艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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 それは、名誉ある戦死者たちが、最後の全力を尽くして身命をささげた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわれが一層の献身を決意することであり。
 これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために。

 そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれがここで固く決意することである。

1863年11月19日、エイブラハム・リンカーン
 


第百二十八話

 昨日の真夜中、正確に言うならば12月23日の深夜から24日の未明、ハワイ本島の北東で確認された深海棲艦の群れが創り出したと言う仄暗い光沢を揺らめかせる瑠璃色の海。

 その異様な光景に囲まれる事になったハワイ諸島とそこに取り残されている自分達の現状、正直に言えば目を逸らしていたい事実を敢えて確認する為に私はここ数日の記憶を思い返す。

 

 深海棲艦の出現、そして、それと同時にハワイを襲った虹色の波動によって麻痺したハワイの都市機能や治安は深海からの侵略者との防衛戦が始まってからほぼ一週間、やっと街中をパトロールする警官やちゃんと(・・・・)道路を走る自動車が見れる程度には回復してきたと言ったところ。

 とは言え、私自身の目で見たモノだけでも数えるのが嫌になるぐらいになる不慮の事故と故意の犯罪が災害じみた深海棲艦群の接近によって脱出不能となったハワイ全域から全て無くなったわけではない。

 

 さらに言うならば街灯が光るとか水道の蛇口をひねれば水が出るなんて日本では当たり前だった事を年甲斐もなく喜びはしゃいでしまった自分で言うのもなんだが私達はまさに現在進行形で精神的に物理的に追い詰められている。

 

 日本からの旅行者である私達三人は手前勝手な言い方であるが幸運な事に生命が容易く奪われる様な不幸な事故に巻き込まれず、窮地で暴力に走る様な相手に襲われ怪我をする様な目にも遭っていない。

 一時、暴動を起こす寸前だった連中に囲まれた場面はあるにはあったが一生分の幸運を使い果たしたかと思う程に絶妙なタイミングで助けの手が文字通り目の前に舞い降りてくれたからそれはカウントするべきではないだろう。

 しかし、ハワイ諸島に閉じ込められている人々全員が私と友人の様に不幸中の幸いを得られているなんて事はあり得ないのも事実であるし、おそらく今もここではない場所で他人を犠牲にしてでも構わないとする利己的な行動の犠牲になった助けを求める声が上っているだろう。

 

 あの日、オアフ島の海岸沿いで恐ろしくも幻想的な虹の津波を目撃してからひたすら自分の無力さに打ちのめされ自分の正しさと安全を保証してくれるモノが何一つも無い私は非日常の中を進み続けなければならない現実に否応なしに苦しまされている。

 

 それならばいっそ全てを投げ出して自分の弱さと不甲斐なさを免罪符に逃げ出せば良かったのに、と今更ながら我ながら思わなくはない。

 

 でも私には大切な人がいる。

 

 情けない泣き言を喚き散らす大学生でしかない私をハワイから脱出させる為だけに茅野志麻と言う自身の平穏を約束する偽の名前ごと自分の全てを投げ捨てようとしてくれた女の子が、こんな弱虫()を「愛おしい」と言ってくれた彼女(鹿島)がいる。

 

 もしかしたら私と彼女の出会いは偶然などではなく何者かによって仕組まれた必然だったのかもしれない。

 

 それでもたった一日離れていただけですら心が引き裂かれそうだと悲鳴を上げる程に失いたくない存在であると自覚してしまったのなら彼女と一緒に日本へ帰る為の道程がどれだけ困難であろうと進まなければならないじゃないか。

 

 そんな決意を情けない泣き言と一緒に吐き出した私の選択を欠片も責めず「仕方ありませんね」と微笑む鹿島に心の底から感謝して、彼女と再会した自然公園から人目を忍んで抜け出した真夏の様な日差しの下で私の頭に閃いた思い付き(・・・・)を何とか実現できる形にする方法は無いかとひたすら知恵を絞る。

 だが深海棲艦による電波通信をジャミングする力場を越えて外への連絡を可能とする手段、日本にいると言う鹿島の姉妹艦とだけ可能なテレパシー通信に希望を見出した私だったが、小賢しさ自信がある筈の頭を人生で最も働かせたと言っても過言ではない程に考え続けてもそこから自分の目的の実現へ繋がる具体的な方法に辿り着く事が出来ず。

 ハワイに来てから私と鹿島((友人))の三人がお世話になっているリゾートホテル、支払った料金以上の滞在にも拘わらずこんな時(緊急事態)だからとそのまま泊る事を許してもらっている部屋の真ん中で悩まし気に唸り続け無為に時間を使うだけ。

 

 そもそもどれだけ正確に鹿島から彼女の姉妹へ私達の情報を伝えてもらっても動いて欲しいと思っている相手がそれを信じてくれなければ意味がない。

 しかも奇跡的に連絡が付いたとしても情報源は日本人の観光客で、通信方法がテレパシー(オカルト)能力では公的機関を動かす証拠能力すら期待できないのではないか。

 そんなふうに「それは駄目、これも駄目」と無為に足踏みする様に自分自身の考えすら纏められないそんな私へ状況打開の一手をもたらしたのは今回の事件に巻き込んでしまった同じ大学に通う友人であった。

 

 実際問題、私がジャーナリスト気取りでハワイに行こうなんて言い出さなければ彼を巻き込む事は無かったのではないかと悔み、気の良い友人に対する後ろめたい罪悪感はある。

 しかし、言い方は悪いがその時点の私はバグみたいなコミュニケーション能力以外の知性が軒並み平均以下な彼がここまで複雑化した問題の解決に役に立つとは思っておらず、夕日が沈み頼りない灯りだけになった部屋のドアを勢い良く開け無駄に元気な大声と共に手に持った小包みを見せびらかす様に掲げたチャラい男を舌打ちで迎えてしまった。

 

 なにせその時の第一声が「赤城さんにおにぎり貰っちゃったぜぃ!」である。

 

 少しでも早く解決の糸口を見付けなければならない時に常日頃から戯言(たわごと)を口から垂れ流す事を生業にしている頭の中身がプリンでできている様なヤツに付き合わされるなんて冗談じゃないのだが、そこは他人の心の機微を読み取る能力だけは警察犬の嗅覚並みに発達した男である。

 やたら人懐っこい笑みを浮かべ「どうしたん? どうしたん?」としつこく何度も聞いてこられるぐらいなら自分達が置かれている状況と私がやらねばならない目的を一通り説明しおいた方が良い、と言うよりは小難しい話をすればまず間違いなくあまり物事を深く考えないタイプである友人は思考停止して黙るだろうと私は高を括っていた。

 

 実際、私が話を始めれば十分も経たないうちに彼は魂の抜けた顔を浮かべ大事そうに抱えていた小包みから大きなおにぎりを取り出し、それを食べながら物凄く適当な相槌を打つと言う話の半分を聞いていれば上等と言う態度を見せる。

 

 と言うか、なんで昼間にとある事情で知り合う事になった自衛隊員や艦娘達に夕食へ招待されたと言っていたアイツは夕食からまだ一時間も経っていないだろうに爆弾みたいなビッグサイズおにぎりを「うめぇ、うめぇ!」と食べ始めたんだろう。

 その馬鹿がおにぎりを頬張る姿を前に自分の顔がこれ以上ない苛立ちで歪んでいく事を自覚しながら私は目の前の能天気を思いっきりぶん殴ってやろうかと小さく毒吐き、振り上げかけた私の腕に抱きついて宥めてくれた鹿島がいなければ目の前の無駄に形の良い鼻を軽く2cmは陥没させてやっていただろう。

 

 それはともかくとして。

 

 明らかに人の話を聞いていない相手に忍耐力を最大まで振り絞り出来得る限り(小学生でも分かる)単純な言葉を選び説明を終えた私は炎天下の労働とは違った徒労感の強い精神疲労にたまらず溜め息を吐き。

 自分達を取り巻く危機的な状況とそれを解決しなければ日本に帰れなくなるどころか明日の命も分からないのだ、と私が話を締めくくったと同時に馬鹿は「志麻っちが艦娘? じゃあ、志麻っちもアレ出来るん?」と言う主語が行方不明なセリフを口にする。

 

 一応は後で考えのすれ違いが発生しない様に私の隣にいる彼女の茅野志麻と言う名が世を忍ぶ仮の名前であり、本当は鹿島と言う名前の艦娘であるのだと説明の途中に挟んで教えはした。

 だが、まさか在ハワイ米軍と自衛隊の艦娘達に降りかかる困難や深海棲艦の謎に満ちた動向、これから時間が経つほどに困窮するだろう予想など自分達の安全に直結する情報を差し置いて真っ先に反応するのが鹿島の正体だとは少しも予想していなかった私は友人が身振り手振りを加えなにやら喋り始めた不可解な話にただただ困惑するしかなく。

 

 気の良いバリっちゃん(たぶん自然公園で出会った夕張の事だろう)からマナ粒子濃度が高い場所でも艦娘が装備した機械類は正常に機能すると教えてもらったとか。

 招待された夕食の場で関西弁で喋る艦娘(ハワイに来ている艦娘でその条件に合うのは龍驤だろうか?)が自動車並みにデカい炊飯器から延びるコードをその身体に直接差してお米を炊いていた(野外炊具一号だろうか? でもあれは灯油で動くはずでは?)。

 

 などなど、私は友人からあやふやかつ俄かには信じられない話を聞かされ、さらにその装備(・・)に接続するコードにはUSBケーブルも使えると聞いた、なんて流石に出鱈目としか思えないモノには艦娘である鹿島までもが困惑を隠せず笑みを引き攣らせていた。

 

 だが、その時の私が精神的な余裕がない状態で倒れかけている様に見えていたらしい彼女は気分転換になればとでも思ったのか友人が言い出した与太話を試してみようと言い出す。

 

 そして、数分後、深海棲艦の襲来と共に押し寄せてきた虹色の光を浴びたあの日からうんともすんとも言わなくなっていた私の折り畳み式携帯電話から延びるUSBケーブルの端子が数日の南国に生活でも日焼け一つ無い白い肌に吸い込まれ。

 私は「ほら言った通りだったろ」と大袈裟に騒ぐ友人の声に返事を返す事も出来ず、自分の手首を見つめて目を丸くしている鹿島と細長いケーブルで繋がった携帯電話の液晶画面に数日ぶりの光が点いた様子に絶句させられた。

 

 私の目の前で再起動した携帯電話の画面は何故か明度が過剰に引き上げられており液晶が白く染まって何が映っているかも分からない状態だったが辛うじて通話ボタンを押せば受付音がスピーカーから鳴り、0から9のボタンを押せば音割れしていたがプッシュ音も聞こえ。

 その確認を終え驚きで固まってしまっている表情をそのままに私は真っ先に思い浮かんだ実家の電話番号を入力してから祈る様な気持ちで携帯電話の反応を見守る。

 

 そして、震える手で国際電話番号を含めた数字を入力した電話から聞こえてきたのは奇妙に間延びしたそれでいて生物的な鼓動にも感じる電子音とノイズ、そして、妙に長く続いたその両方が途切れた直後に私の手にあった携帯から誰かの吐息にも似た音が聞こえ。

 

 まさか本当に電話が繋がったのか、そんな馬鹿な事が、と狐につままれた様な気分を必死に抑え込みながら私は期待と動揺が入り交じり震える声で「もしもし」と電話に話しかける。

 

〈 この感じ、鹿島姉さんですか? 〉

 

 しかし、液晶画面をホワイトアウトさせた携帯電話から聞こえてきたのは私の両親の声ではなく。

 

〈 なんで姉さんからの“通信”なのに男の人の声が? 〉

 

 聞き覚えの無い女性の声だった。

 

〈 ・・・アナタ、誰なの? 〉

 

・・・

 

 目的地は分かっているのにそこに辿り着く道が分からない。

 

 例えるならばそんな二進も三進もいかない膠着状態だった私は友人が言い出し鹿島が確かめてくれた方法によって得られた僅か三分にも満たない通話に激しく驚かされながらも自分の考えが全くの見当違いではなかった事に喜びの声を上げる。

 

 それを叶えてくれたもう一台(一人)の立役者とも言うべき折り畳み式携帯電話、四年前に携帯ショップで手に入れてから常に私のポケットにあった130gの小さな相棒はその最期に数百kgの金塊よりも価値のある数分を私達に与えてから白い煙を基盤やバッテリーから立ち上らせ再び沈黙した。

 

 それから三日、つまり今日。

 

 真夏を超える暑さに負けてたまるかと自分に言い聞かせながら体力と時間の限りを尽くしホノルル市内だけでなくとにかく広範囲の避難所をめぐり手当たり次第に証言と情報を集めた私達は最終的にハワイを守る軍事拠点の一つである真珠湾の軍港へと向かう。

 その前日にハワイ諸島を囲む様に出現した瑠璃色の海、日米両軍の協力で行われた霊的災害対策が功を奏し今度は虹色の波の時の様な停電や被害が出る事は無かった。

 しかし、私達にとって頼みの綱だった鹿島のテレパシーが使えなくなると言う計画が根本から破綻しかねない状況が発生し、状況がさらに悪化した事が海の方を見るだけで被災者の目で見える様になってしまった。

 このままではギリギリで耐えていた人々の中からも自暴自棄に走る人が現れるかもしれない、それなのに私に限って言うならば不思議と新たな障害に対して特に動じる事はなく。

 文明の利器を理不尽に取り上げられた劣悪な環境で過ごした長い様で短い十日未満の日々で自身の運の悪さに慣れてしまったのかもしれない、なんて冗談を口にできる精神的な余裕すらある。

 

 そして、怖気づいて逃げ出すなんて選択肢はもう無いのだから、と自分で言うのもなんだが強い決意を胸にいざとなれば無断侵入も辞さないつもりで広大かつ堅牢だと一目見れば分かる米軍基地を前に立った。

 

 ・・・のだが。

 

 何をどう間違えばそうなるのか分からないが基地の警備をしていた数人の軍人から私と共にいた友人に声をかけてきて、私と鹿島をそっちのけにして妙にフレンドリーな調子で話し始めたと思えば、あまりにも突拍子の無い展開に唖然とする私と鹿島がその場で立ち尽くしていると談笑を終えたちょっと頭のオカシイ大学生と職業:アメリカ軍人達に手招きされ。

 

 その後、私にとってはとても都合の良いのは事実ではあるのだが「こんなに雑で良いのかアメリカ軍!?」と叫びそうになるのを耐えなければならないぐらい簡略化された手続きを行いゲストパスを渡されて私達三人は軍事基地への入場し、さらには監視と言う名目で基地の案内を申し出てくれた警備の人のおかげで私の予想を裏切るスムーズさで数日前に仕事を頼まれ多少なりとも顔見知りである米軍少尉と再会し、そのジェームズ・ジョンソン少尉の協力を条件付きで取り付ける事にも成功した。

 

 例えるならば私にとって人生最大の勇気を振り絞って立ち向かおうとした試練の入り口が自動ドアだったとでも言うべきだろうか?

 

Damn!!(くそったれ!!)

 

 凄まじい肩透かしを受けた少し前の記憶を振り返っていた私が突然の叫び声に顔を上げると丁度その姿を頭に思い浮かべていたジョンソン少尉が頭に乗せていたマイクとヘッドホンが一体化したヘッドセットを毟る様に外してドラマとかの航空管制塔で使われていたモノに似ていると言う素人丸出しな感想しか出てこない無数の計器とスイッチ類が並んでいる軍用通信システムへと叩きつけている姿が見えた。

 

 バネの様に跳ねるヘッドセットを天井まで飛ばしても足らなかったのかよっぽど腹に据えかねている少尉は制服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉質かつ190cmを超える長身の肩を怒らせ数m離れた私にまで聞こえるぐらい荒々しい猛牛の様な鼻息を吹き出している。

 

「あの人をあそこまで怒らせるって・・・よっぽどの事だな」

 

 気付けば自分の考えの没頭してから十数分、部屋の壁に背を預けていた私は激しい怒りを表す様に乱れた呼吸に合わせ肩を大きく上下させているジョンソン少尉とその周囲にいる彼の部下達の見るからに気落ちして項垂れている様子を窺いながら小さく呟く。

 彼と親しいなどと言えるほど深い付き合いがあるわけでは無いが少し話しただけでもジョンソン少尉が少し厳つく男らしい顔立ちと逞しい長身を併せ持つtheアメリカ軍人と言ったマッチョな容姿の持ち主でありながら非常に理知的で穏やかな性格の人物である事ぐらいは分かる。

 少なくとも私の様な突然に軍事施設へやってきた不躾な日本人の小男に合わせて日本語で会話してくれるぐらいなのだからネット界隈で多く上げられる個人主義の白人男性の様なステレオタイプではない事は間違いないだろう。

 

「良い事じゃないのは間違いなさそうですね、散々たらい回されたID照会の時間が無駄になるぐらいには」

「流石に・・・日本の回線を経由してハワイから連絡が入ったとなったら慎重にならざる負えないとは思うよ?」

「それでも相手からもう連絡してくるなって言われる程の事じゃないと思いますよ、先輩さん」

 

 すぐ横から聞こえた鹿島の声に肩を竦めて返事した私は深海棲艦の出現から今日まで完全に使用不能になっていた米海軍基地に置かれた通信と指揮を司るオペレーションルームを見回し、熱風が常に吹き付ける野外よりマシとは言え普通なら絶対に一般人が入る事の出来ない機密エリアに充満する身体に圧し掛かる様な重い空気に嘆息する。

 

「ジョンソン少尉本人だって認めたなら被災地からの連絡だろうに、それを分かった上で無視するのかい」

「先輩さんの予想通りでしたね」

 

 まるで他人事と言うか、むしろ私の予想が当たっていた事が嬉しいとでも言う様な微笑みを向けてくる青い宝石の様な瞳への丁度良い返しが思い付かず私は閉口してしまう。

 個人的には米軍もしくはアメリカ政府による情報統制がハワイの外で行われているなんて陰謀論じみた私の予想は外れていて欲しかった。

 

「本当にアメリカの上層部はハワイとその住人を見捨てても構わないと考えているかもしれませんね・・・現地戦力で対応せよ、なんて出来るわけない事言っちゃうぐらいですから

 

 それに加えて私のすぐ隣で椅子に座っている鹿島の協力によってこのオペレーションルームの機能が回復した事を確認したジョンソン少尉達が上げた喜びに満ちた歓声があっと言う間に陰鬱な溜め息に変わってしまった事も私達が原因ではないと分かっていても申し訳なくなって・・・。

 待て、今聞き捨てならない事が聞こえた気がする。

 

「えっと鹿島、まさか通信を盗聴してなんか・・・ないよね?」

「ただ単に少尉さんの()が聞こえちゃっただけですよ・・・流石に暗号化された通信は解読できませんでした

 

 ともすれば二人揃って協力者からスパイ容疑者に役名が変わりそうな物言いに恐る恐る声を絞って聞けば鹿島はシレッとした顔できらめく銀髪がかかった自分の耳元をトントンと指で小突いて微笑み。

 その仕草に私はつい悪事を隠す悪党の様に反射的に目測で8mは離れた場所にいるジョンソン少尉達の背中を窺い見てしまう。

 

「先輩さん、知ってます? 艦娘の中には十数キロ離れた場所で鳴いていたカモメの種類と数が分かる子がいるらしいですよ」

 

 数歩で足りる遠いと言う程に離れているわけではないがそれでも人間一人が付けたヘッドセット型インカムによって交わされる通話を聞き取れと言われれば無理だと言い切れるぐらいには離れているのは間違いなく、実際に通信機のコンソールを前にいる鍛え上げられた軍人達は私と鹿島の会話に気付く素振りも気にする様子も無い。

 

「まぁ、私はそこまですごい事は出来ませんけど、ね?」

 

 続けて繰り出された上目遣いの悪戯っぽいウィンクに私は「この距離でも十分すごい事だよ」と言いそうになった言葉と一緒に固唾を呑みこみ頬が引き攣りそうになるのを耐え。

 

「う、うん、それはともかくハワイの()と通信が繋がって良かったよ、本当に」

 

 それは限りなく黒に近いグレーなんて新聞や創作など数多の読み物の中で良く使われるありきたりな表現、しかし、日常生活では縁の無い言葉を望まず実感する事になった私は心の中で君子危うきに近寄らずと唱えながら少し無理矢理ぎみに話題を変える。

 

「ええ、これで先輩さんの作戦が実行できます♪」

 

 ジョンソン少尉とその部下の人達と言う頼りになる軍人の協力を得る事に成功し、彼からただの機械では艦娘の力に耐えられないと言われ消沈した直後にそれを解決する装置の存在を教えられ、短い間に一喜一憂を繰り返した私の目の前で瑠璃色の海による通信妨害の増大と言う最後にして最大の問題も何とかクリアされた。

 

 残る私がやるべき事は此処へ持ち込んだ愛用のノートパソコンの電源を入れてジョンソン少尉達が用意してくれた機材でインターネットに接続するだけ。

 

「作戦って言うほど立派なアイディアじゃないよ、それに何から何までほとんど人任せなんだ」

 

 言ってしまえば私がやった事など協力者を求めて延々と歩き回り口下手な口先を動かしていただけ、それだけの事ですら一般人でしかない私個人の責任能力を大きく越えた事をやっている自覚はある。

 

 だけど、だからこそ、この試みには鹿島と友人だけでなく数え切れないぐらいのハワイの人々の協力があるからこそ。

 

 ジョンソン少尉が私達への協力を約束する代わりに提示して今さっき終わったペンタゴンへの救援要請が仮に成功していたとしても私にとってそれ(・・)の実行は義務と言って良い決定事項となっていた。

 

 とは言え躊躇いは無いと自分に言い聞かせ虚勢を張っていても肩と胃にのしかかる重みは確かにある。

 

「私は先輩さんのお手伝いが出来て嬉しいですよ」

 

 けれどそんな見えない重圧ですら彼女の他愛無い励ましの言葉で溶ける様に消えていき、私は身体に纏わりついてた肺や肩の強張りが消えて緩む感覚と同時に自分の現金さに苦笑してから彼女の赤いスカーフタイが解け開かれた白襟とその間に入り込んでいる無数のコード類へと顔を向ける。

 その太いコードは僅かに線の細い鎖骨と青白い発光が覗く鹿島の胸元を隠す様に服の中へ潜り込んでおり、彼女から延びる長いケーブルは蛇の様に床を這い部屋の真ん中辺りに設置された一見しただけでは大型デスクトップPCにしか見えない機械へと繋がっていた。

 

 それは結晶基幹と言う特殊な部品が組み込まれたモノで、電気信号とマナ粒子を分離させるとか、逆に干渉させるとか、増幅した異なる波長でも双方向に変換出来るとか、ちょっと聞いただけでも私には到底理解できない仕組みが詰め込まれていると分かる高度かつ精密な技術の塊である。

 だが私にとってはそれが艦娘と普通の機械を仲介する特殊な機械である事が分かっていれば十分で、実験台と言うわけでは無いがジョンソン少尉のおかげで電気的な信号をハワイの外へと送信できる事実があるならばその原理の正体が科学であろうと魔法であろうと何ら問題ない。

 

 ただ、部屋の真ん中で低いファンの回転音を立て続けているその特殊装置が通信機器だけでなく部屋中のPCとモニター、さらに大型サーバと業務エアコンまで復活させたと言われてしまうと虹の波から今日まで電卓すら使えない前時代的な生活をさせられた身としてはもっと早く教えてくれれば良かったのにと思わなくはない。

 

 まぁ、素人目には万能に見えても機械である以上は限界はあるだろうし、動かせるのが艦娘のみである時点で汎用性はあって無い様なもの。

 おそらく部外者にこの装置の存在を知られたなら民家や商店を襲う暴動と強盗のターゲットが一つ増えるだけかもしれないだろうけど・・・。

 

「それにしても香椎さんだけじゃなく・・・財団まで協力してくれるなんてね」

 

 香取型練習巡洋艦三番艦、香椎、それが私の携帯電話が最期に繋いだ通話相手の正体であり、はるか海の向こう私の故郷である日本ではもっぱら財団もしくはTIAと呼ばれている世界でも指折りの巨大総合企業に所属している社員にしてかつて自衛隊から脱走した艦娘の一人。

 鹿島の姉妹である彼女と何故電話が繋がったのか無学な私にはこれまた結晶基幹だとかなんとかと同じ様にその原理なんてさっぱり分からない、だが接続された携帯の電波と鹿島から二人の姉妹艦にだけ通じるテレパシーが何らかの理由で交じり合い受け取り側である香椎へと届いたのではないかと言う仮説は立てられた。

 

「実は私達、後見人になってくれたお祖父様とお祖母様のおかげで財団ではかなり無茶がきくんです」

 

 そして、その仮説はハワイに居る鹿島と東京の財団本部に居ると言う香椎によって立証された。

 

「そ、そうなのかい・・・TIAとは言え軍用機材を半日で用意できる後見人っていったい

「ふふっ♪」

 

 タネを明かせば単純で鹿島が特殊機材で増幅したテレパシーに乗せて飛ばしたジョンソン少尉の声をこちらで使っているモノと同じ特殊機材を装備した香椎が受け取り、それを財団のサーバールームに経由させると言うモノでしかもこれは一方通行ではなくお互いにやり取りできる。

 ただその際に通信が経由した所在地と方法を偽装する為の工作を財団の方で行っていたらしく発信源が日本であると言う事しか分からない正体不明の通信にペンタゴンが必死に本人だと訴えるジョンソン少尉へ傍から見ていても終わらないんじゃないかと錯覚する程に長い確認作業を行う原因となったわけだが。

 

 もしかしたら鹿島(艦娘)の力を利用していると報告してしまえば大凡の疑念は消えずとも嫌がらせの様な待ち時間は半分以下で終わったのかもしれない、でもジョンソン少尉はそれをせずに私と交わした約束を守ってくれた。

 

 正直なところ十中八九、「一般人との約束など知った事じゃない軍務優先だ」展開が待っていると考えていた私はたった一つだけ私の手に存在する心の底から使いたくない最後の手段を使う事も辞さない覚悟だったわけだが、そんな小賢しい予想に反して彼はアメリカの軍人にしては不器用だけど人間としてはこれ以上ないぐらい誠実な人だった。

 

「さぁ・・・始めようか」

「はい、先輩さん」

 

 通信が切れた直後は激昂していた彼も私と鹿島が少し話をしていた間に静かになっていたが、今度は椅子に座り込み身体を折って深く下げた頭を両手で抱えるジョンソン少尉の姿はその恵まれた身長と体格から考えられない程に小さく感じ、しかも周りの部下の人達も彼のかける言葉が思い付かないのか硬い表情で黙り込んでいる。

 そんな居たたまれない様子の人達に声をかけるのは少しどころじゃないぐらい気が引けはしたもののそれが思い止まる理由にはならないと自分に言い聞かせて私は少尉のいる場所へと足を踏み出した。

 

 これから私がやるアメリカと言う国を混乱に叩き落としかねない行為の開始を。

 もしかしたら誰の目にも止まらずに消えるかもしれない悪あがきの実行を。

 

 ジョンソン少尉に告げる為。

 

・・・

 

 それは12月24日の夜の事、奇しくも人知れず戦う田中良介率いる艦娘部隊が空母棲姫を捕捉し戦闘が始まった時。

 

 投稿者不明の動画ファイルが世界中のあらゆる動画サイトへと次々に投稿された。

 

 その内容は災害現場にいる人達へ、現在の生活はどうか、何か必要な物は無いか、とインタビューすると言うありきたりな取材風景。

 頻繁に白い粒の様なノイズがざらつく画質はウチのホームビデオの方がマシだと素人に言われる程度。

 落ち着きがなくたどたどしい英語で喋る顔も出さない質問者と撮影者のカメラワークはお世辞にも上手いなどとは言えなかった。

 

 だが、広大なインターネットの海に放たれたその動画はPCや携帯など再生機器を問わず、容易く国境を越え、人種を問わず、人々の目の前で何度も再生を繰り返す。

 

 何故ならそのインタビューが行われていた場所が一週間前から正体不明の自然現象による一切の連絡と行き来が途絶えていた常夏の島だったから。

 

 「全ては国民の安全の為に」と語るアメリカ政府によって全ての渡航が禁止され人と物の流れが堰き止められ、その動画が投稿される前日に融けた鉱石の様な瑠璃色の海に覆われ人工衛星のカメラで見る事も出来なくなり、住民の生存を絶望視する言葉が信憑性を伴って飛び交い始めたその日。

 

 誰もが知りたいと(米国が隠したいと)考えていたハワイの現在(・・・・・・)が世界中へと公開されてしまった。

 

 あるアメリカのスタジオではトップスターを夢見てハワイから飛び出したギタリストの若者が画面の向こうで呼吸器を付けてベッドに横たわる祖母の姿を見付けて神に祈り。

 あるのどかな牧場ではまた必ず会いに行く約束していたフラダンサーが片脚を亡くしながらも気丈な笑みを浮かべて受け応えている姿に少女が涙を流す。

 ある家庭では出張で出かけた夫が消息を絶った事に絶望していた妻とその子供達が遠方で復興作業を行う彼の姿に歓喜した。

 

 ハワイ諸共に友が家族が亡くなったと消沈していた数え切れない程の老若男女がその動画と言う形で公開された生存報告(・・・・)の再生回数を跳ね上げる。

 

 そして、漁師の毅然とした姿が、レストランのオーナーの皮肉気な冗談が、警察官が口にした己の職務に対する矜持が。

 分割投稿されたそれを合計すれば十数時間、数百人の顔と声が記録された映像はネットワークの中を駆け巡り拡散されていく。

 

 彼ら彼女らと直接の知り合いではなくとも、画面ごしであっても。

 

 一週間前にハワイで起こった不可解の正体が政府の発表した自然災害(・・)ではなく敵対者による侵略(・・)であると知り、あるいはただ自らの良心に従って。

 

 立ち上ろうとする人々は確かにいた。

 




 
これこそが貴方達の力の源である。


そして、それこそを貴方達は最も恐れるべきなのだ。


だからこそ、貴方達は手を差し伸べなければならない。


親愛なる民主国家へ(Dear AMERICA)

 
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