艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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今週、私は「土曜の23時59分までならまだ週一投稿だから大丈夫、間に合う!」と自分に言い聞かせながら生きていました。

それもこれも先週の土曜日に仕上げようとしていた話を投稿予約寸前に読み直し「なんかこれ状況説明ばっかりで面白くなくない?」と呟き一万文字以上を一括削除した馬鹿のせいです。

要約すると全部プロットさんが面白いあらすじを書いてくれていなかったのが原因だからマサンナナイは悪くない。
 


第百二十一話

 まるで火で炙られているかの様に揺らめく星空、激しく連続する砲声が赤く燃え盛る火球の群れを夜空に打ち出し、不自然な青く光る海面を立て続けに叩いてペンキの様に粘度の高い水が柱を作る。

 砲撃を行った巨大な影がそれぞれの目から火の様に揺らめく眼光を着弾点に注ぎ、妖しく瑠璃色の光を揺らめかせる海上に自分達が放つ力と明らかに異なる輝きを見た黒鉄の怪物たちが怒りに満ちた咆哮を口々に上げ。

 低く大気を震わせる遠吠え(汽笛)が数キロ離れた場所に走る14mの人影を取り囲む様に響き、再びそれぞれの船体に備える主砲へと次弾の装填を開始した生物と機械を混ぜた様な異形の艦隊の目の前でフラッシュライトの様に人影が強く短く繰り返し輝く。

 

 たった一隻、それも粒の様に小さい砲弾を撃つしか能がない、こちらの群れ(艦隊)の中で最も小さい個体よりもさらに小さい出来損ないを相手に何故ここまで手こずらされなければならないのか、と。

 

 思い通りにならない敵の姿に黄色いオーラを体中から溢れさせる深海棲艦、人間側には軽巡ツ級と呼称される人型と言うにはあまりにアンバランスな大きさを持つ両腕に備えた怪物は自らの対空砲と主砲に僚艦の誰よりも早く砲弾を押し込み目障りな発光を繰り返す敵を撃つ。

 しかし、連発された火砲の轟きが叩いたのは闇の中で光っては消える残像だけで夜闇に溶ける様な黒い三つ編みと布地をはためかせる少女には掠りもせず。

 

 妖しく光る瑠璃色の海を走る小柄な影は海面に立つ水柱をまるで便利な隠れ蓑の様に使って高い波がうねる海を駆け抜ける。

 

 空を飛び回るもっと早い的を撃ち落とせる自分が何故あんな出来損ない一隻に手こずっているのか、と胸中で愚痴を漏らすがかと言って彼女自身が自ら実力を疑う事は無く。

 それ故にその深海棲艦は今戦っている小さな敵が自分よりも優れた力を持った強い敵であるかもしれない可能性が頭の端にすら浮かばない。

 

 これでは偉大なる泊地の姫から下賜して戴いた力の結晶を無駄に消費させてしまうばかり、それだけでなくこの戦いは空母の姫のお膳立てまで戴いている。

 

 だと言うのに旗艦(自分)ばかりを働かせて随伴共は居眠りでもしているのか!

 

 そんな酷く個人的な事情を含めた荒々しい思惟(一喝)を自分よりも砲撃の遅い随伴艦(従者達)に向かって旗艦であるツ級が放った直後、その深海棲艦の頭をすっぽりと包む黒鉄の兜に鋭く風を切り裂いて光り輝く砲弾が突き刺さり激しい衝撃と共に装甲が鉄片を海に散らす。

 頭ごと脳を揺らす激しい衝撃に戸惑った対空を得意とする軽巡は割れた頭部の穴から黄色い気炎を揺らめかせ、数秒の混乱を経て自分が敵の攻撃を受けて頭部を損傷させられたという事実に辿り着く。

 そして、ひび割れた鉄兜の中で対空戦闘特化型の軽巡はこれ以上ない程の怒りと共に咆哮し、直接の上位者である空母の姫から命じられた使命(敵艦の拿捕)を完全に忘れ。

 

 こちらの力と体格の差に怖気づいて闇に紛れて逃げ回っているとしか思えない恥知らずな敵を必ず殺してやると体に纏っていた黄色いオーラをまるで業火の様に溢れさせた。

 

《もしかして、狙い易くしてくれたのかな?》

 

 海の上を照らす様に咲いた黄色い華炎の中心で空高くに漂う白雲の向こうも見通す事を可能とする軽巡ツ級の対空電探の感度が最大まで高められ、即座に夜闇の向こうに見付けた耳障りな鳴き声と影に向かって左右の巨腕が勢い良く突き出される。

 腕に装備された長射程を誇る四基の連装砲へと急速にエネルギーが充填され砲身から獣の鼻息にも見える湯気がちらつき、今度こそ直撃させてやる、と。

 産まれた時(建造された時)から盲目でありながらあらゆる物体の波長を捉える優れた感覚(高性能電探)で全ての的を射貫いてきた深海のスナイパーが照準を完了させる直前。

 

 星明りを浴びて薄っすらと光る蛍光塗料の様な海の下を数本の泡の線が走り抜け、黄色い炎を纏う装甲靴で包まれた深海棲艦の長い脚と接触した魚雷がその内部に詰め込まれた爆発力を開放した。

 

 一発目を追う様に二発目、三発目が連続して炸裂し、敵が放った魚雷の爆発にツ級の巨体を守っていた不可視の障壁が砕かれ下から上へ這い上がる様に船体の表面に無数のヒビが走り、薄布に見えて下手な鋼板よりも高い硬度を誇る鋭角の船底(ブーツ)物理装甲(ストッキング)が弾け。

 

 三連続の爆発が軽巡ツ級から推進力と障壁装甲を文字通り打ち砕く。

 

 自らの脚が砕け散ると言う今までに経験がない程の激痛に晒されながらも何とか意識を保った深海棲艦は不愉快ながら自分が敵の放った魚雷を受けたと理解する。

 だが、自分の数分の一しかない弱者に無視できない損害を与えられた屈辱に震えながらも海面に手を突いてまだ自分の攻撃能力(主砲と魚雷)は健在である事を思い知らせてやる、と気丈に上体を起こし自分が感知した敵の位置情報と攻撃命令をまとめて随伴艦へと伝えようとしたツ級は自分へと向けられている連装砲の砲口に黒く虚ろな瞳と見つめ合ったかの様な錯覚を起こす。

 

《冗談さ、提督》

 

 距離としては数十m、回避と防御(脚と服)の機能を失ってもなお大きさでは敵対者(艦娘)を上回るツ級の巨体にとっては目と鼻の先。

 

 揺らめく月明かりの下で艶黒の三つ編みを振るわせ唸りを上げる二軸の光の渦(スクリュー)に押されながら波の上で身体を斜めに傾け横滑り(スライディング)する駆逐艦娘が不安定な姿勢であるにも関わらず真っ直ぐに損傷した軽巡ツ級の頭部へと照準した12.7cm連装砲を咆哮させる。

 

《うん、分かってる・・・早くここから脱出しよう!》

 

 二連続する砲声が狙いすまして一時的に防御障壁を失っていた深海棲艦の損傷個所を撃ち抜き、激しい閃光と共にツ級の生命維持に必要な主要部分(バイタルパート)の一つである艦橋(頭部)が弾け飛び。

 ゆっくりと横へ傾げて倒れていく深海棲艦が真横を駆け抜けていく駆逐艦娘へと伸ばしていた腕が波の上に落ち、水飛沫と共に絶命したその巨体が分解を始め。

 連鎖的に壊れていくツ級の利き腕の内部から零れ落ちた光り輝く水晶(女王から賜った宝物)を追いかける様に黒い血が昏い霊力へと解けて海の底に沈んでいく。

 

・・・

 

 今までに経験がないと言って良いぐらいに状況は悪い、それこそ最悪と言って良い程かもしれない。

 

 深海棲艦にとってはこちら側の事情など知った事じゃないのは百も承知だったがそれにしたって真夜中の三時に警報で叩き起こされ気付けば奇妙な色に染まっていた海へと出撃しなければならくなった立場としては「たまったものじゃない」と文句の一つも吐きたくなる。

 

「吐いたところで意味なんか無いのは分かっているけれどっ」

「ゴミ袋なら手元にあるでしょ! 前方2500に敵艦! 軽巡級よ!!」

「そう言う意味じゃないんだが・・・」

 

 輝く砲弾を撃ちながら海を駆けている時雨の戦闘補助に掛かり切りになっている矢矧の容赦の無い声を跳ね返す様に言い放っては見たものの内心ではそういう意味でも吐きたくはあるのが俺の実情だった。

 

「提督! 今ので弾薬使い切ったわよ!!」

「燃料の再変換はするの!?」

 

 しかし、頭の中でどれだけ不平不満を叫んだところで非情な現実と言うのは俺達を避けて通り過ぎてくれない。

 さらには容赦なく叢雲の切迫した声とコンソールに表示されている10本の線が並ぶメーターが俺に向かって時雨が砲弾や魚雷に使える霊力が底を突いた事を教えた。

 

「今は弾薬より速力の維持が優先、交代する暇も無い! 時雨は回避しながら接近! こういう戦い方はやりたくないって言うのにっ」

「だから、こういう時にそれを選べる提督の判断は信頼出来るのよ」

 

 こんな誰が見ても逆境と分かる状況の中で勝気に笑える君達がいなければ泣いて命乞いしてるだろうさ、と肩越しに微笑みを見せる矢矧の背中に向かって胸中で呟いてから戦闘と並行して窮地を脱する方法を模索して必死に頭を働かせる。

 そんな俺の手元では今の時雨が使える弾薬は0になっており燃料(推進力)残量を知らせるゲージの方も残すところ目盛り四本だけ、なのに前方には門番の様に立ち塞がる巨大な三つ顎の深海棲艦が歪な身体中から赤い灯を溢れさせて巨大な連装砲をこちらに照準している。

 

《あっちも退いてくれそうにないんだから仕方ないよね!》

 

 これから起こる事に胃が引きつりそうになるのを堪えながら目の前のレバーを引き、砲雷撃戦と表示されているパネルを格闘戦に入れ替えたと同時に俺達がいる艦橋の外側で金属が唸り巨大な機械仕掛けが重苦しい音を立て。

 最高速度とエネルギー効率を優先する云わば長距離型と言える姿から燃料の消費が増える代わりに瞬間的な加速と旋回を可能としてさらにリソース(霊力)を気にせず連発できる駆逐艦娘特有の兵装を展開できる短距離型へと性能を変化させ。

 

《時雨、・・・突撃するよっ!》

 

 白襟が向かい風に激しく閃く肩越しに突き出してきたL字の取っ手を背中の艤装から引き抜いた時雨の身体が弾かれた様に急加速する。

 

「だが撃破の必要はぐぃっ! 無力化できれ、ぅぎゅ!」

「提督は変な声出さないで! なんで、もうちょっとだけ恰好良いままでいてくれないのかしらっ

 

 一転して不機嫌な調子で酷な注文を付けてくる矢矧の声と爆音だけで心臓が潰れそうだと思える程の砲声に歯を食いしばって耐えはしたものの俺の口からは潰れたカエルの様な呻きが零れ、ただ必死に指揮席にしがみ付き反復横跳びの様に身体を左右に振って夜闇の荒海を跳ねる時雨の回避運動に振り回される。

 控えめに言っても耐G訓練並みの慣性に苦しめられている俺が横目にした艦橋を球状に包む全周囲モニターの左右、燃えるマグマを固めた様な砲弾が次々に赤い残像を残して通り過ぎてはるか後方で水蒸気爆発が海面を弾けさせた。

 

《全部外れだよ、残念だったね》

 

 まともな人間なら近くで見ただけで腰を抜かすだろう巨大な白い牙が並ぶ黒鉄の顎。

 

 赤い炎の様なオーラを纏った三つ首の軽巡であるト級の砲撃を全て避け切った時雨がすれ違いざまにまるで世間話をするような気軽さで下手な護衛艦よりもデカい怪物の横っ面へと腕を振りかぶる。

 瞬間、重苦しい撃鉄がせり上がる音と同時に黒い指抜きグローブを付けた右手が握るソレが鉄の塊へと突き出され、時速にして390knotの重みを相手へ押し付ける様に引き金が引かれた。

 

 正直に言えば普段は12.7cm口径の艦載砲として時雨の背部艤装に収まっている武装が何をどう間違えばそんな形に変形するのか未だに理解できない。

 だが、そのL字の取っ手に備え付けられているトリガーが押し込まれた結果は何度も時雨がそれを振るう姿を見てきたおかげで目を閉じていても分かる。

 

 それ(・・)の形状は言うなれば全長6mの雨傘。

 

 時雨の指によって安全装置を解除された鋼の傘が開かれていく。

 

 そして、無数の割れ目からのぞく内部機構で撃鉄を打つ衝撃が連鎖し増幅を繰り返し、共振する六角形に広がった金属の花びらの一枚一枚から雨傘の先端にある石突に向かって暴力的な破壊力が流し込まれる。

 金属の花びらを畳んだ蕾にも見える円錐の短槍がまるで金管楽器の様な音色を高らかに響かせた。

 

「軽巡ト級損傷、でもまだ戦えるみたいよ! トドメは!?」

「さっきも言った、足は止めない! 手負いに構うな!」

 

 身長が14m近くまで巨大化しているとは言え時雨の体格は元の少女のままだと言うのにその細腕と雨傘が放った直接攻撃はまるで巨人の拳と言っても過言ではない威力となる。

 真横から時雨が放った攻撃によって身体の半分以上を潰されながらも駆逐艦娘に追いすがろうと反転しようとしている深海棲艦を置き去りにして俺はコンソール上のセンサー系や海図へと視線を向けて頭の中にしかない妖精の落書きと照らし合わせる作業に戻った。

 

 約一週間前、裏で日米両国高官によるきな臭い交渉が行われている事を除けば順調に行われていた国際軍事演習の最中、ハワイ北東から放たれた強力なマナ粒子の波と海の底から現れた深海棲艦の艦隊による侵攻によって世界から孤立したハワイ諸島。

 そんな南の島からの脱出ではなく米軍からの半強制的な防衛作戦への協力要請を受け入れた時点で攻める側である深海棲艦の都合に苦しめられる事は分かっていた。

 

 深海棲艦は人間とは全く違う生態を持った未知の生物群であり、ただでさえ機械か生物かも分からない歪な姿を持ち、科学と言うより魔法と言った方がぴったりくる災害の様な能力を振るう。

 その生態観察を行った研究者がいない為に断言はできない、しかし、昼夜に対する反応も大凡(おおよそ)の生物と異なるのではないか、と深海棲艦が夜行性か昼行性であるかの議論が鎮守府の研究室で大真面目に繰り返されている程である。

 

 どうでも良い事を思い出し、そもそも既存の生物との共通点が無さすぎる深海棲艦に睡眠というモノが必要なのか、と頭の中で何気なく呟けば俺の脳裏にクレヨンで書いた様な赤い渦巻きと点々の太陽が見下ろすどこかの浜辺で日向ぼっこするアザラシの様に寝転がっている駆逐ロ級とそれを抱き枕の様にしている重巡リ級の姿が過った。

 

そんな事聞いたつもりはないし、そもそも今はそれどころじゃないんですよっ

《提督何か言った?》

「何でもない、これでやっと包囲からは抜けられ・・・たが! くそっ!」

 

 ハッキリ言って深海棲艦が昼寝をすると言うクソどうでも良い情報を教えられたところで今の俺達には何の役にも立たないどころか一瞬の油断すら許されない状況でこちらの集中力を削ぐ様な真似をする妖精に苛立つ。

 最近、鎮守府の文字通り縁の下で艦娘達のバックアップを行っている猫吊るし(刀堂博士)が本当に俺達の味方なのか疑わしくて仕方がない。

 

「今度はどうしたって言うの!?」

「包囲は抜けられたが今度は魚雷が来たっ! 多い、ソナーは!?」

 

 軽巡ト級をやり過ごしてから一息吐く暇も無く俺の視界をいっぱいにしたのは複数の潜水艦型深海棲艦、わかめの様に蠢く髪に包まれた上半身と腕しかない怪談話の中の妖怪の様な姿を持つ怪物が槍衾を作るかの様に次々と魚雷を放つ様子が俺の脳内に居座っている妖精がペンを走らせ描いたらしい漫画が広げられ。

 俺の目の前が血に飢えたサメの様な(デフォルメされた)顔を付けた魚雷の群れが海中を走る様子と海面の下から時雨の後ろ姿を見上げる構図がインクの線で記されたページで塞がれる。

 

「それは後方の! 夕張と雪風は見えてる!?」

「これってそうなの!? 波状に広がってるからゴーストでしょ!? 潜水艦の影も無いのよ!」

「いえっ、雪風達を追いかけてきてる様に見えます、司令(しれぇ)の言う通り魚雷です!」

 

 現在この海域に満ちる強力な力場、嵐の様に荒立つ海面を蛍光塗料の様に夜闇に浮かび上がりながらも暗い洞窟の壁にも見える正体不明の姫級深海棲艦の放つ霊力で深い青に染まった海のせいで手元のコンソールを見ても言われなければ分からない程度の陰影でしか分からない魚雷の群れ。

 そんな艦橋での索敵が通常時の半分以下の精度となっているからこそ俺達にとって致命打に成り得る危険な情報を猫吊るし(刀堂博士)優先的に(無理やり)俺に知らせてくれたのだろう。

 

 ・・・が、それでこっちの前が見えなくなったら本末転倒じゃないか!と視界の端っこにいる小人へ向かって叫びそうになったツッコミを奥歯で噛み潰す。

 

「でも爆雷も無しにこんなにたくさんの魚雷なんて迎撃出来ないわよー!」

「転舵する! 合図をしたら時雨は面舵いっぱい! 総員急制動に注意!」

《うんっ、分かった!》

 

 指揮席の後ろで悲鳴を上げる夕張に心の底から同意しつつ細い糸を手繰る様に頭の中で手持ちの情報を組み合わせて時雨へと指示を飛ばし、俺が彼女の視界に表示されている海図に針路を書き込めば疑う事無く黒いセーラ服が嵐の様な海を切る様に白波の弧を刻む。

 座席に押さえつけられるような感覚の次に俺達を包んだのは奇妙な浮遊感、僅かに自分達の身体が軽くなったような錯覚に向かって突き進めば正面モニターに数秒前には存在しなかった壁の様にそびえる巨大な津波が突然に現れた。

 

「って、前!? 津波ぃ、なんでぇー!?」

「時雨!! あれを登ってくれ!」

 

 手すりにしがみ付き明るい水色の髪を振り乱し悲鳴を上げる五月雨や絶句している他のメンバーには本当に悪いと思ってはいるがここで立ち止まればそれこそ後方の魚雷と前方の大波に挟まれて全滅することになる。

 

「ふんっ、奇怪な、あれが5mの波だと? 時雨の電探は正常に機能しているのか?」

 

 巨大な海水の壁を前に激しく揺る艦橋で唯一焦りとは無縁とでもいう様な泰然とした態度を保つ駆逐艦娘、磯風が目の前のレーダー表示へと憮然としたセリフを吐き。

 

「後方魚雷群、勝手に誘爆し始めました司令(しれー)!!」

「まさか、また空間が捻じれてるって事!? 提督はどうやったら私達より先に気付けるのよっ!」

 

 最大出力で海水の急坂を駆け上り始めた時雨の背後でこの海を暗い鉱石の色に染めている深海棲艦によって縮尺が弄られた空間に殺到した三十発以上の魚雷が括れた道路に詰まる様に追突して爆散する。

 

「今は説明してる暇なんてない、これを越えれば通常の海に戻れるはず!」

「それも戦場の勘と言うやつか、流石はこの磯風の司令官だ!」

 

 これを狙ってやったのは確かだが、そのタネが脳内に送られてくる姫級深海棲艦が海上に作り出そうとしている迷宮の地図である等とは間違っても口にできないのは歯痒い。

 何故か自分の手柄とでもいう様な顔で頷いている磯風の様子には疑問符が浮かぶがそれよりも今は予期せず引き込まれた深海棲艦の領域からの脱出を急がなければならない。

 

 深夜の侵攻を迎撃する為に出撃した俺達を見付けた深海棲艦の艦隊はこちらを取り囲む様に横に間延びした陣形を取り、そのまるで各個撃破してくださいとでもいう様な敵の行動に油断したなんて言い訳でしかない。

 まさか戦っている間に姫級深海棲艦が海上に作り始めていた限定海域の雛形が自分達の足元まで迫って来ていたなんて想像もしていなかった俺は損傷した深海棲艦が苛立ちの灯火を船体から溢れさせながら後退する姿を見た時、ベージュの水兵服の妖精が手に持ったUターン標識を振る姿に呆気に取られ。

 その警告の意味に気付けず敵を血気盛んに追撃する磯風を止める事も出来ず、指揮官失格と言われても仕方がないミスで自艦隊を危機に陥れた。

 

 だが、後悔先立たずとは言うけれどこのまま大人しく深海棲艦の餌食になってやるつもりはない。

 

 まるで俺達を逃すモノかと言う様に逐一海流と波の壁に変更が加えられ、通り道を狙って配置される敵を凌ぎながら巨大な迷宮の端、ウルトラマリンとエメラルドグリーンの境目を目指してもうどれぐらいに時間が経ったのか。

 横目に見えた遠くの空が白み始める中、鋼の雨傘を手に津波の頂上に飛び上った時雨の艦橋から見下ろしたハワイ諸島の島影に確かな手ごたえを感じた。

 

「あちら側に着水する寸前に旗艦を五月雨にっ」

『てい、とくっ・・・』

「時雨っ、どうした!? うぉぁっ!?」

 

 あと少しで透明だが確かに存在する深海棲艦が造り出している巨大な異空間との境目を越えられると碧の海に浮かぶ南国に向かって安心に溜め息を漏らしかけた俺は直後に苦し気な時雨の声を伝えて来たコンソールに目を向け。

 自分の首を押さえて声無く呻く初期艦が踏み越えた津波の壁に叩きつけられる衝撃に悲鳴を上げ、次の瞬間に俺は自分達を襲った超常現象に絶句した。

 

「わ、私達、う、上に落ちてる!?」

 

 電探が表示する数値上は5m程度の高波、実際には高層ビルを容易く飲み込むだろう津波の反対側へと駆け下りようとしていた時雨の身体が海面に叩きつけられ、その異常に誰が叫び声を上げたのかも分からないぐらいの勢いで俺達を乗せた駆逐艦娘の身体が巨大な海の坂を()に向かって転がり来た道を引っ張り戻され始める。

 

『息が、出来ないよっ・・・提督』

「な、何が・・・っ!?」

 

 外からの慣性運動をある程度は緩和してくれる艦娘(艦橋)の中とは言え文字通り坂を転げ上がる(落ちる)小石となった時雨に襲い掛かってくる衝撃は平衡感覚どころか上下すら分からなくなり。

 

 俺が普通の人間だったなら肉声ではなく通信で自分の危機を伝えてくる時雨の状態にただひたすら戸惑い何も出来ずに狼狽えるしかなかったのだろう。

 

 だが、脳裏に前触れなく防衛大の時だろうかどこで見たかも曖昧な戦闘機の模型を使った風洞実験の様子が引き出され何でそんな記憶を三等身の妖精が俺の頭の中から引っ張り出してきたのか混乱しかけ。

 次の瞬間、察しの悪い俺に向かって眉を顰めた別世界からの転生者にしか見えない小人がコンソールパネルの上に飛び出して気圧計と風速計を指さす。

 

「時雨、傘を海に向かって開け!!」

 

 原因不明の窒息に喘いでいた時雨が俺の叫びに歯を食いしばりながら山の頂上の様な津波の上に投げ出されそうになる直前に海に向かって手に持っていた金属の傘を開き、激しい衝撃波が海水ごと俺達を襲っていた強烈な気圧の塊を叩き割った。

 

「風、いや、気圧を操作する深海棲艦・・・だと?」

 

 瑠璃色の海域へと俺達を引き戻そうとした力の正体、強烈な大気の流れと風圧が時雨が弾けさせた津波の飛沫を空に向かって引っ張り上げ水柱が風の通り道に運ばれ宙に浮かぶ川へと姿を変える。

 そこから見えたのは現実離れしたと言う言葉では足りない程に不自然な光景、俺を含めた全員が目を見開き辛うじて悲鳴を押し殺し呻く事しか出来なくなる程に深く昏い海に開いた大穴へと全てが落ちていた。

 

「は、何よそれ・・・なんなのよこれ・・・提督」

 

 その姿が別の世界を生きていた頃の記憶にあるそれと異なっているのは今更だが矢矧へと返事を返す余裕も無く、その思い出とは違う新しく意識に提供された(書き込まれていく)姫級深海棲艦、空母棲姫の情報に感じる酷い頭痛に俺は我知らず自分の額を叩く。

 

 艦橋で使える望遠以外の索敵機能は水で出来た洞窟の様な穴の底、海の真ん中に出来た巨大な滝つぼの中心にいる闇の中でも白く際立つ長い髪を揺らめかせ俺達へ黒鉄に包まれた厳つい腕を向けている美女の貌をした怪物を捕捉できないモノとして扱う。

 だが俺達の目には確かに地球表面の湾曲によって見える筈の無い100km以上先に浮かぶ金属質の艶を光らせる岩礁に立ったその八頭身の深海棲艦とその周りで数十の怪物達がまるで王女を守る家臣の様に囲んでいる様子がいやにハッキリと映る。

 

「これですら限定海域としては未完成? 放っておけばハワイまでこの中に飲み込まれるって言うのかっ!?」

「う、嘘でしょ・・・?」

 

 あの姫の名を冠する深海棲艦は何もないところに自然な環境ではあり得ない高気圧を作り出し空気を奪い、本来は低位にある大気を真逆の位置へと入れ替える能力を使う。

 そして、その姿をこの目で見たからこそ開示される情報が暴風の腕から脱出してハワイのある方向へと跳ね飛ばされた時雨の艦橋に居る俺の頭の中に流し込まれた。

 

 何故初めからそれ(・・)を教えてくれないのか! 本当に貴方は俺達の味方なんですか!?

 

 歯の根が合わなくなる程に恐怖と焦燥感が交じり合った憤慨に叫びそうになりながら必死に怒声を胸の中に押し込めた俺に対する猫吊るし(刀堂博士)からの返事は他人事を聞いた時に見せる様な苦笑だった。

 

「っ!! ・・・旗艦変更! 五月雨頼む!」

「は、はい! お任せください!」

 

 そうしている間に5mの津波(超常現象)の上から数十秒かけて落下していた俺は窒息で意識を朦朧とさせている時雨が朝日に煌めく碧色の海面に叩きつけられる寸前にコンソール上で五月雨の名前が書きこまれたカードを握る。

 艦橋で兵装の制御補助を担当していた水色のロングヘアをなびかせる駆逐艦娘の身体が煌めく光の中に消えて、艦橋を包むモニター全体がホワイトアウトして妹と入れ替わった時雨が俺の据わる指揮席の真横に現われて肘掛け越しに倒れ込んできた。

 

「IFFの発信を確認、はつゆきが出てきてるわよ!」

「通信が繋がった!? 粒子濃度が、これ防壁を作るって言ってるの? 司令官!」

「とにかく今は少しでも限定海域から離れる、五月雨は急いでくれ!」

 

 今は脱力した時雨を介抱してやれる余裕のあるメンバーは俺以外にはいないらしく、小柄な少女の身体を膝の上に引っ張り上げてから海上に開いた金の輪から愛用の連装砲を両手に握り飛び出した五月雨の動力機関の出力を最大に押し上げる。

 

《了解しました! 私の出番、頑張ります!》

 

 輝く光粒を噴き出す煙突と甲高い汽笛の音を響かせて昏い領域から脱し、朝日に照らされ始めた島とその島影から鼠色の船体を見せ始めた友軍の方向へと一直線に姉と違い白を基調とした黒襟のセーラーを纏った五月雨が海を走り出す。

 俺に身体を預けて小さく咳き込んでいる時雨の肩を支えながらコンソールを操作してメインモニターに後方に広がる深海棲艦の支配領域となったハワイ北東を映せば、ついさっき俺達が落ちていた津波があったはずの荒海は見る影もなく平面に濃い青紫のペンキをべったりと塗った様な光景が広がっていた。

 

 徐々に透き通るようなエメラルドグリーンの海水がドロリとした妖しい光を宿す海へと塗り替えられ続けていたが、俺達が真珠湾からオアフ島の外周を迂回して顔を出した護衛艦【はつゆき】の下へとたどり着いたと同時に護衛艦が起動した障壁が深海からの侵略を塞ぐように半透明の障壁を展開する。

 とは言え俺達が体験したあの超常の海による侵食を押し止めるのに一隻の護衛艦で足りるだろうか、と不安にさせられた束の間、自衛隊所属の護衛艦に続いてアメリカ合衆国の象徴である星条旗をはためかせる数隻の巡洋艦が【はつゆき】に続いて現れて新品の障壁装置を起動させ数キロにも及ぶ光の壁を繋げ合わせ自分達の船体を文字通りにハワイを守る堤防へと変えた。

 

「なんとか助かったか・・・と言っても囮に引っかかって引きずり込まれて・・・逃げ出しただけなんだよな」

「今回ばかりは情けないなんて言わないわよ、貴方が指揮官じゃなかったら今頃、私達全員あの中で深海棲艦の餌だったわ」

 

 はつゆきへの連絡を要請しながら重い身体を背もたれに預けて艦橋の天井へと顔を向け、あの空母棲姫が造り上げた昏い海から打って変わって高く何処までも広がる夜明けの空に溜め息を吐く。

 所々が戦闘で破れ焦げ煤けたた阿賀野型姉妹で共通の制服を揺らし疲れを身体中にじませながらも肩を竦めた矢矧がこちらを慰める様に気遣いをかけてくれて、他のメンバーも同意する様に頷いているのが言葉に出来ない程にありがたく。

 

 しかし、同時に彼女達に伝える事が出来ない脳内の妖精に頼りっぱなしで窮地を脱した事実とただただ目の前に現れる敵に場当たり的に対応する事しか出来なかった自分の実力不足に俺はもう一度溜め息を吐き。

 

 胸元に寄り添う様に身体を預けてきた時雨の頭を撫でて艶黒の髪を指で梳いた。

 

「まったく明日はクリスマス本番だって言うのに、なぁ・・・」

 

 たった十四人の艦娘と百を超える深海棲艦の大群、その上に猫吊るしからの情報が正しいならあの空母棲姫以外にも姫級が二体も存在していると言うのだから冷静に考えれば罰ゲームどころの話ではない。

 去年は腐れ縁の親友とお互いのプライドをかけて戦って試合に勝って勝負に負けたが、今年は自分の命をかけて絶望的な敵に挑まないといけないらしい。

 

 俺の敗北がそのまま時雨達やハワイ諸島に住む全ての命の死を意味する恐怖にどうしようもなく身体が震え。

 だけど膝の上で俺を見上げる碧い瞳を見た瞬間にふっと凍えて固まりかけていた身体の芯が緩む。

 

 もしかしたらこの子がここに居てくれなければ俺ははつゆきの艦長からの連絡に応じる気力すら湧いてこなかったかもしれない。

 




 
「あれ? 仮に23時59分に投稿できたとしても次の投稿はその一分後にしなきゃならないんじゃないか?」と気付いた私は絶望した。

でも命がかかってるわけじゃないし、・・・作中の田中達よりはマシだから次回も頑張る、ます。

だけど明日の0時に次話が投稿されなかったら察してください・・・。
 

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