艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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精々が十数mの体、たった数十隻の群れ。

纏う装甲は憐れなほど脆くペラペラと風に揺れる。

小枝の様な短い砲身は小突けば折れそうな程に細く。

放つ砲弾と魚雷はどれも砂粒ほどに小さく。

何処をどう見ても奴ら(・・)は脆弱な欠陥品にしか見えなかった。
 


第百四十八話

『・・・大体、分かった』

 

『攻撃力、防御力は言うに及ばずだが、それに加えてに原理不明のワープパンチや玉虫色のスライムであらゆるモノを消し飛ばせる能力まである』

 

『それを抜きに考えても、そもそも霊力を結晶にしちまうって時点で現代科学の敗北を認めるしかねぇわけだが』

 

『それこそ艦娘が何人束になって挑んでもアッと言う間も無く瞬殺されるに決まってる』

 

『と言うかむしろ戦闘が始まった直後にそうなって無ければおかしい(・・・・)わけだ』

 

 

 光に満ちた濃霧とでも言うべき現象の中をガラスを踏み割る様な硬質な足音が響き、光る粒子を押し退けて艶黒の長い髪が走り抜けてそれに引っ張られ風が唸り声を上げる。

 陰影すらも消える強い光の中を地を這う様な前傾姿勢で阿賀野型一番艦は全速力で駆けつつ針路上に無数に点在する半透明な障害物をスルリと猫の様な身のこなしで避ける。

 

 

なのに(・・・)、俺達は連中の目と鼻の先で生き延びる事が出来ている』

 

 

 常人ならば視界を塗りつぶす光粒によって数秒も耐えられず昏倒するだろう異常空間を迷い無く、一寸先すら見通す事の出来ない光を突っ切って鉄靴が水晶の地に足跡を刻み続ける。

 

『深海棲艦の大艦隊に突撃した時の動きから薄々感じてたが、やっぱり間違いない』

 

『あのお姫さん達・・・戦闘の、いや、戦争の仕方(・・・・・)が滅茶苦茶下手なんだ』

 

『まったく完璧な防壁を何重にも最強の大砲をありったけ? 無限の燃料弾薬で飢え知らずってか?』

 

『ここまで完全な「ぼくのかんがえたさいきょう」の化身みたいな軍団だってのに』

 

『一から十まで戦略性ってモンが一欠片もねぇし戦術もお粗末の一言、ここまでくると逆に笑えてくるな』

 

『阿賀野、止まれっ!』

 

 耳の奥から聞こえるペラペラと妙に得意げに垂れ流されている軽口が唐突に命令に変わり、即座に指揮官の指示に従った阿賀野の鋼鉄の靴底(船底)が水晶の地面に踵を突き刺す様にして踏み砕き。

 下手なレーシングカーよりも高速で動いていた十数mの身体をガリガリと耳障りな音を立てながらの急減速させ、灰色の艤装を背負った背中を追いかけてきた追い風に艶やかな黒髪が舞う。

 そして、立ち止まった阿賀野の視界の中で望遠(目視)聴覚(ソナー)電探(レーダー)は当然に霊的エネルギーや空間の歪みまで探知可能な艦娘の優れた全ての感覚(センサー)が得た情報がデジタルに変換され、ずらずらと並ぶ数字の列が声を揃えて一つの計算結果(自分に接近する危険)を知らせる。

 

『二歩前方、右斜め上段!』

 

 しかし、他ならぬ自らの身体が打ち鳴らす警鐘に阿賀野は怯える事無く指揮官の意図を寸分違わず察して超振動の金切り声を上げる太刀を逆袈裟に閃かせ、彼女の頭の上にあった周囲の光に紛れて見えなくなっていた水晶の太い枝が白銀の刃によって容易く断たれる。

 

『んで、気に入らないから目先の敵を先に叩く? 狙いにくいから大雑把に吹き飛ばす? でも、小手先技を使っちまうから引火を怖がってるのが透けて見えるってわけだ!』

 

 スコンッと乾いた音を立てて切断された水晶の枝がずるりと鏡の様に滑らかな断面を覗かせたと同時に阿賀野の周囲を満たす光粒の濃霧が空から襲い掛かってきた凄まじい強風によって瞬く間に光る竜巻へと変わる。

 

『そう言う素直さが美徳にならないのが戦争ってモンだろうよ!』

 

 地面に向かって落ちようとしていた直径数m、下手なバスや重機並に重いだろう水晶の塊が強烈な上昇気流を発生させる竜巻の出現によって重力と浮力を拮抗させてその場で浮遊する。

 その現実感が揺らぎそうな奇妙な光景を前に白銀の残像が宙に浮かぶ水晶の塊を何度も通り抜け、淀みなく振り抜かれた刃がガキンッと地面に深く突き刺さり結晶を容易に裁断する白銀の輝きが鈍い銀色に変わる。

 霊力で構成された物質を切り裂く共振音と発光が消えた太刀を即席の錨代わりにした珍しく神妙な顔の阿賀野の視線の先で二秒ほど経ってやっと自分が軽巡艦娘の手で斬られた事に気付いたらしいマナ粒子結晶が風に弄ばれる木の葉の様に竜巻に乗って飛んでいく。

 

『だから、こうして俺達相手に後手に回るハメになる!』

 

 徐々に自分を覆い隠してくれていた光に満ちた濃霧(光粒の煙幕)が旋風によって消えていくのを横目に阿賀野は地面に突き立てた愛刀の柄を支えに十数トンの質量すらも軽々と宙に吸い上げる竜巻の只中で自らの艤装から転がり出てきた円筒を握って大きく振りかぶった。

 

・・・

 

 下手な高層ビルよりも大きく太い幹から切り離された枝がさらに空中で目にも止まらぬ速さで切り刻まれ、断面から光粒を散らす無数の結晶が阿賀野の投げた対潜爆雷と共に暴力的な風の流れに乗って上空へ運ばれていく。

 

「くらえよっ! 三式弾カッコカリをなっ!!」

 

 マナ粒子が発する無数の光が強烈な竜巻に乗って上へ上へと登っていく様子を俺が注意するまでもなく地面に伏せていた阿賀野の艦橋から見上げ、指揮席のコンソールに指を滑らせて爆雷の安全装置解除と遠隔起爆を命じるスイッチをほぼ同時に押し込んだ。

 

 直後に俺達を丸呑みにしようとしていた竜巻の内で爆雷が爆ぜ。

 

 光る粒子を放出して風に踊る水晶片への引火を連鎖させて暴風のうねりが一秒足らずで炎の龍に変わり、目が焼けそうな閃光から少し遅れて音と言うより空から振り下ろされた鉄槌と言うべき衝撃が全天周囲モニターを揺さぶる。

 

 しかし、その竜巻を内側から焼き尽くして大蛇の様に身をうねらせる火炎の柱はさらなる誘爆で水晶樹の森の大半ごと俺達を呑み込もうと横方向に広がろうとするが瞬きする間も置かず艦橋の天井を染めた赤色が横から叩き付けられた波打つ空間の歪みによって簡単に掻き消された。

 

「ははっ、やっぱり素人だっ! 損切りってのが全く出来てない!!」

 

 見も蓋も無い言い方をするならば泊地水鬼と戦艦棲姫にとって俺達は本気でやれば一撃で始末できる雑魚でしかない。

 

「この場合の正解は自分の家を焼き尽くしてでも敵を殺す事だろうが!」

 

 だが、それをやれば自分達の住処を文字通り粉々に叩き壊しかねない、だから泊地水鬼達は広大な水晶の浮島を潰さない程度に手加減を加えた上でテレフォンパンチみたいな(何処を狙っているかバレバレな)攻撃を逃げ回るたった一人の艦娘にぶつけてくる。

 戦艦棲姫のドデカい鉄腕ゴリラ(超重量級艤装)が背負ったご立派な大砲も空色の天井に向かってそそり立たせているだけ、いくら田中艦隊(良介や時雨達)をギリギリまで追い詰めた空母棲姫が使っていたと言う嵐を操る異能(気圧操作能力)が使えるとしても威力と範囲さえ分かっていれば何の事は無い。

 

「艤装装甲および障壁損傷! 二番砲塔が機能不全!」

「外圧により動力機関の一部が損傷、機関出力低下します!」

 

 吹雪達の報告を聞きながら艦橋の外へと意識を向けると阿賀野の呻き声と彼女の艤装の軋む音が聞こえてきたがコンソール上に表示される情報と妖精が掲げる看板を信じるならばこちらが受けたダメージはギリギリ中破に収まってくれているらしい。

 

「だが、まだやれるだろう!?」

『提督さぁん、阿賀野、もうへとへとぉ』

「頑張れ最新鋭軽巡! 妹達に自慢できるぞ長女!!」

『あ~、もぉぉ・・・提督さんのお願いじゃなきゃ絶対ありえないんだからね』

 

 スピーカーから軽巡艦娘の弱音が聞こえてきたが恐怖で引き攣りそうな顔に全身全霊を懸けて太々しい笑みを張り付け、少しふらつきながら立ち上がる軽巡艦娘の艦橋の真ん中でひたすら阿賀野を煽てるセリフを垂れ流して戦闘を継続させる。

 

「あれは!? 提督、泊地水鬼がっ!!」

「やっと本気になりましたってか? だからどうした、やる事が変わるわけじゃない!」

 

 大半が五月蠅いだけの雑音かもしれないがこんな調子で威勢の良い虚勢を吐き続けなければ一歩間違えば即死する状況への恐怖で俺の頭はどうにかなってしまう。

 

「敵砲、照準されました!」

「上空、敵機もくるわ!」

 

 巨大質量の唸りが水晶の島と空気を揺るがしてメインモニターに光り輝く玉座を叩き割りながら地面に振り下ろされた一対の剛腕と黒鉄の城壁が角ばった頭を突き上げ、身長200mの白ドレスが無数の要塞砲を並べる要塞型艤装の上に座り、数分前に出来たばかりの巨大クレーターの向こうから俺達を睨む。

 

 今、泊地水鬼と戦艦棲姫に一番やられたくない事があるとすれば水晶の島をまるごと放棄する覚悟で行われる絨毯爆撃と制圧砲撃の合わせ技なわけだが都合の良い事に連中は自分達の綺麗なお家の被害を最小限に収めようとしている。

 だから、メインモニター越しにすら伝わってくる巨神の咆哮に気圧されない様に下っ腹に力を込め「どれだけ奴らが威勢良く大砲と爆撃の大編隊を見せびらかしてきてもどうせ決定打は打って来ない」と自分に言い聞かせる様に口の中だけで呟く。

 

「全部放っておけ! 阿賀野もう一回煙幕ぶちまけるぞっ!」

《は~いっ! やーっ!!》

 

 そして、気の抜ける声と反比例するかの様に甲高い金切り声を上げ銀光を宿した刀が目にも止まらぬ早さ地面から引き抜かれたかと思えば一瞬で白銀の軌跡を幾重にも重ね。

 ほぼ同時に聞こえる複数の切断音から若干遅れて周囲の地面や木々が弾ける様にバラバラに切り刻まれ、辺りに散乱した結晶片から艦橋のモニターをホワイトアウトさせるほどに光り輝く粒子が溢れて煙幕の様に膨れ上がる。

 

「とは言え、流石に同じ事二回も三回もやれば対策されるか?」

 

 もっとも煙幕と表現はしたが実際のところ阿賀野の刀が水晶を分解する事で発生する高濃度マナ粒子の濃霧に求めている役割は隠れ蓑では無く、少しでも引火すればついさっき周囲を焼き尽くそうとした炎の龍と錯覚する程の大火炎と同じ規模の爆発が起こる危険性によって泊地水鬼達からの攻撃を躊躇わせる事が目的。

 現についさっきマナ粒子が竜巻と火柱に吹き飛ばされた事で晒された阿賀野の姿を見付けた途端に赤いオーラを纏った白い骸骨共が目ざとくチャンスとばかりに襲い掛かろうとしてきたが再び高濃度マナの放出が起こった途端に攻撃を中止して夏場の蚊に似た動きで群れながらも光の幕をあからさまに避けてブンブンと飛び交う。

 

「敵が余程のバカでない限りはそうでしょうね、でも、結晶の発火点や分解反応に関する情報はもう少し欲しいところです」

「そう言うのは主任達に頼んでくれ、きっと高雄の為に本物の三式弾を作ってくれるだろ」

「ふふっ、期待させてもらう事にします」

 

 ともかくついさっき阿賀野にやってもらったマナ粒子に対潜爆雷で引火させると言うあり合わせでしかない攻撃法も三回目となると対処されるのも早い。

 一回目こそドでかい爆発の向こうに面白いぐらいに慌てた様子で両腕を振り回す白ドレスが見えたが二回目はそれよりも早く無駄なく爆風と火柱を処理され、ついさっきの三回目にいたっては酷く煩わしそうに舌打ちをしながら片腕を軽くスナップさせる泊地水鬼の姿が見えた。

 

 正直なところ妖精の計算を信じるならTNT数トン分に匹敵する大爆発を指を鳴らす程度の気軽さで文字通り掻き消されるともう何をやっても勝てないんじゃないかなんて艦娘の指揮官としてあるまじきコメントが口から吐いて出そうになる。

 

「それはともかく・・・気圧操作か、話しに聞いてた空母棲姫のと比べれば規模も狭いし威力も低く感じるな」

 

 妖精から戦艦棲姫が空母棲姫の遺品を取り込んで能力の一部を手に入れたと知らせてきた時には溶けた鉛を飲んだような気分にさせられたが実際にその自然災害を引き起こす能力を見た後では「思ってたよりも弱い?」なんて感想が出る程度。

 死んだ仲間の力を受け継いで仇を討つ、と言えば中々にヒロイックに聞こえるが水晶島に広がるマナ粒子の煙幕への引火が怖いからそれに頼りっきりになれば艦橋をうろついている三等身の妖精から発動タイミングだけでなく範囲と威力まで全て教えてもらえる俺にとってはジャンケンで必ず同じ手を出し続けてもらっている様なものである。

 

「所詮は共食いの付け焼き刃か、本来の持ち主ほど使いこなせないらしい」

「こっちだってその場しのぎのジリ貧になってる癖にっ、さっさと何とかしなさいったら!」

「いや、ぶっちゃけここから勝つのは無理だろ・・・あ、いや

 

 もっとも泊地水鬼と戦艦棲姫は一目でわかるぐらいの箱入り娘なのは間違いないがそれが簡単に倒せる敵である事とイコールにはならない。

 

「だが、殴り合いじゃ勝てなくても逃げ足では負けていない!」

「んなこと偉そうに言ってんじゃないわよっ、このクズ!!」

 

 霞の怒鳴り声と五十鈴や大鳳の呆れ混じりの視線を受け流しつつ若干漏れた本音を誤魔化しつつここからどう凌いでいくかを考える。

 

「ホントなんであたし、こんなのの艦娘やってるのかしらっ!」

「あら、異動届けなら帰ってからにしてくれる?」

「冗談じゃないったら! 見張り役がいないとコイツ本物のロクデナシになっちゃうでしょ!」

 

 しかし、なんとも面倒臭い事にあのお姫様達は強力無比な能力に対して戦闘経験が貧弱すぎると言うだけで目と鼻の先に叩き付けられた初見殺しや騙し討ちに対して一瞬で最適解を導き出す頭脳と実際にそれを解決する反則的な実力を持っている。

 

「まぁ、結局のとこ今は時間を稼ぐしかねぇな・・・後どれぐらいかかる? 早く来いってんだよっ!

 

 今だって北風で服を吹き飛ばされない様に耐える旅人じゃないが絶えず自分達をも危険にさらす高濃度マナ粒子をばら撒き続けていないと空間を飛び越えて降ってくる真っ白な鉄拳制裁か玉虫色の濁流と化した燃料スライムによる骨すら残らない焼却刑に襲われ即死する事になる。

 そんな容赦の欠片も無い悪いニュースを少し前に知らせてきた三等身を改めてチラリと見れば猫に見えなくも無い形をした生物(ナマモノ)をまるで防空頭巾の様に頭に被って艦橋の床、と言うよりそのさらに下にある波の様の光の帯を内部でうねらせる水晶の地面をドン引きした様な青い顔で見ている。

 

「機関出力は可能な限り最大を維持、阿賀野は走る準備を・・・何だ? 下に何かあるのか?」

《下? 提督さん、下って地面が・・・わっ、わっ!》

「異常振動! でも浮島で地震なんて!?」

「っ!? レーダーにも異常! 空間が今までにないぐらい歪む、備えて!!」

 

 俺の何気ない呟きを切っ掛けにした様に幾つもの赤文字の警告がメインモニターとコンソールパネルで点滅し。

 

「はぁ・・・提督、危険を察知されるならもう少し早く言ってください」

 

 ハチの巣をつついたように騒ぐ艦橋で一人色っぽく溜め息を吐いた高雄がこちらへと振り返り中々に無茶な事を言う。

 

・・・

 

 重々しい音が水晶島の上空に鳴り響き小さな町がすっぽり収まるぐらいの面積をもった水晶岩盤が黒々とした一対の巨腕によって高く持ち上げられる。

 そして、突然空中に出現した大質量を要塞型の巨大艤装が雄々しい唸り声と共に黒鉄の城壁に並ぶ要塞砲を一斉に自らの腕が掲げる水晶島から抉り取られた岩盤を照準した。

 それは独占欲の権化である泊地水鬼にとって自らの所有物を敵と共の焼却処分するのは文字通り身を切るぐらい嫌な事だったが一度コストを支払う事を決めれば後の行動は迅雷の一言。

 

『いや、流石に予想外にも程があんだろ!? 普通やらねえよ! やられてたまるかよ!!』

 

 手が届くだろう近距離から忌々しい敵の神経を苛立たせる鳴き声を聞いた泊地水鬼はその紅く燃える様なオーラを纏った貌に怒りではなく嗜虐的な笑みを浮かべ。

 その光景を目撃した多くの人間達が神話の中の大地を支える巨人を連想し、改めて自分達が戦いを挑んでいる深海棲艦のスケールの大きさに絶句する。

 

 こうすれば、もう逃げられない。

 

 流石にこれ以上の前の敵に手こずり始末を着けられなければそれこそ更に多くの損害を強いられると判断した泊地水鬼の思惟(決断)に恭しく従い戦艦棲姫が今は亡き義姉妹の契りを結んだ同盟者(空母棲姫)から受け継いだ嵐の力を振るい。

 虹色の光が輝く天井に掲げられた大水晶の表面を覆っていた光の霧がまるで蝋燭の火を吹き消す様に霧散した。

 そして、泊地水鬼は自分に侍り従う戦艦棲姫と共に文字通り自らの手の平の上となった敵艦に更なる絶望を叩き付けようと凄絶な笑みと無数の要塞砲を突き付ける。

 

 しかし、その紅く燃える目に映ったのは淡い輝きを宿した巨大な水晶樹の森の残骸とそのひび割れだらけの地面にぽっかりと開いた光粒の湯気を立ち上らせる深い洞穴だけだった。

 

『チャンバー内圧力、許容限界! 早くして暴発するわよ!?』

『荷電粒子加速器、全砲塔に直結! 撃てます!!』

 

 そんな予想外に戸惑った要塞型深海棲艦の巨腕に持ち上げられた水晶岩盤の裏側から蒸気の様にマナ粒子の噴煙が噴き出し、燃え盛る炎の様な二対の翼を纏って大質量の底を戦艦娘が突き破る。

 

『出鱈目をやられたらならやり返すに決まってんだろうが! 榛名ぶちかませ!!』

 

 ドリルの様に螺旋に捻じれた翼を広げ自由落下の中で身を捩る金剛型艤装の船底から幾つもの錨が空中に浮かぶ大水晶に向かって撃ち込まれ、銀色のワイヤーを軋ませながら吊り下げられた両の瞳が有り余る戦意で宝石の様に鮮やかな橙色へと染まっていく。

 

《これ以上の勝手は!》

 

 戦艦娘が殲滅戦を成す上で必要不可欠な攻防一体の機構を削岩機代わりに結晶化する程に凝縮された霊力の中を突き進んだ為に金剛型戦艦艤装の動力機関がエネルギーの過剰供給で悲鳴の様な叫び声を上げ、今にもその身体を内側から破裂させそうな程に詰め込まれた霊力の一部が逆さになった煙突部から赤い炎となって吐き出される。

 

《榛名が!》

 

 数十mの岩盤を貫き間欠泉の様に噴き出す光の飛沫を背に榛名は膨大な霊力力場に晒され変色を始めた琥珀色の瞳で鋭く敵を見つめ。

 自身の分身である艤装から溢れた炎で服だけでなく肌まで焼かれるのも構わずに煮え滾る溶鉱炉を思わせる灼熱を円環型の荷電粒子加速器から主砲へと流し込む。

 

《許しません!》

 

 そして、逃げ回る敵に焦れて盤上そのものをひっくり返した深海棲艦の暴挙に対する返答として場外への回避を行った艦娘が一条の閃光を迸らせ、光の剣と化した荷電粒子の奔流が驚きに目を丸くして硬直した泊地水鬼へと突き進み。

 深海棲艦と艦娘の間にある数kmの距離など意に介せず一瞬で敵を撃ち抜く筈だった亜光速の砲撃は巨大要塞と浮遊島の出現による超重量で砕けた地面の隙間から溢れ出して立ち塞がった玉虫色の水壁に衝突する。

 

『第一主砲、砲塔耐熱限界!』

『ダメージコントロール急いで!!』

 

 まるで未来予知で先回りしたかの様なタイミングで立ち塞がった液体の防御壁、鋼鉄を蒸発させる程の超高温に達する燃焼力と同時に戦艦棲姫の意志以外では決して発火しないと言う特殊性を兼ね揃えた玉虫色の濁流はプラズマの奔流に対して自分から表面を爆ぜさせ火炎と爆風に乗せて大量の水蒸気を放出した。

 

『爆発で相殺、反応装甲としても使えるのか!? そんなの知ってた(・・・・)に決まってんだろ!!』

『一番砲塔もうダメです!』

 

 自らの砲撃に耐えきれなかった第一砲塔が爆発して火柱に変わり、榛名の身体を宙吊りにしている固定錨を次々に切り離され、一基の主砲と艤装の片舷を余剰熱で溶解させてもまだ激しく燃え盛る弾薬庫を背負った戦艦娘が巨大水晶の下から重力に従って落下を始める。

 

『一番はもういい! 基部ごとパージしろ!!』

『霊力供給遮断したでち! 迂回路おねがいしまぁす!』

 

 その被害にも淀みなくスクリューや手足の各所から放出された推進力の光が逆さになっていた戦乙女の上下を正し。

 

『二番も最大出力、照準っ! 撃てぇっ!!』

 

 直後に空中で放たれた第二射が泊地水鬼の壁となって立ち上がった玉虫色に突き刺さり、寸分違わず沸騰して蒸気を立ち上らせている一撃目の着弾点を抉った熱光線によって数百mの巨体を持つ深海棲艦二体を覆い隠す液体防壁の全体から見れば針先程度でしかない小さな穴が開く。

 

 そうして榛名が第一主砲に続いて第二主砲を犠牲にして放った砲撃は腐った重油が如くヌメる特殊燃料の壁を貫きその先に捉えたのは泊地水鬼の驚きに目を見開いた顔。

 

 では無く。

 

 主人を守る為に身を挺して水壁と泊地水鬼の間に割り込んできた鉛色の剛体とその中心にある戦艦棲姫の焦りを浮かべた表情であり、爆風と蒸気によって減衰されてもなお重装甲を貫くに十分な破壊力を持った灼熱の直線が突き出された太く逞しい剛腕を貫通する。

 さらに灼熱の光線は榛名の落下に合わせて薙ぎ払う様に動き、泊地水鬼を押し退けて射線上に立ち塞がった戦艦棲姫とその艤装である重厚な胸板を深く切り裂く様に焼く。

 

『旗艦ガードかよ!? 忠誠心か、それともそう言う風に命令されたのか!』

 

 再びオーバーヒートで砲塔が自爆するまで行われた榛名の二撃目を手の平で受けて胸板まで深く焼き斬られた300mオーバーの巨体が無事な方の腕で確かめる様に自らの胴体に触れ、鉛色の手の平に掛かる黒い血飛沫が噴き出す胸を見下ろした戦艦棲姫が数秒遅れで苦悶の表情を浮かべ泊地水鬼の前に膝を付く。

 

『くっそっ! なら旗艦変更でっ!』

《提督、ダメです! 榛名以外の艦娘では大丈夫じゃありません!》

 

 落雷の様な地響きと共に姫級戦艦が辛うじて意識と保ち巨体を支えようと突いた拳と両膝が水晶島全体を激しく揺らし、筋骨隆々の大艤装が歪な鋼の顎を限界まで開き大咆哮を放つ。

 

『大丈夫じゃないって何がっ!? うぉぁああっ!!』

 

 空間を波打たせる程の衝撃が地面に向かって落下している最中の艦娘の身体を捉えて殴り飛ばし、見えない巨人の拳が如き横殴りの直撃によって榛名は激しく鳴動する水晶の地面に叩き付けられる。

 人の手で鍛えられた鉄鋼よりも遥かに軽く薄くそれでいて優れた防御力を発揮する不可視の障壁が粉々になり、さらに衝撃吸収構造を編み込まれた金剛型の戦装束が装者を守る為に自壊して臙脂と白の布地を散らし、それでも贖い切れなかったダメージが痛々しい跡を深く刻む。

 

 自分の大胆な行動を切っ掛けに二転三転と一気に動いた状況について行けず自分を庇った戦艦棲姫の背中に唖然としながら今までに経験の無い悍ましい何かが心に湧き上がってくる感覚に泊地水鬼は戸惑い。

 

《かはっ・・・これ、以上》

 

 不意に微かに聞こえた鳴き声(呟き)に動揺で震える紅く燃える鬼火を宿した視線を向け。

 

《はぁ、はぁ・・・これ以上のっ》

 

 その先に見えた蜘蛛の巣の様な割れ目が四方八方に走る輝く水晶の地面、奇しくも自分を護った義姉妹(同盟者)と同じ戦艦の(艦種)を感じる敵の姿に今まで経験した思い通りにならない苛立ちや従僕を奪われた燃える様な怒りとは明らかに違う強い未知の不快感が泊地水鬼の中で膨れ上がる。

 

勝手は許さない(・・・・・・・)と》

 

 それは無様に地に這い蹲り大破の黒煙を上げ、それでも折れた腕を突いて無理矢理に身体を持ち上げ、鬼気迫る戦意を宿した表情に裂けた額から光粒に解ける血を滴らせる。

 

《榛名はそう言いましたっ》

 

 荒れ狂う戦塵にうねる長い髪が黒灰色から白灰色へ、白灰色から黒灰色へと何度も何度もグラデーションする様に変色を繰り返す様子は遠目に白黒の縞模様(ダズル迷彩)にも見えて。

 まるで二色の蛇達が身を絡め合う様に蠢く様に風に弄ばれるその髪の下で深海棲艦の支配者を睨み上げる琥珀色の左目が内側で青白い輝きを明滅させ、その瞳孔に四枚の花弁を結んではほどく。

 

 あまりにも強力な破壊力故に引き金を引くだけで自らすらも破壊してしまう歪な兵器(艦娘)が更に次の段階へ、自分達(深海棲艦)を確実に殺す為に進化をしようとしている事を直感した泊地水鬼は身の内を這いあがる耐え難い不快感の正体、その魂に刻まれた全ての生命が従うべき規範をこれ以上なく冒涜する悍ましい異物(怪物)への怖れ(・・)に突き動かされ衝動的に腕を振り上げる。

 

 その空間を自由自在に歪める白真珠の指先に従う無数の爆撃機と大口径要塞砲が榛名を襲うよりも早く(・・)、彼方から飛来した超音速の砲弾によって汚れ一つ無かった手の平が貫かれて滑らかな五指が弾け黒い血肉を飛び散らせた。

 

『チェックメイトだ、お姫さん』

 

 その皮肉気な言い回しの笑い声の意味を人語を理解できない形に生まれた(造られた)深海棲艦が知る事はない。

 

『足下に気を取られ大局を見失うとそうなる・・・どうだ、勉強になったか?』

 

 手首から先が無くなった自分の利き手を不思議そうに見詰める泊地水鬼に理解できたのは目の前にいる死にぞこないと同等の格と質をその身に宿した数十の敵艦が高波を蹴破りながら水晶島の中心へと砲身を向けている光景。

 そして、何者にも害される事のない全ての頂点にあると思い込んでいた自分達に天敵(・・)と言えるモノが存在していたという容赦の無い事実だった。

 

『もっともお前らがこれを次に生かす事は出来ないだろうけどな』

 




 

 赤い飾りに縁取られた白袖が打ち振るわれ。

 号令の下に星条旗を纏う戦乙女達が稲妻の矢を放つ。

 輝く水晶島が降り注ぐ鉄の雨によって黒に染まる。

 
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