艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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こうして、同胞を救う為に戦乙女達は戦場へと舞い降りる



  


第百四十二話

 

「まったく、スリル満点な上に風通しの良いドライブだった」

 

 そうウンザリとした顔で溜め息混じりにぼやいた自衛隊所属の艦娘部隊指揮官である青年、田中良介二等海佐は数日前に在ハワイ米軍の基地に向かう時にはちゃん存在していた筈のフロントガラスや屋根が無くなった上に少しバンパーまで歪んでいる自動車のドアを閉める。

 

「ほぉー、こりゃまた絶景や、なぁキミ♪」

 

 そんな田中と違ってあちこちが酷く割れた道に散乱する瓦礫や倒木を避けながらのドライブの後だと言うのにフワリと軽やかな身のこなしでオープンカーのドアを跨いで地面に立った艦娘、龍驤が額の上に手を翳して目の前に広がる真っ白な砂浜と青一色の空と海に感嘆の声を上げる。

 そんな対照的な様子の二人が揃って見上げた空は果てが無いと思えるほどに澄み切ったスカイブルーに白い雲を浮かべ、その下で太陽の光を燦燦と浴びるエメラルドブルーの海原が水平線の向こうまで延々と煌めく波を躍らせていた。

 

「ああ、観光気分になれないのが惜しくて仕方ないよ、さて義男達は・・・あっちか」

 

 海岸へ向かう緩い傾斜の階段が見える路肩の手前で迷彩服の米軍海兵隊がまるで重要施設を見張る様にだだっ広く真っ白な砂浜を背にして立っている。

 スクラップ工場で解体中の車を盗んできたのかと言いたくなる酷い有り様のオープンカーから降りてきた田中と龍驤へと一糸乱れぬ動きで身体を向けた平均身長180cmを超える兵士の壁に艦娘部隊指揮官は自分と秘書艦の服装をチラリと横目にして少し居心地が悪くなる。

 

(いや、ここはハワイの海岸なわけで不自然さなら彼らの方が・・・)

 

 適当な土産物売り場で買った様なハイビスカス柄のシャツと地味なスラックス、隣にいる龍驤は田中のシャツと同じ柄のワンピースに赤いリボンの麦わら帽子を被り極めつけに足元はサンダル、仲良く並べば大人と子供の様な二人の身長差のせいで年の離れた兄と妹に見えなくも無い。

 そんな二人に対する軍人達の恰好は通信機器か予備マガジンかはたまた手りゅう弾か、とにかくたくさんあるタクティカルベストのアタッチメントポケットと大きなウェストバッグを分厚く膨らませ、そんな装備で自動小銃を持って立っているだけでも辛いだろうにさらに遮光バイザーと一体化したヘルメットまで被る姿は何処の激戦区からやって来たんだと言いたくなる完全装備である。

 

(と言うかここ(・・)こそが最前線だった、なら場違いは俺の方だな)

 

 そんな一見観光客にしか見えない二人を確認した屈強な兵士達は即座に姿勢を正して背筋を伸ばすと一斉にその手に持つアサルトライフルを胸板の前で上に立てて、肘を揃え自分達のヘルメットを指さしてまるでVIPを迎えるかの様に丁寧な敬礼してみせる。

 予め連絡もしておいた事もあり場違い極まる恰好でも顔パスで通じる様なのだから彼らが自分達の味方であるのは間違いないわけだがそうと分かっていても田中は屈強な兵士の纏う迫力に一呼吸分だけたじろぐ。

 

「ほら司令官、通ってええみたいやしさっさと行こや」

 

 そんな田中を他所に龍驤は動じるどころか立ち止まりもせず海兵隊員に愛想よく答礼しながら砂浜への道を開けた彼らの横を通り小波が寄せる海と高い空を背に振り返り麦わら帽子の下で自然体な少女が笑顔を咲かせる。

 そうして階段を軽い足取りで下りていく頼もしい秘書艦の姿に毒気を抜かれた青年士官は苦笑と共に軽いため息を吐いてから自分よりも遥かに軍人らしい軍人達へと腰を折り略式の礼を返して足早にオアフ島の東側にひっそりと存在している砂浜へと降りて行った。

 

・・・

 

 その海岸は二日前の戦闘で戦闘中に沈んだ軍艦から脱出できた要救助者のピックアップポイントの一つとして在ハワイ米軍に利用され今でも応急処置を行う為に立てられた幾つかのテントがそのまま残され遠目の浅瀬には港への帰還叶わず着底した巡洋艦らしい艦影まで見える。

 深海棲艦との戦闘の最中では抵抗力の低い者を容赦なく昏倒させるレベルの霊力力場に晒されていた砂浜だが現在では生身で歩き回っても問題ないぐらいまでマナ濃度が薄まっている様だった。

 

「Oh shit! but(でも)! お返しよ!!」

 

 そんなふうに俺が肌で空気を感じながら白い砂を踏んだと同時にドンッと空気が揺れるような音が響き、遠くから聞き慣れない(知っている)声と一緒に目に見えるぐらい濃い霊力の光粒が風に乗った砂塵の様に身体に吹き付けてくる。

 神経の弱い人間なら眩暈を引き起こすだろう霊力が混じるつむじ風の発生源へと手を翳して目を眇めれば広い砂浜の中心で輝く金色のロングヘアをうねらせて美女が腕を大きく振りかぶっていた。

 白い背中が大きく剥き出しになっているだけでなく二の腕や太腿にも引き裂かれた様な穴が幾つも開いたツナギを着た白人系の体格と顔立ちに見事な金髪碧眼、チラリと見える瞳に宿った星の瞬きにも見える光彩に俺は古い(前世の)記憶から彼女がまず間違いなく米国戦艦の艦娘アイオワだろうと確信する。

 

「Fire!!」

 

 その手が掴んでいるバレーボールに見える物体に霊力の輝きが纏わり付き、離れたここまで届く威勢の良い気合の声と共に勢い良く放たれ、とてもでは無いがボールを投げただけとは思えない重く響く音が再び砂浜に風を巻き起こす。

 

「いや、・・・なんでだよ」

「うっわ、こんな時にありえへんやろ、何やっとんねんな」

 

 だが、それはそれとして俺の呻く声と龍驤の心底ウンザリとした声が重なり細腕一本が成したとは思えない加速度と空気抵抗で砲弾の様になった輝く豪速球が黒いシルクの手袋によっていとも簡単に受け止められた。

 

「見た目が派手なだけで伝達率と回転力共に落第点、お世辞でも砲撃とは言えないわね」

Why!? NO Way!?(なんで!? ありえない!?)

 

 無造作に突き出した片手で砲弾と化したボールを止めた蒼い制服の艦娘、重巡高雄は首元のスカーフと黒髪をわずかに風に揺らしながら軽く20mは離れている場所から自分へとボールを投げつけたアイオワに微笑む。

 

「攻撃止められた程度で足止めんじゃないわよ! 走りなさい!!」

 

 よっぽど自分の投げた球の勢いに自信があったらしいアイオワが高雄の浮かべる微笑みに顔を引きつらせたと同時に投球後の恰好で固まっていた長身美女の背中に灰色髪の駆逐艦である霞が体当たりする様に押して活を入れながら砂浜を走り出させる。

 

「もう一度見本を見せてあげるから・・・その身体で覚えなさい!」

 

 直後、バチンと電流が弾ける様な音がそれなりに離れている筈の俺や龍驤の耳にまで届き、振りかぶるどころかただ真っ直ぐに突き出したままになっている高雄の手の先でボールが音を合図に射出(・・)され、再び光を纏った球体が螺旋回転の線を空中に残しながら必死に砂浜を走り重巡の射線から逃れようとしている戦艦に容赦なく襲い掛かる。

 

「NO!NO!!NO!?」

 

 砂地に足を取られていると言うより二本の足で走ると言う行動自体になれていない様に見えるアイオワが先程自分が投げた球の数倍早い弾速と空気抵抗によって球体から円錐に表面の形を変えて突っ込んでくるボール(砲弾)に白目を剥いて悲鳴を上げ。

 

「は~いっ、那珂ちゃんカット入りまーすミ☆」

 

 足下が不安定な砂浜である事を忘れそうになるほど軽快なステップを踏みあざとい笑みを浮かべたお団子頭の軽巡、那珂が砲弾とアイオワの間に割り込んで抱き着く様にボールを捉えそのオレンジ色の制服が残像を残す程の早さで回転する人間風車(何故かゲッダン♪と幻聴が聞こえそうな動き)によって砲弾に与えられたジャイロ効果と突進力を相殺した。

 

Amazing!(素敵だわ!) It's ニンジャ! ナカちゃん is ニンジャガール!!」

「もー、那珂ちゃんは忍者じゃなくてアイドルだってば、えへへっ♪ キラッ☆」

You are The BEST!(貴女って最高よ!)

 

 一目で当たれば痛いではすまないと分かる高雄の一撃から自分を救った那珂が高速空中回転を物ともせずに着地する姿に向かってアイオワは霞に背中を叩く様に押されながらも興奮のこもった歓声と拍手を送る。

 

「え、本当になんだこれ?」

 

 目的地に着いたら知り合いの艦娘達が浜辺で超次元球技をしていた。

 

 何を言っているか分からないと思うが見たままを言葉にするとそうなってしまう。

 

 そんな予想の斜め上に突き抜けた光景が理解できずに絶句する

 

「・・・知らんがな」

 

 ただ、ついさっきまで楽しそうな笑みを浮かべていた龍驤が苦虫を噛んだような顔で三白眼になる気持ちだけは自分の事の様に理解できた。

 

 そうしている間にもバレーボールを弾にした砲撃戦はエスカレートし、海上でもないのに連続スライドブースト(高速横滑り)をして砂浜に稲妻の様な跡を残しながらアイオワに襲い掛かる吹雪、それと同時に霊力障壁を探照灯の様に発光させて目くらましと魚雷の様なスライディングで米戦艦の転倒を狙う時津風、さらに上空から輝く金髪目掛けて奇襲を行い重力を完全に無視した空中巴投げを披露する大鳳、あと短距離走選手の様な速度で砂浜を縦横無尽に走り回るアイオワ達から数m遅れで死にそうな顔をしながら彼女達の背中を追いかけている秋津洲などなど。

 

 仮にも深海棲艦の侵略に曝されている最前線の砂浜であんなのを見せられたら龍驤でなくとも誰だって頭痛の一つもしてくる、俺だってそうだ・・・大鳳に投げ飛ばされ放物線を描いて砂浜に頭から突き立ったアイオワを米軍に見られたら国際問題へ超特急だろう。

 

「い、いや、それよりも今は・・・あそこか」

 

 狼狽えそうになる自分に言い聞かせる様に呟いてから今も展開されているバレーボールとサッカーとドッジボールを足して総合格闘技で割りそれを爆音で飾り立てた謎の球技を行っているアイオワ達を見なかった事にしてここに来た目的を果たす為に周りを見回す。

 そして、砂浜の一画に転がるヤシの木、断面から見てつい先日の戦闘の余波で折れただろう物に腰かけて退屈そうに欠伸をしている親友のマヌケ面を見付けて俺は自然に緩んでしまいそうになる自分の顔を軽く揉む様に整えながら歩き出した。

 

「義男」

「ん? よぉ、なんだその恰好?」

「俺は日本人だしこんな時に自衛隊の士官服を着てたら余計に目立つからな」

 

 前ボタンを全て外して着崩した白い士官服に頭の上で斜めになった制帽を見れば相変わらずなコイツの不真面目さが透けて見え、だけど久しぶりに会う友人に対して再会の挨拶ですらない気の抜けた気安い声が俺にとっては妙にしっくり(・・・・)と来た。

 

「あー、確かに制服じゃデートは出来ないしな?」

「まぁ、そんなところだが・・・ついでに済ませないといけない用事もある」

「ほぉ、龍驤とのデート(・・・)だから時雨がいないと?」

「言葉の綾だろうにからかうな、隣いいか?」

「好きにしろよ」

 

 相も変わらずやる気の無い時には猫背になる悪友、中村義男が俺と龍驤の恰好を横目にしてから叩いた軽口に肩を竦めて返事して近くに立てられている迷彩柄の軍用タープテントのお陰で日陰になっているらしいヤシの倒木に座る。

 

「念のため言っておくが時雨がいないのはお前達が来る直前の戦いで限界突破したから下手に出歩けないだけ、あと三隈も同じ理由だ」

「ん、あー、そうか、慣れるまで加減できなくなるからな」

 

 治療が終わってクレイドルから出た直後に躓いて護衛艦(はつゆき)の床にくっきりと凹み(手形)を作った三隈の方はともかく時雨の方は力加減よりも今のハワイ(被災地)では“(悲鳴)”が聞こえ過ぎるのが辛いらしい、とは言えそれを今詳しく言う必要も無い。

 日陰の涼しさに一息吐きながらタープの方を目にすれば折り畳み式らしいテーブルとイスが幾つかあり、その椅子に座って浜辺で展開している良く分からない球技を見ていたらしい朱袖の鳳翔とアイヌ民族風衣装の神威が言葉は無くとも愛想良く微笑みながら会釈してくれたので小さく頭を下げ、チラリと龍驤へと目配せすれば彼女は無言ながらも「分かっている」と言う顔で小さく頷いてから鳳翔達の方に向かう。

 

「で? 用事ってなんだよ、ここには大急ぎで助けに駆けつけたのにいない者扱いされてる密入国者しかいねえぞ?」

「お前なぁ、言い方ってものがあるだろう・・・とりあえずそうだな」

 

 さて、此処に来た一番大きな理由であり本題と言える個人的な事情ははっきりとしているけれど正直なところすぐに口にするにはなかなかに踏ん切りが付けられない。

 我ながら優柔不断に言葉を探して視線を彷徨わせ、テーブルに肘をついて世間話混じりの近況報告を鳳翔と始めた龍驤が何故かそのテーブルの下で昼寝している二人の伊号潜水艦のスクール水着をサンダルで小突いているのが見えた。

 

「まずは・・・中村艦隊を含めた日本からの救援の受け入れは早くとも今日の夜になりそうだ、鎮守府からの艦も真珠湾沖に着いたらしいけど足止めを喰らっている」

「なんだよ、ったく、俺達がどれだけ急いで助けに駆けつけたか分かってねえのか」

「ここの米軍は一人残らず感謝しているし恩人を野宿させた事に思うところが無いと言うわけじゃないさ、増援の艦娘の上陸はダメでも高速修復材の受け渡しを見逃してくれたからな」

 

 そうでなければ僅かにとは言えマナ粒子の汚染が残る海岸を限られた優秀な人員を割いて大統領を守る様な厳重警備でプライベートビーチにしないし軍用だけでなく民生品だと分かる高級キャンプ用品まで密入国者に提供などしない、軟禁状態と言えば聞こえは悪いが中村艦隊に対する在ハワイ米軍の対応は正しく下座に置かない歓迎だ。

 

「とは言えアメリカにはどうしても守らなきゃならない面子ってモノがあるらしい」

 

 それに昨日の夜の戦艦棲姫による侵攻からまだ一日も経っていない、戦闘で損傷した艦や行方不明者の詳細すらまだはっきりと出ていないし俺の艦隊だって治療を終えていないメンバーもいるし休息は全員に必要な状態。

 そんな深海棲艦の再侵攻がいつ発生するか分からない現状ではそれに即応してくれる艦娘部隊は誰だって喉から手が出る程欲しい、アメリカ本国の指示が邪魔しているだけで在ハワイ米軍の本音はすぐにでも義男達(中村艦隊)を真珠湾基地のVIPルームに案内したいはずだ。

 

「はっ、面子で深海棲艦と戦えるもんかよ、今は大丈夫でもいつ地獄になるかもしれないってのに・・・うぉ!?」

 

 こっちに顔を向けず失笑の声を上げる義男の顔は心底どうでも良い事を聞いたとでも言いたげでその視線は那珂と霞の護衛を潜り抜けた阿賀野が至近距離から放った無数の☆マークを散らす砲弾(ボール)の直撃を受けて花火の様に輝きながら白い砂浜からエメラルドブルーの海に向かって吹っ飛んでいくアイオワを見ていた。

 

「おー、これまたすげぇ飛んだなぁ、おい」

 

 なぁ、本当にあれは大丈夫なのか?

 

 それなりに離れているとは言え砂浜の隔離を行っている海兵隊の目には絶対に見えているだろう、なら彼らにとって救いのヒーローであるアイオワがあんな事になっているのは・・・いや、彼女達の事は今は気にしない事にしたばかりだった。

 何があっても俺は関知しない、あとでこの馬鹿が泣き付ついてきても絶対に無視してやる、と改めて心に誓う。

 

「ともかく、官民問わず今回被害を被った全ての日本人に最大限の補償を行うと大統領府のサイン付きで「あと半日で良いから待ってくれ」と頭を下げられたら、仕方ない」

「深海棲艦の巣に繋がってるワープポイントを目と鼻の先に設置されたってのに呑気なもんだ、お前からも言ってあるよな?」

「後手に回るリスクよりも日本の救援艦隊より先に自軍を現地に送り込んだと言う実績が欲しいみたいだな、目に見える形で国民に見せなければアメリカが暴動で分裂しかねないと言うのは大袈裟な話だと思うが」

 

 そう言ってから義男が顎で海の方をしゃくるがそれが指しているのは目の前にに広がる太陽の下で輝く海ではなく、放心して大の字でぷかぷか浮かぶ戦艦娘でもなく、そのさらに遠く昨日突然に消失した戦艦棲姫を中心とした大艦隊の後に残された昏い光を宿す渦潮の事だろう。

 

「・・・なぁ、ぶっちゃけ昨日のアレ、あの虹色の渦の向こうに見えた奴、どう考えても俺とお前だけでどうにかなる相手じゃないのは分かってるよな?」

「ああ、戦うならそれこそ鎮守府の艦娘を総動員するぐらい万全の準備がいる・・・普通に考えれば二十数人の艦娘でどうにかなる相手じゃない」

 

 その少しだけ低く調子が落ちた義男の声であの渦の向こうにいた深海棲艦、泊地水鬼(・・・・)との一瞬の遭遇でコイツの方にも俺と同じ様に猫吊るしからの情報提供は行われていた事が分かった。

 

「そこに今更普通の艦隊や戦闘機持ってこられても足手まといにしかなんねぇって」

 

 おまけにその泊地水鬼は固有能力として知覚範囲内の存在を問答無用で移動させる事が出来るのだと鎮守府の中枢機構に住む妖精の囁き(艦娘と深海棲艦の管理者)が言うのだから頭を抱えるしかない。

 言い方は悪いが時雨が発現させた転送能力(アポーツ)の上位互換どころか比べるのもおこがましい数百の大規模艦隊を任意の場所へと自在にワープさせる固有能力。

 さらにその能力の制限事項である筈の知覚範囲(・・・・)と言う条件も曲者で“指揮下の深海棲艦の感覚(レーダー)にリンクして転移可能範囲を拡大させる事が出来る”と言うのだからそれこそ一隻でも敵が真珠湾の中に辿り着いたらそこを目印に戦艦棲姫が転送されてくるなんて事も起きかねない。

 

「俺達と合同演習をする筈だったアメリカの艦娘が来るかもしれないだろ?」

「試合では手加減してあげてくださいって頼まれた五、六人に何人かの+αがいたとしてもそんなもん焼け石に水じゃねえか」

 

 ・・・ああ、だから今コイツはこれ以上ないぐらいやる気の無い顔をしているのか。

 

「仮にノシを付けて五十人ぐらい艦娘が来るならまだしも、それがありえねぇってなら現状どうにもならんだろ」

「つまりお前、勝てない勝負はしたくないから今すぐ逃げたいって言うのか?」

 

 私欲の為に他人を躊躇い無く利用して時にはわざと怒らせ、事が大きくなり過ぎたら平気で嘘を吐いて有耶無耶にするくせに一度懐に入れた身内はひたすら大切にする。

 その詐欺師じみた心理の奥に隠れている「失う事をひたすら恐れる臆病者」と言う本性が今のコイツにそんな言動をさせているのだろう。

 

「日本の防衛だってんならまだしもここはアメリカ、ぶっちゃけ俺にとっちゃ吹雪達やお前らの命の方が重い」

 

 だから大して気負った様子も無く不貞腐れた様な顔で義男が吐いたぼそぼそ声で余計に背中が無性にむず痒くなった。

 

「お前ってヤツは、まったく・・・」

 

 艦娘は皆人並み外れて聡い娘達ばかりなのだから中村艦隊のメンバーもきっと指揮官である義男の本性に気付いているだろう、そして、それに気付いた上でコイツを自分達の指揮官と認め従っている。

 

「とにかく適当な理由でっち上げれる程度に戦ったらその流れで帰るからな、分かって・・・なんだよ、なんか文句でもあんのか?」

 

 まったく俺から見れば本当に口先と悪運の良さだけで生きている様に見えて羨ましい事この上ないヤツだ。

 

「いや、何と言うか・・・あれだ、・・・ぁー、そうだな、改めて言おうとすると言い辛い事もあるんだな」

「奥歯になんか挟まってんならうがいでもして来いよ、塩水なら浴びる程ある」

「いや、そうじゃなくてそろそろ俺がここに来た理由を言わなきゃいけない事を言わないと、と思ってな」

 

 眉間にシワを寄せる義男に向かってつい「馬鹿にしたつもりはないし慣れないセリフは吐き出し難いんだ」と言い訳と溜め息が出そうになる。

 しかし、今それを言っても何の意味もないのだからと自分に言い聞かせる様に大きく息を吸い込んで溜め息を深呼吸へと変えてから俺はヤシの倒木から立ち上がり命の恩人に向き直る。

 

「中村義男二等海佐、今回の救援に対して部隊を代表して言わせてくれ」

「んぁ?」

「礼を言う、本当に助かった、・・・ありがとう」

 

 そうして礼と共に深く頭を下げた俺を見る義男の顔がやる気の無い表情をぎょっと驚きに強張らせ、目を見開いて強張った表情が次第に苦笑へと変わって小さく小気味良さそうな笑いを漏らし始める。

 

「ぷぷっ、ぶはっ、はは・・・良介、明日槍が降ってきたらお前のせいだぞ?」

「真面目に言ってるんだから茶化すな、こんな時ぐらいはさ・・・お前が来てくれなきゃ俺も龍驤も皆きっと今日を迎えられなかった」

 

 きっと義男は俺がわざわざここに礼を言って頭を下げる為に来たなんて想像もしてなかったんだろう、でも俺だってたまには親友相手に売り言葉に買い言葉や冗談交じりの軽口じゃない話をする事もある。

 

「なら今回の事は一生モンの貸しだな、まぁ、武士の情けだ、利子は付けないでおいてやる」

「流石にその言い方は恩着せがましいにも程があるだろ・・・ははっ」

 

 そして、二人揃って一頻り笑い終わった頃。

 

 気付けば高雄達の訓練相手(ターゲット)が米戦艦から銀髪の水上機母艦に変わっていたらしく秋津洲が大鳳に手助けされながら飛んでくる砲弾(ボール)に悲鳴を上げ空中と砂浜の間を忙しなく飛び必死に逃げ回っており、びしょ濡れになったアイオワはと言えば阿賀野と那珂に手を引かれて浜辺のキャンプ地に戻って破れたツナギを無造作に脱いで雑巾を絞る様に服を絞り始めていた。

 一度何気なく横目に見えてから直後に感じた違和感に二度見すれば俺の視線の先で海水でしぼんだ金色の髪が張り付いている白い肌が文字通り丸見えになっていた。

 

「え? ・・・はっ!?」

「ぉぉっ、やっぱアメリ艦はデカ、いてっ!?」

 

 肌着どころか下着すらない、それを見してしまってから急いで顔を背ければ真横の馬鹿がニヤケ面で品評する様なセリフを吐いていたので反射的にその面に肘をお見舞いする。

 

「良介おまっ! いきなり痛いだろが!」

「お前こそなんだあれ! ちゃんと服、と言うか下着ぐらい用意しろよ!!」

「あ・・・、いやいや、持って来てんだけど本人が付けたくないって言うんだって・・・これマジで、ホントだぞ? 色とデザインが気に入らないとかなんとか言ってよ

 

 一瞬だけ虚を突かれた顔をしてからすぐに白々しい態度で自分は無実だとでも言う様に両手を上げて頭を横に振る義男を見る俺の目が胡乱なモノになっていく、視界の端に見えた龍驤の顔もゴミを見るような顔になりその横にいる鳳翔は悪友を弁護するわけでもなく貼りつけた様な微笑みを浮かべるだけ。

 そんなふうに言い争う俺と義男の声や高雄が指揮を執る三人の駆逐艦に追いかけ回されて必死に逃げる秋津洲の「かもー!」と叫ぶ悲鳴が響いた時、不意に広く白いオアフ島の東沖に幾つもの大きな影が差し掛かった。

 

「なんだ? ・・・あれはC-17? だがあの数は」

「おいおいおい何機来るんだ、まさかあれか? 民間人全員救出大移動とかするつもりか?」

 

 俺達が見上げた空から微かにエンジン音が聞こえ高高度の雲の向こうから徐々に姿を現してくる機械の怪鳥は一機や二機どころではなく、オアフ島全ての空港を使っても受け入れできるか怪しい輸送機の大群が【U.S.AIR FORCE】と刻まれた鼻先で風を切りながら次々に俺達の頭上高くを横切っていく。

 

「提督、離れているので艦種までは判別できませんけれどあの輸送機の全てから艦娘の気配を感じます」

「えらいこっちゃなぁ、しかも五、六人やないで、一機に何十人と乗っとるみたいや」

 

 方向から見て真珠湾の国際空港へと飛んでいくらしい輸送機をポカンとした顔で見上げていた俺と義男へと近寄ってきた龍驤と鳳翔が砂浜に大きな影を作っては通り過ぎていくそれらの中に複数の艦娘の存在を感じたと知らせてくれた。

 

「は・・・? あー、新型核ミサイルの次は艦娘の物量作戦かよ、くそっ!」

「ある意味これもアメリカのお家芸だな、まったく本当にふざけている」

 

 そして、二人の感覚を信じるなら一機のC-17に数十人の艦娘が乗っており頭上を今十機目が通り過ぎたと言うのだから単純計算で百人以上の艦娘達がハワイへの着陸を待っていると言う事である。

 

「そりゃ鎮守府もマナ不足になるわ! ドンだけ日本からパクったんだよ!? ふざけんなよなっ!」

 

 その場に居る全員が青い空と輸送機の群れを見上げる中、やけに激昂して叫ぶ義男程では無くともそれだけの対深海棲艦戦力がアメリカに存在していたなら「俺達はこのまま日本に帰ってもいいんじゃないか?」と誰にでもなく言いたくて仕方なかった。

 

・・・

 

 虹色の光が見下ろす黒い色に染まった海原で薄衣の夜着を纏った美女が両膝を揃えて跪き深く深く頭を下げ、凪いだ海面に額が付き長い長い黒髪が水に浸かるのも厭わずにただ自分の頭上へと両手を掲げて手の平の上の黒いリボンを捧げ持つ。

 

 退廃的でありながらどうしようもなく完成された美貌を持った巨人、戦艦棲姫を見下ろすのは彼女自身が女王と崇拝する美の頂点と言っても過言では無い容姿を持って生まれた白いドレスを纏う深海棲艦の最上位者。

 泊地水鬼は目の前に跪く与えた命令を果たせなかったどころか許されざる越権行為に手を染めて罪人となった不出来な義妹を見下ろし、冷めた表情を浮かべた白い細面が大儀そうに戦艦棲姫に付き従った下僕の群れを流し目を送る。

 

 何度見回しても、何回聞き返しても、帰ってくる思惟(報告)は同じ。

 

 義姉妹(同盟者)である空母棲姫はあの小さく醜い欠陥品(艦娘)の凶弾によって轟沈し、残ったのは空母棲姫が身に着けていた黒いリボンとほぼ半数にまで減らされた進攻艦隊。

 

 水晶の島の玉座に座する泊地水鬼はまた改めて黒海に這い蹲る戦艦棲姫を色の無い顔で見下ろし、おもむろに座から立ち上がり200mを超える巨体が一歩ごとに全て霊力の結晶体で造られた島に地響きを轟かせて数歩で海岸に立つ。

 真珠を溶かして編み上げたかの様な艶と煌めきを持った白い長手袋がただひたすらに平伏し黒いリボンを捧げ持つ戦艦棲姫へと伸ばされ、戦艦の手の平から垂れる布地に触れかけた指先が僅かな躊躇いに強張って止まる。

 

 手を伸ばせば触れる事が出来る距離に敬愛する主人の気配を感じながらも戦艦棲姫は顔を上げず身動ぎ一つせず自分が海上で行った罪への判決を待つ。

 そして、捧げ持っていた空母棲姫の遺品をするりと抜き取られ真珠色の細指に絡んだリボンがまるで生き物の様に端をうねらせ戦艦棲姫の両首へと巻き付いた。

 

 直後、容赦なく肌へと食い込む細布による痛みに悲鳴を上げそうになるも戦艦棲姫は“女王の許しが無い以上は思惟の一つも漏らす事は許されはしない”“そも己は臣として既に主へと身体も魂も全て捧げた身なのだから”とその身の奥深くで自らを律して呻きを噛み殺し、恐らくは自分の罪に対する断罪であろう肌の下の神経まで犯す耐え難き苦痛に耐える。

 

 数分か、数十分か、それとも数時間か。

 

 不意に戦艦棲姫は自分の腕に巻き付いてそのまま両手を千切り落とされるかと錯覚する程に締め上げていたリボンの感触が無くなっている事に気付き、何時まで続くか分からない拷問の様な時間と激痛に朦朧としていた紅い瞳を幾度か瞬かせる。

 

 “顔ヲ上ゲナサイ”

 

 そして、告げられた有無すらも許さぬ支配者の思惟(一言)に従い戦艦棲姫は黒い海面から顔を上げて泊地水鬼を見上げ、罪人である筈の自分を慈しむ様に瞳に宿る灯火で見下ろす女王の表情に内心を困惑に染める。

 そんなふうに起き上がった戦艦棲姫へと泊地水鬼は再び手を伸ばし、無為に掲げ伸ばされたままになっている白磁の肌に巻き付き肌に同化した一対の黒い腕輪(ブレスレット)を指先でなぞる様に撫で。

 

 滑らかな白肌を飾るアクセサリーと成ったかつて空母棲姫の身体の一部だったパーツから静電気の様な瞬きが戦艦棲姫の脳裏に走る。

 

自分が今回の手柄によって

最も女王の寵愛を受ける身となったなら

余裕と気品に満ちた義姉として

衣服を砂浜に脱ぎ散らかす事を趣味にしている

はしたない義妹が少しでも上品さに目覚められるよう

 

アクセサリー(・・・・・・)の一つでも作ってやるべきだろう

 

 泊地水鬼へと己が見聞きした全てを包み隠さず報告したと思っていた戦艦棲姫は自分が持ち帰った義姉妹の遺品に残っていた今にも消えそうな思惟の残滓(戦艦棲姫への親愛)に目を見開き愕然とした表情で濡れた黒髪がしな垂れかかる肩を震わせた。

 

“最早、貴女達、二隻(・・)ニ私自ラノ出陣ヘ否ヲ唱エル事ハ許サナイ”

 

 お前達は私の所有物なのだからその魂に刻まれた命の理(階級制度)に従わねばならない、そう告げる女王の思惟に戦艦棲姫は今まで経験した事の無い感情による身震いを必死に止め、震える心の奥から絞り出す様に了解の思惟を返す。

 

我ラ二隻(・・・・)、変ワラヌ忠誠ヲ女王ヘ捧ゲ致シマス”

 

 そして、虹色と黒に色分けされた広大な空間(限定海域)に泊地水鬼による大遠征を告げる思惟(号令)が響き渡り、彼女の支配下にある全ての深海棲艦が戦列へと馳せ参じ。

 さらに前回の戦いで失った戦力の補填と増強を命じられた戦艦棲姫は泊地水鬼の寝所に侍らされ、水晶の泊地から直接供給される資材と霊力を以て深海棲艦の大量建造を始め。

 

 ハワイ沖に渦巻く昏い光の最奥で水晶の島を囲う黒鉄の艦隊は一分一秒ごとにその規模を膨れ上がらせていった。

 




 

斯くして、水晶島の女王は征伐の戦へと出陣する



 
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