それにしても、この
それは人間にとっては永らく途絶えていた地球の内と外を循環する神秘の大流動。
しかし、枯れていた地脈を潤すように惑星の中核から遍く地上を満たさんとしていた生命を進化に導く流動は地殻へ打ち込まれた巨大な水晶樹に住む
そうして神話における長大な胴をうねらせる龍の原型とも言われる
現代においてマナと言う通称を付けられる事となった不可思議な性質を持った粒子はその根源である
その流れの偏りによって発生する粒子の放出地点の一つ、夜闇よりも暗い海底にぼんやりと生物発光にも似た光を明滅させながら神秘の煌めきが海水の中へと溶け込んでいく景色が産まれたばかりの
海底で紅く揺れる灯火、それは身動きも出来ずマナが噴き出す砕けた岩盤の近くで蝋燭の様に揺らめき地脈から溢れた光粒が上へ上へと上っていく様子を見つめる。
眠っているのか起きているのかそれすら曖昧である中でどれほど時間が経ったのか、ただ自身の身体が未完成である事だけは妙にハッキリと認識していた
そんな彼女の
その内部で水晶の世界樹から転写された神秘を再現する術式である
不意に自分を包み込んだ心地よさの中に微睡みまた幾ばくかの時間が経ち、再び意識を取り戻した紅い灯火が何気なく瞬きをする。
その直ぐ後、彼女は自分の目の前に長いまつげを揺らす目蓋がある事に、自分の顔がある事に気付き、泥の様なとろみのある羊水の中で黒水に包まれる前には無かった白く滑らかな肌の胸元とその中身が造られている様子に驚く。
それから数日、頭に生え始めた白髪が視界の端に見えるぐらいの長さとなり、口の中へ海流が運んでくる潮の味の差を感じる程度には舌が発達し、素肌に触れる緩やかな波のくすぐったさにも慣れ。
どんどん明確になっていく自らの感覚から自分の身体の建造行程が滞りなく順調に進んでいると実感した彼女は純粋に喜んだ。
だが、初めは感じるモノ全てが驚きの連続であったけれど未知から当然にある感覚へと慣れていく内に羊水の中の深海棲艦は退屈を心中に燻ぶらせる。
そして、身体の完成前に自意識が目覚めた幼い彼女は居心地は良いが自身が宿す昏い赤以外の灯りが無い真っ黒に視界を妨げる羊水の中で周りがもっと明るければ良いのに、と周りに揺蕩う海水を思惟で揺らす。
直後、繭の中にマナ粒子が結晶化し呆気にとられた紅い目の前で楕円の水晶がきらめき彼女の視界に新しい色を加える。
そこでやっと彼女は自分が
そこからの彼女を取り巻く環境の変化は劇的と言って良い程に早く、ただの明かりとして使うだけなら十分だが青白く光るだけと言うのは面白くないと感した彼女の
もっと大きく明るくなれと命じれば虹色の水晶は彼女の頭よりも大きく、供給される霊力によってさらに大きく眩しいぐらいの光を宿した巨大結晶へと至り。
加えて初めは彼女の身体を包む羊水程度の大きさだった黒い繭は
いつの間にか黒い海水と虹色の光に塗り分けられた箱庭の雛形となった海面に驚きに目を丸くしている未完成の深海棲艦が漂う様に浮かぶ。
凪いだ海の上に横たわり浮かぶその身体には未だ腰から下の下半身は無く、昏い光粒が黒い海から造り出す素材をその身に受け入れながら彼女は出来上がったばかりの左手を天井に浮かび上がった虹色の灯りへと翳した。
それが自分の手である事を何度も確かめる様に手の平を開閉し、まず試しに手が届く範囲の水を掻くと水飛沫が上がり少し波が立つ。
とは言え重心も出来上がっていない未完成な身体である事とそもそも現在の体勢が仰向け、その身を固定する錨も無く寝転んだ状態で流木の様に浮かびながらいくら片腕だけを振り回そうと起こるのは小規模な波と自分の身体を無為に回転させる程度。
きっと凄い事が起きる思っていたのに、と不満げに口を尖らせた彼女は、次はもっと一気にもっと遠くまで海を引っ掻いてみよう、と左手を大きく振り上げて半分無意識に自らが産まれ持った能力の一つを揮った。
直後に紅い瞳が見つめる先にあった遠くで揺らめく小波と白い指先の距離が0になり、彼女の手によって箱庭の中の距離が歪み引き寄せられた海面がコンマ数秒で大きな津波へと変わり、それを引き起こした本人の身体へと降りかかり黒い海中へと飲み込む。
あまりにも気軽に使われた
時間が経ち波が収まって海面へと再び仰向けで浮かび上がった彼女は頭の端に浮かんだ身体の建造に遅延が出たと言う呆れを感じる
もっともっと、と他にどんな事が出来るのだろう、と自分の内側に存在する
そんな自分の能力
視界が高くなったおかげで遠くを見渡せるようになったと喜んだのだが、そのすぐ後にまだ大半の部品が足りない自らの体まで見下ろせるようになった彼女は黒い水を滴らせる身体が海面に向かってぶら下がると言うちょっと考えただけでも見栄えが悪いと分かる状態に気付き、無邪気な喜びから一転して不満げに眉を顰め口元をへの字にした。
そして、改めて頭の中にある知識が書き記す自分の完成図と必要な素材と時間を確認し、完成形と比べてみすぼらしいと感じる今の状態に彼女は自らの格に相応しい飾りを用意させれば良いと思い立つ。
そんな彼女の思惟によって
思いつきのまま海底に立つ支え木が海から汲み上げ合成する
建造途中での設計改変は不具合が出るかもしれないと言う些細な
このままだと身体の完成に予定以上の遅延を発生させてしまうと言う
そんなふうに自分の好みを最優先してたっぷり時間をかけ、中途半端な長さの
そうして身に纏った肌触りの良い布地に満足げな笑みを浮かべた彼女は機嫌よくクレーンに吊るされたまま虹色の宝石が照らし出す自分の世界を見渡す。
ご満悦な彼女が景色と新しい服を楽しんでいる間
ナゼ、ココにはワタシの同族が居ない?
ワタシが
人の言葉にするならばそんな疑問、それに対して無性に自分の在り方へ不安を感じ始めた彼女は深海棲艦として生まれた時点で魂に刻まれている
素早い駆逐艦が欲しい、種類豊かな巡洋艦も欲しい、大きな砲を持った戦艦も、空に翼を放つ空母も、モノ探しが得意な潜水艦も、沢山の荷物を運ぶ輸送艦も、欲しい欲しい。
自分が従えるべき艦隊にどの艦種をどれだけ揃えれば十分なのかは分からないが多ければ多い程良い、むしろ全ての艦種がこの領地を埋め尽くすぐらいいれば良い、と
先に身体を建造し終えるべきではないか?というふと頭の端に浮かんだ小さな
事実として深海棲艦の支配者としての階級を与えられ生まれた彼女の魂にはそれを叶える
それを実践する事を望むだけで自分は山ほどの配下を得ることが出来る、と言う期待に興奮して頬を若干上気させた経験浅く幼い支配者は海面に集まって来た生命の粒子へと自分の身体から湧き上がらせた昏い光を宿した霊力を混ぜ合わせる。
まずは作るのは
高密度になった霊力が発生させる高温の蒸気に手ごたえを感じた
しかし、彼女の思惑とは裏腹に白い蒸気が消えた先にあったのは青白い光を内部に宿し渦巻かせる歪な形のサイズだけは巨大な水晶。
彼女の身体を持ち上げ吊るしているクレーンの構造材と同じマナ粒子と様々な物質が合成された結晶物が出来損ないの人型に見えなくも無い何かを形成しており、唖然として固まっている彼女の目の前でその巨大な水晶は自重に負けて砕けながら黒い海へと沈んでいった。
しっかりと知識にある通りに実践したはずなのに従僕が産まれなかった事に彼女の頭の中で大量の疑問符が現れ、建造失敗の残滓である光粒が舞う海面を見下ろしていた深海棲艦は首を傾げながらもう一度同じ方法を実行する。
だが、その次も、その次も彼女の目の前には深海棲艦の様な形をした歪なマナの水晶が現れて先のモノと同じく自重を支えきれずに砕けながら海に沈む。
不本意ながら鬼級から階級を落として普通種の戦艦や空母の建造を命じても結果は同じ、作られては崩れて沈む結晶の大量廃棄が繰り返され。
なぜ? 何故? ナゼ?
ますます困惑した幼い深海棲艦は逆に小さな
だと言うのに、出来上がるのは同族に似た形の像だけで一度たりとも彼女の前には従者となるべき深海棲艦は現われず。
自らの肉体の完成を後回しにして何度も行われた無駄極まる浪費はついに彼女の足元に腕や足の形に見える柱が森に見えるぐらいに立ち並ぶ水晶の島を造り上げるに至った。
他の深海棲艦なら一目見ただけで垂涎と共に平伏す様な偉業を成し遂げながらも肝心の欲しいモノが手に入らない。
自分の
ワタシの艦隊が欲しい
霞むほど高い天井で虹色に輝く照明に向かって姫として完成する前に鬼としての因子を肉体に
支え木の揺り籠の中で癇癪を起して暴れだした彼女が四方八方に思惟と共に放った能力は限定海域の外にまで届く余波となり、それはとある大国の警戒網に感知され、周辺の海流にまで影響を与える。
そして、水晶の島の沿岸が彼女の
それは自分が放つ思惟と似ているが違うモノ、小さく大きく様々な艦種の思惟の騒めきは細波の様に心地よく彼女の心の琴線を刺激し、再び建造途中で目覚めた水晶の島の主人は初めて感じる同族達の気配へ誰何の
直後に返って来たのは二隻の姫級の恭しい
どう言うわけか二隻の
直後に与える
あと少し戦艦と空母の姫からの切羽詰まった
だが、取り繕う様に死にかけの同族を癒しながらも少し気まずそうな表情を浮かべていた
そして、少々危ない場面はあったものの泊地
その意気込み自体は彼女の立場から見れば正しい事なのだがそれから数週間、強い方が良いと言う単純な理由で適当に選んだ従僕へと気前良く霊力を与えて
しかし、彼女の教えられた事をすぐに吸収出来る聡明な支配者である以上に遊び盛りのおてんばぶりには二隻の世話役はひたすら振り回され、ついには人の言葉に訳するなら「せめて遊びよりも御身の完成を優先してください」と主にひれ伏しながら願う事となる。
そして、義姉妹二隻からの切実な
だが、建造途中の余計な思い付きによって鬼と姫の因子を併せ持ってしまう様な泊地
なので
それから数日経ち、新品の右腕を白絹の手袋へと通しながら、外の世界では空の色が自分の領域の天井よりも目まぐるしく変わる、と領地の外へと遊びに出ていた
さらに数日、自分に侍る黒い薄衣を脱がせた戦艦棲姫を揺り籠の中で可愛がりながら、外の海では粒の様に小さな虫を沢山乗せた鉄ばかりで血肉の無い下位個体が我が物顔をしている、と潜水艦達から少し不愉快な
出来上がったばかりの自分の両足で初めて水晶の砂浜を歩いた興奮のまま加減無しに一晩中思惟と肌を重ねたせいで失神してしまった空母棲姫を膝の上で撫でながら、灰色で尻から火を吹きながら驚くほど速く飛ぶ妙な形の
そして、役目を終えて崩れていく揺り籠から伸ばした両脚に穢れ一つ無い艶やかなニーソックスと鋼のハイヒールを戦艦棲姫と空母棲姫の手で自らの脚に通させ、泊地の姫の爪先が砂浜に降り立ったと同時にその身を飾るドレスのフリルがふわりと羽根の様に広がった。
泊地
きっかけは身体の中に小虫を飼っている不愉快な下位個体から飛び出てきた前の物より痛い空飛ぶ魚雷のせいで一緒にいた仲間からはぐれた
太陽の下で輝く青い海に囲まれ、木々草花が潮風に揺らす緑と鮮やかな花の色、草地に混じる土の色すらも鮮烈な駆逐イ級の中にあった
しかし、続いて見えた弱く小さく数だけは多い虫共がその島に
偶然の手柄で女王に謁見する栄誉を得たと喜んでいた駆逐イ級は間近で燃え上がった泊地の姫の
そして、泊地
自分の所有物となるにふさわしい、否、自分の物にならなければならない美しく鮮やかな島々が数だけが取り柄の虫に侵食されていると言う事実に心中では苛立ちながらも表向きは艶然と微笑む泊地の姫は両手を大きく広げて全艦隊へと
ワタシはアレが欲しい、あの島はワタシの物になるべきだ、と。
完成した支配者に向かい傅く二隻の姫級を含めた全ての深海棲艦が姫の御意のままにと