艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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とある大学生たちの人助け・・・。

情けは人の為ならず。

とは言うけれど、他人にかけた温情が必ず報われるとは限らない。
 


第百十八話

 2016年の12月、世の大学生諸氏は良く言えば横這い悪く言えば低迷している日本経済に翻弄されながらも懸命に就職先を探して四苦八苦しているらしい。

 なのに未だアルバイト探し以上の行動を起こさずさらには私欲に塗れた趣味を優先している私と言えばとある情報に食いつきアイドルの熱狂的な追っかけ並にのぼせ上がった頭でハワイ行きの飛行機に乗り込んだ末に日本から遠く離れたオアフ島に閉じ込められた。

 

 日本から遠く離れた南の島に閉じ込められている。

 

 字面にしてみると何が何だか分からないが事実そうとしか言いようがない状態、そんなワケが分からない状況に流されるまま気付けば日本領事館で帰国不能を告げられてからもう五日目も経つ。

 パスポートに記された帰国期限に関しては緊急事態と言う事もあり特例で滞在期間の延長を認めて貰えたが、だからと言って私達が置かれている状況が良くなったかと言えばそうではない。

 

 他人に言えば精神異常者扱いされるだろう別の地球で生きた記憶、もう私の頭の内側にしかない会社に遅刻しない事ぐらいが取り柄の地味なサラリーマンとして三十数年生きた前の人生ですら訪れなかったハワイの地。

 その生まれて初めてやって来た南国の島が醸し出す陽気さに同行者の二人と一緒に浮かれていた初日から数えれば九日、深海棲艦が海の向こうから放ったと言う虹の津波を目撃してからなら五日の昼下がり。

 

 何故こんな事になったかと言えばハワイで行われる環太平洋合同演習(RIMPAC)に日本から艦娘が参加すると聞いて居ても立っても居られずに野次馬根性に突き動かされた結果と言う他にない。

 それでも日本への帰国を不能になったのが私だけなら自業自得のマヌケが一人ハワイで頭を抱えるだけで済んだのだろう。

 

 だけど、ネットの掲示板で艦娘マニア(鑑定士)などとして認識されるぐらいに前世で傾倒していた艦娘への感情を拗らせて血気にはやった私はよりにもよってこのハワイを襲っている超自然災害の犠牲者を二人も増やしてしまった。

 

 それは同じ大学に在籍する頭の出来は非常に残念ではあるが文句なしに良いヤツだと認めざるを得ない友人、そして、丁度一年前に出会った茅野志麻と名乗る私の心と生活を掻き乱す小悪魔な女子大生。

 

 アメリカ軍が他国からの牽制を無視してでも軍備を拡張して安全を主張しており、深海棲艦の出現から今日まで旅客機が深海棲艦の攻撃を受けて墜落した前例が無かったと言うのは言い訳でしかない。

 この世界で起こったあまりにも多くの事例と頭の中にしかない別世界の記憶が符合していく様に私は前世においてブラウザゲームとして展開していた艦娘達の戦いが、彼女達の物語(戦記)が私が生きる現実の中で再現されていくのだと確信していたと言うのに。

 

 まだ私自身も自分の記憶の中で一際強く刻まれている物語を空想の中の産物であると思っていたのだろう。

 

 自衛隊と艦娘達に守られている自分達(一般人)はどんな事があっても安全なのだと、自分とは住む場所が違うが確かにこの世界に存在してくれているヒロイン達(艦娘達)が深海棲艦にまつわる危険を全て何とかしてくれるのだと思い込んでいた。

 だからそこ資本主義国家の総本山たるアメリカですら制海権を失う事になると言う前の人生に見た未来(ゲーム)道筋(ストーリー)を軽視出来てしまった。

 

 世界有数の大国が雄々しい艦を海上に並べ安全を保証していたから、日本と外国を繋ぐ空路はまだ滞りなく行き来しているから、そもそもこんな事になるなんて想像も出来なかったから。

 

 そんな言い訳をいくら重ねても事実は変わらない。

 

 吹けば飛ぶような木っ端の大学生でしかない私の身勝手が二人分の命を明日も知れぬ窮地に引きずり込んでしまった事はもう変えようがないのだ。

 

「真夏の浜辺ぇ~、マーメードにあいおんちゅー♪ うぇいうぇーい♪」

「・・・お願いだから、君はせめてもうちょっと緊張感をもってくれないか」

 

 肌をチリチリと刺激する光粒は目に見えなくなったが深海棲艦が発生させた不可思議な光の波の余波はまだ残っており、ハワイ全域の無線通信は全て遮断されたまま。

 オアフ島内スタジオから届く近距離放送ですらラジオが吐き出すノイズの中に耳を澄ませばギリギリ緊急連絡や避難施設の案内を聞き取れる程度の状態となっている。

 なのに後悔に苛まれ左ハンドルに向かって項垂れている私のすぐ横、助手席に座っている黒い地毛が根元からプリン成分を追い出され始めている能天気な頭の持ち主は大きく開いた車窓から上半身ごと無警戒な顔を出して歌詞も音程もあったもんじゃない下手くそな歌を閑散とした街並みに向けてばら撒いていた。

 

「はぁ? 緊張したってなんの得にもなんねーっしょ、ちゅうか今はちょいユルがモテる男の条件よ?」

「それはモテてから言いなよ」

「ヒデー、なにそれ勝者の余裕っての? いつの間にか志麻っちとくっついてたヤツの言う事は容赦ねーのな」

 

 たまに会話が成立していると思えるのは私の勘違いで実は日本語に聞こえる別の言語を口から垂れ流している奇人の類がコイツの正体なのではないかと思ってしまう事がある。

 

「付き合いだした途端に銀髪に染めさせて? あれか清楚な女の子を俺色に染めてやるぜって感じ? やるじゃん」

「彼女のあれは君が考えている様なものじゃない、それに今は何の関係も無いだろ」

 

 車内に身体を戻した友人が突然に話題に出したのは私を色々な意味で悩ませる女子大生の名前、とある事情から彼女の特殊な身の上を図らずも知る事になった私が地毛の色の方が良いと言った数日後、初めて会った時には黒だったその髪が眩い銀色へ変わった事は私の通う大学の大多数を激しく動揺させる事件となった。

 理容室に行く代金をケチっていつも自分で毛染めをしてはいつも潰れたプリンの様な失敗頭になる学生が大手を振って講義を受ける事を許される程度には風紀の緩い大学なのだから染髪そのものには問題など無い。

 問題は彼女が類まれな美貌の持ち主で入学直後から注目を浴びていた事とそんな彼女が突然に何処の馬の骨とも分からないメガネ男とお付き合いし始めた事である。

 

 正直に言えばコミュ力の化物と言っても過言ではない隣にいる友人の仲裁や彼女自身が私の完全な味方としての立場を表明してくれなければ月の無い夜に背中を刺された大学生(21)が新聞の朝刊を飾っていた可能性すらあった。

 しかし、そのせいで私が茅野志麻さんとお付き合いしている事実は周囲に認められ、私自身も認めざるを得ない事なったわけなのだが。

 

「そんでなー、志麻ッチが戻ってきたらちゃんと謝れよぉ? お前こそこんな大変な時に喧嘩とか止めろよなっ」

 

 そんな彼女は今ここにはいない。

 

「別にか…志麻さんと喧嘩してるわけじゃないよ、と言うか君も今が大変な状況なのは分かってたのか」

「おうよ、なんたって今の俺ら盗んだ車で運び屋してんだかんな、マジヤベー、日本じゃありえねぇ経験してんぞ俺らっ、はははっ!」

「ちゃんと基地の人に許可をもらって借りたんだからそんなふうに人聞きの悪い事を言わないでくれ」

 

 あの虹色の波が沖から押し寄せてきたあの日、高濃度の霊力力場によって倒れてしまった友人を含めた多くの人々を助け起こし最寄りの避難所に連れて行った後、何故か深海棲艦の放ったと言う波動の中でまともに動ける私はわけも分からず人助けに奔走する事となり。

 その日は観光客や現地住民を苦しめるマナ中毒と言うらしい症状を緩和させる志麻さんの出自に由来する力を借りて何とか手の届く範囲にいた人々の命を長らえさせる事が出来たと思う。

 そうでも思わなければ、後から後から聞こえてくる路上で多発した交通事故や空港で飛行機が胴体着陸して百名以上の負傷者が出た知らせ。

 そして、避難中に直視する事になってしまった黒煙を立ち上らせる事故車の中で助けを求めていた重傷者や間に合わずに息絶えてしまった人達の遺体を前に、そんな言い訳を繰り返し自分に言い聞かせないと私は自らの不甲斐ない心すら守れない。

 

 そんな緊急事態の最中、泣き言と謝罪の言葉を口から垂れ流しながら被災者へ申し訳程度の応急手当てしか出来ない私と違い茅野志麻は苦しむ人々を癒す奇跡とも言うべき力を揮い、間近で見たと言うのに信じられない程の人数を救って見せた。

 それは彼女が偽名によって本当の名前と一緒に隠していた力であり、香取型練習巡洋艦鹿島(・・)と言うかつての日本で建造された軍艦の魂から生まれた艦娘の一人である証拠に他ならず。

 本人の言を信じるならば彼女の出自を知る者は両手の指で数えられる程度しかいない、何がどう間違ってかは分からないがその名を知った一人である私は拙くも救護に奔走する事となった緊急事態の中で彼女と自分の間にある格の違いを見せつけられた様な気さえした。

 

 そして、何とか警察や消防などの公共機関が人力だけとは言え役割を取り戻して事態が一応の鎮静化を迎えた三日目の夜、日本領事館で帰国が出来ない事を知らされ憔悴しきった私は彼女と友人と共に這う這うの体でハワイでの滞在先であるホテルへと戻り、寝る間も惜しんで慣れない事をした疲れもあり日本から持ってきた所持品の確認もそこそこに心配してくれる鹿島の声にゾンビの様な生返事を返してベッド(夢の中)へと逃げ込んだ。

 その翌日、虹色の炎に巻かれる悪夢に飛び起きた私は海の見える部屋で机の上にあった「少し用事があるので出かけてきます、すぐに戻るので心配しないでください」と書かれたメモを手に呆然とする。

 

 彼女の部屋をノックしても反応は無く突然にいなくなった鹿島に戸惑いながらもホテルの近くで行われていた炊き出しで朝食を貰い。

 周囲の人々の中に彼女の姿を探しながらそれを食べている最中にアメリカ軍人らしい人に日本語で声をかけられ友人と共に人手が足りない場所への手伝いに駆り出される事となり。

 健康な人間というだけで重宝される状況による忙しさに振り回された私は鹿島を探す事も出来ずに幾つもの頼まれ事をこなし、果ては何故か国際免許も無いのに車が運転できると言う理由で米軍の駐車場で借りた車に乗り、市街地で軍で必要と言う機械類を受け取った後にモアナルア・ガーデンと言う私有公園へと運ぶ仕事をしている。

 虹の波を浴び尋常じゃない様子で倒れた重病人から治療を受けて僅か一日で能天気に戻った友人と共にとある企業CMでお馴染みの大きな樹が鎮座する公園に向かう道すがら私はこのまま状況に流されていて良いのだろうかと自問自答していた。

 

「うぇっ!? なんだあれ、ライブでもやってんのか?」

「何て馬鹿な」

 

 そんな私の悩みなど知った事ではないだろう友人が助手席で素っ頓狂な声を上げ彼と同じものを見た私は喉から絞り出す様な呻きを漏らして車のスピードを落とす。

 荷運びの目的地である緑豊かな自然公園の駐車場には十数人の人集りが出来ていて車で近づいてきた私達へと黄色や赤が目立つプラカードを手に持った連中の視線が振り向いた瞬間、言い知れぬ危機感が背筋を駆けあがった。

 

「窓、閉めるんだ」

「へ? なんで?」

「早く! いいから閉める!!」

 

 公園入口に置かれた進入禁止の札が付けられたバリケードごしに迷彩服の軍人へと騒がしい声を上げていた人々の明らかに尋常では無い様子に私は戸惑う友人へと声を荒げ、私達の乗る車へと近寄ってくる顔色の悪い数人の姿に固唾を飲んで無理やり気味に車の窓とロックが全て閉じているのを確認する。

 そして、「艦娘は戦争被害者へと謝罪せよ」や「日本は侵略軍」であるなどと英語で書かれた手持ち看板を持った数人によって進路妨害を受けた事で私は冷や汗を浮かべながらブレーキを踏んで駐車場の入り口で立ち往生する事になった。

 

「最悪だ、いるのは知ってたけどさ・・・こんな状況でもこんな事をやるのかこの手の人間は」

「なにこれ、どう言う事だってばよ?」

 

 停車した車を取り囲み取り繕った様な顔で窓をノックする男達と目を合わせないようにして私は呻き、状況が飲み込めず目を丸くしている友人は徐々に強くなるドアノブを弄る音やドアを叩く音、そして、外から聞こえてくる何かを咎める様な口調の英語に珍しく能天気さを引っ込める。

 流石にコミュニケーション能力の高い彼にとっても青白い顔をして舐める様な視線を向けてくる相手は得意ではないらしく、当り前の話だが声をかけてはいけないタイプの人間に囲まれた私達は車の中で身を縮め。

 こういう場合は下手に刺激せず相手が諦めるまで無視するべきだと違法デモを繰り返す集団と遭遇したどこかの工事業者がネットに投稿していた動画を思い出す。

 

「だ、大丈夫なのかよ、ぉい」

「いや、流石に車を壊したりは・・・」

 

 窓越しに東洋系らしい男が私達を指さし[Japanese(日本人だ)!]と声を上げ車に集って来た集団の声色がさらに険悪なものへと変わる。

 とは言え、いくら気にくわない相手だと思っているとしても器物破損なんて明らかな犯罪行為は相手も選ばないだろうと自分自身と友人を安心させる為に口にしかけた私の真横でバシンと激しい音が弾け、運転席側のドア窓に蜘蛛の巣の様なヒビが走った。

 私達に無視されているのが余程腹に据えかねたのだろう口調や表情も取り繕うのを止めただけでなく公園の入り口に詰め寄っていた他の人間も私達の方へとターゲットを変えて近寄って来くる。

 

「ちょ、マジこれヤベーって逃げた方が・・・うぁ、後ろにも来たじゃん」

 

 いつも陽気な友人まで怯え狼狽える声を漏らす状況とその原因共にだんだん腹が立ってきた。

 

 自分達も怪我を負っていたと言うのに手当てもそこそこに事故にあった他の被害者を助けようとしていた勇敢な人達が居ると言うのに連中は少し体調が悪そうだが十分に五体満足、なのにやる事と言えば私達が乗る車に詰め寄り脅す様な言葉を吐き散らす。

 

 本当になんなんだコイツ等は・・・。

 

 今ここ(ハワイ)では道路を塞ぐ事故車をどける作業やポンプが止まった水道の代わりに水を汲んで運ぶ仕事、廊下まで怪我人が溢れる病院で手伝いに奔走するなり数え出せば切りが無い程に人手を求める場所は数知れずある。

 

 そうだ、他人の邪魔よりもやるべき事は山ほどあると言うのに!

 

 ふざけるのも大概にしろ!

 

「いっそ・・・ひき殺してやろうか」

「いや、そっちはもっとヤベーよ!」

 

 そう言えば「死と隣り合わせの極限状態に置かれた人間は下手な猛獣よりも怖い」といつかどこかで読んだ本に書かれていた冒険家のセリフを不意に思い出した。

 

 確かにその彼の言う通りなのだろう。

 

 この助け合わなければ生き残れないと素人の私でも分かる危険な状況の中でこの連中は役に立たないどころか積極的に他人の足を引っ張っている。

 自分でも驚くぐらい低い声と共に舌打ちした私はシフトレバーをニュートラルに切り替えてから苛立ちを叩きつけるようにアクセルペダルを踏みつけた。

 

「お、おい!?」

 

 どうせ車の中でそんな事を叫んでも周りで聞き苦しい英語を喚きたてる外国人は私の日本語を理解出来やしないだろうから万国共通の表現方法を取ってやる。

 

「こっちはいきなり姿を消した鹿島が心配で心配で今すぐにでも探しに行きたいのに! 次から次に押し付けられる仕事で自由に身動きできない!! だと言うのにお前らは遊び半分で何をやっているんだ!?」

 

 腹の底からの叫びを車内に響かせた私と共に不当な暴力を受けている年季の入ったセダンのエンジンが勢い良く唸り声をあげて吠え、車を外から叩いて遊んでいた数人が仰け反って後退る。

 さらに正面に立って下手くそな日本語で「真珠湾を焼いた一交戦を許な」と書かれた手作り(誤植)プラカードを持ちボンネットを叩いていた中年女に向かってクラクションの絶叫を叩きつけた。

 

「ぇぇ、マジかぁ・・・」

 

 私の酷く個人的な苛立ちにまみれた不意打ちで数歩下がった連中の顔が驚きから脅された事に対する怒りに変わり、手に持った看板を木刀の様に構えた(後から聞いた話では私の怒り)周囲の様子に顔を青くしている(様にドン引きしていたらしい)友人には悪いが自重が出来なくなっているらしい私は何度もアクセルを吹かせる。

 とは言え、ギアを発進に入れれば本当に数人を巻き込んで弾き飛ばせるがいくら何でも怒り心頭な私だって本当にひき逃げをやるつもりは無い。

 

「なんかゴメン、でもやらずにはいられなかった」

「いやー、こりゃしゃーねぇわ、俺だってムカつくもんよ」

 

 だが私の考えを知らない自分達の主義を振りかざせば何をやっても許されるなんて考えている連中が鳴り響くクラクションと過剰回転するエンジンの音に警戒して驚き慌てて離れる姿は少しだけ小気味が良かった。

 

 それに自制心が擦れた私だってストレス解消の為だけとかそんな全くの考え無しにこんな事をやったわけではない。

 

 公園の入り口を警備していた軍人が私達の車に気付き銃を構えつつも下手に手出し出来ない様子だったがクラクションの音に一人の軍人が公園内へと急ぎ足で走っていく様子が見えた。

 私達が運んで来た機材はアメリカ軍からの注文だと聞いているしこちらに気付いてくれさえすれば最悪、窓を割られ興奮に叫ぶ暴徒に路上へ引きずり出されリンチされたとしても貧弱な私が殺される前には公園内にいる軍人が助けにやってくるだろう。

 そして、外からの衝撃に強い窓ガラスを木の棒や手の平が叩く音に反撃する為に何度もエンジンを唸らせていたが流石に数分も経てばそれがただの脅しでしかない事に気付いた周囲の暴徒の攻撃は躊躇いを無くして激しさを増してきた。

 

 確かにこの手の人間に絡まれて下手に挑発するのは賢くない事なのだな、と沖縄のトラック運転手の苛立ちに満ちた証言を改めて思い出し先人の知恵を生かせなかった私はドア窓を突き破って目の前に向かってきた木の棒の先端を横目にする。

 白くヒビだらけのドア窓を突き破ってきた棒の動きが妙にスローに感じ、恐怖と驚愕に悲鳴を上げる友人に申し訳ない気持ちで胸をいっぱいにした私は痛みに備えて目を閉じ息を止め。

 

「・・・あれ?」

「ぉん?」

 

 数秒経っても棒が私の身体を突く痛みが来ない事に閉じていた目を開けた私は周囲の様子が妙な事に気付く。

 顔の真横、数cmで静止した木の棒とそれを突き出していたらしい男が何事か呻きながらパントマイムをする様にその場で呻き悶え、それと似た様な動きで車の周りを包囲していた十数人も動かない自分達の手足に戸惑いの声を上げている。

 

 そして、コンコンと軽く天井辺りを叩く音が聞こえ、腕を振り上げたまま静止する暴徒達の姿と言う不思議に驚いて周りをキョロキョロと見回していた私はフロントガラスの上方から顔を覗かせる黒髪の美女と目が合った。

 

「もしもし、お二人とも大丈夫ですか?」

「え、ぁ、はっ、・・・はい」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこういうモノなのだろうか、フロントガラスの上にあるバックミラーに映る大学生二人分のマヌケ面を視界の端に捉えながら長く艶やかな黒髪をボンネットに向かって垂れ下げ宙に浮かぶ弓道着姿の美人を見つめる私は呻くように返事を返した。

 

 その彼女は私の記憶が正しければつい数日前、RIMPACの開会式で各国メディアの前に姿を現してインターネットを大いに騒がせた艦娘の一人、航空母艦娘の赤城その人が朗らかな笑みを浮かべながら私と友人が乗っている車を見下ろす。

 

「少しだけ待っていてくださいね、すぐに退かしますから」

 

 にこにこと柔和な顔立ちに人の良さそうな笑みを浮かべる艦娘が空中で身体の上下を反転させて全く重量を感じさせない動きでボンネットに着地し、スッとその弓道用らしい手袋を付けた右手が空を切るとプラカードの芯で車の窓を割った男の身体が掠れた悲鳴と共に後ろへとズルズルと引っ張られ離れていく。

 見れば車を取り囲んでいた他の人間も同じように足を動かす事無く地面を滑る様に離れ自分の身体を襲う怪奇に怖気づいた声を口々に上げる。

 

「貴方達は連絡のあった配達の方ですよね?」

 

 彼らが等間隔の円形に数mほど離れたのを確認した赤城がボンネットからするりと軽い身のこなしで地面に降りヒビだらけのガラスの割れ目から私へと声を掛け、それに慌てて窓を開けようとした私は開閉用のクランクが壊れて回らない事に気付く。

 この車は米軍からの借り物なのにどうしてくれるんだ、私は大学生の身でここまで壊れた車の修理代を出せる金銭的な余裕なんか無いんだぞ。

 

「えっと多分そうです、町の方の電気店から幾つか・・・その」

「ありがとうございます、それとこちらの不手際で怖い思いをさせて申し訳ありませんでした」

 

 開かない窓の代わりにドアを開けると真摯な態度で頭を下げられてしまい、暴徒に囲まれていた所を助けてくれた恩人にそんな態度を取らせてしまった事が逆に申し訳なくなってくる。

 

「所で・・・そのあれはいったい」

「あら、すみません、少し雑だったでしょうか? 私は加賀さんほど糸繰が得意じゃないので、ふふふっ」

 

 未だに腕や看板を振り上げた状態で固まり声を上げている集団へと恐る恐る目を向けた私に少し照れたような笑みを見せた赤城が淑やかに口元へと手を当て。

 その僅かに光る線が見える指先が口元に触れた直後、何故か周囲の数人が後ろからリードを引かれた犬の様につんのめり固まった姿勢のまま地面にひっくり返る。

 

「まぁ・・・私とした事が・・・やっぱり殺さない様に手加減するのって面倒ね

 

 明らかに魔法や超能力と言われるような現象を起こしながらも穏やかな自然体でいる艦娘が小さく呟いた剣呑な発言に絶句した私を他所に周囲でパチパチと静電気がはぜる様な音が鳴ったかと思えばどさどさとさっきまで身体を不自然な形で硬直させていた連中が地面に尻餅を着く。

 そして、車の周りで青い顔をさらに青ざめさせた十数人をスッと細めた眼で見回した赤城さん(・・)の視線で刃物を首に突きつけられたかの様に声にならない悲鳴を上げた暴徒だった人間たちが我先にプラカードを投げ捨てて公園の駐車場から逃げ出していった。

 

「重ねて申し訳ないのですが、公園内へ荷物を運ぶお手伝いもお願いできませんか?」

 

 逃げ出した連中の後ろ姿とこちらの表情を窺う彼女の姿、そして、自然公園の中から車一台分の荷物を運ぶなら十分だと思える人数の米軍人や自衛隊員達が向かってきている様子を見た私はどうやらその作業を理由に私達を軍が借り上げて守っている公園内に保護しようと申し出てくれているのだと察する。

 

「それはもち」

「もっちろんっすよ! 全部まとめて俺達に任せてください!!」

 

 ありがたい申し出だと返事を返そうとした私だったが口を開いた直後に助手席からシフトレバーを跨いて身を乗り出した馬鹿に押し退けられ座席のヘッドレストに顔を押し付けられただけでなく五月蠅い声を至近距離で叩きつけられる事となった。

 限界まで伸びたシートベルトがギチギチと抗議の声を上げているのも気付かずに飼い主にじゃれる為に飛び付こうとしてしている犬の様な調子の良い男の姿に私はこれで何度目になるか分からない疑問を頭の中に浮かばせる。

 

「なんで私は、君みたいなヤツの友達をやってるんだろうね」

「さみしい事言うなよ~、ほらほらさっさとお仕事やっちゃおうぜ、やっちゃうぜぇ~♪」

 

・・・

 

 コミュニケーション能力に己の全てを振り分けた様な男だと言う事は昔から、それこそ深海棲艦との戦争とは縁もゆかりも無かった前世の日本で会った時から知っていたけれど、それがまさか艦娘相手でも発揮されるなんて想像もしていなかった。

 

「ってわけで俺達ってばミーチューバーとしてそこそこ有名人だったりするんすよ! 赤城さん!」

「は~、ナナさんチャンネル、みーちゅーば、ですか? つまりお二人とも芸能人の方と言う事ですか?」

「いえ、そいつの話は真面目に聞いてたら損するだけなので本気にせずに聞き流してやってください」

 

 車の後部座席とトランクいっぱいに詰められた荷物を運ぶ列の中で私と友人が運ぶのは両手で抱えられる小包程度の箱だがその三倍以上の大荷物を軽々と肩に担いでスイスイと歩いている赤城さんの姿を見ると自分が途端に貧弱な男なんじゃないかと思えてくる。

 一カ月程前に私の部屋の掃除をしていた鹿島が軽々と本棚を持ち上げていた姿に度肝を抜かれ、その後に聞いた艦娘の筋力はオリンピックに出場できる選手と同等らしいと言う話から私が貧弱なのではなく彼女達が強すぎるのだと頭で分かっていても鉄製な上に厚底の履物を履いた可憐な女性が二十キロ近い荷物を苦も無く肩に担いでいると言う事実が違和感にならないと言えばそうではない。

 

「おい、赤城さんってなんつうかおしとやかっての? すんげぇ美人だな、なっ、やっべ、俺惚れちゃったかもしんねぇわ!」

 

 肘で私をつっつき「アドレス教えてもらえるかな」と能天気なセリフを吐く俗物へとうんざりと表情を返事にして私は公園で一番芝生が広くなっている場所へと踏み込み。

 その中央で小さな建物ぐらいある円筒が輝く光粒を吸い込んでいる様子とその近くでスパナを手に数人の作業員に指示を出しているポニーテールの少女を姿を見付ける。

 

「ぉお、あっこにあんの大砲か!? でっけー!」

 

 私とは違う場所に目を向けていたらしい友人の声に振り向けば無骨な連装砲が芝生の上に置かれていたがよく見ればその砲塔部分の装甲が開かれ内部の複雑な機械類が剥き出しになっていた。

 

「赤城さん、もしかしてあれで深海棲艦とかやっつけるちゃうわけ?」

「いや、なんか違う感じが・・・と言うかあれって艦砲じゃないのか、なんでこんな場所に」

「まぁっ、メガネ73号さんは砲の種類が分かるんですか?」

 

 横の馬鹿が道中で調子の良い事を言った為に何かを勘違いしてしまい私を本名ではなくミーチューブのアカウント名で呼ぶ赤城さんの声に内心複雑な愛想笑いを浮かべ「なんとなく勘みたいなものです」と返事を返せばあらあらと微笑みながらあの分解されている大砲が霊力力場を除去するための装置を動かす為に必要な部品を取った後であると教えてくれる。

 

「私達と米軍と共有していた情報が正しければこちらの装備を解体したり民間の方々からこんな形で物資を分けてもらう必要も無かったんですけど」

 

 微笑みの中に少しだけ苦い含みを持たせた呟きと共に機械をいじっている薄い緑色のポニーテールを揺らす艦娘の方へと歩いていく赤城さんの背中を私は自分と同じ様に荷物を運ぶ少し気まずそうな数人のアメリカ軍人の顔を横目に窺いながら追いかけた。

 

 どうやら私達が運んでいた荷物は大気中に漂うマナと呼ばれる不思議な粒子を一か所に集めて全体の濃度を下げる装置を動かす為に必要な部品類だったらしく、それを手際良く大型装置に組み込んでいく作業の様子を少し離れた場所に建っているコテージ風の建物の軒下で眺める。

 積極的に赤城さんや恐らくは軽巡艦娘の夕張、そして、私達と同じ様に日本からやって来た自衛隊員へと話しかけ力仕事を手伝うだけに止まらず、ジェスチャー交じりの拙い英語でアメリカ軍人達ともコミュニケーションを成立させてしまっている友人のアグレッシブさに呆れと羨ましさを感じながら私は壁を背に地面に座り込み溜め息を吐いた。

 

 この配達を頼まれた直後はバイト代も出ないのかよ、と文句を言っていたクセに今は私よりも張り切っている友人を羨ましく思い、同時に漠然と会いたいと考えていた艦娘が二人もいるのに自分からは一歩も彼女達へと踏み出せずにいる自分の意気地の無さに呆れる。

 それでもまともに動き回れて車を運転できる程度が取り柄の大学生ならこれで上出来だろう、少なくとも誰かの役には立っていると自分を褒めた。

 

 そうする事で今の私は数日に初めて見た誰かの死体の前で晒したみっともない自分の行動よりはマシだと自己弁護できるような気がするから。

 

 深海棲艦による霊力力場の放射直後に問い詰めた鹿島から聞いた話では私が持つ何かしらの要因がマナ粒子の汚染に対して非常に高い耐性を与えているのだと言う。

 今年の四月に関東地方へと押し寄せた霊性台風と呼ばれる災害の際に鼻声で風邪気味だと言っていた友人を含めた大多数の中で私と鹿島だけが健康そのものだったのも、つまりはそう言う事なのだ。

 

 何かしらの要因、皮肉にも真っ先に思い浮かんだのはこことは違う歴史を歩んだ別の人生の記憶。

 

 それによって私と鹿島を引き合わせた眼に見えない神の手の様な何かの存在が居るのではないかと言う質の悪い妄想が脳裏に蠢く。

 

「だから私はこうして無事で、じゃなければ私はきっとここにいなかった」

 

 家族を失って泣いている子供を直接見るなんて経験したくなんてなかったし、事故に巻き込まれ血まみれになった人に肩を貸して逃げる様に引き摺るなんて苦労もしたくなかった。

 

 それらはその部分だけ抜きだせば深海棲艦云々とは関係なくこの世界の何処でだって当たり前に起こっている不幸なのだろうけれど身勝手な私はそんなものと巡り合う事など考えもしていなかった。

 

 私と彼らが違ったのは深海棲艦が放った奇妙な粒子に対する耐性が高かっただけ、ただそれだけの差で楽し気に車でキャンプへ向かっていた男の子は父親を失い、浜辺の小道で日課の散歩をしていた老夫婦は意識不明でベッドに横たわっている。

 

「なんで私はこんな事に・・・」

「なら逃げちゃいましょう、先輩さん」

 

 自分が故意にやってしまった事ではないのに押し寄せてくる後ろめたさに気付けば膝を抱えて項垂れていた私は前触れなく頭上からかけられた柔らかい声に肩を跳ねさせ驚きのままに顔を上げ。

 

 コテージの日陰に佇む銀髪の艦娘と見つめ合った。

 

 すぐにでも探しに行こうと頭の中では考えていたのに周りから頼られ自分の中の何かを挽回する為に柄にもなく必死になって動き回り結局はここで無為な時間を過ごしていた私の前に鹿島が立っている。

 だが、まるで何もないところから現れた様な突拍子の無さもあるが、彼女が身に着けている服装のせいで急激に混乱する私の頭は目の前にいる鹿島が現実の存在なのかを疑ってしまう。

 

「ど、どうしてここに」

「知りませんでしたか? 先輩さんの気配って離れてても私には分かっちゃうんですよ?」

 

 クスクスと悪戯っぽく笑う声、襟を飾る深紅のスカーフリボン、白い海軍風の礼服にプリーツスカートを合わせた衣装とツインテールに結った銀髪の上に乗る黒いベレー帽。

 何度、瞬きしてもその姿は私の前から消えず、かつて冴えないサラリーマンだった(前世)で触れたゲームの中にしかいなかったキャラクターが目の前に現れた事実(異常)に我知らず気の抜けた声が半開きになった私の口から洩れた。

 

「さ、こっちです」

「え、ま、待ってくれ、何がどういう」

「今は静かにお願いします先輩さん、大丈夫ですから」

 

 スッと白い手袋に私は手を引っ張られて立ち上り、魅力的に微笑みながらも有無を言わせぬ頑なさを見せる鹿島の態度に違和感を感じながらも彼女によって人気のないコテージの裏へと連れていかれ。

 

 改めて周りに人の目が無いことを確認した彼女は私へと向き直り、顔に張り付けた様な笑みを浮かべながらこう言った。

 

「ここからだと少し距離がありますけれど西に向かってコオリナと言う浜辺まで行けば誰にも気付かれずにこの島を脱出できます」

 

 あそこの辺りは今無人になっているらしいですから、と私をいつも通りに「先輩さん」と呼ぶ彼女の微笑みの裏側に感じたうすら寒さに氷の指で背筋を撫でられたかの様な錯覚を覚えた。

 

「私が、鹿島が絶対に貴方を守ります、だから・・・」

 




 
さぁ、イエスと言ってください。

ただそれだけで先輩さんだけ(・・)は日本に帰る事が出来るんですから。

 
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