艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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とある大学生の空回り。

さあ、車輪をクルクルと回せ。

無駄な足掻きを続けるのが貴様にはお似合いだ。
 


第百三十二話

 

 こんな筈じゃなかった。

 

 

 最前線にいる艦娘部隊の指揮官に直接通信を繋いだジョンソン少尉がマイクに向かって喉から絞り出した言葉の衝撃によって私はよろめき、情けなくふらついた足が絡まって床に尻餅を着く。

 

〈 Missouri fired!!(ミズーリが撃った!!) 〉

 

 そして、他力本願ありきで成り立つ私の悪あがきが原因となって米軍基地の指揮所にジョンソン少尉の部下であり通信が復旧してから忙しなくどこかと連絡を取っていた一人が悲鳴の様な声を響かせる。

 

 

 こんな筈じゃなかったんだ。

 

 

 私は確かに鹿島やジョンソン少尉達の力を借りて深海棲艦が造り出した異空間によって封鎖されたハワイの外へと自分達の現状を伝える為に、助けを求める為に機能停止していた米軍基地の通信と情報の集積処理を担う施設を再稼働させた。

 

「私はなんて、馬鹿な事を・・・」

 

 国防総省(ペンタゴン)からは迷惑電話程度の扱いを受けただけと言うのは不愉快だったけれど予想通り、私にとっての本命は真夏の様な炎天下を駆けずり回って取材した現在のハワイを撮影した動画の送信であり、それも鹿島の姉妹である香椎が所属していた巨大企業の力によって当初の予想よりもスムーズに果たされた。

 

 憲法と法律と言う鎖によって日本の自衛隊と艦娘による増援は望めなくとも一度火が付いた様に広まったインターネット上の情報(動画)は世界に名だたるあの大国も無視はできない。

 それに艦娘のコア(霊核)が日本から返却された事で米海軍も新戦力としてアメリカ軍籍の艦娘を誕生させて実戦投入に向けて準備していると言う話は半年ほど前には私の耳にも届いていた。

 と言うか、私がこのハワイに来る原因となった今回の環太平洋軍事演習(RIMPAC)自体がそのアメリカ艦娘達の大々的な宣伝の場として用意されてた可能性が高い。

 

 だから必ず、自国の領土を侵略された事実を認めたアメリカ合衆国は通常戦力だけでなく米海軍の艦娘部隊(深海棲艦の天敵種)の投入を踏み切る。

 何日後になるかは分からない、それでもどこかの組織か権力者によって止められていた救援活動へのカウントダウンは動き出す、止まっていた時計の針が動き出しさえすればどれだけ辛い時間を味わう事になっても生き残りさえすれば助けは来る。

 

 だけど、そんな私の楽観はあろう事かハワイの外側からでは無く内側に存在していた異物によって容易く打ち砕かれた。

 

 よりにもよって私達が生き返らせた基地機能が、在ハワイ米軍が港に鎮座する戦艦ミズーリの中に隠されていたそれ(・・)を使用できるレベルの情報的連携と高精度な計算を可能とする軍事システムまでもを復活させてしまったからだ。

 

 戦時非常事態だと言っても、いや、非常事態だからこそ規律に則って行動するべき軍人が艦娘が持っていた電子機器への干渉能力と言う科学的論証が一切無い要因で再起動したハワイ基地の中央指揮所(情報統合機能)を即座に利用するなどあり得て良い話ではないのに。

 

 核弾頭を搭載したトマホークミサイル、国家間の安全保障を支えていると言っても過言では無い大量破壊兵器(抑止力)が武骨な戦艦の甲板に開いたミサイルランチャーから夜空へと飛んでいく光景など映画の中だけのフィクションであってほしかった。

 だと言うのに床にへたり込んだ私のメガネは指揮所の壁一面を覆うモニター類が表示する残光を残しながら瑠璃色の海へと飛翔する核ミサイルの軌道を白く反射させる。

 

「私はただ、みんなを、みんなの助けになると思って・・・」

 

 どうして、なんで・・・こんな事になる。

 

「先輩さん?」

 

 前世の世界ではモニターの中だけの存在だったけれど艦娘達はままならない日常に擦り減らされていた私の心を支えてくれた。

 

 今世の世界でも彼女達はただ存在していると言うだけで私の精神を蝕んでいた妄想じみた絶望感を打ち払ってくれた。

 

 今度はその艦娘達を私が助ける番なのだ、所詮は非力な一般人でしかなかったとしてもその意地だけは通して見せなければと心に決め、良かれと思って行った事が廻り回って最悪の結果となって目の前に突き付けられる。

 

 さらにはジョンソン少尉の取り乱しながらも懇願する様な撤退要請に田中良介と言う指揮官はNOを突き返し、あろう事か着弾までに空母棲姫を撃破してハワイ防衛艦隊に核ミサイルの安全装置の起動させると言い切って黒イバラの浮島に座する姫級深海棲艦との戦闘に突入した。

 なんで小さな島なら簡単に飲み込んでしまう様な巨大な竜巻を自由自在に操る能力に加えて生きた航空基地と言っても過言では無い規模の戦闘能力を有する筆舌に尽くし難い脅威、災害の擬人化と言える存在を倒せると言う発想が出てくるのか。

 

 そんなモノに突撃を仕掛けるなんて勇ましさでは無く愚かさの証明に他ならないだろうっ!

 

 そもそもジョンソン少尉に聞いたが、ハワイを守る為に最前線へ向かった艦娘達は敵艦を撃破して減らしながら限定海域(異空間)の侵食を文字通り防波堤となって防ぐ多国籍艦隊と連携して救援までの時間を稼ぐのではなかったのか?

 

 その作戦における最大の障害だった外部からの救援の道が絶たれている問題はこの指揮所のシステムが復旧した事で解決したも同然で、核兵器と言う日本人にとってひどい忌避感を感じさせる兵器の使用がどれだけ不快であっても撤退しなければ命そのものが危ない。

 

 だが、待っていても絶対に援軍が来ない状況が解決したとしてもいつ来るか分からない援軍を待って防衛に徹しても無限と思わせる戦力を持った深海棲艦の攻撃に押し切られハワイが壊滅する可能性が無くなったわけでは無いのも事実。

 しかも、ついさっき限定海域の中心に向かって放たれた核ミサイルと言う強力な破壊力と同時に放射能汚染を発生させる兵器による多大なリスクがハワイ諸島を襲い被災者の生命を脅かす事を考えれば阻止しなければ明日の命も分からなくなると言うのも分からないわけではない。

 

 つまり、ハワイ諸島を覆い尽くそうとしている限定海域の発生源が空母棲姫だと分かっているならそれを最短で撃破して核ミサイルの爆発も阻止すればこれ以上ないぐらい最善の行動と言えなくも無い。

 尤も、それはどう考えても艦娘達と比較して保有する戦力の次元が違う深海棲艦のボスを撃破するなんて不可能を何とか出来ればの話。

 

 私達が今生きている現実(ココ)は確実な攻略法が存在するゲームの世界じゃない、だからそんな無謀をやろうとする人間は自意識過剰な理想論者か妄想に突き動かされる狂人のどちらかに決まっている。

 

 そんなふうにぐちゃぐちゃになった思考の渦へどれだけ責任転嫁の相手への文句を垂れ流しても結局は、何の権限も持たない若造()が血気に逸って転がした小石が助けたいと願った相手(艦娘)を押し潰す、と言う数十分後に訪れるその瞬間(結果)が変わるわけでは無い。

 

「・・・ぐぅ"う"っ」

 

 その事実を認める事がどれだけ嫌でも逃げられない、自分自身がやってしまった愚行に胃の中身が喉の奥までせり上がる。

 

 そして、背を丸め手で口を塞ぎ、目頭と鼻の奥を刺すような痛みと熱に呻き、後悔に圧し潰され情けなく涙をこぼす頭でっかちの弱虫は逃げる様に瑠璃色の光に満ちた海と黒い浮島の影が映る幾つものモニターから目を逸らして両膝の間に逃げ込む。

 最前線の艦娘達を援護している空母加賀の艦載機からリアルタイムで送信されてきている映像がノイズだらけの不明瞭であっても、無数の弾幕による火の雨を掻い潜り一面が剣山の様な鉄イバラの野を駆ける軽巡矢矧の身体が削れ抉られていく痛々しい姿を見るのがどうしようもなく辛かった。

 

 だけど逃げようとした私の頭は横から伸ばされてきた細く柔らかい腕に捕らえられ、まるで自分の責任から逃げる事は許さないとでも言う様に、これからどんな事が起こっても絶対に離さないとでも言う様に。

 

 指揮所に存在する全ての電子機器類と無数のコードによって繋がった艦娘が私の頭を優しく抱きしめてその体温を伝えてきた。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 

 言い様も無い後悔で酷く情けない顔をしているだろう私の目の前が淡いベージュ色に包まれ、彼女自身もまたあの脅威に対する恐怖を感じているだろうに身体と声をわずかに震わせながらも励ましてくれる鹿島の子供をあやすような言葉に私は鼻を啜り奥歯を噛み締め遠く離れた激しく妖しくうねる瑠璃色に光る海を映すモニターへと顔を上げる。

 

 その先、ここから数千km離れた戦場はたった数秒目を背けていた間に様変わりしており、周囲の陸地を全て誇張無しに爆炎で包んでいた空母棲姫の重弾幕は鉱床が剥き出しになった様な浮島を瓦礫と洞窟の様な大穴だらけになっていた。

 そして、言い方は悪いが艦娘側は素人目にも大猫に弄ばれる子ネズミと言う以外に表現の仕方がなくどう足掻いても死を避けられない状態だと思い込んでいた。

 

 だが、その悲観的な私の予想を裏切ってモニターの向こう側では最前線で戦いを続けていた軽巡矢矧がどうやってかは分からないが空母棲姫の足場を崩し、下半身を黒岩石の地面に埋もれさせた深海棲艦に向かって会心の笑みを浮かべしなやかな脚を振り抜いていた。

 

 その矢矧の姿に私は鳩が豆鉄砲を喰らった様な呆然とした顔で見惚れ、何故か直後に頬をシルクの手袋に包まれた細指でつねられたがそんな事よりもその一枚の名画にも感じる一瞬を目に焼き付けねばと言うミーハーな使命感が私の両目を釘付けにする。

 左脚の先へと放物線を描いて飛ぶ鋼色の装甲に覆われた魚雷管が輝く砲弾に撃ち抜かれ、戦場を見下ろすザラザラとした画像の中でも一際強く鮮やかな炎を溢れさせる。

 

 矢矧が蹴り飛ばした魚雷管が夜空の下で咲かせた巨大な火球と光粒の渦に空母棲姫が飲み込まれて高く舞い上がる火柱が浮島の端まで跳ね飛ばされ満身創痍になりながらも立ち上ろうとしている軽巡艦娘の姿を照らした。

 

 これをどう言えば良いのか、どう表現すれば良いのか、ただ一矢報いるとか窮鼠猫を噛むどころの話じゃない。

 

 私の陳腐な語彙ではどれだけ言葉を重ねても表現できそうにない光景に、命を懸けてそれをやってのけた矢矧とその指揮官の精神に私やジョンソン少尉達はただただ感嘆の声を漏らす事しか出来ず。

 頭が真っ白になるぐらい衝撃的かつ華麗なカウンターを目の当たりにした私は手の平を返す様に一欠片の希望を感じてしまい。

 

 直後に炎の中から生まれ出て来た怪物の姿とその黒鉄の船体に叩き割られた半径数キロの岩盤が跳ね橋の様に持ち上がった事で私は再び絶望感に首を絞められ呻いた。

 

 妖しく蒼く光る海の真ん中にそそり立った岩盤の狭間で血の様に紅いオーラを噴き出して立つ空母棲姫の艶めかしくも恐ろしい姿がますますノイズの強くなった指揮所に並べられた画面の中に映る。

 

 その巨大な鉄顎の艤装の上で破れたセーラー服をはためかせる姿は炎に巻かれる前よりさらにかつて私が凡庸な会社員だった前の世界でパソコンに噛り付く様に熱中したブラウザゲームの中で数え切れないぐらい挑戦した空母棲姫の姿に似ていた。

 

 コンピューターやサーバーの中で唸る換気ファンの音が聞こえる程の痛い程の沈黙が大学の大講堂よりも広い空間に満ちる。

 

 幾つもの戦闘機から送られてくる無声映画の様な音のない映像を表示する指揮所のメインモニターを前にだらりと両腕を垂れ下げたジョンソン少尉が神に祈る言葉を漏らし、彼の部下である屈強な軍人達が何かを呟きながら顔を真っ青にして身を縮めている。

 

「・・・それでも核兵器なら、ですか」

 

 ぽつりと私の頭を抱きしめる鹿島が少し冷めた声で漏らしたのは指揮所に居る男達の最後の希望に縋る様な呟きを翻訳したものらしく、それに対して私は最前線にいる田中艦隊の安否を他所に不謹慎にも「その通りだ、まだ核がある」と言葉にしかけた。

 

 だが、同時に頭の端に湧き上がった深海棲艦に現代兵器は通用しないと言う前世のしかもゲーム知識でしかない言葉が妙な説得力を持って理論上世界最強と言っても過言では無い大量破壊兵器への疑いが否応なく強まり、気付けば私は「核爆弾は深海棲艦に通用するのか?」と言う疑問を独り言ちていた。

 

「正直なところ、認めるのは複雑ですけど・・・ぇ?」

 

 確かにいろは歌に準えた名を持つ普通種ならば単純な熱エネルギーによって障壁の破砕と撃破は可能だろう。

 

 しかし、深海棲艦の支配階級として生まれる姫級に関して言えばその船体(身体)を守る特殊な粒子による結晶装甲は単純な防御力に加えて真空断熱を超える多重構造を成し、破損したとしてもリソースがある限り内側から再生修復を繰り返す。

 故に太陽の表面温度に迫る4000度の核分裂反応による一撃が強力であろうと余程上手く事を運んだとしても彼女達(姫級)の生命を脅かす脅威にはなりえない。

 

「先輩さん?」

 

 爆発すれば半径10km強のあらゆる物体を消し飛ばし、その何倍もの二次被害を生み出す爆弾は確かに人間のスケールで言えばこれ以上ない程に危険な代物かもしれない。

 だが、単独で半径約2000kmの異空間を造り出した上にさらなる拡大も可能としている姫級深海棲艦にとっては多寡が(・・・)直径数十km程度の爆発でしかない。

 

 まして、あの空母棲姫を含めた姫級に分類される深海棲艦には一部の例外を除きその身に貯蔵された霊力を利用して有機物や金属などを混ぜ合わせ新しい深海棲艦を建造する能力を先天的に持って生まれてくる(機能が標準搭載されている)

 生物の精神活動に反応するマナ粒子(素粒子)の集合である霊力を自在に操る空母棲姫の先天性能力(錬金術)ならば分子どころか原子の内側まで操作して鉛を金へと創り変える事すら可能なのだ。

 

 それこそ多くの生物にとって致命的な放射能汚染の原因である中性子ですらミクロの世界に干渉できる彼女にとってはそこらの物質の中に無数に含まれているありふれた合成素材の一つでしかない。

 

 だから、姫級など深海棲艦における上位種の撃破を目的とした場合に核兵器は有効な攻撃手段たりえない。

 

「しかし、これはあくまでも仮定の話、偶発的な損傷などに有無で・・・いや、そうだとしても別の・・・」

「先輩さん、何を、・・・言って」

 

 ふと自らの思考の沼にはまり込んでいたらしい私は不意に恐れ戦くような声色で呼ばれ、そちらに振り返れば鹿島がひどく動揺した様な表情でこちらを見下ろしていた。

 

「? ・・・何をって、こんなのは当たり前の」

「っ!? 待ってください、言わないでっ」

 

 思索に没頭している時に私がよくやってしまう悪癖である独り言の垂れ流し、彼女はもう慣れていると思っていたのでそんな大袈裟にも感じる態度をされるとは思っておらず面食らっていると鹿島は素早く周囲を窺う様に視線を走らせながら私の口元を片手で押さえて閉じさせる。

 

「良かった聞かれてないみたい・・・でも、先輩さん、迂闊な事を言わないでください」

「へ?」

「貴方の知識はこちらの世界ではまだ(・・)当たり前じゃないんです」

「は?」

 

 まだ? こちらの世界? 一体何の事を言っているんだ? 

 

 と言うか、私は今さっきまで何を、どんな内容の話を喋っていた?

 

 なんで私は・・・深海棲艦に核兵器が通用しない理由(・・)を知っている?

 

 私が持つ艦娘と深海棲艦に関する情報なんて所詮はこの世界には存在しないゲームの知識だ。

 それもストーリーや設定においては公式がたまにSNSで発表する曖昧でフワフワとした発言が情報源と言う有り様。

 さらに核兵器を含めた現代兵器が深海棲艦に通用しない理由なんてどれだけ記憶の棚を引っ掻き回そうと出てくるのはプレイヤー同士の雑談や妄想から出来上がった根拠無しの考察ぐらいなもの。

 

 なのに気付けば私の頭の端にはまるで初めからそこに有ったかの様に「なぜ、この世界(・・・・)では核兵器が深海棲艦に有効ではないのか」を説明できてしまう知識が存在していた。

 

「・・・っ!?」

 

 だが、自分で「そんなの当たり前の事じゃないか」と言いかけるぐらい自然に頭の中に居座っていた未知の情報への疑問を感じたと同時に私は肩越しに振り返った先にいた、私を抱きしめる鹿島の右肩の上に座っていた小さな何かの姿に顔を青ざめさせて固唾を呑む。

 

 鹿島の肩の上にいた陽炎の様に揺らめく透き通った影は表情どころか髪や服の色も分からず、ギリギリその小さな輪郭が三等身ぐらいの人型をしていると分かる程度であったと言うのに私には透明な顔が。

 

それ(・・)が私を見ている(・・・・)と言う事だけははっきりと分かってしまった。

 

 ともすればガスか熱の揺らめきと勘違いしそうな程に曖昧な輪郭であった為に種類は分からない。

 しかし、それは元艦これプレイヤーならばきっと嫌ってぐらい見覚えがある手乗りサイズのシルエット(妖精さん)だと言うだろう。

 

 あまりにも唐突に現れた懐かしくも正体不明なマスコットにあんぐりと大口を開けて唖然としていた私の耳に野太い罵声か悲鳴か分からない叫びが飛び込みハワイ防衛艦隊の司令達への説得を試みていたジョンソン少尉の方が騒がしくなった。

 

 直後、頬に触れていた鹿島の手袋の滑らかな温かさが離れたかと思えばすぐに私の身体は彼女の背後へ細腕とは思えない程の力で押しやられ。

 その私を庇う様に座っている椅子の位置と姿勢を変えた銀色の髪がかかる肩の上で揺らめいていた小さな揺らめきがふっと蝋燭の火が吹き消されたかの様に掻き消える。

 

「ぇ・・・えっと、今度は何が起こったのかな?」

 

 もしあと数秒、管制席に座っていた下士官が顔色の悪い顔をさらに青くして悲鳴を上げたのを切っ掛けに周囲が慌ただしくならなければ広い部屋に響く驚愕の叫びは私の口から放たれていただろう。

 自分の眼を疑うぐらい奇妙で到底理解し難い現象は現れた時と同じ様に唐突に私の目の前から消えたのだが私を襲った動揺はなかなか消えてくれず、何とか自分を落ち着けようとメガネを外して目を擦り何度も瞬きをする。

 

「・・・発射されたミサイルが、制御不能になったそうです」

 

 しかし、努めて落ち着きを取り戻そうとしていた私の事情など知った事ではないとでも言う様に状況はさらに悪化する。

 

 ジョンソン少尉達のネイティブな英語を耳聡く聞き取った鹿島曰く、発射された時点では着弾まで小一時間、矢矧が反撃の一手を叩き付けた時にもまだ三十分はあったタイムリミットがたった数分で半分になったらしく。

 オマケに真珠湾でミサイルの遠隔誘導を行っていたミズーリの制御を振り切った円柱の飛行体は何故か制御不能状態であるのに墜落するどころか一切ブレず限定海域を一直線に目標地点(空母棲姫)目掛けて超音速で向かっているのだと言う。

 

「あの人達はもう一度警告をすると言っていますが、田中艦隊の離脱はもう・・・不可能です」

 

 そう言って沈痛な面持ちで鹿島が肩を落とし、耳にした彼女の言葉を必死に理解しようと私は頭を働かせるが一向に考えが纏まらず床に手と膝を着いて立ち上ろうとしても身体に力が入らず震えるだけ。

 ついさっき恐らくはあの【妖精さん】(と言う他に表現できない存在)からもたらされた情報だろうそれを反芻する様に震える声で呟いてみる。

 

「空母棲姫は核では倒せない・・・でもそこに巻き込まれた艦娘は」

 

 艦娘が深海棲艦を打ち倒すに足る戦闘能力を持っている事は素人目にも分かるけれどそれと同時に艦種ごとに異なる能力や戦術を差し引いた彼女達の純粋な性能が深海棲艦と比べて大きく見劣りすると言う事も分かってしまっている。

 

 どう考えても無事で済むはずがない。

 

 そして、それが分かったところで私に出来るのは傍観者としてモニター越しになおも抵抗を諦めず激しい閃光と光り輝くバリアを展開する三隈の背を目に焼き付ける事だけ。

 

 最前線では深海棲艦の艦載機を相手に戦いながら戦況を見守る赤城と加賀の戦闘機が次々と墜落し、崖にぶら下がる重巡の背後を通り過ぎて漆黒が蠢く溶鉱炉に呑み込まれブラックアウトしていく。

 そんなふうに黒く染まって沈黙していくモニターの群れが私には絶望感に染められていく自分の心理を暗示しているかの様に思えて仕方がなかった。

 

 そして、広い室内に並べられたモニターの一つに映る広い戦場を線と点によって簡略化した敵味方識別の表示、丸く分厚い円を描く赤い点に囲まれた赤いターゲットとそれに重なる様に光る青いマークに向かって白い点が無慈悲に接触する。

 

 一般人の感覚ではアッと言う暇も無い一瞬の出来事で何か細長い影が画面を通り過ぎた事ぐらいしか分からず。

 

 まだ生きているモニター達が映す瑠璃色の妖しい光が渦巻く海上にそそり立った二枚の岩盤の狭間が白く染まり、指を咥えて見ている事しか出来なかった私の目の前でさらに信号途絶によって黒く染まる画面が増えていく。

 

 最も高度を高く保ち上空から海を見下ろしていた艦載機が風に弄ばれながら先ほど三隈が空母棲姫へと撃ち込んだ閃光弾よりも凶悪な熱を画面ごしにも感じさせる核の光を奇跡的にも観測する。

 

 そう、核の焔が産み落とされたはずの戦場の中で数機は生き残っているだけでなく撮影までも行うなど奇跡と言う他に言いようが無いじゃないかっ。

 仮に威力を最小限に調整されていたとしても猛烈に上空へ吹き上る爆風に晒されて灰も残さず焼き尽くされるか、運が良くとも巨人の拳が如き灼熱となった空気の濁流によって粉々に砕かれていなければおかしいと言うのに。

 

 核ミサイルの爆心地を目視できる位置でハワイ防衛艦隊にとって最前線の観測手となっているプロペラ機は片手で数えられる程度ではあるが生き残っていた。

 そして、朝日の欠片が地に堕ちたかと思う程の眩い光、それが白い手の間で球体に押し込められて徐々に白から黄、黄から橙と夕日に近い色へと変えていく。

 

 例え一瞬であっても人間ならば骨も残さず蒸発させられるだろう超高温の塊を鷲掴みにする美貌の巨人が吹き荒れる炎の光に眩く輝く白髪を激しくうねらせる。

 その端整な顔立ちに浮かべていた感情は怒りのみ、間違っても目の前の暴れる核反応に対する恐怖など欠片も無く白いロングヘアと黒い広襟をはためかせる空母棲姫はその光の塊を苦も無く両手で包み込み。

 

 空母棲姫の指の隙間から漏れる細い光の筋を最後にまるで小さな紙細工でも潰す様に容易く呆気なく数十メガトンの爆発力が押し潰されて消える。

 

「あれが、先輩さんの言った・・・姫級深海棲艦の能力っ」

 

 無数のケーブル類が繋がった身体を掻き抱いて身を震わせる鹿島の背に庇われたままその異常過ぎる光景を目撃する事になった私は生まれて初めて見る核爆発の強烈な光のせいかそれとも許容量を大きく超えた絶望感の為か視界が歪むぐらいの眩暈に襲われる。

 あまりに救いのない現実から目を背けたいと思いながら頭を振った私の視界にまだ生き残って果敢に戦場を飛ぶ戦闘機が送って来てくれている映像が目に入った。

 

 頭痛がする程の精神的な衝撃にグラつく頭と安定しない視界に映る空母棲姫の姿はその身に纏う黒色の衣服が破けて漂白したように真っ白な肌にわずかな傷は見えるがそれは核ミサイルが命中する前とほぼ同じ様子であり、核分裂によって放出された爆発を再度合成しなおして押し固めた残滓だろう黄緑色に光を反射する砕片が巨大な手の平から零れて宙に散る。

 

 万策尽きた、勝てるわけ無い。

 

 視界の端で蒼白な表情で膝をつき呆然自失となったジョンソン少尉や胸の前で震えながら手を組み神の慈悲を乞う軍人達の姿が今の私の心理を代弁する様で縋る物を失った身体が支えを失い倒れ始め。

 しかし、芯を失い傾いでいく身体とは裏腹に私が抱えていた艦娘への執着心は自分でも呆れるぐらいしつこかったらしく空母棲姫の掌の間から漏れた核の閃光によって焼かれてしまっただろう艦娘の姿を一目でも見なければと探し、私自身の浅はかな行動が引き起こした結果を見届けろと言う様に目を凝らさせる。

 

 罪悪感と絶望感が交じり合う視界は色褪せて感じる。

 

 全ての音が窓一枚隔てたかの様に遠く聞こえ、液晶の平面に描かれるとても同じ世界にあるとは思えない壮絶な光景の中で無数の大砲を空に向けた女神が如く美しい深海棲艦が紅いオーラを噴き出しながら無数の砲弾で空中に浮かんだ青白く光る六角形を撃つ。

 

「は、ぇ?」

 

 見間違いじゃないなら確かアレは三隈が撃ち出した砲弾がバリアに変形したモノだったはず。

 去年、佐世保で行われた公開演習の際に聞いた解説では重巡艦娘特有の能力で投射障壁だとか呼ばれている代物。

 

 それが疎らながら空母棲姫の周りを包囲する様に浮かぶ。

 

 ヒステリックに吠えて空気を歪ませる白髪の美女が次々と空中に浮かぶ六角形の板をプラズマ化した火球で叩き割り、怒りに染まった紅い瞳が神経質な視線を黒岩の狭間に走らせ親の仇でも見つけ出そうとでも言う様に何かを血眼で探す。

 

「まさか・・・まさか、まだ三隈は、田中艦隊は生きている、のか?」

 

 たまたまミサイルが着弾する前に撃ち出されたモノが今もモニターに映像を送っている無人飛行機と同じ様に壊れず残っていただけだろう、そもそもあの熱閃光の中に影も残さず消えていると考える方が当然だと言うに直感と言うよりも個人的な願望に近い思いが口を突いて出た。

 

 そうしている間にも横殴りの大雨の様に無数の火球が聳え立つ岩盤を穿ち、巻き起こされる破壊の嵐の中心で酷い癇癪を起した子供の様な様子で黒鉄の大顎に長いチューブで繋がる両手を四方八方に振り回す空母棲姫の指先に従って炎の剣だと錯覚する程の密度で連射される火球の弾幕が軽く500mはあるだろう厚みを持った二枚の黒岩盤を切り裂き。

 その重厚な岩肌は半ばから乱雑な横一文字に繋がった風穴を開けられ頂上から外側へとゆっくり倒れ始め、妙にスローに感じる山岳の崩落を思わせる崩壊の中に私はキラキラと瞬く輝きを見付ける。

 

 雨の様に降り注ぐ岩塊の向こう側、空洞があったらしい岩盤の内側から長く太い鋼色の砲身が突き出され。

 まるで自分自身の身体を大砲と一体化させる様に深く身を屈めて抱きしめる傷だらけの小豆色のセーラー服の背で煙突が排煙の様な光粒の煙を噴き。

 

 一つ一つが小さな家ぐらいある落石が巻き起こっていると言うのに自らの身体そのもので砲身を固定した三隈が数秒前まで分厚い岩の壁で遮られていた先にいる生物と言うにはあまりにも歪で巨大な敵を200cm砲に添えた片目で捉える。

 そして、原型が分からないぐらいに壊れた艤装を背負う三隈のまだ己の勝利を諦めていない瞳を遠くから見ただけで彼女と共にいる田中と言う指揮官と私の間にある格の違いを思い知らされた。

 

「ああ、そうか」

 

 やっぱり私は意気地無しの小市民でしかないんだなぁ、と口の中で呟けば何故か小気味良く感じる諦観が私を包んだ。

 

「せ、先輩さんっ、大丈夫ですか!?」

 

 それと同時、振り返った鹿島が倒れかけていた私に気付いたらしく、このまま床にひっくり返ってもそれはそれで身の丈にあった情けなさだと思いながらも少しだけ残っていたらしい恋人に対する見栄が差し伸べられた細い手へ縋るように掴む。

 

 そのシルクの手袋と指を絡め合った瞬間、ふっと勝手に抱え込んでいた精神的な重圧でモノクロになりかけていた私の視界が広がり、まるで直に触れているかのような実感と共に意識が岩山が倒れる轟音の中に送り込まれた。

 

 その落石の滝が頭上に迫る闇の中で私は彼女の左目に白い花弁が咲く瞬間を見上げ、傷だらけの指先が引き金を引いた音を間近で聞く。

 

 自分がその戦場から遥か遠くにいると頭では分かっていると言うのに。

 

 鹿島の手の柔らかと温かさがここに繋ぎ止めていると理解しながら私の意識は壮絶な戦いの結末を視界の端に揺らめく小さな影と共にまるで当事者の様に見届ける。

 




 
無駄だと嘆きながらでも良い、昨日よりも願う場所に向けて一歩でも進め。

命ある限り、その心に想いを抱えるならばそうするべきだ。

人とはそうあるべきなのだ。
 
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