艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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それにしても、この()は無茶な注文ばかりをしてくれるものだ。
 


第百十二話

 それは人間にとっては永らく途絶えていた地球の内と外を循環する神秘の大流動。

 

 しかし、枯れていた地脈を潤すように惑星の中核から遍く地上を満たさんとしていた生命を進化に導く流動は地殻へ打ち込まれた巨大な水晶樹に住む妖精(老人)意図(操作)によって古い道の一部を塞がれ溢れ出す場所を海底へと誘導された。

 

 そうして神話における長大な胴をうねらせる龍の原型とも言われる地球(ほし)の内に走る血管は陸地へと向かう筈だった道を堰き止められ偏らされた事で粒子の圧力が集中した一部がまるで出血を起こすかの様に、古い皮を破り脱皮する様に岩盤を割る。

 現代においてマナと言う通称を付けられる事となった不可思議な性質を持った粒子はその根源である地球の中核(マントル)の手前に食い込んだ巨大な水晶から欠片(因子)()を流動の中へと混ぜ込まれ海の底へと流れ出る。

 

 その流れの偏りによって発生する粒子の放出地点の一つ、夜闇よりも暗い海底にぼんやりと生物発光にも似た光を明滅させながら神秘の煌めきが海水の中へと溶け込んでいく景色が産まれたばかりの彼女(・・)が見た初めての景色だった。

 

 海底で紅く揺れる灯火、それは身動きも出来ずマナが噴き出す砕けた岩盤の近くで蝋燭の様に揺らめき地脈から溢れた光粒が上へ上へと上っていく様子を見つめる。

 眠っているのか起きているのかそれすら曖昧である中でどれほど時間が経ったのか、ただ自身の身体が未完成である事だけは妙にハッキリと認識していた()はある時、ずっとこのまま(動けない)でいるのはイヤダと小さく思惟を漏らした。

 

 そんな彼女の思惟(望み)を切っ掛けに地脈から溢れる粒子がその紅い卵を包む様に集まり、マナ粒子の濃度が急上昇した海水が黒く染まり海底に横たわる姫級深海棲艦の素体を包む半固体の繭を形作る。

 その内部で水晶の世界樹から転写された神秘を再現する術式である知識(因子)から書き出された設計図に従って海水や岩石、生物の死骸を含めた海底に存在するあらゆる物質がマナエネルギーによって分解再構成され姫級の素材となって血肉を造り上げていく。

 

 不意に自分を包み込んだ心地よさの中に微睡みまた幾ばくかの時間が経ち、再び意識を取り戻した紅い灯火が何気なく瞬きをする。

 

 その直ぐ後、彼女は自分の目の前に長いまつげを揺らす目蓋がある事に、自分の顔がある事に気付き、泥の様なとろみのある羊水の中で黒水に包まれる前には無かった白く滑らかな肌の胸元とその中身が造られている様子に驚く。

 

 それから数日、頭に生え始めた白髪が視界の端に見えるぐらいの長さとなり、口の中へ海流が運んでくる潮の味の差を感じる程度には舌が発達し、素肌に触れる緩やかな波のくすぐったさにも慣れ。

 どんどん明確になっていく自らの感覚から自分の身体の建造行程が滞りなく順調に進んでいると実感した彼女は純粋に喜んだ。

 

 だが、初めは感じるモノ全てが驚きの連続であったけれど未知から当然にある感覚へと慣れていく内に羊水の中の深海棲艦は退屈を心中に燻ぶらせる。

 

 そして、身体の完成前に自意識が目覚めた幼い彼女は居心地は良いが自身が宿す昏い赤以外の灯りが無い真っ黒に視界を妨げる羊水の中で周りがもっと明るければ良いのに、と周りに揺蕩う海水を思惟で揺らす。

 

 直後、繭の中にマナ粒子が結晶化し呆気にとられた紅い目の前で楕円の水晶がきらめき彼女の視界に新しい色を加える。

 そこでやっと彼女は自分が思惟(命令)を発すれば周囲にあふれる力の流動は自分の望みの通りにその形を変えて願いを叶えてくれるのだと理解した。

 

 そこからの彼女を取り巻く環境の変化は劇的と言って良い程に早く、ただの明かりとして使うだけなら十分だが青白く光るだけと言うのは面白くないと感した彼女の知る全ての(知識の中にだけある)色を光り輝く結晶へと混ぜ込み。

 もっと大きく明るくなれと命じれば虹色の水晶は彼女の頭よりも大きく、供給される霊力によってさらに大きく眩しいぐらいの光を宿した巨大結晶へと至り。

 加えて初めは彼女の身体を包む羊水程度の大きさだった黒い繭は粒子(マナ)濃度の上昇に伴いその内部の空間を歪ませながら肥大化し、周囲の物質を姫の素材へ合成する過程で海水から分離した酸素などの気体が繭を風船の様に膨らませ。

 

 いつの間にか黒い海水と虹色の光に塗り分けられた箱庭の雛形となった海面に驚きに目を丸くしている未完成の深海棲艦が漂う様に浮かぶ。

 

 凪いだ海の上に横たわり浮かぶその身体には未だ腰から下の下半身は無く、昏い光粒が黒い海から造り出す素材をその身に受け入れながら彼女は出来上がったばかりの左手を天井に浮かび上がった虹色の灯りへと翳した。

 

 それが自分の手である事を何度も確かめる様に手の平を開閉し、まず試しに手が届く範囲の水を掻くと水飛沫が上がり少し波が立つ。

 とは言え重心も出来上がっていない未完成な身体である事とそもそも現在の体勢が仰向け、その身を固定する錨も無く寝転んだ状態で流木の様に浮かびながらいくら片腕だけを振り回そうと起こるのは小規模な波と自分の身体を無為に回転させる程度。

 

 きっと凄い事が起きる思っていたのに、と不満げに口を尖らせた彼女は、次はもっと一気にもっと遠くまで海を引っ掻いてみよう、と左手を大きく振り上げて半分無意識に自らが産まれ持った能力の一つを揮った。

 

 直後に紅い瞳が見つめる先にあった遠くで揺らめく小波と白い指先の距離が0になり、彼女の手によって箱庭の中の距離が歪み引き寄せられた海面がコンマ数秒で大きな津波へと変わり、それを引き起こした本人の身体へと降りかかり黒い海中へと飲み込む。

 あまりにも気軽に使われた空間操作(超常現象)の余波で暴れる海の中を振り回される彼女は驚きはしたもののその顔に恐怖は無く、激しくグルグルと海流に振り回される初めての感覚すらも楽しいと無邪気な思惟を上げ。

 

 時間が経ち波が収まって海面へと再び仰向けで浮かび上がった彼女は頭の端に浮かんだ身体の建造に遅延が出たと言う呆れを感じる思考(囁き)を些細な事だと割り切り、予想以上に面白かった津波に振り回される遊びに満足げに笑う。

 

 もっともっと、と他にどんな事が出来るのだろう、と自分の内側に存在する知識(因子)から能力(術式)取り出して(欲しがって)箱庭に満ちるマナと自身の霊力を操る。

 そんな自分の能力を試している(で遊んでいる)最中にいつまでも海面に揺られ仰向けになっていては不自由だと気付いた彼女は自分の身体を持ち上げる為にマナ粒子の結晶化を利用し支え木(クレーン)を幾つも造り海底に突き立てて(アーム)に自身の身体を宙に持ち上げさせ。

 視界が高くなったおかげで遠くを見渡せるようになったと喜んだのだが、そのすぐ後にまだ大半の部品が足りない自らの体まで見下ろせるようになった彼女は黒い水を滴らせる身体が海面に向かってぶら下がると言うちょっと考えただけでも見栄えが悪いと分かる状態に気付き、無邪気な喜びから一転して不満げに眉を顰め口元をへの字にした。

 

 そして、改めて頭の中にある知識が書き記す自分の完成図と必要な素材と時間を確認し、完成形と比べてみすぼらしいと感じる今の状態に彼女は自らの格に相応しい飾りを用意させれば良いと思い立つ。

 そんな彼女の思惟によって知識(因子)に呼び出されたデザイン案は黒い外装(コート)とその内側で肌に張り付くイバラ(下着)だったのだが、周りが黒い海なのに自分まで黒に染まるのは面白くない、と眼下に広がる殺風景な黒色の海原に慣れてきた(飽きてきていた)彼女は違うのが良い、と知識の中の設計図の変更を決め。

 思いつきのまま海底に立つ支え木が海から汲み上げ合成する素材(リソース)を自分の身体にではなくその身を包む装飾(ドレス)を用意する為の材料に使えと命じる。

 

 建造途中での設計改変は不具合が出るかもしれないと言う些細な予感(警告)を無視して彼女が行ったその変更に連動したのか額の左右に生え始めていた二本の黒角が脱色し、逆に白い髪の毛の生え際が黒色に切り替わる。

 このままだと身体の完成に予定以上の遅延を発生させてしまうと言う思考(呆れ)が妙にしつこく意識の端に引っかかるが深海棲艦の上位者であると定められた魂はそれをまとめて他愛のない事、むしろ力の素(マナ粒子)は際限なく海底から溢れてくるのだから我ながら弱者の様な小さい(ケチ臭い)事を考えてしまった、と鼻で笑った。

 

 そんなふうに自分の好みを最優先してたっぷり時間をかけ、中途半端な長さの白角(電探)が見える散切り頭と片腕の胴体しかない彼女の身体を包む為に真珠色の衣装が織り上げられ凪いだ海の上で中身の無い右側のロンググローブとスカートが海面に向かって垂れ下がり、一対のハイヒールとニーソックスが海面に落ちる寸前に支え木から突き出てきた横枝に引っかかる。

 そうして身に纏った肌触りの良い布地に満足げな笑みを浮かべた彼女は機嫌よくクレーンに吊るされたまま虹色の宝石が照らし出す自分の世界を見渡す。

 

 ご満悦な彼女が景色と新しい服を楽しんでいる間にその身体の(を見計らって)建造が再開したのだが、そのスケジュールは白亜のドレスの中で腰から太腿への曲線が造られかけたところで再び中断を命じられてしまう。

 

 ナゼ、ココにはワタシの同族が居ない?

 

 ワタシが泊地(主人)ならばそこに平伏す(停泊する)従僕(艦隊)があって然るべきではないのか?

 

 人の言葉にするならばそんな疑問、それに対して無性に自分の在り方へ不安を感じ始めた彼女は深海棲艦として生まれた時点で魂に刻まれている本能(道理)から湧き出した欲求と共に知識から望みを叶える方法を引き出して思惟を発する。

 

 素早い駆逐艦が欲しい、種類豊かな巡洋艦も欲しい、大きな砲を持った戦艦も、空に翼を放つ空母も、モノ探しが得意な潜水艦も、沢山の荷物を運ぶ輸送艦も、欲しい欲しい。

 自分が従えるべき艦隊にどの艦種をどれだけ揃えれば十分なのかは分からないが多ければ多い程良い、むしろ全ての艦種がこの領地を埋め尽くすぐらいいれば良い、と思惟(気合)を未完成の身体に込める。

 

 先に身体を建造し終えるべきではないか?というふと頭の端に浮かんだ小さな思考(囁き)を大雑把な欲求で跳ね飛ばし自分の従者となる事を望んだ彼女は自分の身体の完成を後回しにして(しもべ)となる同族を建造せよとマナが潤沢に溢れる自らの領地へと思惟(命令)を発した。

 

 事実として深海棲艦の支配者としての階級を与えられ生まれた彼女の魂にはそれを叶える知識(記憶)、霊力を代価に同族を作り出す方法が存在しており。

 それを実践する事を望むだけで自分は山ほどの配下を得ることが出来る、と言う期待に興奮して頬を若干上気させた経験浅く幼い支配者は海面に集まって来た生命の粒子へと自分の身体から湧き上がらせた昏い光を宿した霊力を混ぜ合わせる。

 

 まずは作るのは(騎士)良い(欲しい)、それも飛び切りに強くて大きな船体を持った近衛艦に相応しい同胞を、と願う彼女の思惟(命令)通りに霊力が疑似的な魂を形作りそれを血肉となる素材が包み込む。

 

 高密度になった霊力が発生させる高温の蒸気に手ごたえを感じた主人(母港)となる予定の深海棲艦は期待に胸を躍らせ徐々に収まっていく水蒸気の向こうから自分の前に跪く初めての下僕の登場を待った。

 

 しかし、彼女の思惑とは裏腹に白い蒸気が消えた先にあったのは青白い光を内部に宿し渦巻かせる歪な形のサイズだけは巨大な水晶。

 彼女の身体を持ち上げ吊るしているクレーンの構造材と同じマナ粒子と様々な物質が合成された結晶物が出来損ないの人型に見えなくも無い何かを形成しており、唖然として固まっている彼女の目の前でその巨大な水晶は自重に負けて砕けながら黒い海へと沈んでいった。

 

 しっかりと知識にある通りに実践したはずなのに従僕が産まれなかった事に彼女の頭の中で大量の疑問符が現れ、建造失敗の残滓である光粒が舞う海面を見下ろしていた深海棲艦は首を傾げながらもう一度同じ方法を実行する。

 だが、その次も、その次も彼女の目の前には深海棲艦の様な形をした歪なマナの水晶が現れて先のモノと同じく自重を支えきれずに砕けながら海に沈む。

 不本意ながら鬼級から階級を落として普通種の戦艦や空母の建造を命じても結果は同じ、作られては崩れて沈む結晶の大量廃棄が繰り返され。

 

 なぜ? 何故? ナゼ?

 

 ますます困惑した幼い深海棲艦は逆に小さな戦闘艇(ボート)を、駆逐艦を、潜水艦を、輸送艦の丸い腹を見飽きるぐらいに下僕の建造を行った。

 

 だと言うのに、出来上がるのは同族に似た形の像だけで一度たりとも彼女の前には従者となるべき深海棲艦は現われず。

 自らの肉体の完成を後回しにして何度も行われた無駄極まる浪費はついに彼女の足元に腕や足の形に見える柱が森に見えるぐらいに立ち並ぶ水晶の島を造り上げるに至った。

 

 他の深海棲艦なら一目見ただけで垂涎と共に平伏す様な偉業を成し遂げながらも肝心の欲しいモノが手に入らない。

 自分の知識(因子)はそれが可能だと分かっているのに、と混乱して手を頭に伸ばしやっと肩まで伸びた髪を掻きむしる様に隻腕の深海棲艦は苛立ちに歯軋りを鳴らす。

 

 ワタシの艦隊が欲しい

 

 霞むほど高い天井で虹色に輝く照明に向かって姫として完成する前に鬼としての因子を肉体に付け加えて(組み込んで)しまったせいで己の能力(機能)が不具合を起こしている事に気付かない彼女は吠える様な思惟(欲求)を放ち。

 支え木の揺り籠の中で癇癪を起して暴れだした彼女が四方八方に思惟と共に放った能力は限定海域の外にまで届く余波となり、それはとある大国の警戒網に感知され、周辺の海流にまで影響を与える。

 そして、水晶の島の沿岸が彼女の能力(引き寄せ)の余波で粉々に砕かれ白く煌めく砂浜となった頃、気付けば暴れ疲れて揺り籠で眠っていた泊地の姫は寝ている間に完成していた頭上の白い冠(大型電探)で自分の領域に入り込んだ何か(・・)を捉えた。

 

 それは自分が放つ思惟と似ているが違うモノ、小さく大きく様々な艦種の思惟の騒めきは細波の様に心地よく彼女の心の琴線を刺激し、再び建造途中で目覚めた水晶の島の主人は初めて感じる同族達の気配へ誰何の思惟(問い)を掛ける。

 

 直後に返って来たのは二隻の姫級の恭しい思惟(挨拶)でどうして突然に現れたのかは分からないまでも待ち望んだ従僕の出現に意気揚々と領域の端で平伏している艦隊を纏めて自分の近くへと壊さない様に引き寄ればその同族達の中には傷を負い腹を空かせている個体がたくさんいる事に彼女は気付く。

 

 どう言うわけか二隻の(領主)が居ると言うのに(騎士)はいないと言う不思議な編成をしている大艦隊に首を傾げながらも泊地の姫は結局は全員が自分の(しもべ)となるのだから些細な事か、と一人納得して初めての従僕達へと歓迎の思惟を込めた施しを行い。

 

 直後に与える補給(霊力)の加減を間違え自分の領地へとやって来た待望の同族同胞(味方艦隊)を過剰供給で全滅させかけた。

 

 あと少し戦艦と空母の姫からの切羽詰まった思惟(諫言)が遅ければ自分が欲しくて仕方なかった従僕(艦隊)を自らの手で皆殺しにするところだった泊地の姫は内心を反省に消沈させながらも共に艦隊の前に姿を晒す。

 だが、取り繕う様に死にかけの同族を癒しながらも少し気まずそうな表情を浮かべていた未完成な泊地(幼い姫級)は黒い海に平伏した見惚れる程に美しい身体(船体)を持った二隻の姫級深海棲艦が発した強い思惟(忠誠)とそれに追従する下位個体によって明るさを取り戻した。

 

 そして、少々危ない場面はあったものの泊地棲姫(水鬼)は自分の物となった艦隊を支え木の揺り籠から見下ろして満足げに頷き、魂に刻まれた知識にある通りの姫級深海棲艦としての立ち振る舞いを実践し始める。

 

 その意気込み自体は彼女の立場から見れば正しい事なのだがそれから数週間、強い方が良いと言う単純な理由で適当に選んだ従僕へと気前良く霊力を与えて緑色の目(ノーマル)から赤目(エリート)へと格上げしようとして艦隊の規律が乱れてしまうと慌てる空母棲姫に止められ、艦隊の末席に居る様な小型艦種へと直接に思惟を交えようとするどころか肌まで許そうとして戦艦棲姫に抱き留められ褒美の加減に関して教えを受ける事となり。

 経験の浅い姫(箱入り娘)は良く言えば大らかで分け隔てなく、悪く言えば大雑把ではしたない行動をしようとしてはその度に彼女の近衛艦(世話役)となった戦艦棲姫と空母棲姫からの艦隊の運営法(アドバイス)を学ぶ。

 しかし、彼女の教えられた事をすぐに吸収出来る聡明な支配者である以上に遊び盛りのおてんばぶりには二隻の世話役はひたすら振り回され、ついには人の言葉に訳するなら「せめて遊びよりも御身の完成を優先してください」と主にひれ伏しながら願う事となる。

 そして、義姉妹二隻からの切実な思惟(提案)に拗ねた顔を浮かべながらも確かにその通りかもしれないと頷いた泊地の姫はやっと渋々にだが揺り籠の中で大人しくする(遅延に遅延を重ねた自身の建造を再開する)事にした。

 

 だが、建造途中の余計な思い付きによって鬼と姫の因子を併せ持ってしまう様な泊地棲姫(水鬼)の退屈を嫌う我慢弱い性格にとってその身体が完成するまで暇を持て余すと言うのは考えるだけで億劫になるモノ。

 なので我儘(強欲)な姫は下僕に暇を持て余す事になる自分を慰撫する為に自分の知らない外の世界の知識を持ってきた者に褒美を与えると思惟(下命)を発し、報告を待つ間は水晶の島にそれぞれの領地から持参した浮島(寝床)を接舷させた二隻の姫を傍に侍らせる。

 

 それから数日経ち、新品の右腕を白絹の手袋へと通しながら、外の世界では空の色が自分の領域の天井よりも目まぐるしく変わる、と領地の外へと遊びに出ていた小型艦達(水雷戦隊)の代表である黄色いオーラを纏う軽巡ツ級の報告する思惟(記憶)を覗き青い空に浮かぶ雲の不思議な動きに感心して特に純度の高い水晶(砲弾百発分の欠片)を下賜してやり。

 

 さらに数日、自分に侍る黒い薄衣を脱がせた戦艦棲姫を揺り籠の中で可愛がりながら、外の海では粒の様に小さな虫を沢山乗せた鉄ばかりで血肉の無い下位個体が我が物顔をしている、と潜水艦達から少し不愉快な思惟(報告)を聞き、知識は知識であるので報酬として少しだけ力を与えソナーの性能を上げてやり。

 

 出来上がったばかりの自分の両足で初めて水晶の砂浜を歩いた興奮のまま加減無しに一晩中思惟と肌を重ねたせいで失神してしまった空母棲姫を膝の上で撫でながら、灰色で尻から火を吹きながら驚くほど速く飛ぶ妙な形の飛行端末(戦闘機)を追い回したと言う空母ヲ級の思惟(武勇)に耳を傾け、その空母の巧みな操縦技術に感心して飛行端末の材料の摑み取りを許し。

 

 そして、役目を終えて崩れていく揺り籠から伸ばした両脚に穢れ一つ無い艶やかなニーソックスと鋼のハイヒールを戦艦棲姫と空母棲姫の手で自らの脚に通させ、泊地の姫の爪先が砂浜に降り立ったと同時にその身を飾るドレスのフリルがふわりと羽根の様に広がった。

 泊地棲姫(水鬼)は目の前に広がる広大な黒い海とその海岸に整列する自分が支配する艦隊を満足げに見渡し、その身の中である欲求を疼かせる。

 

 きっかけは身体の中に小虫を飼っている不愉快な下位個体から飛び出てきた前の物より痛い空飛ぶ魚雷のせいで一緒にいた仲間からはぐれた小さな駆逐艦(緑目の駆逐イ級)が味方を海中で探し回っていた時に偶然に見つけたと言う頭上の虹色に負けず劣らずの極彩色に彩られた島々。

 太陽の下で輝く青い海に囲まれ、木々草花が潮風に揺らす緑と鮮やかな花の色、草地に混じる土の色すらも鮮烈な駆逐イ級の中にあった思惟(景色)を受け取った虹色に照らされた領域と水晶島を支配する女王は素晴らしく美しい未知の島への感動に顔を紅潮させる。

 

 しかし、続いて見えた弱く小さく数だけは多い虫共がその島に(ひし)めき、綺麗な砂浜を掘り返しては灰色の石に変わる泥を撒き散らす様子や汚らしい排煙を噴き上げる下位個体(軍艦)がぞろぞろと並ぶ港湾の姿に感動で輝いていた瞳が瞬間で沸騰したかの様に紅く燃え上り。

 偶然の手柄で女王に謁見する栄誉を得たと喜んでいた駆逐イ級は間近で燃え上がった泊地の姫の思惟(憤怒)に震えあがり呆気なく緑の灯火を消して(白目を向いて)気絶し浅瀬に横転し、そんなイ級の事などもう眼中にない泊地(主人)に戦々恐々としながらも傍に控えていた戦艦棲姫は駆逐艦の僚艦を呼び付けて気絶した従僕を回収させ、自らは激しい主人の思惟を聞きつけて慌てて駆けつけた空母棲姫と共に女王の怒りを鎮める為その身体を差し出した。

 

 そして、泊地棲姫(水鬼)の身に艤装された全ての装備が万全となった日。

 

 自分の所有物となるにふさわしい、否、自分の物にならなければならない美しく鮮やかな島々が数だけが取り柄の虫に侵食されていると言う事実に心中では苛立ちながらも表向きは艶然と微笑む泊地の姫は両手を大きく広げて全艦隊へと思惟(号令)をかける。

 

 ワタシはアレが欲しい、あの島はワタシの物になるべきだ、と。

 

 完成した支配者に向かい傅く二隻の姫級を含めた全ての深海棲艦が姫の御意のままにと思惟(了解)を返した。

 




 


其の罪(彼女)の名は強欲(グリード)


 

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