エイリアンだろうが怪獣だろうがただの的!
深海棲艦だって焼き魚にしてやるぜ!
これは映画の中だけじゃなく現実でも変わらない不変の条理だ。
そうさ、当たりさえすれば絶対に勝てる。
そうじゃないといけない。
人類にとっての最強の武力を象徴する存在は。
・・・艦娘なんかじゃない。
脆弱な人間にとって
二年ほど前からのハワイ勤めのおかげで若干日に焼けた肌から流れ出す汗をそのままに少尉を意味する階級章が縫い付けられた制服の前を乱暴に開いた白人男性は苦虫を噛み潰した様な顔で真夏の風よりも熱い空気の中を歩く。
[
そのジェームズ・ジョンソン少尉が漏らした小さくも強い不快感がこもった悪態は周囲の誰の耳に届く事なく港とそこに停泊する船達の間を吹き抜けていく強い風に吹き飛ばされて掻き消される。
しかし、その言葉が向けられている先は突然に海の底から現われた深海棲艦と言う名の怪物共に対してではなく自らに課せられたある任務へであり、同時にそれを跳ねのける権限を持たない自分の不甲斐なさを批判する思いだった。
[ひいては世界平和の為? 言い訳するならもっとマシな理由を考えろ!]
怒らせた肩と分厚い胸板に溜まった鬱憤を
もっともその場に他の人間が居たとしてもその見るからに怒り心頭に発している様子の米軍人に自分から近付きたいと考える者はきっといなかったかもしれないが。
しかし、そうやって悪態をへの字にした口からこぼしてはいる青年だが屋台骨が折れかけている在ハワイ米軍の司令部から伝えられた軍事機密とそれに伴う作戦の内容そのものに対しては感情的には納得は出来ていないが、それと同時に自分達が置かれた状況を客観的に見てその命令に従う他に選択肢が無いと言う事も若き少尉には分かっていた。
自分の中で一向に噛み合わない感情と理性のせめぎ合いで眉間に深くシワを刻んでいたジェームズは気を紛らわせる為か、かつての太平洋戦争で祖国の敵対者であった日本の軍艦から記憶と魂を受け継ぎ産まれた艦娘と呼ばれる女の子達の事を思い浮かべる。
彼が艦娘の存在を知ったのはまだ彼女達が公の場に顔を出す前も前、戦後の日本の裏側で当時の政権だけでなくGHQすら手玉に取って引っ掻き回した上に科学だけでなく広い分野で国際的に重要な特許を無数に所有していた科学者であり、アメリカの一流事業者すらモンスターカンパニーと呼ぶ
件の大企業にとって最大の助言者でもあった刀堂吉行の遺言を現代日本の最大与党と
ジェームズ自身は士官候補生だった時に出会った防大生の皮を被った詐欺師による手痛い歓迎やその後の彼らとの交流から日本人の勤勉さを知り、日本がアメリカの軍事力に依存しているだけの国という偏見が薄まったおかげで日本のにわかに信じがたい行動を訝しみながらも
そもそも、深海棲艦なんて出鱈目な怪物を一番初めにそれも出現の数年前に予言していたのは他ならぬかの老科学者であるし、アメリカ人なら考えるまでも無く出来ないと言ってしまう事を努力と技術でやってのける冗談みたいな日本の友人達と出会った事もその慎重さを手伝ったのだろう。
だが、ジェームズの様な経験をしていないアメリカ軍では元から彼らの中にあった日本全体への侮りもあり突然に艦娘だの鎮守府だのと言い出した日本政府と自衛隊の奇行を指して無遠慮な嘲笑が交わされるばかりでジェームズが知る限り真面目に艦娘と言う未知の存在を考察する者は一人も居なかった。
去年のクリスマスから日本が今までひた隠しにしてきた艦娘の存在と能力を宣伝するキャンペーンを始めた時も大半の同僚が[
佐世保で行われた艦娘同士の実弾演習によってやっと多少の動揺と共に考えを改めようとする者達は出て来たがやはり大半はびっくりするほど良くできた特撮という感想を口にして、日本から返却された軍艦の
それがどうだ、
だが、そんな仲間達の態度の変遷に関して歯に衣着せず言ってしまえば今のジェームズにとってどうでも良い事だった。
今の彼がその胸で憤りの火を燻ぶらせる原因は大半が少女と言って良い姿の艦娘達に頼る事を良しとする軍人の姿ではなく、少尉という階級には重すぎる
そもそも彼は国際演習の終了後に少尉から中尉へと昇進する予定だったし、なし崩し的ではあるが階級が一段上がろうが二段上ろうが今はどうでも良い事なのだ。
こんな事態になった後で上司から聞かされた、実は一年前以上前の時点で既にハワイから見て約800km北東の
しかし、それはアメリカ全体を考えなければならないホワイトハウスとハワイの軍拡を推し進めてきた米軍上層部の視点からならばそれを機密とするだけなら分からないでもない、と自分の胸の内に収める程度の理解力はある。
それに未知数の敵が潜む深海棲艦の巣が近くにあるからとハワイを放棄すれば官民問わず全住人の移住と財産の保証だけの話では終わらず、不安定な世界情勢の中で強硬に実行した軍事施設の拡張費用である数十億ドルをドブに捨てた上に太平洋上の制海制空を丸ごと失う事になる。
加えて、深海棲艦が正体不明かつ強力な戦力を持った
だが、自軍の利益と効率を言い訳に国と国が交わした同盟を蔑ろにして日本からやって来た自衛隊の隊員と三隻の艦を独断でハワイの防衛に組み込む事を上官達が決定した事。
この間まで[迷彩服を着たレスキュー隊]などと影で馬鹿にしていた自衛隊を
そして、この緊急事態で本来の基地司令官である中将や参謀部の将官が虹色の波として押し寄せた
その筋書きの中では日本の艦娘を現地の日本人や領事達などの身柄を保護という名目で捕らえ人質作戦をやってでも米軍の指揮系統に取り込む事も、善意の協力者である彼女らを捨て駒同然に最前線で戦わせる事も、それだけのリスクを友軍に押し付けておきながら裏切りの謗りを免れない手段の実行すらも織り込み済み。
つまり自分達が置かれている緊急事態は幾つかの過程が省かれ前後してしまっているものの大まかにはペンタゴンの書いたシナリオ通り進んでいると言うわけだ、と国に忠誠を誓った兵士の一人は湧き上がる怒りを噛み潰す。
そんな沖から吹き付ける熱風の海風だけでなく空気が歪んで見える程に輝く太陽にすら怯む事無く先日通達された命令への不満でいっぱいに顰められていた青い瞳が不意に頭の上にかかった日陰に瞬く。
彼は影の正体を確かめる様に顔を上げ、四年ほど前から行われてきた拡張工事によって真珠湾沿岸の半分以上の面積を占める事となった軍港の一画に大きな影を作っているそれを見上げた。
[後ろめたさを我慢しろなんて上官に言われなくても、今は、なりふり構っていられないって事ぐらい分かってる]
そこに
[生き残る事が正義、戦争に反則なんか無い、やったモン勝ち、訓練所でも散々聞かされてきたよ]
時を遡ること西暦1944年、第二次世界大戦の最中に生み出されてからアメリカ海軍史において【最後の戦艦】と呼ばれる事となって久しく。
今日に至っても衰える事無く重厚な風格を誇る
[だけど、でも・・・]
肌を焼くような熱い強風が海面を叩いて巻き上げ港の護岸に波飛沫が打ち付ける音だけが妙に大きく聞こえる日陰の中、いつの間にか怒りに満ちていた軍人の表情と肩から力が抜け、代わりに悔しそうに歪んだ表情をジェームズは浮かべ。
[もし
先程の様な威嚇を撒き散らす唸り声ではなく静かな呟きを漏らした少尉は自分と同年でありながら佐官までスピード出世をしていた友人の隣で笑みを浮かべていた少女達の姿を思い出す。
[何を思い、何を言うんだろう?]
俺は軍人になった日に深海棲艦の出現にも怖気づく事なく胸を張って合衆国を守ると宣誓したはずのに、と己の信念が揺らぐ感覚とツンと鼻の奥に走る痛みにも似た水気に歯を食いしばり。
ジェームズの胸中では日本の友人と艦娘達のハワイを守る為の戦いをただ見ている事しか出来なかった事への申し訳なさと臨時の基地司令と作戦参謀からの命令に逆らえない自分への情けなさが交じり合う複雑な心情が渦巻いていた。
此処がアメリカであり守らねばならない国民が居る以上は兵士である自分はどんな任務であろうとやり遂げねばならない。
それがどれだけ恥知らずな作戦であっても生き残る為にあらゆる手段をもって戦わなければならない。
自問自答にはもう答えは出ていると言うのにまだ公と私を割り切れず、あまつさえ自分よりも長い軍歴を持つと言うだけで返事を返すわけもない鉄の塊に問いかける自らの滑稽さに失笑が漏れた。
「
数年前に行われた国外資本の回収に際して輸送艦隊に加わる為に大規模な改装を受けて姉妹艦である一番艦と共に記念艦から軍籍に復帰し、その複数回行われた護衛任務の際に姉妹艦を失ったアイオワ型戦艦は絶え間なく吹く風の中で悲壮すら感じる表情を浮かべた少尉へとただ沈黙だけを返す。
その軍艦の弾薬庫には米軍でも一部の高官しか知らされていない定数外の大量破壊兵器、国外へ戦争抑止力として公開されている実数に含まれていない核ミサイルが搭載されている。
しかもそれにはRIMPACの裏側で行われた日本との取引によって提供された深海棲艦のバリアを貫通させるだけでなく魔法の様なマナ粒子の影響から電子機器を守る効果を与えるネジの様な形をした水晶が組み込まれていた。
だから守備防衛の装備に使うと表向きには知らせていた幾つもの結晶基幹を日本側に秘密で核兵器の部品として使ってしまった為に突然の深海棲艦の侵攻に対して陸上に設置する粒子汚染除去装置や艦艇に施される事になった投射障壁装置に使う分の重要パーツが足らなくなった。
その時点では裏事情を知らず、書類上では足りている筈のパーツが無い、と慌てふためき書類片手に自分達と同じく余裕などない自衛隊へ頭を下げ困惑する艦娘達の装備から部品を工面して貰った自分達は何だったのか。
今すぐ忌々しいミサイルをバラバラにして現代兵器の悉くを無力化する怪物が数十倍の戦力を並べている戦場へと挑もうとしている友軍の下へと貴重なパーツを返すべきだ、と怒声を上げている自分の感情的な部分を軍の任務であるのだから仕方ない事なのだとジェームズは押し殺す。
軍籍に復帰する際に行われた大改装で後部主砲を取り払われ最新型の垂直発射式ミサイルランチャーを装備させられた軍艦は自分の弾薬庫に人間の造り出した史上最悪の破壊兵器が格納されている事に。
その大量破壊兵器を深海棲艦と戦う友軍である自衛隊の艦娘達に向かって撃つという任務に何を思っているのか。
艦娘に対する不信と疑惑を拗らせているらしいペンタゴンの過激派が書いたらしいシナリオではRIMPACに参加する予定だった日米両艦娘達を囮に使った上に深海棲艦ごと限定海域を核の炎で焼く予定だったと現在基地司令部を代行している大佐達は言っていた。
つまり現代科学こそが人類に対する危機を退けると信じ切り艦娘を邪魔者とすら考える否定派と
流石に友軍殺しに抵抗があった現暫定司令部は田中二佐が率いる艦娘部隊が自衛隊が限定海域と呼んでいる異常な空間に存在する敵が核ミサイルを撃ち落とす事が出来ない数まで減らし、さらにあの空間を作り出している姫級深海棲艦をロックオンできた時点で最前線で戦う艦娘部隊にはあの瑠璃色の海から離脱する様に警告を出す事になった言っていた。
と言ってもそれは気休めでしかない。
艦娘達がこちらからの一方的な警告に従う事を前提にしているが仮に指揮官が撤退を受け入れてくれたとしても着弾後の核爆発から逃げ切れるかどうかは彼ら次第。
そんな自衛隊にリスクばかりを押し付ける杜撰な作戦への嫌悪は間違いなくある。
だが、神への信仰ほどではないが深海棲艦の厄介なバリアさえ何とかなると言うならあの絶望的な戦力差も打倒できるのでは、と軍上層部が隠していた核兵器に期待してしまっている自らの胸元をジェームズは苦し気な顔で握り込む。
七十年前には確かに命を奪い合う敵であった。
だが今の彼らは紛れも無い友であり、命を預け合う仲間でもある。
なのにあの太平洋戦争の終わりを告げた船である
「エクスキューズミー」
ジェームズが懺悔の言葉を口にできないまま数分間は経っただろうか、汗が滲む軍服の胸元を押さえ自らの罪を告白する懺悔者の様に何も言ってくれない軍艦へと頭を下げていた士官の背にたどたどしい発音の英語で声がかけられた。
「クッドゥアイハブア メニッツオブユアタイム?」
今は誰とも話をしたいと思えない状態だと言うのにタイミングの悪いヤツもいたもんだ、と言うかなんて喋り方だ俺じゃなかったら鼻っ面に教育の一つもお見舞いされるレベルだぞ。
そんな事を考えながら溜め息を吐いて米軍少尉は振り返り。
自分から数歩離れた場所に立っていた東洋人の成人として見ても少しばかり背の低いメガネをかけた青年とその隣にいるしっとりとした微笑みを浮かべる銀髪の美人に戸惑い目を瞬かせた。
「・・・
「えっと、・・・プリーズ、アイウォント」
「いや、私は日本語が分かる、君は慣れていない英語を喋らなくても良い、だが・・・何故ここに? キミは確か日本から来た旅行者だったはずだろう」
いくら人手が減り巡回に回せる人員にも不自由しており監視カメラや警報類まで壊れている為に管理が行き届いていない部分が多くあると言っても軍事施設のど真ん中に民間人が現れるとは思っていなかったジェームズは戸惑う。
そして、ジェームズは沖から風に乗って送られてくる肌を焼く様な熱気の中で海軍式の礼服を思わせる白い厚手の上着を纏いながらも涼し気な微笑みを浮かべているどこか人間離れした印象を受ける美女の顔には見覚えは無かったが、日本人特有のどこか平坦な顔つきに緊張した様な表情を浮かべている青年の方には心当たりがあった。
「あっはい・・・私達はハワイの人達を助ける為に貴方達、米軍の人達に協力して欲しい事があるんです」
こちらとの距離感を計っているのか控えめな言い方だがその内側に何か切実な思いがある様にも感じ、メガネを曇らせる程に浮かぶ汗は気温だけのせいではないのかあまり鍛えていないらしい小柄な身体は緊張で強張っていた。
確か彼は日本から観光でやって来た大学生だったはず、とジェームズが改めて思い出そうとして見れば数居る避難民の中で彼の事にすぐ気付けるぐらい覚えていた理由も一緒に引き出される。
「それは我々軍人の仕事だ、民間人が心配する事じゃ
突然の災害とも言っても過言ではない海から押し寄せてきた虹色の光の波の後に被災者の避難所となり比較的マシな体調な者達によるボランティアが行われていたとあるホテルの前庭、まだ深海棲艦の放ったマナ粒子の除去が完全でない空気のせいでその場の避難民全員が死にそうな顔でノロノロと飲み下している中。
彼とその友人であるもう一人だけが精神的に疲労しているが身体自体は健康そのものな様子で周囲の手助けを進んで行っていた。
そして、体力自慢のマッチョですら霊力に対する耐性が無ければ呆気なく昏倒する空間でまともに動ける人間は子供や老人ですら貴重であるとたった数日で骨身に染みてしまったジェームズは取る物も取り敢えず日本からやってきた観光客二人に協力を要請した。
だが、運送屋の真似事を頼んだ彼らが目的地の手前で
暴徒と化したデモ隊のせいで大学生達に貸し出していた基地職員の私用車が廃車になったが、それよりも軍が協力を要請した民間人それも他国の観光客が仮とは言え軍拠点の目と鼻の先で暴漢達の犠牲になったとなれば犯人を逮捕出来たとしても何の釈明にもならない。
そういう意味では迂闊な事に自分が危険に晒してしまった相手が目の前に居るわけで、長身かつマッチョなアメリカ軍人は若干の申し訳なさに頬を掻きながら明後日の方向を見る。
しかし、空でも見ようかなんてあからさまな逃避を選ぼうとした彼の視線は青色を見る事無く頭上に影を落とす鋼の壁によって遮られ、アメリカ海軍の歴史を背負っていると言っても過言ではない【最後の戦艦】から軍人として情けないと思わないのかと言われている様な錯覚を覚えたジェームズは小さくため息を吐く。
ただでさえ余裕の無い時に炎天下に部下を呼び付ける嫌な上官にはなりたくないし、目の前に居る日本人が危険性の低い相手である事も分かっており、先日迷惑をかけた申し訳なさから不法侵入とは言え警備に突き出すのも忍びない。
そして、少々悩んだ結果として大きな体に似合わない繊細さを持つ米軍少尉は話をするだけなら問題無いか、と彼とそのガールフレンドに少しだけ譲歩する事にした。
[どうせ、陸でやる事はもう全部終わってるんだしな・・・]
基地内だけでなくオアフ島全域で発生した陸上の厄介事の対処と今も半透明なバリアで深海棲艦の侵攻を食い止めている軍艦達を動かす為の物資や燃料類の入手と輸送、さらに手続きを一手に押し付けられた陸海空の混成中隊の責任者はネイティブなぼやきを漏らしながら頭を掻き。
「話をするなら、まず私と君達には日陰とコーヒーが必要だ」
今も働いている同僚達には悪いが人生初のストライキにでも挑戦してみるか、とメガネの青年へと日本語でおどけて見せた。
「あ、ありがとうございます!」
「うふふっ、良かったですね先輩さん♪」
・・・
「まさか君がこんな事をするなんて・・・冗談じゃないな」
そう呟きながら田中良介は頭の痛みを我慢する様な顔で硬めのシートに深く腰かけて背中を預ける。
「まだ言ってる、あまり小さい事にしつこいと底が知れるわよ?」
「いや、君がやった命令の拒否と備品の無断使用はなかなかに大事だと思うのは俺だけかい?」
客観的に見て
(もしかして皆、いつもの痴話喧嘩だとでも思ってるのか)
ここ最近、ハワイでの任務の為に新しく編成に加わった加賀と磯風の理解に困る言動だけでなく自艦隊のメンバーとして慣れ親しんだ三隈までが指揮官である自分を翻弄する様になっただけでも大変だと言うのに、と寝不足を栄養ドリンクで一先ず解消した田中は駆逐艦娘が低く唸らせている動力機関の音にぼんやりと耳を傾け。
相手が誰だろうと言いにくい事ですらキッパリ言い切る気の強さ、そんな矢矧のいつも通り過ぎる姿には呆れを通り越して感心すらしてしまう。
(・・・博士は茶化すぐらいなら出てこないでください)
それにしたって時と場合ってものがあるじゃないか、と言葉にせず田中はいつの間にか自分の腕の上に腰かけてニヤニヤと笑っていた三等身の小人を埃でも払うかのような無造作な動きで指揮席の外へと投げ落とした。
「念の為もう一度聞くが・・・君のいる場所に居る筈だった夕張がいない理由は?」
「はつゆきに増設した粒子タンクの取り外しを素人に任せたくないらしいわ、実際に私だと艦とあの大きなドラム缶の接続部を適当に斬るぐらいしか出来そうにないもの」
件の護衛艦にも機械整備に精通した隊員が揃っているのだから彼らの指示があれば戦艦級の装甲すら切り裂く矢矧の刀は問題なくその役目をこなせるだろうとツッコミを入れようとすれば肩越しに振り返った凛々しい瞳に田中は妙な居心地の悪さを感じて咳払いをする。
「本来なら治療が終わっていない筈の君がなんでここに居る? 五月雨、磯風、そして君の順に入渠を命じていただろう?」
「だからさっき高速修復材を使ったからって言ったでしょ? そもそもあんな傷のうちにも入らないカスリ傷で入渠しろって命令の方がどうかしているわ」
いつにもまして遠慮のない言い方とキリッとした瞳の赤銅色に気圧された田中は降参の音を上げる様に今日何回吐いたか数えるのも嫌になる溜め息を半開きになった口元から漏らす。
元々はハワイで行われる予定だった日米艦娘による演習の後に両艦隊のメンバーを治療する目的ではつゆき艦内に保管されていた一個単価約百万円の備品、それを艦隊の管理者である田中の了解を取る事無く使用した事実は矢矧にとって些細な問題でしかないらしい。
『提督ー、まだ待ってないとダメなの? 早く出撃しよーよ!』
「・・・はぁ、龍驤」
『はやく、はやくー!』
文字通り深海棲艦の侵攻からハワイを守る防衛線となっている通常艦の艦列を背に昏い瑠璃色とエメラルドグリーンの境目を臨む疾風を体現する駆逐艦娘の好戦的な声が通信機のスピーカーを揺らし、矢矧との不毛な押し問答を諦めた田中が指揮席から身体を傾けて艦橋の後方に居る空母艦娘へと問いかける。
「直掩機問題ないで、島風が全速力で走っても追いついたるわ」
『むー! そんな事ないっ、私には誰も追いつけないんだから! ヒコーキにだって負けないもん!』
「いや、流石にわざと置いてけぼりされるんはちょっち困るなぁ、島風の為の護衛なんだからさ」
指揮席を囲む円形足場の丁度真後ろでメインモニターに背中をくっつけ足を伸ばして座っている龍驤の姿とその小柄な水干風赤袖を中心に表示されている各艦載機の管理ウィンドウが無数の文字列をスクロールさせていた。
「沿岸防衛艦隊へ連絡、田中艦隊はこれより限定海域への突入を開始する・・・それにしても自分から死に急ぐ事になるなんて、な」
事前の予定よりは少し早く準備を整え終わり、あとは
憂鬱な顔の指揮官と相反して己の速度に絶対の自信を持つ金髪の韋駄天少女が勝気に顎を上げて背中に装備された三基の増設武装と両足で推進力へと変わる前の霊力がキラキラと碧の海を輝かせる。
「貴方は死なないわよ、私達が一緒に行くんだから」
不意に聞こえた今までに聞いた事が無い様な穏やかで優しい矢矧の声色に驚き、正面へと顔を戻した田中はチラリとも顔を見せる様子が無い艶黒のポニーテールが揺れる阿賀野型の背中に妙なむず痒さを感じ。
幻聴を疑ってしまい周囲の様子を窺えば矢矧の言葉に同意する様に
そして、艦娘と士官どっちが上官か分からないと揶揄される事が多々ある艦娘部隊の指揮官は苦笑と共に肩を竦め。
「まったく次から次に死ねない理由が山積みになっていくな」
障壁によって隔たれている深海棲艦が箱庭に作り変えようとしている海に向かって、そんな呟きを漏らした。
少尉「所でどうやって基地内に? 警備に穴があるなら早めに対処しておかないと」
メガネ「いえ、なんて言うかその・・・」
お嬢さん「あそこにいるお馬鹿さんが警備の人と友達になったので入れてもらえました」
少尉「What? オバカサン?」
・・・三人からちょっと離れた場所
お馬鹿「へっくし!」
軍人A[どうした風邪か? 汚染は弱くなったが身体には気を付けろ](英語)
お馬鹿「ふぇへ? オーケーオーケー! アイアムスーパーヘルパー! 」(何を言われたか分かってない)
軍人B[ボーイ、こっちも手伝ってくれ!](英語)
お馬鹿「イエスお手伝い、プリーズオッケー!」(日本語しか分からない)
英語力たったの五なお馬鹿様にアメリカ軍人の友達がまた増えました!