艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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明けましておめでとうございます。

そして、新年なので初投稿です。

※本作にRTA要素はありません(ネタバレ)
 


第百十五話

 

 そう言えば今年は雪が降るのが早いな、と呟くわけでもなく窓の外に見える灰色の空を見上げた寂れた漁港の職員は国が主導する海岸地域からの避難のせいで減る一方だった港の船の行き来が少しだけ多くなった事に少しばかり複雑な心境で手元で湯気を立ち上らせる薄いお茶を口に含む。

 深海棲艦とか言う海に現れたとんでもない化け物のせいでただでさえ減る一方だった漁師は船を陸に上げてしまい、今では灯台の光が見える程度の近場で漁をする者や牡蠣の養殖をやっている顔見知りの船ぐらいしか残っていない。

 

 さらには幕末から明治は未開の地、戦前は日本の最北端として、戦後では東欧の大連邦の一部として、人間の都合で目まぐるしい変遷を繰り返す北海群島の一つで起こった事件。

 

 つい最近、明らかに日本人とは違う人種の人々が避難船の容量ギリギリまで乗せられ夜逃げ同然ながらの必死な形相で北海道各地の港へと現れ、最低限の手荷物だけしか持っていない三千人を超える難民達がやってきた日を皮切りにして国の役人や自衛隊までもがわらわらと質素で平和な昆布森の港へも押しかけ。

 片言の日本語や馴染みのない外国語で怪物が現れたと怯え泣く色丹島の住人達への食事や一時的な寝床の世話をやらされたりしたのは不謹慎ながら一昔前の豊漁期の様な忙しさを思い出し妙な懐かしさを感じ。

 そんな忙しさも小さな港町から見て西にある都市部で仮設住宅への入居や帰国の手続きなどが行われ始めれば港街に一時保護の名の下に詰め込まれていたた人数もあっと言う間に減り、町民や職員達が行う炊き出しの手伝いをしていた金髪碧眼の親子が片手間に教えた日本語で拙くも真摯に「おセワなりましタ」とお礼を言う姿を彼が見送って数週間。

 

 少しだけの変化を残して釧路町と昆布森の港は中年職員の知る静けさを取り戻した。

 

 ただあれを除いて、と小さく口の中で呟いて漁協職員が目を向けるのは港の駐車場に並ぶ暗緑色の大型車。

 

 件の避難民の中で本国での受け入れの目途が立たない者達を保護する居留地があると言う釧路市の陸上自衛隊駐屯地から派遣されてきた数台の大型トラックとその周りに建てられた簡易テントの中で何か一般人には分からない作業をしている迷彩柄の自衛隊員達。

 彼らが持ってきたいくつかの真新しいタグボートも一カ月前までは歯抜けになっていた港の船列の一員として馴染み始めてきた様な気すらする。

 

 秘密の保持を約束する書類など胡散臭いモノを書かされた難民救援に関する活動では国から協力に対する謝礼として漁協や町役場へ渡されたかなり大袈裟な額は十数年ぶりの港設備の新調に役立ち、何をやっているかは分からないものの土地と港の一部を貸すレンタル料は漁師の激減で水揚げ量の減った青色吐息の零細漁協にとってありがたい収入でもあった。

 囲碁や将棋などを使った交流の場となってしまっている町内会で小耳に挟んだ話では北方四島に現われた深海棲艦への対策として派遣されてきていると言う話である。

 だが、テレビや新聞は大々的に深海棲艦と言う怪物の脅威を報道しているかと思えば同じチャンネルや紙面にどこかの大学で教授をやっている有識者などがその怪物の存在そのものを疑う様な評論を乗せるものだから海の仕事に携わるとは言え実際に知り合いがそんな化け物を見たと言う話も無く。

 

 昆布森漁業協同組合の職員達はほぼ全員が深海棲艦の危険性に対して半信半疑のまま過ごしている。

 

 とは言え、会話も不自由する外国人とは言え住む家を失い生まれ故郷から追い出されたと言う家族の姿には同情もするし、もし本当に深海棲艦とか言う怪物が色丹島に現れたと言うなら早いうちに何とかして欲しい。

 そんなふうに結局は他人事扱いで自分ではない誰かがそのうち何とかしてくれるだろうと楽観している中年職員は少し映りの悪いテレビで流れている地方競馬に見入っている同僚と談笑しながら窓の外に広がる寒空の下で妙に慌ただしく動き始めた自衛隊員達の様子を眺め。

 お茶を手にした職員が外の慌ただしくなった様子に気付き首を傾げたと同時に港に所属している船が海に出ていない為に最低限の電源だけを入れていた事務所の最新無線機器が突然に激しいノイズを響かせた。

 

 その耳に痛い雑音に驚いた中年職員が一着馬が決まる直前に砂嵐となったテレビから振り向いた同僚と顔を見合わせ目を瞬かせ、そして、外からコンクリートの建物の中にまで届く何か物凄く重い物が地面を叩いた様な地響きに座っていた椅子から跳ね上がる。

 明らかに港で異常が起こった事に気付き嵐の様に激しい風を叩きつけられバリバリと鳴動するガラスの尋常では無い様子に戦々恐々した二人は漁師達から預かっている船に何かあっては一大事とそれぞれの防寒着を引っ掴んで事務所の白くガラスが曇った引き戸を勢い良く開け。

 

 真っ先に目に飛び込んできたのは彼らが飛び出してきた事務所よりも高い位置にある銀色の髪が赤い血を滴らせ雫が地面に落ちるまでに幻想的な光に解ける光景、自衛隊所属のボートに貸し出している港の一画であるコンクリート製の岸壁にまるで火花の様に空気に溶ける大量の光粒が降り注ぐ。

 

 艦娘だ、とどちらが呟いたかは分からないが同僚と並んで呆然と引き戸の前で立ち尽くす男の視界には銀髪の前髪で片目が隠れたセーラー服の美少女が体のあちこちから血と光粒を滴らせ前のめりに倒れかけた身体を片腕を支えにして古びた港の地面に向かって荒い呼吸を繰り返しており。

 よく見ればその巨体の隣には銀髪美少女と似たセーラー服を身に着けたもう一人、薄暗い空の下でも鮮やかな青を映えさせる髪を地面に広げた艦娘が酷くひしゃげ黒い煙を上げる背負い物と共に横倒しになりコンクリートの岸壁に傷だらけの身体を横たえて苦し気に呻いていた。

 

 そんな非現実的な光景を前に雪が降る程の寒さすら気にならない驚愕に呆然としていた港の管理人達へと慌ただしく駆け寄って来た迷彩服達が一方的に事務所に戻る様に言い、二人が室内へ押し込まれたすぐ後に巨大な艦娘が居た方向で謎の発光が発生し、次に何か切羽詰まった様子で叫ぶ男の声が聞こえ。

 

 そして、それらを掻き消すように大型車のエンジンが唸りを上げて眩しいヘッドライトが点灯する。

 

 途端に騒がしくなった窓の外は物凄く気になるのだが、そこに彼らが近づいて外を見ないようにとでも言うのか監視まで付けられた中年男性はひたすら頭の中を?マークで埋め。

 あの艦娘は何でこんな寂れた港に現れたのか、そもそも何で難民の移動が終わった後の港町に自衛隊の部隊が賃貸料を払ってまで居ついているのか、もしかして、あの炊き出しを手伝っていたロシア人の母娘達が恐怖に顔を青くして語った山よりも大きな怪物が本当に存在していると言うのだろうか、と。

 そんな風にグルグルと混乱する頭を抱えた中年は物凄く真面目な顔で窓際と引き戸の前に立ちふさがる陸自隊員の様子をチラチラと窺いつつまずは一旦落ち着こうと冷めたお茶を口に含む。

 

 そんなふうに戸惑う自分と同じ顔をしている同僚と顔を見合わせた昆布森の漁協職員だが、彼は事務所に押し込まれる寸前に港に見えた地面に片手を突く傷付いた銀髪の艦娘がその胸に宝石の様に輝く何かを抱いていた事にはついぞ気付く事は無かった。

 

・・・

 

(さてはて、どうすっかなぁ・・・これ)

 

 新種の深海棲艦が現れたと言う色丹島、後輩士官である工藤公太郎の艦隊に正面から敵の目を引き付ける囮を依頼した中村義男は潜入任務に挑むような慎重さで広大な雪原にそびえる山の麓を削って作られた姫級深海棲艦の巣穴への潜入に成功した。

 

「はぁ、司令官、凄く綺麗ですねこれ♪」

「ま~、見た目だけならクリスマスにぴったりなイルミネーションだな」

 

 そんな任務で敵の目を引く囮をやっていた工藤艦隊と共に迅速な判断により帰還した(尻尾を巻いて逃げ帰って来た)中村と彼に寄り添う紺色襟のセーラー服の少女、駆逐艦娘吹雪が華やいだ声を上げて目の前に鎮座する巨大な水晶の青白い光に見惚れ。

 無邪気にはしゃぐ吹雪の様子に苦笑を浮かべて頭一つ分下にある一つ結びのお下げ頭を軽く撫で、改めて彼にとって頭痛の素としか言いようがない厄介物を見上げた。

 

「提督、ご命令通りに釧路基地司令部に天幕の用意を依頼しましたが、これは秘匿の必要がある物なのですか?」

「正直に言って・・・俺の手には余る代物なのは間違いないな、面倒な事頼んで悪いな」

 

 森に囲まれた陸上自衛隊釧路駐屯地の建屋の影になるグランドの一画、色丹島に現れた北方棲姫の巣穴から持ち帰った輝く水晶を前に吹雪の肩を抱きながら振り返った中村は自分に声をかけてきた重巡洋艦娘の高雄に向かって肩を竦める。

 色丹島を飲み込んだ限定海域への侵入には参加しなかったがその分のサポートを率先して行ってくれる部下の一人、高雄を軽く労いながら彼女の後に続いてやって来た鼻を突く湿布の臭いに苦笑を向けた。

 

「工藤もご苦労さん」

「ご苦労さんって言い方軽っ・・・ほっぽちゃんがあんなにヤバイって知ってればやってませんでしたよ」

 

 敵が支配する凍り付いた領域に正面から突入しどういう原理かは全く分からないが数十倍に巨大化した元は色丹島の住宅地があった湾内で遭遇した姫級深海棲艦に挑み、大量の爆撃機と空に浮かぶ浮遊怪球に晒された艦娘部隊の指揮官は内側からシップ臭を漏らす白い士官服の上で不貞腐れた顔をする。

 

「撤退の時に助けてやったし入渠の順番もそっちの艦隊優先にしてやったんだからそう拗ねるな」

「作戦会議で俺達に囮やれって言った人がそれ言うんすか、マッチポンプにも程があるっす」

「お疲れ様です、工藤一尉」

「あ、いえ、色々愚痴っぽい事言っちゃいましたけど実は大した事じゃあないんすよ?」

 

 大して申し訳なさそうな顔をしていない中村の態度にブチブチと恨みがましい愚痴を吐いていたガタイの良い後輩士官は丁寧に腰を折り礼儀正しい挨拶をしてきた高雄の微笑みにくるりと態度を変えて誤魔化すように笑いスポーツ刈りに頭を無為に掻き。

 その照れ笑いを浮かべる視線が高雄の身体のラインにぴったり仕立てられた蒼いタイトスーツと重巡艦娘の洗練された微笑みの間で落ち着きなく行き来し、その十数秒後に胡乱気な視線を中村から向けられている事に気付いて工藤は小さく咳払いしてから先輩士官に並ぶように自分が関わった作戦の成果物を確認する。

 

「ところでなんか周りが物々しい感じですけど先輩達が持ってきたこれって人目を避けなきゃならない代物なんっすか?」

「ああ、かなりヤバい、具体的に言うと下手な扱い方したら他の国と戦争になりかねないぐらいにヤバイ」

「ちょっ、お、大袈裟に言うのやめてくださいよ」

 

 彼らの周りでは曹長の階級章を身に着けた下士官の指示で十人程の陸自隊員達がガチャガチャと大型テントの桁や梁になるアルミパイプを組み立て、そこに暗緑色の天幕が広げられていく様子を横目にした工藤の懐疑的な言葉へと中村はセリフの内容と釣り合いが取れていない軽い口調でそう嘯く。

 

「司令官、これの事を阿賀野さんの刀で切り出した時にマナの結晶だって言ってましたよね・・・とんでもなく大きな霊力を感じる物だって言うのは私にも分かるんですけど」

「そうだな・・・どう言えば分かりやすいだろうなぁ・・・」

 

 上目遣いに自分を見上げてくる吹雪から目の前の地面に置かれた小さな車ぐらいの大きさがあるマナ粒子の結晶体へと顔を向けた中村は自分の考えを吟味する様に顎を撫でてから、吹雪の肩に触れていた手を離しておもむろに青白く光る水晶へと歩み寄り地面に下ろす時に割れて落ちたらしい指先程の小さな欠片を拾い上げる。

 

「・・・マナを電力とかに変換する設備や技術がある場合、この純度の物なら、たったこれ一つで一般家庭が軽く半年は光熱費を考えずに済むって感じか?」

 

 振り返ってそう言った中村の言葉にその場にいる吹雪達が揃って首を傾げ、手の平に乗る程度の小さな水晶の石ころを見せる彼がどういう意図でそんな事を言ったのかに戸惑う。

 そうして、いきなり言われた話に首を傾げる後輩と二人の艦娘へと中村は背後の結晶を手に入れた際に座っていた阿賀野の艦橋で恐らくは現在の地球上において霊的事象に関して最も詳しい存在、鎮守府の中枢機構から艦娘達の能力の補助や調整を行っている三等身の妖精から送られてきたイメージ(知識)を頭の中で反芻してその荒唐無稽さで小さく不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「んで、それ前提なら、多分、コイツは大雑把に見て大型タンカー三隻分の石油と同等のエネルギーって事になるんじゃねぇかな・・・?」

 

 と、軽い調子で自分の身長と同じ高さの巨大結晶をノックする様に軽く叩いて苦笑する中村の言葉に彼の言葉を聞いた者達は目を丸くして色丹島に住み着いた北方棲姫の寝床から持ち帰られたマナ粒子の結晶体を見る。

 

「流石にそれ、冗談っすよね・・・?」

「言っとくけど俺は専門家じゃないから正確なエネルギーの変換効率とか聞かれても答えられんぞ?」

 

 重量だけならたった2t前後、人間ならば重機やトラックが必要になる大きさと重量であっても戦闘形態の(巨大化した)艦娘なら駆逐艦ですら片手に抱えられる程度の小荷物になる。

 実際に北方棲姫の寝床で見上げるぐらいに巨大な水晶を近接装備である刃で切り出した軽巡艦娘は片手でそれを掲げながらそのマナの煌めきに大きく目を輝かせ、姫級深海棲艦の巣穴から脱出後に工藤艦隊からの救難信号に駆けつけるべく走った浜風も片手が塞がる以外の不自由なく海上に飛び出し破損した連装砲と機銃を手に無数の航空機を相手に奮闘する姉妹艦の下に駆けつけた。

 

 そして、その二艦隊が行った作戦の成果である水晶から零れた小さな欠片を手の平の上で転がしていた中村は何気ない調子でポイッと工藤に向かって投げる。

 

「はっ、わ、うわっと! そんなもんならもっと丁寧に扱ってくださいよ!?

 

「司令官、それ爆発とかしないんですか? 圧縮された霊力みたいにっ」

 

 高エネルギーの塊だと聞かされた直後に言った本人がそれをぞんざいに扱う様子に目を白黒させ両手でキャッチした野球が趣味の艦娘指揮官は顔の半分以上を口にして叫び、欠片を受け取た彼から数歩後ずさった吹雪が少し顔を引き攣らせ中村に恐る恐る問いかける。

 

「大丈夫だろ、てか霊力と違ってマナ結晶は純度が高いと逆に爆発させる方が難しくなるらしいぞ? 粉々になった物だと簡単に火が付いて一気にドカンってなるらしいけど、どの程度まで砕けばそうなるかは知らん」

「ええぇ・・・」

 

 北方棲姫が大山脈と化した斜古丹山の中腹を抉って作った大洞窟の奥で眩しい程に輝いていたマナ結晶の大鉱脈を見たと同時に猫吊るしから次から次に送られてきた頭がこんがらがる程の情報量を持ったマナ粒子の水晶を取り扱う上での注意事項。

 中村の頭の中にある大型タンカーのイメージと阿賀野が手に取った水晶の塊の間で=マーク(等号)で並べられた物や緑ツナギの小人がその結晶を砕いた物を得体の知れない液体に混ぜたり、灼熱の溶鉱炉で正体不明の金属と混ぜ合わせたりする抽象的なイメージ(利用法)を見せられ。

 

 そんなふうに深海棲艦の巣の真ん中で猫吊るしからの一方的な講義を頭の中に押し込まれた中村へと最後に伝えられた光景は粉々にすり潰され安定状態から光粒が散り始めるほど不安定になったマナ結晶の前でニヒルな笑みを浮かべた小人がライターに火を灯した直後、どこかの工場らしい建物が内側から大爆発するコミカルなのにちっとも笑えないショートムービー(爆発被害予測)だった。

 

「なるほど、提督の世界(・・・・・)ではそれが常識であったと言う事ですね?」

「常識かどうかはともかく原理は聞いてくれるなよ? さっきも言ったが俺は専門家じゃない」

 

 心配で顔を一杯にした吹雪が水晶の塊から中村を引き離すように手を引き、駆逐艦の健気な様子に苦笑を浮かべた中村はブラックシルクに包まれた手を頬に添えて何事かを思案していた高雄からの問いかけにおどけて肩を竦める。

 そうしている間に巨大な結晶の上に三角形の大型テントの屋根が立てられそれを覆うように天幕が張られていくが、ふと中村がその様子を改めて見ると何故か作業中の隊員達が爆弾処理に挑むかの様な緊張感に包まれていた。

 

「それにしてもこれが凄い物だってのは分かりましたけど、それがなんで戦争って話になるんっすか?」

 

 輝く水晶の光を閉じ込めた布地の分厚いテントの完成を見届けた中村が今回の任務の後始末である報告書や手に入れたマナ結晶の管理に関する要請などの書類仕事を思い浮かべて現実逃避気味にやけに晴れた空を見上げていると指に摘まんだ水晶の欠片を空に翳してまだそれの価値に対して半信半疑な工藤が首を傾げ疑問を口にする。

 

「お前なぁ、それがどこにあったのか、どれだけの量があったのか、俺から渡した情報を思い出して自分の頭で考えろ」

 

 もう小難しい事を考える仕事はやりたくないと面に書いてある顔をした中村が察しの悪い後輩へと呆れながらポケットに両手を突っ込み歩き始め、すると駐屯地の司令部がある棟へと向かい始めた彼の横へすかさず並んだ吹雪が指揮官と腕組んで彼に擦り寄った。

 

「私も映像記録で確認しましたが北方棲姫の巣穴にあった結晶柱は比較的小さい物ですら戦闘形態の阿賀野が見上げる程でしたから・・・提督がおっしゃる通りの価値があれらにあると考えれば」

 

 合点がいったと小さく頷く高雄が怠そうな態度を隠そうともしない指揮官と部下と言うには馴れ馴れしい行動を躊躇い一つ見せない駆逐艦娘の後ろ姿に小さく眉を顰めたが近くにいる工藤達に悟られない僅かな間に微笑みがその整った顔立ちに戻る。

 

「・・・か、火薬庫って事じゃないっすか」

 

 そして、色丹島と言う古くから領海、領土、文化など日本とロシアの間で様々な因縁が渦巻く海域の事情を思い出した工藤が掠れた声を漏らす。

 

 さらに今回そこに新しく加わった問題、旧来の人間達の事情など知った事じゃない姫級深海棲艦がその島一つを数十倍に巨大化させ自分好みの遊び場に変えてしまい現地住民を追い出しただけならまだしも、文字通りの魔境と化した白銀世界の山麓に隠された北方棲姫の巣穴には一欠片で人類のエネルギー問題を解決しかねない神秘の鉱脈が無造作に置かれている状態。

 

 ただでさえ深海棲艦の被害によってシーレーンが脅かされ石油などを運ぶタンカーのリスクとコストが跳ね上がり、それに伴う燃料や電力の不足は全ての国が解決したいと願っている。

 そんな世界的なエネルギー事情を解決してしまえる可能性を持った結晶体の情報が出回れば喉から手が出る程欲しがるどころか実力をもって色丹島へと侵攻を行う国が必ず現れるだろう。

 

 国際協力の名の下に人類皆兄弟を主張し、国家の枠を超えて手に手を取って仲良く新たな資源を分け合うなど夢のまた夢どころか詐欺師でも口にしない絵空事でしかない。

 

 工藤の顔が青ざめ手の平の水晶の処理に本気で困った表情をしながら人目を遮る天幕の設営を終えた迷彩服の集団へと助けを求める様な顔を向けたが、職務を全うした陸自隊員は不自然な程に海自士官へと目もくれず(から目を逸らし)緑のヘルメットを被った迷彩服の隊員達は班長である下士官の号令に合わせてそそくさと撤収を始める。

 

「取り敢えず入渠ドックで他の皆と話してからその後に基地司令にあれを預かってもらえるように頼み込むか」

「はい! 司令官♪」

 

・・・

 

(確かに工藤一尉の言う通り、火薬庫ね)

 

 艦娘用の治療装置や整備施設が仮設置された釧路駐屯地の一画へと向かう道すがら高雄は微笑みを崩す事無く内心でそう呟く。

 

(けれどそれは値千金と言う事でもあるわ・・・この情報を上手く扱えば軍に止まらず政財界ひいては(日本)そのものに影響を与える力を得る事すら可能)

 

 自分の前を歩く覇気の欠片も無い昼行燈に戻った青年士官の後ろ姿を見つめ、粛々と付き従う高雄は自分の身の内でゾクゾクとざわつく興奮を表情に出さない様に全精神を使う。

 

(まさか、まさか本当に存在していたなんて・・・私の提督(・・・・)がその重要性に気付いていないだけで自衛隊の根幹にすら食い込める可能性を持った異世界の知識(・・・・・・)がっ!)

 

 先程の何気ない口調で語られた妙に所帯染みた雑学とも言うべきマナ粒子の結晶を利用する手段、この世界ではまだ正確にその価値を理解している者はいないと言える別世界の知識は日本どころかこれからの訪れる未来(世界)における基準となるのだと高雄は予感する。

 それこそ言った本人である中村すら自分の頭の中にある知識があの数百万tの石油に比肩するエネルギーを内包した水晶などよりも重要で価値があるモノだとは考えもしていないだろう。

 

(前々から不自然だと思っていたのよ、提督の前世でも艦娘と深海棲艦の戦争は発生していたのに彼は一般人、それも日雇いの身でありながら遊び人じみた生活を送っていたと言う話・・・まるで戦争と無縁とでもいう程に温い環境)

 

 諸外国と問題なく通信を維持するインターネット、お笑い芸人が絶え間なく登場し艦娘を題材にした娯楽作まで放送するテレビだけではない。

 彼が面白おかしく脚色した話の端々に見え隠れする深海棲艦との戦争中だと言うのに「一般人が命を脅かされる事無く何不自由なく生活できる豊かな日本」が大前提として存在している不自然に気付けた艦娘は自分を含めれば数える程しかいない、と声に出さず高雄はほくそ笑む。

 少なくとも実際に世界規模の戦争の大渦に挑んだ重巡洋艦とその船員達の記憶を持っている高雄にとって大戦(おおいくさ)が齎すモノは消耗のみであり、長引けば長引くほど膨大な食料と資材が浪費され、国民と社会は安全と生産性を失っていく事が必然だと断言できる。

 

(その世界にはその不自然を自然にしてしまえる資源と技術が存在していたのね? それもまるで日用品の様な手軽さで一般人にも手に入れる事が出来る形で!)

 

 今まで中村が無責任にばら撒いた噂を聞いたと言う他の艦娘から聞き取りを行って集めた情報のズレ。

 さらに今回の色丹島への調査と潜入が計画される原因となった彼にとって一度目の世界で広まっていたネットゴシップの内容。

 聞いた時点では疑わしく呆れるぐらい平和ボケした話の裏に隠れていた情報が高雄の頭の中でまるでパズルのピースの様に噛み合っていく。

 

 所詮は一般人でしかなかった彼が定期的に行われる深海棲艦の住処への攻撃の理由を知らないと言っていたのも無理はない、広く日本国民全体へ十分なインフラを提供できるエネルギー源が深海棲艦が造り出す結晶に依るものなどと誰が言えるものか。

 

(そうなれば軍内での艦娘の重要性は跳ね上がる、強力な霊力力場へと突入できる私達でなければあれを採取して持ち帰る事が出来ないから)

 

 激動が始まった時代の流れによって流通が途絶える石油に代わり新エネルギーが世界のスタンダードとなれば自衛隊は、否、人の生活を支える動脈を艦娘に掴まれた日本国は高雄達を蔑ろにすると言う選択肢を選べなくなるのは間違いない。

 

(そうなれば私の提督の発言力は絶大に、それだけでなく軍モドキの自衛隊から国防の軍へ再編も夢ではない・・・ぁぁ、素敵)

 

『ナンカサッキカラ,ヘンナツウシンガボソボソキコエテクンダケド,チョウカイカ?』『ワタシジャナイワヨ』『コンカンジ,タカオ?』

 

 気を抜けばすぐにでも高鳴る胸を掻き抱き悶えてしまいそうな程の興奮に薄く頬を赤らめながら切なげな吐息を漏らした高雄はふと前を歩く指揮官とその初期艦の後ろ姿へと視線を向けて口の端を少し吊り上げる。

 

『タカオッタラドウシチャッタノ?』『マタアノクソヤロウガナニカヤッタンダロ』『マヤ,イイカタニキヲツケナイト…』

 

 今はまだ(中村)の隣は彼女(吹雪)の場所、それを確認した高雄は艶然と微笑む。

 

(ねぇ、吹雪、提督に可愛がられるだけの女の子は本当の意味で彼を支える存在だなんて言えないのよ?)

 

 その微笑みを維持したまま高ぶっていた思考を一時停止させてから頭の中にスイッチをイメージした高雄型重巡四姉妹の長女はその通信機能(テレパシー)をONに切り替える。

 

『あのクソ野郎、アタシと鳥海が鎮守府に戻った途端に北に逃げやがって折角シメてやろうと思ってたのによぉ』

『・・・摩耶、後で話があるから夜に時間を空けておきなさい

『ヒェッ、聞いてた!? ぁ、いやいやいや、じょ、冗談だって姉貴っ! ちょっと噂の指揮官に挨拶でもしたかったなーって話でさっ! あれ、姉貴聞いてる!? 待っ・・・ユルシッ…

 

 そして、遠くから聞こえてきた予期せぬ横槍に興が削がれてしまったが自分も少しばかり雑念が過ぎたようだと反省しつつ高雄は思考(女々しく言い訳する妹から)を意識的に切り替えて(の通信を完全に遮断して)から、公私共に相手に必要とされ自らも必要とし尊敬し合える関係こそが正しくどちらかに一方に依存するだけのモノは真の意味でパートナーとは言えないのだから、と改めて強い確信と共にそう結論した。

 

(まぁ、提督は良くも悪くも甘い人だから抱いた艦娘を捨てるなんて事は無いでしょうけれど)

 

 高雄としても絆を深めた結果として艦娘と指揮官がそう言う関係になる事そのものに嫌悪は無い、むしろ慣れ合いの末に自分の提督を堕落させる様な事にさえならなければ彼女の後塵を拝する二番手となる事もやぶさかではないぐらいなのだ。

 ある意味、身体を許す事で中村の懐に入り込み密かな自慢であるプロポーションを利用して(餌にして)怠け癖のある彼の意識改革と矯正を推し進めるのも一つの手であるなんて考えが心の片隅(霊核の内側)で騒めくが高雄は小さく首を横に振ってその思考を散らす。

 正直に言えば彼から強く求められれば許してしまいそうになるぐらいには自らが抱える提督への好意が高まっている自覚が高雄にはあるが今の様に無気力に濁った目と気力が萎えた態度を取り繕う事もしない彼を見ると決まって彼女の頭の中の損得勘定が得意な理性と夢見がちな乙女な部分が落胆の溜め息と共に「まだ彼は理想の提督(王子様)にはなっていないからのだから今は様子を見るべき」だと囁く。

 

(別に焦る必要はないものね・・・それに色香で煽てるのは三流のやる事よ、高雄)

 

 そう言い訳する様に自分を納得させた高雄だったが不意にその脳裏で深海棲艦との戦闘中には鋭気に満ちた目を走らせ安心と頼り甲斐を感じさせる自信に満ちた態度で戦闘指揮を行う中村義男の姿が過り。

 

「でも、・・・いつかはっ」

 

 肝心な時にはしっかりと男らしい日本男児の名に恥じないその雄姿が彼の平常となる日が来たならその隣にあるのは同艦隊の誰でもなく自分であるに違いないと言う確信(妄想)によって胸の前で拳を握りしめた高雄の口から漏れた大きいわけでは無いが妙に気合の入った声が静かな廊下に響き。

 艦娘の治療用設備が設置された部屋の扉を開けようと手を伸ばしていた中村が肌を刺す程に寒く静かな空気に響いた高雄の声に目を丸くして振り返る。

 

「は? いつかって、いきなりどうしたんだ高雄?」

「あ、いえ、うふふ・・・何でもありません、気にしないでください」

 

 口元に手を当てて上品に誤魔化し笑いをする高雄の様子に釈然としないと言った表情を浮かべつつも中村はドアを押し開き、廊下よりも肌に優しい温かさに満ちた幾つかの機械が低く唸る室内へと足を踏み入れ。

 

「司令官、ごきげんようです!」

 

 開いたドアの向こう大人が余裕で入れるぐらいの大きさをした四基の円筒とそれを管理する無数のコードやチューブに繋がった大型機械が小さなホール程の広さがある部屋の半分以上を占有する空間。

 その艦娘の治療を行う装置の前で24人存在する特型駆逐艦娘の中のさらに特Ⅲ型(暁型)と分類される艦娘である暁が腰に両手を当てて発展途上の胸を誇らしげに張って得意げな顔をしていた。

 

「あれ? なんで暁だけ・・・他の子達はどこに?」

「皆はちょっと前に鎮守府から緊急の連絡がきたから他の子達は司令官達を探しに行ったわ!」

 

 やたら自信に満ちた態度で清潔な部屋の真ん中に立っていた暁は中村の後に顔を見せた工藤に向かって表情を笑顔で緩めてトテトテと駆け寄り褒めろとでも言うように自分の指揮官を見上げてフンスと可愛らしくふんぞり返る。

 

「暁はレディだから入れ違いにならない様にここの留守番を任されんだから!」

「緊急の連絡だと? まーた面倒な事を押し付けてくるつもりかよ・・・」

 

 現在進行形で四人の艦娘の治療を行っている装置、鎮守府の治療槽と違い白いカバーが被さり中が見えないクレイドルの一つがコンソールに表示する【浜風】の治療状況を横目に確認しながら中村は自分の指揮官に向かって元気な声を上げる暁の言葉に眉を顰め。

 留守番ご苦労様、と暁へ朗らかに労いをかけながら余裕で頭三つ分は低い位置にある錨マークの描かれた墨色の帽子ごとお子様の頭を撫でる工藤が「それで連絡の内容は?」と声をかける。

 すると「子ども扱いしないで」と言いながらもくすぐったそうな笑顔を浮かべていた暁の顔が途端に目を丸くして呆気にとられた顔になった。

 

「・・・連絡の内容?」

 

 ついさっき自分が言った言葉を反芻しながらコテンと首を傾げる暁の姿にその場の全員が何かを察したように小さくため息を漏らす。

 

「緊急なんだよな?」

「そう! 緊急なのよ!」

 

 全く中身の無い暁との会話に呆れが大部分を占める視線を中村、吹雪、高雄の三人から向けられ工藤は口元を引き攣らせながらいつも肝心なところで大人のレディになり損ねる少女の前にしゃがみ。

 若干焦りが見える暁と視線の高さを合わせて根気強く問いかけるが彼女が口にするのは「鎮守府から緊急の連絡が中村達へと送られてきた」と言う肝心の連絡内容が丸ごと無くなったモノだった。

 

「えっと、えーと・・・ぅー」

「あー、暁ちゃん・・・」

 

 両手をこめかみに当てて悩む様に呻き始めた暁から発せられた何かを察知したらしい吹雪が少し同情的な視線を幼さが抜けない姉妹艦へと向け。

 指揮官の質問に答えられないままその場で固まった暁とその様子に戸惑いながら中村達へと振り返り工藤は誤魔化す様な苦笑を浮かべる。

 

「暁、そんなに大きい“声”(通信)で何度も呼ばなくても聞こえてるよ、特型の皆が驚いてるじゃないか」

「だって、だって~!! ひびきぃー!」

 

 そして、たっぷり三分弱続いた微妙に居心地の悪い沈黙を破ったのは中村達の背後でノックも無く開いたドアと暁とほぼ同じデザインのセーラー服を身に着け雪の様に白い髪を揺らす少女の声だった。

 

「だってじゃない、入渠してる雷と電まで起きちゃったよ、まだ治療の途中なのに可哀そうじゃないか」

「う~ぅ~!」

「相変わらずどっちが姉でどっちが妹なんだか分かんねぇな」

「私の妹達が、その、すみません司令官・・・」

 

 そんな暁の姉妹の一人であり感情表現豊かな姉と違って何処か冷めた様な表情を浮かべている響の後ろに続いて中村の指揮下で今回の作戦に参加していた残りの数人も入渠前の応急処置による包帯を巻いた状態ながら少し騒がしく言葉を交わしつつ入室してくる。

 

「まったくなんだってんだ、もしかして報告書もまだなのにまさかあの結晶の事がバレたのか?」

「そうだとしたらあまり良い話ではありませんね、 根回しもまだなのに・・・

 

 こう言う交渉事が付いて回る面倒臭い仕事はハワイで遊んでる相方がやるべきだろうに、とうんざりした顔で肩を竦める中村と彼に合わせた様に少し不満げに形の良い眉を顰めた高雄。

 指揮官と重巡の二人は鎮守府からの連絡を伝える為にどこか戦闘前を思わせる様な硬い表情と声で中村の名を呼び彼の前に立った艶黒のツインテールを揺らす自艦隊の秘書艦へと向き直った。

 




 
ところで信じられるか?

親友(田中)がハワイで死にかけてるのにコイツ(中村)北海道で幼女と遊んでたんだぜ?
 
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