“結果は決まっていた”
自分の中にある数多の
「豕雁慍豌エ鬯シ様、如何ナサイマシタ?」
そして、確かに自分の手は夥しい血の流れに曝され黒く染まった。
「アラ、ドウヤラ私達ノオ姫様ハ寝呆ケテラッシャルミタイ、フフッ」
確かそのはずだと言うのについさっき目の前で輪郭を失い水の様に指の間から溢れて落ちた相手に再び触る事ができた事に、指先に白い肌の感触と穏やかな微笑みが返ってきた事に驚き戸惑う。
そんな自分を見て何を思ったのか戦艦の姫が浮かべた穏やかな微笑みに荒ぶる波を物ともせず急激に接近してくる敵との戦いの最中である事を忘れかける。
「オイ、謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォ、貴様・・・」
水晶の森の残骸と広い海原を染め上げる一面の黒色を見ているはずの視界に重なる薄膜が映す景色、上下左右全て綺麗な平面で作られた
「何ヨ遨コ豈肴」イ蟋ォ、ソノ目ハ?」
先の戦いで散りもう何処にも居ないと聞いていた
艤装の動きが奇妙なほど遅く感じ始め、自在に舞わせていた飛行端末の制御に遅延が発生し、矮小な敵が喚き散らす無礼極まる砲声が遠のいていくような錯覚に襲われる。
眠気にも似た視界を覆うように広がる異常を振り払うために何度も瞬きを繰り返し、反応が鈍くなっていく身体に命じて腕を持ち上げて今ここに居る筈のない存在ごと敵艦の群れをかき消そうと指先を伸ばす。
しかし、利き手に空間を歪めて引き寄せる力を集めようとした自分の目に
「ヨモヤ貴様、豕雁慍豌エ鬯シ様ノオ眠リヲ妨ゲル様ナ不埒ヲシテナドイナイダロウナ?」
「アノネェ、人聞キノ悪イ事言ワナデクレル?」
そして、
気付けばより強く自分の感覚が外側から内側へと引っ張り込まれていく。
「流石ニ私ダッテ時ト場合グライ選ブワヨ」
「フンッ、鬼級トハ言エ駆逐艦ニマデ手ヲ出スヨウナ奴ガ言ッテモナ」
ムッとした表情で憤る戦艦の姫と涼し気な顔でそれに対する空母の姫。
「・・・ソレトコレハ話ガ違ウデショ?」
「ダガ、日頃カラ自ラノ行動ヲ反省シナイカラ疑ワレル事ニナル」
それぞれ姫級の格に相応しい力を宿す二隻の慣れ親しんだ気配に呆気に取られていたら自分の白い手袋に包まれた手が勝手に動いて、口元を押さえたかと思えば唇を小気味よく擽る小さな
「モゥ! 豕雁慍豌エ鬯シ様、笑ッテイナイデ遨コ豈肴」イ蟋ォ二言ッテヤッテクダサイ」
違和感があるのに何が違うのかが分からない。常に頭の中をかき回されている様な不快感と心地良さが混ざる感覚。
肌を撫でる自分の手が視界にあるだけで確かな形で表現する事のできない不自然さが疼く。
けれど、手の平が腕の先にあるのは
「答エニ窮スルダケナラマダシモ殿下ノ御手ヲ煩ワセルカ・・・マッタク」
そうして正体の分からない違和感の在り処を探していたら空母の姫に掛けられた疑いの視線に根負けしたらしい戦艦の姫がこちらへと仲裁を求める様な表情と仕草を見せる。
何故かは分からないが両方から
そう、この二隻は目をつぶればすぐに思い出せるぐらい些事から大事まで何かに付けては競い合い、仲裁しても何かの切っ掛けで懲りずにお互いの領分に横槍を入れては額と角を突き合わせていたな、と懐かしくなる。
「ネェ、遨コ豈肴」イ蟋ォ」
「ハッ、殿下!」
どちらも相手より自分が上位であると自負して向かい合えばあからさまに疎ましそうな表情をするのに明確に相手を否定や拒絶をするわけでもなく、度々、二隻だけで連れ合い親密に戯れている姿を見た事もある。
そして、いつも通りに仲違いしている仲の良い近衛艦達の様子を楽しんでいたら今度は空母の姫に向かって手だけでなく口まで勝手に動き出した。
「ソンナニ心配シナクトモ昨晩ハ謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォト何モ無カッタワ、安心シナサイ」
そして、喉の内側が小刻みに震えると言う今までに経験のない不思議な感覚と共に勝手に動く舌と唇が目の前の
「ソウデスカ・・・」
数秒、
「タダ、ソウネ、フフッ♪」
奇妙な違和感はまだ少し感じるけれど目の前にいる二人が間違いなく自分と
「地上ノアクセサリーノデザインモ中々ノモノナノヨ、謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォ、ソウヨネ?」
「豕、雁慍豌エ鬯シ様!?」
ワタシの
「コノ子ッタラ出航前ニ地上ノ、日本ノオ店ノカタログヲ取リ寄セテタノ、ワタシニ一緒ニ選ンデ欲シイカラッテ」
空母の姫直属の下僕に手を出した時に黒鉄のロングブーツで背中を思いっきり蹴られてもここまで狼狽えて無かったのに、と思い出しながら初めて見る戦艦の姫の慌てっぷりに感じる新鮮さがこれ以上なく愉快で仕方がない。
「デモネ、私ガ青紫ノリボンガ良イッテ言ッタラ謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォハ玉虫色ノケープノ方ガ銀ノ髪ニ合ウッテ言ウノヨ?」
「待ッテ! 姫様、後生デダカラソレ以上ハ!」
「リボン? ケープ? 一体何ノ・・・ン?」
自分の口が開いては閉じてを繰り返して紡ぎ出すその音がどう言う意味を持っているのか、どうして姫級達から今まで見た事のない無い反応を引き出せるのかは分からず。
「全部欲シクナッチャウグライ素敵ナ商品バカリデ一晩中見テテモ飽キナカッタワヨ」
しかし、ワタシは想像もしてなかった
「謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォ! ヤハリ殿下ノ寝所ニ忍ビ込ンデイタンジャナイカ!」
「チョ、チョット豕雁慍豌エ鬯シ様ノオ知恵ヲオ借リシタダケヨッ!」
「貴様モ殿下ノ近衛艦デアロウガ! 今回ノ外遊ハ豕雁慍豌エ鬯シ様ニトッテ初ノ公式外交ナノダゾ!?」
そして、ワタシの鳴らす
「嗚呼・・・、二人ハ本当ニ子供ノ頃カラ変ワラナイワネ」
義姉妹の手を借りて揺り籠から立ち上がり完成したばかりの両足で穢れ一つ無い水晶粒の浜に夢中で足跡を作った記憶。
妙に身体が小さい戦艦と空母の姫級達が絵本を自分が先に読むのだと意地を張って取り合っている思い出。
駆逐艦も巡洋艦も戦艦も空母も、山程の大艦隊をと求めていた望みが叶い美しい義姉妹と共にひれ伏す艦隊を見下ろした時の感動。
静止の声を上げて追いかけてくる家臣達を尻目に何度もお城を抜け出して三人で城下町や海底を探検した輝かしい日々。
知っている記憶と知らない記憶が混じり合い、
けれど両方とも同じ
『日本国入国管理局ヨリ承認ヲ確認、コレヨリ新横須賀鎮守府港ヘノ入港ヲ開始シマス』
大きな渦を巻く様に頭の内側から溢れ出てきた
ふと横目に振り返れば驚くほど洗練された豪奢な装飾が輝く流線形の
「スゴイワ、見テ二人共・・・全部、全部ガ、トッテモ綺麗!」
しかし、それは直後に自分や義姉妹達が作り出したどの
「エエ、流石ハ御先祖様達ヲ退ケタ者達ノ末裔ト言ウ事カシラネ・・・特ニアノ宇宙マデ届クト言ウ塔ニハ感嘆スルシカナイワ、確カ・・・軌道エレベーターッテ言ウンダッタカシラ?」
「フンッ、ソレハ言葉無キ時代ダッタカラダ、カツテノ同胞同族ニ今ノ我々ト同等ノ知恵ガアッタナラバ深海棲艦ノ祖ハ人間ヨリモ優レタ王国ヲ地上ニ造リ上ゲテイタ」
「アラアラ、後知恵ナラナントデモ言エルワネェ」
「シカシ、古今東西、敗北主義ガ国ヲ栄エサセタ事ハ無イ、ソレニ如何ニ高イ塔ヲ建テ並ベヨウト我ラガ祖国ノ美シサニ勝ルモノデハナイ」
意味は分からないがそれでも耳に心地良く感じる音色を左右で奏でている二人に寄り添われ、まだ幾らか距離のある色鮮やかな大地へすぐにでも
「ッテ! 豕雁慍豌エ鬯シ様オ止シニナッテクダサイ、到着シタ途端ニ国際問題トナレバコノ場ニイル全員ガ処分サレルダケデハ済マナクナリマス!」
「確カニ謌ヲ濶ヲ譽イ蟋ォノ言ウ通リ、此処ハ我々ノ領地デハアリマセンノデ・・・マァ、領地デアレバヤッテ良イト言ウワケデハナイワケダガ」
しかし、今まで見た事がないぐらい大きな大地、あの色鮮やかな島々にも引けを取らない素敵な宝物を身の内から溢れる衝動に任せてすぐにでも自分のモノにするべく手を伸ばし力を使って
そして、左右に侍る二人からいつか見た事がある顔で見つめられ、不意に艦隊を統べる者としての立ち振る舞いを二隻から学んでいた水晶の島での日々が脳裏に過った。
どちらの世界でもいつも仲違いしている二人だと言うのに
「ソレハ・・・仕方ナイワネ」
姫級である二人から見ても上位者であるワタシの不興や罰を恐れながらも覚悟を持って行われるそれらは大凡において正しく、今、二人が鳴らして伝えようとしている音の意味は全く分からないけれど今回も
だからかワタシの意志によらず勝手に動くこの私の身体も口元を少し尖らせつつも肩を軽く竦めて手の先に編み上げようとした霊力の流れを解いて緑の大地に向けていた手を下した。
「ソウソウ、行儀良クシマショウネ」
「サテ、ヤット案内役ガ来タ様ダ」
「大方、私達ノ従僕ガ整列スルマデ待ッテイタンデショウ?」
「確カニ多少時間ヲトッタカ・・・訓練内容ノ見直シガ必要ダナ」
ホッと一息吐いて微笑む二人の紅い瞳が向く方向から近付いてくる幾つかの艦影、それらは色や形は違えどあの矮小で醜悪な欠陥品・・・と見紛う程に形だけでなく力の質が似ていながらも私達と
「ソウ? 私達ヨリ船足早イダケデショ、艦娘ガ」
「深海ノ兵ハ低練度ダッタ、ナドト先方ニ言ワレレバ恥以外ノ何物デモナイダロウ」
「アンマリ厳シクスルト可哀想ヨ? 貴女ノ艦隊ッテ只デサエ規律デガチガチナンダモノ」
「ムッ、放蕩者ノ従者ト呼バレル方ガ哀レダロウニ」
感じ取れる気配から間違っても
「横浜鎮守府第一艦隊代表旗艦、大和型一番艦大和です。親善大使殿のお迎え及び護衛として参りました」
「出迎エ御苦労、コノ御方ガ我ラガ旗艦ニシテ此度ノ全権親善大使、深海七国ノ盟主タル螟ェ蟷ウ豢倶クュ螟ョ王国、第一王位継承者デアラセラレル豕雁慍豌エ鬯シ殿下デアル」
「ソレデハ殿下、御挨拶ノ言葉ヲ頂キタク」
そうして白く長い衣を羽織り逞しい黒鉄の艤装を背負う戦艦が
“貴キ方々ニ於カレマシテハ御機嫌麗シク、御尊顔拝スル栄誉誠ニ有リ難キ幸セデアリマス”
しかし、その直前、姫級である義姉妹の二人だけでなく周囲に並ぶ普通種の従僕達からすら不自然なほどに聞こえてこなかった思惟が目の前で姿勢を正していた戦艦から聞こえてきた為に口だけでなく体中が強張り私の表情が驚愕に歪む。
「マ、マサカ・・・今ノッテ思惟!?」
「馬鹿ナ! 我ラデモ上位種ヤ先祖返リデモナケレバアンナ強サデ発振デキワケガ!?」
「デモ冗談ミタイニハッキリ聞コエタワ!」
「シカシ、彼女ハ艦娘ダゾ!?」
呆気に取られながらも聞こえてくる
「ちょっと何で、は? 挨拶ハ大事、ってでもよりにもよって今って・・・今日のオヤツは無しね、いいえ、酷くないし当然よっ」
少し聞いただけでも分かるぐらい丁寧で礼儀正しい
「マァ! モシカシテ貴女ッテ私達ノ同族ナノ!? 見タ目ガ完全ニ地上ノ人ダッタカラ気付カナカッタワ!」
そして、いち早く強い驚きから我に返った私はすぐに小走りで目の前の戦艦へと駆け寄り、白いアームカバーと金ボタンのカフスが飾るしなやかな両手を取り興奮と感動を伝えようと何度も振る。
「あ、いえ、決してそう言うわけでは無くですね・・・」
「深海ト地上ノ間デ和平ガ結バレテモウ百年以上、地上ノ人ト結婚シタ同族ガイルノモ知ッテルワ、ダカラソウ言ウ事ナンデショ?」
「え、ぇ? 確かに深海棲艦のハーフやクォーターは結構いますけど・・・いや、そうじゃなくて、ど、どう言えばいいの!?」
緑豊かにして輝く巨塔が並ぶ大地からやってきた者が発した
「私達ノ国ニハ百年前ニ地上ノ人ト結バレタ姫級ノ御伽噺ガアルノ、今デモ人気デ色ンナ劇場デ何度モ上演サレテキタ物語ヨ!」
「は? え? いえ、これには少し特殊な事情がありまして、そのぉ・・・何笑ってるのっ! アナタのせいでしょ!? なんでよりによってこんな大事な時にぃ」
その意味する事は即ち私の支配下へと加わる事を望んでいると言う事であり、同時にどうして
「ダカラ、怖ガラナクテモ虐メタリナンカシナイワ!」
「だ、だから本当に違うんです、お願いですから落ち着いてくださいぃ」
つまり、愛すべき我が近衛艦と従僕達は眼前に広がる大地と珍しい姿形を持った新たな同胞を私に献上する為に、それをより新鮮なモノとするべく敢えて秘密にして私をここまで連れてきたのだろう。
『モォ、強情ネ、ナラ本当ハ秘密ダケド私ノ御祖母様ハ地上デ』
「え? え? なんで接触通信が??」
度重なる失敗を返上して余りある素敵なプレゼントをこうして用意して見せた優れた
「チョッ、ソレハダメヨ殿下!?」
「豕雁慍豌エ鬯シ様! ソレ以上ハナリマセン!!」
そして、はしゃいで仕方ない心のままにあの色鮮やかな島々では無いけれどより大きくより鮮明に瞳に映るもの全てが自分のモノになるのだと確信し新たな同胞となる白衣の戦艦に褒美として肌を許し情を重ね様としたら目を赤白させて慌てふためく戦艦と空母の姫に抱きしめられ新たな同胞から引き離される。
それと同時、再び視界が義姉妹の二隻は言うに及ばず万に及ぶ従僕
ふいに胸を強く打つ
そうだ、ワタシは何も失っていない。失わない。
全てがいつか
夢見心地の果てに視界がひび割れて歪む。
昏い海の底でワタシと共に産まれて以来ずっと天井を七色に染めていた輝きが砕ける。
けれどそれは
ふと、遠くから聞こえてきた“我ラガ
ワタシはもう
気付けば取り返しがつかなくなるほどにワタシを内部から聞こえる何者かの囁きが目の前に差し出したあの綺麗な
だからこそ、自らの手の平が無い腕が向かう先、たくさんの
割れた装甲から黒い
敵の攻撃に装甲を穿たれても黒鉄の壁と化して突き進む同胞同族達、私の所有物でありながらその命を勝手に使い果たそうとしている全ての
“粒子通信回路、起動を確認”
と、
そう、
気が遠くなるぐらい遥か彼方にある眩く美しく温かさに満ちた繁栄を見せる代償としてワタシから
痛み一つなく海へと還る心地良さに包まれて燃え尽きかけている憤怒と最後に残った支配者としての矜持を振り絞って私は従僕達の魂へと
“
未来への道は善意で創られる。
だから、きっと次に生まれてくるのは平和な世界。
そうとでも思わなければ何のために今、罪を重ね続けていると言うのか。
願わくば、地獄に堕ちるのは人間を止めた悪魔だけでありますように・・・。