たとえどんな現実が突きつけられようと、『それでも』と言い続けろ。
『とにかく早く離れるんだ!』
「だから、理由も分からずにそんな事が出来るわけがないと言っている!!」
手元のコンソールから響くある種の必死さまで感じる男性の声に海戦の只中にいる自衛官、六人の艦娘と共に空母棲姫へと直接戦闘を仕掛けようとしていた田中良介は彼にしては珍しく余裕の無く荒れた怒鳴り声を返事にする。
ハワイ沖北東に出現した瑠璃色の海原をうねらせる限定海域、その最深部で待ち受けていた攻撃目標である姫級深海棲艦の発見と撃破は今作戦の立案時点から田中達が所属する自衛隊を含めた
『説明している時間が惜しい! 本当に
この支離滅裂な通信を送ってきているのが迷惑な愉快犯だったなら田中も構わず無視できたのだが相手であるジェームズ・ジョンソン米軍少尉は彼にとって友人と言える人物であり、そのラグビー選手の様な見た目の彼がスーツ組でも敵わないぐらいに頭が回るエリートである事も知っているからこそただの迷惑行為と切って捨てて良いか躊躇ってしまう。
(だけどそれでも一方的に戦闘を放棄して逃げ出せと言われて、はい分かりました、と言うわけには行かないだろっ!)
何故なら自分は彼女達に勝利の約束と引き換えにもうリスクを支払わせてしまったのだから、と後悔にも似た感情を疼かせ顔を顰めた田中は自分が座る艦橋の様子を横目に見る。
所々が焦げた銀髪と白いセーラー服だけと言うならマシな方、裾から覗く肌に走る血の様に赤い腫れの斑点は当然として、服の代わりに包帯を着ていると言っても良い程に傷付いて横たわる小柄な姿。
彼女達と比べれば指揮席に座っているだけの自分が感じている疲労と痛みなど毛ほどの軽さだと言葉にせず指揮官はただ冷静さだけは失わない為にと意識して呼吸を整え。
「艦娘部隊の運用は事前の協議によってこちらに一任されている、仮にそちらの思惑と違う動きをしてたとしても方針そのものに従っている以上は介入される言われはない」
元々はこの電波に頼る通常のレーダーが殆ど役にも立たない直径数千kmの空間が嵐と共に封入された異空間の攻略には複数回の往復による情報収集と敵艦の漸減を行い最終的に中枢に辿り着くと言う誰もが頷く常識的な予想と希望的観測の下に彼らの作戦は組み立てられていた。
だが、その作戦の最前線で深海棲艦との戦闘を担う田中艦隊は限定海域内に突入後に威力偵察をそこそこに切り上げ、余計な口出しを防ぐ為にわざとハワイ防衛艦隊との通信を切り、さらには数十mの津波がひしめく迷宮と化した限定海域の中心へと最短ルートで駆け抜ける。
勘や幸運と言う言葉では説明が付かないほど無駄なく、まるで初めから攻略法を知っているとでも言う様に異空間の深部へと進撃する突入部隊の速度はハワイ沿岸で文字通り防壁となっている防衛艦隊、その代表である米軍佐官が泡を食って早急な位置特定と連絡手段の確保を同艦列にいる自衛隊護衛艦に強要する程だった。
「・・・敵のデータを集め分析し次の戦いに備え研究するのも軍人にとって重要な仕事だろう、だが我々自衛隊はその設立理念から民間人の安全確保こそ最優先であると考えている」
確かに防衛艦隊への帰還タイミングを完全に無視して進撃した事が責められる事かもしれない、だがそれは空母棲姫を撃破してハワイ諸島が孤立している原因である限定海域を排除すれば文句を言われる筋合いなど無いのだ、と田中は自分でも捕らぬ狸の皮算用だと理解している無理がある理論を自らに言い聞かせ厚顔な指揮官を演じ。
「生憎と米軍に都合の良い傭兵をやるつもりは初めから」
『NO,wait! チガう! そう言う事じゃない!!』
意識の内側に描かれる瑠璃色に塗りつぶされた海図の中で常に動き続けている自分達と空母棲姫を示すマーカー同士の距離が残り2kmしかない事を確認し、敢えて敵対的な態度で話の区切りをつけてハワイ基地からの通信を切る為に手を伸ばそうとした田中は直後に艦橋に響いた必死なジェームズの声に驚き一拍身体を強張らせた。
『・・・っ、強化されたミサイルが発射される! 真珠湾に停泊しているミズーリから!』
「は? それが一体何の・・・強化されただって?」
『複数のクリスタルコイルが搭載されている、テキのバリアを突破できるそれがターゲット、ヒメキュウをロックしたっ・・・もう発射まで秒読みに入っている』
通信機から聞こえた一呼吸分の躊躇いアクセントに気を配る余裕も無い後ろめたそうな声に戸惑った田中だったが、しかし、直後に小さく「その程度の事で撤退を?」と呟きを漏らした。
「クリスタルコイル、結晶基幹の事よね? でも、余ってるのなんか一つだってあるわけ・・・」
「やっぱりこちらの書類が間違っていたのではなく米軍の
「・・・ああ、なるほどそう言う事」
数日前に現地部隊に泣き付かれ日本から運んで来た増設装備を分解してまで貴重なパーツを追加で提供しなければならならなくなった理由を直ぐに察した三隈と矢矧が潜航補助を続けながら心底ウンザリとした様な表情を妖しく光る瑠璃色に塗りつぶされたメインモニターに映し、その場の全員が通信の向こうにいる哀れな中間管理職ではなく彼の上官達へとやりきれない鬱憤を燻ぶらせた。
「言い方は悪いがジェームズ、君達は我々の足を引っ張りたいのか? ハッキリ言って姫級にミサイルを一発や二発撃ち込んでも焼け石に水だ」
まだ少数の実験的な運用に止まっているが戦闘機や護衛艦に装備された対深海棲艦ミサイルが不可視の障壁を貫通して敵に確かなダメージを与えたと言う
と言うか、その霊的技術研究の中心地と言っても過言では無い鎮守府に所属している彼はその手の新兵器の試験運用にも協力していた事もあり対深海棲艦を想定された兵器に関して下手な技術者よりも詳しく、だからこそ通信機から伝えられた米軍少尉の慌てぶりを余計に大袈裟に感じていた。
「そもそも結晶基幹が組み込まれたミサイルは確かに深海棲艦の障壁を貫通させるがそれは絶対じゃないし、貫通したとしてもミサイル自体の破壊力が上がるわけじゃない、むしろ強固な装甲を持った個体には駆逐艦娘の砲弾一発の方が有効なダメージを与えられるデータがあるぐらいだ」
だから無駄な事はしないでくれ、と生徒に説教する教師の様な態度で通信機の向こうへと言い聞かせながら田中は透明度の無い海中を映す全天周モニターに巨大な黒鉄のイバラが見える前に先回りし、海面下からの侵入者を串刺しにせんと待ち受ける攻撃的な
「我が艦隊は空母棲姫と決戦に入る・・・それにミズーリに積まれているトマホーク程度なら大丈夫だ、後で米軍に抗議する事になるだろうけれど今はジェームズ、君のおかげで気付かずにフレンドリーファイアを受ける事にならなくて済んだ事には・・・」
アメリカ側の余計な手出しは不愉快と言う他に無い、だがこちらとの情報の行き違いに戸惑っていた様子から上官から攻撃内容を教える許可も取っていない事を察した田中はそれでもその機密を明かしてくれた通信相手の誠実さに苦笑を浮かべ僅かでも労いになればと最後の礼を口にしようとして。
『核なんだ!』
スタンドプレイによって無数のスケジュールを省略して瑠璃色の深部に立った部隊の指揮官は自分の言葉を押し退ける様にして艦橋に響いた少尉の叫びで凍り付き、直後に口にしようとした「ありがとう」の代わりに通信機のマイクへと「冗談だろ?」と言う掠れた呻きが吐き出され。
『今っ! 君達ごと敵を狙っているミサイルの弾頭には・・・核が積まれているっ』
そして、告げられたその言葉に田中達が納得する為の暇は与えられる事無く。
指揮席のスピーカーの向こうでジェームズ・ジョンソン少尉ではない誰かが上げた悲鳴の様な「
・・・
瞳を文字通り紅い炎を燃え上がらせた鬼面と化した美貌が玉座から立ち上り黒鉄の海上拠点から妖しい光を蠢かせる瑠璃の海を睨みつけ、再び真夜中の波間に逃げて隠れた敵を炙り出す為に空母棲姫はその腕を包む重厚な装甲から染み出す様に現れた
直立した正規空母と形容するべき200mを超える身長に見合った高慢な姫級の表情は自らの思い通りにならない状況への不満であからさまに苛立っており、ついさっき索敵機を放った黒鉄のロンググローブの指先がせわしなく打ち合わされ無数の火花を散らす。
傍に控えさせていた随伴艦まで敵艦の捜索に駆り出した空母棲姫は己が広大な限定海域の中心で孤立している事も忘れ、冷静さを失った瞳が四方八方へと殺気を振り回しながら忌々しい敵艦を瑠璃色に染まった海の中から見つけ出そうとしていた。
『姫級はこの真上だイムヤ、・・・やってくれ!』
その空母棲姫の真下、巨大な姫級深海棲艦の重みに耐えて海上に浮かぶ十数mの厚みを隔てた海中で異物の接触に反応する
《ええ、まかせて司令官》
深海で産まれてから今までにおいて経験がない程の葛藤と苛立ちで生来の
その白霧は瞬く間に夜中ですらはっきり見えるほどに膨れ上がり、自らの下僕と
《さぁ! これが私の、伊号潜水艦の全力よっ!》
そして、自らの玉座を形作る鉄枝の隙間から吹き出す高温の蒸気を見下ろした姫級深海棲艦が驚きで紅目を丸くして注意を払っていなかった足下の変化に困惑し
巨大な金属の平面に蓋をされた伊168の身から僅かに溢れた余波だけで周囲の海水が沸騰し、海面に向かう無数の気泡を纏った潜水艦娘が頭上へと高く伸ばした両手を浮島の底へとそっと触れさせ。
《その船底に大穴開けてあげる!!》
体中で限界まで増幅された多重波動の力が紺色の布地に包まれた肉体から上に向かって駆け抜け、赤い髪を揺らす乙女が自らの全てを焼き尽くしながら一発の魚雷へと変え、つい
『まさかあれだけの鉄塊が跡形も・・・って、イムヤが大破しました! 艤装だけでなく船体の維持も出来なくなります!』
『旗艦変更は矢矧へ! すまないっ、海面まで24m自力で浮上してくれ!』
『水温が危険域!? 蒸気の熱もって、どれだけの霊力ぶつけたのよ!』
突然に下から襲い掛かって来た強力な妨害電波と凄まじい熱を伴う破壊の一撃に空母棲姫は顔を引き吊らせて傾きかけた浮島の上で転倒しかける程に身を仰け反らせ。
伊168が行った十数m数百tの質量を代償にしたエネルギー放出によって発生した大爆発は音の早さすらも凌駕して不可視の障壁を貫き。
単純な面積だけならハワイの国際空港がすっぽり収まる程の規模を持った金属島の中央が真下からの攻撃によって火山の様に盛り上がり爆ぜ、その水蒸気を噴き出す捲り上がった火口の中に湖に見えてしまうぐらい巨大な海へと繋がる大穴が開いた。
『なんとしてもここで空母棲姫を撃破する!』
そして、大穴から噴き出した激しい蒸気と熱波を伴う無数の鉄棘が四方八方に飛び散り、その重厚かつ堅牢な海上拠点の建造者にして所有者である姫級深海棲艦の巨体へ本物の火山弾と見紛う鉄岩が降り注ぐ。
だが、どんな荒波の中ですら泰然と在る様に設計し建造した己の玉座が激しく揺らぐ状況にタタラを踏んだ空母棲姫は装甲表面にかすり傷を作る鉄屑の雨よりも海上拠点の中心で獣の顎の様に捲れ上がった割れ目の縁で瞬いた砲火に目を奪われた。
暴力的な蒸発によって海水から分離したマナ粒子と塩の結晶を雪のように降らせる高温の濃霧の向こう、紺色に白いラインが走る襟をはためかせ三基六門の15cm連装砲が咆哮を上げる。
突如、盤石であったはずの足場が傾き揺らいだ事に加え自身の頭ほどの大きさをした球体を脇に抱えていたせいで姿勢を崩していた深海棲艦の上位種は耳をつんざく砲声に数拍遅れながらも咄嗟に片腕を突き出す事で
だが、その腕の装甲や胴体へと命中して炸裂する砲弾の衝撃によって、分厚い水蒸気の向こうで放たれた六発の凶弾によって空母棲姫が手足に纏う分厚い装甲や黒い布地が焼け焦げ、その内側で守られていた漂白された様に白い素肌が傷付けられ黒色の血飛沫が散り。
情けない部下と不快極まる敵、何度も思い通りにならない状況に晒されながらも「全ては
『着弾までに撃破さえ出来れば、遠隔操作で安全装置が起動できるはず!』
《撃った弾が途中で止まるって? 絵空事に聞こえるわね!》
『だが、核ミサイルはそう言う風に作られている! 国際的に公開された情報だ!』
水蒸気爆発の衝撃と熱波で千切れ飛び気味の悪いオブジェの様に捻じれていた黒鉄の枝木が捏ねられた粘土細工の様にうねり伸ばされ、鞭の様にしなり空気を切り裂きながら再装填中の艤装を背負い大穴の中から陸上へと飛び出した阿賀野型三番艦へと襲い掛かる。
《それは撃った連中に止める気があるのならでしょ、全砲再装填急いで!》
『米軍全員が狂ったワケじゃないなら核の無駄撃ちなんて馬鹿は、っ!? 右斜め三歩!』
しかし、猛スピードで襲い掛かって来たイバラだったがそれが地面から鎌首をもたげるよりも早く攻撃を予知した指揮官の声によって黒いポニーテールの毛先すらも掠る事無く的を失い通り過ぎ。
『追尾? いや、操作か!? 島そのものが空母棲姫の一部、立ち止まれば足を取られるぞ!』
《この程度で取られてたまるもんですか! 次っ!!》
赤い船底を模した鉄靴で足元で蠢く棘を蹴散らす矢矧の手袋に包まれた利き手が自分を見下ろす空母棲姫へと突き出され人差し指がピンと伸び。
直後に攻撃目標に向けられた指先に角度を合わせた三基の15.2cm連装砲と二機の8cm高角砲が曳光弾の様に光り輝く砲弾を一斉に撃つ。
『米軍が安全装置を起動させなかったとしても姫級を失ったなら限定海域が空間収縮を起こす!』
《それで私達は外に押し出されるとしても爆弾まで飛び出して来たら!?》
海上を走る時と違い凸凹と安定しない足場の浮島はただ走るだけですら足場の安定など期待できず常に転倒の危険が付き纏い、さらに足元からは無数のイバラの鞭が大蛇の様に襲い掛かってくる。
それらを紙一重で避ける事は出来ていたが足を止めずに行われた砲撃はお世辞にも上手いと言えるものでは無かった。
『それはっ・・・』
と言っても攻撃目標が下手な高層ビルなら並んでその屋上を見下ろせる程に巨大な空母棲姫であり、おまけにその相対距離も海戦ならば超至近距離として扱われる1km未満。
だからこそ普通の戦闘ならばまず当たらないと言い切れる砲撃ですら目と鼻の先に聳え立つ姫級深海棲艦へと次から次に命中して爆音を響かせる。
『すまない、その時は一緒に死んでくれ』
砲撃を行うにはあまりにも近い距離で爆ぜた榴弾からの爆風に煽られ、さらに海上ならば海水による軽減が期待できる一斉射の反動を全てその身に受け。
矢矧の身体が黒鉄の岩礁の上で見えない腕に殴り飛ばされた様に砲撃した方向の反対へと横滑りし、膝を屈め体勢を低くし転倒だけは免れた彼女を串刺しにしようと捻じれた棘だらけのツタを地面から突き出し待ち構える。
《あはっ、それはそれで悪くないわね!》
その自分達を捕らえようとしつこい黒イバラの群生地帯の事など眼中にも無いと言わんばかりに自分の司令官が苦し気に絞り出した言葉で矢矧は窮地であるこの場にそぐわない華やかな笑みを浮かべ。
身に纏う障壁ごと臙脂色の布地を切り裂かれるのも構わず地面を蹴り、襲い掛かってくる敵の罠を敢えて正面から踏み台にして飛び越え強行突破した。
《でもっ!》
直後に猫の尾の様に黒髪を翻した矢矧が振り返った先で鬼面と化した美貌が巨大な脚の重厚な装甲から無数の対空砲を迫り出せ、死刑宣告と言っても過言では無い凶器の数を見せ付けられても勝ち気な笑みを消さず軽巡艦娘は自分の肩越しに柄頭を突き出してきた赤鞘刀の柄を握り、夜闇の中で銀に輝く刀身を鞘走らせる。
《
『っ、ああっ! そうだ!』
それら全てが下手な大砲よりも巨大な口径を持つ対空の為の高角砲と
その頭上から降り注いだ赤く燃える砲弾の雨の中で阿賀野型軽巡の動力機関が二軸の光渦を咆哮させ矢矧の背を力強く押して加速させ、圧倒的な物量差によって過剰かつ乱雑に撒き散らされる戦火の渦中で銀の刃が流水が如き滑らかな残光の線を描く。
大音声の最中で進むべき針路を叫ぶ指揮官の指示へ集中し、矢矧は夜闇に煌めく刀身を背中に背負う様に構えて頭上から襲い掛かる数え切れない弾丸の中から自分に直撃するモノだけを霊力をマナ粒子へと分解する刃で斬り散らす。
いつ終わるとも分からない行く手に現れる針山地獄が血肉を削り取り無数の傷を刻み、数cmズレていれば命中していただろう至近弾がまき散らす火炎に炙られ白い布地が黒く焦げる。
そして、猛攻に怯む事無く悪路を走り続ける艦娘の反撃とそれを見下し闇雲に追い立てる姫級の重弾幕によって黒鉄の地面には一つ一つがクレーターと言っても良い弾痕が無数に穿たれ。
姫級深海棲艦が赤くオーラを燃え上がらせ放つ激しい
それが計算の内だったのか、それとも幸運な偶然か、流石に敵の攻撃の威力と着弾点を正確に操りでもしない限り成立しないと分かるそれを一個人が成せるわけがない。
しかし、自分の指揮官は実際にやってのけた、と矢矧は彼に対する信頼や信用ではなく根拠を説明できない勘と言うべき感覚でそれを確信する。
その範囲が数百mと言う大規模なものである事を除けばある意味で当然の帰結として空母棲姫の大重量と無尽蔵に撃ち出される弾幕の衝撃を支える事が出来なくなった鉄岩盤がクレーターだらけの表面を崩壊させ。
直後に210mの巨体の半分以上が突然に開いた落とし穴へと落ち、同時に完全に体勢を崩した姫級の苛烈な殺意が質量を得たと言っても過言では無い火球の雨が止む。
『今! 第二魚雷管パージ!! 蹴り飛ばせ!!』
急に視野が低くなった空母棲姫は地面に落とした宝石と金属を混ぜ合わせた大玉に手をかけながら自分の脚を挟み込む黒鉄の鋭さと足に触れる海水の感覚に戸惑い、さらに己の腰から下が今も砕けて広がっていく浮島の割れ目の中にある事を見下ろし在り得ないモノを見たかの様に紅く燃える瞳を丸くする。
そんな姫級が怒涛の攻撃を中断してしまったのは数秒だけ、だがたった数秒であっても巨大な深海棲艦の白髪に目掛け不敵な笑みを浮かべた阿賀野型軽巡がその左脚を真っ直ぐに振り抜くには十分だった。
《流石、私達の提督ね》
高く見積もっても18m前後しかない軽巡の高く振り上げられた足首で金属のボルトが弾け、接続基部である長い脚から遠心力を伴って放られた鼠色の装甲板に挟まれた魚雷管が夜闇に放物線を描く。
強制的に切り離された接続部からキラキラと輝きを舞い散らせ、渓谷の様に深い岩盤の割れ目に下半身を挟まれた空母棲姫の瞳に軽巡艦娘が限界まで霊的エネルギーを詰め込んだ武装が回転しながら近付いてくる様子が妙に遅く映り。
黒い衣装に飾られた白い美貌の目と鼻の先で矢矧が蹴り飛ばした四連装魚雷管が一発の砲撃に撃ち抜かれ、几帳面なほどに正確な一撃が宙を舞う鋼の可燃物に着火させた。
『対ショック! 残り霊力は全部障壁に!!』
瞬間的な熱量だけなら姫級の重弾幕にも劣らぬ破壊力を伴う火炎が岩盤の割れ目に落ちて身動きできなくなっていた空母棲姫の上半身を襲い。
暗闇を眩しく照らす炎が球状に広がったかと思えば次の瞬間には周囲の酸素を吸い尽くして黒煙と爆風へと姿を変え、その攻撃を行った矢矧自身をも激しく打ち据え軽々と弾き飛ばし地面に叩き付ける。
《ぐっぅ、はぁはぁ・・・こうなるのは分かってたけど我ながらひどい恰好だわ》
鉄鉱と岩石の荒れ地に叩き付けられた島の端が見える位置まで転がされた矢矧の艤装は余すところなく折れ曲がり、大半の武装が砲身どころか基部から抉れる様に脱落して無く。
それでも爆風で地面に叩き付けられた時に肩や脇に刺さった黒イバラを強引に引き抜き起き上がった矢矧が光粒に解ける赤い血を体中から滴らせながらついさっき自分の魚雷を魚雷管ごと叩き付けた爆心地に立ち上る黒煙を見上げてどこか達成感が混じる表情を浮かべた。
《でもこれで・・・米軍にミサイルは無駄になったって連絡を入れれば》
『ああ、すぐに・・・っ!? まずい!?』
しかし、余計な横槍を入れ様としてくれた名目上の同盟相手へ嫌味を添えてこの戦果を叩き付けてあげましょう、と続くはずだった矢矧の言葉は夜闇の中で炎の残滓を燻らせる爆炎の根元から悲鳴の様な金属を切り裂く音が鳴り響いた事で押し止められ。
そして、高く空へ立ち上っていた黒煙を突き破り姿を現した鋭角な牙をずらりと並べた巨大な顎が空間そのものを震わせるような大咆哮を上げ。
直後、つい少し前までどこにも存在しなかった鋼鉄の大質量が呆気なく直径数キロの浮島を真っ二つに砕き、無造作に振り下ろされた超自然災害の権化はその身を包んでいた爆煙を岩盤の割れ目から立ち上った莫大な水柱ごとまとめて暴風で弾き飛ばす。
《なっ、きゃぁっ!?》
襲い掛かって来た空気を波打たせ歪ませるほどの衝撃波によって防御する暇も無く矢矧の身体が再び鉄岩の地面に叩き付けられ、血を吐きながら咳き込むその背に辛うじて残っていた艤装が衝撃に耐えきれず粉々に砕け、その身体も戦闘形態を維持出来なくなり光粒へと解け始める。
だが、ダメージの蓄積によって意識を朦朧とさせながらも矢矧は下に向かって地面を
《なにが・・・起こって・・・提、督・・・私・・・》
変則的な魚雷攻撃の爆心地から大顎が現れるまで地面だった急斜面を見上げながら矢矧の身体が金色の光粒に解けていく。
『矢矧! しっかりしろ矢矧! くっ、三隈頼む!!』
そして、どれほどの重みがあるか想像すらできない金属と岩石で形作られた巨大な浮島を二分する割れ目の中央で島を割った張本人である空母棲姫が爆発によって大部分の布地を失った黒いセーラー服の下から白い肌を覗かせながら人食い鮫を思わせる凶悪な大顎の上に立ち上がり。
文字通りに火を吹く紅い双眸が完全展開された姫級深海棲艦の艤装の重みによってシーソーの様に持ち上がった島の端を睨む。
《あらあら、なんてはしたない恰好、恥ずかしくないんですの?》
その殺気と憤怒に満ちた視線の先。
《やっぱり姫級と言えど所詮は深海棲艦と言う事なのかしら?》
煙突型の背部艤装が降りてくる輝く金の輪を背に20cm連装砲を両手に携えて黒い絶壁に足を掛けた重巡艦娘が黒のツインテールと臙脂色のセーラー服を風にはためかせた。
《ともかくこれ以上、提督とくまりんこの手を煩わせないで欲しいものです》
トマホークミサイルって公開情報だと880km/hらしいけど本当なんですか?
本当はもっと速かったりしないよね?
軍事の世界は欺瞞情報で出来ているって思うのは私の偏見でしょうか?
実は超音速で飛ぶ奴があるとか言われたら計算狂ってお話が破綻しちゃうのです。
まぁ、良いか、どうせ死ぬのはマサンじゃなくてプロットさんだし・・・。