艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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朝と夜が同時に存在する空と宇宙の境目。

歯車を唸らせて薄い空気の中でウィンチが火花を散らす。

そして、重力とワイヤーに引っ張られ銀色の尻尾が流れ星へと姿を変えた。

 
今月はマジで投稿無理だと思ったのはナイショの話
そして、過去最多のボツ回数を更新してしまったよ



第百三十八話

 

 曲がりなりにも世界で一二を争う大国であるアメリカ合衆国の秘匿された軍事施設、そこに所属する人間の大半は兵隊(戦闘員)と言うよりは学者(研究者)としての色が強い。

 だが、その施設で行われる計画の重要度ゆえに百万人のアメリカ軍人の中から選び抜かれた千人足らずの人員には優れた実績と信用できる人格は言うに及ばず最低でも一流(・・)文武両道(マルチタスク)である事が求められた。

 

 だからこそ、その場に居並ぶ者達は年齢や性格などの差はあれど全員が選りすぐりの知識と実力を持ったエリートなのは間違いない。

 しかし、そのエリート達が下手な映画館のスクリーンよりも巨大なモニターが見下ろす施設内で最も重要な部屋(中央指令室)で真夜中の雷雨に怯える子供の様な青い顔で身を竦ませて怯える。

 

 何に怯えているのかと問われれば、今にも挑みかかりそうな表情でメインモニターを睨み付ける美女の姿に。

 

 あどけなさの残る顔立ちにその場に居る全員の中で最も低い身長のせいで見た目だけならば場違いな場所に迷い込んだハイスクールガールにしか見えない。

 だが、その可憐な見た目にそぐわない巨大な鋼鉄の様な重みをもった存在感が周囲の人間の目に金色髪の乙女に重なる巨大な戦艦の影を幻視させる。

 

 ―――で、返答は?

 

 その容姿を裏切るいっそ厳かに(・・・)と言ってしまいたくなる見えない圧力を伴った一言で首を絞められたかの様なか細い呻きが誰かの喉から漏れ。

 静かにそれでいて高温で燃える青い炎の様な憤りを宿した乙女の見上げる先で壁を覆う大型モニター、その中心に映し出された初老の男性は脂汗を滲ませながら救いを求める様に自らの補佐官達へと視線を逃がそうとする。

 

 ―――いまさら責任転嫁や日和見は許さないわ。

 

 その得難い椅子(栄誉)に座する者としての、栄えある合衆国(国民)の代表者としての責任(・・)を果たせと言う言葉短くも凛とした美声がその場に居る全ての軍人の背筋を半強制的に律する。

 

 ―――他の誰でもない貴方(・・)が判断し、己に課せられた職責を全うなさい。

 

 そして、自国の元首を前にしても臆することなく自分達の代表者として立っているその堂々とした姿に彼女を後から見守る戦乙女達が感心と敬意をもって笑みを浮かべる。

 

 ―――まったく何を言ってるの?

 

 若干どもりながら言い訳とも弁解ともつかない内容のモニターからの声を一蹴して合衆国の守護者として生まれた彼女は金色の前髪をしなやかな指先で跳ね上げて見栄を切り。

 

 ―――もう間に合う、間に合わないの話じゃないのよ?

 

 そんな些細な仕草にすら狼狽えるモニターの向こうの人物の情けない姿にその場に居る艦娘達が「その様で良く合衆国で最も重要な椅子に座っていられるものだ」と呆れの籠もった失笑を漏らす。

 

 ―――ついさっき言ったばかりよ。

 

 相手からの答えを待つ数呼吸分だけ、ネットニュースを映しているモニターの一つへと流し目を向けた戦艦娘は遠く離れた国土と海を守る為に絶望的な戦力差を持った敵勢力(深海棲艦)を艦隊を文字通りの防壁にして受け止めると言う愚策としか言いようが無い作戦を友軍が開始したと言う情報を目にし、燃えるような意志を宿したその青い瞳が焦燥で僅かに揺れる。

 

 それがただただ徒に自軍の戦力を損失させるだけの無謀な作戦である事は断片的な情報からであっても軍務に携わる者ならば一目見ただけで下策中の下策であると分かってしまう。

 

 戦術的に見ても戦略的に見てもこれ以上ない程の失策、軍事組織として敵に対する抵抗力の喪失どころか自軍の全滅と言う結果しか齎さない無謀。

 

 ―――私達はもうこの基地の全てを制圧(・・)した、って。

 

 だが、それでも彼らの行動が嗤われる様な事はあってはならない。

 

 命と引き換えにして行われるその愚行(勇気)を嘲笑する権利は誰にもないのだ。

 

 きっと彼らは深海棲艦がどんなに強大な脅威と恐怖をもって侵略しようと、どれほど多大な犠牲を払う事に成ろうと作戦目的(・・・・)が達成されるその瞬間まであらゆる手段を用いて無辜の市民を守ると言う軍人として最も重要な責務を果たすだろう。

 

 彼らが背負うプライドと同じ信念を胸に宿しているからこそ彼女には彼らの真意が理解できてしまっていた。

 

 だからこそ、かつてBIG7(戦争抑止力)の一角であった戦艦は内心で渦巻く憤りと焦りを挑発的ですらある不敵な笑みによって覆い隠してアメリカ大統領の席に座る男へともう一度だけ返答を求める(最後通牒を提示する)

 

 物言わぬ鋼の戦船として建造された頃から偉大なる合衆国が掲げる自由と民主主義の名の下に国民を守れと願われ、退役するその日まで己が成すべき責務を成した。

 

 そして、それは人の心と身体に産まれ直した今であったとしても変わる事などない。

 

 ―――それでも、私達はこうして最低限のラインだけは守ろうとしている。

 

 例えどれだけ離れた場所であろうと愛すべき人々の命(合衆国)が脅かされていると言うのなら。

 敵意に満ちた果てしない暴力からこの世で最も尊い自由(生命)を守る為なら。

 必ず本国から救援艦隊が来る(作戦目的が達成される)のだと信じて戦っているまだ見ぬ戦友の期待に応える為ならば。

 

 今すぐこの基地にある輸送機を全て奪って尊敬すべき勇者達(軍人達)が待つ戦場に向かっても構わないのよ、と。

 

 ―――貴方はその意味を( Do you u)理解しているのかしら?(nderstand?)

 

 そう言って、彼女はそれまで以上に可憐で寒気がするほど美しい微笑みを浮かべた。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

《全砲門、いくわよー! てーっ!》

 

 東から押し寄せる夕暮れのオレンジに染まり始めた海上に砲声が轟く。

 

《てっ、ぅわわ!? ぁぁっ、もぉっ!》

 

 砲弾を撃ち出し硝煙にも見える光粒を立ち上らせる主砲と副砲の仰角を下げて冷却しながら兵装実験軽巡を自称する艦娘、夕張は自分自身の砲撃の反動で横滑りどころか傾き転倒しかけた体幹を強引に引き起こす。

 そして、反動の抑制や姿勢の制御へ燃料を回す余裕もない状況での戦闘がここまで大変だとは思ってもみなかった、と頬を伝う冷や汗をそのままに夕張は消耗と疲労によって普段以上に速度の出なくなった自分の状態への危機感を強める。

 

《でも、こう言う体験が貴重なデータになるのよっ!!》

 

 何故なら今の自分を指揮する青年の一挙一動にのみならず、現在の防衛戦において戦闘可能な艦娘が全員集合している艦橋で交わされる一言一句に至るまでの全てが黄金よりも貴重な情報の塊なのだと自らに言い聞かせて夕張は気丈に波を蹴りつけて走る。

 

《着弾? 近くに!? でも気合でも根性でも、とにかく避けるしかないわよね!》

 

 艦娘の電探が捉えるよりも早く敵の砲撃を察知する異常な指揮官の声に燃料弾薬ともに底をつきかけている軽巡艦娘は必死に動力機関を唸らせるがその身体は前のめりになるだけでさしたる加速せず、唐突にその煤に汚れた顔が驚愕で歪む。

 

《な、なんでっ!?》

 

 しかし、彼女にその表情を与えたのは水平線から空に打ち上がった無数の火球ではなく、海風を追い越して鳴り響いた雷鳴の様な砲声の轟きにでもなく、百を超えるそれらが自分達のいる位置を目指してくる光景でもない。

 

 そして、自分の背後から急速に近づいてきて身体を包み込んだ光の膜に夕張は上擦った悲鳴を上げる。

 

《ダメよ、下がって!! 私達はまだ大丈夫だから!!》

 

 肩越しに振り返り叫ぶ夕張を知ってか知らずか、外からでも分かるぐらい大きな軋みを上げながら搭載された霊力障壁発生装置を稼働させる一隻の巡洋艦が星条旗をはためかせ、全速力をもって夕張へと急接近し、通信によって「後方に退避して!」と叫ぶ艦娘の進路に帆先を合わせる様に舵をきった。

 

《普通の艦は他の艦と連携しないと障壁の強度が、あ、あんなの耐えられるわけないでしょ!?

 

 そして、容赦なく一人と一隻の巡洋艦に目掛けて無数の炎が彼方から降り注ぐ。

 

《お願いだからすぐに艦列に戻ってぇ!!》

 

 上空から飛来した砲弾の大半は挟叉にもならなず見当違いの場所に水柱を上げるだけ。

 

 だが、その規模が豪雨と言えるものならば狙われた者達にとって齎される結果に大した差は無い。

 

 米海軍所属の巡洋艦を中心に展開されたドーム状の淡い輝きが降り注ぐ砲弾の雨とそれが巻き起こす水柱の水圧によってひび割れていく。

 勇ましい雄叫びにも聞こえる動力機関の猛りも虚しく、この戦場で唯一深海棲艦へと対抗しうる能力を持った艦娘(希望)を守る為に展開された人工のバリアが穿たれる。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 次から次に運び込まれ山積みになっていた光ディスクやメモリーカードの様なデジタルメディアだけでなくビデオテープやフロッピーなどの旧式媒体もまとめてかき集め段ボールに詰め込まれていく。

 

[クソッ!! 第二小隊は撤収作業を中断、直ぐに現場に向かえ! 手の空いてる者からも何人か付いて行ってやれ!]

 

 そうしてなかなかの重量物となった段ボール箱を少しよたつきながら抱え上げた青年は少し離れた場所から不意に聞こえてきた部下達へと「GO!」と叫ぶ命令口調の英語に野暮ったいメガネの下の目を瞬かせる。

 

「少尉達はどうしたんだろう、あんなに急いで・・・いや、急がないといけないのは分かってるけど」

「戦闘で沈んだ艦から脱出できた乗員が近くの海岸まで戻って来たみたいですね、さっきの人達はその人達を助けに行くらしいですよ」

 

 すぐ横から教えてもらえたその内容に日本人の青年は針を飲まされた様な痛々しい顔を浮かべて自分の隣で少し憂鬱そうに溜め息を吐いている恋人を窺い見る。

 軍事に関しては読み漁ったミリタリ―系の書籍やネットの知識しかない学生の身であるがそんな彼でも現代の軍艦一隻を動かすのに三百人程度の乗組員が必要だと言う事ぐらいは知っていた。

 

「いったい何人・・・」

 

 そして、脱出できた乗員がいるなら逆に出来なかった(・・・・・・)者達はいったいどれほどいたのだろうか、そう考えた途端に青年の胸の奥から吐き気に似た感覚こみ上げ。

 

「先輩さん、私達は私達に出来る事をやりましょう」

 

 直後に背中を撫でた細腕と淑やかながら芯の通った声によって彼の中で湧き上がった動揺が不思議なほどすんなりと霧散する。

 

「早くモアナルア公園へ、市営テレビ局の人が先に行って放送と通信機器の用意してくれています」

 

 自分へと向けられる期待と信頼が籠もったハワイアンブルーの瞳に励まされ青年は大きく深呼吸をしてからしっかりと頷きを返し、両手一杯にハワイを襲った災害の記録を抱えて米軍基地から運び出す作業を再開する。

 

「おっす! そこのお二人さん乗ってかないかい? 今なら初乗り半額だぜ~、お得だぜ~?」

 

 遠くから近くから忙しない喧騒が聞こえてくる米海軍基地の廊下を足早に進み、西の海へと傾いた太陽のオレンジ色が照らす駐車場へと出た途端に二人は両手に荷物を抱えたまま揃って呆気に取られた顔で立ち止まる。

 

「でもお前らカップルだから料金二倍なっ!!」

 

 などと馬鹿みたいな事を二人に向かってほざく黒焦げ茶色の髪の男が何処から持ってきたのか自転車の後ろにリヤカーをくっつけた「THE間に合わせ」と矢印が付きそうな代物に跨って調子に乗っている。

 

「は、はは・・・こんな時だって言うのに、君はまったく」

「もぉ、ちょっと見ないと思ってたらまた遊んで、ふふっ」

 

 パッと見ただけでも人が乗ったら繋ぎ目が外れて分解しそうな代物に何故そこまで自信があるのかは果てしなく謎だったがお互いに顔を見合わせた二人は小さく吹き出してからすぐに基地内から必要な荷物の運び出しを再開し、こんな時でも陽気な友人と共に三人でリヤカーへと積んでいく。

 

「落とさないでくれよ、私達だけじゃなくハワイの沢山の人達から受け取った大事な記録なんだからさ」

「まーかせとけぃ! いくぜっ、俺はやるぜぇ! ・・・んぉ、重っ、ぇ、ちょっと重くないこれ?」

 

 ただ、少し欲張って乗せ過ぎた為か、それとも単純に荷台の強度不足なだけか、適当にロープでリアカーとくっつけただけの自転車はペダルを踏みこんだと同時に車体を軋ませ後ろの重みに引っ張られ前輪が若干地面から離れてカラカラと空転する。

 

「だからキミってヤツはまったくっ!」

 

 災害の発生後にハワイに取り残された日米両軍の協力で自然公園の真ん中に設置された大気中のマナ粒子除去を行う大型装置、陸上部隊の指揮を執る為に基地の残った米軍少尉からその装置から取り出される霊的エネルギーによって作り出されるバリアは少なくとも直径6kmの安全を確保できると聞いている。

 

「本当にこんな時までお馬鹿さんはお馬鹿さんなんですねっ、先輩さん♪」

「おかげで気を張り詰めてるのが馬鹿馬鹿しくなるよ」

 

 進み始めた自転車のベルをチリンチリンと鳴らしてはしゃぐ相変わらずな友人の滑稽さに青年は苦笑し、ハワイの住人達が自分達の今を外へと伝える為に託してくれた数え切れないほど沢山の大切な想い(メッセージ)と共に奇しくも数日前に大切な女性(銀髪の艦娘)へと一世一代の告白と決心をした自然公園へと再び向かう。

 

 ハワイ諸島の外への映像による情報拡散を続行する為に現場責任者から渡された通信回線へ優先的にアクセス出来るパスコードを手に「深海棲艦の攻撃に対して有効かどうかは正直言うと疑わしいが何もやらないよりはマシだ」と、そう自分に言い聞かせて。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 輸送機格納庫に響く軍隊と言うには少しばかり華やかな騒がしさの中、その一員でありながら仲間達の張り切る姿に少しの不満を主張する様にフンッと鼻を鳴らす。

 

 ―――なんだ、不満そうだな?

 ―――アンタ達にハメられたおかげでね

 

 第一陣として大型輸送機のカーゴに乗り込んでいく仲間達を見守っていたまるで星条旗の様に赤と青に分かれたロングヘアが振り返って悪戯っぽく笑う。

 

 ―――普通こういう場合なら私が皆の先頭に立つべきでしょ、このBIG7である私がっ!

 ―――あら、しっかり艦隊の代表として一番重要な役目をやってるじゃない

 ―――そう言う事じゃないの!

 

 そんなBIG7を自称する大声に近付いてきた銀髪が勝ち気な笑みと共に癇癪を起こした子供をなだめる様に自分より頭一つ分背の低いアメリカ艦娘部隊の代表をポンポンと軽く撫でる。

 

 ―――心配しなくても私が先に行って深海棲艦を黙らせておくから貴女は総旗艦らしく後から堂々と来なさい

 ―――ははっ、何言ってんだお前、前線に突撃する戦艦は三流だぞ

 

 赤青の軽い口による挑発の直後、銀色に彩られた整った顔立ちからは想像も出来ないぐらい低く濁った声が漏れて総旗艦に任じられた艦娘を挟み二人の戦艦が今にも殴り合いを始めそうなレベルの睨み合いを始める。

 全く以て! これでもか! と言う程に自分の事を尊重しない連中へのフラストレーションを溜めに溜め唇を尖らせミルク色の頬を膨らませた金髪だがすぐにそれがとっても子供っぽい仕草だと気付いて両手で押さえて頬から空気を抜く。

 

 ―――へぇ・・・三流以下の艦娘の冗談はやっぱり三流以下なのね?

 ―――あ”ぁ? んだとぉ?

 

 見られていないかを確認する様に見上げれば二人の戦艦は額がくっつく様な近さで睨み合ってお互いを威嚇し合いもう周りの事など眼中にない様子、そんな失礼な二人の間から抜け出し『身体だけは大きいお子様に付き合ってられないわね』と内心で悪態を吐けば今度は彼女の様子をどこかで窺っていたらしい妹達の小さな『通信』(笑い声)が頭の端に囁く。

 

 ―――うそ、現地の回線がまた生き返った!

 

 微笑ましそうなモノを見るかの様な妹達の『声』に若干の恥ずかしさに長女が頬を赤らめたと同時、少し離れたところでノートPCをいじって情報収集を続けていたアトランタ級軽巡の長女が格納庫に驚きの声を響かせた。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 田中良介は大半の特務士官が持たない特殊性によって敵の攻撃の威力と着弾地点、そして、タイミングと範囲を文字通り見透かし、此処まで深海棲艦の大艦隊との戦いを凌いできた。

 それは特殊性のアドバンテージを加味して考えても彼にしか出来ない神業と言えるものだったが、それでも無傷でいられたというわけでは無い。

 

 指揮下の艦娘部隊において最大の砲火力を誇る重巡(三隈)、彼が知る限りで最も勇ましく文句なしに最精鋭である軽巡(矢矧)、公私共に支えになってくれていた歴戦の軽空母(龍驤)、海中を自在に泳ぎ敵の目を掻い潜る潜水能力で艦隊を何度も救った潜水艦(伊168)、正確無比の航空機制御によって一航戦の面目躍如を実戦でやってのけた正規空母(赤城)

 

 先の度重なる戦闘によって大破状態(瀕死)となった彼女達一人一人が艦隊の主戦力と言っても過言では無く、全く好転しない戦況ではあまりにも痛過ぎる事実に田中は何度も無いモノねだりをする自分の弱さを噛み殺す様に奥歯を食いしばる。

 

 それでも弱音と諦めの言葉だけは吐くわけにはいかない、と自分に言い聞かせて彼は指揮席でコンソールパネルに手を突く。

 

 スクリューも回らなくなった艤装を背負って敵の攻撃を自分へと引き付け荒波の中を両手足を大きく振って走る時雨の姿が。

 直撃弾を回避する為に三つ編みの駆逐艦と入れ替わって金の輪から飛び出し自分が艦隊を守るのだと声高に叫ぶ雪風の声に。

 飛行甲板を割られたと言うのに貪り喰う様に戦闘糧食を胃に押し込みながらギラギラと戦意を滾らせる加賀の無言に。

 

 夕張、叢雲、五月雨、磯風、谷風、島風の六人だって燃料弾薬を使い切りさらに折れた手足で艦橋にしがみ付きながらまだ心だけは折れていないとでも言う様に精神力だけでメインモニターへと手を伸ばし戦闘補助を行っている。

 

 なら彼女達の指揮官として最後まで責任を背負わなければ恰好が付かないじゃないか、青年士官はそう掠れた呟きを漏らして苦笑する。

 

(それに、もう退く事もできないか・・・)

 

 艦橋を包み込む全天周囲モニターの西側へと視線を向ければ島影と損傷しながらも半透明の障壁を展開し続けている艦列、そして、東側の水平線に振り返れば濃紺に染まり始めた空の下でうっすらと黒い怪物が水平線へと影を揺らし獲物を狙う獣の様な動きを見せている。

 幸か不幸か海上自衛隊所属である三隻の護衛艦は損傷を受けつつも傾く事無く他の僚艦と共に防波堤として戦闘の余波を食い止めているが横目に見ただけでも明らかに全体の艦数は減っていた。

 

「提督、その・・・」

「時雨、今だけは聞こえていても聞かないふりをしてくれ」

 

 火の揺らめきにも似た光が揺れる時雨の青い瞳に疲れを滲ませながらも田中はその言葉の先を遮る。

 

「うん・・・わかったよ、提督」

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 他者の心の声(悲鳴)を聞き取る能力で全てを察しながら、それでも何も聞かずに従ってくれた時雨の気遣いに感謝して。

 

「さぁ、ラストダンスに挑むと・・・しっ!?」

 

 己の最期を覚悟して洒落た一言でも言うつもりで開いた田中の口が表情が突然に信じられない話を聞かされたかのように硬直する。

 

「雪風ぇ! 急速反転急げ!!」

 

 直後に彼の口から放たれた命令は敵陣への突撃では無く、後方への全速前進だった。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

「おい~、砂嵐で何が映ってんのか分かんねぇじゃん、赤城さん大丈夫なん? どうなんよぉ・・・」

 

 モアナルア・ガーデンに臨時設営された避難所の中で放送通信の機器が復旧して人々の手にある端末などの画面には断続的にざらつきを繰り返しながら高台から傷だらけの防衛艦隊が並ぶ海を映し出す。

 

「この映像、まさか山の上に残ってる人がいるって事なのか!?」

「最後まで見届けると言って聞いてくれないそうです」

 

 公園の一角、幾つかのテーブルと発電機を並べただけと言うあまりにもお粗末な臨時指揮所でアメリカ陸軍の戦闘服に守られている幾本ものケーブルに繋がれた銀髪の美女は傍らで動揺する青年の手を励ます様に握る。

 

「だからせめて私達は最後まで彼らが見たモノを外へ」

「ぅぅ・・・ああ、そう、だね・・・」

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 ―――砲撃が、これが深海棲艦の・・・

 ―――日本の艦娘が背中を見せて下がってる、逃げるつもり!?

 ―――まさかそんな事

 ―――落ち着きなさいっ、何があろうと合衆国の軍艦として相応しい態度でいなさい!

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

《雪風はぁーっ! 沈みませぇんっ!!》

 

 炎の雨に追われて被弾しながらもオアフ島の沿岸に敷かれた最終防衛ラインへと頭から飛び込んだ駆逐艦娘の白いワンピースセーラーが光へと解けて金の輪を展開する。

 

『加賀っ、指示した通りに頼む! あと少しで良い!! 俺達を守ってくれぇ!!』

 

 光の中から飛び出した勢いのまま転がり弓折れ矢尽きた空母が這い蹲る様な姿勢のまま指揮官の命じるままに艦娘部隊の拠点艦である護衛艦【はつゆき】へと走り。

 灰色の護衛艦の船尾に装備されている巨大なドラム缶型のマナ粒子変換装置へと伸ばされた加賀の手が巨大化した艦娘から見ても太く感じる黒いケーブルを護衛艦から引き千切る様に外し、自分の腰に浮かび上がらせた霊力端子へと乱暴に突き刺した。

 

《ええ、もちろん・・・ここ(・・)は譲りません》

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 八人分の艦娘による霊核の共振が大きなドラム缶の中に溜め込まれたマナ粒子を霊力へと変換し、艦娘と機械の間で反響し増幅され護衛艦の障壁装置へと流れ込んだエネルギーが【はつゆき】だけでなく連動している僚艦のバリアまでもを強化する。

 

「まだだ、まだ俺達が終わる時じゃないっ! そうじゃなかった!!」

 

 艦橋の中で渦巻く急激な増幅と循環の圧力に押し潰される様にコンソールに這い蹲り、満身創痍の指揮官はまるで砂漠でオアシスを見付けた旅人の様な会心の笑みを浮かべて叫ぶ。

 

「そうなんだろ!?」

 

 そして、叫ぶ彼の肩に猫を抱えながら腰かける小人の水兵帽が縦に揺れた。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

「す、凄い、まだあんな奥の手がっ!」

 

 降り注ぐ砲弾の雨や次々に海中から襲い掛かる鮫の群れにも見える数え切れない魚雷が加賀によって強化された光の壁にぶつかり弾けて火柱と水柱でハワイ諸島全体に響くような轟音を連続させる。

 

「駄目ですよっ、あんなの通常艦に乗せられている装置が持ちません! 一回限りどころかあの攻撃が終わる前にっ」

 

 画面の向こうで響いた鋭く走るガラスが割れるような音が連続し鋼の軋みが耳を突く。

 

「っ、でも・・・ぇ?」

 

 誰もが恐怖を堪えて祈りを込めて不明瞭な戦場の光景を見つめる中、野暮ったい眼鏡はいつの間にか銀髪が揺れる肩に座っていた三等身の影が指差す夜へと変わろうとしている空へと向けられる。

 

「すみません大きい声を出して・・・先輩さん? 空になにか?」

 

 空へと向けられた凹レンズの表面に銀の線を引く様に光が走った。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 いつ終わるかも分からない攻撃の嵐の中、過剰運転によって例外なく悲鳴を上げる動力機関と障壁装置が次々にヒューズを破裂させてタービン音の残響だけを残して現代の戦闘艦達から灯りが失われていく。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 血飛沫の様に加賀の損傷した身体から噴き出す光粒の勢いと容赦なく襲い掛かる凶弾と言う、その光景のあまりの凄絶さに目を逸らしてしまう仲間達もいる中でかつての戦争でハワイの地を焼いた空母の生まれ変わりがその身を犠牲にしてハワイを守る姿から決して目を逸らす事無く戦艦達は拳を握り締める。

 

 守護する国は違えど紛れも無く勇者(軍艦)である艦娘への果てしない敬意、そして、絶対に許してはならない敵となった深海棲艦に対する報復の誓いが彼女達の心に刻まれていく。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

「来た・・・来て(・・)くれた!!」

 

 突然に自然公園の真ん中で上がったその日本語に顔を上げた人々が天を仰ぐ。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 燐光の尾を引く星によって空気の壁は貫かれ、その場で渦巻いた風が置き去りにされる。

 

 光のドームが限界に達して砕かれ、さらなる追撃を行おうと数百の火球が打ち上げられる。

 

 上空から打ち下ろす様な音と空気の波が流れ星を追いかけ海沿いに並ぶヤシの木を地に平伏させる。

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 そして、海へと舞い降りた超音速の一撃が無数の火球をまるで蝋燭の火を吹き消すかの様な呆気なさで消し飛ばした。

 

 

・・・ ・・・・ ・ -・-・ --- -- ・ -・・・ ・- -・-・

 

 

 轟音が天空を横切り、オアフ島に横たわるワイアナ山脈の麓からですら見る事が出来る程に巨大な水柱がハワイの空へと立ち上り。

 

 その目撃者となった人々はただひたすら呆然と、想像と理解を超える光景を前にハイビスカスの花弁が風に舞う空を見上げた。

 




 



彼女が戻って来た(She came back)




 
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