艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

114 / 153
 
今年、最後の……【艦これ、始まるよ。】…

こう…しん……で…す…
これが…せい…いっぱい…です
読者…さん 受け取って…ください…

伝わって……… ください…
 


第百十四話

 私はここまで自由に空を舞う事が出来る空母だったのか、と今までに経験がないほど滑らかかつ高速で艦載機を放ちきった弓を手に高度1000mで残身する空母艦娘は自らが発揮した能力に対する驚きとその驚きよりもさらに大きな興奮に心を震わせた。

 

 だが、その強い興奮が彼女の油断に繋がる事は無く下方から響いた砲声と視界に走った警告に目が据わり、滞空する弓道着の左肩に装備された甲板型艤装が銀の光を纏ったワイヤーを打ち出し、獲物を目掛けて飛び掛かる蛇の様にうねった銀線が風の中を突き進み白灰色の翼を捕らえ二一型零式戦闘機と艦娘が一直線に繋がり。

 直後にプロペラだけ残した光る球体と化した戦闘機に向かってウィンチの急回転し軋み音を散らすワイヤーが巻き取られ、空中で輝く固定座標に向けて淡い光を纏った加賀の身体が向かい風を貫くように猛スピードで加速し、彼女の眼下にある海面から撃ち上げられた対空砲火の弾幕がはためく袖に掠りすらせず通り過ぎて無為に空高く火の花を咲かせる。

 

『艦攻隊がヌ級への雷撃に成功、全ての敵空母撃沈を確認、これで制空権は私達のモノです、加賀さん』

 

 風鳴りの音を打ち消す程のヒステリックに連発する発砲音が鳴り響く戦場だと言うのにスッと耳に染み入る様な落ち着き払った同じ空母である無二の親友の声に「ええ、当然ね」と短い返事(了解)を加賀が返したと同時に空を舞う様に滑空するその身体がプロペラを高速回転させ浮揚力を発生させていた光球にぶつかり。

 空母艦娘の身体が風船が割れる様な乾いた音を貫き元は艦載機だった輝きが彼女の足場としての役目を果たし光粒(霊力)へと分解され、中継機からもらった反動で一陣の風となって空を駆ける艦娘の肩の航空甲板を模したそれへと零式艦戦が吸い込まれる様に回収された。

 

『もうすぐ敵主力艦隊上空に到達する、相手はル級を中心とした水上打撃部隊よ! 妙に船足は遅いけど油断はっ』

『優先攻撃目標、敵旗艦と思われる戦艦ル級!』

『なっ、提督!? 相手は輪形陣を整えてる! 自分から対空砲火に飛び込むつもりなの!?』

 

 駆逐艦級だけでなく重巡らしい深海棲艦に警護される歪な人の形をした戦艦を海上に見付けた加賀の視界に艦橋の仲間達が観測し分析した敵の情報が並び、冷徹な空母はその優秀な判断力によって自分に必要な情報とそうでないモノにふるい分ける。

 そして、彼女の内側に存在する戦闘指揮所で指揮官が下した攻撃命令に軽巡艦娘が上官に向かって考え直すように慌てた声で進言したが、それに対して彼女達の指揮官である田中良介特務二佐が何かを言うよりも早く身体に押し寄せる風を正面から受け止めるように加賀の両手両脚を大きく開いた。

 

『無理は承知しているが頼む! 加賀! って、うぉあっ!?』

《そうね、悪くない判断だわ》

 

 愛しい人の張り詰めた男らしい声が自分の名を呼ぶ、ただそれだけでどんな強大な敵であろうと打ち砕けると確信した加賀の口元が吊り上がり、猛禽を思わせる笑みを浮かべた艦娘の脳内で眼下の戦艦に対する認識が油断できない強敵からただの(獲物)へと切り替わる。

 その身が纏う弓道着が激しく布地をはためかせ、増加した空気抵抗によって高速で滑空していた加賀の身体が見えない網にぶつかった様に急減速し、一拍の間も置かずに今度は短い青袴の先に延びるニーソックスと船底を模した様な形の高下駄からその身体を守る障壁の光が消える。

 

『ちょっ、か、加賀さぅうっ!? 本気!?』

 

 発動するだけで身体に掛かる重力を軽減してリソースを最大に割り振れば体重を限りなく0に近づける事が出来ると言う空母系艦娘に共通する特殊な障壁の出力が加賀の意志によって操作され、上半身は羽毛よりも軽く、なのに膝から下は数トンに達すると言う不自然過ぎる重量の偏りと姿勢の変化で勢い良く慣性に押されて空中を滑空していた空母が身体をねじる様に雲の下で逆立ちした。

 

『こ、これは、・・・かなりきつい、ね』

 

 大きく腕を広げ帆の様に風を受ける袖を回転軸に両脚が空へと突き上げられ、短時間とは言え床と天井が逆転してしまった艦橋で自分の戦闘補助を行っている仲間の悲鳴や苦悶の声をあえて聞こえないふりをして加賀は指揮官の命令を遂行する為に最短かつ最高の成果を得る道筋を脳裏に描く。

 

『駆逐合わせて8、軽巡2重巡2、空母無し、潜水している戦力は今の所確認できません』

 

 対空弾幕を回避する為の急加速、さらには敵艦隊の上空で急減速と曲芸の様な回転によって発生した慣性運動の反動に襲われ、さらにはまだ空に向かって振り抜いた足による反動で上方向への慣性が残っているとは言え上下が反転した加賀の艦橋の内部は戦闘補助を行うには最悪な状況だと原因である加賀本人すら理解している。

 

『それでは、戦艦ル級との相対距離を視界に投影します』

 

 しかし、そんな劣悪な作業環境の中ですら平然と自分を補助する同じ師の下で切磋琢磨した戦友は平常と変わらず頼もしい声で作業をこなし、赤城への感謝を短く告げて空と海の間で足と頭の上下が反転した黒髪のサイドテールが夕日で橙色に染まった海面を指す。

 

『ぐ、ぅぉっ・・・奴がなんらかの方法で限定海域を、ハワイに向かって誘導している可能性が高い!』

 

 上空の四方八方から叩きつける様に激しく吹きすさぶ気流の中で変則的な空中戦闘機動(マニューバ)を難なくこなすだけに止まらず、その間まったく瞬きせずに海面に輪形陣を組む敵艦隊を見下ろしていた加賀の耳に彼女の内側に居る青年の切羽詰まった叫びが響く。

 

『な、なんらかの方法って・・・ぅぅっ、それよりいつまで宙吊り、ベルトが水着に食い込んで、いたた

『根拠はっ!? 貴方はなんで戦闘だと言葉足らずになるの!?』

 

 彼がただ話しかけてくれるだけでわけも無く胸に溢れる喜び、そして、その憂いを自分が拭ってあげなければならないと言う使命感。

 

『でも提督の勘は当たるよ、むしろ中村二佐よりはマシだって考えるべきじゃないかな』

『時雨、私の司令官をあんな脊髄反射で生きてる様なのと一緒にすんじゃないわよ!』

 

 泉と言うよりは噴水と言うべき勢いで溢れる激情によって胸を高鳴らせながら、氷の様に冷たい微笑みを浮かべた空母艦娘は海上から自分を忌々しそうな顔で見上げ両腕の主兵装である40cm(16inch)三連装砲を振り上げようとしている深海棲艦に狙いを澄ませる。

 

『すまないっ、加賀! だが・・・』

 

 客観的に見れば彼我の戦力差からその目標設定が少々無茶だと頭では分かっているが自分の名を信頼と共に呼んでくれた指揮官に応える為、加賀の身体を覆っていた淡い防御障壁の光が消え。

 どうしようもなく気分が高揚していく感覚を膨れ上がらせる加賀の身体が戦闘形態において18mの身長に見合った重さへと戻り、戻って来た重力に引かれ空母艦娘が海に向かって頭から落下を開始する。

 

《鎧袖一触よ》

 

 そんな舞う様に空中遊泳する空母艦娘の姿、深海棲艦の空母には存在しない奇妙な能力で船体ごと空を飛び対空砲火を避けていた鬱陶しい出来損ないが急に失速して自分からこちらに目がけて無防備に落ちてくる光景に戦艦ル級は黄色い灯を揺らす瞳を細め。

 内に見える力の質は悪くないが恐らく貧相な身体に見合った燃料が切れたのだだろう、それはつまり的が狙いやすくなったと言う事である、と猛獣の様な笑みを浮かべて随伴艦達に自分の砲撃に合わせて上空の目障りな羽虫に照準し集中攻撃せよと言う命令を込めた思惟を発し。

 

 そして、一斉砲撃の先駆けとして咆哮を上げようとしていた戦艦から砲弾が放たれる直前、十数の随伴艦に囲まれた輪形陣に向かって腹下に高波がかかる程の低空から飛び込んできた数機の艦上爆撃機達が次々に機首を上げて急上昇しながら一斉に抱えていた爆弾を投げる。

 

 上空に気を取られ過ぎていた為にル級達が気付けなかった爆撃機編隊の奇襲によってモノクロの装甲に命中した円筒型の爆発物が激しい炎を弾けさせ。

 直後、情けない事にたった一発の爆弾で一隻の軽巡が船体を爆散させ絶命し、駆逐艦の半数からは大破したと混乱が混じる思惟(泣き言)が聞こえた。

 

 そんな随伴艦(下僕達)の情けない思惟(報告)に苛立った艦隊旗艦(フラッグシップ)は全ての爆発を自らの障壁のみで耐えきり、肌と艤装には傷一つ無い自分の逞しさの数分の一程度だけでも下位個体共は見習うべきであると身勝手な思惟(苛立ち)を吐き捨てて爆炎と水飛沫で頼りなくなった目視ではなくマナ粒子を捉える生体レーダーに索敵方法を切り替える。

 あの空飛ぶ奇妙なチビの(駆逐艦より小さい)空母は海へと落下する際には同族の船体をキール(背骨)ごとへし折る強烈な蹴りを頭上から落としてくる、と偉大なる泊地の姫が求める島に向かって先行させた斥候艦隊が全滅する寸前に伝えてきた思惟(困惑)からある程度の敵の情報を受け取っていた前線指揮艦である戦艦ル級は長い黒髪(アンテナ)を騒めかせ。

 

 その身体の小ささと力の弱さで実力を偽り奇をてらった戦法で騙し討ちをする卑怯な愚か者への罰は死こそが相応しい、と戦艦ル級は獰猛な笑みと両腕の主砲を立ち込める水飛沫と煙幕の向こうから急速に接近してくる敵の影に向けた。

 

《良い判断です》

 

 相手を弱者と見なし力押しを止めない戦艦に向かって頭から急降下する加賀の目が煙幕から突き出された戦艦砲とその少し上で旋回する一機の九九艦爆を捉え、間髪入れずに風にはためく左袖の上で再び航空甲板が鋭い音を立てて艦娘の霊力を纏い強化された機動ワイヤーが射出される。

 言葉にせずとも必要な場所、絶妙なタイミングに欲しいモノが用意されると言う手応え、ぴったりと自分の戦術と指揮官の戦略が噛み合う甘美な感覚に戦闘中でありながら田中へとさらに惚れ込む加賀の身体が落下速度に加えてワイヤーの巻き取りで目と鼻の先に迫った敵艦に向かって一気に加速した。

 

 一呼吸の間も置かず空中で母艦を待つプロペラ機に空母艦娘の影が差し、装甲の内側でウィンチが火花を散らす航空甲板が光球を弾けさせる事無くプロペラ機を空に置き去りにする。

 

 自らの矮小さから油断を誘い偶然に自分よりも格下の哨戒艦隊を倒した程度の戦果に味を占めて馬鹿の一つ覚えで一直線に接近戦を仕掛けようと言うのだろう、しかし、爆撃の目くらましで多少の工夫をしようとレーダーははっきりと近付いてくるマヌケの艦影を捉えているのだ、と黄色い灯が嗤う。

 羽虫が自分から撃墜されるために首を差し出してきた、と高を括り思惟(嘲笑)する戦艦ル級フラッグシップの艤装が空母艦娘を照準し空へと突き上げる大口径三連装砲が爆音を連発させ。

 

 そして、大口径砲が放った暴力的な爆音が海原に響き渡り。

 

 その手ごたえに自分の砲弾が愚か者を跡形もなく爆散させた、と確信した戦艦ル級の視界を妨げていた先の爆撃で海上に漂っていた煙幕の残滓が唐突に黒鉄(戦艦)の真横を吹き抜けた旋風(空母)によって打ち払われる。

 

《・・・立体機動戦闘術》

 

 ついさっきまで目と鼻の先にいた筈の不良品が発するピーピーと甲高い耳障りな音が突然に背後から聞こえ、振り向こうとした戦艦の身体が何故か凍り付いたかのように固まった。

 それでも何とか首だけを動かしたル級が横目に見た海面が弾けて舞い上がった水飛沫を浴びる小さな敵の後ろ姿、目を見開いた戦艦の頭上で燃料を最大まで充填された中継機が猛烈な音を立ててプロペラを回転させ。

 まるで見えない大蛇に絡み付かれたかの様に動けなくなった戦艦級深海棲艦の背後で空母艦娘の着水によって発生した水飛沫が直後に唸りを上げた加賀の推進機関の四軸スクリューが放った光の渦に吹き飛ばされる。

 

糸繰(いとくり)、三の型》

 

 原因不明の金縛りに戸惑いながらも即座に腕が動かず主砲が使えないのであれば背中の副砲を旋回させて忌々しい欠陥品を撃ち抜く、と打開案を実行しようとした戦艦ル級の艤装(砲塔)がまるで熱されたナイフが触れたバターの様に輪切りにされ、重厚な戦艦装甲を撫で切りにして絡み付くように白い首筋に銀色の線が食い込んだ。

 未知の攻撃にさらされ美貌を嘲笑から驚愕に歪ませる戦艦とは対照的にまるで退屈な作業をさっさと終わらせたいとでも言う様に、なんの感情も宿していない加賀の弓掛に包まれた右手の指が己の航空甲板から延びる銀の糸を握り。

 激しく震える太いギターの弦の様な重低音に合わせ海面が波を躍らせ、前方へと加速をかける空母の肩から延びる光煌めくワイヤーと繋がった数百トンの重量すら持ち上げる浮揚力を発揮する中継機の間で相反する性質を持った深海棲艦と艦娘の力が拮抗を崩し、昏い灯火を守る装甲を煌めく銀の輝きが圧倒する。

 

《螺旋絞り》

 

 加賀と航空機の真ん中で銀に輝く霊力が圧縮され編み上げられた鋼の糸が容赦なく引き絞られ、船体に巻き付いた機動ワイヤーに囚われた全高150mの戦艦が思惟(悲鳴)を上げる暇も無く四分五裂し、上空でプロペラを回転させていた艦載機が花火の様に弾け(耐久限界に達し)、戦艦だった残骸が黒い血を撒き散らしながら裁断され昏い霊力へと解けながら海に沈む。

 

 それは旗艦からの対空迎撃命令から一分も経たぬ短時間、敵の爆撃を耐えた随伴艦達がその船体を減速させ艦首を旋回させたと同時に自分達の旗艦が無惨に切り刻まれ沈んでいく姿に、小さな弱者が大きな強者を殺すと言う彼女達の魂に刻まれている道理(常識)の通らない状況に、深海棲艦達は算を乱し混乱する。

 

 自分達の最上位である三隻の姫の直属である黄色い灯火の個体(フラッグシップ)のあまりに呆気ない轟沈。

 

 その戦艦ル級に可愛がられていた随伴艦達は彼女の仇討ちの為に遠吠えと共に(汽笛を鳴らし)砲塔と魚雷管を鞭のようにうねるワイヤーを巻き取り高波の上に佇む小さな空母へと向け。

 小さく力も弱い下位個体が大きく強い上位者を撃破すると言う理不尽に混乱し旗艦を失い統率を乱した輪形陣の真ん中に大量の砲弾と魚雷が殺到し、怒りで眼窩から火を吹くそれらに向かって流し目を向けた加賀が失笑した。

 

《旗艦を失っただけでこの有り様? 実にみっともないわね》

 

 そして、味方撃ち(フレンドリーファイア)まで発生するほど過剰に海面に叩き込まれた激しい攻撃が止み、爆発で舞い上がった水柱とそれぞれの砲口から上がる砲煙が落ち着き、ついさっきまで加賀が立っていた場所には深海棲艦の砲雷撃の殺到によって作られた渦が波をうねらせるだけ。

 先の戦艦ル級の撃沈と重なった一斉攻撃は霊力の過剰放出を起こし、輪形陣の中心で急上昇したマナ濃度によって自分達の索敵範囲を狭める事となったが深海棲艦達はそれぞれの胸を撫でおろす。

 

 やはり先程の情景は何かの間違いでル級フラッグシップは矮小な敵が行った何かしらの姦計にハメられ実力を発揮できなかっただけ、数に勝る強者(我々)がたった一隻の弱者に屠られるなどあってはならない、と自分達の正しさを改めて確認した深海棲艦の艦隊で最も格が高い重巡が赤い瞳を瞬かせ。

 

 その重巡リ級の足元の海面から滑らかな肌色が音も無く突き出され、波間に立つ100mオーバーの深海棲艦の鉄靴を掴んだ潜水艦娘の両手が霊力波と電磁波を混ぜ合わせ圧縮した能力(凶器)を揮った。

 

・・・

 

 甲高くそれでいて身体の芯に重く響く様な超振動の咆哮。

 

 直後に艦橋の全天周モニターの上部に内部から破裂する様に爆炎に姿を変えた巨大な重巡リ級の姿が映り、田中は自分の部下である伊168が引き起こした光景からあえて目を逸らして小さく溜め息を漏らす。

 

「良い指揮でした」

「褒めて貰えて光栄だよ」

「はい」

 

 これは会話と呼べるのだろうか、と目の前に立つ鉄面皮の美女に向かって田中は少し疲れが見える愛想笑い(苦笑い)を浮かべるが相手からの反応はわずかに小首を傾げるだけ、そんな加賀は敵の攻撃を回避する為に伊168へと旗艦を交代してから何を思ったのか指揮席の正面に陣取り指揮官を見つめ続けている。

 

(やっと喋ったと思ったら・・・だから、俺にどうしろって言うんだ?)

 

 少なくとも加賀が自分に対して敵意を持っていないとはここ数日で何とか分かったものの、無表情で正面に立つだけでなくわざわざ目線まで合わせくる上に最低限の言葉しか喋らない相手の不可解な態度に田中は誤魔化すように頬を掻いて笑うしか出来ない。

 しかし、まさか目の前の加賀がついさっきの彼女自身も驚くほど簡単に戦艦ル級、それもフラッグシップと呼ばれる一際手強い敵艦を田中のアシストで仕留めた事によって「私と提督はやはり相性が良い、いいえ、これはもう以心伝心の夫婦と言っても過言ではないのでは?」と戯けた妄想にのぼせ上がっているなどと誰が予想するだろうか。

 

 そして、指揮官の命令通りの戦果を上げてきた空母艦娘は冷淡な(情熱的な)視線で頬を引き攣らせる(優しく微笑む)田中を見つめ(に見惚れ)彼の言葉を待っていた。

 相手には一切、その胸に秘めた意図が伝わっていないのがあまりにも残念である。

 

「提督、加賀さんは提督に褒めてもらいたいんだよ」

「は? え? ・・・あー、えっとだね、加賀?」

 

 察しの良い駆逐艦娘がモニターに表示されたソナー機能から一端手を離してスッと横から田中にさりげない耳打ちをしてその意外過ぎる内容に狼狽えた指揮官はおっかなびっくりと言った態度で全く視線を逸らさない空母へとコンタクトを取り。

 

「良くやってくれた、流石一航戦だな」

 

 戸惑いながらも意を決して何が逆鱗に触れるかさっぱり分からない相手を不用意に刺激しない為、彼が考え得る限り最も当たり障りないセリフを口にして握手を求めるように手を差し伸べた。

 だが、その称賛の言葉への返事は無く、加賀はただ指揮席から差し伸べられた手を両手で包む様に握り。

 

 とりあえず取って食われる事だけは無いだろうと自分に言い聞かせていた田中の目の前で彼の手が引っ張られて柔らかい感触に触れる。

 

「か、加賀!?」

「ちょ、アンタ達何やってるのよ!」

 

 無言で無表情、しかし、捕まえた獲物を離すものかと強い意志を感じる加賀の手によって田中の手のひらが彼女の頬に触れ、艦娘の柔肌を撫でた指の一本がちゅぷっと生温かいヌメリの中に入り込んだ。

 

「は・・・はぁあ!?

ふぇいほふ(提督)、ん・・・それは私と結っ、かふっ!?」

「それ以上はいけません、血気に逸って先走っては自滅するだけですっ!」

 

 驚愕に叫ぶ田中や矢矧達に全く構わず、何を思ったのか指揮官の指を咥え舐め始めると言う周囲をドン引きさせる行動を取った上に加賀は何か彼へ伝えようとしたのだが、その背後に忍び寄った人影の細腕が空母の首を捉えて組み付く。

 背後から不意打ちで首を絞められた空母が窒息に呻いて自分の後ろからチョークスリーパーをかけてきた相手を横目に確認し、いつの間にかいた赤城の浮かべるアルカイックスマイルへと「何故こんな事を」と表情変化の乏しい加賀には珍しく田中達にも分かるぐらいに動揺に揺れる視線で訴えかける。

 

「提督、どうやら加賀さんは少しお腹が空いている様です、補給の許可をいただけますか?」

「は、はい・・・どうぞ」

 

 明らかに「違う、そうじゃない」と視線で訴えてきている加賀の顔と妙な迫力を持った微笑みを浮かべる赤城を見比べてから田中は一航戦の赤い方へと頷いた。

 

『次の獲物はどいつ? 司令官が望むならもっと・・・』

 

 赤城の手によって携帯食などが入っている段ボールが積まれている指揮席の後ろへとずるずると引っ張られていく加賀の姿に顔を引きつらせていた田中は通信システムのスピーカーから聞こえた伊168の声で我に返り、手元のコンソールに表示される情報へと視線を走らせた。

 

「いや、このままマナ粒子が目くらましになっている内に撤退する、イムヤ、爆雷が落ちてくる前にここから離れてくれ」

『そう? ここで全滅させなくていいの?』

「道中でぶつからなかった敵艦隊がハワイに攻撃を仕掛けていないとも限らない、アメリカにもネジと障壁装置が提供されたと言う話だがあれは調整の厄介さのせいで一朝一夕で使えるものじゃない」

 

 重巡リ級を撃破して潜航深度を深海域の入り口(200m)で安定させた伊168の姿が浮かぶコンソールパネルへ向けて指揮官がそう命令すれば赤髪の潜水艦は直ぐに納得して赤いポニーテールの尾を海流に揺らめかせながらその背に背負った艤装のスクリューを始動させる。

 

「本当に提督の言っていた通りに限定海域の拡張が止まったわね・・・」

「恐らくだが、あの戦艦ル級は日本海に現れた戦艦水鬼と似た役割を持っていたんだろう」

 

 小さく赤城が謝る囁きと妙に不貞腐れている様な気がするビスケット的な何か齧る音を背に潜水艦娘の優れた探査能力によって広げられた海底図に触れた矢矧が呆れ顔で赤く表示された明らかに見た目と釣り合わない巨大な空間の反応に向かって嘆息した。

 姿も分からない巨大な敵の目的が限定海域の拡張によってハワイをその閉鎖空間へと飲み込む事であるとベージュの水兵帽を被った妖精からイメージで教えられ。

 上空から戦艦ル級フラッグシップを捕捉したと同時に新しく猫吊るしから情報開示された限定海域とその戦艦を繋ぐ眼には見えない霊的エネルギーの紐を放置して闇雲な防衛戦に徹すればどうなるかを予測した田中は慎重な性格に似合わない強硬策を取らざるを得なかった。

 

「だが、それですら時間稼ぎにしかならない、んだが・・・」

「別の深海棲艦が限定海域を引っ張るかもしれないって事?」

 

 ハワイの港に向かって暗緑色の海中を進む伊168の指揮席で背をシートに預けて呻くように呟きを漏らした田中が黒ツバの制帽ごと頭を抱え。

 

「流石にどんな深海棲艦でもそれが出来るというわけはないだろうが、敵の戦力がまだ未知数なのが痛い、・・・フラッグシップの戦艦がダース単位で現れても可笑しくないんだ」

 

 そんな気落ちした彼の様子にソナー表示から一旦離れた時雨が指揮席のひじ掛けに横座りし、白い自衛官の制服へと黒いセーラー服を寄せ三つ編みのお下げで青年士官の頬をくすぐる。

 

「でも、僕らなら大丈夫だよ、今までだってもうダメだって思う様な大変な事を乗り越えて来たじゃないか」

 

 しゃらり、と前髪を飾る金細工を揺らし全幅の信頼を宿した微笑みで覗き込んでくる駆逐艦娘の横顔を見上げ、しばし、中性的な顔立ちの少女と見つめ合った田中は苦笑を返して肩を竦めた。

 

「こういう厄介事は義男の担当の筈なんだけどなぁ」

「案外、中村二佐の方も提督と同じ事言ってるかもね?」

 




 
神様は乗り越えられる試練しか与えない。

まぁ、二回死んだ私が言うのも妙な話だがこの世界においてはそんなモノが存在するとは思えないね。
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。