艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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とある二人の大学生と南の島

所詮、貴様らは歴史に名を遺す事無く市井に埋もれる運命。

故にその名が本編に記される事など許されない!



あっ、もちろん鹿島さんは別ですよ?
 


第百十話

 

「と言うわけで♪ 私と先輩さんが居るのはハワイでした~♪」

 

 澄み切った青い空と海が一望できる爽やかな潮風を感じる自然公園でツインテールに結った銀色の髪とライトグリーンのパーカーを跳ねさせはしゃいだ声を上げている色白美人がカラメル色(焦げ茶色)成分の多いプリン頭のアロハシャツが構えるハンディビデオカメラの前でポーズを決め。

 そんな若干どころか間違いなく私にはついて行けないと確信できるタイプのテンションで今自分達が居るアメリカ合衆国ハワイ州オアフ島の主要都市であるホノルルの観光案内っぽい事をしている二人の様子を私はただぼんやりと眺めている。

 

「イエーイ! もちろん俺もいるぜ、出るぜぇ♪」

「いいえ、おバカさんに出番はありません♪」

 

 十一月ともなればハワイと言えど気温はそれほど高くはない、しかし、日本ではまず見れない熱帯植物が生い茂るその場の雰囲気に乗せられているのか我が友人はテンションが上向きに振り切れたらしく、自分の手にあるカメラの前に顔を出そうとした様だがすぐさまその顔に突き出されたしなやかな張り手がファインダーから茶髪頭を追い出した。

 

「あぉん、ひどぃんっ!」

 

 強引にレンズの外側へと押し戻され大してショックでも無いクセにオーバーなリアクションと共に笑っている友人とそんな彼へ顔の半分近くを隠すほど大きいサングラスを付けている美人が呆れ半分の苦笑を口元に浮かべる。

 ホノルル空港のやたら広く商品バリエーションも豊かな売店に売っていたパーティーグッズ(ビッグなサングラス)で顔の半分を隠した女子大生、私が通う大学では茅野志麻と名乗っている彼女はその肩にかかっているパーカーの前を閉じておらず。

 その下に身に着けた白地に水色フリルのビキニとベージュ系ショートパンツ、大胆に露出した柔肌が南国の陽気な雰囲気のせいか私には一際眩しく感じられる。

 

「はい、それじゃ先輩さ~ん、出番ですよっ♪」

 

 早合点と屁理屈ばかりが上手いがユーモアセンスは無いと良く言われる私に代わって自らの魅力を最大限まで使って動画を盛り上げようとしてくれている彼女の存在は個人的にはとても助かっているしむず痒いが嬉しさもある。

 だが、いかんせん彼女は普通の服装ですら老若男女問わず道行く人目を惹くほどの容姿だと言うのに今の様に脇だけでなく臍や腰まで丸見えな姿ともなれば動画サイトへ投稿するべきか非情に悩むレベルで目の毒である。

 

「いや、私はその・・・観光案内が出来る志麻さんほどハワイに詳しくないんだけど」

 

 私個人としては少なく見積もっても普段の三倍以上強化されたそんな色っぽい姿で近づいてこられると非常に目のやり場に困ってしまう。

 

「そんな事言わずに張り切っていきましょう! ナナサンch初の海外ロケなんですから♪」

 

 そして、波打つ銀色の髪を踊らせる様な軽い足取りが私の目の前で立ち止まり少し屈み、顔を隠している大きなサングラスを片手で押し上げ、その下から上目遣いの碧い瞳が宝石の様にきらめく。

 

それに私もガイドブック暗記しただけですから、うふっ

 

 純日本人ならばあり得ない日の下で輝く銀髪、けぶる様な長い睫毛に飾られた碧眼、その内が宿す神秘の力は知れば知る程に彼女が私達常人とは一線を画す存在だと教え。

 それぞれのパーツが芸術的なバランスで並べられた顔立ちはどこか童顔の様な可愛らしさ(あざとさ)を宿していると言うのにその首のすぐ下には寄せて上げなくてもはっきりと谷間を作る二つの膨らみがフリルに包まれ曲線を描いている。

 

 今ではなく、此処ではない世界(前世)、かつて私がただのサラリーマンとしてあくせく働きながらその合間に心の癒しとして楽しんでいた艦隊これくしょんと言う名のゲーム内に居た彼女を指し、多くのプレイヤーがどんな格好をしてもエロい艦娘と言う相手が実在していたならば失礼極まりない表現をしていた。

 そして、何の因果かこの世界(今世)で鹿島と実際に出会ってしまった私は目の前で強力な磁石の様に目を引き付けるパーカーの下にその表現が正鵠を射ていた事を改めて再確認させられ、同時に動揺する私の反応を楽しんで微笑んでいる鹿島の様子に気付きなけなしの根性を振り絞って口元を押さえ(鼻の下を隠し)つつ顔を上げる。

 

「おしゃべりしてたら時差ボケもやっつけられますよ、ねっ、先輩さんっ♪」

 

 香取型練習巡洋艦の二番艦【鹿島】、この世界では現実の存在となった艦娘の一人であり普段は偽名で本名を隠し女子大生をやっている美人が私の腕に抱き着く様に腕を組み、至近距離から男心へ強烈な効果を発揮する過剰攻撃を私に叩き込む。

 その瑞々しく私の腕に吸い付くきめ細やかな素肌の感触は一言で言ってヤバイ、上目遣いで微笑む艶やかな美貌が繰り出す甘え声がヤバイ。

 物理と精神を同時に攻める巧みな戦術を前にそれなりに自信がある私の精神力が白旗の用意を始め、語彙力がカメラをこちらに向けて「ウェーウェー」と馬鹿みたいに囃し立てているバカ野郎並みになってしまう程にヤバイ。

 

「みゃ・・・こほん、まぁ、私達がここに来た理由の説明は先にしておいても構わない、かな」

「大丈夫、フォローは任せてくださいね♪」

 

 彼女の魅力に狼狽えすぎて声を裏返らせてしまい誤魔化しの咳払いをしながら抱き着かれていない方に手でホノルルと印字された帽子を被った頭を掻き、そんな情けない私に向かって満面の笑みを浮かべサングラスを顔に戻した鹿島がカメラに向かって腕を引っ張る。

 

 そんな鹿島のきらめく笑顔を見続けていると恐らく降伏(幸福)寸前の理性が野性化しかねない為に彼女のアピールにふやけかけた脳みそを叩いて別の事を無理やり考えさせる。

 そして、気を紛らわせる為に引っ張り出したのはたまに友人に手伝ってもらいながら私がやっているニッチな内容を語るネット動画のお気に入り登録者が千人に届いたと言う運営からのメールに小躍りして柄にもなくプリン頭にラーメンを奢るほど調子に乗った事。

 さらに次の日には「何で私も連れてってくれなかったんですか」とリスの様に頬を膨らませながら私の家に押しかけて来た彼女の姿だった。

 

 二人の時には偽名(志麻)ではなく本名(鹿島)と呼ばないと見るからに機嫌を損ねる彼女はレトルトカレー(その日の夕食)を手に硬直する私の様子に何を思ったのか自分も動画配信に協力すると言い出した。

 

 十中八九、私が奢ると言った途端に大盛チャーシュー麺に加え餃子まで注文しやがった遠慮と言う言葉を知らない男から聞いたのだろう。

 

 その後、声だけの出演ながら鹿島の登場一回目となる投稿で私のチャンネルは登録者数が三倍になり、さらに一か月後には一万人の大台を超え白目を剥く程の泡を食わされ。

 画面の横から顔を出すデフォルメした鹿島のパペット人形と縁日で売ってる様なお面を被り理屈っぽく捻くれた物言いをする私の掛け合いが安定した頃にはよっぽど物好きな人間以外には箸にも棒にも掛からぬタイプであった我が動画配信チャンネルは週刊ランキングに広告付きで表示されるまでになった。

 

 私と友人がほぼ名前だけ貸している状態のマイナーサークルが開いたクリスマス前の親睦会(の皮を被った合コン)にやってきた新入生では一番の美人と名高い女子大生。

 それまでの面識はないと言い切れる彼女と私は何を間違ったのかその酒宴の夜にのっぴきならない関係になってしまっただけでなく何を思ったのか翌日に鹿島は自らの秘密(艦娘である事)を暴露し、その日から侵掠(しんりゃく)すること火の如しとでも言う様な速さで一年足らずだと言うのに彼女の存在は私の生活のあらゆる部分へと入り込んでいる。

 

「ぉん? りむぱっくって何? パック麺の親戚? うめぇの?」

「なんで食べ物だと思うんだ、はぁ・・・、と言うか出発前にちゃんと言ってたよね? 日本語では環太平洋合同演習、目的としては有事の際に備え国同士での共同作戦能力の向上と現場レベルでは士官同士の友好関係を作る事が・・・去年のクリスマスにあった海自の式典のスゴイ版だよ」

「・・・なるほど!」

 

 喋っている途中で友人の顔が大学の講義中に良く見る右耳から聞いた授業内容が左耳から魂ごと抜けているマヌケ面に変わったので彼でも分かるぐらい物凄く適当な言葉に翻訳し直した。

 

「ちなみに参加国同士で最新装備を見せ合って我々は強いんだぞーと他の国に自慢するって意味合いもありますよ」

「ふぇー、自慢すると良い事あんの?」

 

 今回、突然と言って良い急な日程で再開される事になったRIMPAC(環太平洋合同演習)に自衛隊から艦娘が参加すると言う情報を手に入れた私は直ぐさま大学へ数日分の休学届を出した。

 幸いにして実入りの良い(テレビ局での)アルバイトのおかげでハワイ行き飛行機のチケットの予約を行った後も旅行資金には余裕があった。

 

 そんな時に「俺も行きたいぜぃ!」と私だけでなく他の学友の手助けを受けてすら単位取得ギリギリのラインを横ばいで過ごしているコミュ力だけは人外レベルの我が友はいつも通り何も考えて無さそうな顔(爽やかな笑顔)で笑う。

 

「仮にですけど貴方の前に見るからに弱そうな人と強そうな人が居るとします、ケンカするならどっちにしますか?」

「俺っちケンカした事ねーし、わかんね。 でもケンカなんてやる理由作んなかったらやる意味ねぇっしょ?」

「あら、・・・おバカさんって意外に頭が良いんですね」

 

 正直に言えば私自身も一人で海外と言うのは心細い気持ちも無くは無かったわけで彼の申し出は嬉しくあったのだが、いざ追加の旅券をネット予約しようとした時にパスポートの存在を知らないなどと頭の痛くなるセリフをヘラヘラ笑いながら言った馬鹿の額にハワイ観光と書かれたガイドブックを叩きつけた私を誰が責められようか。

 そんな時、棒の様に丸めた小冊子と性懲りも無くヘラヘラ笑うプリン頭の間でポコンッポコンッと良い音がなる1ルーム(我が家)へ野菜やら何やらが入った買い物袋(エコバッグ)を手にした地毛色(銀髪)を隠さなくなった女子大生が現れて目を丸くし、今度は「なんで私も誘ってくれないんですか!」と怒る彼女との一悶着があったが取り敢えずそれは頭の端っこに置いておく事にする。

 

 2008年に初めて確認された深海棲艦の出現から海難事故は増加を続け、2010年以降では「海外に行くなら家族に遺書を残して逝け」なんて八割本気で言われる昨今の安全保障。

 

 危険が一切ないとは口が裂けても言えないが今のところ十分な高度をとれる旅客機による海外渡航なら海上から深海棲艦に撃ち落とされたと言う事例は無い。

 とは言え、ミリタリ―系のサイトや集いで空母ヲ級が発進させた黒い円盤がジェット戦闘機を同等の速度で追い回していたと言う情報も出てきている以上は今後も空路が安全であるとは言い切れず客足は確実に減り、それに反比例して料金は増えている。

 

 仮の話だが空港から出発したジェット機が無事に目的地の近くまでこれたとしてその手前で高度を落とさねばならない空域は必ず存在し、沿岸部に空港がある国などの場合はそこで深海棲艦の射程範囲に入ってしまえばどんなに高性能な飛行機でもただの的になるのは素人でも分かる事。

 

 だが、現在の日本とハワイはお互いに島と言う深海棲艦に包囲されかねない海に囲まれた立地を持つものの、人と物を繋ぐ空路は安定している。

 

 何故かと言えば日本は言わずもがな艦娘と言う深海棲艦の天敵である戦乙女達が日夜守りを固めているからであり、ハワイでは私達が泊っているホテルの窓から見える程に巨大化した物々しい港に駐留する米軍の艦隊によって近づく近付く深海棲艦は追い払われるから。

 

 ただアメリカの長大な西東両海岸は少なくない被害が報告され噂では深海棲艦の上陸もあったとか言う話だ。

 

 もっともホワイトハウスと米軍の発表は「国土への侵攻を受けた事実は無く、また深海棲艦は全て軍によって撃退されている」と問題など何一つ無いと言い切る堂々とした態度を崩していないのだが。

 

 しかし、各国の軍事予算が例年になく増大し軍港と海上戦力の整備があからさまに加速しているのに物資の損耗だけでなく戦死者が少なくない人数出続けている事を鑑みると近い将来において各国の沿岸防衛に限界が来ると言う識者の言葉は真実であると納得せざるを得ない。

 

「・・・さん、先輩さん!」

 

 もしかしたら今ここにいる私はハワイへと観光客としてやって来た最後の日本人の一人となってしまうかもしれないのだ。

 

「大丈夫ですか? 私の声聞こえますか!? 取り敢えずお水飲みましょう!」

「・・・は? あ、すまない、少し考え事をしてたみたいだ」

「はははっ、相変わらず何言ってんのか分かんな過ぎて逆にウケるわ、お前~」

 

 さっきまで友人と小学生と先生みたいなやり取りをしていた鹿島がいつの間にか血相を変えた様子で私の目の前にペットボトルを差し出していて戸惑いながらそれを受け取る。

 ふと周りを見回すとすぐ近くでビデオカメラのミニモニターを覗き込んでいるらしい汚い茶髪が私を指さしながら若干イラっとする笑い声を上げていた。

 

「ありがとう、でもそんなに慌てる程の事じゃないと思うんだけど」

「油断大敵です! 熱中症を甘く見ると大変な事になるんですよ!?」

 

 貰った水を口にしながら大袈裟に慌てる鹿島へ苦笑を向けると柳眉を逆立てた彼女がますます私に密着しポロシャツ越しに感じるたわわな感触で心臓が痛い程に刺激された。

 

「少しぼーっとしてただけで熱中症って大袈裟だな、今日はそんなに熱くないじゃないか、ほら汗も出てないし」

「もぉっ、先輩さん!」

 

 口元を尖らせ「めっですよ!」と私の額を人差し指で軽く叩く鹿島の諌める態度も声もかつてPC画面ごしに聞いた音声(セリフ)には無かったと言うのに、いや、無いからこそ目の前の鹿島がデジタルなキャラクターではないと言う事実として私の中に妙な安心感と嬉しさを与えてくれるのか。

 

 ちなみに後で友人が撮っていたその時の録画で自分でもヤバイ奴だと思うほどの勢いで世界の空路と軍事が密接に関係している等と口から垂れ流すニチアサヒーローのお面を被った自分の姿を見て私は拗ねてしまった鹿島へココナッツジュースを献上しつつ平謝りをする事になった。

 

・・・

 

 日程としてはRIMPACの開催に合わせて来たわけだが当然ながら一般観光客三人に観客としての席など用意されるわけはなく、遠目に見える灰色の軍艦を注意されない程度を弁えて写真に収めるか関係者がひしめく式典会場から聞こえてくる喧騒に耳を傾けながらハワイ名物を食べるぐらいしかやる事が無い。

 

 しかしながら現地であるからこそ日本では取材と編集から放送までタイムラグがある開催会場の映像が無造作に食堂のテレビなどで流されているのだから今回の旅費は無駄なものではなかったと自信を持って言える。

 

 我々は遊んでばかりいたわけではないのだ(自己弁護でしかない事は承知している)

 

「だけど・・・まさか、自衛隊から派遣されてきた艦娘の中に一航戦の二人が居るなんて、ここはハワイなのになんでそんな事を」

「イッコウ線・・・もしかして電車の話か? 俺っち埼京線になら詳しいぞ!」

「艦娘の海外派遣ではなくあくまで演習と式典に参加するだけって言い訳だけでも苦しいのにエライ人達は何考えてるんでしょうね」

「二人して・・・無視しないでちょー」

 

 派遣されてきた十四人の艦娘達が登壇し、その指揮官だと言う田中良介二等海佐が挨拶と後ろに並ぶ彼女達の紹介を行った際に「赤城」「加賀」の名前が出た途端、会場が静まり返った。

 旧日本海軍における第一航空戦隊であった二隻の航空母艦とハワイの関係は歴史的な観点から見れば火と油、加害者と被害者と言っても過言ではない。

 しかも、よりにもよって開催地がパールハーバー(真珠湾)だと言うのだから招待したアメリカとしては日本がいきなりプレゼントボックスから爆弾を取り出した様な状態とも言える。

 

「これがギリギリまで派遣される艦娘の名前が伏せられていた理由かもしれないな」

「私が姉さんから聞いた話だとアメリカからかなり強引な要請があったらしいですよ? 強い艦娘を出来るだけたくさん寄越してくださいーって」

 

 自衛隊ではなく内閣情報調査室に彼女の姉妹艦である香取が居る事を教えられたのはわりと前、そんな姉から聞いたと言う明らかに一般人に教えていい話じゃない話を何気ない調子で口にしながら鹿島は隣に座っている私の肩へとしな垂れかかる様に頬を乗せた。

 今に始まった事じゃないがまるで私を試す様に爆弾発言をポイポイと投げてくる脱走艦娘の話に興味本位で飛び付けば数日後には黒づくめの人達がドアをノックしに来るんじゃないかと戦々恐々とさせられる。

 

「そ、そうなのかい」

「ええっ♪」

 

 むしろ彼女にとってそんな小心者な私を揶揄うのは猫がネズミのオモチャを転がして遊ぶ程度の他愛ない娯楽なのかもしれない。

 

 たまにこちらへと向けてくる銀の前髪の下から私の内側を探る様に覗き込もうとしてくる碧い目が空恐ろしく、なのにその度に目が離せなくなりそうな魅力(水底)へと誘われるままに沈んでしまえば何も難しい事を考えずに済むのではと退廃的な考えが過る。

 

「おいー、放置は止めれ、イッコウセンって何だっつーのよ? マジで教えてくれい、俺にゃ艦娘が激カワって事しかわかんねーんだってばよー」

「・・・君って奴は、赤城と加賀って言ったら教科書に乗ってるレベルで有名なんだよ?」

「マジで!? 常識問題ってか?」

 

 教科書に乗ってるって言うのは流石に誇張が過ぎるかもしれない、だが丁度良いので能天気な友人の声に大袈裟に肩を竦めて見せる動きでやんわりと私に寄りかかっている鹿島の身体を押し返す。

 自惚れかもしれないが彼女は私に好意を持ってくれているだろう、だがそれだけが理由で私に近づいてきたわけでは無いと言うのは言葉の端々に一般人が知ってはいけない情報を混ぜてくる言動から嫌でも察してしまう。

 押し返して身体を離そうとしたら逆に私の腕を両手で抱きしめる彼女の姿のどこまでが本当で、どこからが計算であるのか対人関係の機微や裏を読むのがあまり得意ではない私には分からないけれどその全て嘘だとは思えない。

 

 もっとも、それは彼女が好きでもなんでもない()恋する演技が出来る(抱かれても平気な)女性(ひと)であって欲しくないと言う私の願望でしかないわけだが・・・。

 

 私の個人的な事情はさておき、かつて太平洋戦争の開始を告げる為に当時の敵地であった真珠湾へと先制攻撃を仕掛けた空母達が人の姿となってその地を訪れると言う異常(・・)を受け入れ即座に順応できる人間は少ないだろう。

 海外旅行プランへと変更した携帯電話の画面に映るサイトの大半も一航戦の二人がテレビに映ったと同時に批難の声が次々に並ぶのだから明日明後日には尾ひれの付いた憶測と誹謗中傷が数十倍になって電波とネットを介して世界中で飛び回る事が目に見えている。

 

「なら、そうならない為に先輩さんのチャンネルを盛り上げましょう♪」

「まぁ、私程度に出来る事ってそれぐらいしかないわけだしね」

「なになに、ついにライブ配信やっちゃう感じ? 生放送やっちゃう?」

 

 事前に編集用のノートパソコンは持ってきたしネット環境があるホテルを選んだが、とは言えLIVE配信に踏み切れる程の材料が揃っているとは言い切れない。

 

 ハワイに来てから私達が撮影したものと言えば一日目の空港でのショッピング、二日目は自然公園でホノルルの観光案内、そして、合同演習の開催を知らせる式典が行われてた三日目を挟み。

 四日目の今日の取れ高は深海棲艦の影響か人影疎らな砂浜散歩の後に入った地元食堂で大盛のロコモコ丼へかぶりつきほっぺたをもごもごさせている20歳児の汚い顔だけである。

 

 思い返せば碌なもんが無いじゃないか。

 

 せめて目の前でどんぶりを空にしているのが友人ではなく一航戦の二人なら艦娘が得体の知れない人型兵器ではない身近な存在なのだと好印象の一つでも持ってもらえるような映像になるんだろうけれど、それは無いものねだりに過ぎないだろう。

 そもそも今回の大規模な国際合同演習は今の世間を騒がせている話題の一つでしかなく、本イベントの主催であるアメリカでは先週開票が行われた大統領選の話題がトップニュースを飾っている。

 

 深海棲艦の出現に即して艦娘と言う抵抗手段を作り出し専守防衛に徹した日本と違い世界において資本主義の中心であるアメリカ海軍は史上初の深海棲艦との戦闘である名も無い海戦以降も国民の財産を守る為に国防以外の作戦への参加を余儀なくされた。

 民間人の帰国程度ならば個人で空港を使えば問題ないが米国企業が世界各地に分散させた莫大な資本の回収ともなれば飛行機の輸送能力を容易く超える。

 結果として旧式戦艦を修復してまで輸送船団を組織せねばならなくなった超大国はその過程で徒に海上戦力たる艦艇や兵器類を損耗し、それ以上の自国防衛を担う多くの若者達を失った。

 

 その時には国際ニュースの中に深海棲艦の攻撃によって第二次世界大戦期に建造された戦艦の名があった事に私は自分の目を疑ったものだ。

 

 後に報じられた被害の多さに大統領の弾劾運動にまで発展しかけたアメリカの事情は他人事と言うにはあまりにも巨大に燃え盛る火事の様相であり、現在もその影響が残っているのか今年新しく大統領の座に座る事となった人物は二度目の2016年を生きる私にとって聞き覚えの無い名前となった。

 

 深海棲艦が現われ、艦娘が姿を見せ、かつて前世で触れた物語が徐々に現実の中で再現されていく空恐ろしい感覚はもう諦観と共に受け入れる事が出来るようになっているが、せめて自分が生きる場所ぐらいは平和であって欲しいなんて贅沢な願いと共に私は穏やかな南国の海へと目を向けた。

 

 アイオワは沈んでなどいない、だからこそその乗員であった彼らの名前は軍籍に残されている。

 

 ふと思い出したのは戦死者への賠償責任から逃れるためか現実逃避か、件の戦艦か行方不明になってから遺体一つ船体の欠片すら見つからないので彼らが生存し戻ってくる可能性があるなどとデタラメな演説した前大統領の事。

 少なくとも後任に全ての責任を押し付けて前の世界の様にレジャーを楽しむ姿をネットにアップする日が来るとは思えないがある意味では前世通りの歴史の終わりを身を以て知らせてくれた彼の今後に私だけは幸あれと祈る事にした。

 

「結局は他人事なんだけどね・・・」

「先輩さん?」

「何でもない、帰ろうか」

 

 地元でも美味いと評判な食堂から出て数十分、私がここでやるべき事はホテルに戻って三人の大学生が適当に撮ったハワイ観光の様子をイイ感じに編集してネットの住人におすそ分けする程度しか残っていない。

 そして、明日の朝に鹿島と友人と共に日本への帰国便に乗り込めば本当にただの観光だけで私にとって最初で最後になるだろうハワイとはお別れと言うわけだ。

 

・・・

 

 ついさっき改めて見たネットニュースには数日後に赤城達が国立墓地へ謝罪と献花を行うなんて根も葉もない話が飛び交い始めている。

 だが、その真偽を現地で確かめるにはあと一週間分の休学が必要になるわけでそれなりに学業に熱心な私は明後日の講義をサボるわけには行かない。

 

 予想よりも早く増える無責任な噂に飽きて私が良く利用する艦娘の情報が集まる掲示板を見ればこっちはこっちで一航戦やRIMPACの話そっちのけ。

 『那珂ちゃんが北海道でライブを開催』なんて嘘丸出しの話に踊らされている連中のレスが大量に並ぶ平和な日本(平常通りの連中)がそこにいた。

 

「ねぇ、先輩さん♪」

「なんだい?」

「今度来る時は夏にしましょう!」

 

 海岸沿いのヤシの木が等間隔で植えられている道を歩き始めると横に私の並んだ鹿島が南国の太陽に負けない眩しい笑みを浮かべ「今度は二人きりで」と二人の間にだけ聞こえる程度の悪戯っぽい囁きを私の耳に吹き込む。

 不意打ちと言うのは非常に心臓に悪い、せめて身構える準備をさせて欲しいと言うのにライトグリーンの袖から延びるしなやかな手が私の手を捉えて指を絡めてきた。

 

「あっちぃ、あっついわぁ~、ハワイでストーブ使うとかKY過ぎじゃね? オマエら空気ヨメyo!」

「五月蠅いよ! ・・・え?」

 

 茶化し全開のセリフだがカメラを向ける事はしない程度のTPOを弁えているらしい友人へ恥ずかしさに赤くなる顔を顰めながら叫び、私は横目に見えた海の向こうから迫ってくるそれに絶句する。

 

「揺れる光・・・? 虹が・・・近づいて来る!?」

「おん? おま、なに言ってん・・・がっ!?」

 

 昼下がりの少し傾いた太陽を背にした私の視界に広がる青い空と海が波打つような虹色なのに昏く感じる何かによって急速に染め上げられていき、水平線から湧き出すように迫って来たそれはあっと言う間に砂浜へと到達して私達の身体を飲み込んだ。

 

 風圧と言うよりも水圧に近い粘りを感じる昏い光の流れの中で咄嗟に鹿島の身体を抱き寄せて顔の前に手を翳す、呼吸は出来るけれどまるで身体の内側に絡み付く様な重みに胃の中身が掻き回されたものの私は何とか吐き気を押し止められた。

 だが、すぐ近くの草むらにカメラが落たと同時にアロハシャツは地面に倒れ込み、白目を剥いてさっき食べたばかりの昼食を吐き出しながら痙攣する友人の姿に私は悲鳴を上げる。

 

「大丈夫か!? しっかりするんだ!! そっ・・・そうだ、きゅ、救急車をっ!!」

 

 急激な虹色に染まった空気の流れは一分も経たずに通り過ぎ、わずかにチリチリと音を立て空気の溶ける光る粒子が漂う中で私は声をかけて抱き起こした友人が尋常では無いショック症状を起こしている様子に息を詰まらせ、折り畳み式携帯電話のボタンを震える指で押す。

 

「先輩さん、落ち着いてください大丈夫です」

「お、落ち着けってそんな、だって呼吸が! なんで電源が切れてるんだ!?」

 

 ついさっきまで問題なく光っていた画面は沈黙し電源ボタンを何度も長押しするが携帯が再起動する兆しは全く見えず苛立つ私の手を横から鹿島の手が掴んだ。

 なぜ邪魔を、と切羽詰まった声を上げかけた私の抱える友人の胸元へと鹿島の手が流れる様な動きで添えられ、先ほどの絡み付く様な虹色とは違う明るい色の光が彼女の手の平から苦し気に震える胸元に広がり。

 

「ぐへっ! ごほっ、ぎもちわる・・・」

「だ、大丈夫か! しっかりしろ、この指は何本に見える!?」

「だいじょばない・・・数えろって言うなら振るなよ、見えねえ、げほっごほっ!」

 

 どうやったのかは分からないが鹿島の手で友人は意識を取り戻した。

 だが私が彼の目の前に突き出した静止している三本の指が数えられない程に揺れていると言うからには無事とは言い切れない。

 

「何が起こったんだ・・・? 起きてるんだ!?」

 

 ただ命に別状は無さそうだと一息ついて顔を上げた私の周囲ではランニングしていたらしいハワイの住人や数少ない観光客達が道に倒れ込んだりヤシの木や家の壁に寄りかかり呻いている明らかに異常な様子が見えた。

 

 いや、さっきの光の波の中で平気な顔をしている私と鹿島だけが異常なのか。

 

「先輩さんはやっぱり平気なんですね・・・」

「な、なにが起こったんだ、君はさっきのが何なのか知っているのか・・・?」

 

 私の問いかけに答えず目の前でしゃがみ込んでいる鹿島は小さくため息を吐いて友人の胸元から離した手を自分の耳へと被せるようにして目を閉じた。

 

「鹿島!」

「っ・・・さっきのは深海棲艦が発する霊的力場です、多分ですけど・・・先輩さん、お願いですから少し待ってください」

 

 私も混乱しているんです、と蚊の泣く様な呻きに勢い込んで叫んでしまった私は二の句を継げず目の前で瞑想する様に目を閉じて微動だにしなくなった鹿島の様子を伺う。

 

「ええ、・・・そう、っ・・・なんですかそれっ!? 香取ねぇっ! 事前情報が間違ってたなんて言い訳にもならないでしょ!!

 

 そして、突然に激昂した声を上げ鹿島の碧い瞳が見開き虚空を睨みつける様に明後日の(日本がある)方向へと鋭く顰められた視線が向いた。

 

「ハワイ沖に限定海域があったって? なんでそんな重要情報がそっちに降りてきていないんですか!? 内閣直属の名前は飾りとでも言うんですか!!」

 

 今まで見た事が無いほどの苛立ちに歪んだ鹿島の顔が不意に私へと向き、耳元に当てていた手と怒りに満ちた眉と口元が力なく下がって悔しさと悲しみを感じさせる表情へと変わり。

 

「それを知ってたら・・・わたし、先輩さんと一緒に旅行だなんて馬鹿みたいにはしゃいでないで・・・貴方を止められたのに」

 

 正面から抱き着いてきた柔らかさで視界が暗くなり少しの息苦しさを感じる薄布の感触に私は驚き、頭を両手で抱きしめた鹿島の涙に鼻をすする声がする。

 

「おっぱ・・・ぜっけい、なう」

 

 理解できない状況の中、戸惑い抱きしめられるままその場で動けなくなった私だが何故か鹿島と自分の身体の間に挟まったたバカ(邪魔者)を路上に投げ出すのだけはスムーズに出来た。

 

 




 
マサン「わかった、次回もラブコメで行こう、次のカップルはなんだ?」

プロットさん「あ? ねぇよそんなもん」



特に恨みは無いがハワイを滅茶苦茶にしてやるぜ!
 

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