いつの時代もどんな分野においても、戦いとは味方を多く集めた方が勝つ。
支持者か共犯者などと言う区別は些細な事でしかない。
その場の全員の耳が痛くなる程の大きさで十畳の広間に一人の自衛隊士官が怒声を響かせ、今までにない彼の剣幕に部下である艦娘達まで驚きで黙り、その部屋にいる全員からの視線を一身に受けながら特務士官の白制服を身に着けた男はテーブルの上から水の入ったコップをひったくる様に取って一気に呷る。
「はーっ・・・後々の責任をひっ被りたくないからハッキリこうしろと命令にせず、でも問題は解決して欲しいって態度を感じるそっちの要求がムカつくって言う個人的な感情が無いとは言わない、だがそれを抜きにしてもそもそもの前提が間違ってるって事を分かってもらえないと自衛隊は動けない」
怒声と共に言うべき事を言いきったせいかそれとも一気飲みした冷水のおかげか直前まで怒り心頭だった中村義男は何かに落胆するかの様に肺の中の空気を一気に吐き出してから身を起こしてその表情に落ち着きを取り戻す。
そして、目の前に座る内閣総理大臣秘書室に所属し書類一枚で自らの進退を決め事が出来る権限を持つ官僚、田所浩輔に向かってコップを持ったまま人差し指を突き出した。
「念を押すようだが
若干だが戸惑いで声を震わせつつも表情は冷静の仮面を維持している官僚は目の前の礼儀知らずの言葉を慎重に吟味しながら自分達へと向けられている視線による動揺で強張る口を何とか開く。
「それは・・・組織としての理念では確かにそうでしょう、ですが」
「アンタらから見て俺達は組織の末端でしかないかもしれない、だが末端であっても実際に動かすと言うならまずやるべきなのは対策本部だのなんだのを作る予定よりも先に然るべき権限を持った責任者が大まかにでも目的と指示を示す所から始めないといけないもんだ」
個性豊かな衣裳を身に纏う少女達から向けられている視線、身体から霊力の光粒を立ち上らせ明確な敵意を宿した刃物のような鋭い
若干名、畳に寝そべり画用紙に何かを書いている数人やカレーのお代わりをキッチンへと取りに行こうとしている一名など聞き流しているらしい艦娘も居るには居るが大半の彼女達の注目は彼らの会話に向けられていた。
「自衛隊だけじゃない民間だってそうだ、上司に確認取らずに平社員が身の丈に合わない仕事をやれば責任問題になる、その時に責任者不在となれば当事者どころか会社全体を巻き込むトラブルになっちまう」
そんな常人を大きく上回る身体能力とマナ粒子を利用した超能力を持つ人の姿をした兵器に囲まれるだけでなくその大半から不信感を向けられるというストレスフルな状況に追い込まれた田所は目の前でもの知り顔で組織の在り方を語る中村に向かって悪態の一つでもぶつけてやりたくて仕方なかった。
「いえ、そんなモノと我々の置かれている状況は次元が違う問題で」
「ああ、確かに被害を受ける人間の数という意味では次元が違うのは間違いない、だが今のハワイへ救援に向かわない事で日本を最悪な事態が襲うとしても俺達はそれを拒否するしかない」
努めて平静を保っている田所の都合を一切合切無視して中村はまるで頭の固い役人になったかの様に同じ返答を繰り返す。
「どれだけ仲間が大事でもあやふやな理由で勇み足を踏むわけにはいかない、同時に末端の自衛隊員であってもミサイルの雨から国民を守る為の盾になって死ねと命令されればどれだけ怖くてもそれを実行しなければならない、そして、曲がりなりにもコイツらの指揮官である俺と工藤は組織としての正しさに感情を挟んじゃいけないんだ」
政治家の都合に対して心の底から不本意であると腕を組みその場にいる戦乙女達の意志を代弁する様に真っ直ぐと視線を向けてくる特務士官の態度に高級官僚の奥歯が怒りを堪え切れずにギリッと軋み。
「だからな、田所さんよ」
そして、行儀悪くテーブルに肩肘を突いて身を乗り出した中村は無表情の裏に苛立ちを隠す田所へと話を仕切り直す様に彼の名を呼ぶ。
「そこを何とか出来ないか?」
「・・・は?」
スマートなノンフレームの下で細められていた田所の目が何度か呆気にとられて瞬きし、部下である艦娘達から自分へと向けられている視線までもが困惑に変わったのも気にせずに中村は言葉を続ける。
「国防特務優先執行法なんて日本にしかないローカルルールだけじゃ足りない、自衛隊という組織の信用を損なうだけじゃなく今の冷戦一歩手前な世界情勢じゃマジに戦争の火種になる様な事をやるって言うんだ、インチキするにしたってもっとデカい大義名分・・・」
目先の緊急事態に目を奪われてしまっている政府は自分達の指図の結果に待っているリスクに気付いていない若しくは軽視している為に現場士官の独断と言う形で実行させ解決後の処理は係わった士官の階級を弄り名目だけの賞罰で帳尻を合わせれば良いと思っている。
そんな七十数年の平和という稀有な環境に慣れ過ぎた為に突然の有事に慌てふためく政府重鎮の心情の推測を口にしてから中村はそれを否定する様に首を横に振った。
「そうだな・・・具体的に言うなら在日米軍の命令系統に口を出せるぐらいの権限が必要だ」
その場の田所を含めたほぼ全員が中村が口にした要求に絶句した事で広間と繋がったキッチンで寸胴鍋を掻き混ぜる阿賀野の鼻歌や畳に寝転んだ時津風が足をパタパタと振り、二人の潜水艦が握るペンが用紙に何かを書いている音だけが妙に大きく聞こえ。
「ふふっ・・・あらあら、それはまた」
「別に田所さんだけじゃなくても何か良い考えがあるなら言って欲しいね、たしか茅野
「・・・いいえ、私の名前は茅野
「いや、耳と手に痛い指導は間に合ってる、ただでさえウチには毎日挨拶代わりに人の尻を蹴っ飛ばすような奴までいるからな」
面白い冗談を聞いたかの様にクスクスと笑うだけでなく周囲から目の敵にされていると言って良い場にそぐわない柔和な笑みを浮かべ、オリーブブラウンの前髪を揺らす田所の補佐の言葉に中村は軽口と苦笑を返す。
その様子を少し離れた場所で見ている白灰色のサイドテールが指揮官の軽口で不機嫌そうに口を尖らせ「さすがに毎日じゃないったら」と小さく呟いた。
「まぁ、それは残念こほんっ、それにしても在日米軍ですか、何故とお伺いしても?」
「さっきこき下ろす様な事を言ったのに手の平を返す様でなんだが、実のところハワイで深海棲艦の侵攻が確認されてからまだ三日だってのに俺達の所へ対策案を持って来ている時点で政府の動きは驚異的な早さだ。
もしかしたらさっき事務室で聞いた日本政府にとっての想定外が発覚した日、ハワイでRIMPACの開会が行われた日から動いていたのかもしれないがそれでも十日も経ってない、そう考えると内閣がグレーゾーンどころか完全な反則に手を出しても良いと考えているぐらい目の前の問題に対して本気なのは間違いない」
そのセリフの途中で茅野と名乗った補佐官の女性から田所へと顔を向け直した中村はテーブルに肘を突き座布団の上で胡坐をかいてはいるがどこか神妙な表情で気を張り詰めたような雰囲気で喋る。
「だが我々の提案では事態を解決できない、と?」
「それは何をもって解決とするかだが、・・・俺達が出来るのは射程に収めた敵を撃破する程度でその後に待ち構えている海千山千の政治家がひしめく外交話ってのになるともうお手上げ、俺はそっち方面には手も足も出ない自信がある」
「ものには言い方ってもんがあるでしょうがっ」
肩を竦め小さく両手を上げてわざとらしく周りを見回した中村に彼の秘書艦である五十鈴は頭痛がするとでも言う様に眉間にシワを寄せながら自分の額を押さえ溜め息を吐き、
「俺が士官から平隊員に降格される程度で済むなら万々歳、だが下手をすれば俺と工藤だけでなく話を持ってきたアンタ達もまとめてスケープゴートにされかねないな」
「それはあんまりな言い方で! ・・・いえっ、政府は全力をもって対応を行いますしハワイで起こっている霊的災害への対策は確かに総理の意向で動いてっ」
「岳田総理が今回の件を心底解決したいと思っているの分かる、だがその後に発生する日本の失態と過失を国内外から叱責された時、保身に走って秘書と現場が勝手にやりました日本政府は悪くありません、と言わない保証はあるのか?」
その中村の意見はあまりにも疑いが過ぎると声を荒げかけた田所は喋っていた言葉の途中で遮る様に発せられた、無茶な要求をしておきながらいざ危なくなったら
情報戦がモノを言う政界で少なくない時間を過ごし他人を蹴落としながら順調にキャリアを積み重ねてきた男は政治家にとって目的の為ならばあらゆる手段が肯定されると言う事実を身をもって知っている。
それどころか彼自身も安定した機能的な組織運営の中でも特に優れた一人になると言う自尊心と使命感に駆られ、与党内部に巣食っていた内閣にとっての邪魔者を処分する仕事に自ら係わった事があるからこそ内閣総理大臣直属の官僚はその日初めて澄まし顔を保てず、整った顔が苦悶に歪ませた。
「身も蓋も無い言い方だが言っちまえば日本は昔から海外からの外交圧力に弱い、戦後は特にな、気に入らない事実だがそのせいで事件解決の後に頑張りが隠蔽されるならまだしも不幸な事故で俺達そのものが無かった事にされるかもしれないなんて考えたくも無い」
「だから・・・他国の介入を自ら呼び込むと?」
「いやいやいや、他国の介入どころかこの件はアメリカも当事者だろ? 日本政府が血相変えて隠したい不都合ってのの
田所達がもってきた提案を激怒と共に蹴ったと思えば今度は同じ口で明らかに政府の望む意図から外れた行為の共犯にならないかと自分を勧誘してくる中村の様子にエリート官僚は目の前の男の真意が読めなくなり。
また言葉尻を捕らえて艦娘の包囲を利用し圧力をかけてくるつもりなのか、と盗み見る様に視線だけを周囲と素早く走らせたがその特務士官の部下である艦娘達は分かり易いぐらいに面食らった様な表情を浮かべ。
困惑の色が強くなった周囲の様子のせいか自分へと向けられていた殺気まで感じる程だった気配が微塵も無くなっている事に田所は訝し気に片眉を震わせた。
「突然RIMPACを再開すると言い出して精鋭の艦娘達をデリバリーサービスのようにハワイに呼び付け、実は一年近く前から存在を確認していたって言う限定海域とそこから現れた敵との戦いに田中艦隊を巻き込み、その裏では鎮守府の研究室が多大な労力と時間をかけて研究開発した技術をせびっていて、さらにはその新技術と予めハワイに用意していた代物を合体させて日本政府のお偉いさん達が頭を抱える新兵器を作っちまった」
「中村二佐!」
「そんなに神経質な声出さなくても肝心な部分はぼかしてるだろよ・・・まぁ、んで、その後始末の為に中央のエリートであるアンタは北海道までやってきて階級だけは無駄に高く態度もすこぶる悪い指揮官を説得しないといけなくなり、俺は貸しが山ほどある友人の田中良介や顔馴染みの艦娘達が絶体絶命だといけ好かない官僚に教えられた上にトカゲのしっぽ切りをしかねない政府の使い走りをやれと言われているわけだ」
そして、これ見よがしに肩を竦めながら中村は自分達が巻き込まれた状況を改めて説明する様に吐き出し、自分を無言で諌める様にシャープなメガネの下で表情を顰めている田所へと続けて問いかける。
「これが全部アメリカ軍とホワイトハウスの中で起こってる派閥争いが原因って言われてなんとも思わないのか?
ハワイで提供された新技術をオモチャにしようとした連中と敵対している派閥だから情報を提供してやったとふんぞり返るヤツらに文句の一つも出てこないのか?
今まで苦労して積み重ねてきた人生の全部がその程度の他人の都合でご破算にされるかもしれないって事に田所浩輔という人間は納得できているのか?」
悪魔の囁きにも感じる程に耳朶に染み込んでくる中村の言葉で田所は数日前に面会した外交官が口にした「アナタ達だけに特別に知らせるのだ」と言う勿体ぶった態度と日本政府にとって認めがたい不都合な存在が国際合同演習が行われるハワイにあるのだという情報を受けた日の情景を脳裏に浮かべる。
外務省の官僚と共に面会した米国領事館のエリート達は中村の憶測とは違いふんぞり返ってはいなかったが、だが自国の非を認めるわけでもなく、まるで自分達とは関わりの無い他人がやった事とでもいう様に平気な顔で日本にとってひたすら迷惑な情報を事務的に受け渡してきた。
それに対して腹が立たないのか? そんなもの・・・立たないわけがないだろう!
だが、日本政府と言う巨大な組織の責任ある一員として正当な評価と対価を得てきた田所は自らのプライドを総動員し、気を抜けば目の前のテーブルに叩きつけていただろう震える手で自らのメガネを外してシワが凝り固まりかけた眉間を指でほぐす。
「ハワイに取り残された連中の救援をやりたいと言う一点だけ俺とアンタの目的は合致している、だが政府の案は深海棲艦を撃退した後に起こる事に対する見通しが甘い、そこを何とかしてくれと言ってるんだ」
「まるで自分達が出撃さえすれば万事解決できると言っている様に聞こえますね」
それがあまりにも難しい事であると分かっているのか分かっていないのか、軽い調子で自分勝手かつ信じがたい物言いをする中村に対して呆れを通り越して妙な笑いが漏れた田所は皮肉気に呟く。
「相手が百隻だろうが二百隻だろうが、深海棲艦とやるなら勝った上で作戦を完遂する、それが俺達の仕事だ」
そして、エリート官僚の皮肉に対して返って来たのはまるで確固たる根拠があるかの様な断言であり、胡坐をかいてテーブルに肘を突く猫背気味な姿勢でありながら真っ直ぐに言い切った中村の言葉に田所は再び呆気にとられる事となった。
自信をもって己の意志を言い切った指揮官の背中を見つめていた重巡が「よくぞ言った」とでも言う様に満足げな笑みと共に胸元で手の平を握り込み、中村のすぐ横で彼の初期艦が彼へと同意する様に深く頷けば彼女に続く様に他の艦娘達も声は無くとも首を縦に振る。
「特務士官は毎日、艦娘のご機嫌取りから彼女達の訓練内容や生活スケジュールの管理に頭を悩ませている。
それは全部この子達と一緒に深海棲艦から日本を守る為で、その国防と言う日本国が公認する目的の為なら陸自基地の一部を一言二言でレンタルしたり公海上にいる護衛艦に途中乗船も出来るなんて馬鹿げた権限を許されている」
そう言いながら中村特務二佐は自分のすぐ隣に座っている素朴な顔立ちの少女の頭を少し乱雑に撫で、はにかんで笑う吹雪の黒髪をくしゃくしゃにして身体を起き上がらせた艦娘の指揮官は自分を大きく見せる様に背筋を伸ばす。
「そして、仮に俺が艦娘に見下されて出撃を拒否されたり囲まれて袋叩きにされて任務そのものが遂行できない状態となっていたなら全面的にこっちの過失だ、そこまでが俺達特務士官が与えられた権利であり負わなければならない責任なんだよ」
それが文民統制の下に存在する軍組織の一員である自衛官の矜持だ、と言い切り中村はハワイに取り残された人々への救援に関する作戦行動における全てを丸投げしようとしてきた政府からの使者への意思表示を終えた。
「戦略的目標の決定権は一士官でしかない俺達の手にはない、あってはいけない」
・・・
自分の地位に胡坐をかいたお山の大将もしくは部下を煽てるのが上手いだけのお調子者。
それが中村の評価を記した鎮守府司令部の報告書を読み、去年の佐世保で行われた史上初の艦娘による公開演習で運営に係わった際に一度だけ短時間の会話をした際に彼に対して抱いた田所の感想だった。
春先に起こった戦艦棲戦姫と呼称される事となった巨大深海棲艦との戦闘では現内閣に対して傲岸不遜にも思える態度で防衛に必要な権限を寄越せと宣った不良士官がここまで物事の先を見据えた事を言うとは思っていなかったエリート官僚は自らの考えを纏める為に黙考する。
「室長、対策本部の早急な設置を国会に提言し、その後、改めて彼らにハワイへの出撃を要請するべきかと」
自分の補佐兼護衛として付いてきた茅野が特に動じた様子はなく、それどころか元から想定内であったかのような態度でそんな事を言う姿に田所は彼女の意図を察する。
彼女は元から政府からの要求を現場の中村達が認めるわけには行かない内容であった事に気付いており、敢えてそれを言わずに自分がこの場に座るまで口を開かなかったのだ。
何故こうなる前に忠告の一つも言わなかったのか、そう隣に座る補佐に対して恨めしく思うと同時に中村の怒鳴り声を浴びる前までの自分なら仮に彼女から進言されても諸所の手続きが多少前後するだけの些事に何を慎重になっているのかとあしらっていただろうと田所は自らの考えを鑑みる。
「いや、それじゃ遅い、どれだけせっついても腰の重い政治家の話し合いだけで年を越えちまう」
「いえ、田所室長からの働きかけならば国会決議をある程度は早める事が可能です」
角度によって翡翠色に変わる目配せを受けてそれが茅野からの妥協案の提示だと気付いた田所は確かにそれが不可能な事ではないとすぐさまに判断し、同時にそれを成す為には腐敗政治家の処分の際に副次的に得た表沙汰に出来ない弱みを抱えた政治家達の情報を利用し彼らに恨まれる事を覚悟して根回しを行う必要がある。
「それを信じろって?」
「事実です、そして、米軍に協力を打診するよりも遥かに確実かと」
スキャンダルを盾に脅せば無駄な牛歩戦術を行う政治家が居なくなる事で内閣の要望と中村からの要求も両立させられる公算は高いがその後の自分は多くの政治家達から買った恨みで闇討ちされる危険性を背負っていかねばならない。
しかし、自らに降りかかるリスクを恐れ現場からの意見を無視して艦娘部隊の出撃を強要した場合には目先の問題が解決した直後にさらに大きな問題の紛糾によって中村達だけでなく自分も組織から切り捨てられる可能性が現われる。
前者であろうと後者であろうとあくまでも自分に危険が降りかかる
「中村二佐・・・ハワイの防衛は後どれぐらいの日数持つと思いますか?」
妥協点を相手に言い含めて田所に課せられた仕事をつつがなく遂行させようとしている茅野を横目に彼女の上司である官僚はかけなおしたメガネを指で押し上げながら中村へと問いかける。
「へ・・・ぁぁ、そうだな、敵の規模が分からない以上ハッキリとは言えないが・・・と言うか良介達の戦闘は続いているのか? 流石に交代出撃にも限界があるだろうからそろそろ昨日みたいに護衛艦に壁作らせて休憩に入ってる頃か?」
「えっ、はい、そうだと思います、でも私や暁ちゃん達の方には一時間ぐらい前に叢雲ちゃんから出撃するって連絡の後は何も聞こえなくて・・・すみません」
田所の質問で少し驚いたような声を漏らし顎に手を添えた中村が隣に座る吹雪に聞けば特型駆逐艦の長女は少し自信なさげに指揮官へと頭を下げ。
「しれぇ~、あっちの戦闘さっき終わったみたい~」
「終わっただと? 時津風、本当なのか?」
妙な会話をする二人の様子に田所が小首を傾げたと同時に広間の畳に寝そべりペンを紙の上で走らせていた時津風がどこか緩い気の抜けた様な声で中村へと報告を上げて伊19と伊58と一緒に書いていたらしいハワイ周辺の海図を掴んでピラピラと振る。
「磯風はそう言ってるよ~」
そして、ハワイ沖に現れた敵艦隊が黒い渦の中に撤退していったらしいと手短に報告してから
「ほい、しれーに報告書あげる~」
「おう、ありが・・・なんだこれ?」
田中艦隊と深海棲艦群の戦闘記録と言えなくも無い手描きの島や深海棲艦に見えなくも無い絵、そして、田中艦隊の航路らしい無数の線が所狭しと書かれた紙を渡して遠距離かつ高濃度の霊力力場に阻害された姉妹艦との通信に集中していた気疲れで時津風はそのまま流れる様な動きで司令官の膝の上に頭を乗せてゴロンと寝転んだ。
「それは五十鈴がまとめ直すから提督はこっち、はい、ありがたく読みなさい」
「あぁ、悪いな・・・で、だ」
勝手に自分の膝を枕にし始めたお子様のクセ毛を軽く撫でながら報告書と言うよりは子供が地面に書きなぐった落書きに見える紙に苦笑し。
「確認しただけでも空母戦艦を含む四十隻前後・・・それにしても大型艦狙いで12隻撃沈、半数以上を中破に追い込んだって、三日ぶっ通しの戦闘ってだけでもヤバいのに、とんでもない事やるな良介のヤツ・・・」
横からスッと差し出されてきた五十鈴の手からきちんと清書された報告書を流し読みした前線指揮官は小さく嘆息する。
「中村二佐それはいったい?」
「士官は手が出せない立場だったとしても何もせずに待ってるだけってわけには行かない、んで、どんな時でも信頼できる情報ってのは武器になるもんだ」
それがどんなにオカルトじみた方法で集めたモノだったとしても、と呟いてから中村は再び膝の上の時津風の頭を撫でながら自分の考えを纏めて結論を下す。
「相手が撤退してくれたって話が事実なら朗報だが・・・しかし、このままならまず二週間は持たないだろうな」
「・・・二週間、ですか」
「それも深海棲艦の出方次第、これがただの哨戒部隊で他に本隊が居るならもっと余裕が無いと思って良い、つうかまず間違いなくいる」
吹雪達艦娘が持つ姉妹艦との通信を可能とする能力によって集められた北海道から遠く離れたハワイで行われていた二日間の戦闘記録を一通り確認した紙束を軽くテーブルに置いた中村は眉間にシワを寄せ。
「遅くても一週間以内、クリスマスまでにハワイへの救援部隊を動かせないと手遅れになる・・・やってもらえないか?」
そんな短時間でできる事と言えば国会議員への根回しだけ、とてもではないが決議にまで持ち込むなど総理であっても物理的に不可能である、と即座に理性が弾き出した答えを口にしかけ田所は言葉を噛み潰す様に歯を食いしばる。
それを自分が認めてしまえば子供の拙い言い訳の様な理由で軍隊を動かしたというレッテルを貼られ目の前の自衛隊士官達と一蓮托生で今の地位だけでなく命すら失うかもしれない重すぎるリスクを他ならぬ今まで歯車の様に誠心誠意仕えてきた国家から押し付けられてしまう。
「あまりに無理ばかりを押し付けられても私達には対処が出来ないと考えてはいただけませんか?」
表情は微笑んだままであるが横から声を上げた茅野の口調は少し強張っているがテーブルを挟んで詰め寄ってくる中村の要求を遮ろうとしていた。
しかし、自分を庇うように矢面に立った補佐の姿に田所は同意も反論も出来ずにただ口を一文字に結ぶ。
「付け加えておくとハワイの米軍の動き如何によっては前提がひっくり返るって事も忘れてくれるなよ?
俺達はもちろんアメリカ本国もいつハワイの司令部が新兵器のスイッチを押しちまうか分からない、正直に言えば今日明日にでも動くべきなんだ」
文字通り人生のかかった選択を前に沈黙する田所に対して若干の焦りを宿した中村の言葉が重ねられ返答を急かす。
だがこの困難な状況を全てを丸く収め解決する方法など日本にいる全ての国防に係わる者であろうと持ち得ない事は彼らにとっても分かり切った事実だった。
そして、雪が降りしきる音が聞こえる程に重い沈黙が広間に落ち、あまりの気まずさに普段から賑やかさ権化とまで言われる那珂と阿賀野ですら一言もしゃべる事が出来ずにお代わりのカレーを口に運ぶ事しか出来ないでいる。
「はぁぁ・・・なんか都合の良い理由はないもんかな・・・ぅぉっんんっ!」
ガシガシと乱暴に自分の頭を掻きながら蟠った不満ごと溜め息を吐き出した中村は沈痛な顔で黙り込んでしまった田所から顔を背けて周りを見回し、会話に口出しする事無いが刺す様な鋭い視線を自分へと向けているピンクと銀色の陽炎型二人の様子に気付いて小さく恐れ慄く様に呻いてからそれを誤魔化す様に不知火と浜風がいる方向にあるテレビを指さした。
「司令、不知火になにか?」
「あーえっと、悪い、ちょい気分転換がしたいからテレビつけてくれ、面倒なら浜風でもい」
不知火から未だに慣れない低い声と刃物の様な視線を受けながらそう指示を出した直後、獲物へと飛び掛かる獣の様に身を翻した二つの影がテレビの主電源スイッチと別のテーブルに置かれていたリモコンのボタンへと飛び付き。
まるで銀髪を翻し拳銃の様にリモコンをテレビに向けた浜風とテレビ本体のスイッチを貫く様に押し込む不知火の視線がまるで早撃ちを競うガンマンの様に交差した。
『・・・際に消息不明となった船員の遺族が米政府を相手に起こした裁判がまた再審理へ戻る事になったわけですが、それについて本日はアメリカの法律に詳しい専門家の方々に・・・』
そして、どちら駆逐艦娘によって電源が入れられたか分からぬまま型落ちの液晶テレビが一瞬のざらつきの後に夕方のニュース番組らしい映像を映し出しキャスターの声が聞こえ始める。
「は? まだこの裁判終わってないのかよ、消息不明ってもう船体は見つかったって米軍には連絡してるはずだろ」
「・・・あちらにも都合と言うモノがあるのでしょう、今の大統領は他候補の自滅という漁夫の利で当選した上にまだ就任一年目、政治的な地盤が固まるまでは前任者が失脚した原因の一つに手を出すのは時期早々と考えているのでしょう、大方担当者に緘口令が出ているといった所ですか」
「まったく、そんなとこでも日本が割り喰ってんのか、よ・・・はっ?」
今は少しの間だけ問題を棚上げにすると態度で示す中村の呆れ声に田所は下馬評では三番人気であったと言うのに大統領に当選した人物とその周りの環境を思い浮かべ。
この激動の時代で国を率いる立場に立つ事になるなど幸運なのか不幸なのか分かったものではないと肩を竦めた田所が何気なくテレビに映る数人の弁護士や評論家が並び人気タレント達が賑やかすバラエティ色の強い番組に顔を向けたと同時に中村が驚愕の声を上げて身を乗り出した。
「司令官?」
テーブルに身体を突っ返させながらテレビに向かっていきなり身を乗り出した中村を吹雪が不思議そうな顔で見上げ。
「か、船籍だけじゃなく、艦隊指揮権も残ってるだと!?」
テレビの向こうで時事問題だけでなく軍事にも詳しいのだと豪語する評論家が勿体ぶった言い方で口にしたあまりにも荒唐無稽な情報に中村が驚きの叫びを上げた。
駆逐艦H「流石にやりますね」
駆逐艦S「そちらこそよ、浜風」
二人『ですが、司令の命令を遂行したのは私の方です』
直後に始まるテレパシーによるレスバトル!
このあと他の姉妹から滅茶苦茶怒られた。