艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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想いが伝わる事を願って心を込めて言葉にしよう。

諦めずに声を上げればきっと誰かには届くはずだから。
 


第百三十三話

 ぼんやりと寝ぼけている様な感覚に付き纏われながら素足で不思議な景色の中を歩く。

 

 瞼を閉じている感覚と重なっているのに見る事が出来る目に映るのは白と黒の濃淡だけで造られたモノクロの風景。

 

 見た事が無いはずなのに、どこか胸の奥で懐かしさが疼く茅葺の屋根や田畑が見渡せる畦道はきっと今の日本から失われた古い景色。

 

 白黒写真の中に迷い込んだって言えば良いのか、まるで過去に存在した景色を見た目だけを整えた様な景色の中でただ漠然と一本道を歩き続けていた。

 

 いくら歩いても風を感じない、空気の流れが停滞しているのかな?

 いや・・・、もしかして空気そのものがない?

 

 そんな馬鹿な事と思いつつも水の中の様に浮きそうになる軽い身体や触れる全てが熱くも無く冷たくも無い不自然さは僕の荒唐無稽な考えを補強してくようで。

 田んぼと道を隔てる様に両端に雑草が茂っているけれど何気なく覗き込んだタンポポの花びらやなんとなく爪先で転がしてみた道端の小石も半透明なガラスの様なもので造られていた。

 

 そう言えば、なんでこんな所に居るんだろう?

 僕はあれからどうなったんだっけ?

 

 確かあの深く昏い海底へと続く瑠璃色の大穴から飛び出して【はつゆき】まで戻れたところまでは覚えている。

 

 でもそのすぐ後にひどく胸が、肺が痛くなって自分でもびっくりするぐらいたくさん血を吐いて。

 そうだ、提督をすごく怖がらせて。

 いや違う、あれは僕への罪悪感だ。

 すぐに服を汚してしまってゴメンって言ったんだけどちゃんと聞こえたのかな?

 提督は真っ青な顔で僕を抱いて船の中を走ってたっけ。

 だとしたらここは治療槽の中って事?

 それともその中で僕が見ている夢?

 

 そこまで考えて、あの瑠璃色の限定海域の中心で白く長い髪をうねらせていた姫級深海棲艦が放っていた睨まれただけで窒息しそうな程の敵意を思い出す。

 

 一刻を争う状況で呑気に寝てる場合なんかじゃない、そう自分に言い聞かせる様に呟こうと唇を動かしても吐息一つ零せない。

 

 しかも畳み掛けるような自問自答は止まらず、おまけにぼんやりと微睡むような感覚のせいで空回りさせられている考えが一向に纏まらない。

 

 そんな僕の意識とは関係なく身体だけは勝手に霞むほど遠くまで延びる一本道を歩き続けていた。

 

 そして、どれくらい歩いたのか畦道が不意に途切れ、目の前に現れたのは半透明な木が並ぶ雑木林に囲まれた身が引き締まるかと思うほど涼やかで綺麗な泉だった。

 触れないとそこに水面が有ると分からないんじゃないかってくらい透明で澄み切った水がついさっき僕が歩いてきた畦道や田んぼの方へと煌めく小川となって流れている。

 

 水音は聞こえない、白黒と濃淡だけで色分けされた景色。

 

 だけど、その泉の底から涌く清水は穢れ一つ感じず目が離せなくなるぐらい綺麗で仕方なくて、今まで経験が無いぐらいの清らかさを感じる光景に見惚れていた僕は気が付けば泉の辺に跪いて両手で(生命)を掬っていた。

 

 僕が手のひらで掬い上げた水は心地よい冷たさと同時にどこか懐かしく感じる温かさを肌に伝わせ。

 

 喉は乾いていないのに、夢の中だと自覚できているはずなのに。

 

 目の前の泉が湛える純粋な湧き水(生命)の魅力に抗えず喉を鳴らした僕は両手へと口を近付け。

 

 どうしようもない飢えにも似た欲求が指の間から零れる雫すら勿体なくて全部残らず飲んでしまいたいと求める。

 

 でも、口が水に触れる寸前、横から延びてきた手に腕を掴まれてた僕は手の平で汲んだ水を零して落とし、足元で水飛沫が散った。

 

“提督を助けたいのなら選ぶべきはそれじゃない”

 

 そして、背中の方から聞こえた女の子の声にハッとした僕はすぐに振り返ろうとするけれど、なのに僕の身体はちっとも言う事を聞いてくれず、泉の辺にしゃがみ込んだまま右手を掴んでいる誰かの腕を見つめる事しか出来ない。

 

“落ち着いて、心で感じ取って”

 

 けれどその不自由さは歯痒くはあるけれど何故か嫌では無くて、心が自然に凪いでいくと同時に夢心地で曖昧になっていた感覚が僕の身体のさらに外側へと広がっていく。

 

“何が必要なのかは自分自身で考えなきゃ、姿も見せない誰か(妖精)の言う通りになんて以ての外だよ”

 

 後ろから聞こえてくる声は僕の声とそっくりで、見える片手は濡れた僕の手とシワの一つ一つまで同じで、目を瞑ってしまえば空気の様に輪郭を失ってしまうんじゃないかってぐらい僕と重なり合った存在へと「あぁ」と小さく返事とも感嘆ともつかない声を漏らす。

 

“それに、・・・幸せになる為の一番大事な願いは自分で探すしかないんだから”

 

 人間になった艦娘(新しい生き方を知った戦友)から教えてもらった大切な言葉を思い返して夢の中で閉じた目蓋の裏に遠く遠く、遥か遠くの戦場で自責の念を抱えて苦しそうに歯を食いしばり続けている提督の想いが見えた。

 とっても感覚的でイメージが纏まらず言葉にすら出来ない、でも僕が何をするべきか、僕に何ができるのか、それが心で分かった気がする。

 

“さぁ、ぐずぐずしている暇はないよっ!”

 

 不思議と落ち着くその声と共に見えない力でトンッと背中を押されて足元から地面が無くなり、僕の身体は軽々と泉を飛び越える。

 

 まるで空へと落ちていく様に僕の身体は高く高く舞い上がり、ふと目を開けて見下ろせばそこは水晶で出来た大きな大きな樹の幹が聳え、上を見上げれば青空だと勘違いしてしまうぐらい広い水晶の枝と葉が僕の眼をいっぱいにした。

 

「・・・僕の提督は生きるのが下手で、いつも悩んでばかりで、どんな困難にも挫ける事が出来ない(・・・・)人だからっ!」

 

 そして、心が正しいと感じる方法に従って僕は大切なあの人の事を想う。

 

“だからこそ放って置けない、だよね?”

 

 提督や艦隊のみんなと一緒に鎮守府へ帰る為の力を求め、強く強く願いを込めて手を伸ばす。

 

「うんっ!」

 

 僕の心に寄り添う霊核(魂達)が導いてくれる感覚に願いを重ねて、指先を真っ直ぐに伸ばし、無数の葉っぱの中からキラキラと光粒を纏い舞い降りてきた一枚の水晶板を掴み取る。

 それは触れた瞬間に砕け、青白い光の線で描かれた幾何学模様を広げ、僕の身体を包む様に広がった光の点と線と無数の文字列で出来た卵の殻の中で視界が白く染まっていく。

 

“僕は君で、君は僕だった、そして、・・・どうか時雨()の悔いを晴らしてくれた時雨()の願いが叶いますように”

 

 そう言って、身体の中に入ってくる光粒(能力)と入れ違いに僕の胸元から溢れた懐かしい想いは水晶の大樹へと還っていった。

 

・・・

 

 花火の様に華々しく弾けた煌めきが生命の樹の下でキラキラと残滓を散らし、空中に浮かび徐々に消えていく花菱の紋様から光の粒がパラパラと雨の様に水晶の幹に造られた農村へと降り注ぐ。

 そんな光粒の時雨の中、模造品の茅葺屋根の上へとひょこりと小さな人影が頭を覗かせ大樹から力を得て自分が居るべき場所へと還っていった駆逐艦娘の足跡とも言える白く輝く花びらへと苦笑を浮かべる。

 

“まったく”

“どちらの()達も好き勝手に毟り取って行ってくれる”

 

 すると少し不機嫌そうな思惟の揺れを感じ、茅葺屋根の上にちょこんと座ったベージュ色のセーラー服は家の下、いつの間にか田んぼと畦道の境の段差に腰かけていた金槌を携える緑色のツナギ姿を見下ろす。

 

“その為にあるのだから” 

“だが”

“技術も道具も使われぬなら存在意義など無いさ”

“流石に泉へ飛び込む子が現れるとは思ってもみなかったがね”

“育てた直後に千切られれば愚痴も漏れる”

“飲み干されるよりはマシ” “さっきの三隈みたいに”

“なに、想定外は良くある事さ”

“もう幾つか泉を増やしておくべきか?” “無い袖は振れないだろうに”

“私が急いても樹の成長が早まるわけでもないしな”

“あの()達だけでなく”

“今は潤沢に水晶があるとは言えない”

“鎮守府の―――君達も苗にする枝を幾つか持って行ったからな”

“支払った分の成果は上げて欲しいものだ”

“豪州に植えられたらしい若木との接続(連絡)はまだ安定しないか”

 

 この領域に迷い込んだ少女から隠れていたのかひょこっひょこっと水晶で造られた村のあちこちから小人が現れては少し騒がしく感じるぐらいの会話(自問自答)を始め。

 そんな同輩(自分)達がちょこまかと動き出して故郷(ジオラマ)造りや大樹の世話に戻っていく様子を小気味良さそうに眺めていた水兵服の傍らへと何もない空間から染み出す様に四足歩行の獣が現れる。

 

“求められれば与えよう”  “しかし”

“いつだって願いを叶えられるかどうかは”

“君達次第だ”

 

 そう思惟()を揺らしてから屋根の上の妖精はひょいと自分の隣に丸まった猫の様な何かの後ろ首を掴んで自らの小さな膝の上に乗せ、もう跡形も無く消えた光粒の雨と白い花を名残惜しむ様に巨大な水晶樹の煌めく枝葉に覆われた空を見上げた。

 

・・・・

 

 非常電灯だけが灯る室内で不意に排水が行われる水音とビープ音が鳴り、それが止まれば今度はモーターの駆動音と共に水滴を滴らせて壁際で斜めに傾けられる形で設置されていた円筒の装置がその蓋を開く。

 その円筒の縁へと濡れた手がかけられ治療用の薬液を滴らせながら身体を起こした少女がうっすらと開いた碧い瞳で周囲を見回す。

 

「みんなは・・・空気がピリピリしてる、もう始まってるんだね」

 

 鋭敏化した第六感的な感覚で艦娘部隊の待機所の外から聞こえてくる戦闘の空気を感じ取った時雨は若干ふらついた足取りでぺたりと湿っぽい足音を立ててクレイドルの中から出る。

 クレイドルに押し込められる前とは打って変わって身体のどこにも痛みは無い健康体になったが寝起きな上に髪が煩わしい程顔に張り付くずぶ濡れの時雨の姿は足元もおぼつかない様だった。

 

「はー・・・っ!!」

 

 だが、深く息を吐く音とバチンッと両頬を手で打つ音を切っ掛けに水滴が床に舞い散り、垂れ下がっていた前髪を掻き上げた時雨の瞳に宿っていた意識がぼんやりとしたモノからくっきりと自らの輪郭を取り戻す。

 

「時雨、行くよっ!」

 

 力強く開いた宝石の様に輝く碧い瞳の左側、そこに刻まれた菱形の花びらが彼女自身の意気に呼応して青白い光を瞬かせた。

 

・ -・-・

 

 死を予感させる閃光と衝撃から岩盤に穿たれた闇深い洞窟に飛び込んで九死に一生を得た、かと思えば鉄鉱混じりの黒岩すらも焼き融かす光線が這う様に足下まで迫り。

 ギザギザとしたイバラや岩が突き出る地面に構う余裕も無く慌てて後退りしようとしたら両手と両足の主砲が火を吹き、散弾となった障壁が近距離で拡散し周囲の岩壁を打ち砕きながら岩盤の外に向かって扇状に飛び散っていく。

 岩を砕きながら無数のバリアを展開する散弾に目を丸くするしか出来きず、目の前に砕かれた大岩が雪崩を起こしたように降り注ぎ、ひどく大雑把で下品極まりない爆発が齎した熱光線が爪先を掠る寸前に土砂崩れによって防がれる。

 

 人体を瞬きする間も許さず蒸発させ頑強な建物をも焼き融かすと言う正直なところ眉唾に感じていた兵器が放った実際の威力は想像よりも幾分か大人しいモノだったらしい。

 

 ともかく命があるのだから万々歳、そして、あまりにも早くそれでいて正確無比な対処に流石は私の提督だと黄色い声を上げれば直後に艦橋に座る想い人から信じがたい命令を命じられ顔を引き吊らせる事になった。

 

 その命令に表面上は平静を装いつつ自分の背後、僅か十数mに口を開いていた無数のイバラが絡み合って出来た狭く細長い縦穴を見下ろす。

 

 敵の首魁へと忍び寄る際に潜水艦娘の艦橋から見た浮島の水面下は黒鉄の森と言っても過言では無い棘枝の密集域だったが、その枝と枝の隙間は身を捩りながらとは言え十数mの潜水艦娘が十分に泳ぐ事が出来るスペースがあった事も知っている。

 

 だけどそれは水が満ちていてなおかつ無呼吸で長時間潜水出来る艦種だからこそ出来る芸当であって、どこからともなく吹き込んでくる突風が無数のイバラのツタや枝の間を走り抜け獣の遠吠えにも似た音を響かせる底の見えない穴へと身一つで飛び降りろと言われればまともな艦娘なら白目を剥いて怖気づくだろう。

 

 とは言えどうやら自分はそのまともな艦娘ではなかったらしく、肩を竦めつつ自分自身でも度し難いと思う惚れた弱みに呆れの溜め息一つ吐いてから残り少ない霊力を使って障壁装甲を体中に張り巡らせて縦穴の中へと飛び込んだ。

 

 艤装と障壁の強度で無理矢理に岩を砕きながら鋸が生え揃う危険地帯を滑り落ちれば掠った棘で服が千切れ、ぶつかった岩に艤装が砕け、肉が抉れ血が飛び散り、自らの身体が文字通りすり下ろされていく痛みは筆舌に尽くし難く。

 けれど、頭では自分がどうしようもない程の愚行をやっている分かっているのに彼の命令(願い)遂行する(叶える)事が出来ると言う充実感が妙に愉快で仕方ない。

 無数のイバラや枝に身体ごとぶつかり叩き折る事で減速しながら縦穴を落ちる最中、空中で変形を終了した己が最大の武器を抱き抱え暗闇に包まれた視界に光る点に向かって視線を固定する。

 

 それは胸の中の提督が指し示す攻撃目標。

 

 分厚い岩盤の向こう側を透視しているとでも言う様に正確無比に空母棲姫を見据える指揮官の寒気がする程の冴えた空間把握能力に感嘆の声を漏らし、穴の底まで転げ落ちて確認して見ればまともに動くのは主砲と左手の指一本だけ。

 

 それでも、その程度の痛みでこの身体を突き動かす意思を挫くには足らず。

 

 提督の勝利の為ならば自分の全てを捧げても惜しくは無い。

 全身全霊を懸けてでも成し遂げて見せねば最上型(乙女)の名折れと言うもの。

 

 そう、これ以上無いぐらい強く叫んだ心に何処からか濁流の様に瑞々しい霊力が身体へ流れ込んできた。

 

 神経が焼き切れそうだと思うぐらい無限に湧いてくる霊力に溺れ、それを残らず全て飲み込み一発の砲弾へと圧縮し、外側からの破壊によって取り払われた黒岩の帳の向こうで提督の指示と寸分違わず重なった敵影に砲口を向ける。

 

 そして、紅い炎を纏った憎悪を前に不思議と口元が吊り上がり、赤い血にまみれた指先で必殺の意志を込めた引き金を引いた。

 

--- --

 

(・・・乙女の見る走馬灯、と言うに少々趣がありませんわね)

 

 抉れる様に砕けた分厚い岩に背中を預けて自嘲する様に笑った三隈の口からゴポッと一塊になった鮮血が溢れ、服を引き裂かれ傷だらけになった胸元に落ちた赤色がその胴体を貫いている捩れた槍の様な黒鉄の枝を濡らして光粒へと解けていく。

 

(まぁ、たった一人でいる彼女が見ているものよりは、マシでしょうけれど)

 

 急激な失血で霞始めた瞳を何とか動かした三隈は自分が座る岩盤と泣き別れになったもう一方の岩壁へと顔を向け、その袂にまるで磔にされたかの様に巨大な半身をめり込ませた姫級深海棲艦の姿を視界に映す。

 

『三隈、旗艦変更! 直ぐに手当てするっ、意識を失うな!!』

 

 悲鳴のような田中のその声に、勝利の余韻に浸る暇も無いですのね、と軽口の一つでも叩ければ提督を少しは安心させてあげられただろうかなんて考えながら瀕死の三隈は自分と同じ様に口から血反吐を吐きながら岩に爪を立てて藻掻く上半身だけ(・・・・・)になった空母棲姫をぼんやりと見つめる。

 本来は水平線の向こうに居る敵艦を撃ち抜く為に存在すると言っても過言では無い重巡艦娘の200cm大口径をたった数百mと言う至近距離で直撃させられた深海棲艦は身体の下半分とその本体にも勝る重厚で巨大な艤装を消し飛ばされた。

 

 だが、その代償として三隈にとって最後の武装だった長距離砲とそれを支えていた両腕は弾け飛んで血飛沫と鉄屑に変わり、ただでさえ強烈な反動が襲い掛かる必殺の一撃(Critical Hit)は霊力の過剰圧縮によって数倍の衝撃となって重巡艦娘の身体を襲って小石の様に弾き飛ばし。

 子供が戯れに壁へ投げつけた人形の様に黒鉄のイバラが密集する岩盤の基部へと叩き付けられた三隈の背面艤装はガラス細工の様に砕け散り、緩衝材にもならない鋼の悲鳴と共に彼女の身体を数本の歪な槍が貫いた。

 

 両腕は無くなり両足も歪に捩れイバラの槍に貫かれた身では僅かな身動ぎをする余力も無く血で詰まった喉から声も出せず。

 

 無数の警告表示で真っ赤に染まっていた三隈の視界から次第に色がなくなっていく。

 

(でも三隈、勝ちましたわ・・・提督、ほめ、て・・・いただけ・・・)

 

 そして、大破した艦娘の身体が戦塵の舞う岩地に十字架の様な破壊痕を残してキラキラと輝く光粒に解けて消え。

 直後、儚く消えようとしていた輝きを上書きする様に金色の葉と錨で飾られた茅輪が空中に建造され、直径十数mの円の内に鈍く銀色に光る文字列が重々しい金属音と共に記される。

 

《駆逐艦叢雲、出撃! さぁ、さっさとトドメを刺して凱旋するわよ!》

 

 少し白いワンピースの裾に焦げや破れが見えるものの数秒前に惨殺された死体にしか見えない姿を晒していた三隈と比べればその細身が背負う装備は万全であり、勝利の興奮が多分に含まれた高飛車な駆逐艦の声が動力機関の始動を知らせる汽笛が響き。

 足首から前方に向かって鋭角なラダーが突き出している鉄靴が支えを完全に失い海中へと沈んでいく岩地を蹴って妖しげな光が消えていく瑠璃色の海に水飛沫を上げながら着水した叢雲は12.5cm連装砲を構えて腰まで届く銀髪をひるがえした。

 

・ -・・・

 

 艦橋を包んでいた旗艦変更の輝きが収まったと同時に現れた三隈の身体は力なく床に倒れ込み、べしゃりと重い水音と血の飛沫が灰色の床を赤く汚す。

 

「叢雲! 兵装の使用は自由! 戦闘補助は島風に任せる!!」

「うんっ、任せて提督!」

《了解よ!!》

 

 指揮席から飛び出してすぐさま抱き起したが全く動かない血まみれの身体は妙に重く、まだ生温かくはあるが触れた首筋には脈が無く、口元に触っても手に感じるのは血のヌメリだけで呼吸も無い。

 つぶらな瞳が半開きで硬直した様子はガラス玉の様な無機質を感じさせ、目の前に無造作に現れた死に身体が恐怖で硬直しかけた僕は突然に鼻っ面へと飛び付いてきた猫の様な何かによって我を取り戻す。

 目を擦るように顔に張り付いた妖精のお供を剥ぎ取れば薄膜を重ねられた様な感覚が目元に感じ、戦闘形態解除で補填しきれなかった三隈の負傷部が文字通り透けて見えた。

 

「まだだっ!」

 

 幸いな事に心臓付近の肋骨と内蔵は無事、血流と脳波は彼女の体内で流動する霊力によって、いや、霊核に宿る魂達のおかげで三隈の生命はまだ守られている。

 そうと分かれば手早く床に三隈を寝かせて教本と訓練の内容を頭の中から引っ張り出して両手を三隈の胸の上に押し付け、自衛隊員として嫌ってぐらいに覚え込んだ救命処置を始め、テンポと回数を数えて心臓マッサージを行い。

 

「こんなの絶対に僕は認めないからな!」

 

 次にどこか満足げで安らかな顔の上へと覆いかぶさり、口の中に広がる血の味を無理やり呼気で押し出して強引に膨らませた彼女の肺の動きを確認する。

 

「戻ってこい! 三隈ぁっ!!」

 

 自分でも乱暴だと感じる怒声を命の火を消しかけている少女にぶつけながら人工呼吸と心臓マッサージを交互に繰り返し、何度目かの息を彼女の肺へと吹き込んで口を離した時、低いげっぷの様な音が三隈の口から粘度の高い血の塊と一緒に吐き出され。

 動きを止めていた心臓の鼓動を重ねた掌で感じ、硬直していた瞳孔が収縮して瞬きを繰り返し、そして、三隈はわずかに身体を痙攣させながらも呼吸と意識を取り戻してから少し驚いた様な表情でこちらを見上げた。

 

「てぇ・・とく・・・?」

「はぁ、はぁ・・・今日は心臓に悪い事ばかりだ、大丈夫か?」

「らい丈夫じゃ、ありません」

 

 どこか呂律が回っていない感じはするがしっかりと意識をもって返事をした三隈の様子に胸を撫で下ろし、横目に見えた猫を両手で抱えている小人の太々しい笑みへと不承不承だが心の中で感謝する。

 

「キスするなら、先に言ってください、よぉ」

 

 かと思っていたら、乙女には心の準備がいるんですから、と顔だけでなく体中隈無くを血塗れにしているスプラッターな姿のお嬢さんはこんな時でもどこかズレた発言をしてくれた。

 

「さっきはそんな余裕無かったんだ」

「なら、もう一回お願いします、寝ていたせいで覚えてないなんて勿体無い、ですもの」

は、ははっ今はそんな場合じゃないんだよ」

 

 手を止める事無く僕が応急処置をしている間もなにやら澄ました感じで唇を上向かせて強請ってくる三隈のマイペースっぷりには呆れを通り越して感心していまう。

 

「なら、三隈は頑張ったんですからせめて・・・一つだけでも」

「いや、だから、今は我儘を聞いてあげている暇が、あとでいくらでも・・・」

「くまりんこの前では「俺」じゃなくて「僕」でお願いします」

 

 叢雲の戦闘によって揺れる艦橋で応急処置を終え、三隈の身体を床に固定して立ち上ろうとした僕は自分を見上げて微笑む少女の言葉に呆気にとられた。

 

「・・・確約はしかねる、()には君達の指揮官としての立場がある」

「もぉ、つれない人」

 

 そっちの方が可愛いのに、と重傷(大破)による激痛もものともせずクスクスと微笑む三隈の言葉に妙なバツの悪さを感じて頬を掻いてからコンソールを跨いで指揮席へと戻る。

 自分の一人称を気にしている余裕すら無かった事に気付かされ、もしかしてここまでの戦闘中にも「僕」なんて女々しいセリフを口走って無かっただろうか、なんて今の状況にそぐわない些細な悩みに()は溜め息を吐いた。

 

・- -・-・

 

《このっ、抵抗してんじゃないわよ!》

 

 暴力的な向かい風に吹き飛ばされかけたモノのすぐにバランスを取り戻して12.5cm連装砲を構え直した叢雲が砲声を連続させ、大波を立てながら沈んでいく大岩に磔にされた姫級空母の重油の様に黒く粘つく血を垂れ流す腰から下が無くなった身体へと曳光弾の様に輝く砲弾が命中する。

 だが、その瀕死の深海棲艦を襲った爆発はわずかに新しい傷を作る程度であり、艤装を含めた身体の大半を失ったとは言え叢雲と比べ空母棲姫の体格と装甲は現時点でも圧倒的に艦娘を上回っていた。

 

《ちぃっ、死にぞこないのクセに!》

 

 付け加えるならば今も憎悪の顔で己の天敵を睨む空母棲姫は身に着けていた艤装こそ失ったが上空には偵察と対空迎撃の為に放っていた艦載機群が存在し、また彼女が持つ固有能力(気圧操作)による暴風も駆逐艦娘を弾き飛ばそうと波を抉る。

 半円の線を描く様に敵艦へと接近を試みる叢雲の背部艤装で対空機銃が頭上から襲い掛かろうとしている紅い炎を噴く球体戦闘機を迎撃し、夜明け前の海上で激しく炎が踊り狂う。

 

 しかし、この戦いの勝敗に関して言えばもう結果(敗者)は決定していると言っても過言では無く。

 

 腰から下が無くなった胴体から黒い重油の様な血を垂れ流す空母棲姫は見るからに衰弱し、叢雲の機銃に撃墜されたわけでもないのに勝手に海に墜落する球体がいくつも水柱を上げ。

 

《こっちにはまだやる事が山ほどあるんだからっ!》

 

 遂には腕を持ち上げる事も出来なくなった姫級の瞳に宿す紅い炎が風の前に揺れる蝋燭の火の様に弱弱しくなり、それに伴って荒ぶる神が如き力を誇っていた風は見る影も無くたった15m程の艦娘をよろめかせるだけの威力にまで成り下がる。

 

《これ以上、アンタなんかに使ってやる時間なんかないのよ!!》

 

 誰が見てもどれだけ空母棲姫が抵抗して長引かせようと決着は時間の問題、しかし、双方に戦いを止めて退くなどと言う選択肢は最早無く。

 昏い霊力による発光が無くなった夜の海上で響いた魚雷の爆発が空母棲姫の身体を巻き込んでその巨体を支えていた大岩を粉砕し、1cm先も見えない深海の色へと転げ落ちた白い美貌が浮力を発生させる事も出来ずに押し寄せる荒波に溺れて藻掻く。

 

 そして、呆気ない程簡単に首から下が海中に沈んだ空母棲姫は最後の足掻きとでも言うのか誰かに助けを求める様に低く響く遠吠え(汽笛)を鳴らし遠く白み始めた東の空へと手を伸ばし宙を掻く。

 

《島風、魚雷再装填! 仕留めるわよ!!》

 

 だが決死の戦いを乗り越えてきた艦娘にとって瀕死の敵艦へ情けをかける理由など一欠片たりとも無く。

 

 己の指揮官が示した作戦を全うする為に全力を持って叢雲はトドメの一撃を艦橋へ要求して艤装内で霊力が魚雷へと生成される昂りを背にして叢雲はより確実に敵へと最後の一撃を命中させられる位置へと向かって波を蹴る。

 

《なっ、んだってのよ!?》

 

 しかし、邪魔する向かい風も大津波も無くなった海上を乾坤一擲とばかりの勢いで加速した叢雲の身体がタタラを踏んだ様に突然つんのめり、前触れなく現れた海水にあるまじき靴底(船底)がぬかるむ感覚に怖気を感じた駆逐艦娘は反射的に身体を真横へと横滑りさせた。

 戸惑う声を上げた叢雲の視線の先で薄く差す朝日によって妖しい光に満ちていた瑠璃色の海が駆逐される様に消えていく様子と同時にそのさらに下からヌメる様な光沢を持った玉虫色のタールに見える何かが盛り上がってくる光景が広がる。

 

 激しく危険信号を発する生存本能が体中に鳥肌を立て一瞬で白銀のロングヘアを威嚇する猫の様に膨らませた叢雲の耳に指揮席に戻った司令官の叫ぶような針路変更が響く。

 海面を踵で鋭く抉る様に切り裂いて肩が海面を掠る程のUターンが巨大な岩盤が沈んだ限定海域の中心に描かれ、自らの勘と田中の命令に従った叢雲は周囲に渦を巻いて沈没していく空母棲姫に背を向けてスクリューを全力回転させる。

 

《嘘でしょ・・・》

 

 見る間に足元の瑠璃色が玉虫色の光沢を持ったタールの様な油膜に塗り替えられ、全速力でその場から離れてようとしている叢雲の足に絡み付く泥濘(ぬかるみ)が意志を持った生物の様に蠢き徐々に大きな渦潮へと姿を変えていく。

 

 そして、自分の背後を振り返った駆逐艦娘は引き攣った顔に冷や汗を滲ませる。

 

 そこには藻掻きながら為す術も無く海中に沈んでいった筈の白い美貌が再び現れて水飛沫を散らし、ぐったりとして白髪を海面に垂らす半身を失った空母棲姫の身体を一本一本がビルの様に太く大きい剛腕が海を割って高く掲げ。

 瞬く間に重油を腐らせた様な色に染まった海に全てを奈落の底へと引きずり込む様な深海への大穴が口を開き、400knotに達する推進力を振り絞っている筈の特型駆逐艦娘の身体が徐々に背後の渦の縁へと引き寄せられていく。

 

 信じられないモノを見る様な顔で後ろを振り返った叢雲の眼に映るのは空母棲姫を軽々と持ち上げる小さな巡洋艦はあるだろう鉛色の剛腕と燃える吐息を漏らす鉄鋼の頭、さらには誇張抜きで山の様なと表現するしかない筋骨隆々の体躯の上に天を突くが如くそそり立つ黒鉄の巨大連装砲。

 その莫大な体積と質量を有する艤装の中心にその身を埋めるのは稀代の名工が造り上げたと言われたならば信じてしまいそうな肉体美を誇る戦艦たる姫級深海棲艦が船首像を思わせる姿勢で堂々と豊かな胸を奮わせる。

 

 そして、既に意識の有無すら定かではない白き同胞を持ち上げる自らの片手を一瞥した黒髪の女神像は濡れた肢体から雨の様に海水を降らしながら紅い炎が宿る切れ長の目で自分達に背を向け逃げようとしている叢雲を見下ろし。

 鋭い乱杭歯が並ぶ鋼鉄の大顎が悲鳴の様な軋みを鳴らしながら限界まで開き、その口内で火花が散ったのを合図に炎の吐息が溢れ出して頑強なる艦首が激しく燃え盛る火球と化す。

 

 さらに、その両肩に装備された黒鉄の三連装砲が自分から逃げようとしている艦娘へと砲口を向ける。

 

 直後、放たれたそれは叫びと言うにはあまりにも大きく激しく。

 

 まるで怒りと言う概念が目に見える形を持ったかのような暴力の鉄槌が夜明けの海を消し飛ばした。

 




 
届くかな?

トドイタヨ。
 
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