艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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怒ってないわよ?

むしろ私を怒らせたら大したものだわ

・・・本当よ?
 


第百四十三話

 晴天の下、突貫で造られた為に舞台と言うには飾り気のない壇上の階段で鉄の靴が硬い音を立て、静まりながらも確かな興奮を孕んだ空気が漂う広場の中心に鮮やかな金髪とサファイアの瞳を持った美女が現れる。

 

 見た目だけならばその場に居並ぶ軍人達の代表として立つにはあまりにも若い、しかし、その可愛らしくも凛々しい雰囲気を纏う立ち姿に彼女へと注目している全ての人間がわけも無く気圧される。

 

 

 ―――私の名はコロラド級戦艦一番艦、戦艦コロラドよ

 

 

 そして、自分こそが深海棲艦の侵略によって窮地にあるハワイへと救援に駆けつけた艦娘の代表であると告げる。

 

 アメリカ合衆国軍から派遣されてきた救援部隊である彼女の声に人々の騒めきが波紋の様に広がり、無数の視線を向けられながらも欠片も臆する事無く静かにそれでいて力強く胸を張っているコロラドの背後に多くの人間が鋼鉄の艦影を幻視した。

 

 

 ―――だから、こんな事は改めて言うまでもない事だとは分かっている

 

 ―――それでもこの場にいる230名の艦娘、そして、勇気ある軍人達

 

 ―――自由と民主主義を護る者達、その全ての代弁者としてここに宣言するわ

 

 

 コロラドが立つ舞台を背に整列した精悍に表情を引き締め襟を正した軍服を纏う軍人達と彼らと対照的に全く統一感の無いと言っても過言では無い個性豊かな姿の乙女達が自分達へと期待の目を向けている市民に応える様にザッと音を立て足を揃え向き直り。

 

 

 

 ―――私達はハワイに平和を取り戻す

 

 

 短くも厳かに戦艦娘が告げた宣言と同時にその場にいる全ての米国軍人と艦娘が一糸乱れぬ動きで敬礼し、その場に詰めかけた数千人の群衆が感嘆に身を奮わせ騒めきが中心から外へと波紋の様に広がる。

 

 

 ―――これは安易な希望や気休めの言葉なんかじゃない

 

 ―――これから確実に達成される決定事項(・・・・)

 

 

 そして、その場に満ちる狂おしい程の熱量に反して彼らの頭上に掲揚された星条旗のはためきが聞こえるぐらい静まり返った広場の真ん中でコロラドは凛々しく微笑む。

 

 

 ―――アメリカ合衆国は貴方達を一人たりとも見捨てはしない

 

 

 直後、深海棲艦の理不尽な侵略によって明日をも知れぬ身であった人々は涙を浮かべて恐怖で抑圧されていた喜びを一斉に開放し、連鎖する感情の発露が爆発と錯覚するほどの大歓声となって南国の青空へと響く。

 

 そんな人々の歓喜の中で報道メディアに携わる者達もまた自分達が世紀の瞬間に立ち会ったのだと確信して民衆の叫びに負けじと己の感動と興奮の強さを表現するかの様にマイクを手にテレビカメラへとその光景の全てを言葉にしようと言葉を尽くし、カメラマンは愛機のボタンが軋むほどシャッターを押し込んでフラッシュを瞬かせる。

 

 きっと、その場にいる全ての人間が自分達の幸運を神に感謝をしていただろう。

 

・・・

 

 熱狂的な雰囲気の中、携帯電話やデジタルカメラの小さなディスプレイを覗き込んで小首を傾げる者や大歓声に紛れる異音に眉を顰めるマイクを掲げていた者がいたり、熱狂する会場の空気に混じる僅かな違和感を感じとる者はそれなりにいた。

 しかし、彼ら彼女らは自分達が立ちあった歴史的な瞬間の眩い光に目を眩ませ、電波に乗って会場の外まで広がる程の熱に浮かされた大多数の人間が自分達の第六感的な感覚が捉えた明確な言葉で表現出来ない何かを深く考えず輝かしい光景をその目に焼き付けるのに夢中だった。

 

 そう言う意味では人々は間違いなく幸運である。

 

 何故なら群衆の騒めきに紛れるほど小さな「何で艦娘の代表がアイオワ(・・・・)じゃないの?」とか「我らがヒーロー、イフリータ(・・・・・)はどこにいるんだ?」など言った本人達すら特に意識して言ったわけでは無い他愛無い呟きを艦娘の優れた聴力によって聞き取ったコロラドが壇上で頼もしい笑顔を浮かべながら不可視のオーラを炎の様に噴き出させると言う、同族である米国艦娘達すら恐れ慄くほどの壮絶な姿に気付かずに済んだのだから。

 

 端的に言ってしまうとコロラドにとって彼らが口々に再びの登場を望み期待感に満ちた声で誉め讃えるアイオワとは横から自分の手柄を掠め取った存在と言えなくもないのだ。

 

 もちろん艦娘の容姿は言うまでも無く嗜好や性格などの個人情報などはアメリカでも国家機密扱いになっている為に一般人が知らないのは無理のない話である。

 くわえて今日まで彼女が合衆国の艦娘(守護者)として生まれたと言うのに国民の危機から遠ざけられていた事に対する憤りや頼りないホワイトハウスと軍上層部の度重なる判断ミスに精神をひたすら逆撫でされていた事を事情を知らない観客達に察しろと言うのは前提からして無理と言える。

 

 けれどコロラドが艦娘の中でも一際プライドの高い性格の持ち主である事もまたもう悲しいぐらいどうしようもない事実なのだった。

 

 ただ、行方不明だった筈のアイオワが深海棲艦の大軍団を前に全滅するしかないと思われていたハワイの防衛艦隊を救う為に文字通り空から舞い降りたからこそ無辜の市民だけでなく多くの将兵の犠牲が最小限と言って言いレベルで済み。

 情報統制も無意味とでも言う様にインターネット上に拡散されていた戦場への戦艦娘の乱入に泡を食ったホワイトハウスとペンタゴンがコロラド達の出撃に必要な大義名分の用意や各種手続きなどを当初の予定の数倍の速度で終わらせたのだから国家全体の事を考えればアイオワの独断専行(彼女を唆した日本人の作戦)は間違いなくアメリカ合衆国にプラスに働いた。

 

 それにアメリカの戦艦として国民の命が護られた事実は何を於いても喜ぶべき事だとコロラドだって承知しているし、そこだけに関しては文句など一つもない。

 流石に彼女だって救援が間に合わずハワイの防衛艦隊が必死の抵抗も虚しく壊滅した後にのこのこやってきて被害者達から罵声を浴びせられたかったわけではないのだ。

 

 だが、それはそれとしてである。

 

 生来の気の強さ(怒りっぽさ)を抑え込み、今にも破裂しそうな堪忍袋を抱えて仲間達を指揮して閉じた箱庭(米国艦娘基地)で行っていた地道な工作活動の苦労を知った事かとばかりに纏めて吹っ飛ばしてくれやがった抜け駆け戦艦娘(アイオワ)への苛立ちや憤りや怒りが全く無いと言えばもちろんNOなのだ。

 

 なので目の前の演説台の上で花束の様にまとめられたマイクに向かって「アイオワが何よ! 彼女よりもっとすごい(ビッグセブン)がここにいるでしょ!?」と怒鳴り散らさないのだからむしろ彼女にしては良く我慢出来ていると言うべきだろう。

 

 もっともその事情を良く知る229人の米国艦娘達にとっては自分達の真後ろで爆発寸前の爆弾がバチバチと火花を散らしている様なものであり、ほぼ全員が心の中でこの出陣式が平和かつ早急に終わる事を願って神に祈っていた。

 

・・・

 

 過去の記憶にあるブラウン管製とは比べ物にならないぐらいの極彩色で臨場感溢れる歓声を部屋に響かせるテレビを横目に新品の指抜きグローブの感触を確かめる様に手の平を何度か握って開く。

 

 今朝届いたばかりの自分専用に作られた装備が魔法使いの様に針と糸を操り躍らせるホウショウの手によってたった十数分で完璧に調整されてぴったりと私の身体に合っている。

 

 まるで身体の一部かと思えるほど身体にフィットするそれは艦娘のエネルギー(霊力)を繊維の内側に通わせる事によって並の装甲板を超える強度を発揮し、さらに深海棲艦の攻撃によるダメージを肩代わりして身を護ってくれると言う現代科学最高峰にして最新技術の結晶(現代に甦った魔法の鎧)だそうだ。

 

 改めて鏡に向かい自分の姿を見れば些か露出度が高くカジュアルなデザインは軍服とするには気になったが全体的にグレーな色使いがかつての自分の船体に通じる頼もしさを感じさせてくれる。

 そして、試しに霊力を服へと纏わりつかせる様に流せば柔らかな布地から鋼鉄の様に重厚な存在感を感じ、直感的に私はこの衣装が手渡された時に聞いた説明通りの高機能装備であると実感できた。

 

 彼女専用らしい大きなツールボックスに裁縫道具を片付けているホウショウへと「こんなに開いていたら勲章は胸にテープで貼る事になりそうね」と自分の胸の谷間を指さし冗談めかして話し掛ければ「式典に出る時にはちゃんと礼装を用意してもらえますよ」と流暢な英語とオシトヤカな微笑みを返される。

 言われてみれば確かに当たり前の事だ、と新しい服にはしゃいで普通に考えれば分かる事に考えが回らなかった自分の頭を軽く小突く。

 

 そうやって装備に不備が無いかを確認し終わってから戦艦Iowa(かつての自分)の艦首を模した金属製の首輪を撫で、ウェストを包むコルセットに記された数字に向かって“やはり私にはこの番号(【61】)が無いと”とこの服を作ったデザイナーの分かっている(・・・・・・)センスに満足して頷いた。

 

 ボロボロに破れた作業着からとは言えこれ程に見違えれば「半人前でも戦艦なら連れて行くだけの価値はある」なんて栄誉あるアメリカ合衆国最後の戦艦に対して失礼な事を言ってくれた太々しい提督もきっと飛び上がるほど驚く事になるだろう。

 彼の言う半人前と言う呼び方に不満が無いと言うわけではないが流石にあの砂浜でNINJA(日本にいると言う怪人)みたいな動きを遊び感覚でやっていた日本の艦娘を知れば今の私と彼女達の間にある経験と実力の差ぐらい理解出来ている。

 

〈 トレーニング? 何言ってんだ、あんなもんレクリエーション以上の意味なんかねぇよ 〉

 

 そんな事をさも当然と言う顔で言われて砂浜に崩れ落ちかけはしたけれど、それでも心まで負けているつもりはない、そう断じてない。

 

 例え自分よりも軽く二回りは小柄な駆逐艦に手首を掴まれた次の瞬間には頭から地面に叩き付けられたり、自分の真横で残像を残しながら攻防を繰り広げる二人の軽巡の姿に狼狽えたり、重巡の正確無比かつ強力なバレーボールの直撃に呆気なく吹っ飛ばされて体中砂まみれにされようと。

 

 合衆国海軍にその艦在りと言われた栄光の軍艦である私のプライドは安くないのだから。

 

〈 まぁ、取り合えず話だけでも聞け 〉

 

〈 まず大前提として新人の艦娘はほぼ必ずと言って良いほど自分の才能を過信する 〉

 

〈 何故かって? 〉

 

〈 第一に人間と艦娘の間にある単純なフィジカルの差が文字通り桁違い(・・・)だってのが大きい 〉

 

〈 第二に基本的な読み書きや計算なら教えなくても始めから知ってるし、地頭も良いから学習能力だって高い 〉

 

〈 んで、仕上げの三つ目、そこに昔の武勇武勲とやらが加われば立派に鼻の伸びた天狗の出来上がりってわけだ 〉

 

〈 だから新人の艦娘を相手にする時には真っ先にその鼻っ柱を折らなきゃならない 〉

 

〈 なんで自信を奪う様な事しなきゃならないかって? 答えはとっても単純明快! 〉

 

〈 深海棲艦とやり合うってんなら人間よりも少し強い程度(・・)で満足しちゃならないからだ 〉

 

〈 まぁ、中には大人しそうな顔して全く油断も慢心しない上に自己目標がエベレスト並に高いなんてヤベェ艦娘もいるにはいるが 〉

 

〈 ありがたい事にアイオワはそう言うイレギュラーじゃなくてスタンダードな艦娘みたいだからな 〉

 

〈 じゃ、分かったなら飯食ってからもうちょっと遊んで(・・・)来い 〉

 

〈 なんにしても艦娘にとっての普通ってのは言葉で言って教えるより本人の身体で覚えるのが一番早くて面倒がない 〉

 

 かつて戦艦アイオワの乗員だった屈強な軍人達を集めて挑んだとしてもあっと言う間に全滅してしまうだろう上陸戦も真っ青な模擬戦闘が実は艦娘基準ではお遊びでしかなかったと言われた時には流石に自分の精神が身体ごとへし折れるかと思ってしまった。

 

〈 あー、なんや、言い難いんやけどさ、あの子らあれでもかなり手加減しとったんやで? 〉

 

〈 て言うか、ここがクレイドルの使える鎮守府なら骨の二三本は覚悟してもらってたとこでちね 〉

 

〈 んふふっ♪ イク達潜水艦のとっておき見せてあげられないのが残念なの~♪ 〉

 

 ただ麦わら帽子の軽空母と二人の潜水艦の聞き捨てならないセリフに思わず〈 嘘よ!? You達はMeを騙そうとしてる!! 〉と叫んでしまった私を誰が責められると言うのだろう。

 

〈 障壁を上手く使いなさい、一部で固めるのではなく守りたい部分を中心に力を循環させるイメージよ 〉

 

〈 霊力端子の位置を常に意識して、そこはハードポイントととしての役割よりも姿勢制御に使う方が多いから! 〉

 

〈 加速する時には足を真横へ滑らせる様に、そう! 砂浜で出来る様になれば海ならもっと簡単にできます! 〉

 

 いや、むしろ事実を直視する前にもう少しだけ冗談めかして揶揄ってくれた方が精神的には良かったかもしれない。

 

〈 あっ、あ、・・・すみません、手が滑りました 〉

 

〈 うぁ~、大丈夫立てる? 手貸すよ~、え、いやでも、膝震えてるじゃん 〉

 

〈 浜風、司令は怪我をさせるなと仰っていた筈よ、狙うならちゃんと障壁が張ってあるかを確認してから撃ちなさい 〉

 

 だって、身一つで空を飛んだり、スタングレネードみたいに発光したり、六人ぐらいに分身したり、下手な自動車より早くスライディングや匍匐前進をする連中が実在するなんて普通に考えて分かるわけないでしょ。

 とは言え実戦形式で教えられた事を得手不得手はともかくそれなり(・・・・)に出来る様になった私も彼女達と同じく人間離れしている存在なのだと思い知った。

 

〈 やっと会えたデース! テートクゥウウ!! バァーニングゥラァーブ!! 〉

 

〈 提督の悲鳴が!? 皆! 金剛はあそこにいるよ!! 〉

 

〈 やっと捕まえたわよ! 三隈とイムヤは足の方を押さえて! 〉

 

〈 金剛さん! 暴れないでくださいな! 痛ぃっ!? やりましたわね!!〉 

 

〈 だから暴れないでって! そんなに船底に大穴開けられたいの!? 〉 

 

〈 撃ったからには撃たれる覚悟があるって事よ! 徹底的に追い詰めてやる!! 〉

 

 つい昨日のエクストリーム・レクリエーション(正気を疑う連中によるお遊び)から芋づる式に思い出してしまった突然奇声を上げながら海から走ってきたかと思えば指揮官らしい青年を押し倒した戦艦やその仲間だと言う艦娘達が躊躇なく指揮官の服を脱がしていた痴女を袋叩きにする光景を振り払う様に頭を振り。

 流石に人目をはばからず男を犯そうとする色狂いや痴話げんかで主砲や魚雷を撃つ連中なんかと一緒にはされたくないと言う想いを吐き出す様に大きく深呼吸を一つ、乱れかけた心を落ち着ける。

 

 気を取り直してもう一度テレビがある方を見れば昨日の浜辺では悪魔にすら見えた日本艦娘達が普通の女の子達の様に和気あいあいとした雰囲気で画面を指差しながら何かを話し合っている。

 日本語にしても「すっごいモヤッてる」とか「キラキラじゃなくてイライラ」とか全体的に感覚的な表現が行きかっている為にいまいち彼女達がコロラド達の様子を見て何を言っているのか私には分からなかったけれどなんとなく全員のリラックスした表情から悪い話をしていると言う感じじゃないのは分かった。

 

 ともかく此処にいる私がなし崩し的に所属する事になった自衛隊の艦娘部隊に日米合同司令部から与えられた任務を改めて思い返してみる。

 それはハワイ沖に出現した渦潮の向こうに広がる限定海域(異空間)に対する偵察であり、あくまでもあの戦艦コロラドが率いる大艦隊を本隊と考えればサポート役でしかない。

 しかし、今も昔も変わらず実戦では何が起こるか誰にも分からない、確固たる未来を見通せない戦場だからこそ脇役が主役を食う程の戦果を挙げてしまったとしても誰も文句など言えないだろう。

 

 今回の作戦で私の指揮を執るヨシオ・ナカムラと言う男はとてもではないが佐官とは思えない気安い態度で太々しく失礼な事を言う、戦艦として約七十年の思い出の中にいる数多のアメリカ軍人達と比べれば明らかに体格は劣るし背だって低い。

 けれど炎の中から目覚めてから数日、実戦に至っては僅かに一回だけどその短時間でも彼から短所を補って余りある戦場を潜り抜けるずば抜けたセンスと成すべきと決めた事は絶対に成し遂げようとする強い意志を感じ取れた。

 

 愚か者、努力の人、恵まれた人、一握りの天才、誰一人として同じでは無い軍人達を数え切れないぐらい見てきた合衆国最後の戦艦である私だからこそ彼が極めて限られた分野で他者を圧倒する才能を発揮するタイプのタフガイ(強者)であるのだと一目で見抜いた。

 

 私を半人前扱いして乗りこなせて当然と大口を叩くと言うなら是非やってもらおう。

 

 でもその自信の正体が単に新人の艦娘だからと見下し油断しているだけだったなら甘い見積もりのツケを支払う覚悟をしていおいて欲しい。

 

 そう考えるだけで心が高ぶり勝手に霊力が肌から溢れ、身体を包むオーラを揺らめかせながら見つめるテレビの向こう側ではアメリカ軍の艦娘達が守るべき市民からの歓声を受け堂々と会場の出口へ向かい行進を始めて最高潮を迎えている。

 

 時計を見れば出撃予定まであと二時間と少し。

 

 深海棲艦によって海に沈められ眠っていた時間と比べれば大した事のない待ち時間、だと言うのに私は仲間であると同時にライバルでもある頼もしい戦友達より少しだけ先んじて憎き深海棲艦へと戦いを挑む事が出来る時が待ち遠しくて仕方なかった。

 

・・・

 

 太平洋を空の最高点から見下ろす太陽の光ですら底を照らし出せない程に深い渦、だと言うのにその渦潮は角度によっては凪いだ海原と同化して姿を消す。

 

『って言うかよ、総勢230人の艦娘とその指揮官揃えて真っ先にやる事が出陣式ってのはどうなんだ?』

『流石に今日明日の事だけ考えてあれだけの軍事力を動かすわけにはいかないんだろ、もしかしたらアメリカは数年先の事を考えてるのかもな』

『米軍ってのは暇なんだな・・・ん? なんだ?』

『暇って・・・もう少し言い方ってモノがあるだろう、まったく』

『威信を以て民を安んずる? あのな高雄、そう言うのは御大層な大義名分考える立場が考える事であって俺には関係ないんだよ、志? 志次第ねぇ・・・』

 

 そんな仄暗い光を渦巻かせる渦潮は暗闇が垣間見えたかと思えば少し視点の角度がズレるだけでエメラルドブルーの透明感を取り戻し、その数m先で口を開ける奈落の入り口へ膨大な海水が雪崩落ちていく。

 

『義男、上官が部下に説教されてどうするんだ?』

『それはともかくだ、こっちは渦潮の計測完了したぞ』

『ああ、こちらも問題ない、データの最適化と送信は・・・ああ、任せるよ夕張、矢矧は防衛艦隊に今から出発すると伝えてくれ』

『相変わらず限定海域周りは空間が滅茶苦茶になってんなぁ・・・観測に回してた鳳翔の航空隊はこのまま直掩に着く』

『了解した、秋津洲は二式大艇を始動! これより我々は中村艦隊と共に限定海域へ突入する!』

 

 近付けば近づく程に距離感が狂い一歩間違えば何処に向かって行くかも分からない奇妙な渦の流れの上を深緑色の大きな翼を広げる巨体が進む。

 

《了解! 秋津洲抜錨かも、じゃなかった、抜錨! 大艇ちゃん発進!!》

 

 リボンと銀髪の尾をうねる風にたなびかせる自らの母艦、秋津洲を背に乗せた二式大艇が四発のエンジン音を轟かせ大渦が作り出す海流ではなく自慢の大出力で波を掻き分けて加速し、唸りを上げて回転するプロペラが生み出す推力と向かい風を揚力として受ける大翼が飛行艇をスムーズに海面から引き離していく。

 

『ホント頼むぜ、この厄介事抱えたまま年越えるかどうかは秋津洲に掛かってるんだからな』

『妙なプレッシャーをかけるな』

『お前だってパッと行ってパッと帰って来たいだろ』

『彼女は繊細なんだ』

『ならお前が実戦で慣らしてやれよ、手取り足取り・・・んっ?』

 

 その全長28mの飛行艇を見上げる軽空母、鳳翔が朱袖とスカートを向かい風に躍らせ唸る艤装のスクリューを推進力で輝かせて加速しつつ完全に離水した二式大艇に目掛けて銀色のワイヤーを放ち、空飛ぶ鯨の様な飛行艇の白い腹へと銀色の先端が食い込み。

 

《なんて力強い翼なの、本当に私達ごと飛べるのね・・・あら?》

 

 そして、深緑色の翼に続いて宙に舞い上がった鳳翔の飛行甲板に搭載されたウィンチがワイヤーを巻き上げていくと彼女の接近を感知したのか飛行艇の底からまるで待っていたとばかりに一対のハンドルが左右に突き出す。

 

『これ、どう言う事だ? 鳳翔の装備スロットに二式大艇が接続されたって・・・』

『もしかして二式大艇がパイプ役になって秋津洲と鳳翔の霊力を繋げているのか?』

『あー、こっちとそっちで霊力を増幅して、そうか! 重量軽減の肩代わりに燃料の節約にもなる!』

『何と言うかまるで飛行機の形をした航空甲板だな、なら秋津洲が甲板やカタパルトを持っていないのもそう言う事なのか』

『ああ、なるほどな! 艦載機は飛ばせない代わりに艦娘乗せて飛ぶ事だけに特化しているわけかっ!』

 

 予想外の変形を目撃して少し戸惑いながらも銀のワイヤーを伝い上昇する鳳翔は両手を伸ばしてハンドルを握り、それと同時に二式大艇を介して繋がった戦闘形態の艦娘二人の間でエネルギーが循環し増幅されていく。

 

『しかし、確か秋津洲も瑞雲ぐらいなら乗せれる筈だが、本当にカタパルトないのか? ・・・もう少し調べ』

『やっぱ良いな二式大艇! 秋津洲の方はともかくとして大艇の方は絶対に欲しい!』

『・・・義男、お前なぁ』

 

 それによって彼女達、空母系艦娘特有の自分達の重量を綿毛よりも軽くする事も可能な能力のコストがほぼ0と言えるほどに抑えられる事になった。

 

《秋津洲はともかくってすっごく失礼かも! それに大艇ちゃんはあげないよ!》

 

 直後、大型飛行艇に跨っていた秋津洲が接触回線で聞こえてきた不躾な青年士官の吐いたセリフにあまり怒らない彼女にしては珍しく激昂した大声を上げ、その下、二式大艇底部のハンドルにぶら下がり着物の裾をはためかせていた鳳翔は少しばかり申し訳なさそうな居心地悪そうな表情を浮かべる。

 

《秋津洲ちゃん、うちの提督が御免なさいね、後でよく言って聞かせておきますから》

《ぇ、あ、鳳翔さんがそんな事気にする必要ないかもっ、中村さんがいい加減で失礼なのは鎮守府で有名だったかも!》

 

 そんな会話を二人の艦娘が交わしている間にも彼女達を軽々と乗せている二式大艇とその護衛編隊である戦闘機達が黒い海水と昏い光を渦巻かせている渦潮の全体像を観察する様に一度だけ大きく周囲を旋回する。

 見かけは直径300m前後とそれだけでも世界最大クラスなのだが艦娘に装備されている電探やソナーなどで測定すれば巨大な渦の端から端までが数kmから十数kmと全く表示する数字を安定させず、彼女達の艦橋内では異常空間を示す赤い影がモニターを大きく染めていた。

 

《いえ・・・やはり直ぐにでも言って聞かせておく必要があるようです》

『ほ、鳳翔、いやさっきのはなんだ、作戦前の緊張をほぐそうとだな・・・ぇ、待て待て、今から偵察任務なんだぞ!?』

《・・・ええ、そうね霞ちゃん、五十鈴さん、代わりにお願いしていいかしら?》

『よせ! やめ、二人とも止めろ! 言い方が悪かったのは認める、だから! 吹雪っ助け、なぜ止める高雄!?』

 

 そうしている間にも二式大艇は巨大な渦潮の周囲を取り囲み不可視の障壁を展開している多国籍艦隊へと手を振る様に尾翼を揺らし、アメリカの軍艦だけでなくリムパックに参加した事で今回の事件に巻き込まれた各国の艦艇の近くに立っている自衛隊所属の日本艦娘達がそれに応えて手や帽子を振っていた。

 

『ちょ、ホントに何を、まって!? それは洒落になら、二人とも俺にそれ以上近付くなぁー!?アーッ!!!

 

 そんな深海棲艦の出現に備えて海上から自分達を見上げる第六駆逐隊(暁、響、雷、電)の四人や拠点艦で待機する事になった仲間達に見送られる二人の艦娘の耳の内側では鶏の鳴き声にも似た悲鳴が響き、秋津洲が若干顔をひきつらせたのに対して鳳翔と言えば素知らぬ顔で向かい風にポニーテールを泳がす。

 

『はぁ・・・まったくこんな時にまで冗談だろ』

 

 そして、秋津洲の艦橋に指揮官の特大の溜め息が落ちたのを合図にして大きな翼を支える四基のエンジンからマナの光粒(推進力)を一際強く噴き出し、二式大艇は渦の中心へと鼻先を向け底無しの昏い光を蠢かせる渦潮へと突入していった。

 




 
E―3 最終海域です。

本海域ではまず敵本隊を見つけ出す偵察作戦の実行が必要になります。

空母または水上機母艦など索敵能力に優れた艦娘を積極的に運用しましょう!





Q,・・・艦娘の索敵値バグらせる指揮官を二人も投入するのは反則じゃないです?

A,なら当たり前みたいにボスマス隠しギミック入れてくるのやめなさいよ。
 
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