艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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艦娘野球部、第一期部員名簿より抜粋

【暁】所属/Aチーム ポジション/ファースト
挑発すると簡単に乗って来るがマルチヒットを量産する高打率は侮りがたい。

【響】所属/Aチーム ポジション/セカンド
隙を逃さず盗塁を成功させホームベースに生還するダイアモンドの不死鳥。

【雷】所属/Aチーム ポジション/キャッチャー
小柄さに見合わぬパワーヒッターかつ捕手としても巧みなリードが光る。

【雷】所属/Aチーム ポジション/ピッチャー
最近フォークとシンカーの投げ分けが上手くなってきたみたい、なのです。

(※なおAチームと書いて第一水雷戦隊(アブクマーズ)と読む)



第百八話

 空から無数の氷の結晶が延々と降り続ける窓の向こうの街並みが積もった雪で白化粧された様子はパチパチと火の音を立てるストーブとその上で蒸気を揺らめかせるヤカンが無ければ外の低温が室内まで押し寄せてくるだろうと容易に予想できる。

 

「先輩は良いっすよね、編成変えずに全員連れてこれて、俺なんか四人ですよ、しかも全員駆逐・・・」

 

 元は八人も居たのに半分だけしかついて来てくれなかったと大袈裟に嘆く丸刈り頭の青年が恨みがましそうな視線を自分の目の前にいる先輩と呼んだ自衛官、中村義男へと不満たらたらなセリフを投げた。

 工藤公太郎特務一尉、防衛大時代の後輩であり特務士官の階級的にも部下と言えるガタイの良い青年の若干ねちっこい愚痴に付き合わされている中村は黒茶色の液体が湯気を立ち上らせるマグカップを手に眉と口元を(波線)にする。

 

「やっと編成枠が増えて新しい子が来て連携頑張って行こうって言ってた矢先に定員四人に再編成して北海道に行けって冗談じゃないっすよ・・・」

「あのなぁ、何度も上層部からの命令でここに飛ばされたのは俺も一緒だって言ってんだろ」

「愛宕さんから「提督♪ 私の艦隊異動にサインおねがいしますね♪」ってニコニコされながら言われた俺の気持ちが先輩には分かるってんですか!?」

「・・・気色悪い声真似すんな」

「何で先輩の艦隊は人数変わらず連れて来れてるんすか!? それに、それにっ!!」

 

 恨み言と泣き言を混ぜ合わせの調子で声を荒げて工藤は備え付けのソファーに座ったまま中村へと右手の人差し指を彼の鼻先に向けた。

 

「俺のとこから抜けた浦風が・・・その次の日には先輩の艦隊にいるって、どう考えてもおかしいでしょぉ・・・」

「なぁ、話振ったのは俺だけど今日のお前ちょっと浮き沈み激しくない?」

 

 次の瞬間には力無くへにゃりと曲がった人差し指、見た目だけなら自分よりも上背のある元高校球児が項垂れ陰気な溜め息を吐き出す様子に中村は顔を顰め、さらに口を付けたコップの中の風味の薄い苦いだけの味(インスタントコーヒー)に眉間のシワを深める。

 

「まぁ、それはともかく、その浦風の事でお前に言わなきゃならん事がある、と言うかその為にわざわざお前呼んでそこに座らせてんだ」

「聞きたくないっす・・・どうせあれじゃないっすか? 元から先輩の艦隊に入るまでの腰かけで俺の隊に居ただけとか浦風がそんな感じの事言ってたぜ~、とか言って自慢すんでしょうが」

 

 吐き捨てる様にそう言うおちゃらけはいりません、と両膝に肘をついて項垂れた工藤からの下から睨み上げる様な恨みがましい視線を受けて中村の額に青筋が浮かび上がり。

 この北海道の土を踏んでから何度も件の駆逐艦娘に関するとある事情を伝えようとしているのにその度に耳を塞ぎ駄々をこねる後輩の姿に先輩士官はいい加減うんざりする。

 そして、眉を顰めたまま中村は目の前のテーブルにマグカップを置いておもむろに腕を振り上げ手刀を不景気な面をした工藤の頭へと振り下ろした。

 

「いだっ!? アンタ、反論が出来なくなったら暴力に訴える人だったんすか!?」

「仮にも上官に向かってアンタはねーだろ、っつうかまずこっちの話を聞け! 浦風の事だ! あの子はな!」

 

 突然に頭を襲った衝撃に驚き目を見開いた工藤は見損なったとばかりにまた文句を垂れ流そうと口を開きかけたがそれを押し止める様に強い口調をぶつけてくる中村の剣幕に気圧されてソファーの背もたれへと仰け反った。

 

「お前の事が心配だから北海道まで付いてくる為に俺ん所の編成枠を一つ貸してくれって頭下げてきたんだぞ!?」

「・・・は?」

「第六駆の四人が離れ離れになるのは可哀想だから席を譲って艦隊から離れる事になった、だけどやっぱり自分もお前について行きたいからって、ウチにいる姉妹艦を頼って浦風は名目上は俺の艦隊の予備員としてここに来てんだよ!!」

 

 顰めっ面で声を荒げる中村にぶつけられたその話の内容に工藤は実感が沸かないのかはたまた理解が追いついていないのか大きな体を猫背にした状態で唖然とした表情を浮かべたまま固まる。

 

「それをお前は俺だけじゃなく、あの子がその話をしようとしてるのに勘違いしたままガキみたいにイヤイヤと逃げ回りやがって! ここに来て何日経ったと思ってんだ!?」

 

 ハワイ行きを命じられたが護衛艦などの準備があった別艦隊(田中組)と違い十一月の初日に人数分の国内線チケットを渡され鎮守府を追い出されるようにはるばる北海道は釧路まで中村達がやってきて早二週間。

 長ソファーの上で踏ん反り返りやっと言ってやったと鼻息を荒げつつ中村は後輩の愚痴の途中でテーブルに置いたマグカップに手を伸ばしたのだが、次の瞬間、真横から鋭く脇腹を突く手刀に息を詰まらせて世にもマヌケな顔を工藤の前に晒した。

 

「ほふぅっ!? と、時津風いきなり、おまぇ・・・くぉぉぁ」

「しれぇ、うっさいぉ・・・」

 

 年季の入ったソファーの上で中村の太腿を枕代わりにしていたらしい駆逐艦娘が毛布に包まった身体をモゾモゾさせてコーヒーに手を伸ばしかけながら腰をくの字に硬直させると言う奇妙な恰好となった指揮官の脇腹を鋭く突いた手を毛布の中へとしまう。

 不意打ちに息を詰まらせた指揮官の膝の上で持ち上げかけられたリボンで結われた煙突型の小さな帽子と黒から白へとグラデーションする髪がぽてりと中村の太腿の上に戻り時津風の頬っぺたがぷにっと撓み、お昼寝と言うには少々長いお休みに戻った駆逐艦娘の緊張感のない態度で毒気を抜かれた二人の特務士官は顔を見合わせ揃って肩を竦めた。

 

「寝ぼけてただけ・・・? ははっ、なんか先輩んとこも大変みたいっすね」

「も、って事はそっちも・・・って、まぁ、お前んとこは暁が居るからなぁ」

「暁だけじゃなく響もいきなり身体登って来たりするっす、おまけに一人肩車してあげたらあの子達全員寄ってくるんすよ」

 

 そう言って工藤は満更でもなさそうな笑みを浮かべ頭を掻き、188cmの長身は1.3mのお子様達にはさぞや上り甲斐のあるアスレチックだろうな、と笑いを返しながら中村は膝の上で寝息を立てている普段から自分の事を乗り物(自動肩車)とでも勘違いしてるらしい駆逐艦娘の髪を梳く様に撫でる。

 そして、言うべき事を言ってすっきりとした中村は目の前に居る将来はPKOに参加して世界中の子供達が平和に生きる活動に貢献したいと照れ笑いしながら目標()を語っていた防大時代と変わらない調子の後輩のお人好しぶりを思い出し、だからこそ工藤と第六駆逐隊を自称するお子様達は相性が良いのだろう、と改めて納得した。

 

「あ~、そのぉ・・・ところで先輩?」

 

 しばしの合間、パチパチと内部で火を燃やすストーブとその上のヤカンが湯気を吹く音だけになりかけていた談話室で工藤が少し照れくさそうに頭を掻きながら「なんだ」と短く返す中村に向かって媚びるような愛想笑いを浮かべた。

 

「もしかしてなんすけど・・・愛宕さんも、その・・・浦風と同じ感じだったりしちゃったりなんかしちゃったりしてなんて?」

「は? いや、工藤、・・・お前、おい、マジかお前」

「いえ! 実際今ここに居ない以上はあり得ないって分かってるんすけどっ! その、先輩の艦隊にお姉さんいるじゃないっすか? ほら愛宕さんも高雄さんの伝手頼って来たりして無いのかな~、なんて?」

 

 顔は赤く目は泳ぎ回り鼻の下を伸ばした馬鹿みたいな(つら)をしている防衛大時代の部屋っ子(防大生のいろはを教えた後輩)の一切誤魔化しになっていない上に回りくどい言い訳を早口で捲し立てられげんなりとした中村は時津風を起こさない様にマグカップを手に取って温いインスタントコーヒーを啜る。

 

「知らん、て言うか知りたきゃ自分で司令部に問い合わせるか高雄に聞け、少なくともお前を追いかける為に俺へ頼みに来たのは浦風だけだ」

「そ、そうっすか・・・じゃなくて、俺だってそこまで気にしているわけじゃないんすよ?」

「だから誤魔化せてねぇっての、何から何まで露骨過ぎんだろが」

 

 浦風の事情を知りそれならば自分なりに仲良くやっていた高雄型二番艦ももしかしたら自分について来ようとしてくれていたかもしれない、そんな幻想を描いた工藤に素っ気ない態度で中村は自分の知った事じゃないと返事をした。

 実はその愛宕が工藤の隊から早々に今年任官したばかりでまだ一人の艦娘としか出撃出来ない新人(童顔)な特務士官の下へ異動しウキウキとした調子で舞鶴基地へと向かったらしいと高雄から聞いていたのだが、それを言えばまた工藤が気に病むだろう(またメンドクサイ事になる)と中村はその情報を敢えて胸に仕舞い込む。

 

「それよりもだ、艦娘は所属部隊の指揮官に命令優先権があるがここでは状況が状況だからな、戦力が必要だって言うなら俺のとこの子達も頼めばお前に手を貸してくれるだろう、んで、後で忘れずに浦風に謝っとけ」

 

 登録上は艦隊から外れているとは言え指揮官として慕う相手から逃げ回られ話す機会も得られなかった陽炎型駆逐艦、鮮やかな青いロングヘアと水兵帽の下にあるドーナツ型に結ったお団子がトレードマークの浦風が今も落ち込んでいると中村が突き付ける様に伝えると工藤の顔がバツが悪そうな表情に変わり神妙に頷いた。

 

「先輩のとこの艦娘に助太刀頼めるのは俺としては助かるんですけど、・・・良いんすか?」

「良いって何がだ、言っとくが緊急事態でもなければあくまで本人達の意思次第だぞ?」

「そりゃもちろんっすよ、艦娘に断られたら指揮官がどれだけ喚こうが意味なんて無いのは分かってるっす」

 

 艦娘が戦闘形態を発動させる際には指揮官からの命令と言う形で彼女達の安全装置を外す必要があるがそれは艦娘側の承諾が必須であり、出撃を拒否されればいくら提督としての適性がどれだけ高くともただの人間にはどうしようもなくなるのはもはや特務士官にとっては常識とも言える。

 それを分かっていない様な素人ではない、とでも言うのか工藤は胸の前で腕を組んで中村へとしっかりと頷きを返した。

 

「意外っって言うのは何て言うか、先輩って俺の艦隊の艦娘は俺だけのモンだ!とかそんな感じの事言いそうな感じだと思ってました」

 

 中村の事をそう評しながら工藤が顔を向けた窓から両艦隊合わせて19人の艦娘に用意された元は独身者向けの賃貸マンションを改装した宿舎の壁が見える。

 

「・・・本気で失礼だな、おい」

「いや、だって先輩」

 

 彼らが今いるのは港が見える雪に覆われた住宅街の一画、指揮官二人が不自由なく寝泊まりが出来るほど広い二階建ての事務所と目立たない色合いに壁を塗り直された宿舎は長らく借り主が現れず放置されていた物件である。

 何故、最寄りの陸上自衛隊駐屯地を利用せずに一般人が生活する市内に艦隊の拠点を置いているのか、事細かな事情が幾つもある為にコレと言う決定的な原因は実際にそこに住む事を命じられた彼等すら把握していない。

 

 おそらくは釧路市の郊外に陸上自衛隊の施設設営隊と戦闘形態となった(巨大化した)艦娘の高度な連携による突貫工事で驚くべき速度で完成した暖房完備のプレハブが並べられた色丹島からの避難民居留地との距離的な兼ね合い。

 そして、単純に拠点と海が近い方が緊急的な出撃が必要となった際に都合が良いから程度の事情と言うのが現場を任されている二人の特務士官(中村と工藤)の共通認識である。

 

 それはともかくとして。

 

「どう考えてもヤバいっすよ? あの噂は俺も聞いた事ありましたけどマジだったとかヤベーどころの話じゃないっす」

「・・・ほぉ、何がヤバいんだ? 工藤ハム太郎(ハムたろう)

 

 多少の行き違いが原因ではあったが北海道の寒さが染み入る傷心に苛まれていた特務一尉は誤解による中村への憤りは無くなったものの彼がやってしまっている自衛官としてどころか社会人としてあり得ない事を思い出し恐れの色を含んだ目を向けた。

 

「俺は工藤公太郎(くどうこうたろう)っす・・・それよりっ」

 

 数日前、夜中の廊下で偶然に見てしまった明るい朱色の後ろ姿、唖然とする工藤へとその和服美人は肩越しに振り向きながら意味深な笑みと口元に一本人差し指を立てて音もなく中村の部屋に入っていった。

 冬国の建築ゆえか分厚い壁のお陰で隣の部屋からは物音一つ聞こえてこなかった為に工藤は実際にその中村の寝室の中でナニが行われていたのかは知らない。

 

「俺、先輩のとこの艦娘達にどんな顔で挨拶すりゃ良いんすかっ!? マジで気まずいってレベルの話じゃ無いっす!」

 

 だが、その目撃証言(状況証拠)だけですら中村に対して有罪判決が出せそうな黒に近いグレーである事は間違いないと工藤は考えている。

 

「大体とっかえひっかえにも程があんでしょ、出張中に上官が刃傷沙汰で殉職とか嫌っすよ!?」

 

 そして、その翌日に事務所一階のキッチンで割烹着を着て何食わぬ顔で朝食の支度をしている空母と調理場と地続きになっている広いテーブルが置かれたリビングで少し眠そうに欠伸をしていた中村の悪びれの全くない姿は工藤にさらなるフラストレーションを溜めさせる原因となった。

 

 しかし、たまたま偶然の事だと思う事にした工藤の予想を裏切る様にその後にも闇に紛れた何者かが忍び込んでくる気配、姿は見えずとも鳳翔とは違うと分かる人影が彼等の寝泊まりしている事務所の廊下に現れ中村の部屋に入っていく事は続き。

 

 悶々とさせられながらも別部隊の事として工藤は見ないフリを続け、浦風に関する誤解が消えた今少し上方修正されたとは言え工藤が抱く中村に対する感情は苛立ちを通り越して呆れを経て諦めの境地へと至ろうとしている。

 

「んな事はどうでも良い」

「どうでも良くないっす、って言うかそもそもここに居るのも全部自重しない先輩のせいらしいっすよね!? あとハム太郎とか呼ぶのも止めてください! 最近、暁達までマネして俺の事ハムちゃんって呼び始めたんすよ!?」

「丁度良いからこの事もついでに話しておく、お前も無関係な話じゃないから一端落ち着いて耳かっぽじって聞け」

「まず話を聞くのは先輩の方っすよねぇ!?」

 

 不本意な出張命令に加えだらしない自衛官モドキ(中村義男)のせいで溜め込んでいた鬱憤と何処ぞのげっ歯類の様な名前(あだ名)で呼ばれる事に対する不平を合わせてぶつけてくる後輩へ中村は片手を突き出して制する様に神妙な顔をしてみせた。

 

「いいから黙って聞け」

「なんでそんな堂々としてられんですかねぇ、はぁ・・・はいはい、で、また適当な話で煙に巻くつもりっすか?」

「いや、これを知っとかないと多分お前近いうちに俺と同じ目に遭う、間違いなく」

 

 法螺話は腹いっぱいとでも言う様なおざなりな態度で受け流そうとした工藤は正面から中村の鋭くなった視線に射すくめられ突然に変わった相手の雰囲気と口調のせいで無意識に姿勢を正した。

 

 

・・・

 

 

「で、分かったか?」

「え、えぇ~? いやいや」

 

 俺が語った話の内容がよっぽど荒唐無稽だったからか首を限界まで傾げた工藤は自分の丸刈り頭を撫で回す様に手を動かし、たっぷり数十秒後にやっと戸惑う様に右往左往していた目線が俺の顔へと戻ってきた。

 だが、やっぱりと言うべきか俺の予想通り工藤の表情は証拠(・・)の一つを突き付けても信じられないと文字が顔面に書いてあるかと思うほど分かり易い疑い一色に染まっていた。

 

「うん、やっぱないっすわ」

「だろうなぁ、正直言って何も知らない状態で同じ事聞かされたら俺もお前と同じ顔する自信がある」

 

 大方、目の前のコイツの頭の中で俺は屁理屈をこねて自らを正当化させようとしている詐欺師扱いになっている事だろうが、かと言って俺を嘘吐き扱いしようが事実が変わるわけでは無い。

 俺と同じ穴の狢になりたいと言うならこれ以上の忠告は親切では無く障害でしかないか、と肩を竦めてコップの底に残った冷めたコーヒーを飲み下した。

 

「でも、そのあり得ない事が起こるんだよ・・・さっきも言ったが艦娘の中には下手したら大正時代並みの倫理観でモノを考えてる子もいる」

 

 納得も理解も出来なくてもせめて知識として知っておくだけでもしておかないと絶対に後悔する、そう実感を込めて言ってみたが自分で言うのもなんだが荒唐無稽にも程がある気がしてならない。

 

「中学か高校の歴史で習うだろ? 華族士族に財閥軍閥の全盛期、全員がそんな時代の日本からタイムワープしてきた様な感性の持ち主だ」

「それは聞いた事ありますけど、でも、皆ちゃんと現代の勉強で今の常識とかそう言うの覚えるんでしょ」

 

 その為に艦娘達の鎮守府(学校)は存在しているんじゃないか、そう言外に主張する工藤の態度も無理はない。

 

「教えられて知識を得てもそれを受け入れるかどうかは本人の意思によるだろ? んで、艦娘は深海棲艦との戦争って言う一般常識から一番遠い場所にいるんだぞ? 授業で聞いただけで実際には縁の無いモノを重要視する必要を本人達が感じられると思うか?」

 

 自衛隊と言う国防の為の組織の一員として国民を護る為に自分達が存在していると言う意識はあれど艦娘自身が自らもその社会の営みの一部に含まれていると実感しているかは別問題、下手をすれば余所は余所、家は家と思考する必要すら感じていない艦娘が存在している可能性すらある。。

 その対策と言うわけでは無いが良介といろいろ屁理屈をこねて上層部を説得しインターネットによる間接的な艦娘と一般人との交流の機会は用意してみたがどの程度の効果があるかは未知数、まだ結果のけの字も出ていない。

 

「さっきの話だって俺を揶揄いたいだけで時津風と先輩が示し合わせてるんじゃないんすか?」

 

 流石にテレビとパソコンの見分けがつかない子はいなくなったと信じたいが実際にコンピューターに触った事がない(興味がない)艦娘が一定数いる事も頭の痛くなる事実だった。

 

「まだ信じられないって言うなら誰でも良いから他の艦娘にさっき言った通りの質問をすれば良い」

「いやいやいや、それって言った俺が呆れられて終わるだけ、ってか下手したら軽蔑からの絶交コース確定なヤツじゃないっすか!」

「ああ、呆れられるだろうな、間違いなく」

 

 バリエーション豊かな百面相をしている工藤から目を離して無為に会議室と言うには狭く物置として使うには広い談話室を見回すと茶葉の缶やコップなどの食器類が置かれている食器棚の前に立つ時津風の背中が小刻みなリズムで癖毛を揺らしていた。

 その棚から突き出した小さな机部分には今俺が持っている物と同じこの施設の共有物であるコップが置かれ、棚の引き出しから取り出したらしいココア粉のパッケージへお昼寝から起きたばかりの駆逐艦娘は大匙スプーンを突っ込んでいる。

 

「・・・やっぱ先輩、俺の事おちょくってるんすね?」

「呆れ顔でこう言うだろう「なんでそんな当たり前の事を聞くんですか?」ってな」

「は・・・?」

 

 どれだけ信じられないだろうが事実は事実、俺自身ですらその返事を吹雪の口から聞いた時には自分の耳を疑ったぐらいだから目の前でまた呆然として固まった工藤の気持ちは良く分かる。

 吹雪がシレッと言い切ったセリフに脂汗を浮かべ南の島に付いて来てくれた他の三人にも同じ様な質問をすれば残りのメンバーですら吹雪と同じ答えを真顔で返す様子に俺は艦娘と自分の間にある常識と言うモノが予想以上に分厚い壁であり底の見えない谷よりも深い事を教えられてしまった。

 

「・・・時津風、ココアの減りが早くて困っているって鳳翔が言ってたぞ」

 

 まだ状況が呑み込めていない後輩の姿にため息を吐きながらココアの粉をコップに入れているらしい時津風へと目を向ければ明らかに匙の上にこんもりと乗せられた甘味の素が次々と投入され。

 そして、俺の声で六杯目が袋から出る直前に止まり不満そうに口を尖らせた駆逐艦は軽量スプーンをココア袋の中に落として密閉ジッパーを閉じる。

 

 お子様らしい甘味が大好きな駆逐艦娘がココアの素が入ったコップを手にストーブの上で蒸気を上げているヤカンからお湯を取る様子を確認してから工藤の方へと顔を戻せばまだ納得がいかないと言う顔で腕を組んで首を傾げていた。

 

「取り敢えず俺が言いたいのは、気付いたらお前も俺と同じ様に逃げられない場所に追い込まれてるかもしれないって事だ、あの子達は目的の為なら手段なんか二の次三の次だからな」

「んな・・・バカな」

 

 これで信じないなら後はコイツ自身が自分の責任で何とかするべきだ。

 

 そう結論した俺が肩から力を抜くように腕を軽く回していると湯気を揺らすコップを運んできた時津風がすとんと俺の隣へと座りチビチビと熱々のココアを飲み始め。

 

「お仕事しゅーりょー♪ みんなおっ疲れさまぁ~☆ミ」

 

 タイミング良くズバンと勢い良く開いた扉からやたらとキラキラ光っている上に賑やか過ぎる那珂の声が談話室に響き。

 

 普段着ているオレンジ色の制服にデザインは似ているが全体の色合いはピンクに近く白地のフリルがふんだんに使われた衣装をクルリと一回転させながら我が艦隊のアイドル軽巡が霊力で描いた輝く☆を入り口付近にまき散らした。

 

「おう、ご苦労さん! その様子なら成功だったみたいだな」

 

 工藤と話を着ける際に下手な横槍が入らないよう工藤艦隊の暁型駆逐姉妹には引率として那珂と高雄についてもらいちょっとした遠征(企画)に参加させていた。

 

「はーい☆ ファンの人達とっても喜んでくれたし~♪ 六駆の皆もすっごく演奏上手で~! 那珂ちゃん初ライブ大成功に感激ぃっ♪」

 

 その場で踊り出しそうな程の那珂、ここまで喜ばれると主目的では無かったとは言え準備に苦心させられた甲斐もある。

 

 市内の公民館の小ホールを借りて行われた自衛隊による釧路市民と避難民の交流兼慰安を目的とした演奏会に那珂達艦娘を飛び入り参加させると言う試みは上層部から通達された命令の中に『難民への対応』が含まれているとは言え提案した俺が言うのもなんだがかなり無理のある話だった。

 

 だが元々の企画主である帯広協力本部の広報官の反応は俺の予想よりも好感触で演目の変更もトントン拍子。

 

 ただどこから聞きつけたのか(しかも誰が依頼したか分からない)妙に気合の入ったメイクや衣装などを手掛ける裏方のプロ集団(スタイリスト達)が東京は羽田から遠路はるばる釧路に駆け付ける事なり。

 たった二日の準備期間なのにまともな広告どころかチケット販売すらも行っていないボランティア系マイナーイベントに見合わぬ規模の音楽会に仕上げてしまった。

 

「ちょっと司令官! もう雪は取れたでしょ、なでなでしないでってば! 暁は子供じゃないんだから!」

「外が寒かったから司令官の手が温かいね・・・хорошо(ハラショー)

 

 俺の艦隊に居る理由を伝えるチャンスを求めていた浦風と彼女から何かと理由を付けて逃げ回っていた工藤と和解させる切っ掛けを作る為に普段から指揮官にじゃれついている真面目な話をする時にはちょっとお邪魔なお子様を引き離せれば良かっただけの話が随分と大きくなった。

 

 まぁ、後は工藤の決心次第だがそれは見た感じは心配無さそうだし、結果さえ良ければ全て良しとするべきなのかもしれない。

 

「私の方はもーっと撫でても良いわよ司令官、ふふっ、そうそう♪」

「なのです♪」

 

 その特型駆逐艦の末っ子四人は揃って元気よく身振り手振りを交え指揮官へ任務の成功を報告していて、そんな微笑ましくもコミカルな少女達の姿に笑みを返す工藤は話を聞き頷きながら駆逐艦娘達の頭や肩に乗った雪を撫でる様に払い落としている。

 

 それにしてもホントに子供の相手が上手い奴だ、野球部で後輩の面倒を見るのも好きだったとか言うお人好しな性格がこういう所で生きてくるものなんだろうか。

 

「提督の方は如何でしたか?」

「こっちも一段落ってとこだ、まぁ、居留地の設営も終わった後で深海棲艦の出現も確認されて無いから今日は朝から開店休業みたいなもんだけどな」

 

 そして、微笑ましい駆逐艦達の姿を横目に話しかけてきた高雄へと俺は肩を竦めておどけながら、これなら俺達もライブ見に行きゃよかった、と軽い調子で返事をする。

 

「ねぇっ! 司令官、それで二人で何のお話してたの?」

 

 そんな時、わらわらと四人の駆逐艦娘に集られている工藤が膝の上に乗ってきた雷の質問に少し逡巡して直ぐに助けを求める様な視線を俺へと向けてきた。

 別に後ろめたい話をしていたわけじゃないんだからそのまま伝えてしまっても良い、と言うかその流れでついさっき俺が言った確認方法を暁達に試せば良いんじゃないかと思うが、何か躊躇いがあるらしい工藤の様子に首を傾げて数十秒。

 

 何だか雨に濡れた犬みたいな情けない面に変わり始めた後輩の様子に溜息を吐いて俺は仕方なく助け舟を出す事にする。

 

「色丹島で確認された姫級に関してちょっとな、つっても俺の記憶頼りだからほとんど雑談みたいなもんだ」

「そうそう、いや~、分かってたけどホント中村先輩って深海棲艦にスゲー詳しいんだよ」

 

 俺がついさっきした忠告を工藤は完全には信じていないだろうが、もし俺が言った事が真実で万が一にも暁達の口からあの話を肯定するセリフが飛び出てくるかもしれないのがおっかないと言った所か。

 確かに見た目が十ニ、三歳にしか見えない子供達(第六駆逐隊)が現代の法律から大きく離れた大正から昭和初期における武家理論(旧軍人的な思考)を主張するかもしれない可能性から目を背けたい気持ちは分かる。

 

 分かるが・・・艦隊編成から外されても任務地まで追いかけてくる艦娘(浦風)がいる時点で工藤が俺の様になるのは既に決定している様なモノだ(秒読み段階に入っている)

 そんな事を考えていた俺は工藤の背後からソファーの背もたれ越しに抱き付いている響や控えめに後ろに控えているらしい電の表情が不自然な誤魔化し方をする指揮官の態度を探る様に僅かに視線を細めている事に気付く。

 

 その二人の駆逐艦の様子はかつての硫黄島での日々で吹雪達が本性を現す寸前に見せた態度とどこか似ていて、俺は自らの経験から目の前の後輩が一歩でも足を踏み外せば俺と同類になるだろう綱渡りを無自覚にしている事を改めて確信した。

 

「えっと確か、あれなんて言う姫級なんでしたっけ? 確か防大に居た時にも似た感じの深海棲艦のイラスト見せてくれましたよね」

「ああ、まず間違いなく北方棲姫だな、しかも、2014年の限定海域に出現した不完全な奴じゃなく正真正銘の完全体だ」

 

 戦闘形態となった鳳翔の艦載機で広大な雪原と化した色丹島を探索し、その広大な領域の端から中心部へと抉り込む様な巨大湾と元は住宅街だったらしい廃屋の群れの近く。

 おもちゃ箱を探る様な無造作さで無人の家を地面からもぎ取り不思議そうに中を覗いている童女の様な姿の姫級深海棲艦を改めて思い出しながら前世の知識と照らし合わせる。

 

「出現場所が違うのは今さらですが完全体ですか、何か能力的な差異があるのでしょうか?」

「さてな、要塞型の深海棲艦は魚雷を無効化するとか言う話は有名だったが・・・ここでもそうとは限らないし、あの時現れたカエルもどきは那珂がワンパンで仕留めてくれたしな」

「那珂ちゃんだけの力じゃないよ~♪ あの時は皆のすっご~い応援があったから~、やっつけられたんだよ☆」

 

 偶然の重なり合いと言うべきか、はたまた鎮守府の中枢機構に住む猫吊るしの書いた筋書か。

 

 那珂の言う通り半死半生で辿り着いた限定海域の最深部で救助を待っていた艦娘達と合流できなければ彼女達と共にあった大量の霊核達の力も借りれず九死に一生を得る事無く俺達は黒い海の藻屑となって命を失っていただろう。

 

「ただ完全体だからこそ提督の知る通りである可能性もあると言う事ですね」

「だったらやりようもあるんだけどな」

 

 あらゆる可能性を考慮しなければならないと油断ない表情で高雄がソファーの背もたれに手をつき俺の顔を見下ろし、普段のナチュラルメイクよりしっかり化粧をしているらしい重巡の顔を見上げながら俺も頷きを返す。

 

「北方棲姫・・・? そう言や先輩ってあのイラスト見せてくれた時にその深海棲艦の事をほっぽちゃんって呼んでませんでしたっけ?」

 

 響を肩車し雷を膝に乗せさらに暁にココアをねだられ腕を引っ張られていると言うのに小揺るぎもしない工藤のふとした余計な一言にその場の艦娘全員が首を傾げ。

 

「ほっぽちゃん、ですか?」

 

 間の悪い事に先ほど那珂達が帰還したドアから工藤との話が終わるまで宿舎の方で待っていて欲しいとお願いしていた待機組の艦娘まで顔を出して人類の敵である深海棲艦の一種をちゃん付けで呼ぶと言う異常を過去の俺がやったと言う証言の真偽を確かめる様にこちらへ幾つもの視線が集まってきた。

 

「は? お前らなんでここに・・・」

 

 鎮守府に着任後は幸か不幸か吹雪にすら言っていない与太話(前世知識)が予期せぬタイミングで表に出てきた事態に頬が引き攣り。

 そんな俺の隣に座っている時津風は湯気が収まり適温になったらしいココアをチビチビと舐めている。

 

 そう言えば何で時津風はここに居るんだ、確か俺が工藤を引きずってここに連れてきた時にはもうソファーで寝てたか。

 その後、風邪ひかない様に適当な毛布かけてやって、気付いたら勝手に俺の膝を枕にしてて。

 

 そこまで思い出してから改めて入り口を見れば俺の艦隊ほぼ全員の先頭に居るのは陽炎型の三人。

 

 自分で言うのもなんだが若干ヒクほど俺の命令に忠実な不知火と浜風が俺の指示で待機していた状態から勝手にここに来る事はまずありえない、それこそ誰かが俺と工藤の話が終わった事を知らせて呼びでもしない限りは。

 

 と、言う所まで考えが至った俺は隣で悪びれもせずにいる恐らくは姉妹艦通信で俺達の会話を浦風達へ実況していただろう陽炎型の十番艦からマグカップを奪い通常の二倍甘ったるいココアを一気に飲み下した。

 

「あー!! まだ残ってたのに!? しれぇーひどいよー!!」

「うるへー! 狸寝入りのスパイ艦娘にやるココアはぬねぇ!」

 

 悲鳴を上げる時津風と叫ぶ俺の口からココア汁が飛び散る様子に周りがドン引きしている。

 

 だが、そんな些細な事よりも今は少しでも時間を稼ぎ過去の俺の「ほっぽちゃん発言」を自然かつ役に立たない嘘へと収束させるための筋書を高速で練らなければならない!

 




 
鎮守府の端っこでデッドボールを前提にボールを投げ、ピッチャー返し上等にバットを振るう。

打撲、裂傷当たり前。

そんな殺伐とした艦娘達の姿が訓練である事は分かっていても心を痛めていた一人の男、工藤。

高校時代には甲子園にまで辿り着く程の実力を持っていたスポーツマンは「最近、ボール触ってねぇなぁ」とかつての情熱を燻らせる。

そして、マウンドと言うには粗末すぎる広場の中心で剛速球を捉えた暁のホームランを見た時、彼の胸に再び火が燃える!

「野球がやりてぇっ!」

そう叫んだ工藤に呼応したのは頼もしい部下でもある暁型駆逐艦の四人。

その日、艦娘野球部の挑戦は始まったのだ!

司令部から「遊んでじゃねぇ!」と言われて公認を却下されても挫けず仲間を増やせ!

頑張れ艦娘野球部!

 夕日を追いかけ追い抜け! 艦娘野球部!


・・・なお、任務などで欠員が頻繁に出る為に試合が出来るほど部員が揃わずほとんどが練習時間。

まともに試合が出来たのは2015年夏の創部から数えてたった三回だけである。

仮にも戦争中に何やってんだコイツら(呆れ
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