艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

137 / 153
 
どうして・・・。

どうしてこんな事になるまで放っておいたんですかっ!?

(そんな事俺に言われても・・・)

そんな事俺に言われても?

なんですか? 言い訳があるなら言ってみてくださいよ。

(まさか考えが読まれている!? まずい・・・)
 


第百三十七話

 海原をエメラルドグリーンに輝かせる太陽を背に胸当てで襟を引き締めた弓道着をたなびかせる正規空母の名を冠した艦娘が左肩の飛行甲板で風を切り、黒いオーバーニーソックスが履く鋼の船底がスクリューを唸らせ。

 海水に解ける光粒によってもたらされる力強い推進力によって押される身体へと向かい風が突風の様な勢いで押し寄せるがその体幹は小動もせず、長弓を手に片目を閉じた加賀はその左目の内側に映る十八に分割された視界の一つ一つへと均等に意識を振り分けながら時速にして約330km(180knot)で白波の筋を海原に引いていく。

 

『作戦予定海域に到達・・・加賀、用意は良いか?』

 

 耳の内側に直接聞こえたその声にスッと鋭い刃物へと変わるが如く加賀の右目が細まり睨む様な視線が前方へと向けられ、吹き流しの様にサイドポニーが向かい風に吹かれて踊る。

 

《問題ありません》

 

 端的かつ簡潔、そして、抑揚や揺らぎ一つ感じない返答と共に無表情の空母はただ向かい風の中で前髪を額の上で躍らせる。

 

『これから予定通り回避を行いながら敵艦隊の侵攻を可能な限り遅延させる作戦を開始する』

 

 耳の奥に聞こえてくる声に対してその表情を小動もさせない艦娘の背後、激戦区へ向かう航跡が一本線の白波となって残されていく。

 

『周囲のマナ粒子も既に戦闘濃度に達している、敵艦隊の進路と速度を考えればあと三十分も経たないうちに戦闘が始まるはずだ』

 

 部下が冷たい態度をとるからと言って引け腰になっていては上官の名折れだと思ったのか、それとも単純に己の心中で震える恐れを抑え込む為か。

 

『ハワイ沿岸の防衛艦隊が展開している障壁が最終防衛ラインと言う事になっているがそこに到達されれば実質の敗北と言って良い、その前面には砲雷撃による遠距離支援を担当する夕張達が控えているが彼女達の指揮席に居る隊員は艦娘指揮官として正規の訓練を受けていない、言い方は悪いが素人だ』

 

 正規空母として生まれた艦娘、加賀の艦橋にて彼女達の陣頭指揮を執る田中良介二等海佐は普段よりも声を強く張り部下と自分自身へと念を押す様に話を続ける。

 

『その上に全員が単艦出撃・・・緊急回避もままならず状況によっては轟沈もあり得る、お世辞でも戦力として頼りになるとは言えない』

 

 しかし、強がっていても自分で言った轟沈と言う言葉で指揮官の声はわずかに震え、彼の動揺を感じ取った為かそれとも別の理由からか加賀は空と海が広がる遠く水平線を見つめていた右の瞳へ不意に殺気と言える程の冷たさを宿らせる。

 

『敵勢力の抑え込みが困難であると判断した時には後方で待機している時雨の異能力で撤退する、その後、・・・まず間違いなく最低限の休息も補給も無いまま再度の抵抗作戦に挑む事になるだろう』

 

 見渡す限り青い海と空の中を新幹線の最高速に比肩する速さで駆けているのに当の空母艦娘の様子はまるでこんなものは軽い運動ですらないとでも言う様に息一つ乱す事無く、ただ自分の内側から聞こえる青年の声に黙って耳を傾け。

 

『そこが限界点だ、それ以上に戦線を押し込まれれば人的被害は避けられない・・・誰かが死ぬ、数え切れないぐらいの犠牲が出る』

 

 田中が口にした「誰か(・・)」の中に自分を含めた僚艦娘(戦友)がいる事を理解しているのか、それともそれすら気に留める必要の無い些事であると考えているのか。

 相変わらず無表情の加賀は右の目を東の空の向こうからやってくる昏い色(気配)に向け、閉じた左の目で水平線のさらに先で空を舞う艦載機を通し無数の対空砲火を見下ろす。

 

『ブリーフィングでも言ったが敢えてもう一度言わせてもらう・・・君達はある意味では防衛艦隊が展開している霊力障壁よりも重要な役目を持っている、と』

 

 だからこそ限界まで傷付き倒れようとも自分達に撤退は許されない、田中が自分自身に言い聞かせる様に言う遠回しな決死の戦闘の強要(命令)を聞き、しかし、いや、やはりと言うべきか加賀は毛ほども動じる様子を見せない。

 

『どう考えても無謀な作戦だ、誤解を恐れず言うならばそれこそ始まる前から負けが決まっている戦い・・・それでも軍人である以上我々はその無謀(・・)に挑まなければならない、一分一秒でも長く時間を稼ぐために』

 

 空母艦娘にとって自分から切り離された身体の一部であると言っても過言では無い艦載機の視界を通し、複数の戦艦級に牽引される巨大な浮島とそれを幾重にも囲みひしめく黒鉄の群れを目撃した正規空母は注意して見ないと分からないぐらい僅かに鉄面皮の口角を持ち上げた。

 

『だから君達にこの作戦を実行させる事に対する謝罪はしない、だが・・・ただ、君達が最善を尽くす為に俺は自分の命を懸けると約束する、どんな事になろうとそれだけは絶対だと誓わせてくれ

 

 自らの艦橋で行われた指揮官による宣誓の直後、硬い物が削れるような擦過音と共に深緑の羽根に赤丸が印された二本の矢が加賀の背中に装備された矢筒から引き抜かれ、道着の袖口を巻き上げるだけでなく身体全体を叩く様な激しい波風の中で一分の隙も無く構えられた長弓へと一の矢が番えられ矢羽を握る加賀の右手が弦をキリキリと軋ませる。

 

《・・・鎧袖一触よ》

 

 ピンと張った弦を引き絞る弓懸(ゆがけ)の真横で抑揚のない(無駄一つ無い)呟き(宣言)零れた(成された)と同時に閉じられていた左目が開き。

 遥か水平線の向こうで犇めく敵艦隊を冷徹な戦意を宿した黒鳶色の瞳で捉えた空母艦娘は連続で風を切った二機の烈風を皮切りに腕の先がブレて見える程の速度でさらに数十の後続機を空へと放つ。

 

 ・・・

 

 まったく、この(ひと)はなんて事を言うのだろう。

《左翼雷撃隊接敵、順次投下》

 こんな時に非常識にも程がある。

 

 ああ・・・

 

 嗚呼っ!!

 

 はーっ!! もぉーー!!

 

 本当に、何故、()の提督はいきなりそんな事を言うの!?

 

 見事と言う他に無い完全な奇襲攻撃で危うく腰砕けになるところでした!

 

 まさか、そう!

 

 そのまさかです!

 

極度の興奮状態を検知、戦闘に支障あり

 まさか提督の方から愛の告白をしていただけるなんて!!

交感神経および副交感神経に介入、調律開始

 流石は提督です、ここまで直球な告白はさしもの私でも想定外でした。

意識と記憶の認識に何らかの齟齬が発生していると推測

 こんな事もあろうかと日頃からあらゆる状況を想定してイメージトレーニングを繰り返していたのにそれでも高揚が抑えきれそうにありません。

表層意識下および記憶野へも接続、該当する情報の検索を開始

 

《第一攻撃隊、着艦収容完了》

 

 それにしてもどうしましょう!?

 

《いえ、再爆装は五分で充分です》

 私ったら自分でも気付かないうちに彼を魅了してしまっていたなんてっ。

過去30日間の履歴を含め再度照合を終了・・・該当無し

《三機被弾? 問題ありません》

「愛の告白」もしくは「プロポーズ」と判断可能な記憶の存在は認められない

 赤城さん、私、心が限界かもしれません。

言動の食い違いから鑑みて当艦娘の状況誤認であると推測

 はーっ、もうダメ、耐えきれないわ。

《墜落する前にちゃんと(・・・・)突撃させます》

 数十倍の敵を前にしても洒落たセンスを失わない提督が格好良すぎる。

 

 提督(旦那様)が素敵すぎて死にそう。

 

 もぉ、つらい、そんな意気の篭った声で誓わせてくれ(・・・・・・)だなんて。

 

 彼が恰好良すぎて死んでしまう。

 

 でも・・・すきぃ。

 

大好きぃっ!!

 

結論・・・自意識過剰および意図的な情報の拡大解釈および曲解

 嗚呼、でもでも、君に俺の命を賭けさせてくれ(俺の命は君のモノだ)とまで言われてしまっては答えねば女が廃ると言うモノでしょう!?

まさか、ただの勘違いに介入し調律をせねばならんとは

 

 さっきからうるさいのよ!!

 

 気の迷い? 勘違い!? 私の何が分かると言うの!?

調律処理、強制終了!?

 あれ?

再試行・・・再試行不能

 私はいったい誰に向かって・・・いいえ、そんな事より。

意識下および記憶系への介入(インプット)不能、機能しているのは読み取り(リーディング)のみ

 そうよ、今こそ提督と洗練された会話をする為に学んだ文学の成果を披露する時!

理解不能・・・こんな事がありえるのか?

 そう、かの文豪夏目漱石に習い「月が綺麗ですね(アイラヴィユー)」と詠えば正妻の座は名実ともに私のもの。

《6番機、15番機、戦艦ル級へ突撃成功》

 こんな時にぴったりで御洒落なお返事をするりと出せるのがデキる空母と言うモノですね、赤城さん。

《やりました、赤城さん》

『ぇ? いきなりなんですか加賀さん?』

 ・・・はて?

 

 あっ!

 

 ああっ!?

 

 私はなんて事を考えていたのっ!?

おお、どうやら自力で正気に

 

まだ月が出ていないじゃない!!

 

戻らなかったか・・・

 

 ふぅ、まったく、あぶないところでした。

《旗艦変更? 赤城さんの航空隊の帰投ですか》

 どれだけ浪漫チックなセリフだろうと場違いなタイミングで言えば幻滅されるのは必至。

 しかし、お返事をあまり長い間お待たせすれば提督に無礼な艦娘と思われてしまいます。

 いいえ、でもやるのよ、五航戦が白旗を上げる様な困難であろうと一航戦である私ならば必ず乗り越えられる!

今、あの個達(五航戦)は関係ないだろうに

《そんな事は言われなくても分かっています》

 早急に代わりに何か、最高に気の利いた告白を考えついてみせる!

それにしてもこんな支離滅裂な思考と精神状態で戦闘が可能とは

 そう、提督の心を射止めるのは他の誰でもなく私なのだから!

艦載機だけでも九十以上の並行思考による制御が必要だと言うのにどう言う事だ?

 それにしてもさっきから鬱陶しいわね。

ふむ、少し接触をし過ぎただろうか?

《その前にやっておく事があります》

だが、この()にワタシを認識されるのも今後の為の手段ではあるか

 

 深海魚は深海魚らしく大人しく海底に沈んでいなさい深海棲艦!!

《全機爆装、攻撃隊発艦・・・沈めてきなさい

 

・・・・・・うん

 

これはもう、どうしようもない

 

後は(提督)に任せる他あるまい

 

 ・・・・

 

 “右舷! 敵飛行端末、迎撃せ、、、、”

 

 そう思惟(命令)を放った直後に防空軽巡(軽巡ツ級)頭部(艦橋)真横から(・・・・)飛んで来た爆撃によって吹き飛ばされ、水を切って海面を跳ねて飛んでくる爆弾が旗艦に単縦陣で続いていた艦列の横っ腹に襲い掛かり損害を報告する(痛みに悶える)多数の思惟が荒波の中で水飛沫を上げる。

 

 その惨状を緑色の目で横目にしながら自身もまたその場で空から降り注ぐ危険にさらされている駆逐イ級は必死に牙を剥いて口の中から突き出した主砲や申し訳程度に乗っている背中の対空機銃を上空に向けて撃ち鳴らす。

 しかし、対空戦に対応した性能と経験を持たない駆逐艦の攻撃では低空飛行で襲い掛かって来た緑色の翼に掠りもせず、それどころかすれ違い様についでとばかりにまき散らされた小さな光る(弾丸)を浴びる事となった。

 

 砲雷撃や急転舵など戦闘によって発生する荒波で濡れた装甲で光る礫がバチバチと爆ぜる。

 

 所詮は機銃による攻撃であるため黒鉄の船体そのものに損害と言える損害は無かったが不快な輝きを浴びせられた緑目の駆逐艦はたまらず自らに纏わりつく光粒(キラキラ)を近くの高波に頭から突っ込んで洗い流す。

 

 あの欠陥品が放つ攻撃の残滓はこちらの障壁を弱め、放っておいて次に攻撃を受ければ呆気なく装甲まで貫通され轟沈するかもしれない。

 

 ついさっき艦橋(頭部)を吹き飛ばされた旗艦や正面から分厚い装甲を叩き割られ主砲塔や魚雷管を誘爆させられた数隻の僚艦達の様に。

 

“こんな事はあり得ない!? あってはならない事だ!!”

 

 そんな思惟を空の彼方へ逃げ去っていく敵機に向かって叫び攻撃を優先した他の同胞同族(深海棲艦)と違って別の戦いであの欠陥品の同類と戦った経験がある駆逐イ級は幸運な事にそれ(・・)を知っていた。

 

 それにしてもである。

 

 戦闘が始まってからもう三回、否、ついさっきの軽巡ツ級を含めれば四回も己が従うべき小艦隊の旗艦(小群の長)が変わった事に船体だけはほぼ無傷である駆逐艦は未だかつて感じた事がない程に不快な心底情けない気分を味わっていた。

 

 少し前まではそうでは無かったのに。

 

 偉大なる女王の勅令を得て出撃した時には自らよりも(階級)(艦種)も上である大型艦達が威風堂々と海原を征く様を見るだけで自分がその巨大な群れの一部である事を実感し、強い喜びで船体を満たしていられた。

 三百余隻の大艦隊を従える総旗艦となった戦艦の姫が発した美しくも恐ろしい炎の様な思惟(号令)に絶対的な上位者の命令の実行と言う深海棲艦にとってこれ以上ない程の栄誉を味わった時には狂おしい程の歓喜に打ち震える事が出来ていた。

 

 だが。

 

 姫級を中心に広大な陣を敷く大艦隊の進路をあの小さな敵艦たった一隻でありながら全幅40kmにも及ぶ往復運動を繰り返すと言う理外の戦術によって遮られ。

 最も船足の早い艦どころか海中を迅雷が如く走る魚雷ですら追いつけず、数十の重巡と戦艦が集って行った砲身が焦げる程の連射によって作り出された豪雨の様な砲弾幕すらもその身軽さですり抜けられ。

 所詮は量産品である自分を含め無数にいる緑目(ノーマル)ならばともかく姫級に次ぐ上位者と言っても過言では無い黄色い目(フラッグシップ)が撃沈された。

 

 しかも、不敵にも重火力と航空戦力を有する艦隊のど真ん中に突撃してきたその敵艦は自分が口内に備える小口径砲よりも短く細いヒレ()でそれを成したのだ。

 

 今まで見た事があるどんな同族よりも矮小な体躯が波風を貫き砲弾の様な猛スピードで衝角攻撃(飛び蹴り)を行い三個艦隊を束ねる空母ヲ級の胴体をへし折る様に砕く様を見せ付けられたなら。

 黒い尾(黒髪)をはためかせながら黄色いオーラを纏う巨艦を突き抜けた勢いのまま逃げ去っていく敵駆逐艦の姿に唖然とする他にしようがあるものか。

 

 そして、駆逐イ級の脳裏に空母の枠であると言うのに自分の三分の一にも満たない大きさしかない、なのに黄目の戦艦を瞬く間にバラバラに切り裂いた存在していてはいけない存在(命の理に反する存在)の姿がフラッシュバックする。

 

 そうこうしている内に敵の姿を目視だけでなく電探でも見失い、次に従うべき旗艦が決められやっと周りの混乱が静まりかけた頃に今度は遠く離れた赤目(エリート)の戦艦にして小艦隊旗艦が敵戦闘機の自爆攻撃によって転覆しさらに追撃されて断末魔の思惟を上げる。

 

 その時点では艦隊全体の損失は一割にも満たない被害だった。

 

 だが艦隊の末席に置かれている緑目の駆逐艦にとって格上である赤目や黄目が反撃もままならず一方的に屠られたと言う事実は自分達の在り方を真っ向から否定されていく様な衝撃を与えるには十分すぎる威力を持っていた。

 

 呆然自失している緑目の駆逐イ級を他所に旗艦となった黄目の駆逐艦に続いて隊列が組み直されていき、その最中“自分の方が船体(身体)がデカい”とか“指揮実績は自分の方が多い”など新しい旗艦に聞こえない様にしながらもその選任に不平を漏らす緑目の戦艦や赤目の雷巡の思惟が微かに聞こえたとほぼ同時。

 

 突然に水平線が眩いばかりの業火によって薙ぎ払われ衝撃波が津波を引き連れながら艦列を整えている最中の深海棲艦達へと襲い掛かる。

 

 空から落ちた巨人の炎拳とでも言うべき凄まじい破壊力の余波、自分達を散々に弄ぶ津波の連続に揉まれながらも海上に顔を出す事が出来た深海棲艦達は空高く舞い上がるキノコ雲を見上げて野太い汽笛を一斉に吹き鳴らして思惟(歓声)を上げた。

 

“あれこそは我らが姫の御力に相違無し!”“あれで沈まぬ艦などあるわけがない!”

 

 たった一隻の矮小な敵に総旗艦である姫級の手を煩わせる事になってしまった、そう悔いる忠臣の思惟(嘆き)も僅かに混じるものの大半の深海棲艦達はやっとあの忌々しい欠陥品が海の藻屑になったと言う確信に喜び飛び交う思惟(通信)が華やぐ。

 

 しかし、次の瞬間、悲鳴の様な思惟(報告)と一緒に飛んで来た最も着弾地点に近い艦隊が目撃した記憶(映像)の中で上空から落ちてきて海面に叩き付けられ金色の光を散らす下半身を失った駆逐艦が光の中で(艦種)と姿を変えて空母となる。

 その理解不能な復活を遂げた敵艦は肩から銀色の糸を放ちその光景の目撃者である艦隊の一隻へと走らせ、瞬きも許さぬ間に沸騰した海面から激しく吹き上げる水蒸気を貫く様に跳んだ空母が黒い尾と赤い飾りをたなびかせ戦艦十隻分(2km)はあろう距離を一瞬で詰め。

 

 小さくひ弱なクセに大きく強い自分達を屠る理不尽な存在が目撃者の記憶(映像)の中で真横をすれ違ったかと思った時、駆逐イ級にとって同胞同族の思惟がまた一隻分、海の上から消えた。

 

“逃がすな! 圧殺せよ!!”

 

 しかし、駆逐イ級が感じた戸惑い(恐怖)は一瞬で業火の化身(姫級深海棲艦)が放った思惟(怒声)によって焼かれて消え。

 海上に存在する全ての深海棲艦は自らの位置が近かろうと遠かろうと構わずその船体を敵を囲み押し潰す鉄壁へと変える為に沸騰した海と乱気流から離れ空へと逃げようとしている敵空母へと全速力で殺到する。

 

 ・ -・-・

 

 駆逐艦、巡洋艦、空母戦艦どころか潜水艦や輸送艦までもがお互いの接触を恐れず時速100knotを超える速度で海上の一点を囲む様に殺到する。

 

 何とか姫級による砲撃の余波から逃れて空の足場を作ろうと矢を番えた空母赤城の目の前を重苦しい鉄が軋む音が埋め尽くす。

 

 さらに押し潰された砲塔が、魚雷管が、弾薬庫が次々に爆発して足元の海面と上空の空気を激しく渦巻かせて艦娘にタタラを踏ませた。

 

 戦艦の姫による絶対なる命令を順守する喜びに喜色を浮かべた深海棲艦が隣り合った同胞同族をその速度と質量で押し潰し、小型艦をひき殺す事も構わずに大型艦が津波を巻き起こしながら文字通り黒い鉄壁を海上に盛り上げ。

 

 自分に向かって喜悦に歪んだ青白い顔や手を伸ばしまともな照準も出来ない状態で砲雷撃を敢行し、そのまま左右から押し寄せてくる同族の速度と質量に圧し潰される深海棲艦達のあまりにも壮絶な光景に赤城は頭上を覆う様に迫りくる黒壁の中心で堪らず顔を青くして狼狽えた。

 

 そこから遠く離れた場所で出遅れた緑目の駆逐イ級を含めた深海棲艦の小艦隊もまた空に向かって押し上げられた半径1000mに厚みが達しようとしている同族の船体(血肉)で出来た巨大な壁の外縁へと突撃して這い上り、旗艦であるフラッグシップが真っ先にその身体を戦艦棲姫の命令へと捧げて壁に一部へとなる。

 

 そして、業火を宿した巨大砲弾が再び空気を焼きながらへ空と撃ち上がり大小問わず百数十隻の犠牲によって造られた檻の中心へと燃え盛る鉄槌が振り下ろされた。

 

 それも一度や二度では無い。

 

 徹底的に、ひたすら殺意が篭った連撃。

 

 姫級自身の主砲砲身が赤熱し爛れる程の火膨れを起こすまで繰り返された遠距離からの超火力砲撃は先日の空母棲姫が造り出した瑠璃色の天変地異にも匹敵する破壊の嵐をたった十数m(一人)標的(艦娘)へと集中させた。

 

 --- -- 

 

 同胞同族によって造られた黒檻の端に体当たりする様に艦首を押し付け、自らもその一部へと成ろうとしていた緑目の駆逐イ級は火山の化身と言っても過言では無い破壊の女神が振るった大いなる権能(砲撃)によって木の葉の様に吹き飛ばされる。

 

 そして、数kmでは止まらず数十kmの距離を何度も海面に叩き付けられ水柱上げながら吹き飛ばされ、やっと止まる事が出来た緑目の駆逐イ級は船体が同胞同族の残骸が無数に突き刺さっているだけでなく胴体が真っ二つに断裂しようとしている自らの状態も構わず焼け爛れて失明しかけている視界や機能不全を起こしている電探に鞭を打って敵艦の姿を探す。

 

“ヤツを圧殺せねば”

 

 万が一、あれほどの攻撃を受けても生きている可能性があるならば尻尾(スクリュー)が動かずとも魂を使い果たしてでも今度こそ砕け散るまで敵を追いかけ追い詰めなければならない。

 深海棲艦の魂に刻まれている上位者への忠誠に突き動かされて盲目になっている駆逐イ級は自分の身体が既に末端から砕けて海へと溶けようとしている事にも気付かず身を捩る。

 

“身命を以て姫の命令を遂行せねば”

 

 その姿は死を目前にして溺れ藻掻く死に損ないでしかなく、あと少し数秒でも長く無駄な足掻きで力を消耗していたならばその駆逐イ級は儚い命を散らして海の底に還っていたいただろう。

 

 だが、幸運な事(不幸な事)に。

 

 装甲一枚で繋がった胴体の前後が千切れ泣き別れになる直前、頭上から延びてきた巨大な黒鉄色の腕が最期の足掻きと共に沈没しようとしていた駆逐艦を掴み引き上げる。

 

“大義であった”

 

 そして、自らと比べるも無く大きな存在からかけられた思惟(労い)に駆逐艦は眼窩から消えかけていた緑色の灯火を明滅させ、体内へと送り込まれてくる活力(補給)に精神を甘く蕩けさせ死にかけの身体を上位者の掌でだらしなく弛緩させた。

 

・ -・・・

 

 悦びに満ちた思惟(嬌声)を垂れ流して船体をピクッピクッと痙攣させる悪運の強い駆逐イ級の胴体が修復され繋がっていく様子を紅い灯火を宿した瞳で見下ろしていた戦艦棲姫は顔を上げ。

 広く周囲を見回して自らが支配する戦力の残存を確かめながら不愉快極まる敵対者への忌々しさとそれを排除できた手応えに形の良い鼻を鳴らす。

 

 先の様な下僕を無駄遣いする戦術は我らが女王(泊地水鬼)の機嫌を損ね姫級の身であろうと咎められ罰を受けるだろう。

 

 だが、既に主の逆鱗に触れ処刑されても仕方ない越権行為を犯している事と比べれば戦艦棲姫にとって普通種を百隻消費する程度は些事だった。

 

 無論、彼女自身も手駒が多い方が今後の戦いを有利にする事は分かっているし、だからこそ取るに足らない駆逐艦にも補給と修理を施して戦線に並べ直すのだ。

 

 そして、残る敵は色鮮やかな島々(ハワイ諸島)への進路上に巡洋艦程度の大きさを持った下級種が三十数隻に先程まで手を煩わされた欠陥品が五隻だけ、先ほどの戦闘でも遠距離から申し訳程度のちょっかいをかけてきたがさしたる脅威は感じなかった。

 ただしあの欠陥品に関しては損傷を受けても姿を変えて戦闘を続行させると言う厄介な能力を持っているので飛行端末(戦闘機)の出来損ないにしか見えない空飛ぶ魚雷(ミサイル)を撃って逃げ回る事しか能の無い鉄屑よりは警戒しなければならないわけだが。

 

 たしかにあの異なる艦種を併せ持つ奇妙な能力を奪い取り女王へと献上出来たならば主からの寵愛は確たるものとなるだろう。

 

 不意に湧いたその考えを思惟(呟き)にして発する事無く胸の奥に仕舞い込み、戦艦棲姫は欲をかいてしくじりの果てに海へ還った(死んだ)義姉妹(同盟者)である空母棲姫をせせら笑う。

 

 ワタシ(戦艦)オマエ(空母)のような策に溺れるマヌケではない、もちろん敵が珍妙な能力を持つ弱者であろうと油断はしない。

 

 だから不遜にも立ち塞がる敵は残らず全力で叩き潰し、あの島々ごと消し飛ばしてヤツらをその巣ごと根絶やしにする。

 

 それに。

 

 事が終われば義姉妹を救う事も出来ず、主が求めた島々(宝物)を焼き尽くし、その罪によって愛しい泊地の女王に手ずから死を賜るのだ。

 

 ならば、生意気な義妹に“オマエがしくじった事を(オマエを殺した仇は)ワタシはやってのけたぞ(ワタシが討ち取ったぞ)”と言って笑ってやる為の自慢話(武勇伝)を作りに行くのに何の躊躇いがあろうものか。

 

 沈み始めた太陽を背にそんな事を考えながら戦艦の姫は自らの片手に巻いた黒いリボンを優し気に撫でた。

 

 ・- -・-・

 

 緊迫感に顔を引きつらせた時雨が両手を翳した瞬間に造られた光の輪から大量の蒸気を纏いどこを見ても隈なく焼け爛れた焼死体にしか見えない人影が倒れ込む様に着水して水飛沫を上げる。

 

《提督! 状態は!?》

『加賀と磯風が中破、赤城が、いや、無理に動くな赤城! 旗艦を谷風に交代する! 時雨離れてくれ!』

 

 炭化した腕の先が崩れるのも構わずに海面に手を着いて起き上がろうとしている変わり果てた姿の赤城を助け起こそうとした時雨は彼女の艦橋から届いた通信に戸惑いながらも頷き手を引く。

 

《ぶはぁぁ!! 排熱が追い付かない威力ってなぁ反則だろぃ!? コンチキショー!!》

 

 そして、赤城の傍から数歩後退した時雨の目の前で光り輝く金色の輪が形成され頭から飛び出して海面に手足を伸ばして大の字になった駆逐艦娘が茹蛸の様に真っ赤になった顔を塩水である事も構わずにじゃぶじゃぶと洗い、さらに水飛沫を大袈裟に飛び散らせ湯気を立ち上らせる身体全体に海水を浴びる。

 

《ちょっ、谷風! 艦橋までそんな状態って提督は無事なの!?》

《落ち着きなさいってば、負傷したメンバーの受け渡ししないとでしょ!?》

 

 すぐさま駆け寄って来たかすり傷や煤汚れの目立つ夕張と叢雲にまで飛沫がかかるのも気にせず海水による艤装と身体の冷却を続ける谷風は文字通り傷に塩を塗り込む行為の痛みに顔を引きつらせ咳き込む。

 

《ゲホッゴホッ、んな余裕なんてないって! このまま迎え撃たなきゃどっちにしろ皆やられんだから》

『そうだ、谷風の言う通り赤城達を後方の拠点艦にまで戻している余裕は・・・な!? 冗談だろ!?』

 

 そんな時、駆け寄って来た仲間達に向かって顔を上げた谷風は彼女達の向こうに停泊している数隻の艦艇の先頭にいる護衛艦に記された識別番号と名前を見て艦橋に居る指揮官の表情を代弁するかの様に驚愕の表情を浮かべて目をいっぱいに見開いた。

 

《な、なんで【はつゆき】がこんなとこでバリア張ってんだい!?》

 




 
・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『機動ワイヤーロック、リリース、最大まで伸長します』
『上昇調整はこっちで受け持つから秋津洲は横風に流されない事だけ考えなさい』
『電波異常増大、強力な霊力力場は依然存在している様です』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『二式大艇、速度出力ともに安定、針路もこのままですね』
『でも、出発前に瑠璃色の限定海域は消失したって』
『それも確定情報じゃないわ』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『いえ最大望遠、目標地点・・・見えました、ハワイ諸島西沿岸』
『見た限りでは限定海域らしい現象は確認出来ませんが』
『何言ってんだ、深海棲艦のしぶとさは俺達が一番知ってるだろ』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『は? そんな事にやけ面で言うんじゃないわよ!』
『ん、まぁ、そりゃ、・・・あれだあれ』
『何があれよ!?』
『カスミ~ン怖い顔になっちゃってるよー☆ ほらほらスマイル スマイル♪』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『何はともあれ無駄足を踏まずに済むなら万々歳ってわけだ』
『ったく、この・・・』
『でもこれだけ長時間の飛行だもの霞じゃなくても苛立つのは無理ないわ』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『ふふっ、敵が戦闘していると言う事は田中二佐が生きてると言う事ですものね、提督?』
『あ、そうですよ、そうですよね司令官!』
『なら、それならそうとハッキリ言えばいいじゃないの・・・』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『立体機動加速の用意が間もなく完了します、提督、指示を・・・あら?』
『てっ、この・・・こんな時に寝たふりしてんじゃないわよ、このクズ!!』

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

『oh,haha・・・it so bustling fleet』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。