艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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待たせたな!

だが、インターミッションだ!
 


第百三十五話

 その名も無き駆逐イ級は深海の水晶島を支配する泊地水鬼を頂点とした大艦隊の末端の一隻でしかなく、しかも先に行われた極彩色の島々を得る為の遠征作戦をしくじり逃げ帰って来た為に欠陥品(負け犬)呼ばわりされる身となっていた。

 泊地水鬼の寛大な沙汰によって廃棄(処刑)だけは免れたものの大半の同胞同族からは明らかに冷遇されており、迂闊に補給の要請(お腹が空いた)などを思惟にして発すれば殺される事は無いまでも他の群れ(艦隊)私刑(リンチ)に晒される様な最下級の立場に甘んじる。

 

 さらに緑目のイ級にとって不幸だったのは所属している軽母ヌ級を旗艦にした十隻の小さな群れ(艦隊)でたった一隻だけ生まれ(製造地)が違うと言う点だった。

 

 同じ深海棲艦ではあるが軽母ヌ級を含めた九隻は空母の姫の下で建造され、対してそのイ級は戦艦の姫によって造られた駆逐艦であり、さらにはその瞳に宿る緑色の灯火は何の改良も行われていない量産品である事を示している。

 悪い事は重なるもので大艦隊の末席に追いやられただけでなく姫級達へ補給を求めただけで“無駄飯喰らいは標的艦が丁度良いのではないか?”などと思惟(嫌味)を投げつけられる状況はかつて空母棲姫直属の艦隊に所属していたと言う栄誉ある経歴を持つ黄色い目(フラッグシップ)の軽空母にとって屈辱でしかない事も緑目の駆逐艦の不運を増やす。

 

 小艦隊の旗艦は同じ姫の手によって生み出された(建造された)赤眼の従僕(才能ある部下)ならまだしも、自分達と違う出自でしかも緑目(ノーマル)の駆逐艦の為にまで瞳に宿る(階級)の灯火色は同じでも自分より船体(身体)小さい艦達(軽巡、駆逐)から公然と蔑まれる事を良しとする事が出来なかった。

 

 そんなわけで所属する群れのリーダーから駆逐イ級は“余計な霊力を消費せず一隻で適当な場所に浮かんでいろ”と非常にぞんざいな命令を受ける。

 

 落ちぶれたと言っても緑目にとって黄目が段違いの上位者である事は変わらず、深海棲艦の(社会)において上位から下位へ与えられる命令への順守は絶対であり、故にいかなる理不尽であろうと従う事がその魂に刻まれた命の理によって肯定される。

 

 だから、あまり運の良くないイ級はたった一隻で黒い海と虹色の太陽以外何もない水晶の泊地から遠く離れた海原にポツンと浮かぶ。

 

 出来る事と言えば通りがかった同族に的当て遊びの標的にされない様にと申し訳程度のカモフラージュとしてその大半の同族と比べて小柄な船体を海に半分以上ほど沈める程度。

 欲を言えば完全に海の中に潜ってしまえば偉大なる女王(泊地)が発する力によって純黒に染まった海がその船体を完全に覆い隠して安全を与えてくれるのだが、潜水艦ではない駆逐艦の身では水圧と浸水を防ぐ為に半身を沈めるよりも格段に多くの霊力を使ってしまう。

 

 それにより損傷してしまったり余計な補給が必要になればあの旗艦(ヌ級)は“命令に背いた”として自分を廃棄処分にするだろう。

 

 緑目の駆逐イ級はあまり頭が良い方ではないが、流石にその程度の事ぐらいは予想できた。

 

 

 だからこそ外海と限定海域の境界である水壁にほど近い海上に駆逐イ級が居合わせたのも。

 

 何事か急いでいる様子で外海(外界)へと向かう戦艦の姫が路傍の石ころ程度と言っても過言では無い下っ端に気付かなかったのも。

 

 その美しくたなびく黒髪へと水晶島の浜辺から放たれた泊地の姫の思惟(命令)を海中に半分沈んでいた駆逐艦が浴びたのも。

 

 

 全て小さな偶然が重なっただけ。

 

 

 “空母の姫からの思惟が今までに無く乱れている上にこちらからの呼びかけにも応じない”

 

 “出陣から幾ばくも経たぬのにかの賢く忠義者である臣下がここまで心乱すは尋常に非ず”

 

 “汝が造りし下僕に限りにおいて格、質を問わず望むだけの群れ(艦隊)を率いる事を許す”

 

 “我らが義姉妹の思惟を乱す原因を確かめよ”

 

 

 態度だけは姫級として相応しく尊大かつ鷹揚に、内心では遠く海上から深海を貫く様に届く空母棲姫の激しい思惟(怒声)で彼女の身にただならぬ事が起きていると察して黒い海原を割る様に進む戦艦棲姫は自分の行動に許しを出してくれた泊地の女王へと恭しい了解の思惟を返す。

 そうして己が出立した水晶の島(母港)を振り返らず、霞むほど高い天井から降り注ぐ虹色の光に照らされた闇色の薄衣をはためかせ巨大な美女は凪いだ黒い海を押し退け激しい空気と水の渦を起こしながら走る。

 

 その戦艦棲姫が全身で受け取った虹色の思惟がわずかな余波を足下へと広げ、広義の意味では戦艦棲姫の従僕の一隻である駆逐イ級の頭の中で従うべき命令の優先順位が書き換えられた。

 

 黄色目風情とは比べるべくもない天上の存在たる泊地の姫(泊地水鬼)から放たれた霊力の波動を偶然に浴びた(盗み聞きした)緑目の駆逐イ級は単純構造な頭の中を女王の勅命でイッパイにしてすぐさま己の動力へと火を入れ、小さな渦を尻尾の先(スクリュー)で作りながら海面に浮上し自分をかつて建造した上位者の背を意気込んで追いかけ始める。

 

 とは言え、まぁ・・・そんなふうに意気揚々と発進したイ級ではあったのだが。

 

 その後、数分も経たない内に戦艦棲姫に付き従う為に全速力で姫級を追いかけてきた大きな群れ(大艦隊)が張り切る駆逐艦の前に現れ。

 姫級の作った黒い海を抉る様な曳き波(航跡)によたよたと翻弄されながらもはしゃぐ犬の様に尻尾(スクリュー)を振っていた下っ端は先頭に立つ空母ヲ級フラッグシップにあわや跳ねられかけ。

 

 “緑目の分際で進路妨害などと! 身の程を知れ!

 

 と、猛々しい思惟(一喝)を浴びせられ目の色を緑黒(明滅)させながら黒いブーツによる追突で横っ面をへこまされた哀れな駆逐イ級は停船させられ姫級の近衛艦による殺気が篭った検分を受ける事になった。

 

 偶然に受け取った女王の思惟(勅命)に興奮してのぼせ上り無我夢中で己にとって本来の主(製造者)である戦艦棲姫の背を追いかけていた天にも昇る気持ちから一転して“すわ爆撃による廃棄処分か!?”とイ級は恐れ戦き貧弱な装甲を震え上がらせる。

 

 だが、駆逐艦の心配をよそに所属する小さな群れからすら爪弾きにされていたイ級は広大な限定海域から海上に向かう大遠征艦隊の最後尾に並ぶ事を許された。

 

 何故ならば直属の近衛艦である自分達を港湾に置き去りにして単艦で先行した戦艦の姫が外界(外海)への渦潮(通路)を開く気配を感じ取って焦ったフラッグシップ全員が“大方、領地内で遊んでいたはぐれ艦が主の元に馳せ参じたのだ”と思い込み。

 

 “多寡が量産品の下っ端の身元確認や廃棄処分程度の事に足止めなどされてたまるか”と判断したから。

 

 加えて緑目の小さな駆逐艦の船体と魂に刻まれていた製造主の銘が戦艦棲姫だった事もその判断を正当であると保証してしまった事も手伝ったのだろう。

 

 

 そして、その偶然(・・)の連鎖は泊地水鬼の支配する広大な領域(限定海域)の端っこで冷遇されていた駆逐艦にとって正しく

 

 

千載一遇(生涯最悪)幸運(不幸)だった。

 

 

 ・・・ ・・・・ ・ 

 

 日付を見れば12月の25日、昼を少しばかり過ぎていると短針と長針で教える腕時計を横目に茶色い小瓶のアルミ蓋を開けてその中身を一気に呷った青年は口の中に広がる甘苦さに眉を顰め、小さくため息を吐いて肩を落とす。

 

「栄養剤の味は日本もアメリカも大して違わないらしい・・・か」

 

 護衛艦【はつゆき】の船室に備え付けられた硬いベッドに腰かけながら白い制服に二等海佐の階級章を着けた自衛官は手に持った小瓶のラベルに書かれた眠気覚ましと滋養強壮に高い効果を発揮すると言う説明書き何気なく読んでからジンジンとまだ腫れている様な熱っぽい感覚を感じる目元を指でほぐす。

 ただの不摂生や寝不足でそうなっているならまだしも、思い返すだけで自尊心を抉る情けない醜態の結果だからこそ田中良介はその顔に正と負の感情を混ぜ合わせた複雑な渋面を浮かべ。

 

(あれから5時間、いや、たった5時間か? 我ながら、ははっ、あれは赤ん坊の癇癪といい勝負だった)

 

 田中は自嘲気味な笑いを漏らして手の上で転がす様に栄養ドリンクの空き瓶を無為に弄ぶ。

 

 その脳裏に浮かぶのは空母棲姫との激戦に辛勝した事を喜ぶ暇も無く現れた新たな姫級深海棲艦に絶望した時に見た光景であり、窮地を脱した今ですら思い出すだけで身震いする程の寒気を感じる恐怖。

 

 その恐怖を感じた対象とは我こそが王者であるとでも言う様に海の底から現れた全長数百mの戦艦の名を冠する巨大深海棲艦・・・ではない。

 

 彼が何よりも恐ろしく感じたモノとは実体を持った災害を見た直後に自分と共に空母棲姫が支配する瑠璃色の海に挑んだ六人の艦娘達が交わしたたった数秒のやり取りであり、「指揮官(田中良介)を生き延びさせる」と言う目的の為に自分達の命をまるで消耗品の様に使い切る順番を決めていく艦娘達の姿に対してである。

 

「狼狽える俺は、さぞかし滑稽な姿だっただろう・・・」

 

 それがまるで当たり前の事だと言う様に死ぬ順番を決めていく少女達の異様な姿、さらにはその時の自分が女々しく泣きながらも彼女達が出した選択を受け入れようと本気で思ってしまっていたという事実がベッドに腰かける田中の口から昏い憤りを宿した言葉を吐かせる。

 彼にとってこれ以上ないぐらいに不本意ではあるが戦艦棲姫から逃げ延びる為に叢雲達を必要な犠牲(・・・・・)として受け入れようとした事が自らの意志であったのは間違いない事実である。

 

「そうでしょう!? 刀堂博士っ!!」

 

 それは田中自身が誰よりも分かっていたが、しかし、「助けてくれ」と喉から絞り出した来る筈のない奇跡を願った泣き声もまた真実・・・否、それこそが彼にとって嘘偽りの無い本音だった。

 

(よくも、俺に取り返しのつかない事をさせようとしてくれたっ!)

 

 栄養ドリンクの瓶を強くギリリと音を立てて握り、たった一人の船室に吐き出された後ろめたさと恨みが混じった田中の怒声への返事は無く、分厚い壁に囲まれた部屋の中で虚しく響く。

 

「貴方の優先順位は、艦娘を守る事じゃないんですか・・・?」

 

 誰もいない壁に向かって顔を向けた田中は今も自分と目に見えないナニカで精神を交えているだろう妖怪(妖精)の存在を忌々しく思う。

 

 あの時、艦娘を影ながら見守る守護者である筈の妖精があろう事か艦娘である叢雲達では無く田中良介の生存を最優先として彼の意識と選択を誘導していたと言う事実が彼にとっては不快でしかたない。

 

 空母棲姫の死によって崩壊を始めた限定海域から時雨が発現させた異能力で助け出されていなければ、自分達の身に何が起こったのか?

 

 戦艦棲姫がその巨体に宿す戦闘能力(ステータス)が嫌になるぐらい詳細に記され、砲撃の威力だけでなく着弾で発生する衝撃の範囲が正確にシミュレートされ、極めつけには犠牲にする艦娘の順番とタイミングを連ねたフローチャートが田中の脳裏に今もハッキリと残っている。

 

(再建造できる艦娘よりも転生者の方が貴重(レア)だなんて、俺は聞きたくなんかなかったっ!)

 

 空間転移後に戦闘形態を解除させた叢雲の艦橋から護衛艦【はつゆき】の甲板へ降り立つ直前、崩れ落ちる様にその場に座り込んだ田中は深海棲艦との戦闘中に意識へ直接入力され続けていた妖精からのイメージ(情報提供)が何を目的にしていたかを理解した。

 

 そして、心身ともに疲れ果てていた青年は耐え切れずに涙腺を決壊させ、喉奥からせり上がってくる胃液の焼ける様な酸味に嘔吐(えず)く。

 

 よりにもよって妖怪【猫吊るし(刀堂博士)】は彼を生き残らせる為ならば命を捧げても構わないと考えていた艦娘達の想いを彼の精神へと直接感じさせると言う常軌を逸した方法まで使い。

 八方塞がりに陥りながらも頑なに全員で助かる方法を探していた田中の考えを個人的なワガママとして矮小化させ、その思考を犠牲の許容する方向へと誘導した。

 

 窮地の指揮官が自身の脳に過剰な負荷をかけながらも強く要求し続けた犠牲の無い解決などどうあがいても不可能、ならばせめて犠牲は少なくするべきなのだ、と妖精は人ならざる“声”によって囁く。

 

 甲板に両手を突いてひたすら呻き咽び泣く彼の姿は周囲を困惑させただけでなく共に窮地を脱した満身創痍の艦娘からまで心配される程で、顔中を涙と鼻水でべとべとにしながら救護員に運ばれていく仲間達へと何度も謝罪の言葉を本人達から過剰だと言われるぐらい繰り返した田中は丁度その場に居合わせた磯風の肩を借り護衛艦の艦内へと戻る事になった。

 

「はぁ・・・それにしても、寝てる最中に起こされなかったと言う事はまだ再侵攻は始まってないのか?」

 

 たっぷりと言う程ではないがここ数日の内では一番長い睡眠時間を終え、姿無き妖精(観測者)への憤りをなんとか呑みこむ様に押し殺しながら田中は自分のいる護衛艦が機関を停止させ停泊しており外から喧騒も聞こえてこない様子に呟きを漏らす。

 

「まぁ、どうせハワイに来てから予定なんて狂わされっぱなしだ、気休めにもならないな」

 

 わけも分からずオアフ島の沿岸が見える位置までワープさせられ簡単な応急処置を受けた後に今座っているベッドに倒れて眠った事から自分達が瑠璃色の海域に突入と同時進行で行われる筈だったハワイに取り残された三隻の自衛隊所属の護衛艦だけで外洋へ脱出する作戦が完全に破綻した事を悟り。

 

 田中は誰にでもなく呟いた独り言と一緒に重い溜め息を吐く。

 

 突然に回復したハワイ米軍基地の情報統合システムと指揮所の機能、戦艦ミズーリに隠されていた改造核ミサイルの発射、新たに出現した姫級深海棲艦。

 

 そして、ハワイからみて東の沖で拡大を続けているだろう未知の限定海域とそこに存在している深海棲艦群の首魁、妖精から情報提供を受ける事が出来る転生者である田中でも正体は分からないものの確実にそれが存在している事は察しが付く。

 

 言葉を並べただけでも何でこんなに状況が悪化してるんだと泣き喚きたくなるし、考えるまでも無く14人の艦娘(しかも半数は既に戦闘も困難な怪我人)と自分だけで相手をするには全てにおいて荷が重すぎる事など当事者の彼だからこそ嫌と言う程に分かっている。

 彼の体感時間で数分ほど無機質な壁を睨んでいた視線を足下に落とした田中は自分の額を覆う様に手を当てて今日起きてからの十分も満たない間に繰り返している何度目かの溜め息を吐き出した。

 

「おはよう、提督」

 

 そんな時、ノック一つ無く開いた船室の入り口から聞こえた良く知っている女の子の声に彼は自分の醜態を見られていたのかと動揺して息を詰まらせる。

 

「にゅっ、入室の許可はして、な・・・ぇ?」

 

 今は誰とも顔を合わせたくないと言う個人的な欲求で乱暴なセリフを吐かない程度には精神を回復できたとは言え余裕があるとは言えない焦燥が混じる顔を青年士官は声が聞こえた部屋の入り口に向け。

 

「いや、なんで・・・君は時雨・・・なのか?」

「みんなにも言われたけど提督から見てもそんなに変わった様に見えるのかな?」

 

 三つ編みをセーラー服の白襟の上で揺らす駆逐艦娘がいつの間にか開けられていた部屋の入口で逆光を背に微笑んでいる姿に田中の表情が戸惑いで呆ける顔へと変わった。

 

「正直、僕自身はあんまり実感が湧かないんだよね、他の人から言われるまで気付かなかったんだから」

 

 そう言って田中良介と最も長く一緒にいる駆逐艦娘はまるでそう言われると分かっていたかの様に軽く肩を竦めて見せ、少しだけ茶色が混じった外ハネの前髪を指先に絡める様に弄る。

 目の前にいる少女が特務士官となってから多くの苦楽を共にした艦娘である事ぐらい田中にも分かっているのだが今日顔を見るまで記憶あった彼女の姿と今現在の姿が噛み合わない為に彼の頭の中で若干の混乱が発生する。

 

 内向きに弧を描いていた烏羽色のしっとりとした色合いが所々の毛先が外側にはねる茶髪に近い色の黒髪へ。

 

 どこか幼くも儚い雰囲気を纏っていた顔立ちが確かな自信によって一本の芯が通った様な凛々しさを感じる顔つきに。

 

 そして、全体的な印象が中性的なのは同じだが身長だけでなく身体あちこちが昨日までとは明らかに一回り近く大きくなり。

 

 例えるならば昨日まで中学一年生だった女の子が今日会ったら軽く二年ほど年を取って高校生手前の姿になっていたとでも言うべき普通の人間にはまず起こらない急すぎる成長が時雨の身に起こっていた。

 

「まさか改()、いやいや、えっ、なんで? ・・・なんでそんな事になってるんだ!?」

 

 オマケにその時雨の新しい姿に見覚えがあると言う記憶が彼の混乱を助長し、田中は自分の寝ぼけ眼を疑い何度も目を擦る。

 

「うん、確かさ、改になった艦娘の中には能力だけじゃなくて身体にも変化が現れる場合があるんでしょ?」

 

 そう言って困惑で固まってしまっている指揮官へと近寄りながら前髪を掻き上げた時雨が自分の左目を強調する様に見開けばその青い瞳にうっすらと菱形の花びらが浮かんでいる事に田中は遅まきながらも気付く。

 

「僕がそうだとは思ってなかったけど、ね」

 

 そもそも眠る前に傷の消毒を受けていた時、自分達をあの奈落の底に通じる黒渦潮から救い上げたのは時雨が発現させた異能力であると聞いていたではないか、と田中は思っていたよりも疲労で鈍くなっていたらしい自分自身の頭に呆れて額を押さえる。

 

「時雨・・・だが、今はだな、一人に」

 

 少しはにかんだ様に微笑み、時雨は自分を後ろめたそうな顔で見上げて逃げる様に仰け反る田中を敢えて気にせずに手を伸ばし、細い指先が彼の目元をなぞる様に拭う。

 

「勝手に入ってゴメン、でもまた提督の泣いてる“声”が見えちゃったから・・・見えているから一人にしちゃいけないって思ったんだ」

 

 そして、いまいち要領を得ない事を言いながら時雨は彼の身体を引き寄せ泣いている子供をあやす様に自分の指揮官である田中の背中を撫で。

 

「提督、僕は君を助けたい、それが今の僕にとって一番大切な願いだから・・・」

 

 そう言いながら少女の姿に見合わない包容力を感じさせる微笑みを浮かべ優しく囁いた時雨は田中を抱きしめた。

 

「う、うぐっ・・・」

「どんな大変な事にも頑張っちゃう不器用な提督だから誰より近くで助けたいんだ」

 

 抱きしめた青年が胸の中で泣き声を堪えている様に聞こえる呻きを聞いて苦笑を浮かべた時雨は田中の寝ぐせだらけの頭に頬擦りする。

 

「ワガママ言ってゴメン、でも今は好きなだけ泣いてさ・・・涙を拭いたらまた一緒に頑張れるから・・・」

 

 ちなみにだが田中はと言えば散々に泣き言と鬱屈を拗らせていた一分前と打って変わって自分の頭を包むボリュームのある柔らかさと急成長で寸足らずになった黒地の制服の端から見えてしまっている括れた肌色に狼狽えて目を回しかけていた。

 

 

 -・-・ --- --

 

 

 これだけしか戻ってこなかったと見るか、それとも思ったよりも多く残っていたと考えるべきか。

 

 海底に沈みかけていた黒岩とイバラの塊を適当に繋ぎ合わせた即席筏(浮島)の中心、海中から引き上げた色とりどりの宝石で飾られた黒鉄の玉座を設えた戦艦棲姫は太陽の下でコバルトブルーにきらめく海原へ振り返る。

 

 もう空母棲姫の霊力によって染め上げられていた瑠璃色は一片も残っていない海上に集う深海棲艦の群れを見回す。

 

“あれらを廃棄せよ” “一匹残らず殺せ” “絶対に逃すな”

 

 そうしながらも己の血の中に混ざり込み徐々に消えようとしていると言うのに鋭い鋼の爪で引っ掻く様な思惟(殺意)に対してか。

 はたまた出撃前と比べれば三割ほど頭数を減らされた上に傷だらけにされた残存艦隊に感じる情けなさに対してか。

 

 マナの水晶と資材を開放して平伏す下僕へと一通りの情けをかけて(修理と補給)やった後にウンザリとした表情を浮かべた戦艦棲姫は今は亡き同盟者が座していた宝石煌めく玉座へとおもむろに腰かけ長い脚を組む。

 

“分かっている”

 

 軽く嘆息して瞳を閉じた戦艦棲姫は黒いリボンを結んだ手で大きな斑点模様が並んだ入れ墨の様な傷跡が残る自分の首筋をまるで愛でる様に撫で。

 

“何をおいても我らが泊地の姫(女王)を御守りせよ”

 

 玉座に背を預けた姫級は自分の内側に向かって思惟を返すと言う無意味な行為を行う。

 

“何をおいても我々の泊地の姫(女王)を御守りする”

 

 秒刻みで身体の内側に溶けて消えていく“声”を惜しむ様に思惟を重ね合わせ。

 

 そして、戦艦棲姫は瞠目していた紅い炎が宿る目を開く。

 

“進軍せよ”

 

 同盟を結んだ姫級からの思惟(遺言)と残存艦隊の総指揮権を受け取った戦艦の姫が腕を横凪に振るえば彼女が座する巨大な浮島に錨と鎖で繋がれた従僕達が馬車馬の様に芸術というにはあまりに歪な超重量のオブジェを曳く。

 

“必ず殺そう” “一匹残らず” “あの島を燃やし尽くして”

 

 その下手人が己の主砲によって消し飛ばされる様子を見ていたと言うのに戦艦棲姫は泊地水鬼から受けた勅命を拡大解釈させ、我々は空母棲姫を逆上させた敵の正体をまだ確かめてはいないのだから、と言い訳して同盟者が死に際にもたらした情報を基にして遠征任務の続行を決める。

 

 空母棲姫が残した艦隊指揮権限からでっち上げた偽の報告と一緒に自らの名を連名で泊地水鬼が待つ海域へと送り、短時間ながら用事を済ませるには十分な時間を稼ぐ。

 

 本来ならすぐさまに主の元へと帰参し艦隊指揮権を返上して詳細を報告した後に平伏して女王の沙汰を待つのが道理であると言うのに上位者を欺く許されざる行為と言っても過言では無い。

 

 しかし、戦艦棲姫は自らの女王の為であるからこそ、やらぬわけにはいかなかった。

 

“アレは我らと似て非なる存在であり下位個体どころか欠陥品ですらない”

 

“あの小さくも醜悪な姿こそがアレらの完成形(・・・)なのだ”

 

 そして、頭の中で何度も反芻して空母棲姫の戦闘記録を完全に読み込んだ戦艦棲姫は結論する。

 

“アレは我々を殺す為に産まれてきた異種にして・・・我らが泊地の姫を弑逆しうる脅威”

 

 朽ちていく空母棲姫の姿に感じた怒りのまま振り下ろした砲撃によって足元でピーピーと鳴いていた個体は消し飛ばした。

 だがアレ以外にも数体だが同種の敵の姿が小虫共の巣食う極彩色の島の近くで確認されている。

 

 それは決して許されるべき事ではない。

 

 アレは確実にこの世から消してしまわねばならない存在であり、さらに取るに足らない筈だった小虫の中からアレが現れるならば連中の巣である島も焼き尽くし亡ぼさねばならない。

 

 例えそれによって反逆者としての咎と汚名を泊地の姫から賜る事になろうともである。

 

“貴き女王の御身は戦艦たるワタシが護らねばならぬ”

 

 故にこれは私欲に走った敵討ちなどであってはならない、と黒髪を海風になびかせる姫級深海棲艦は心の内だけで呟く。

 

 何故ならそれを認めてしまったなら気難しく生意気な義姉妹が自分との勝負事や揶揄い、そして、閨で睦み合いで見せた様々な表情と姿が目蓋の裏から消せなくなってしまうから。

 

 だからこそ戦艦の姫として生まれた深海棲艦は戦いに不要である無駄な感情を胸の奥深くへと仕舞い込む。

 

 

 ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 一面を真っ白に染める雲海のうねり、そこは星の光と太陽の陽ざしが同時に存在する昼も夜も無い空と宇宙の境目。

 

『機関出力安定、対流圏を突破します』

 

 ドッと白い海が弾けるように割れ暗緑色の舳先が雲を押し退け、全幅38mの翼が四基のプロペラエンジンから光り輝く粒子の渦を唸らせる。

 

『障壁損耗無し、艦外からの気圧温度による影響も軽微です』

 

 ~♪~♪、どこか陽気な調子の鼻歌と英語の歌詞が奏でる軽快な行進曲が大型エンジンが巻き起こす風に乗って遠く遠く広がっていく。

 

『提督、巡航状態にも異常ありません』

 

 眼下を覆い尽くす白雲と並行に合わせて胴体を安定させた機械の大鳥は白黒リボンと銀色の尾をたなびかせる己の騎手と共に一路、東の空を目指して飛ぶ。

 

『ちょっと、返事ぐらいしなさいったら! 寝てるんじゃないでしょうね!?』

 

 遥か遠くで曲線を描く大気層の向こう側から地上よりも幾分か早い日の出の光が銀髪と小さば菊花紋を輝かせた。

 

『俺が寝てたら全員真っ逆さまだろよ、ふぁぁ、吹雪、コーヒー頼む』

『はい、司令官♪』

『にしても主任が言ってた通りマジで成層圏まで飛べるってやべえな』

 

 跨っている全長28mの機体と比べれば細身で淡い緑色と白の布地がはためき。

 

『てかコイツ、プロペラ機じゃねぇのかよ、意味わかんねぇ・・・』

『提督は田中二佐を心配されてないんですか?』

 

 僅かに自分達がいる超高度に怯んでいた白灰色の瞳が遠くまだ見えない戦地にいる優し気な青年の顔を思い浮かべて強い熱意を帯びる。

 

『ん? 心配ならしてるぞ、返してもらってない貸しが踏み倒されるかもしれないと思うと今にも胸が張り裂けそうだ』

『あら、この前、提督に返してもらってない貸しがたくさんあるって田中二佐の方が言ってたわよ?』

 

 白雲に十字型の影を落とす大型飛行艇の広い翼から突き出たバイクのハンドルにも似た操縦桿を握る白手袋がキラキラと光粒を溢れさせ無二の相棒である乗機へと燃料を供給する。

 

『はっ、言わせとけ、多分8:2ぐらいで良介より俺の方の貸しが多いっ』

 

 




 
嘘だ。

絶対1:9ぐらいで借りパク決め込むつもりだぞ。

こういうヤツは死ぬまで友達に迷惑かけまくるって相場で決まってるんだ。
 
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