艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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時間が足りない。
 


第百十三話

 2016年12月、日本ではクリスマスシーズンを各種メディアが喧伝していると言う事が夢か幻かと感じる程の陽気に包まれた南国の港。

 

 艦娘運用の為に改装を受けた【はつゆき】を先頭にミサイル護衛艦【ちょうかい】、ヘリコプター搭載護衛艦【ひゅうが】と言う順番で自衛隊所属艦である三隻が数百人の海上自衛官を乗せハワイへと到着してから数日。

 

 真珠湾入港初日から昨日までは【ひゅうが】の格納庫から忙しなく重機などで運び出されていた数々の大荷物、日本が用意したアメリカと行う何某かの交渉の際に取引材料に使うらしい鎮守府で開発された霊的科学技術の成果物の搬出が終わり日本籍護衛艦が停泊する港の一角は穏やかな陽気に包まれており。

 大仕事が一段落したからか三隻の護衛艦の隊員達へと半舷上陸(休暇)の許可が出される事となり、一足先に港へと降りていく自衛官達を艦内待機組が自分達も明日には彼らと交代で南の島を楽しめるだろうと期待しながら見送り、そんな和気あいあいとした護衛艦(はつゆき)の甲板でそもそもハワイへの上陸の許可どころかその申請すら許されていない田中は肩を竦めて溜め息を漏らした。

 

 そんなふうに鋼色の船縁で苦笑を浮かべる田中の隣にいた三隈が不意に「せっかく水着を用意してきたのに残念ですわ」と少し拗ねた様な事を言って米国の防衛政策の一環である拡張工事が今も行われている常夏の港を見下ろしながら彼の肩に寄りかかる。

 

 雪も降り始める初冬の日本から南国までやって来る事になった彼と彼の指揮下にいる十四人の艦娘に課せられた任務とはハワイで多国籍の海軍が合同で行う友好同盟を掲げる軍事の式典に参加する事。

 その国際イベントのメインとも言うべき海上演習で艦娘達と共に世間の目を引く自衛隊の宣伝看板となりつつ日本の何処かにあると言う保管施設から米国へと返還された霊核(軍艦の魂)から再生(建造)に成功したアメリカの艦娘と簡単な模擬戦が終われば帰国するだけ。

 あえて付け加えるならばその裏で日本とアメリカ、両政府による取引が行われると言う話が現場の責任者の一人として田中の耳に入ってはいたが彼に任されていた任務がその交渉を目立たない様にカバーするアイドル的な立ち回りであっても直接的な関りが許可されていない為に詳細もまた知らされていない。

 

 精々がアメリカに船舶用のマナ粒子を利用した障壁発生装置とその技術が提供されると小耳に挟んだぐらいのモノである。

 

 要は任務そのもの重要性はともかく彼にとっては自分達を見世物にされる事を除けば観光旅行に毛が生えた程度であり、どうせ何をやっても文句を言うだろう国内外の平和を愛する反戦主義者の皆様の抗議さえ我慢(無視)できるなら彼にとって悪友にして親友(腐れ縁の相棒)である中村義男が命じられた任務。

 色丹島から避難してきたロシア難民への対応にかこつけた真冬の北海道(北方領土)に現れた正体不明の深海棲艦への対処と言う激しい戦闘が確実にあると予測できる任務よりは平和的だと考えていた。

 

 それこそ上層部から通達された命令の中にあった要約するならば「接戦を演じつつ演習相手であるアメリカ艦娘に花を持たせてやれ」と言う内容の指示で美しくも苛烈な戦乙女である仲間達(艦娘達)が不機嫌になるだろうと言う予想ぐらいが彼にとって悩ましい問題だったと言える。

 

 しかし、船に揺られ事前に渡された命令書と小さな気苦労を抱え溜め息を吐いていた田中がいざハワイに到着してから聞かされたのはアメリカ側で何かしらの手違いがあった為に演習相手である艦娘部隊が到着していないと言う連絡であり、さらに自分と艦娘達の紹介を兼ねた式典の開会式に参加する以外は彼らの海上拠点である護衛艦(はつゆき)から一歩たりともハワイの地を踏むな等と敵意すら感じる一方的な通達までくる。

 

 そして、思考を現在に戻した田中は南国での休暇に沸き立ち肩章を揺らし港へ降りていく制服達を甲板上で見送っていた居残り組の隊員達が胡乱気な視線を向けてくる様子に、ままならないな、と独り言ち。

 少しばかりのやっかみを感じる船乗り達の視線に居心地が悪いが、かと言って妙に近い距離で自分に寄り添う三隈を邪険にして跳ねのける気も無く田中は潮風の中で無為に頬を掻き。

 気付けば横から自分の腕に抱き着くように腕を絡めて機嫌が良くなった重巡艦娘の様子に苦笑を浮かべ、艦内へ戻ろうと上目遣いで見上げてくる小豆色のセーラー少女へと声をかける。

 

 そのカップルじみた二人の様子に険しさを増した周囲から向けられる視線に対して気にしていない態度を装いつつ田中は「いつまでも甲板でボケッとしているわけにもいかないな」と呟き、ハワイ到着前日に行った簡易ブリーフィングで今後の予定を伝えた際に含まれていた上層部からの要請であるアメリカ艦娘相手にわざと負けろ(八百長をやれ)と言う内容に憤慨した部下達をなだめるお仕事へと戻る事にした。

 

 彼の艦隊でその国際試合に関する命令に抵抗を示さなかったのは時雨、雪風、そして、田中にとっては予想外の一人と言う三人の艦娘だけであり、今、彼の腕に抱き着いている三隈もブリーフィングの直後はあからさまに柳眉を逆立て機嫌を損ねていたし。

 その陽気で柔軟な性格から緩衝役として頼りになる彼の秘書艦、龍驤ですら誠心誠意を込めた言葉にするには憚られる少しばかり情熱的な方法で説得をしなければこの件に関してはへそを曲げて田中の味方になってくれなかっただろう。

 

 そんな名誉を重んじ恥を嫌う軍人気質と言う多くの艦娘に共通する考え方も手伝い田中の艦隊は頭の上から降ってきた迷惑な命令のせいで分裂寸前となったのだが、ここ数日の根気強い田中の説得の甲斐もあってか艦隊は再度まとまりを取り戻し。

 誑し男の悪名をさらに高めると言うリスクを負いながらもなんとか三隈との和解に成功した田中にとって説得が必要な残る部下は今も艦内待機所のテーブルの上に胡坐をかいて腕を組み額に青筋を浮かべている磯風と彼女ほどではないが納得も了承もできないとハッキリ主張する矢矧だけとなっている。

 

 厄介さだけなら深海棲艦並みな問題(戦い)に挑む為、はつゆき艦内へと戻ろうとした田中はその入口の手前に立っていた艦娘、かつては一航戦と呼ばれ米軍にも恐れられた正規空母を原型に持つ加賀が眉間に物凄いシワを寄せた殺意すら感じる視線を自分達に向けている姿に気付き、その威圧感に青年士官は自分と腕を組んでいる三隈を巻き込んでつんのめりこけかけた。

 その弓道着姿の空母艦娘、加賀は田中艦隊への着任直後から氷の様な視線で背後から田中を睨み続けたまに口を開けば端的かつ威圧的な言葉を突き刺してくる艦娘の扱いに彼は困っていたのだが、さらにハワイへ向かう航路の途中で彼女が真正面から威嚇する様な目力を放ちながら臭いモノを避ける様に口元を押さえる仕草をする様になり、なのに話す際の距離は近づき口数は倍以上に増えると言う二転三転するちぐはぐさで田中はさらに困惑させられる事となった。

 

 現に今も田中へやたら不機嫌そうな冷たい視線を向けていた加賀は開口一番に「戻って来たのね」とまるで戻って来ない方が良かった様にも聞こえる感情を感じない平坦な口調で彼を迎え、直後に口元に手を当てもごもごと何事かを呟いてから「提督の護衛の為、同行してもよろしいですか?」と直前のものよりも少し柔らかく感じる言葉を付け加え。

 まるで相手に見せつける様に自分の腕にくっついている三隈にお願いして腕から離れてもらいながら田中が戸惑いつつ加賀へと頷きを返して艦内に入れば、空母艦娘の眉間からシワが消えて元の無表情に戻り彼の少し後ろ(三歩後ろ)に粛々とした態度で付き従う様に付いてくる。

 

 そんな彼女に対して田中はまず間違いなく今回の任務に関して艦隊の演習での立ち回りを通達した際に自分に対して真っ先に反抗を示し最も説得に苦労するだろうと予想していたのだが、しかし、彼の予想とは裏腹に加賀は同艦隊の誰よりも早く彼の命令に従う事を了承すると言うサプライズをやってのけ、そのおかげで彼女と交流する場合の距離感と言うモノが完全に読めなくなった指揮官はただひたすら頭を悩ませていた。

 

 ただ、ぼそりと刺す様なセリフを言った直後に口元に手を当ててもごもご何かを呟く奇妙な行動をするようになった空母の姿には困惑する事しか出来ないが、何故か彼女がそれをする様になってから田中は加賀との会話がそうなる前よりもスムーズになった様な気がしている。

 少なくとも少し前の会話に不自由するレベルで不愛想かつ単語並みに短い呟きだけだった時よりも加賀が少し長い補足する様なセリフを付け加える様になった事で田中が感じていたストレスが大きく軽減されたのは間違いない。

 

 とは言う様な大小差はあれど悩みと問題は尽きないが深海棲艦との苛烈な連続戦闘を強いられるよりはマシと言えなくも無い彼を取り巻く現状は何処からかハワイの港周辺に湧いてきて多種多様な言語で書かれた「戦争責任」だの「艦娘は謝罪しろ」などのプラカードを手に七十年以上も前に終わった戦争を蒸し返そうとする内容をフェンスに仕切られた港に向けて声高に叫ぶ市民団体を無視すればそれなりに平和と言えなくも無かった。

 

 そして、何とか話し合いが出来る状態まで磯風を大人しくさせるからその間に三隈を説得して、と時雨達に背中を押されて甲板へと送り出されてから小一時間、三隈と加賀を連れて戻った待機所の一番広いテーブルの前に田中は座らされる。

 

 もし興奮した磯風が暴れ出した時に備えて周りに控えている時雨達から生温かい視線を受けつつ椅子に座らされた田中は食卓としても使う机の上で胡坐をかき腕を振るい黄色いスカーフタイを胸元で揺らす磯風が国の威信を背負う軍人の何たるかを演説する独壇場の正面で神妙な顔を装いつつ相槌を打つ。

 ただでさえ短い白の一本線が走る濃灰色の布地は姿勢(あぐら)のせいでギリギリ内股を隠しているだけだと言うのにどこぞの指揮者が如く大仰に振るわれる腕の動きと机と椅子の段差によって少し視線を下げれば簡単に中身が見えてしまうスカートへ田中は目を向けない様に努めて声高に室内に響く持論の演説による興奮の為か顔を赤らめている磯風の姿を見上げる。

 

 日本の防人である自分達が世界に向けて米国の艦娘に劣る姿を見せるのは筆舌に尽くし難い恥であるだけでなく同時に将来の日本の国益を損なう愚行に他ならない、と磯風が力強い結論と共に目の前の田中へと詰め寄る様に上半身を乗り出してテーブルに白い手袋に包まれた拳を叩きつけ。

 

 その彼女が座っている天板をへこませる程の衝撃で跳ねたプリーツスカートの下に黒い布地が見えた直後。

 

 突風で煽られた様な揺れと共に待機所を照らしていた電灯から突然に光が消え、いきなりの暗闇に唖然とする田中達の耳を襲う様に甲高い警報が鳴り響き非常用に切り替わった電源がはつゆきの艦内に赤い非常灯を灯し。

 

 温い平穏に浸れていた時間は終わりを告げる。

 

・・・

 

 艦内に居た者には見る事は出来なかった海から押し寄せる虹色の光の津波と言うべき超常現象によって多少のマナ粒子濃度ならば問題なく運用できる様に改造を施されていた自衛隊所属の護衛艦は容易く防御性能を上回られ、その戦闘能力と機能の大部分を喪失する事となり。

 港に停泊する艦艇だけでなくハワイ全土を襲ったマナ粒子の波によって電子機器が機能不全を起こしそれによる通信障害などの二次被害が連鎖してから二時間以上が経過した。

 

「こんなの冗談だろっ・・・なんでこんな」

 

 機能不全を起こしたとは言え非常用電源など無事だった機能もあるがそれは最低限なものでしかなく、加えてそれを復旧する事が出来るはずの艦内で待機していた乗員の大半まで重度のマナ酔いを起こして身動きすらも不自由する事となり事態は悪い意味で膠着している。

 

「提督! リフト下ろすわよ!」

 

 それでも自衛官達の中で手も足も出ないと諦めた者はおらず、休暇を得て陸で骨休めをしていた隊員達まで今にも倒れそうな状態でありながらも鈍い身体を引きずるようにしてそれぞれの乗艦へと戻って来ており。

 

「・・・あぁっ、頼む!」

 

 そして、虹色の霊力が放たれたのはハワイから見て東北東、マレー断裂帯と呼ばれる水深7000m級の大海溝が存在する方向ではないかと航海科の士官達が青い顔で吐き気を堪えながら護衛艦(はつゆき)がシステムダウンする直前までに得ていたデータから割り出し、手足をふらつかせながらも機関員やオペレーター達が艦内機能を復旧させる為に奮闘している。

 その甲斐あってか今もなおチリチリと小さな音を立てて空気の中にちらつく高濃度マナの影響をその出自の特殊性によって耐える事が出来た艦娘の手助けもあり、半死半生でも自分達の任務を果たそうと奮闘した海自隊員達は過剰なマナ濃度を吸収除去する装置を再起動させた事で艦内の粒子濃度を下げ、マナによる機能不全を取り除きはつゆきの主電源の復旧を成功させた。

 

「でも、くそっ、なんでこんな事になるんだ!」

 

 そんな多くの人員の努力によって海面に向かって降り始めたプラットホームの上で田中は誰にでもなく悪態を吐く。

 

「司令官っ、そんなんでやれるんか!?」

「やるしかないじゃないか!? いやっ、すまない! 龍驤達はまだ倒れている他の隊員の手当てを頼む! 出来るならはつゆきだけじゃなく他の護衛艦の復旧にも手を貸してやってくれ!」

 

 その場で駄々っ子の様に泣き喚く事が出来ればどれだけ良いか、と内心で吐き捨てて警告灯の光を回転させながら海面へ降り始めた大型エレベーターから護衛艦の後部デッキにいる出撃可能人数の関係からはつゆきに残る事になった龍驤達へと指示を飛ばす。

 

「ええよ、心配せんでもこっちはウチらに任せとき!」

 

 威勢の良い返事と一緒に振られた赤い袖に田中が頷いている間に彼が立つ昇降機の床が海面の少し上で止まり落下防止の安全柵が艦娘部隊の出撃を知らせるサイレンと共に開いて碧い海への道を開いた。

 

「まだ敵の規模は不明だが差し当って北東から急接近してきていたと言う深海棲艦を発見する為に索敵を行う、出撃旗艦は赤城、その後は状況に応じて対応だ!」

 

 霊力の波がハワイに到達する少し前にはつゆきのレーダーが捉えた情報を口に出し改めて行動方針を確認し終えた田中が手を差し出し、彼へと頷きを返した赤城が弓掛を付けた右手を重ねる。

 

「了解しました、提督・・・一航戦赤城、出ます!」

 

 出撃を命じた指揮官と了承した空母艦娘の身体からきらめく霊力の光が溢れ出し始め、その赤城の肩へと彼女の横に立っていた加賀がそっと手を添え、続いて出撃メンバーに選ばれた矢矧、時雨、叢雲、伊168がプラットホームの上で広がった光の中に消える。

 

 波が触れる縦横数mの昇降機で一際強く光が弾け、直後に護衛艦の船尾に金の枝葉を広げる巨大な輪がその内側に赤城の名を輝かせ、青白い光で波打つ輪の内側で組み上げられた艤装を身に着け赤い袴と黒い胸当てに引き締められた弓道着の袖をはためかせる正規空母が船底を模した厚底の履物で波を踏む。

 

《加賀さんと私の一航戦の誇りお見せいたします!》

 

 矢筒を背負った背中で長い黒髪をたなびかせ長弓を手に海へと踏み出した空母艦娘が未だ見た事も無いような強敵が来ると強い予感を感じながら水平線を見据えた。

 

・・・

 

「最悪だっ」

 

 俺達の拠点である護衛艦はつゆきの艦長だけでなく他二隻の護衛艦も将官下士官問わず大半の乗員が前後不覚の任務遂行不能状態となり、辛うじて高濃度マナに耐えられた者ですら倒れた者を救護するだけで手がふさがり折角繋がった通信もサポートを期待できない。

 オマケにマナ濃度の急上昇によるハワイ内陸で今も発生している交通事故などの二次被害は既に災害と言って良い被害状況となっていると言う話には鉛を飲まされた様な気分にさせられた。

 

「時雨、左舷から来るわよ! 備えなさい!」

《任せて!》

 

 遠吠えを繰り返しながら迫ってくる駆逐ハ級の巨体を掠める様に交わした時雨が巨大なしゃれこうべの右側へと主砲を突き付け爆音と共に風穴を穿ち撃沈させる。

 背を押す推進機関の出力を落とす事無く水面を横滑りする駆逐艦娘の指揮席で身体に襲い掛かる荷重を堪え踏ん張りながらコンソールパネルを操作して時雨の戦闘を補助する。

 

「よりにもよって、なんでこんな事になるんだ! っ!? 取り舵! 砲撃4来る!!」

《了解!》

「そんな反応どこにっ! この砲声、戦艦級まで居るの!?」

 

 視界の右側に顔を出した三等身の小人が四本指を立てて振ったと同時に一瞬だけ脳裏を掠めた戦艦ル級のシルエットに俺は反射的に回避命令を叫び、すぐさま躊躇いなく俺の指示通りに波を蹴って転舵した時雨と対照的に明らかに早すぎるタイミングで出された俺の指示に戸惑いの声を上げた叢雲は直後に水平線の向こうから飛んで来た爆音と砲弾に目を見開いて髪を逆立てる。

 

「航空機隊は!?」

「赤城隊攻撃成功、撃沈駆逐2、軽巡一隻の中破を確認」

「加賀隊、空母ヌ級の無力化に成功しました」

 

 その報告に頷き、赤城と加賀が発進させ敵艦隊への攻撃に成功した両空母の航空部隊を回収する為に敵の射程から外れた地点への移動を命じ、俺達が針路を変更した事で見当違いの場所に着弾した戦艦の砲弾による水柱を横目に俺は胸の中を軋ませる精神的な圧力の原因へと改めて目を向けた。

 

「本当に冗談であってくれよ・・・こんなの」

 

 ハワイまでの航路上ではマナ粒子を溜め込むタンクを増設された護衛艦(はつゆき)による粒子散布によって人為的に作られた霊的力場を隠れ蓑にして戦闘は全て記録されず公式には深海棲艦自体と遭遇しなかった事になっている。

 だが、今回の出撃は真珠湾内からの発進であり霊的災害による混乱の中であっても多くの目撃者が和弓を構え沖へと駆け出した赤城の姿を確認しているだろうし、海の底から現れ何を思ったのかハワイに向かって一直線に接近してきた十数隻の深海棲艦との間で発生した緊急事態と言う言い訳など毛ほどの弁明にもならない明らかな艦娘運用を規定する法律からの逸脱行為はもみ消しなど最早不可能だった。

 

「提督、信じたくないのは分かるけれど・・・事実よ」

 

 だが、そんな自分の進退どころかクビがかかった重大違反を犯している俺はその程度の事など気にならないぐらいの動揺に呻きを漏らした。

 苦虫を噛んだような顔でこちらを振り返る矢矧の声に頭を抱え、手元のコンソールパネル上のレーダーに表示された巨大な赤い影を見下ろす。

 

「何がどう間違ったら、深海からハワイに向かって限定海域そのものが延びてくるんだ」

 

 二人の空母が空に放った観測機がリアルタイムで報告してくるまるで引き延ばされた餅の様に、赤い舌の様に、はるか遠く水平線の下から海底を這う様にその巨大な圧縮空間を引き延ばして影響広げる怪物の巣の全容に呻く。

 まだ俺達が居るハワイ沖まではその魔の手は届いていないがその侵攻速度から逆算すれば二日も経たずに真っ直ぐ伸ばされた限定海域は南の島に到達する事を予測する事は簡単だった。

 

「航空隊が戻って来たわ、司令官」

「あぁ・・・まずは赤城から機体の回収を」

 

 気遣う様な声色から俺を心配してくれていると分かるイムヤの報告に自分でも呆れるぐらい気力を萎えさせた腕を無理矢理に持ち上げてコンソールに浮かぶ時雨の姿へと触れて旗艦変更の為の操作を行う。

 

 昨日まで北海道で色丹島に現れたと言う正体不明の深海棲艦への対策を行わなければならない義男達よりはマシな任務だと考えていた自分の能天気さが馬鹿馬鹿しく感じる。

 

 艦橋から確認できる範囲内に居る深海棲艦であるならば弾薬や耐久の消耗度だけでなく砲撃のタイミングや射程範囲まで教えてくれると言うのに水兵帽を被った妖精にその巨大な異空間の情報を求めても返って来たのは三体の巨大な深海棲艦の影だけが送られてくるだけ。

 敵の詳細情報は直に相手を確認した時にしか教えないと言う本当に人間の味方なのかを疑ってしまいそうになる刀堂博士の不親切さに向かって自分の額に手を当てた俺はふざけるのも大概にしてくれ、と声にならない悪態を吐く。

 

「提督、大丈夫かい?」

「大丈夫と胸を張れたら恰好が良いんだけど、今は無理そうだ・・・だが、せめて海上に現れた敵艦だけでも撃退しないと」

 

 旗艦変更の輝きの中から艦橋へと戻って来た時雨が俺の肩にそっと触れ励ます言葉に気力を振り絞って顔を上げ返事を返した俺は右肩に装備された航空甲板から光の線を翼の様に広げてガイドビーコンで自分の艦載機を導く空母の着艦作業に取り掛かった。

 

「うん、そうだね、今は目の前にある事を一つ一つやりきろう」

 

 提督には僕らがついているから、そう言ってくれる時雨の言葉とメインモニターから振り返り頷いてくれる矢矧、叢雲、イムヤの表情で背中に圧し掛かる重圧が少しだけ軽くなったような気がした。

 




 
ちなみに今、真後ろへ振り返ったら滅茶苦茶鋭い視線で田中を睨んでいる(に見惚れている)加賀がいます。

追伸・・・

非常に個人的な事情から空母棲姫に対する殺意が八割ぐらい増しました。
 
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