隊の待機所で田中は自分の背後で正規空母がぼそりと呟いた言葉に思い出から現実に引き戻されて顔を強張らせる。

 

「加賀さんったらそんなに怖い顔を提督へ向けてはいけないわ」

「そんな事はありません、赤城さん」

 

 甲板に逃げていた田中は時雨の説得で待機所へと戻ってから小一時間、彼はどうして自分がエアコンのきいた部屋から炎天下へと逃げ出していたのか、あまりにも情けない理由である為に時雨にも言えなかった事情を身を以て再確認させられた。

 

「それと・・・立ったままと言うのもなんですし取り敢えず一度座ったらどうですか?」

「いえ、その必要は無いわ」

 

 ストレートロングとサイドポニーと言う髪型の違いはあれど共に淑やかなどこか似通った顔立ち、艦種も同じ為か似たデザインの弓道着を身に着け、更に自分達の原型であった二隻の航空母艦に肖ってか「一航戦」を名乗り大抵の場合は行動を共にしている二人の空母艦娘。

 そんな二人だがそれぞれ纏う雰囲気は対極的と言っても良い程に差があり、短い袴の赤色が妙に目を引く赤城はお煎餅を手に柔和な微笑みを浮かべているが良く見ればその立ち振る舞いは無駄な力の入っていないだけで隙と言える緩みが何一つ無い事が分かる。

 対して青い袴から延びる黒いニーソックスをぴたりと揃えて田中の斜め後ろに微動だにせず立ち彼の背中へ視線を突き刺している加賀は殺気すら感じさせる程に凛とした鋭さを身体全体から放っている。

 

 姉妹艦と言っても過言ではない程に似通った姿ながらも対照的な柔と剛の気質を持つ二人、そして、田中にとって問題なのは比較的安全な赤城ではなくまるで研ぎ澄まされた刃物を思わせる剣呑さを現在進行形で体中から溢れさせている加賀の方であった。

 

「気を張るのは結構な事ですけど、提督をいじめないでいただきたいですわね」

「いじめる? ・・・何を言っているのか意味が分からない」

 

 田中から見て斜め右に座っている三隈が良く冷えたお茶が揺れるコップを手に呆れた様な声をかければ微動だにせず加賀は指揮官の背中から見下ろす様に目線だけを重巡艦娘へとスライドさせる。

 出航から数日、田中は諦観と共に両肘をテーブルについて組んだ手の甲で目元を隠すように頭を乗せ、お世辞にも平和的と言えない語調と共に睨み合う艦娘同士の間に座らされた特務二佐は自分の周りの温度がエアコンの表示よりも大きく下がった様な錯覚に襲われる。

 

(やっぱりこれなら外で我慢してる方がマシだった、胃が、胃が痛い・・・)

 

 田中にとって加賀と赤城は前世を含めれば全く知らない艦娘と言うわけでもないのだが、この世界では廊下でのすれ違いや食堂などで二人揃っているところに出会ったら挨拶される程度のモノで特に接点と言えるものが無い艦娘達だった。

 二人揃って頻繁へ物理的に鎮守府にダメージを与える問題児だが実際に会った時に感じた第一印象では赤城は穏やかで加賀は物静か、と言う語彙力の低い感想しか出てこない程度に薄い関係しかない。

 

(物静かだがゲームと違って冗談の通じる意外にノリの良い艦娘? よりにもよって義男め、吐くならもっとましな嘘にしろ!)

 

 あえて田中自身が気付いた事を挙げるとするならば初対面の時から加賀は一言二言挨拶の言葉は口にすれど、それ以外の会話は全て赤城に任せ彼女の後ろに一歩下がって彼を避けている様な素振りを見せていたと言うぐらいだろうか。

 つまり一航戦の二人にとっては今回の任務への参加を司令部からの推薦を受け彼の艦隊に登録され出航前の【はつゆき】で行われた顔合わせがある意味では田中とのファーストコンタクトだったと言える。

 

「あらまぁ、自分のやってる事が分かっていないなんて」

「分からないわね、それはどう言う意味かしら・・・?」

「なんでこの方、これの自覚がないんですの・・・」

 

 彼女達と交友関係が深い士官と言えば田中ではなく一航戦の二人が師と慕う鳳翔とその指揮官である中村であり、空母師弟が訓練を終えた後に彼のおごりで食事をしていたと言う話は何度か自艦隊での雑談で田中も耳にしていたしデマばかり流す悪友も特に話を脚色する事無く彼女達との談笑を肯定していた。

 

 田中の前世の記憶の中での加賀は基本的に指揮官に対して不愛想で無駄を嫌うセリフが多い艦娘であったが赤城が絡むと途端に遊びやイベントに積極的になったり感情表現が苦手だと告白する事もある良い意味で不器用なキャラクターとして描かれている。

 そして、中村から意外に愛想が良いと言う彼女の人物評を聞いて田中は他にもいる多くの艦娘達と同じ様に加賀がゲームでの性格に近いだけの別人であると思っていた。

 

 それが田中艦隊に登録され出港前に田中の前で赤城と並んで敬礼していた加賀の目はまるで親の仇とでも言う様に彼を睨み、口を開けば威圧するような冷たい声が飛び出てくる態度は前世で知るキャラクターをさらに悪い方向に研ぎ澄ました存在と言っても過言ではなかった。

 それからもう四日、振り向けば何故かいる冷淡かつ鉄面皮を備えた弓道着姿の美女と言う状態に加えて不本意極まる女たらしのニート扱いを他の海自隊員から口並みにモノを言う目に挟まれている青年士官の胃の調子は急降下の一途をたどっている。

 

(・・・龍驤は)

 

 睨み合う加賀と三隈の間から田中は切実な思いを込めた救援要請(アイコンタクト)を待機所の壁沿いに並べられた四台の仮眠用ベッドへと向け。

 その視線の先でベッドに腰かけトランプを手にしていた軽空母は折り畳み椅子を机代わりしている三人の駆逐艦に向かってAとKの二枚(ブラックジャック)を開いて見せてから田中に気付き、助けを求める指揮官へと小さく手の平を横に振る。

 無理言わんといて、と態度で示すある意味では自分と最も仲の良い艦娘の姿に項垂れかけ重くなった頭を何とかベッドが並ぶ壁の反対側へ向け、事務机が置かれた方に向かって田中は救援要請(ハンドシグナル)を送った。

 

(なら、矢矧頼む・・・夕張でも良いっ!)

 

 だが、そこでここ数日の戦闘報告書を作っているらしい阿賀野型三番艦は彼の追い詰められた状態に気付いていながら次の瞬間には呆れ顔を浮かべてポニーテールを左右に振り、その報告書制作を手伝っている軽巡艦娘夕張までもが彼から顔を逸らして白々しい態度で口笛を吹く。

 

(なんでだっ!? 何がどうなってる、僕は加賀に恨まれる様な事をした覚えなんか無いぞ!?)

 

 机を衝動的に叩きたくなる程に動揺する田中の真横、肩が触れあう程近くで将棋を指している時雨も彼の窮地に気付いている様だが龍驤や矢矧達と同じ様に何故か苦笑と共に肩を竦めて見せるだけで助け舟を出す様子はなく。

 

 パチッと小気味のいい音と共に飛車を取った時雨の対戦相手をやっている谷風は横からアレコレと自分の指し手に口出ししてくる磯風を押し退けるのに手いっぱいと言った様子で指揮官の危機に姉妹揃って気付いていない。

 

 テーブルを挟んで田中達の向かい側に座っているイムヤは携帯端末のゲームアプリを操作しながらもひどく不機嫌そうに口を尖らせて加賀と三隈の様子を横目にしているが二人の間に割って入り仲裁するつもりは無さそうであり。

 

 この場で唯一加賀をなだめようとしていた赤城は遂に諦めたのか処置無しとばかりに剣呑な雰囲気を纏った相方の横で眉と肩を落としている。

 

(日振達が居たらもう少し和やかな船旅になっていたんだろうか・・・)

 

 健気で一生懸命な長女とやんちゃで悪戯盛りの次女、諸事情で自分の艦(幼過ぎる容姿を外部に知)隊から離れている(られるわけにはいかない)海防艦娘の姿を脳裏に浮かばせてからすぐに田中は見た目がセーラースモックを着た幼稚園児にしか見えない相手にまで頼ろうとしていると言うあまりにも情けない自分の考えに気付き、自己嫌悪の溜め息を深く深く吐き出した。

 

「・・・調子が悪いようね」

 

 その溜め息を聞いたのか再び背中にかけられた温度を感じない声に、君のおかげでね、とハッキリ言わないものの田中は息を吐ききって空にした肺に気合と共に空気を取り込み辛気臭い溜め息を心機一転の深呼吸に切り替える。

 つまり皆は指揮官ならばこの程度は自分で解決して見せろと言っているのだ、と部下(龍驤)達の態度を解釈した田中は助太刀に頼る事は出来ないと悟り、自分が動かねば何も変わらないとこの自分の胃を苦しめる問題が発生してから四日目にしてやっと重い腰を起こす事にした。

 

「加賀、少し話を良いだろうか?」

 

 そして、椅子から立ち上った田中は後ろを振り向き自分から少し離れた場所に立っている加賀へと向かい合い声をかけると鋭い視線を三隈に向けていた正規空母は一瞬だけ瞠目し、それを誤魔化す様に視線を明後日の方向へと反らして無為に耳の上へ手を伸ばして横髪を整える。

 

「・・・何?」

 

 あえて言うならば動揺と言うべき彼女の一瞬の変化に疑問を感じながらも話を切り出そうとした田中の言葉にその場の艦娘達(※磯風以外)が何故か妙に期待感の篭った視線を向け。

 

「何と言うか、俺は君に・・・」

 

 しかし、彼の話は途中で護衛艦内に鳴り響いた唐突なサイレンによって妨害された。

 

 やっと加賀と向かい合う気になったのか、と指揮官の遅い決心に苦笑を浮かべていた田中艦隊のメンバーが狙いすました様なタイミングで待機所のスピーカーから響く深海棲艦出現の知らせにある者は顔を引きつらせ、ある者は呻いて額を押さえる。

 

「出撃編成は夕張、島風、五月雨、雪風、念のため谷風と磯風も来てくれるか!?」

 

 そんな良く分からない反応をしている仲間達の姿に首を傾げつつも敵の艦種と数を知らせる放送にすぐさま反応した指揮官が自らの職務を果たす為に仕事モードに変わった声を腹から響かせた。

 

「がってん、谷風にお任せだよ!」

「うむ、この磯風の実力を見せてやろう!」

 

 時雨に将棋盤の上で王手をかけられていた陽炎型の二人が指揮官の号令にいち早く反応し、そして、その二人に少し遅れて自分達がやっていた作業を中断した他の四人も田中へと了解の返事して立ち上る。

 

「あの提督・・・話とは」

「俺から話しかけておいてすまないが、それは帰還した後にさせてくれ」

「航空部隊の必要は」

「放送を聞いただろう? 潜水艦を相手にするなら水雷戦隊が最適、だが、もしもの時の為に出撃できる状態で待機していてくれ」

 

 敵艦の数は少ないと言うのが【はつゆき】のCIC(戦闘指揮所)からの連絡だが深海棲艦との戦闘はどんなに自分達が有利に感じても油断すれば痛手を被ると知っている田中はついさっきまで恐れていた鉄面皮の空母へ面と向かってはきはきと喋りながら自分の椅子に掛けていた上着を掴んで翻すように袖を通す。

 

「龍驤、出撃メンバーの連絡を指揮所に頼む!」

 

 龍驤の気の抜けた返事を背に受けて颯爽と服装を整え制帽を目深に被った田中は足早に廊下へ向かい、その去っていく背に加賀が手を伸ばすが白い制服に触れるわけもなく指先が震え、その空母の掠れた呼ぶ声とぎこちない動きに気付く事なく指揮官は艦娘部隊の待機所を出ていく。

 

「・・・ぁ、提・・・督・・・

 

 片手を出入口に向けたまま固まってしまった青い空母艦娘へ出撃メンバーに選ばれた四人が非常に複雑な表情を向けつつ田中の後を追い、最後尾の夕張が出口で立ち止まり振り向いて口の動きだけで「すぐに終わらせて戻ってくるから」と加賀に伝え田中達に置いて行かれない様に小走りで廊下の方へと消えた。

 

 艦娘部隊の出撃要請とサイレンは止まったが部屋の外からはマナ粒子の散布開始や艦を保護する為の障壁を起動させる為に走る乗員達の騒がしさが聞こえてくる。

 

 だが出撃メンバーに選ばれず控えとして待機を続行する事となった艦娘達が集まる待機所の空気は外の熱気と反比例して加賀を中心に重く沈み妙な沈黙が充満していく。

 

「ふ、ふふ・・・」

 

 その沈黙の中で陰鬱な声色の笑いが漏れ、数秒前まで無表情だった加賀が口元に薄く笑みを浮かべ。

 

「加賀さん・・・」

「赤城さん、・・・また、またやってしまいました」

 

 自分の名を呼んだ赤城へと油の切れた機械の様にぎこちない動きで首を動かし振り向いた自嘲の薄ら笑いをしている加賀の瞳が氷の様に冷えた色から水面の様に揺らぎに変わっていき、その目尻に小さく涙が蛍光灯の光できらめいた。

 

「加賀さん、なんで・・・これだけ皆さんに場を整えて貰ったのに、ちゃんと提督とお話が出来ないんですか・・・」

「もぉ・・・あんなに必死に頼むから協力して差し上げたと言うのに」

 

 空になったコップを指揮官が去った後のテーブルへと置いた三隈の呆れ声を切っ掛けにストンと直立不動だった加賀の身体が床に座り込み床に向かって項垂れるサイドテールへと憐憫の視線が集まった。

 




田中艦隊 in トリアージ
(注意・下に行く程手遅れ)

【白】優しい年上のお兄ちゃん。
 例・大東、雪風…etc

【緑】ふとした時にドキっとさせられる気になる人。
 例・矢矧、夕張…etc

【黄】恋心の自覚症状がある。
 例・三隈、伊168…etc

【赤】将来は家族になりたいと思っている。
 例・龍驤 時雨

【黒】私は貴方に心奪われた……この気持ち、まさしく愛だ!!
 例・金剛、伊勢 “加賀

 なお、時間が経てば経つほど安全な患者も手遅れになるかもしれないので提督による適切な対応が必要となります。

 ところで時雨はどこにいると思います?
 
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