艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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れっつら、料理のさしすせそ。

艦内の厨房に料理人がいたんだからその記憶を持ってる艦娘なら誰だっておにぎりぐらい余裕で作れるでしょ。

・・・作れるよね?
 


第百十六話

「ほぉ、それで司令は米帝共に呼び出されているわけか・・・ふむ」

「磯風、ちゃんとアメリカ軍って言いなよ、どこに耳があるか分かったもんじゃないだからさ」

 

 しゅうしゅう、と高温の蒸気を立ち上らせる大型炊飯器の前でセーラー服の上から割烹着を身に着け普段は下ろしている黒髪をポニーテールに結い揺らす少女、陽炎型駆逐艦娘である磯風が憮然とした表情を浮かべながら腕を組み大量の米が炊ける様子を見守り。

 

「提督は大丈夫でしょうか? 艦長さんや他の将校さんが付いてくれてないらしいですし心配です」

「ふむ、しかし、寝台から起きる事も出来ん傷病兵が役に立つわけでもあるまい」

 

 磯風と同じ様な割烹着姿をした白露型姉妹の六番目、五月雨は腰まで届く透き通る様な青いロングヘアを調理の邪魔にならないように緩い三つ編みにし、その青髪の頭を包む三角巾の下で少し不安そうな表情を揺らす。

 

「だからぁ磯風、言い方ちょっとは考えろっての! ・・・まっ、司令の事なら後ろ盾の上官さん方が居なくても時雨達が付いてんだから滅多な事にゃならないさ」

 

 先の二人と同じ様に調理場に相応しい装備を整えた白いヘアバンドのおかっぱ頭、磯風と同じく陽炎型艦娘の一人である谷風が外はねの毛先を揺らしながら楽観的な笑みを浮かべ目の前のコンロに置かれた大きな寸胴鍋から芳醇な香りを立ち上らせる野菜スープを柄の長いお玉でかき混ぜる。

 

「それにしても磯風が自分から料理番やるって言いだすったぁ珍しいこともあるもんだね、調理実習の時なんかいっつもなんかを焦がした後に「我々艦娘が己の責務を果たす場所は海戦であって厨房ではないっ!」とか言って騒ぎ起こしてたってのにさ」

 

 目覚めたばかりで現代の知識や常識が少々欠けている場合が多い艦娘の為に用意された基礎学習の一つ、磯風が最後の最後まで単位取得に手こずっていた家庭科での出来事。

 調理実習の際に卵だったモノが焦げ付いたフライパンを手に祖国を守る戦士たる艦娘に料理の習熟など不要と言い張っていた磯風の姿を思い出し、19人いる姉妹艦の中でも一二を争う意地っ張りな(12番)の口調を少しだけマネて見せた後に(14番)は「クシシっ」と悪戯っぽく笑う。

 

「ハッ、そんな過去は最早些事でしかない、戦時である今はなによりも艦隊の要たる司令官に私の料理によって精を付けて貰う事が最優先なのだからな!」

「えっと、これ提督のと言うよりはつゆきの皆さんのお昼なんですけど・・・」

 

 そんな谷風の揶揄いに対して何一つ恥じる事など無いとでもいう様に鼻で笑った武人肌の駆逐艦娘は胸を張り得意げな表情で目の前の調理台に用意された具材用の缶詰や板海苔の束、そして、白い塩が小高く盛られた丸皿を見下ろす。

 少し困り顔で控えめな指摘をする五月雨の声など聞こえないかの様に磯風は深海棲艦との戦闘に挑む時と比べても遜色ない程の気合と共に自分達の拠点艦である【はつゆき】乗員達の食を支える調理器具(炊飯器)が米を炊き終わったと知らせるブザーを鳴らす時を今か今かと待つ。

 

「艦隊の要ってかい、かぁー、米軍との演習の予定聞いた途端に提督に向かって貴様は腰抜けかーとか叫んでたくせにスゴイ変わり身だね」

 

 薄めの味付けだからこそ色々と応用が利く具沢山なコンソメスープの味見をしながら谷風はつい数日前に艦娘部隊の待機所のど真ん中でお淑やかさの欠片も無い恰好をした磯風が自分達の指揮官である田中特務二佐へと苛烈な文句を叩き付けていた様子を思い出す。

 谷風と同じく五月雨も諸外国へと隙を見せる態度がどれだけ国防に悪影響を与えるかを大仰な手振りを交え声高に演説していた磯風の火を吹く様な剣幕を脳裏に思い浮かべ小さく「あー」と少し意外そうな小さい声を漏らした。

 

「ふんっ、相手が米軍であろうとなかろうと真剣勝負の結果として雌雄を決するならばまだしも、わざと相手に勝ちを譲れなどと言うふざけた命令を不愉快に思わぬわけはあるまい、お前達は違うのか?」

 

 自分を見る二人の態度と物言いが少しばかり不服だったのか自らの原型(戦船)から受け継いだ武勲艦としての名に誰よりも強い誇りを持っている割烹着姿の駆逐艦娘は上層部が指揮官に命じて自分達にやらせようとしていたアメリカ艦娘との演習の皮を被った接待への変わらぬ不快感を露わにする。

 納得出来るか出来ないかは横に置いておいて磯風の主張そのものは彼女と同じくかつて大日本帝国の守護者たる戦船である事を多くの軍人と数え切れない程の日本国民(臣民)に望まれ、その想いを受け継ぎ艦娘へと生まれ変わった谷風と五月雨も大いに同意する所ではあった。

 

「ふ~ん、なら何でだい? ぉ、うん、良い仕上がりだね♪

 

 だからこそ普段の自信家な言動から自分達よりも誇り高い(強情な)事が嫌と言う程に分かっている艦娘が数日前には噛みつかんばかりの勢いで抗議していた自らの指揮官に対する態度を急速反転させた事に驚いているのだ。

 オマケに態度を軟化させただけならまだしも今は件の指揮官である田中良介の為に率先して手料理を振舞おうとしているのだから二人が磯風の考えが分からなくなるのも無理はない。

 

「あの命令には納得はしていない、だが惚れた指揮官が言うとなれば話は別だ、私とて私情を抑える程度の事は出来る」

 

 そして、磯風が何食わぬ顔でそう言ったと同時に厨房の炊飯器のブザーが鳴り響き、身体の弱った病人の胃にも優しいスープの完成を確認していた谷風が耳から入って来た信じがたいセリフに驚いて噎せた。

 

「ゴホッゴホッ、ケホッ・・・ほ、惚れたってぇ!?」

 

 寸での所で鍋から顔を背ける事が出来た谷風だったが気管に入ったコンソメの風味のせいで何度も咳を繰り返しながら目尻に涙を浮かべ磯風に向かって顔を上げる。

 

「えっ磯風もそうなの!? ぁっ!?」

 

 さらに五月雨も透き通った青色の瞳を真ん丸にして驚愕の声を厨房に響かせ炊飯器の蓋を開けようとしている同僚に向かって勢い良く振り向き、その後ろ頭から腰まで届く空色の三つ編みがしなり調理台の上で開封の時を待っていた幾つかの缶詰をエアホッケーのパックの様に弾き飛ばした。

 

「うわぁん! なんでっ、待って待って! 缶詰さんっ!!」

「何をやっているんだ二人とも、まったく」

 

 三つ編みの鞭によって硬い音を立てながら床に落ちて四方八方に転がっていく缶詰に悲鳴を上げそれを追いかける五月雨の姿にやれやれと呟き磯風も足元まで転がって来た幾つかを拾い上げる。

 

「誰のせいだと思ってんだい、いきなりそんな事聞きゃ誰だって驚くって」

「そんな事とはなんだ、私はおかしな事など言っていない」

 

 昼食の時間には少々早く仕上がった数十人前のスープで満たされた大鍋の蓋を谷風が閉じコンロの火を切り、軽く胸元を叩いているが何とか咳が治まったらしいその姉妹の言葉にムッと眉を顰めた磯風が五月雨と一緒に拾い集めたバリエーション豊かな缶詰を調理台に戻す。

 

「・・・おい、二人ともなんだその目は、流石にそれは不躾だぞ」

 

 そんな武人肌の駆逐艦娘に向かう御馳走を前にした猫の様なドングリ眼がツーセット、いかにも興味津々と言った様子で自分を見つめる谷風と五月雨の視線に磯風の細眉が訝し気な波線になる。

 そして、不機嫌そうな顔で同艦種の二人を藪睨みしつつ手に取った少しへこんだ秋刀魚のみそ煮缶を横目に見た磯風は「まぁ、食えれば問題ないか」と小さく呟いた。

 

「あ、あはは・・・えっと、私そう言うロマンチックなお話、ちょっとだけ気になっちゃうかなーって、えへへ」

「んで、何が切っ掛けで惚れちまったんだい? 減るもんじゃなし正直に言っちゃいなって」

 

 少し恥ずかしそうに笑いつつ三角巾を被った頭を掻く五月雨と誤魔化す必要など無いとばかりに単刀直入なセリフを切り出す谷風。

 

「何を戯けた勘違いをしてる、確かに惚れたとは言ったが恋慕だなんだのと言う軟弱で浮ついたモノと一緒にされるのは心外だ」

 

 その明け透けな野次馬根性を感じる二人からの質問と視線に動じる事無く表情を澄まし顔に戻した磯風がペキャリッとおにぎりの具材となる缶詰を開いて適当な小皿にその中身を開いていく。

 

「ふぇ? 違うんです?」

「じゃぁ、磯風はどんな意味で言ったのさ?」

 

 物言わぬ鋼の船であった過去を持ちながらも人としての身体を得た艦娘達であるが自分達と共にあった旧日本軍人達の記憶と経験をその心に混ざり合わせている為に彼女達自身は自然に人としての情動を自分のモノにした。

 しかし、それはいつか読んだ小説や何気なく見た映画の様にどこか朧気な他人事であり、親しい人々が口にしていた口伝をそのままそう言うモノだと鵜呑みにしている様な状態。

 

 だが、その志半ば黒鉄の船体と共に水底へと沈んだ戦友達の記憶、何百人もの軍人達から受け渡された為に彼ら一人一人の遺志を分ける輪郭を失い交じり合った「祖国を守る決意」以外が良くも悪くも平均化された遺志ではなく。

 艦娘として目覚めてからの経験を経て自らの内側に自然に芽生えた多くの感情に戦乙女達は船であった頃には持ち得なかったその未知へと強い興味を持つようになった。

 

 その最たるモノが恋愛と言うのは深海棲艦に対する兵器として産まれた背景から考えると些か俗っぽいが、うら若い艦娘達の見た目相応の欲求とも言えなくはない。

 少なくともとある駆逐艦の長女が姉妹()通信網に垂れ流す指揮官との惚気に耳を塞ぐどころか(通信を遮断せずに)神妙に耳を澄ませる程度には身近なコイバナに夢中になったとある駆逐艦娘達は居た。

 

 しかし、姉妹の間で戦場にて戦果を上げる事にしか興味がないとまで言われる堅物で通っている磯風の口から惚れた腫れたに関する言葉が出て来た事は谷風に限らず非常に興味深い事だろう。

 

「無論、田中司令の見せた武人しての気構えとその指揮に対してに決まっている」

 

 そんな事も分からないのか、と勝気なルビーの瞳が白い割烹着の肩越しに若干顎を上げ谷風を見下ろす様に振り返る。

 

「私はあの日、田中司令こそがこの磯風の実力を引き出してくれる最高の指揮官であると悟ったのだ!」

 

 そして、少し興奮気味に高ぶった声と同時に振り抜かれた指先が炊飯器の開閉スイッチを力強く押し込み。

 ガチャリとバネ仕掛けで開いた蓋の下から噴き出す蒸気と熱気に怯む事無くしゃもじを手にした磯風が大量の白米へと挑み。

 釜の底から炊き立てのお米を勢い良く掻き混ぜ力強くひっくり返す蒸らし作業の合間も磯風の興奮の声は止まる事無く。

 

 敵の襲来に混乱する艦内で動ける隊員達をまとめ上げてシステムダウンした【はつゆき】の復旧作業や各部署への連絡を自分達へと命じた普段のなよなよした態度を良い意味で裏切る勇まし姿への驚き。

 自分達の危機と言う事もあるが何よりも同盟国とは言え他国の地が戦火に焼かれぬよう、巨大な怪物と戦う術を持たない民間人を守る為に敵艦隊の待ち受ける海へと自ら討って出た高潔さ。

 日が沈むまで続いた一度目の戦闘ではフラッグシップの敵戦艦だけでなく数隻の空母を撃破して見せ、さらにはハワイへと迫ろうとしていた限定海域の拡大の原因を見抜き一時的にとは言え阻止した疾風迅雷の判断力。

 

 深海棲艦の侵攻が突然に始まってから二日目の朝に何とか機能を取り戻した拠点である護衛艦へと駆け戻っては出撃する艦娘を交代させながら再出撃によって沖から押し寄せる敵艦を打ち倒し続け。

 仮眠を取る時間も惜しんで戦闘を続けた数日間で数十の深海棲艦を撃退した凄まじい辣腕は感動と表現する他にない、と満面の笑みを浮かべた磯風の大声が厨房だけでなく隣の食堂にまで響き渡る。

 

「そして、連日の戦闘の末に私が放った魚雷が緑目とは言え戦艦タ級を撃沈せしめた時、それは決まったと言うわけだ!」

「ぇ、ぇ? 決まったって何がですか?」

「ふふっ愚問だな、かの田中良介中佐がこの磯風の指揮官となる事に決まっているだろう! 私を含めた全員が弾薬燃料を使い果たす程の戦いであったと言うのに小破どころかかすり傷を受けた者すら出さない卓越した彼の戦術に私は惚れたのだ!」

 

 思い出すだけでも痛快だと上機嫌に笑いながら磯風は淡い光を纏った素手で炊飯器から引き抜いた大きな内釜を調理台の上へと勢い良く下ろし、彼女のその語気の勢いに圧倒され若干引いている五月雨に向かって霊力による防御が無ければ絶対に火傷する程熱い鉄釜の縁を握る駆逐艦娘は自信満々な態度でふんぞり返り。

 

「まったく私の司令官も人が悪い、温和な顔の裏にあれほどの実力を持っていたとは正に能ある鷹は爪を隠すと言うやつだな、いや、むしろ軍人は言うまでも無く日本男児とは皆そうでなくてはならん! うむっ!」

 

 などと自論を天井にぶち上げながら高笑いする磯風の様子に口元を引きつらせた苦笑を顔に張り付けた五月雨が助けを求める様に谷風へと視線を向ければ一仕事終えて調理台に腰を持たれかけ腕を組んで姉妹艦の話を聞いていた墨色のショートヘアが何かに納得するかの様に頷いていた。

 

「なるほどねぇ」

「ふふっ、分かった様だな」

 

 陽炎型姉妹のやり取りに首を傾げる五月雨へと谷風が妙に意味深なウインクをしながらおにぎり作りを始めようと声をかける。

 

「えっと谷風、つまり磯風は提督と恋人になりたいわけじゃないって事で良いのかな?」

「いんや、これ本人が無自覚なタイプのあれだね・・・谷風さんこの“声”の感じとか滅茶苦茶心当たりがあるよ」

 

 要約するならば磯風は自身の指揮官である田中に対して軍人として尊敬していると言う意味で「惚れた」と表現したと言っている。

 しかし、彼女の胸の内にある心から感情が高ぶった際に漏れる雑多な“声”を聞き取れてしまう姉妹艦の谷風は小声で問いかけてきた五月雨へと乾いた笑いを返した。

 

 「この感じは浜風、いや、不知火の方が近いかなぁ」と二人に聞こえない様に小さく口の中だけで呟き肩を竦めた谷風に五月雨は困惑して首を傾げつつも磯風が荒熱の取れたご飯をステンレス製のバットに広げ始めた様子に自分もおにぎり作りを始めねばと気合を入れる様に割烹着の袖を捲り上げた。

 

(今は限定海域からの干渉のせいでちょいと通信に不自由してるから他の陽炎型にゃ気付かれちゃいないけど、まぁ、鎮守府に帰ったら一発でバレちゃうだろうねぇ)

 

 その精神を形作る原型が男所帯を乗せていた戦闘艦であった弊害とでも言うべきだろうか、彼女達の中にはごくたまに身の内に芽吹いたその感情を自分(兵士)にとって最も馴染みのある上官への尊敬や忠義などと勘違いしてしまう場合がある。

 

 だが、今現在、下手な男よりも勇ましく戦いこそが自らの生きる道と言って憚らない磯風の頭の中で展開されているイメージは彼女の作ったおにぎりを食べる田中の姿であり。

 妙に劇画調な顔で「戦いだけでなく料理にまで熟達しているとは流石は俺の艦娘だ、毎日俺の為に味噌汁を作ってくれ」と大袈裟に褒め称えるだけに止まらず勢い余ってプロポーズまでする指揮官(田中)の笑顔がスパンコールでもぶちまけたかの様に煌めいていた。

 

 時として魂が触れ合うほど強い絆で結ばれた姉妹艦であるが故に、漏れ出た一部ですらこれほど強力な磯風からの思念を不本意極まる事に受け取ってしまい。

 その妄想を覗き見る事になった谷風は湯気を揺らめかせる白ご飯の前で気色悪い事を考えているのにガワだけはいつも通りの高飛車な笑みを浮かべている姉の姿に失笑する。

 

「まぁ何にしてもさ、陽炎型で良かったね、磯風」

「は? いきなり何を言ってる、私が栄光の陽炎型駆逐艦以外の何かに見えるとでも言うのか?」

 

 陽炎型長女が決めた基本方針である「姉妹艦の恋路を遊び半分に突っつく様な真似はしない事」が姉妹の掟として定着しているおかげで妙な邪魔立てや揶揄われる事だけはないのだから心の底から感謝すると良い、そんな心情を込めた生温かい視線と共に谷風は軽く磯風の肩を叩く。

 

 これでもし磯風が陽炎型以外の艦型だった場合どうなった事かと谷風は想像し、妹を応援すると言う名目で虫歯になりそうなお節介(甘やかし)をしかねない夕雲、お姉ちゃんより先のステップに進むなんて絶対にダメとか喚き出すだろう白露などなど何人もの艦娘達の姿を脳裏に浮かべ。

 

 そして、駆逐艦だけでなく艦種問わず全てのネームシップ達(艦型の長女達)が言いそうな言動を一通り想像した谷風は何処か微笑ましいモノを見る様に磯風へ向けて微笑み。

 調理用のゴム手袋も付けずにまだ熱い湯気をステンレス容器の上で立ち上らせている炊き立て白米の山へ右手、左手をそう言えば何故か調理台の上にある一際大きな皿に盛られた小高い白塩の丘へと伸ばし、その両方を磯風がむんずと掴む光景に目を見開いた。

 

「塩ぉおっ!?」

「ひゃぁあっ!?」

 

 驚愕の叫びに磯風の隣で大きなステンレス容器から小さなボールに小分けしたご飯に鰹節などをかけて混ぜ込みおにぎりを作ろうとしていた五月雨が不意打ちの大声に驚き甲高い悲鳴を上げる。

 

「谷風、今度はなんだ! また突っかかるつもりか!?」

「突っかかるもなにもその塩の量はどう考えてもおかしいてんだろぃ!」

「何を言う提督だけでなく男子は塩が足りねば出る力も出んだろう、それに古来より戦場ならば濃い味付けが喜ばれるものだ」

「それにしたって限度があらぁ!!」

 

 米と同量の塩を混ぜ込んだ握り飯など食えるものじゃない、とすかさずツッコミを入れる谷風の言葉に納得できないとでも言う様に眉を顰めた磯風の片手からサラサラと塩粒が調理台に散らばった。

 

「『かーっ! 浦風、浜風、他の誰でも良いから早く助けに来ておくれよぉ!? 谷風だけじゃ無理だって!!』」

「むぅっ!? 通信を使ってまで叫ぶな! ・・・うるさくてかなわんだろうがっ」

『コエ…タニ・ゼ!?』『ハワイッ…』『モウ、サイコウゲ・ハジ…ノ!?』『ブジ…シッカリッ!』『カナ・ズ,タスケニ…カラ!』

 

 自らの調理感覚が普通一般のそれと大きくズレている事を何度繰り返し説いても頑として自分の味付けの正しさを主張する磯風が散々に鎮守府でやらかした奇行をここでは仲が良い姉妹(浜風と浦風)の助け無しで止めないといけないのか、と谷風が上げた悲鳴でハワイ諸島全域を覆う深海棲艦による霊力力場によってざらつく(ジャミングを受ける)陽炎型通信網が無数の“(心配)”とノイズで騒がしくなる。

 

『谷風! はつゆきで何かあったのですか!? 雪風が今助けに行きます!』

「『案ずるな、この磯風ならば万事問題ない!』」

『コンド,イソカゼ?』『デモ,シレブノメイレイ』『ソレ,ユウチョウ…ルデショ!』『ヤッパリモッカイ…タノミニ!』

 

 後ろから谷風に羽交い絞めにされた磯風が調理台から引き離されながらも妙に自信満々な発言と共に姉妹の手を振り解こうとする度におにぎりの具として缶詰から取り出されたサバの味噌煮や秋刀魚の水煮へと飛び散った塩が降りかかり、わたわたと慌てて二人の陽炎型と調理台の間に割って入った五月雨が割烹着の前掛けを広げ身を挺して食材を守り。

 

「そりゃ、どの口が言ってんだい!」

「ぷうぇっ、しょっぱいですっ」

 

 そして、おにぎりの味付けに端を発したその攻防は艦の外で別の仕事に従事していた陽炎型の八女がワンピースセーラーと明るい栗毛をはためかせ厨房に飛び込んで来るまで続いた。

 

・・・

 

 遠く離れた日本の鎮守府では姉妹艦が上げた悲痛な悲鳴に居ても立っても居られなくなった陽炎型姉妹達が集まって基地司令部へと直談判に走り、真珠湾のアメリカ軍港に停泊するはつゆきの厨房では三人の艦娘に囲まれ取り押さえられた磯風がまだ自分は負けてはいないと意味不明な供述を厨房に響かせていた時。

 ハワイにおけるアメリカ海軍の最大拠点にして総合指令所が置かれた軍事施設の一室から出て小さく緊張を抜く溜め息を漏らした青年、田中良介は踏み出した廊下の窓から見えた青い空と遠い街並みの平穏さと今自分達が置かれている状況が戦場の真っただ中だという事実の間に感じるギャップに今度は気疲れを込めた溜め息を吐く。

 

 まだ、ハワイ近海へと攻め込んできた深海棲艦の群れを追い払っただけ、濃度そのものは低くなったがそれでも耐性の無い人間が体調不良を訴えるぐらいには空気中に満ちる霊力の力場は残っている。

 場当たり的に対処してるがまだ戦力の底が見えない深海棲艦は海底の異空間をじわじわを広げ確実に水底を這いながらここへと向かって近づいてきているのだと田中は心の中だけで独り言ちて表面上は穏やかなコバルトブルーの南国の海を眺めた。

 

「田中二佐、その様子だとあまり良い話し合いじゃなかったみたいだな」

「それは・・・君だってここにいる一人なんだから会議に参加してなくてもわかっているだろう? ジョンソン少尉」

「I see、ァー、残念な事にその通りだ、今だって自衛隊が持ってきてくれた粒子除去装置が無ければ立って歩く事も出来ない」

 

 遠くに見えるハワイの景色に見惚れていた田中は不意に流暢な日本語で話しかけられ、その声に振り返った先には米海軍服を身に着けた一人の白人男性がフレンドリーな笑みを浮かべて片手を上げていた。

 そして、田中へと近付いてくる海軍少尉の階級章を身に着けた長身が立ち止まり、拳二つ分は身長差のある日本人士官へと表情を引き締め背筋を伸ばしジョンソンと呼ばれた軍人が最敬礼をする。

 

「そんなに殊勝な君の姿は初めて見るよ、今までにないぐらい硬い態度だ」

「少尉の身で軍を代表して、と言うのはァー・・・大袈裟? いや、調子の良い言い方かもしれない、だがこれぐらいはしないとStates、アメリカの軍人として恥ずかしい事だ」

 

 彼からの敬礼に答礼を返した田中の言葉に彫りの深い顔に笑みを戻した米国軍人は頭の上にある軍帽へと向けていた手を下ろしその流れで自然に田中から差し出された握手に応じる。

 そして、発音はしっかりとしていて聞き取り易いが文法的には少しばかりおかしい言い回しをするジョンソンは田中の後に続いて部屋から出た後は彼の後ろに控え立っていた三人の艦娘を見た。

 

「it's excit、ァー、感動したとても、情けない話だがあの時のワタシは港で倒れていた、だがこの目で直に見てはいないけれど君達の戦いは凄いものだった」

 

 母国語で話しそうになってからすぐにまた日本語に戻して精一杯の友好を伝えようと両手を広げ自分の気持を表現した少尉だが田中の後ろから自分を見つめる温度を感じない三人分の視線に僅かに笑みを強張らせる。

 

[・・・すまないリョウスケ、分からないんだが俺は彼女達になにか失礼な事をしてしまったのか?]

[いや、緊張してるんだよ、彼女達は日本の艦娘でここはアメリカ軍の基地だから]

[ォォゥ、そう言えばその子達は帝国海軍(Imperial Navy)時代の軍艦だったと言う話か、まいったな、正直言って信じられない]

 

 田中に顔を寄せて恐る恐ると言った様子でジョンソンが使う言葉が英語に変わり、その問いに同じ言語で答え肩を竦めた艦娘の指揮官は自分の護衛としてここに付いてきた三人の艦娘へと振り返った。

 

「ところで提督、この人は誰だい? 仲が良さそうなのは分かったけどそろそろ紹介ぐらいはして欲しいな」

「ああ、こっちだけで話し込んですまないな時雨、彼はジェームズ・ジョンソン、見ての通りアメリカ海軍の少尉で・・・俺とはそうだな、友人かな?」

 

 濡れ烏羽の艶髪が金細工の髪飾りと一緒に揺れ、三人の艦娘を代表する様に足を踏み出し田中のすぐ横に並んだ時雨が首を傾げる。

 

「そこははっきりと保証してくれ、リョウスケ、大事な事だ」

「と言ってもJJ、君はIICでは俺よりも義男と仲良くやっていた筈だ」

「それは違う、あれは俺がヨシに遊ばれていた、あいつのBugGumのせいで俺達はひどい目にあった」

 

 旧知の仲とでも言うべきか妙にフレンドリーな様子の田中とジョンソンの会話に前触れなく出てきたここにはいないが聞き覚えのある自衛隊士官の名に時雨、矢矧、加賀の三人が首を傾げ。

 そのIICと言う過去にあった何かの際にとある馬鹿がやらかした事を思い出したらしい特務二佐と海軍少尉はそれぞれ苦々しい笑みを浮かべた。

 

「あれは・・・まぁ、一歩間違ったら国際問題だったからな、俺としてはアイツの馬鹿を見逃してくれた寛大な米軍に感謝しかいないよ」

「ああ、感謝してくれ、国に帰った俺達は日本の士官候補に出し抜かれた馬鹿として教官から再教育を受ける事になったんだからな」

 




 
なんのお咎めもなしですって? ホント?

良かった・・・ いや、そうじゃなくて!

なら司令官は米帝の基地で何の話してたのよ?

え、ふーん・・・そう、まぁ良いわ。

それにしてもやっぱり繋がり辛いわね、通信兵の真似事なんて私の柄じゃないのに。

吹雪と暁型は北海道だし、白雪達は沖縄航路、綾波と敷波は小笠原か。
七駆のいる舞鶴に繋げても遠回りになるだけ、って言うか・・・。

初雪は鎮守府に残ってるはずでしょっ!

何度かけても応答しないってあの子何やってるのよ!!

(A・寝てる)
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