果たしてこれで良かったのだろうか? と。
自問自答は尽きない、それでも。
他愛ない悩みに満ちた日々へ戻る為に。
あの島の名は確か・・・カパパ島だっただろうか。
ふと遠くに見える島影と陽炎で揺らめくほど熱された空気が潮風に乗って吹き抜けるハワイ諸島はオアフ島の湾内から見える景色に憂鬱な溜め息が漏れた
杞憂の原因は現地の漁師がたまに立ち入る程度の無人島であるから防衛の優先度が低いと言う事ぐらいの情報しかないその島のさらに向こう。
太陽に照らされた砂地の海底まで透き通るエメラルドグリーンが途中から蒼い
「それにしても気温三十六度か・・・何が間違ったらこんな事が起こるっ」
昨日の未明から今日の朝日が昇る直前まで深海棲艦に翻弄され、何とか拠点である護衛艦に逃げ戻ってから数時間。
お世辞にも寝心地が良いベッドではなかったが護衛艦の私室で仮眠をしたが今も徹夜よりはマシと言った程度に目元がチリチリしている。
とは言えどれだけ現実が辛くても深海棲艦が造る異常な箱庭に飲み込まれ文字通りの全滅の憂き目に遭うとなれば悠長に布団の中で微睡んでいるわけにもいかない。
『せやなぁ、ホンマ冗談や無いわぁー言いたくなるぐらいえらいこっちゃやね』
今日の日付は十二月二十四日、時間は正午過ぎ。
俺が座っている艦橋を覆う全天周モニターの上方に表示され照り付ける様に降り注ぐ太陽の輝きが沈み夜が来れば俗に言うクリスマス・イブの始まりというわけなのだが。
大多数の人間にとっては待ちに待った冬のイベントの当日だと言うのに温度計が示すのは如何にここが常夏の楽園と称されるハワイと言えど現在の季節から考えればあり得ない数値。
それに異常なのは海の色や気温だけではない、ざっと見ても海水温や塩分濃度、海流すらも過去の記録と比べると全くの別物になっている。
『まっ、何事も悩み過ぎたら碌な事にならんし気楽に行こや』
そして、風速計は常に突風と言って差し支えない15m/s前後でデジタル表示を揺らし、非情にもその数値が正しい事を知らせる様にコンソールの上に立体映像で表示されている龍驤の赤い袖や焦げ茶のツインテールが荒れ狂う向い風の中で暴れる吹き流しの様に勢い良くたなびいていた。
「・・・すまない、気を使わせてしまっているな」
『あはは、なんや改まってぇ、キミとウチの仲やろ、謝らんでええって』
熱気を帯びた強風が押し寄せる海の上に立っているだけでなく空母と言う艦種から遥か遠くまで見通せる能力によって自分達が置かれている状況の異常さと危険を誰よりも実感している筈なのに普段と変わらず笑い、努めて明るく振る舞っている龍驤の声には本当に頭が下がってしまう。
「提督、偵察機隊の燃料と障壁、ともに消耗が激しいです・・・これ以上の偵察を続ければ帰還不能になる機が出ると思われますの」
そんな龍驤から一方的に励まされている様な状態に申し訳なくなってきた俺へと同じ艦橋にいる
「ああ、分かった、・・・なら退けるうちに全機戻してしまおう」
振り返り報告する間もメインモニターに触れたまま艦載機制御の補助を続けているらしい三隈の肩越しに龍驤が少し前に空に放った艦載機から送られてきている映像を表示する幾つものウィンドウが見え。
そこに映っていた現実離れした猛獣の大口にも見える津波がお互いを食い合う様にぶつかり合い水柱を弾けさせる光景に俺は胃が鉛にでもなったかの様な重みを胸元に感じ、漏れかけた呻きを噛み殺しながら艦載機の帰投を指示する。
『んぅ? なんや、みんな戻してまうん? 言うても今見失ってもうたらアレをあん中からもっかい見付けんの面倒やで、キミぃ』
艦載機から送られてくるその光景も真昼の太陽の下だと言うのに全く透明度が無く、鉱石にも似た反射を見せる海原には絶えず数十mの津波が生き物の様に蠢き。
宝石を液体にした様な海が大小無数の波によって迷宮を形作るその中心では白い大輪の華にも見える長くきらめく白銀の髪と重厚な黒鉄で両手両脚を鎧う深海棲艦が紅い灯を宿す瞳を険悪に顰めながら俺達、正確に言うなら上空を飛ぶ龍驤の艦載機を見上げている。
空母棲姫、玉座の様な金属質のイバラに座る姫級深海棲艦がそこから動かず、周囲の随伴艦にも本格的な迎撃をさせる気配がないのは荒れ狂う瑠璃色の海が驚異的な生命力を持つ深海棲艦であっても危険だからだそうだ。
・・・根拠は俺の頭の中だけに届く妖精からのイメージ。
しかもそれを自分の勘や推測と言う形で周りに言い触らしていると自分がオオカミ少年になってしまっている様な気がして嫌になる。
「戦闘機はなるべく温存したい、これからの戦いで頼りにできる空母は君だけ、だ」
『さよか、まっ、頼りにされてるっちゅうんは悪い気分やないね』
そうしている間にも偵察機から送られてくる映像ではハワイを囲み込み今も広がり続けている液体鉱石と化した海とそこから海水をホースの様に吸い上げる竜巻がその暴威をこん棒の様に無造作に振り回している。
常軌を逸した大爆弾低気圧と超々高気圧が数十m程の距離で隣り合うと言う超自然現象によって無理矢理に作り出された竜巻とそれに運ばれ空飛ぶ海流。
形状は太平洋戦争時主流のプロペラ機でありながら海上自衛隊で運用されている哨戒機と比べても遜色ない探査機能を持った零式艦上戦闘機達が伝えくる正確な情報とそれらに対していちいち注釈をイメージ画像で送りつけてくる三等身のおかげで胃だけでなく頭まで重くなってくる。
これならあの空飛ぶ海水の蛇が原理が分からない念動力だとかで作られていると言われた方が対処不能であるから考えるだけ無駄と割り切る事が出来ると言うのに、いや、猫吊るしの手を借り敵である姫級の手札をあらかじめ覗き見れる俺の特異性はこの場では間違いなく幸運なのだろう。
そうと考えでもしないとハワイ諸島を丸ごと飲み込もうとしている姫級深海棲艦の限定海域が完成していまうまでの残り少ない時間にチャンスを求めてあそこへと突入する事を決めた自分自身の決断と意志が揺らいでしまう。
「それに・・・奴のいる場所までのルートはもう
目の前の困難を投げ出して最悪の結果を受け取るなんてそれこそ冗談じゃない、と迷いを切り顔を上げ。
敢えて大きく息を吐き出し肺の中身を入れ替えるように深く空気を吸って虚勢を張って俺はそう言い切る。
『はいよ、その言葉とウチらより鋭いキミの感覚信じるで、ほな! みんな戻っといで~、帰ってくるまでが偵察やからね』
そして、自分がラジコンの様に遠隔操作するいわば無人機械に対してまるで遊びに出かけた子供を呼び戻す様に呑気な声が指揮席のスピーカーから半径数mの艦橋に響いた。
その声の調子だけを聞いたなら彼女が普段と変わらない状態と勘違いしてしまっていたかもしれない。
だが、俺の目の前にあるコンソールパネル上の立体映像、現在の残弾数や燃料だけでなく彼女の身体の中の霊力の流れから現在の精神状態や霊力障壁の強度、さらに肉体的な疲労の度合いまでもが龍驤の体の各部を指す矢印と共に表示されている。
もっともその赤文字の警告や詳細を確認せずとも半透明である為に色合いが不鮮明ではあるものの目蓋を強く閉じ目元と眉間にシワを寄せている龍驤の表情を見れば今の彼女がどれだけの精神的な重圧の中で姫級深海棲艦の造り出す巨大な竜巻と海水の大蛇に襲われる艦載機達を操っているのかは一目瞭然だった。
「提督、大丈夫ですか?」
自然環境すら意のままに塗り替える姫級深海棲艦の能力とその周りを囲む数十の随伴艦の戦力を知れば知る程に絶望的な戦いになる事が分かると言うのに上司部下と言う肩書だけでなく龍驤が自分に向けてくれている好意まで利用して俺はこれ以上ない程の負担を彼女に要求している。
「何がだ? 俺は問題ない」
三隈が心配する様にかけてきた声に強張りかけた口を何とか動かし簡潔かつ偉そうなセリフを吐くが、その裏ではこれから
その嫌悪感の原因は死ぬかもしれない戦場へと彼女達を先導する事に対してではない。
それは自衛隊の士官候補生の頃から先達からの教えとして学び、反復し実践し当然に覚悟するべき取捨選択の心得で、曲がりなりにも数え切れないぐらいの深海棲艦との戦闘を経た僕にとっては艦娘の指揮官として当然の事と言える基本的な思考でしかない。
そして、それに付け加えるならば僕にとって自分の選択の結果で自分自身が死ぬかもしれないと言う事に対する恐怖は殆どない、もちろんそこには最善を尽くした結果ならばと言う言葉が付くけれど。
とは言えあらゆるモノ、それこそ味方の命すら犠牲にしてでも生き残りたいかと言われれば答えは否だ。
とてもではないが自分と同じく似て非なる世界から転生してきた境遇でこの世界を生きている
しかし、それは間違っても自分がアイツより清廉潔白であるからだ、なんて言うつもりはない。
単に取り返しのつかない後悔だけを抱えて死んだ記憶と比べれば少なくとも今の僕は前の僕よりちゃんと生きていると思えている。
だから、その考えは一度目の人生と同じ様に家族も立場も全て失った時に味わった虚無感を抱えて死ぬくらいなら、という程度の話でしかない。
僕にとって今抱えている心の疼きの正体は作戦が失敗しても成功してもまず間違いなくあの領域に突入するメンバーは全員命が無いという事にではなく。
死ぬべき艦娘と生きるべき艦娘を、他人の命の重さを本当は情けない
「・・・三隈、君は今からでも後方待機としてはつゆきに戻る気は無いか?」
だと言う事を自分に言い聞かせていると言うのに、不意に自分でも今更だと感じる身勝手な言葉が口から吐いて出ていた。
「提督?」
呆気にとられたらしい三隈のつぶらな瞳が瞬きする様子に対して勝手な後ろめたさを感じて顔を背け、メインモニターの左舷後方に見えるここ数日のハワイ防衛で僕達の拠点としてこれ以上ない程の働きをしてくれている護衛艦を見る。
本来なら六年前に後継艦にバトンタッチした時点で退役する予定だった所を延命され、深海棲艦との戦いに後方支援艦として参加し、一年前にはさらに艦娘の拠点艦として改修を受けて【はつゆき】はハワイで防衛の一画を任され。
そして、今回のハワイ沖での戦いで受けた損傷を修繕する際に並行して行われた突貫ながらも大規模な現地改修によって、はつゆき型護衛艦のネームシップは再びその艦影を大きく変えた。
「防衛に優れたキミの能力は今後必ず必要になる、だから・・・」
けれどどうせ死ぬならと後ろ向きになった弱気な考えがあの絶望的な戦力差を持った敵から
だが直後に、犠牲になる人数は少ない方が良いとか、キミは生き残るべき艦娘だとか、自分でも薄っぺらだと感じる理由を続けて口にしようとした俺は口ごもり、そんなものは耳に聞こえの良い言葉で飾った不誠実だと自嘲する。
本当は昨晩の俺の判断ミスで引き込まれた姫級深海棲艦が支配する迷宮から脱出する際に相手の異能力によって身体の内側に少なくない負傷を受けた駆逐艦娘、艦娘達の指揮官となってから俺と最も長く一緒にいた彼女を死なせたくないだけなのだ。
今、拠点である
「提督っ!!」
そんな事を言えば彼女に怒られるのは当たり前で予想するまでも無い、だから、強く正面から指揮席のコンソールを叩く音と苛立ちに満ちた三隈の声になけなしの虚勢を張って動じず何でもないふうを装い、滅多に感情を荒げる事のない重巡が柳眉を逆立てている様子と向かい合う。
「この三隈をあまり見くびらないでいただけます?」
よっぽど俺の優柔不断さから出た言葉が癪に障ったのか普段から滅多な事では動じず丁寧な言葉遣いと朗らかな態度を通している少女が放った怒りに満ちた声にただ頭を下る。
「・・・しかし、いや、すまない今更な事を言った」
「まったく・・・もしかして提督は私が添い遂げる覚悟も無く殿方に抱かれる重巡だとでも思ってらっしゃるの?」
「へっ?」
そして、最近絶える事のないストレスからか妙に乾く喉で無理矢理に唾を飲み込もうとしたのが悪かったのか、単純に隙だらけだったからか、俺はそのすぐ後に三隈が繰り出した行動をマヌケ顔で見ている事しか出来なかった。
「そうだと言うなら提督と言えどくまりんこへの侮辱は許しませんわっ!」
「ぉあっ!?」
突然、正面から勢いを乗せて身を乗り出してこちらに突っ込んできた三隈の物理的な
不意打ちではあったが手加減はされている、さもなければ仲間と訓練中にぶつかって骨が二、三本折れたなんて事を笑い話にする様な艦娘に本気の頭突きをされれば俺の頭には血の花が咲いていただろうからだ。
「痛ぅ・・・そっ、添い遂げるって、それとこれとは話が」
それはともかく前触れなく額を襲った鈍い痛みに戸惑いつつジンジンと痛むそこを反射的に手で押さえながら文字通り俺の目と鼻の先にある口をへの字にした三隈と見つめ合う。
「いいえ、一緒ですわ! 昔から夫婦とは死に別れるまで寄り添うものと相場が決まっています!」
それは何時の時代のスタンダードなんだ、と突っ込む余裕も無くあと少し近付けば肌がくっついてしまうだろう距離で力説する高校生ぐらいの年頃にしか見えない重巡艦娘の言葉に自分の身から出た錆を思い出す。
敵の第一波を退けて偶然に得た休息の一日目でいつ敵が現れてもおかしくない状況に精神が高ぶっていたとか、儚さを感じるほど可憐な仕草から繰り出された誘惑に抗えなかったとか、もしかしたら明日明後日には成すすべなく死んでしまうかもしれない未来に対する不安だとか。
非常に個人的な理由は数え切れないぐらいあるわけだが、艦娘の指揮官が順守すべき規則に抵触するアレコレを目の前の三隈とやってしまった事だけは最早変えようがない。
「ふ、夫婦は少し言い方が何と言うか、表現と言うか、色々と問題があるんじゃないだろうか?」
「表現って私そんなに変な事言ってます?」
そして、数日前の艦内で諸事情から歩きにくそうにしていた三隈の姿や、この忙しい時に動ける艦娘を減らさないで、と呆れと共に俺の愚かさを嘆く矢矧に説教されひたすら恐縮して平謝りした記憶が勝手に脳裏に浮かび上がる。
それら全て全面的に俺の責任であるのは間違いないのだが、少しでも誤魔化せればと目と鼻の先でムッと眉を顰めながら小首を傾げている三隈の様子を窺いながら言い訳にもなっていない言い訳と言うか論点逸らしを喉から絞り出す。
『あんなぁ、かまととぶっとらんで司令の立場も考えたりよ、それにたった一回で
龍驤、その言葉は俺への援護として言ってくれたのか?
むしろ俺にとって反らしておきたい話にわざと近づけている気がするんだが。
「あら、失礼ね、でもそれを言うなら三隈は油断を誘って提督を押し倒す方達にこそ立場を考えて頂きたいですわ」
『ほーん、・・・ウチはオボコのまま死ぬんは嫌やーって泣き落としやるんも大概やと思うよ? ホンマは死んでまうかもなんてちっとも思っとらんクセになっ』
「まっ!? もぉ、空母は抜け駆けだけじゃなく盗み聞きもお上手なのね!」
何故か俺から目を逸らす事無く通信機ごしに龍驤と言葉の応酬を始めた三隈を止める事も出来ず、そして、身を苛む深刻さの質が全く別方向の代物に変わった事にも付いて行けず、ただハワイの周囲を取り囲む深海棲艦の脅威と同じレベルで自分が追い詰められている様な錯覚に震える。
そんな蛇に睨まれたカエルの様になった俺の前でヒートアップしていく重巡と変わらず飄々とした口調の空母の会話は俺個人が表沙汰にしたくない話だけでなく。
今年の夏頃の鎮守府で龍驤と待ち合わせた時間と場所に何故か金剛がやって来た理由やとある休日に伊勢が俺の私室にやって来た事情など俺自身すら知らなかった裏話にまで飛び火し。
龍驤が二人の戦艦娘相手の仲介役をしていた上に大量の
こんな刻一刻と危険が迫ってきている状況でする話じゃないだろうと頭を抱えてたくて仕方ないのだがそれすらも三隈は許してくれず。
不意にフワリと柔らかい前髪ごしに三隈のおでこが俺の額に今度は優しく触れて指揮席のヘッドレストに挟まれた俺の鼻を清潔感のある石鹸の香りが擽った。
「提督、三隈はたとえアナタからの命令で降りろと言われても降りてなんてあげません、ましてその理由が自分の恋敵を守る為にだなんて冗談じゃないです」
「っ!? 恋だなんて、俺は・・・あの子に対してそんな感情はない」
「でも、提督にとって私や龍驤よりも生きていて欲しい艦娘なんでしょう?」
いつの間にか龍驤との舌戦を止めたらしい三隈が口にしたこちらの頭の中身を見透かしたかの様な囁きに息を詰まらせ。
「さっきからチラチラとはつゆきの方を気にしてるぐらいだもの、未練がましく」
絞り出す様に吐き出した言葉は俺を覗き込む黒い鏡の様な瞳の前に容易く一蹴され。
逸らそうとした視線は頭ごと臙脂色の長袖に包まれる様に抱きしめられて数秒間、俺と彼女の距離がゼロになった。
「んっ・・・だからあの子にも三隈との格の違いを教えて上げないと、その為にもあの姫級を撃沈して全員で作戦通り【はつゆき】と合流しましょう、一人も欠ける事無く、私達と提督なら絶対にできます」
「友軍への裏切りだけじゃなく民間人も見捨てて逃げ出す、自分達が生き残る為だけにそんな作戦を立てる男にはそこまで言ってもらえる価値があるとは思えないんだけどな」
「上手くいけばハワイの人達も助かる望みに繋がります、むしろ緊急事態だからと言って他国の軍人を顎で使う様な非常識こそが糾弾されるべきですわ。
進んで矢面に立って上げると言うのですから米軍の方々はくまりんこ達に最大限の感謝をするべきですの」
澄まし顔で言い切られたいっそ傲慢と言って良い程の強かな物言いに指揮官であると言うのに俺は部下である少女の姿をした重巡に対して憧れにも似た感覚を覚えてしまい、艦橋の円形通路で背筋を伸ばす眩しいぐらいの自信に満ちた三隈の姿に苦笑が漏れた。
少なくともハワイの米軍を指揮する将校達の言う通りに外部からの確たる救援が期待できないまま闇雲に防衛だけに注力していれば助けが来る前に俺達は深海棲艦の餌になるのは間違いない。
「ああ、それに憲法を鑑みれば今の俺達全員、弁護のしようがない違法状態なわけだからな、今更か、ここに来てから今更な事ばかりで参ってしまうな」
《毒を食らわば皿までって言うやんか、ほい、偵察隊の全機帰投を確認や、着艦始めるで~》
気付けば堂々とした彼女の言動のおかげでこれから自分達がやる非常識な作戦に対する後ろめたさが軽くなった様で、年下の女の子に煽てられその気になってしまったらしい自分の移り気具合には我ながら呆れてしまう。
だが三隈の言う通り、俺達が立てた作戦が全て上手くいけば確かに望みは繋がる。
その成功確率が1%にも満たない楽観でしかないと言う事も分かっている。
「ああ、・・・より早く、なおかつ確実に空母棲姫を撃破して離脱する、すまん二人とも無茶に付き合ってくれ」
だが俺は目の前で片手を胸に当て澄まし顔で胸を張っている三隈へしっかりと頷いて敢えて自分に言い聞かせるようにそう言い切った。
そうしていると空から聞こえてくるプロペラを回すエンジンの音が聞こえ、大きく羽ばたく様に巻物型の航空甲板が広がる様子が艦橋のメインモニターに映り、機体のあちこちに刃物のような風や銃弾じみた水飛沫による損傷が見えるものの発艦した時と同じ数で帰って来た戦闘機達を龍驤が迎えていく。
《せや、やってやれん事やない、姫級がなんぼのもんや!》
「ええ、もちのろんです」
これから俺達はRIMPACの開催に乗じて自衛隊によってハワイに持ち込まれた結晶基幹を搭載した障壁装置、それを装備した通常艦の艦列がハワイの海を侵食する瑠璃色を押し止めている間に最短距離であの荒れ狂う海の迷宮と空から襲い来る竜巻の鞭の中を駆け抜け空母棲姫を撃破しなければならない。
そこまでが在ハワイ米軍や環太平洋合同演習に参加した為に巻き込まれた他国海軍と
だが自衛隊所属の護衛艦三隻は隙を見て多国籍の防衛作戦の途中で離脱してまだ瑠璃色に染まっていない深海棲艦が発生させた霊力力場が最も薄い僅かな隙間を突破し外海に脱出する。
そして、俺と三隈達が上手く姫級深海棲艦を撃破したなら海上に発生している力場の中心を失った未完成の限定海域の崩壊もしくは混乱する事を可能性が高く、そこに乗じてハワイから離れて外洋で待っている護衛艦達と合流する。
仮に俺達が空母棲姫の撃破に失敗したとしても【はつゆき】に残っている矢矧達が指揮官として最低限の適性、単艦運用ならできるようになったという数人の自衛隊員と協力して日本で計画されているハワイへの救援の開始まで生き残ってくれるだろう。
龍驤が偵察部隊を飛ばしていた際にふらりと俺の手元に現れた
そして、姫級深海棲艦を中心に見た目と中身が釣り合わない圧縮された空間と高濃度マナ粒子による隔たりが発生した今朝から艦娘の
ざっと思いつく不確定要素を上げただけでも成功する可能性が地を這う程低い事は分かっているがこれぐらいの事をやらなければ待っているのは深海棲艦によるハワイ諸島にいる人間の虐殺と言う最悪のシナリオ。
誰かが貧乏くじを引いて情報の規制を行っている日米政府を動かす理由を作らないと誰も助からない。
「だけど、叢雲が吹雪から最後に聞いたという話が事実なら、義男が動いているって言うなら・・・時間さえ稼げばアイツは来る、どんな手段を使ってでも絶対に」
それは機密事項が多いからと俺達を助ける為に動いているという事ぐらいしか分からない話だった上に、何時どの程度の規模でどんな方法で日本がハワイへの救援を行うかかも分からない。
俺は明日には生きているかどうかも分からない、なのに下手をすれば一週間後どころか来年になっても来ない可能性の方が高いのだから笑うしかないわけだが。
「提督ったらあのいい加減な人の事をそこまで、・・・なんだか妻である私より信頼されてるみたいで妬けてしまいます」
手元のコンソール上に表示された時計が作戦開始まで後一時間を切った事を教えてくれる。
護衛艦達の方を横目に確認してみるがまだ他の出撃メンバーの姿は見えない。
まぁ、準備があるんだろう、それに俺よりも遥かに勇敢ではあっても突然に命を捨てる覚悟をしろと言われて躊躇いが無い方がおかしい話だ。
「いや、信頼と言うよりは経験則だ、それに俺はアイツに返してもらわないといけない貸しが数え切れないぐらいある、・・・なんだ、ははっ」
潔く死んだ方が良いなんて考えていたくせに、意外に身近なところに死ねない理由があったじゃないか。
「提督?」
「いや、大した事じゃないよ」
重苦しい腹の調子は相変わらずだがかしましくも頼りがいのある仲間のおかげで絶望的な現実に少しだけ前向きに立ち向かえる様な気がする。
と、そこまで考えていたところで俺は三隈へ念の為に言っておかなければならない事がある事に気付く。
「あー、ところで三隈、その・・・さっきから言ってる妻って表現は少々問題があるから止めてくれないか?
何と言うか、他の皆が動揺して作戦行動に支障が出るかもしれないからな」
女々しい言い訳を口にしているのは重々承知しているし、自分がやってしまった事をなかった事にしたり棚上げする様なつもりはないけれど、物事には時と場合と言うモノがあるわけで。
それに放っておくと目の前のお嬢さんは注意されなかったからなんて言って容赦なくさらに外堀を埋めてくる様な気がしてならない。
まぁ、そんな杞憂も絶望的な戦力差を持つ空母棲姫を中心とした数十隻の深海棲艦との戦いで生き残れたらと言う、もしもの話でしかないのだがどんな時でも明日には命ごと消えているかもしれないとしても後悔と後顧の憂いは少ないにこした事はない。
「あら、提督ったら恥ずかしがって、ふふっ♪ ではどう言えばよろしいですか?」
《そら、あれや、二号さんとかでええんちゃう?》
「まぁっ、それならくまりんこは一号さん以外は認めません」
俺が不特定多数と不埒な関係を作る事そのものへの疑問が全くないらしい二人の様子に今月に入ってから絶えずストレスで痛めつけられている俺の胃が容赦なく雑巾の様に絞られた様な気がする。
思い起こせば金剛との関係改善のアドバイスを義男から受けた時に奴が「お前もいつか俺と同じになる」とかやたら深刻そうな声で意味深なセリフを吐いた。
つまりあれはこう言う事だったのか、だったらもうちょっと詳しく説明しておけよ、内心で此処にいない親友へ向けて文句をつけ。
そんな事をやってもマシにならない胃の痛みにたまらずに溜め息を吐き出した俺はあの詐欺師まがいの悪友ならこう言う場合にどんな調子の良い嘘を並べて逃れるのだろうかと考えてみた。
「あー、何と言うか、例えばだが・・・ケッコンカッコカリとか?」
咄嗟にこぼした俺の呟きで艦橋の三隈と立体映像の龍驤が揃って呆気にとられたように目を丸くした様子に自分の発言を心の底から後悔する。
「なんて・・・は、はは」
昔から、それこそ前世から分かっていた事だが俺には場を和ませたり相手を上手く言い包める為のユーモアを使いこなす事が出来ないタイプの人間なんだな、と再確認しながら乾いた笑いを力なく漏らす。
別に今すぐあの悪夢の瑠璃色に飛び込みたいわけではない、だが出来るだけ早く他のメンバーが来て欲しいと願いを込めて俺は海上拠点である護衛艦を祈る様に見詰めた。
同時刻、護衛艦【はつゆき】艦内某所
「そこを退いて下さい、赤城さん」
「島風出撃しまーす!」
「どこへ行こうと言うんですか?」
「離せ! はーなーせってんだ、こんちきしょー!!」
「暴れるな! お前が出撃を私に譲ればいいだけの話だろうが!」
「愚問ですね、聡明な赤城さんにしては珍しい」
「・・・答えになっていませんよ? 加賀さん」
「今は次の任務に備える時です! 磯風っ!」
「谷風は遊んでないでさっさと準備なさい!」
「無論・・・提督の下に、あそこが私のいるべき場所ですから」
「かー! これが遊んでるように見えるってのかい!? いい加減怪我人は引っ込んでろてんだ!」
「やはりそうですか、分かりました・・・仕方ありませんね」
「こんなかすり傷程度に入渠など必要ない! 姉妹艦と言えどこの私を侮る事は許さんぞ!」
「ええ、貴女になら分かってもらえると思っていたわ、あか、ぎぃっさぁ!?」
「だからどこ引っ張ってんだい! 脱げるって、脱げるって言ってんだろぃ!!」
「いた、痛いっ! お、折れるぅっ!!」
「赤城さん、ちょっ、それは流石にダメですって!?」
「あっ、加賀さんは私が何とかしますから五月雨さんはあちらのお手伝いをお願いします」
「今です! 磯風をクレイドルに!」
「ええっ!? ・・・はいっ! 頑張ります!」
「あの二人と司令だけってなんか嫌な予感がするから早く合流したいのに、みんな早くしてよ」
「だったら携帯いじってないでこの武勲馬鹿を押し込むのを手伝いなさい!」
「五月雨にお任せください! やぁああっ!」
「無理言って代わってもらって悪いわね、今度何か奢るわ」
「なら、帰ったら間宮でスイーツパーティーね♪ 遠慮なんてしてあげないわよ~」
「ふふっ、望むところよ、お互い必ず生きて帰りましょう」
「全員揃わないと出ちゃダメって言われちゃった! みんな、準備おっそーい!」
なお作戦開始、約四十分前の出来事である。