四女「おーい、ほら見ろよ、事情話したらこんなに沢山貰えた!」
次女「わぁ、ほんとにたくさん・・・でも、こんな事して本当に良いんでしょうか?」
五女「あの子だっていつまでもこのままってわけには行かないでしょ、荒療治よ」
三女「炭が重い、叢雲手伝って・・・」
五女「それ、私と白雪が何運んでるか見て言いなさいよ、このコンロ台が何キロあると」
四女「いやー、それにしても園芸部って気前が良いんだな、カボチャまで貰っちゃったい」
次女「これで吹雪ちゃんが自分に素直になってくれるなら良いんですけど・・・」
五女「まったく、見るだけで死にそうな顔するクセに口では大好物なんて良く言えたもんだわ」
その日、姉妹艦のお節介によってとある駆逐艦娘を悪夢が襲った(過去形)
幾つもの香辛料が交じり合った芳醇な香りが漂う暖かな空気で満ちた畳敷きの広間で司令官の横に座った私は鳳翔さんと一緒に作ったカレーを食べながら横目に壁掛け時計を見る。
飾り気のない時計が指し示している時刻は午後五時、数日後にはクリスマスが待っている十二月の半ば、冬の北海道はもう完全に陽が沈み雪の結晶が張り付いた窓の外は真っ暗。
でも普段通りなら夕食には少し早い時間。
けれど、司令官が言うのだからこれでいいんだ、と私はカレーをスプーンで口に運びながら隣に座っている私の
スムーズにカレーを口に運んではいる司令官だけれどその顔は眉間にシワを寄せた険しい表情を浮かべている。
それは多分・・・、と言うか間違いなく目の前で私達と同じ様にカレーを食べている男性の澄まし顔と彼が持ってきた問題のせいで司令官は不機嫌そうな顔しているんだろう。
ただ私一人だけ取り残されたコンクリート色の鎮守府で出会ってから無くした仲間達を取り戻してきた日々の間ずっと彼の事を見てきた私にはなんとなく今の司令官が纏っている気配がその表情ほど険悪なモノではない事が分かっていた。
こう言っては何だけど私の司令官は嘘つきな人、だから目に見える言動とその裏側の考えがちぐはぐになっている事が良くある。
少し調子が悪い時でもそれを隠して皆を笑わせる為におどけたり、本当は戦いを怖がっているのに平気なふりをしていたり、たまに何の意味も無い軽口で私達をからかったり。
だからなんとなくだけど今の司令官の様子は「俺は怒っているんだ」と不機嫌そうな態度で周りに知らせる為の演技なんじゃないかな、と思う。
私は司令官がこういう面倒な事をし始めた時は決まって駆逐艦の私程度では想像もできない目的を達する為だと知っている。
そして、司令官がそんな回りくどい事をするのは大抵の場合子供みたいな理由で仕事をサボる時だけど、たまに驚くほど複雑で一見すると無意味と思える道筋を通りながら最後には皆が揃って驚きながら認めるような最大の成果を引き出す時もある。
けれどそれを知っているからと言って私が司令官の思惑を全て推し量るなんて事をする必要はない。
重要なのは司令官が何の為にそんな事をしているかではなく、彼が目の前にいる政府から派遣されてきた官僚に対して怒っているという事に
だからいつも通り私は彼がハッキリと言葉にして伝えてくれる時を待って何があっても義男さんと一緒に居るだけ、たとえそれがどんな命令だったとしても彼が指し示す方向を信じて全力で海を走れば良い。
それが私にとって当然の事なのは変わらない。
それはそれとして、戦前と違い電話や手紙よりも便利な通信手段はいくらでも存在している現代だと言うのに内閣直属であると言う高級官僚がわざわざ本州から小包の様に分厚い封筒を携えて私達のいる北海道までやって来たのはなんでなんだろう。
流石に正確な理由は分からないけれど今のハワイで起こっている深海棲艦による侵攻や現地に居る田中艦隊の皆に関係する事だと言う事ぐらいは私にだって分かる。
目の前で黙々とカレーを食べている澄まし顔のスーツ姿の人はここに来て早々に司令官達とだけ重要な話をすると言って二階の事務室を締め切ってしまった。
なので今の所は私を含めたこの場に居る艦娘は全員、司令官や田中中佐程ではないけれど妙に強く私達の感覚に引っかかる気配を持った
おまけにその話が終わった後も私の司令官だけでなく工藤
司令官達が話をしている最中に二階に行って事務室のドアに聞き耳を立てていれば知る事も出来たかもしれないけれど丁度その時の私達は司令官に頼まれて今いる元は地域の公民館だったらしいこの建物。
その一階にある畳敷きの広間で海図や用紙を広げ、遠く南の海で起こっている戦闘に耳を澄ませ一つでも多くの情報を集める事に集中していた。
なので、いくらその話し合いの内側が気になっていても司令官達の話を盗み聞きする暇はなかったとも言えるのだけど。
〈 お茶を運ぶついでに少し探ってみる? 私が矢を床に落とせば 〉
〈 あちらにも艦娘がいるのよ、そんなのすぐにバレるわ 〉
〈 それにしてもなんであんな私達を見下してる気配させてる男に付いてるのよ、彼女は・・・ 〉
そんなふうにハワイの田中艦隊に姉妹がいない五十鈴さんと高雄さん、姉妹艦自体が居ない大鳳さんの三人がテーブルから落ちて広間の畳に散らばる雑多なメモを後で分かり易い様に編集しながら相談していた姿を思い出す。
彼女達が同じ艦隊の中で特に頭が良く判断力も高い事は普段からの仕事ぶりだけでなく司令官が作戦立案を頼む事もあるのでその優秀さは私よりも上だと言う事は良く分かっている。
けれど、度々司令官の命令が無い状態で艦隊の為になるからと自己判断で艦隊運営に係わる書類を裁定するし、さらには司令官の命令そのものに
でもそれは彼女達だけじゃない、私以外の仲間達は五十鈴さん達程じゃないけど平気な顔をして司令官の命令よりも自分の判断を優先する事がある。
そんな事をすれば越権行為だと叱られた上に生意気な艦娘と思われて司令官に嫌われるかもしれないのに。
なのにたまに、時々だけ、実はいつも・・・自分で考えて司令官と異なる意見同士をぶつけ合う五十鈴さん達が私は酷く羨ましい。
・・・流石に霞ちゃんみたいな司令官に構って貰いたくて仕方ないからと言う理由で反抗的な態度に心血を注いでいる艦娘は例外中の例外だとは思うけど。
でも。
誰よりも彼の為に深海棲艦と戦える艦娘はワタシの筈なのに、司令官に命を捧げても良いとすら想うその意志だけは誰よりも強いって事だけは疑い様がない筈なのに。
私は自分よりも我儘な振る舞いをしている仲間達の方が司令官に気に入られているんじゃないか、って思ってしまう。
そんなふうに考えてからもう答えは分かり切っているのに、と声に出さず自分への自嘲を呟く。
だって、その答えから目を逸らしておかないと義男さんから教えてもらった
司令官は彼女達のように自分で考えて行動できて自らの可能性を引き出せる艦娘が好き。
一個の
なのに私はその個人的な感情のままに振る舞えば自分が司令官の教えてくれた
それでも堪え切れずに漏れてしまう自分でも呆れるぐらい子供っぽい理由の私の我儘に司令官は優しく笑いながら髪を撫でてくしゃくしゃにしてくれる。
褒めてもらいたくてやった結果が失敗だったとしても、もっと強い彼との絆が欲しいなんて私欲に塗れた願望をぶつけても、しょうがない奴だと笑いながら義男さんは私を受け止めてくれた。
責任を取ると言って、交わした約束を破る様な人じゃないって事も身も心も全部を彼に預けても後悔しないって事も頭では分かっている。
胸の奥で励ましてくれる私の心と重なりながら私ではない
何故かと言えばこのままじゃダメだって勇気を出そうとする度に記憶の奥底から目の前で砕け散った姉妹艦や仲間達の姿、そして、私一人だけが取り残された灰色の鎮守府が脳裏にフラッシュバックする。
そんな時は決まってコンクリート色の景色に立ち尽くす私の後ろから「
でも、その意地悪な事を言う吹雪達の顔は揃って私に向かって羨ましそうで、ヒビだらけで、手足も歪んでいる身体を霧の様に揺らしながら、今にも泣き出しそうな声で“なんでそこに居るのが
そして、最後には私達の
実は私が知ってるだけでもかなりの人数の艦娘が同じ様な体験をして悩んでいたのだけれど私と違ってその子達は始めは驚いていて怖がっていても最後には夢の中で消えかけている
だけど「それは変だ」なんて言わない。
むしろ
私にとって身近な時雨ちゃんや五十鈴さんの事情を知っているから前の自分の記憶を受け入れても今の自分が無くなるなんて事が無いのは分かっている。
だからこそ本当はどれだけ辛く苦しい記憶だったとしてもきちんと過去の吹雪達が抱えたままになっている悔いを受け入れ
もっと私を好きになってもらえると分かっているくせに、と我ながら自分の女々しさに溜め息が漏れた。
そんな言葉に出来ない弱音を漏らしていたら手元でカチンと硬い音がする。
見下ろすと焦げ茶色のルーで少し汚れたお皿の上にはサイコロ形の茶色いジャガイモがいくつも転がっていた。
・・・本当に司令官が言っていた【吹雪】はこんなモノが大好きだったの?
何と言うか煮込んだ時の微妙な歯ごたえの無さとか揚げた時の粉っぽさとか、他にも色々な方法で料理してみても心の底から美味しいと思えなかった私にはこの野菜を好きになれる日が来るとは思えない。
お芋と一言で言ってもその種類はそれはもう数え切れないぐらい沢山あるけれど私にとってはどれもこれも正に煮ても焼いても食べられない食べ物になってしまっている。
男爵にメークインなどジャガイモの類、サツマイモに里芋だけじゃない、喉に絡む長芋のトロロに耐えられずひどく噎せて口の回りと鼻の中が凄くかぶれてからますます私は芋という存在そのものに近づきたくないと心から願う様になってしまった。
その嫌な記憶に紐づけされて引き出されたのか私は深雪ちゃんが艦娘園芸部の畑からくすねてきたというサツマイモを焼き芋にした時の事を思い出す。
あれは確か海を荒らす2mを超える巨大な秋刀魚の群れに関するアレコレに片が付き、司令官と私達の北海道への出向が決まる少し前。
笑顔でホカホカのそれを差し出してくる深雪ちゃんに突っ返すわけにもいかず意を決して齧り付けば噛めば噛むほどべったりと口の中に張り付くだけに止まらず、その黄色い半固体は喉まで詰まらせ、口の中で膨らむ甘ったるい暴力で言葉に出来ないほど強い吐き気がこみ上げ。
何故か周りで騒いでいる姉妹艦に囲まれながら必死に吐き気を我慢していた時、司令官が丁度通りかからなければ私は妹達の前で想像するだけでも死にたくなる様なとんでもない恥をさらしていただろう。
ただそれのおかげで司令官に「実はお芋が好きじゃないんです」と告白できた事でその日以来は周りの目に気を付けながら司令官のお皿にお芋類をお裾分けして事なきを得る事が出来るようになったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
のだけれど・・・今の様に怒り顔で司令官が周りの注目を集めているような時にはそれも出来ない。
あからさまにやると北海道に派遣されてきた私達の台所を取り仕切っている鳳翔さんが眉を顰めて最近のお野菜の値段の話から始まり「軍人たるもの好き嫌いせず食べる事も仕事の内なのよ」などと気が滅入るほど長い説教をしに来る。
確かにその長いお話の内容自体は誰が聞いても反論の余地がなく正しい事は認めざるを得ない。
でもわざわざ私が司令官と二人きりで過ごす順番が回って来た夜に私の寝室にまでやってきて正座させるのは今考えてもおかしい話だと思う。
おまけに用事が終わった後も居座っただけでなくお芋の不正取引の共犯として私の隣に座らされ足を痺れさせた司令官へすり寄って抜け目なくおねだりするのはズルい、司令官が良いと言うなら仕方ない事だけれど絶対にズルい。
それはともかく、取り留めのない事を考えていても皿の上から
かくなる上は最後の手段、無理矢理に水で胃に流し込むしかないと私はコップへとカレーの辛さが原因ではない汗で湿った手を伸ばした。
「さてだ、腹ごなしにちょっと話でもしないか? 田所さんよ」
そんな時、いつの間にか司令官のお皿からはカレーが全て無くなって正面に座っている田所浩輔と名乗る官僚の皿も茶色よりも白が目立つぐらい綺麗に平らげられていた事に気付く。
コップを持った状態で首を傾げた私はふと政府からやって来た二人と司令官達の話し合いが終わった後に怒り心頭と言う顔をしながら義男さんがわざわざ夕食の時間を早めてまで官僚の二人を此処に座らせた事を思い出す。
そう言えば、その田所という人に嫌な事を言われて司令官が怒っているのは誰が見ても分かる事だけれどそれなら何で彼らを追い返さずに夕食に招いていたのだろうか?
「我々は無意味な世間話をしていられるほど暇な立場ではないのですが?」
司令官に夕食に誘われた直後は冷たいポーカーフェイスの下からにじみ出る程の軽蔑の気配をこっちに向けていた肩書だけは偉そうな人の様子は一刻も早くここから、いや、
なのに慇懃に遠慮する官僚の返事をあえて無視してその二人が食事の席に加わる事を決定事項として言い切った司令官が鳳翔さんんい夕食の献立を聞き。
丁度、エプロンを外して畳んでいた鳳翔さんが「今晩はカレーです」と答えた途端に物凄く嫌そうな気配を纏ったままビジネススーツの男は何を思ったのか私達の視線を無視しながら澄まし顔で案内されたテーブルの前に座った。
少し前の出来事を思い出していた私は難しい事は分からないけれど、もしかしたら誘った司令官だけでなく田所という人の方にも引き際を躊躇う何らかの理由があってだから話し合いの余地を探る為にこの場に止まっているのかもしれないのではと考える。
そして、その刺々しい司令官と田所さんのやり取りを聞いていた工藤大尉は応接室から出て来た時から青かった顔をますます苦しそうに顰め、別のテーブルで半分以上残っているカレー皿を前に項垂れ。
「元気を出して司令官」と口々に励ます暁ちゃん達に囲まれながら浦風ちゃんに背中を撫でてもらっていた。
「急いで帰らないといけないたって全く時間が無いってわけじゃないだろ、外見れば分かると思うがこの雪で今から本州に帰る便が都合よく見つかるとは思えない、どれだけ急いだって釧路のどこかで一泊してから帰りは明日だろうな」
冬の北海道を舐めるなよ、とまだ北海道生活一カ月と少し程度なのに地元民の様な事を言う司令官の言葉で私は口元を拭いている細面の男の人とその横で柔和な笑みを浮かべているけれど一言も喋らない人間のふりをしている巡洋艦娘を改めて見る。
「まぁ、内閣の命令で北海道くんだりまで来て無駄足踏んだ上に空港のロビーで寝る覚悟で上司の所に報告しに行きたいなら止めないけどよ?」
上品なスーツを着た艦娘の方は今日初めて見る顔、記憶を探っても私は彼女の名前に心当たりは無くどんな人なのかも分からない。
けれど田所と司令官が呼んだ方の人は去年の今頃の時に開かれた佐世保の式典で実行委員会の代表として私達に色々な注文を付けてきた時の人で間違いない。
「生憎とそれが私の責務であると考えておりますので、自衛官でありながら日本だけでなく世界の安全よりも個人的な嗜好で物事を判断する貴方には分からないようですが?」
「日本や世界じゃなくて、・・・あんたら日本政府の都合だろよ」
しかめっ面な上に相手を小馬鹿にするように鼻を鳴らす司令官の軽口に官僚の人の澄まし顔は微動だにせず。
だけど私達を見下す様にメガネの下で細められた目とその身体が纏う気配は目の前の相手を叩きのめしたいと考えている事が透けて見えるぐらいに苛立ってピリピリした気配が溢れていた。
それは私達が力を使う時のように光粒がハッキリと目に見えるほど強くは無い。
でも指揮官としての適性を持たない普通の人よりくっきりと、それでいて義男さんや田中二佐より少し弱く。
だけど間違いなく艦娘の指揮官にはなれる資質の証がオーラとなって田所と言う人の周りで揺れ動いている。
そして、顔だけ見ればその表情は出会った時点から石膏像の様に全く動いていないけれどその身体から目に見えないぐらい薄く漏れている霊力の揺らぎのせいで表情に現れない感情が私達には筒抜けだった。
「・・・提督、ちょっといいかしら?」
わざと怒る事で真意を覆い隠し私達にすら本当は何を考えているか感じさせてくれない司令官と比べると田所と言う人は艦娘の前で表情さえ取り繕えば十分だと考える程度に私達との交流に慣れていないのだろう。
自分は賢いですって言う様な澄まし顔をしているのに妙な所で間が抜けているんだなぁ、と私が思ったのとほぼ同時に少し離れたテーブルで頬杖を突いてこちらを見ていたらしい五十鈴さんが司令官へと声をかけてきた。
「いい加減、提督達がさっき何の話をしてたか言ってくれない?」
そろそろ下らない言い合いが耳障りだから、と司令官以上に歯に衣着せぬ物言いをする五十鈴さんの様子に横目を向けた司令官の気配が一瞬だけまるで待ってましたと言う様に少し嬉しそうに揺れる。
「ああ、だな、さっき言ったように国際情勢を左右しかねない機密ってのが関わってるから面倒な部分は省くが」
多分、さっきの揺らぎで私だけでなく殆どの艦娘が演技だと気付いただろう不機嫌そうな態度をまだ続けながら少し勿体ぶった様子で腕を組んだ司令官が正面へと顔を向けなおして肩を竦めて広間に居る全員に聞こえる声で言う。
「簡単に言うとだ、・・・例のハワイの件でまだ設置されてもいない対策本部に現地友軍の救出部隊としての出撃の申請を俺達
「本部の設置がまだと言うだけで組織そのものは問題なく手続きを行えるとお伝えしたはずですが?」
司令官が言った言葉の意味がいまいち分からず私は目を瞬かせながら首を傾げ、横目に見える周りでは司令官と田所さんの様子を見ていた全員がぴたりと動きを止めて時計の針の音が聞こえるぐらいの沈黙が満ちた。
そんな中、不意に「ぐぅっ」と苦しそうに呻く声が聞こえそっちを見ると額に青筋を浮かべた浦風ちゃんが私達の方を見ながら工藤大尉の背中に指を食い込ませている。
それは無意識の行動だったのか浦風ちゃんはすぐに慌てた様子で大尉に謝っていた。
けれど、そんな事はどうでも良く感じる程の衝撃で私の頭はとてもとても混乱している。
「はぁ? なにそれ嘘でしょ?」
「これはまた・・・まさに馬鹿め以外に言葉が出てこないわね」
次第に五十鈴さんを筆頭に憤慨する声や心底呆れたという感じの溜め息を吐く声が周りから聞こえ始め、私はお皿の上で転がしていたジャガイモをスプーンの腹で押し潰した。
「受けるかどうかは任意ではあると言いましたが、どうやら彼女達には貴方の判断は同意を得られないものだったようですね」
私達の態度から何か見当違いな事を感じ取ったらしい官僚の声がどこか小気味よさそうな気配を揺らしたと同時にザラリと胸の内側で私の心と一緒にいる
「中村特務二佐、貴方の独断が友軍、そして、ことさら姉妹艦を大切に思う艦娘からそのチャンスを奪う上に今後の日本政府を危険にさらすものであるのは明白、この場で考え直してくださいとは言いませんが・・・まぁ」
つまり、日本政府
「機密の守秘を徹底するならそちらの彼女達と相談してみてはいかがですか? 一分一秒を惜しむ事態ではありますが我々としても明日までなら今日聞いた賢明ではない答えを聞かなかった事にする程度のリスクは負う事にしましょう」
「さっきから何言ってるんですか、何をっ・・・」
「君は確か駆逐艦の・・・吹雪でしたか、まぁ、中村二佐と相談が必要なら後で」
私の司令官から政府に出撃させてください、と頼めと言われた?
「政府は、アナタ達はふざけてるんですか?」
「っ!?」
低く低く声がかすれるぐらい、自分の声じゃないと思ってしまう程に重い言葉が私の口から衝いて出た。
・・・
同じテーブルに向かい合って座っていたセーラー服姿の艦娘からドロリと粘性を感じさせるほど昏い瞳で睨み上げられた田所は数秒前まで努めて視界から外していた艦娘の底が見えない黒瞳に本能的な恐怖を感じて折り目正しいスーツの中で背筋を強張らせる。
「吹雪、おちつけ」
「・・・はい、司令官」
横合いから伸びてきた中村の手で二つのお下げが揺れる黒髪が掻き混ぜられ、相対している存在を明確な敵として認識した者が見せる色を宿した瞳で田所を睨んでいた吹雪は頷く様に顔を伏せて指揮官に素直に従う。
「まぁ、そうね、吹雪の言う通りふざけているとしか思えないわ」
「不知火達がそのような要求を飲むと思われているとは、実に不愉快ですね」
「うわぁ、予想の斜め上のお馬鹿でち」
「全くこれだから軍の在り方を理解していない政治家と言うのは」
「だね~、びっくりだよ・・・ほんと、びっくり」
吹雪の威嚇を切っ掛けに他の艦娘達もつい先程、中村に向かって言った田所が丁寧でありながら指揮官を見下した様な言動に対する自分達の感想で畳敷きの広間が少し騒がしくなり。
政府の後ろ盾と行政機関の一員である自らの正当性を確信していた田所は目の前の士官だけでなくこの場にいる艦娘全員から敵対的な視線を浴びると言う理解し難い
「まぁ、実の所、俺がアンタらの持ってきた話を蹴ったのは大して難しい理由があるわけじゃない」
そして、ついさっきまで率先して田所に敵対的な態度を見せていた中村が不愉快そうな顰め面から気の抜けた苦笑へと表情をコロリと変えて肩を竦め。
「でもな、その難しくない理由があるせいで仮にさっきの救援艦隊の話を俺が受けていたとしてもここに居る艦娘は全員首を縦にふっちゃくれなかった、それだけは断言出来る」
下手すれば睨まれるだけじゃ済まなかっただろうな、と途端に軽くなった口調ですらすらと話しながら中村は周りにいる怒りすら感じる艦娘達の様子を見回す。
「なぜ、こんな意味の無い事を? ・・・実に趣味が悪い」
「ぁ? 意味がないわけないだろ、言っとくがこれはある意味ではアンタの為にやったようなもんなんだぞ?」
「我々の為、ですか はぁ・・・なにを馬鹿馬鹿しい」
「ああ、政府と現場の認識が食い違ってる事が分かっていない官僚様の為にだ」
近付きたくもない艦娘の前に引き出されただけでなく体の良い敵役として吊し上げられたのだと理解して内心穏やかではない田所の僅かに鋭くなった視線に全く動じずに嫌味と皮肉を込めたセリフと共に中村は行儀悪く手に持ったスプーンを振ってチンッと自分の前にあるカレー皿の縁を鳴らした。
「まず勘違いしてもらっちゃ困るんだけどな、俺達は人類の平和を守る正義の味方なんかじゃない、もちろん自分から危険に飛び込んでいくキチガイの集まりでもない、そして、間違っても内閣の支持率を守る為にあるわけじゃない。
詭弁だ、実力が伴ってないとか言われ続けているがな、俺達、自衛隊ってのはあくまでも日本国民を守る為にいる兵隊なんだ」
打って変わってのらりくらりとした態度で胡坐をかいた自衛官が変わらず背筋を伸ばしている整った顔立ちの官僚に向かって身を乗り出す。
「どこぞのブラック企業じゃねぇんだから良きに計らえ、畏まりました、で動くわけには行かねえんだよ」
鎮守府の人事にも口を出せる権限を持った相手が向けてくる冷徹な表情を睨み返し中村は話を続ける。
「ついさっき面と向かって長々と丁寧に語ってくれた艦娘の指揮官が持つ深海棲艦に対する作戦行動に関する独自裁量権に屁理屈とこじつけを重ねればハワイへの救援に対して国内外にギリギリ言い訳が出来るって絵にかいた餅は理解したよ。
実際、俺だって通常の自衛隊から独立した鎮守府所属って肩書を利用して陸自のヘリチャーターしたり他にも色々やって来たから偉そうな事は言えない、だけどな」
喋っている内に口の片側だけが引きつる様に吊り上がった歪んだ笑みを浮かべ始め、狂ったようにも見えるその表情と語尾を震わせる声は相手に口を挟ませない威圧となる。
「ハワイで深海棲艦の攻撃とは別の直ぐに対処しなければ今後の世界情勢を悪化させる危険性の高いトラブルが発生しようとしている?
でも、現地に取り残された部隊ではその機密情報の秘匿が困難に思えるから政府は現地隊員に詳細を知らせる事無くこのまま米軍と合同でハワイ防衛に徹しさせる方針?
んで、俺達を送り込みたい本当の理由はハワイに取り残された邦人の救出どころか同盟国への軍事支援ですらなく。
自分達にとって都合の悪いモノを処分してくれるだろうと期待しているから?
極めつけには上から目線で、我々はやるなら止めないと言って
相手が自分よりも大きい権力を後ろ盾に持つ人間であると言う認識をかなぐり捨てて中村は火が付いたように一気に捲し立て、さらに語気を荒げていく。
「百歩譲って、ああ、百歩譲って! そこら辺の話はまぁ良いとするっ!
・・・でもな!!
今存在しない責任者と対策本部の事後承諾、おまけに現場指揮官の判断と既成事実ありきで成り立つ作戦行動だけは駄目だ!」
怒っているフリを止め、獣じみた歪んだ笑みに見える表情を浮かべた中村は体中から明確な怒気を漲らせ、一拍の間だけ言葉を切って大きく息を吸う。
「責任の在処を有耶無耶にしたまま軍隊を動かすのだけは国として絶対にやっちゃダメな事だろうがっ!!」
そして、叩きつけるような怒号と共に吐き出した。
「だからそんなに無理しなくても良いんですよ!?」
「む"、無理なんか、ヴッ、してない、よ・・・しら、びぷっひゃん」
「いやっ! 顔真っ青になってるからな!? 我慢すんなって! 吐いて良いんだよ!」
「んぅぶッ、そんなことなひっ、やきいほ、おいしぉ、ぐぇぶっ」
「・・・うぁ、え? これホントに私の姉なの? ドン引きなんだけど」
五女→( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン←三女
「いた、痛い・・・なんで叩いたの?」
「自分の胸に手を当てて考えなさい!!」
「おー、なんだお前ら焼き芋やってんのか? 俺も・・・って、吹雪!? なんでおまっ!」
「ひぶべ、かん・・・わたひ、うヴぅ"!?」
※残った焼き芋は通りすがりのスタッフが美味しくいただきました。