艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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空母艦娘、赤城と加賀。

この二人の実力はほぼ互角。

だが、加賀がその性能(魅力)を最大限まで発揮するには一つ欠けているモノがある。

提督との会話をスムーズに行う為のコミュ力だ。



(ライバル達に)勝てるかどうかは本人次第。
 


第百七話

 赤城は自分が一度深海棲艦に沈められ再生された二人目であると言う意識はない。

 だが今の自分が水底から引っ張り上げられ多くの輝きと共に見上げた太陽の輝く青空だけは鮮明に思い出せた。

 

 そして、鳴り響くブザーに微睡んでいた意識を起こされ排水を始めた水槽の中から新しい身体と共に転げ出した復活の日。

 水を滴らせ顔に張り付く前髪越しに見えた奇しくも自分と同じ日に復活を遂げて床に倒れ込んだもう一人の艦娘の姿もまた今の赤城にとっては忘れられない思い出になっている。

 

 その日から赤城と加賀は同期として同じ釜の飯を食べ、同じ師の元で空母艦娘の戦い方を学び(扱き倒され)励まし合う戦友となり、同艦種として切磋琢磨してきた自分の隣に並び立つべき好敵手になった。

 

 演習では駆逐軽巡へ大人げない絨毯爆撃をしかけ、矢尽き弓折れても怯まず戦艦にすら蹴りを叩き込む相棒。

 

 時に食堂でお互いの皿からおかずを取り合ったり、時に二人で荒稼ぎした戦果(コイン)で随伴や後輩の子達へ大盤振る舞いする友人。 

 

 限定スイーツを買えなかった艦娘の前で見せつける様に食べ、他の艦娘が順番待ちをしているシミュレーターゲームで掟破りの連コインを敢行する悪友。

 

 訓練と実戦を経て赤城にとって加賀は遊びにも戦いにも手を抜かない、物静かながらも太々しい、だけど時々愛嬌のある無二の親友と言える存在となった。

 

 そんな加賀が意気消沈して床に座り込み「うーうー」と悔しさかはたまた悲しみか、言葉にならない思いを漏らしている様子に赤城は恥ずかしいやら情けないやらで自分の顔が赤くなっていく様な気がしてくる。

 

 周りからは表情が乏しいと言われるがクレイドルから目覚めてから姉妹艦並みに加賀と生活を共にしている赤城には彼女がそこいらの艦娘よりも感情表現豊かである事を知っている。

 

 そして、それがさらに顕著になったのは鎮守府の食堂勤めの補給艦を説き伏せ作ってもらった通常の二倍量の親子丼を二人で平らげ機嫌良く「酒保でデザートでもどうかしら」「いいですね」と談笑しながら道を歩いていた日の事。

 

 艦娘達の話題に出る事が多い為に名前は知っていたが赤城と加賀はそれまで顔を合わせる事はなかった特務士官、その日は工廠に保管されていた装備を盗んだと言う戦艦姉妹を探し回っていた田中良介と偶然に出会う。

 

 その直後、今までどんな強面の士官や血気盛んな男達と会っても動揺する事無く堂々としていた加賀がその青年士官を見た途端に恥じらう様に赤城の背に隠れてしまい。

 しかし、自分の背に隠れながらも彼へと視線をチラチラ向ける初々しいいじらしさに姉妹艦で無くとも加賀の表情変化に誰よりも詳しくなっていた赤城は全てを察して微笑んだ。

 

 その時は相方が自らに相応しいと思える提督を見付けた事を素直に祝福出来ていたのだが、その後に発覚した加賀が生まれ持っていた残念極まる性質を侮っていた事を赤城は心の底から思い知らされる事になり。

 こんな事なら田中艦隊に編入される前、田中の顔を見る度に恥ずかしがって自分の後ろに隠れ声と表情を固まらせる加賀を甘やかさず彼の前に突き出し(千尋の谷に落とし)

 事態がここまで悪化する前にせめて日常会話は出来るぐらいには(田中)に慣れさせておくべきだった、と赤城は少し前の自分の楽観(慢心)を悔いていた。

 

 司令部からの田中艦隊への推薦を絶対に勝ち取って見せると気分を高揚させていた加賀に協力し挑んだ実戦形式の試験、他の候補だった二航戦(飛龍&蒼龍)五航戦(翔鶴&瑞鶴)を叩きのめすよりも先に自分にはやるべき事があったのではないか。

 

 そう思わずにはいられない(現実から逃避し始めた)赤城は遠い目を無為に待機所の壁へと向ける。

 

「なんて言うか、その・・・加賀って、金剛とは違った方向に大変だね」

 

 部屋の外から聞こえてくる喧騒から切り離された様に重い空気の中、なんともコメントに困ると言う顔をしている時雨が何とか言葉を選んだようだが何一つフォローとしての効果を発揮しないセリフを口にして、その言葉で赤城は過去の後悔から困難な現在に引き戻された。

 

 そんな思い悩む赤城の心を知らず、護衛艦【はつゆき】の艦娘部隊の待機所の床の上で人目もはばからず膝を抱え三角座りしてしまった弓道着姿の空母艦娘がぐずる子供の様な呻きをまだ漏らし続けている。

 

「そもそも、あんな態度で提督と仲良くなりたいだなんて、信じろと言う方が無理ですの」

 

 時雨が気を使って空気を和らげようとする努力を知った事かとでも言う様に三隈が呆れ顔で椅子の背もたれを軋ませ、同じテーブルに座っている伊168もが重巡艦娘に同意する様に深く頷く。

 艦娘は本能的に艦隊を組む、つまりは群れを作る性質を持っている為に新しい仲間を簡単に受け入れる事が出来る上に艦隊の人数(戦力)は多ければ多いほど良いと積極的な考えを持つ者も少なくない。

 

 だが、その集団になりたがる本能は指揮官と親密になりたいと考えているライバルが増える事を喜ぶ事とはイコールにならない。

 

「と言うか、三隈がわざわざ貴女の態度がまたおかしくなっていると注意して差し上げたと言うのに、何を言っているのか意味が分からない、なんて普通に失礼ではありません?」

「だって、・・・私が提督をいじめているなんて的違いな事を言うから・・・」

「あれはそんな意味で言ったのではありませんわ・・・はぁ、なんで自分があんな状態になってるのを自覚できないんですの」

 

 とは言え必死に頭を下げて頼み込まれれば無下にするわけにはいかない、と持ち前の正々堂々とした(貞淑な乙女)気質からライバルに塩を送らなければならなかった三隈は自分の想像以上に加賀が抱えていた性質が重度だった事に不愉快さよりも同情が芽生えそうになり、自らの指揮官が良くやる仕草を真似して額に手を当てて溜め息を吐いた。

 

「そう言えば確か金剛の時もそうだったわよね・・・」

「あっちはもう開き直ってもうたみたいやけどな~・・・ちゅうか、戦艦共はなんで土下座のすぐ後にドヤ顔出来んねん、使えるもんは何でも使うとか頼りに来た相手の前で言う事ちゃうやろ

 

 書類への記入を終えペンの尻を顎に添えて事務机から顔を上げた矢矧が方向性は真逆であるが現在の加賀と同じ性格の変貌(キャラ崩壊)を起こす仲間の名前を出せば伸びをしながら座っていたベッドに背中から倒れた龍驤が脅しと泣き落としを同時に自分へ仕掛けてきた強かな戦艦を頭に思い浮かべてうんざりとした顔で愚痴をこぼした。

 プレイヤー(雪風と島風)が二人出撃した事でやる気を失ったディーラー(龍驤)の姿に白髪の特型駆逐艦が合計で24になる(バーストしている)手札を場に出さずに済んだ事に一息つきながらカードを山札に戻してトランプを片付ける。

 

「確かに金剛の方は一応自覚があったみたいだけど、それでも提督の前に居る時の様子をビデオに撮って見せたら凄く驚いてたね」

 

 陽気なエセ外国人が映るテレビ画面を前にぽかんとした顔で「提督の前の私、こんなに酷いんですか?」と狼狽え戸惑う金剛の姿を思い出して微笑む時雨が将棋盤の相手側から取った玉将を手のひらの上で転がす。

 

「協力していただいたと言うのに迷惑をかけてしまって、皆さん、本当に申し訳ありません・・・」

 

 ここにいない戦艦娘の話が交わされる指揮官を含めた15人から8人に減った室内で床に座り込んでしまった相方に寄り添いしゃがみその肩に手を掛けた赤城が憂いを宿した表情で加賀に代わって周囲への謝罪を口にする。

 

「あ、赤城さんが謝る事では・・・私が悪いんです、私がちゃんと話す事が出来ていればっ」

「それよりも、やはり加賀さんの言いたい事を代わりに私が提督に伝えるべきではありませんか?」

「いえ、それは・・・赤城さんの手を煩わせる事無く、ちゃんと次こそは必ず私が自分で提督にっ!」

 

 共に一航戦を名乗る赤城がまるで自分の事の様に謝る声に膝から顔を上げた加賀は自らのミスで罪の無い友に頭を下げさせてしまった後悔と申し訳なさに顔を歪め不安を感じさせる声色ながら決心を表明した。

 

「もしくは手紙か何かに書いて渡すとか」

「それは・・・その、恥ずかしいえ! 一度成すと決めたからには安易な手段に逃げるわけにはいかないわ、赤城さん!」

「・・・あらら」

 

 私事に赤城や他の艦娘の手を借りるのは栄光の一航戦として格好がつかないと言うのが彼女の言い分。

 

 だが、この代理や恋文を利用する案の話を加賀が赤城や他のメンバーから受けた回数を合わせるともう二十を越えており。

 実際にはその程度の事(提督との会話)にすら難儀する様な艦娘だと田中に思われ幻滅されるかもしれないと加賀が勝手に恐れているだけの事である。

 

「加賀さん・・・」

「・・・なに、かしら?」

 

 そんな助け合い精神を発揮している空母達へいつの間にか近寄っていた銀糸の様にきらめく白髪の駆逐艦娘が二人を見下ろし、曇りのない琥珀色の瞳が意気消沈した不安を僅かに覗かせている顔の加賀を映す。

 

「叢雲?」

 

 特型駆逐艦娘の一人である叢雲が良く言えば几帳面で意志が強い、悪い言い方では気位の高い高飛車な性格の艦娘であると耳に挟んでいた赤城は手痛い言葉による攻撃が加賀を襲うのではないかと慄き、弱っている自分の相方の肩を守る様に抱いた。

 

「司令官を見る時は正面でも背中からでも体全体じゃなくてどこか一部へ集中した方が良いわ」

「へ・・・?」

「それと真近くで向かい合う時には下手に顔を逸らすよりも逃げずに目を合わせていた方が逆に落ち着くから試してみて」

 

 何を言われたか分からない加賀が呆けた顔をするのも気にせず叢雲は彼女の目の前に片膝を着いて黒いニーソックスに包まれた膝を抱えている手を取って両手で握る。

 

「喋る時には一呼吸おいて自分が考えている言葉の数と実際に喋った数の差を比べる事を心掛ける」

 

 まるで励ますように。

 

「・・・まさか、貴女」

「それで言った数が考えてた言葉と明らかに合わない時はもう一度ゆっくり繰り返せば二回目はちゃんと考えた通りに喋れると思う」

 

 わざわざ自分と目線を合わせて真摯な態度で声をかけてきた駆逐艦の言葉が田中と話す時に使うべきアドバイスであると気付いた空母は目をいっぱいに見開き驚きに口を半開きにしてしまう。

 

「正直に言ってライバルが増えると思うと教えるべきか迷ってた、でも、私と同じ悩みを抱えている人をこれ以上放っておけるわけないわよ」

 

 そんな加賀の姿に苦笑を浮かべ肩を竦めて見せた叢雲は唖然としている空母の手を温める様に包み、彼女の言いたい事に気付いた驚きに震えている空母へとそれを肯定する様に駆逐艦娘は頷いて見せた。

 

「って・・・まさか叢雲()だったの!?」

「ぁー、たまに何か言いたそうに司令官や私を睨んでくるあれってそう言う事だったわけね」

 

 矢矧が驚きで椅子から立ち上がり声を上げる姿とは対照的に何か心当たりがあるらしい伊168は持っていた携帯端末をスリープさせ呆れ声と共にテーブルに落とす。

 

「言いたい事があるなら気にせず言っちゃえばいいのにまどろっこしい」

「そんなの言えるわけないでしょ!?」

 

 そして、何気ない潜水艦の言葉に振り返り悔しそうに表情を歪めた駆逐艦の大声が待機所に一際大きく響いた。

 

「私の場合は勝手に司令官へ憎まれ口を叩きそうになるから・・・そんな事したら絶対あの人に嫌われちゃう」

「それってもしかして中村さんのとこの霞みたいな感じ?」

 

 突然の大声に驚かされ椅子の上で仰け反った伊168が直後に弱弱しい声を漏らした叢雲へと問いかければまた銀糸の髪が肯定する様に縦に揺れる。

 

「あら? でも叢雲がイムヤにならともかく、提督に向かってそんな事をした事ありましたかしら?」

「もしそうだとしてもそう言うのって自分では分からない場合が多いんじゃなかったっけ?」

 

 沈痛な表情で加賀と赤城の前に座った叢雲の言葉に彼女が艦隊に所属する前から田中良介の指揮下に居るメンバーは揃って首を傾げ自分の記憶を確かめてみる。

 だが伊168の様に心当たりは見つからず全員揃って叢雲の告白の方が間違っている若しくは彼女自身が何かを勘違いしているのではないか、と困惑に眉を寄せた。

 

「司令官に会う前に吹雪から聞いてたのよ、駆逐艦叢雲は指揮官に向かって素直に喋れない性格の艦娘だって、聞いた時には信じられなかったけど・・・それを聞いてたお陰でギリギリ踏み止まれたと言うか、何と言うか・・・」

 

 だらけ癖のある姉や仲間をうんざりさせるぐらいには自分の気性が荒いお節介焼きだと言う事は理解していた叢雲だが、特型姉妹の長女が自分の指揮官から聞いたと言う別の世界の駆逐艦叢雲(ツンデレ艦娘)の話には半信半疑だった。

 しかし、ある日、鎮守府の食堂で遠目にだが田中の姿を初めて見た瞬間に感じた言葉に出来ないどうしようもなく心惹かれる感覚と胸の内から溢れた「なんだか優しそうで支えてあげたくなる人ね」と呟いた筈の言葉に叢雲は絶句させられる事になる。

 

「だから、司令官の前ではそんな事言わない様に全力で気を付けているの」

 

 とは言え、その時に同じテーブルで夕食を取っていた姉妹達が驚きながら彼女に向かい「何でいきなり「なんだかナヨナヨしてて頼りなさそうな男ね」なんて言ったんだ?」と聞き返さなかったら自分の頭の中で思った言葉が口から出た瞬間に絶妙に攻撃的なセリフに変わっている事に叢雲は気付けなかっただろう。

 

「なにそれ、無理して我慢するぐらいなら霞みたいに素直になっちゃえばいいのに」

「それ絶対嫌われるだけじゃない! 私の司令官はあの遊び人みたいな無神経じゃないわよ!」

 

 指揮官に出会った当初から憎まれ口と言うよりはもう暴言と言うべきレベルのセリフを大っぴらに連発している朝潮型の霞が他の艦娘の前では和やかにしゃべる姿はそのギャップの強さから駆逐艦の霞は二人いるんじゃないかと言う変な噂が流れる程であり。

 中村艦隊から何度か外されたり別艦隊に異動した事はあれどその度にあらゆる手段を用いて遊び人の尻を蹴り飛ばしに(中村義男の下へと)必ず戻ってくる不屈の精神を見習うぐらいなら初めから嫌われない様に立ち回る方が賢いと叢雲は主張する。

 

「む~、だからって私が司令官に抱き着いただけで睨むのは止めてよね、あんなのただのスキンシップじゃない」

「へぇ・・・それがしたくても出来ない私によくもそんな事が言えるわね?」

 

 無自覚な挑発をする赤髪の潜水艦へと額に青筋を浮かべた白髪の駆逐艦が振り返り、興味無さげで不愉快そうな顔と今にも相手に噛みつきそうな表情、その二人の間には視線を逸らした方が負けとでも言う様な動物的な苛立ちが湧き上がり。

 相手に対するライバル心が際立っていく事を知らせる様に風もないのにザワリと二人の艦娘の髪とセーラー服の布地が揺れ動き、その身体から煙の様に湧き立った輝く光の粒が空気の中を泳ぎ流動する。

 

「アホか、何やっとんねん、なっ!」

「ふ、きゅぅっ!?」

「ったく、暴れるんやったら海でやれっちゅうねん」

 

 見る間に光弾を手の平に作り出し乱闘を始めそうな程の緊張状態になった叢雲と伊168だったが時と場所を考えずに艦隊においてどちらが上かを決める闘いを始めかけた艦娘の片方である潜水艦娘の首が音も無く後ろから回された赤袖に絞められ。

 椅子の上で手足をバタバタさせ藻掻く伊168の肩越しにいつの間にか仮眠ベッドから立ち近寄ってきていた龍驤からジト目で睨まれた叢雲は顔を明後日の方向へと向けて身体から溢れさせていた霊力を散らす様に掻き消す。

 

「海って今は戦闘待機中だから出れないよ?」

「つまりケンカすんなっちゅうことや、大体なぁ、アンタらがやらかしたら尻拭くんは司令官やっちゅう事考えなあかんやろ?」

 

 隠密行動を得意とする潜水艦へ気付かれる事無く蛇の様な腕捌きでチョークスリーパーをかけた龍驤はそのすぐ近くから見上げてくる時雨へ溜め息混じりに返事してからセーラースク水少女が霊力を収めて首を絞める腕をタップしているのを確認してその首を解放する。

 

「んじゃ、ウチはちょっと艦橋行ってくるから、アンタらくれぐれもアホな事するんやないで? 叢雲とイムヤも順位付けしたいんやったら鎮守府に帰ってからしい」

 

 矢矧から受け取った現在指揮官と共に出撃したメンバーの名が記された紙を手に背中を見せて待機所から出ていく龍驤を時雨が見送り、空母の裸絞めから解放された伊168は小さく咳き込みテーブルに突っ伏し、普段から自分の司令官に馴れ馴れしい潜水艦の倒れる姿に少しだけ溜飲が下がった叢雲は微笑みを浮かべる。

 そして、お互いの艦隊での力関係(順位)を相手に譲っていない潜水艦と駆逐艦はもう一度だけ睨み合ってから短く鼻を鳴らしてほぼ同時に相手の視線から顔を背けた。

 

「でも、良かったよ」

 

 そして、矛を収めた仲間の様子にホッと一息吐いた時雨が赤城の手を借りて立ち上った加賀へと顔を向ける。

 

「・・・何がかしら?」

「叢雲の言う通りなら加賀も頑張れば提督とちゃんと話せるって事だよね、それって良い事でしょ?」

 

 微笑む時雨の言葉に目を見開いた加賀は自分に寄り添ってくれている赤城と叢雲の頷きにはにかんだ笑みを浮かべ原因不明な自分の不器用さに悩む空母艦娘は小さく、だが、何度も繰り返し確かめる様に頷いた。

 

「そう・・・そうね、私、頑張るわ」

 

 外では深海棲艦との戦闘が行われている事を考えれば場違い極まりない加賀と叢雲の共通点が多い悩みの暴露はあったが、そのおかげで薄っすらとだが笑みを取り戻した新しい仲間への理解が深まった感覚に待機所を包んでいた重い空気が消え始め。

 

「加賀さんその意気です、まずは今回の作戦が終わるまでに提督と向かい合ってお話出来る様になりましょう!」

 

 そして、素直にお願いが出来る様になれば鎮守府に戻った後も田中艦隊に残ることが出来ます、と加賀と同じく今回の作戦の為だけに司令部からの推薦と言う形で艦隊に一時参加している赤城が明るい声と共にポンッと胸の前で手を合わせる。

 

”っ」

 

 良いアイディアであると自画自賛する赤城に頷きを返そうとした加賀の真横で叢雲が濁った呻きを漏らし、何かを失念していたと言う表情を浮かべる駆逐艦娘に表情を緩ませていた全員の視線が集まった。

 何かまだ懸念が残っていたのかと首を傾げた矢矧はふと違和感を感じて自分の記憶の中からついさっき話題に上がった金剛と目の前にいる叢雲の姿を並べて比べ、阿賀野型三番艦の頭にある疑問が浮かび上がる。

 

「そう言えば・・・金剛がマシになるまでに軽く二年ぐらいかかったわよね、叢雲はどれぐらいで慣れたの?」

 

 時雨の次に長く田中の近くにいたからこそ彼の前で極端に言動(性格)が変わる為に指揮官とのコミュニケーションに苦悩する金剛の姿を何度も見ていた軽巡は脂汗を滲ませる駆逐艦に向かって首を傾げた。

 

「・・・叢雲、貴女、私達の艦隊に来た最初の頃に妙に無口な時期がありましたけれど、まさかですの?」

 

 そして、それは果たして一朝一夕にできる様な簡単な事なのか、と首を傾げた矢矧と同じ考えに辿り着いたらしい三隈が濁音を吐いた状態のまま固まっている叢雲へと声をかける。

 

「・・・は、半年」

「えっ、待って、叢雲、嘘よね!?」

 

 長くとも一カ月程度で終わる予定になっている作戦内で田中の指揮下へ正式に収まろうと考えている空母が慌て必死な声を上げながら駆逐艦の肩を掴んで揺さぶるが遂にそれが冗談や嘘であると言う言葉は申し訳なさそうに顔を伏せる叢雲の口から語られる事はなく。

 

「いいえ、その・・・本当は十カ月ぐらい、です」

「そうじゃないわ! そう言う事聞きたいんじゃないの!」

 

 そして、この日、南の島に向かう船の中、限られた時間内に自らがこの艦隊にとって必要な存在である事を証明しつつ指揮官の前で発生する鉄面皮と語彙失調を克服し自分の席を手に入れると言う彼女にとって非常に困難なミッションが開始される事となった。

 

「実は最近でもまだ危ない時が何度も・・・あと」

「それ以上は止めて!? お願いだから言わないで!!」

「加賀さん落ち着いてください! 一旦落ち着きましょう、お茶、お煎餅もありますよ!」

 

・・・

 

 常夏の島に向かう航路で田中と夕張が爆雷を海中へ大量投下し、護衛艦【はつゆき】の艦内で必死に宥める赤城に羽交い絞めされた加賀が自らに課せられた試練への絶望感に打ちひしがれていた頃。

 

「うー、寒っ、まるで冬地獄だな」

 

 士官服の上からさらに官給品の雨衣を着込んだ特務士官、中村義男は雪原となった海岸に立ち分厚い灰色の雲から降る白雪の中で大袈裟にブルブルと身体を震わせ白い息を吐いた。

 

「そんな冗談が言えるならまだ大丈夫ね」

「あーくそ、なんで良介はハワイなのに、俺はこんな雪しかない場所に飛ばされなきゃならないんだ、なぁ? 吹雪」

 

 完全防寒している中村の真横では普段通りの紅白色の半袖とミニスカートという雪の中ではあまりに薄手過ぎる恰好をした五十鈴が心配の一欠片も無い言葉を出し、素っ気ない軽巡艦娘の態度にムッと口を尖らせた指揮官は子供の様な文句を口にして顔を下に向ける。

 

「はい、司令官! そうですね!」

 

 中村の羽織る防雨コートの合わせ目から顔を出した駆逐艦娘が体に障壁の光を纏わせながら打てば響くと言わんばかりの元気な声と満足げな笑みを自分を見下ろす指揮官へと返した。

 

「吹雪いい加減、ソイツの言う事になんでもハイハイ言うのやめなさいよ」

「え~、でも、霞だって寒いより暖かい方が良いでしょ?」

 

 だから司令官は間違った事なんて言っていない、と吹雪は中村の身体に横からもたれかかる様にして鼠色のプリーツスカートと鈍銀色の髪に掛かる綿雪を払い落している朝潮型十番艦へ向かって完璧な理論武装とでもいう様にニヤリと不敵な笑みを浮かべ。

 

「そしたらその中に吹雪が入る理由も無くなるわね」

「すみません司令官、もしかしたらハワイよりこっちの方が良いんじゃないでしょうか・・・」

「はっはっ、コイツめっ」

 

 中村が羽織る外套の中に入り込んで彼の身体ごと覆う様に霊力で防寒の障壁を発生させている吹雪が霞の反撃によって簡単に意見を翻す様子に妙に嬉しそうな笑みを浮かべた指揮官は雪を防いでくれる障壁(霊力)を纏った手で自分の顔のすぐ下にある黒髪を揉む様に撫でる。

 

「・・・ところで鳳翔、大鳳もどんな感じだ?」

 

 氷点下の海岸でちょっとした運動を終えた中村がくすぐったそうな声を出している吹雪から顔を上げ。

 目の前の雪原で寒風に晒されながらも体幹をブレさせる事無く立ち、弓を手に目を閉じて集中している二人の空母艦娘へと声をかける。

 

「やはり、・・・間違いありません」

「こっちもよ、提督」

 

 指揮官からの呼び掛けに目を開き振り向いた鳳翔と大鳳の言葉に頷いた中村は辺りを改めて見回してから遠くに見える地平線(・・・)へ向けて白い息を吐く。

 

「こっから地平線が見える時点でまぁ、そうだろうとは思ってたけどなぁ・・・」

「正確な広さは分かりませんが、待機状態とは言え最大距離まで矢を飛ばしても島の端すら見えませんでした」

 

 中村が司令部の上官達から渡された緊急かつ最優先命令それは『北海道へ避難してきた難民への対応と原因究明』。

 

 命令書を受け取った時点の中村にとって自衛隊員や艦娘がやるべき任務であるかは甚だ疑問ではあったが現地で受け取った情報と目の前にした事実に任務に対する第一印象を捨てる事となった。

 

「山から見下ろす巨人、か・・・実はブロッケンの怪物だったりしてな?」

 

 色丹島に住んでいたと言う1,500人以上の外国人を人道的な観点から日本政府は緊急避難先として北海道へと保護したが明らかに政界は外交の火種になりかねない彼らに本国へさっさとお帰りいただきたいとの事。

 

「登山は趣味じゃないわね、十中八九深海棲艦でしょ、・・・この限定海域を作り出した」

 

 しかし、中村と同じ方向へと顔を向けた五十鈴の視線が向かう先にある彼らの自宅と生活基盤が存在する島は現在、何者かによって放出された強力な霊力で満たされた箱庭となっており。

 まるで北極圏を思わせる果て無き純白の世界が色丹島の岸に立つ中村達の目の前に広がっていた。

 




 
初めての海外旅行(密入国)
 
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