艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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\ バァァァン /

_ 人人人人人人人人 _

> 私小難しい話嫌い!! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄



・・・なら書くなよ



第百十七話

 思い返すのは今から六年前、俺がまだ鎮守府に艦娘の指揮官ではなく日本における最難関学府の一つにして自衛隊士官の登竜門である防衛大に在学していた時、他国の軍士官候補との交流を目的に開催された国際士官候補生会議(International Cadets' Conference)で起こったとある事件。

 事の顛末を簡単に説明するならばその国際交流の場に招待されたとあるアメリカ人の士官候補生へ防衛大史上稀に見るトラブルメーカーが悪質な悪戯を仕掛けてあわや国際問題に発展しかけたと言う話。

 

 改めて順序立てて原因を調べればそれは日本側と米国側どちらかが100%悪かったり過失を起こしたと言うわけでは無い、だがどちら側にも些細な事件の原因は確かに存在していた。

 それこそ米国軍にケンカを売りかねない事をやるぐらいなら物事を荒立てる事無く当たり障りない笑みを顔に貼り付けて我慢しておけばをしていれば良かった。

 しかし、俺を含めた大多数の関係者にとって非常に残念な事にその年度の防衛大には大人な対応(・・・・・)と言う言葉の対義語を擬人化したかの様なあの馬鹿(・・)が居た。

 

「聞かなくても分かるけど一応は聞いておくわね、・・・その馬鹿って中村二佐?」

「ああ、言わずもがなだな」

 

 昼下がりの軍事施設だと言うのに人影がまるで見えない近年の拡大工事によって真珠湾沿岸を広く占有する米軍基地の廊下を歩く俺の先導をする様に護衛役をしてくれている矢矧がこちらを振り返り、その馬鹿野郎の名前を口にするだけでうんざりとした表情を見せる。

 

「で・・・、その悪質な悪戯の標的にされたのがそこにいるジョンソン少尉なんだが」

「yes、その事件で将来はペンタゴンのオフィサーだと期待されていたワタシ、今は本国から遠く、ここで下っ端軍人やっています」

「まさかハワイで再会するとは思っても見なかった、式典で挨拶された時には誰かと思ったよ」

 

 短い発音は気にならないほど自然な喋り方だがどこか言葉選びが微妙に変な感じがする日本語と合わせ大袈裟なジェスチャーで落胆する下手なラグビー選手よりもガタイが良さそうな米海軍少尉、ジェームズ・ジョンソンは直ぐにその顔を上げてスポーツマン系の爽やかな笑みを浮かべた。

 

「ハハハッ、ワタシはキミとの再会で美人なお嬢さん達とお近づきになれた、ァー、捨てる神あれば拾う神、日本ではそう言うでしょう? ・・・ハハッ」

 

 そんなふうに自虐ネタと言うより自分はエリート街道から外れた過去どころかいつ深海棲艦の再侵攻が起きるかも分からない自分達の現在ですら大した問題ではないと笑い飛ばす様な前向きなセリフと共にでジェームズはおどける。

 しかし、場を盛り上げて自分の印象を良くしようと努力しているらしい彼に対する俺以外の反応は前を歩く矢矧だけでなく俺の隣に並んで歩いている時雨も彼のナンパな態度に愛想笑いすらせずどこか冷めた視線を向けるだけ。

 ふと気になって軽く振り返って後ろの様子を窺えば加賀に至っては饒舌な米国軍人へ一瞥すらしておらず、いつも通り冷淡な無表情と視線を俺の背中に向けながらきっかり三歩分程の間を空けて歩調に合わせついて来ていた。

 

・・・oh gee (参ったな、これは)

 

 そして、彼は三人の艦娘から自分のユーモアに対する色の良い反応が全くと言って良いほど返って来なかった動揺でわずかに素を見せて気落ちしたように肩を落とす。

 俺から見て東洋人とは顔の造りが違うため少し濃く感じるが顔立ちそのものは洋画に出てきそうな俳優の様に整っているし態度も十分以上に好青年と感じさせるだけでなく白人男性それも実務に携わる軍人である為か日本人の俺と比べると二回りは大きい胸板は同年代とは思えない程にタフな迫力とそれによる頼り甲斐がある様に見える。

 

 とは言え、彼に対する悪印象の無い俺個人はそう思えるのだが時雨達三人にとってはそうではないらしい。

 

 そんな彼女達の様子にそう言えばと思い出すのは今でこそこちらに合わせて自分から日本語を使ってくれるぐらいに友好的な態度をしているが俺が初めて見たジェームズは自分の優秀さを鼻にかけた粗野な面が強いタイプの人間だった事。

 2011年度の国際交流の場で彼は同年代でありながらアメリカ人の男性よりも体格に劣る者ばかりの日本人士官候補生を貧弱と感じたのか俺を含めた多くの防大生達へとあからさまに横柄な態度をしていたのだ。

 

 誤解の無いように弁護しておくと当時の彼が人種差別者であったわけではない、むしろ肌の色や喋る言葉の違いはただ個々人の特徴でしかない、と士官候補生同士の意見交換の場で議題として出た未だに多くの人種間に火を燻ぶらせる問題への回答としてその主張を堂々と言い切ったぐらいに中立的な考えの持ち主である。

 

 だが、運悪く折しもその年は2008年に初めて確認された深海棲艦の出現とそれら未確認艦船群の掃討作戦とその戦闘による掃討作戦参加国の海軍戦力が受ける事となった甚大な損害から波及した影響により一歩間違えば冷戦時代に逆戻りするかもしれないと言われていた時期。

 その時点で深海棲艦の目撃や戦闘も少なく、突如として海の底から現れた謎の存在とかつて1999年にその存在を提唱した老科学者の論文を結びつける事が出来た者はほぼおらず、大多数はどこかの国の秘密兵器であると言うファンタジー極まる真実とは大きく異なる常識的な憶測がまるで事実であるかのように蔓延していた。

 その為かジェームズを含めた大多数のアメリカ人にとっては正体不明の海上テロリスト(深海棲艦)の正体が共産主義勢力が放った極秘かつ違法な艦隊であると考えていたらしく。

 

 結果としてその時の彼の中に国際平和を乱そうとしている赤い勢力から日本を守ってやっているのは最大の軍事同盟国である自分達(アメリカ軍)なのだと言う優越的な意識が芽生えてしまったのだろう。

 

 そして、深海棲艦の出現によるオリンピックの開催も危ぶまれる程の緊張下にあった国際的な政情不安により士官候補生の集いへの招待に応じなかった国もある状況でIICにあえて参加してくれた、と彼らを前年度よりも過剰に歓迎した防衛大学側の対応にも問題はあった。

 

 そのような事情が重なり、厳しい本国の士官学校から離れられた解放感から旅先の恥のかき捨てとでも言うべき多少の横着なら許されて当然と言うお客様な気分でIICの開催期間(国際士官候補生会議)を過ごそうとジェームズは考えてしまい。

 彼は日本での自分の生活補助を任された寮部屋の防大生達をホテルの従業員の様に扱うだけに止まらず、英語だけでなく中国語やロシア、ドイツ、そして、日本語と多くの言語を操れる事を自慢げしながら他国の士官候補達とはその国の言葉でコミュニケーションを取ると言うのに防大生(俺達)には喋れるはずの日本語ではなく流暢過ぎて分かり辛い英語で話し、お前達は俺に合わせろと高圧的な態度を示し。

 それ以外にも大国アメリカの一員である事を強調する傲慢さが滲む幾つかの言動によってジェームズ・ジョンソンと言う米軍士官候補は非常に対処に困る類の招待客であるのだと来日から僅か二日で俺を含めた多くの防大生に知らしめてしまった。

 

「まぁ、その防大生の中に義男が居なければ君のリゾートは快適なもので終わっていたかもしれなかっただろうけど」

「oh、それは言わないでくれ今のワタシはあれに反省している、本当だ」

 

 何気なく言った俺の言葉ですぐに広い肩幅を精一杯に縮めるジェームズの様子は恥じ入る様な苦笑いに変わった表情から相当に彼の思い出したくない苦い思い出となっているようだ。

 そんなふうにさっきまで陽気だった米国軍人が恐縮する姿に興味を引かれたのか建物と駐車場を隔てる両開きの大きなドアの前で立ち止まった矢矧が適当な壁に背を預け、俺の手を握って歩いていた時雨も立ち止まり話の続きを促す様に青い目で俺の顔を見上げた。

 

 少しばかり粗野ではあるがアメリカの代表である軍士官候補生としてのプライドを良くも悪くもちゃんと持っている為かあからさまな問題は起こさない。

 しかし、その軍人としての矜持があったからこそ周りから咳払いや顰め面を向けられても自分が日本人を顎で使う事は咎められる事ではないと言う態度をジェームズが改める事は無かった。

 

 そして、我儘な注文に戸惑いながらも真面目に対応したとある防大生を使い走りにするジェームズにあの馬鹿野郎(中村義男)が取った行動とは、端的に言えば筋骨隆々の身体に自信を漲らせるアメリカ青年へそれはもう見事にペコペコと頭を下げへりくだった。

 

 はたから見ればどこの営業マンの接待だ、と呆れてしまう程の勢いで米国の士官候補へと媚びる笑みと共に揉み手をして、アメリカの青年が脱ぎ散らかした服を洗いシワ一つ無く見事なアイロンがけをする。

 そうして義男はゴマすりの言葉を立て板に水の勢いで吐きながら煽て彼へと見事な手際でサービスを提供し、丁寧に丁寧に油断を誘いその懐へと忍び込んだ。

 

 そのアイツの思惑を知らず迷惑なお客様を煽てるだけにしか見えない義男の姿に学友の誰もが落胆もしくは憤怒に顔を歪めたのだがそのおかげで使い走り扱いされていた後輩がジェームズの失礼な行動の被害から免れたのも事実、それに加えて個人としてのジェームズは迷惑だが彼の後ろ盾(アメリカ)の機嫌を損ねるわけには行かない事も手伝った。

 だからこそ、その一連の義男の行動をアイツが率先して迷惑な客の面倒という泥を被ろうとしているのだ、と都合良く解釈してしまった教官達はやろうと思えば止められたその一件に手出しも口出しもしない事を決めてしまった。

 

「そう、その場にいた全員が下手に手を出して刺激するよりも我慢して見ないふりを選んだわけだ、あの馬鹿がやらかそうとしている事に誰も気付かず」

 

 時雨に促されて立ち止まり昼までには帰ろうと考えていたが思ったよりも長引いたハワイ司令部との会議のせいで拠点艦(はつゆき)で五月雨達が作ってくれると言っていた昼食を逃してしまっただろうか、と頭の片隅で考える。

 

「一応、俺は義男の事を見直したとか言って感動していた教官にアイツに限ってそんな事はありえませんって言ったんだけどな」

 

 とは言えそれほど空腹と言うわけでもないし、仮に敵襲があったとしてもはつゆきに待機してくれている五月雨が戦闘指揮所から情報を時雨へとテレパシーで寄越してくれる。

 マナ汚染によって猫の手を借りたいぐらいに人手が足りないとは言え艦娘部隊の指揮官と言う色々と扱いの難しい立場である俺に限って言うなら慌ただしく拠点へと戻らなければならない用事があるわけでは無い。

 なら十数分程度の思い出話を気の重くなる現実に立ち向かう休息代わりに使うぐらいは許されてもいいだろう、と六年前の思い出話を続けた俺のせいなのかバツの悪そうな顔をして小さく嘆息した米軍少尉が無為に廊下の出口へと顔を背けた。

 

「それで結局、中村二佐は何をやったんだい?」

「Bugと包装紙に書いたガムを一枚だけ彼の尻ポケットに仕込んだ」

「バグ? え? ・・・それだけ?」

 

 そう、たったそれだけの事。

 

 だけど、たったその程度の悪戯を武器にして召使いの様にジェームズの身支度の何から何までを整えていた義男は将来はペンタゴンの頂上まで登り詰めてやると国際交流の場で恥じる事など何もないとばかりに豪語していた若きエリートの鼻っ柱をへし折った。

 

 それはIIC期間で言うなら四日目、他国の士官候補生と防衛大からの代表者による大会議やその後にコネクション作りの交流を目的としたレクリエーションがメインで行われた一日。

 媚びを売る弱い日本人の典型にしか見えなかった中村義男の姿に騙されていたジェームズは朝から晩まで尻のポケットに異物が入っている事に気付かず過ごす事となり、自分が宿泊している部屋に戻り何気なく探ったポケットに入っていた潰れた板ガムとそこに書かれていたBug(盗聴)の文字に彼は顔を真っ赤にして制服の用意を言いつけていた義男を呼びつけたのだが。

 

〈 [ここが日本で良かったなアメリカ人、さもなきゃその手の上にあったのは本物の盗聴器、いや、毒物や爆弾だったかもしれないぞ?] 〉

 

 と、同部屋のメンバーだけでなく義男を心配して駆けつけてきた辛く苦しい四年を共に過ごした同級生の前であの馬鹿はとてもとても愉快気に口を吊り上げ。

 

〈 [自分の服の変化にすら気付かないのに良くもまぁアメリカを代表するエリートなんて大口が叩けるよな] 〉

 

 そのセリフ以外にもどこで覚えたのか妙になれたスラング交じりの嫌味(英語)を言いながら大袈裟に両手を広げて肩を竦め自分の目の前で顔を真っ赤に染めるジェームズを笑った。

 

 出会った直後からニコニコと愛想良く靴を舐めろと命令すればすぐさま実行しそうな程に服従していると思っていた相手の変化に驚くジェームズはさらにどうせネイティブの英語など日本人には分からないからと調子に乗って吐いた迂闊な言葉を義男が無駄に高い記憶力で諳んじて何も録音されていないテープが入った小型レコーダーをまるでこれが証拠だとでもいう様に手の平の上で弄ぶ姿に度肝を抜かれ。

 それだけでなく部屋に押しかけてきた野次馬の群れから自分に向けられる視線が義男の弁舌で悪人を見る様なものに変わった事に泡を食った顔でその言い方には悪意と誤解があると反論しようとしたジェームズだったが。

 言葉尻を捕まえる揚げ足取りに始まり、自分の事を棚に上げ相手をこき下ろし、規則を都合の良い様に拡大解釈し、冷静な状態なら明らかにおかしいと分かる反則を使う悪徳防大生によって哀れな米国青年は言葉を失う程に叩きのめされてしまい。

 

 トドメとばかりに義男に煽てられてやった自国軍規の徒となるべき士官として少しばかり相応しくないと言えなくもない女子防大生への行動(ナンパ)証拠(写真)をまるで決定的な不正の証拠だとでも言う様に突きつけられたジェームズは針を飲まされた様な青い顔で項垂れ呻く事しか出来なくなった。

 

「そして、その次の日に義男は学長に呼び出されて厳重注意を貰う事になった」

 

 そんな人の良いステレオタイプの日本人を演じきった義男が引き起こした事件のマヌケなオチを俺が言ったと同時に背後でぴゅぷーと何かが噴き出す様な妙に高い音が聞こえた。

 

「・・・?」

 

 振り向いてみたがそこに居たのは背筋をピンと立てた変わらず無表情の加賀、俺より先にそっちを見たらしいジェームズが妙に驚いた顔をしていたのが気になったがそれを考えるよりも先にポスッと腰を時雨につつかれてそちらに顔を向ける。

 

「でも、さっき提督は中村二佐の方がそのジョンソン少尉と仲が良いって言ってたよね? 何かまだ話の続きがあるんじゃないかな?」

「IICに同行していたJJの教官殿も日本での彼の素行が目に見えて悪かったと認めていたし、防衛大側もたった一人の馬鹿がやらかした事が原因でただでさえ悪い国際情勢に火をくべるなんて冗談じゃなかったんだろう、事件そのものは喧嘩両成敗で全員の胸の中にしまっておく事になったわけなんだが・・・」

 

 国際士官候補生会議の裏側で起こった一連の事件を国際問題に悪化させたくなかったから義男とジェームズにはお互いに頭を下げ合い握手して形だけでも和解しろと言う命令が下され、原因であるガムはジェームズが義男から貰った珍しいプレゼントと言う形で一件落着となる、筈だった。

 しかし、事件の元凶である中村義男はそれに納得せず、あろう事か俺や部屋っ子(同室の生徒)までに片棒を担がせてあからさまに自分を忌避しているジェームズを防衛大の外へと連れ出し。

 

「義男のヤツ、彼に向かって日本に来てB級グルメを知らずに帰らせるわけには行かない、とかなんとか言い出してな・・・」

「お前に我が国の食文化への尊敬を教え込んでやる! 偉そうにククッ、but(でも)ァー、あの居酒屋ハシゴはとても楽しかった」

 

 形だけの和解など願い下げ他国の士官候補生と友好しろと言うなら徹底的にやってやると豪語し、どう学校側を丸め込んだのか分からないが外出許可を手にATM(自分の口座)から限度額最大まで引き出した義男は戸惑うアメリカ青年と奢りに歓声を上げる後輩達を引き連れ夜の街へとくりだした。

 

「そして、義男はIIC終了後、今度は根性を叩き直してやると怒る柔道部OB達に首根っこ掴まれ引っ張られていったわけだ」

[HAHAHA!  It serves (いい気味だ)

 

 弾ける様な思い出し笑いを廊下に響かせ今でも義男と電子メールを使い季節の挨拶やクリスマスカードの交換をやっていると今回の式典で再会した際に言っていた海を隔てた国の友人が実に良い笑顔を見せる。

 そう言えばやたらと交友関係が広い義男の友人にアメリカ出身の青年が増えたあの日、俺が彼をJJと愛称で呼ぶようになったのもあの居酒屋で学友達とビールジョッキを片手にもんじゃ焼きとお好み焼きとタコ焼きの差に関する議論の最中だった。

 

「ちなみにその時ワタシ、ヨシには口では負けてしまいましたが酒では勝ちました」

 

 あの全員が全員大童になった8日間、あれからもう六年も経ったと言うべきかそれともまだ六年と言うべきか少し迷う俺を他所にそんな事を誇らしげに言うジェームズへとその場にいた艦娘達が少し柔らかい笑みを浮かべる。

 

「ふふ、中村二佐にお酒で負ける方が難しいわ」

「そうだね」

 

 少しだけ柔らかくなった声を漏らして壁に預けていた背を離し矢矧は出口の扉を押し開き、扉に遮られていた南国の日差し外の音が俺の所まで届く。

 そして、微笑んだ矢矧と時雨の顔に見惚れて棒立ちになったジェームズの肩を軽く叩いて俺はハワイでのアメリカ軍拠点である基地から外に踏み出し少し遠くから聞こえた動物の嘶く声に迎えられた。

 

[・・・自動車じゃなくてなんで馬車なのか?]

[あの虹に電気系をやられたせいで基地中の車はもちろんあらゆる部分が修理中でね、民間に頼もうにも肝心のメカニック達が病院で身体の修理中ってわけさ、今は動ける人間も機械も少なすぎる]

 

 おかげで階級は少尉(30前の若造)なのに現在動ける陸海空の兵士を纏めた大隊で副隊長をやらされている、と肩を竦めたジェームズの言葉に駐車場に陣取っている馬車に目を丸くして念の為に英語で確認した俺は額を押さえ。

 

[それで・・・俺達が来る時に乗って来たヤツは?]

[言っただろ、人も物も少なすぎる。動く自動車なんてレア物ならとっくに誰かが借りて行ったさ、空港じゃ離陸直前に壊れた飛行機を滑走路から退かすのに皆三本目の腕が欲しいぐらいだからな]

 

 国際空港の方向を指さすジェームズの言葉に足りないものばかりな状況を再確認させられて溜め息を吐いた俺は袖を引っ張る時雨に連れられ、近くの芝生を呑気に食む焦げ茶色の馬が繋がれたどこかの倉庫で長らく埃をかぶっていたらしい布屋根の馬車へと向かう。

 

[心配しなくても観光用の馬車らしいから乗り心地は保証する、基地内の機材運搬が終わって無ければこれすら用意できなくて歩いていくところだった]

[朗報だな、それは。 心の底からそう思うよ]

 

 気付けば戸惑う事無く矢矧が長い尾の様なポニーテールとひらりと揺らして身軽に御者台に乗ってしまっているし文明の利器から切り離された事へ愚痴を喚いていても仕方がない。

 

「ァー、Ms.ヤハギ、馬はワタシが運転を・・・」

「ジョンソン少尉・・・[大人しくて素直ないい子よ、この子なら良く言う事を聞いてくれるわ]」

[あ、ああ・・・その通り、牧場では子供に人気のアイドルらしい]

 

 軽く御者台から身を乗り出し明らかに慣れた手つきで馬の背を撫でた矢矧の何気ない言葉(英語)にジェームズが戸惑いつつもどこか嬉しそうな声を上げるのを聞きながら頭の上の制帽を目深に被り直す。

 

 そして、次の目的地であり今いる真珠湾の米軍基地から見て東に位置する自然公園で今回の霊的災害による被災者の救援と支援を行っている自衛隊隊員達と一緒にいる仲間と合流しなければ、と気を取り直して馬車の縁に手をかけ時雨を先に促し少々古びたベンチの様な座席が設置された荷台に乗せ、振り返ると加賀が立っていたのでついでに彼女へも軽いエスコート代わりに手を差し伸べ。

 次の瞬間、陽気な日差しや風すら涼し気とでもいう様に全く反応らしい反応も見せず俺達と一緒に基地に踏み入れてから一言たりとも喋らなかった空母艦娘の身体からまるで煙の様に光粒が溢れて加賀の周りで揺らめいた。

 

「か、加賀?」

「何でもないわ・・・提督、手を借りても?」

 

 霊力で作られる不可視の障壁を張るほど俺に触られたくない、というわけでは無いと言うのは分かるが馬車ではなく俺に向かってズイッと近寄り手を握って来た加賀の姿に驚き後ずさって頭を馬車の縁にぶつけてしまうのも無理はない話だと思う。

 傍目に見るとマヌケな俺にクスリともせず詰め寄って来た加賀が俺の手を握って馬車に上がり、何故かそのまま握られたままの手によって逆にエスコートされる様に引っ張られて俺自身も荷台の上に上る事となった。

 

[確か自衛隊が協力している公園はモアナルアだったか、大隊副隊長、人手が足りない所悪いんだが道案内を頼みたい、良いかな?]

 

 何故か座席に座った後も霊力の光を身体から立ち上らせている加賀に驚きながらもジェームズも荷台に上がり、向かい合う様に座席に座った彼に俺はお互い押し付けられた役職だけは立派になってしまった事を揶揄う様に笑い。

 

「了解しています、Mr.Commander(海軍中佐殿)GPS(カーナビ)より自分はオアフに詳しいです」

 

 わざわざ日本語で返って来たその気の良い返事と爽やかな笑みと同時に矢矧が手に取った手綱を揮い馬車がゆっくりと動き出す。

 

[そう言えばついさっきの会議で良介はこちらの司令部からは何を言われたんだ? 今の君達の様子から全てが悪い話と言うわけではなかったと思うんだが?]

[俺の部隊に対深海棲艦への戦術アドバイザーとしてハワイ防衛に参加して欲しいと言うお願い(・・・)さ]

お願い(request)? 命令(order)ではなく・・・?]

[こっち側にそれを断ると言う選択が無い以上は同じ様なものだよ]

 

 国が違う為にそういう表現を使わざるを得ないとは言え沖から攻めて来た深海棲艦を撃退する為に勝手な武力行使は弁護しようがない失態。

 例え日本からハワイへとやって来た三隻の護衛艦艦隊の代表である海将と日本国領事館の総領事がマナ粒子中毒による病床に身でありながらも連名の証書で俺と艦娘達の弁護をしてくれたとは言え簡単に許される類の話ではない。

 状況が状況であるし、場合によっては俺は身柄を拘束され時雨達14人の艦娘全員はアメリカ軍の戦力として吸収されてしまっていたとしても不思議ではなく。

 とは言え恩着せがましい言い方になるが俺達はハワイ住民の命を守った恩人と言えなくもないのだから無下にされるような事はないと言う楽観も少なからずあり、そんな俺は今回の米軍からの温情ともいえるリクエストに一二も無く頷く事になった。

 

 何より自分の護衛としてついて来た三人の艦娘がもしアメリカ軍による艦娘部隊の接収と言う悪い予想が当たった時に何をやろうとしていたのかを米軍基地へ向かう途中の車内で聞かされた立場から言わせてもらうと米軍からの日本が規定する艦娘運用に関する法律だけでなく専守防衛を是とする自衛隊の理念を合わせて破れと言うでたらめな提案であっても俺の口からは「助かった」の一言以外に出てこない。

 まだ艦娘の運用がスタートしていない米軍の感覚では待機状態の艦娘が指揮官と一緒にいると言う(いつでも戦闘形態になれる)状態の危険性を想像できないのも無理はないのだが・・・。

 

[要するにハワイの将校達は提督と僕らにアドバイザーと言う名前の猟犬を最前線でやれって言ってるのさ]

[それにしても防衛に協力するなら日本政府への口添えと情報統制に力を貸してやってもいいってあの言い方、気に入らないわね]

 

 俺の隣に座っている時雨と御者台の矢矧が少し冷めた顔をしてそんな事を呟く、確かにこちらの迂闊な失態もあったが完全に俺達に脅しをかけてきた勲章付きの米国軍人達に好印象を持てと言うのは無理がある話だが、ちょっと待って欲しい。

 

「矢矧はともかくとして時雨は・・・英語が喋れたのか?」

 

 鎮守府の基礎学習の中に英語の教科があるのは俺も知っている。

 だが学習内容は精々が普通科中学から高校までと同じ教科書を手に単語と文法の書き取り練習を反復すると言うまず英語による会話力は身に付かない授業であり、しかも機密と保安上の理由から外国人講師による実践会話なども行われていないのであれで身に付くのは実際の日常会話で使う機会のない英単語ぐらいなもの。

 そして、己を磨く事を趣味とする艦娘が多い軽巡の一員である資格取得に余念がない矢矧はともかくとして遊び盛りな駆逐艦では理知的な方である時雨であっても基礎学習以外の選択授業などでで英会話を学んでいたと言う話は本人からも聞いた事が無い。

 

「喋れたらダメかい?」

 

 それに加えて彼女の履歴書と言うべき俺の艦隊へ届けられている登録書の備考欄を思い出してみてもその様な記述があった覚えがない。

 

「いや、ダメじゃないが、・・・んん? そうするとさっきの会議の内容も分かってたのか?」

「分からなかったらいざと言う時に提督を守れないじゃないか」

 

 何を馬鹿な事を言ってるんだい、と残念なヤツを見る様な顔で見上げてくる時雨の表情に戸惑う。

 

 そもそも学習能力が並みの人間を大きく上回っている艦娘とは言え0から全てを知るなんて神様みたいなことが出来るわけはなく、もう思考放棄したくなるほど不思議な現象を引き起こす霊力ならともかく過去の人類によって積み重ねられてきた知識はどこからか勝手に湧いて出てくる類のものではない。

 

「あのね提督、海軍の士官なら外国語の一つや二つぐらい出来て当たり前だよ?」

 

 確かに国際交流の場だけでなく有事の際に直面した場合に相手側の言語を知っている事は状況を有利に進める一因になるため英語だけでなく外国語学習全般が防衛大でも推奨されているが、それと時雨達が英語を使える事に関係あると言うわけでは・・・海軍だって?

 

[リョウスケ、彼女達が英語を喋れるのがそんなに不思議な事なのか?]

[いや、今解決した・・・そうか、日本帝国海軍の士官と言う事か]

 

 よく考えれば海軍の船だったのだから英語の喋れる士官を乗せていたとしてもおかしくない、それどころかむしろ彼女達にとって聞かれるまでも無い当たり前の話である可能性すらある。

 失礼しちゃうな、と頬を膨らませる時雨に謝りながら勝手に混乱し勝手に解決した俺の様子に首を傾げるジェームズへと苦笑いを浮かべて見せてから小さく気を抜く為の溜め息を吐いた。

 

 三十隻以上の戦力によって三日連続の侵攻をかけてきたと思ったら黒い渦によって俺達との戦闘で生き残った海上の深海棲艦を海底の限定海域へと引き戻した姿は分からないが複数いるらしい姫級達とその配下である大量の深海棲艦。

 そして、ハワイ沖の戦闘から妙に平和な二日を過ごすことが出来ているがそれは嵐の前の静けさにしか感じられず。

 それだけならまだしも米軍基地の司令官達の思惑は裏が読めず、仕方ないと言い訳しても俺と艦隊のメンバーである艦娘達はこれから始まるだろう戦闘の最前線で日本の法を犯してしまう事が決定している。

 

 ・・・果たしてこれは所詮は一個人でしかない俺程度が背負いきれる責任なのだろうか。

 

 あと、隣に座るのは構わないんだが、加賀はいつまで俺の手を握ったまま身体から光粒を放出し続けるんだ?

 俺はもう艦娘の霊力に慣れているからいいけれど、そろそろ止めてもらわないとジェームズが車酔いではなくマナ酔いで道路を汚す事になるかもしれない。

 




 
さてはて、やる事は山積みだ。
 
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