艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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戦闘終了!!



 


第百五十一話

 

 戦艦棲姫の血で黒く染まった水晶島の中心、泊地水鬼がその身体に殺到した幾つもの徹甲弾によって貫かれたと同時にその真珠色のドレスを纏った巨体を中心に放出された虹色の光が津波と化し地鳴りを引き連れて黒一色の海を七色に塗り潰していく。

 

 それは虹色の発生地点から少なく見積もっても二海里は離れていたとか、戦闘形態の艦娘に数秒で100knotを踏み越える能力があるとか。

 

 そんな事が全て意味をなさないと一目見ただけで理解できてしまう虹色の濁流に否応無く吞み込まれる。

 光の濁流が発生させる猛烈な圧力で指揮席の背もたれに張り付けにされ、ヘッドレストに押さえ付けられた頭が意識ごと何処かに落ちていく。

 そして、万華鏡の中身を目の中に流し込まれたと錯覚する程に極彩色が乱反射する光景にうめき声も上げられずに溺れる。

 

 不意にすぐ近くから聞き覚えの無い「どうしたの?」と話しかける優し気な声が聞こえ、そちらを見れば髪型も年齢も違うのにどう見ても時雨にしか見えない女性が二つの湯気立つコーヒーカップが置かれたテーブル越しに悪戯っぽく笑う。

 

 戦場にいるはずなのに見えてしまった幻覚以外の何物でもない和やかな喫茶店から逃れる様に顔を反らした先にはランドセルを背負った三隈にそっくりな少女と同じ背の高さで手を繋いで歩く早朝の通学路が見え。

 

 曲がり角から見えた小学校の時計が清らかな鐘の音を響かせれば目と鼻の先で純白のウェディングドレスに身を包んだ金剛が現れて淑やかに微笑み、動かしていない筈の手がシルクの滑らかさを感じ取り。

 

 誓いのキスを待つ花嫁のベールに持ち上げ様としていた手が横からさらわれる様にイムヤ(伊168)にそっくりな少女に勢い良く引っ張られ、華やいだ声を上げる彼女と共に色取り取りのイルミネーションに飾られた夜の遊園地を巡った。

 

 かと思えば、前触れなく腕を引く少女が消えて戸惑いながら周りを見回せば幾人もの子供達が賑やかな声を上げる暖かな雰囲気に満ちた教会を背に修道服の伊勢が人好きのする笑顔を浮かべてこちらへと手招きしている。

 

 何が何だか分からずに数度瞬きすればそれだけで陽だまりの教会が消え去り、下手なダンスホールよりも広いエレベーターの中で宙に浮かぶ夕張が眼前の大きなガラス窓ごしに見える澄み切った夜空の様な宇宙を指さし子供の様な騒がしくも楽しそうな声を上げ。

 

 その楽しそうな声に誘われ無重力の中で宙返りすれば目の前に広がっていた宇宙が星空の様な光を瞬かせる海底都市に切り替わり、豪華絢爛な大劇場で深海棲艦の様に青白い肌に暗色のドレスを纏う加賀がその無表情を裏切る情熱的な舞いを踊る。

 

 舞いながらこちらをジッと見つめる深海の舞姫に引き寄せられ一歩踏み出せば周りの景色がまた一変して深い緑に埋もれた廃墟(鎮守府)で立ち尽くし、巨大な機械の残骸(朽ち果てた中枢機構)を見上げていた探検家の様な服装を身に着けた矢矧がこちらを振り向き興奮混じりの笑顔を咲かせる。

 

 どれもこれも見た事の無い景色、耳に入ってくる音全て聞いた覚えはなく、夢の中ですら想像した事すらない無数の世界が広がっていく。

 

 向こう側に居る僕が知る彼女達とどうしようもなく似ているのに明らかに違う存在が確かな幸せを感じているのだと何故か確信できてしまう輝かしい鱗片が視界を塞ぐ。

 さらにそれらは眼球を僅かに動かすだけで何度も入れ代わり立ち代わり、あちらにいる自分が小石を転がす程度の僅かな違いを作るだけで無限の可能性を分岐させる。

 

 自分のいる場所どころか身体すら見失いかける程の情報圧に押し流され意識が()ではないどこか(未来)へと引っ張られていく、まるで“代償を支払えばより良い新しい人生をくれてやる、好きな行き先(可能性)を選べ”とでも言うように。

 

 そんな視神経を直接突き刺す七色の光に水中から澄んだ水面を見上げるような透明な色と感覚が加わり、触れさせられた誰か(・・)の感情とまだ存在しない何か(・・)を感じ取った直後。

 

 唐突にこれから先にあり得るかもしれない未来を映していた万華鏡が裏返り、この世界では出会ってすらいない女性()と生まれてすらいない少年(息子)が振り返りもせずに離れていく後ろ姿が頭の奥に映し出された。

 

 ・・・違う。

 

 確かに前の僕(・・・)はその二人に対して夫としての、父親としての責任を果たせなかったかもしれない。

 

 それでもそんな形の別れ方はしていない! と言うかもっと酷い事になってるじゃないか!?

 

 瞬間、脳髄を殴られたかと思う程に強烈な不快感が今の俺(・・・)現実(正気)へ引き戻す。

 

・・・

 

「ぁっぐ、がっ、ぉあああああっ!!

 

 本当に殴られたわけでもないのに鼻と口に感じる血の味と生暖かさを無理やり肺から絞り出した叫びで吹き飛ばし、見渡す限り全て虹色に染まった全天周囲モニターの正面に向かって腕を突き出しコンソールパネルのレバーの一つを叩く様に押し倒した。

 

「金剛ぉっ、撃てっ! この光を消してくれぇっ!!」

 

 本当に自分は無数の存在しない記憶を頭の中に書き込もうとしてくる万華鏡に抵抗できているのか、果たしてこの声がちゃんと相手に届いているのか、そもそも自分の口はこの時代の言葉でその命令を放つ事が出来たのか。

 俺自身の事なのにそれすら把握できない状態がもどかしく視界を埋め尽くすのを止めてくれない眩しい光の中、不意に何と書いてあるのかも分からない赤色のぼやけた文字列が入り込む。

 

《YES! 任せてくださいネーッ!!》

 

 その底なし沼で溺れもがく様な窒息しそうな感覚が外側から返ってきた金剛の大きな返事のおかげで嘘か幻だったかの様に溶けて消え、光の津波が巻き起こす轟音で穴が開いたと思っていた耳に鋼鉄の軋みが届き、身体や意識ごと全て吞み込もうとしていた虹色に向かって純白の翼が広がる。

 そして、まるでヒナ鳥を守る様にメインモニターを包み込んだ白い翼は無数の羽を散らし、眩しくも昏い虹色を切り裂く太陽の色に似た太い閃光が天井方向へと向かって迸った。

 

「はぁっ、はぁっ、なんだって、言うんだ・・・今のは・・・げほっ、ごほっ・・・」

 

 今度こそ鼓膜が破れて無くなったんじゃないか、そう思える程に猛々しく響く砲声の連発が気付けになったのか虹色に染められていた両目が壊れたテレビよりはマシな視界を取り戻していく。

 正直言うと正常だと胸を張って言えるわけではないが、少なくとも目の中に雪崩れ込んできた幻覚は全て消えたし目の前にあるコンソールパネルの形とついさっき俺の声に応えてくれた立体映像で表示されている金剛の状態が理解できる。

 

《アァアッ!?》

 

 とは言え安心なんてできるワケもなく落ち着く暇も無く金剛の痛々しい悲鳴が艦橋に響き、水晶島から押し寄せてきた超高圧霊力の津波を俺の命令に従って粒子加速器に取り込んで攻撃力に変換して虹色を相殺してくれた戦艦艤装が内側から爆ぜて原型を失っていく。

 

《Shit、これ以上はムリ・・・な訳無いでしょっ!》

「光の波は・・・しのぎ切った、無理をする必要はもう無いっ」

《でも、私まだまだやれ、ますヨー・・・テイトク》

 

 最大出力の負荷に耐え切れずにスクラップと化した艤装だけでなく酷く破れ裂けた金剛の服の下は焼け爛れた身体は誰がどう見ても瀕死の重傷、何より彼女には最初の突撃の時点で防御力を底上げする装備があったとは言え大きな負担を掛けていた。

 手元に立体映像と共に表示される数字も彼女にこれ以上の無理をさせるワケにはいかない事を示しているのだから「むしろ良くぞ此処まで戦ってくれた」と言葉の限りを尽くして褒められなければならないぐらいだ。

 

「泊地水鬼の撃破を確認したのだから戦いは終わった! 俺たちの勝ちだ! だからすぐに・・・っ!?」

 

 血が混じる唾を飛ばしながらそう叫ぶように言い、まだ少しぼやけている視界を左右に振って周囲を見回し状況を確認しようとした俺の耳に幾つもの砲声が届く。

 

 もちろん、その砲撃は金剛によるものではない。

 

 何故なら彼女の主砲はついさっきの無茶な命令の実行で金剛型戦艦の艦橋を模した主機関ごと爆裂して炎を噴き出しているような状態で、いかに本人に強い戦意が有ろうと物理的に砲撃できない状態なのだから。

 

「なんで・・・彼女たちは・・・撃って、いる?」

 

 光の波の圧力で艦橋の床に倒されていた時雨達がふらつきながらも立ち上がる様子に心配の言葉をかける事も出来ずに俺はメインモニターに映る凄絶な笑みを浮かべ千切れかけた腕や足に装備された兵器を黒い海に向かって乱射する米軍艦娘達の姿に呻いた。

 

・・・

 

 七色の津波が通り過ぎたとほぼ同時にゲラゲラと口々に狂った様な笑い声を上げて掲げた星条旗をはためかせ、赤い血を滴らせる戦船の化身達が遠く黒い水平線に聳える城壁の様な深海棲艦の艦列へろくに狙いも付けられていない砲弾や魚雷をばらまく。

 しかし、その悉くが有効射程距離に入っていない敵の艦列に届く事無く見当違いの海面を叩き、一つ残らず無意味な水柱へと変わる。

 

『止せ、何をやってるんだ!? 各艦隊の指揮官はすぐに攻撃を止めてくれ!!』

 

 満身創痍でかろうじてその強靭な精神力で海面に膝をつく事だけはしていない金剛型戦艦の艦橋から彼女の指揮官である田中良介が悲鳴のような要請を通信網に乗せるがそれに対する返答は米軍士官達の[助けてくれ(Help me ,)彼女達が止まってくれない(they can't stop)]と言う半死半生の呻き声だった。

 

『ただでさえ時間がないって言うのに、いったい何が? ・・・は、ぇっ? まさか、艦娘の本能のせいだって言うのか・・・!?』

 

 その防御力によって辛うじて装備が無事だった戦艦や重巡が獰猛な笑みを浮かべ口角に泡を散らしながら光の津波が通り過ぎる前よりも遅くなったがそれでも目に見える速さで近づいてきている敵影へ炎上し黒煙を上げる砲塔を向け砲声と砲弾を放ち。

 横倒しになった空母達が仲間の身体にしがみつき一心不乱に見開いた碧い瞳が向く先へと壊れる寸前のカタパルトを突き上げ、仲間や自分の浮力の維持よりも一機でも多くの戦闘機を発艦させる事を優先し。

 体の一部を失うほどの深い損傷を受けて倒れている駆逐艦や軽巡ですら海面に這いつくばったまま海に沈みかけている艤装に装備された副砲や機銃から弾を吐き出している。

 

 詰まるところ、その場にいる正気(・・)を失った全ての艦娘達は自らの生命の危機を知らせる痛覚すら捨てて【敵を沈める事で自分達の生存権を手に入れる】と言うあまりにも乱暴でこれ以上ないぐらいシンプルな戦闘艦としての本能とも言える生存戦略に支配されていた。

 

『だが、一刻も早く脱出しないと深海棲艦じゃなく深海の水圧に殺されるだろう!?』

 

 必死な声を上げる指揮官の意をくんだ金剛が両手を伸ばして足元で敵艦に向かって少しでも近づくために細腕で波を引っ搔いていた駆逐艦の身体を掴み、自分よりも軽いはずの艦娘の勢いに負けかけた瀕死の戦艦娘がついには両膝を海につく。

 それでも金剛は艤装の大破と肉体の多大な損傷によって解除されようとしている己の戦闘形態を精神力だけで維持するだけでなく意味の通らない獣じみた叫びを上げて暴れる駆逐艦の身体を抱きしめる。

 

『マズイ、天井が割れて、崩壊が始まっている!』

 

 しかし、たった一人の暴走を止められたとしてもそれは限定海域攻略艦隊全体から見れば数十分の一でしかなく、田中がどれだけ制止を呼び掛けても無数の敵に囲まれている状況に狂乱した艦娘達は自分の身から最後の一滴まで力を絞り出すかの様に夥しい弾薬と砲火を吐き出さんとその魂の奥に秘められていた衝動をむき出しにする。

 さらにその中で推進機関が生きている艦娘達が自分達を押しつぶさんと迫る黒い壁に向かってスクラムを組むように一塊に集まり、その手に握られた火砲の残弾の有無や自らに刻まれた損傷の深さなどお構い無しとでも言う様な狂笑を浮かべ海面に這う程にその身体を前傾させて艤装のスクリューを回転させ始め。

 

『よ、止せ、止せ! 止せぇっ!!

 

 喉が嗄れる程に叫ぶ日本人の声はおろか高濃度の霊力を浴びせられマナ中毒を起こした米軍士官達が虫の息で漏らす制止の声すら艦橋の床やモニターに張り付くように体を支えながら仲間の雄姿に狂奔させられた艦娘が神への祈りと共に叫ぶ突撃を望む声に搔き消され。

 [沈められる前に沈めてやる!]と通信網に響く無数の異口同音(英語)が軸の歪んだ幾つものスクリューが巻き起こす轟音と光で混ぜ合わされて一丸と成ろうとする。

 

『そんなの無駄死にだっ!!』

 

 僅かに理性や思考が残っていたのかそれとも艦娘の戦闘本能が現状で実行可能な戦術を選択させたのか重く強い艦娘が盾兵の様に前列に並び、その後ろを軽く早い艦娘が体当たりする様にぶつかり、鋼鉄の重みがぶつかり合う音を立て自分達の加速力による衝撃で骨が砕けるのも構わず無謀な進撃が始まる。

 金剛のボロボロの腕の中で正気と狂気の狭間で[まだ戦える! 私も連れて行って!!]と金切声(英語)を叫び暴れる米駆逐艦の肩越しにその光景を見せられた田中はあまりにもあまりな状況とただそれを見ている事しかできない自らの無力さに拳を強く握った。

 

 言葉だけではどうやっても止まりそうに無い艦娘達の集団暴走。

 

 だった(・・・)、それは唐突に彼女達の頭上へと真っ逆さまに頭から落ちてきた明らかに気絶している装甲空母が高高度からの落下によって蓄えた慣性エネルギーを旗艦変更の輝きと共に衝撃波に変えて叩きつけた事で呆気なく瓦解する。

 

『い・・・? 今のは大鳳か!? と言う事はやっぱり生きていたんだな中村艦隊!!』

『誰が死ぬか!? それよりこんなとこで何やってんだ良介! さっさと脱出しろ!!』

『義男! だが、脱出しようにも彼女達がっ!』

 

 ただでさえダメージを負った身体に襲い掛かった衝撃に耐え切れず米艦娘達の大半がドミノ倒しになってギリギリ動いていた推進機関が次々に機能不全を起こして最後の力を振り絞って無理やりに回されていたスクリューが空転する。

 

『馬鹿か!? お前らはそんなもんほっとけ、時間が無いだろが!!』

『友軍を見捨てろって、見殺しにしろと言うのか!?』

『逆だっ! グダグダ言ってる暇ねぇんだよ!』

 

 頭上から叩きつけられた衝撃で海面に這いつくばった艦娘達が見上げる先で中村艦隊に所属する空母の身体が光の粒に解け、それが次の金の輪を作り出して内側に銀色のアルファベットを書き記していく。

 

『なに? ああ、大鳳はそのまま寝かせとけ! あの光ん中で墜落しなかっただけ上出来だ!』

『さっきから言ってる事が無茶苦茶だろっ! おいっ、聞いてるのか!?』

 

・・・

 

「曳航するにしたって一艦隊を連れて行けるかどうかだ、あの深海棲艦の大軍を突破しなきゃならないっ!」

『っぐぅ、まだ頭いてぇ、あー、くそっ!!』

「だから聞いてくれ、俺達には責任がある、そうだろ? 自衛隊士官としての・・・それでも俺とお前が協力すれば」

 

 コンソールのスピーカーから響く中村の怒声に苦虫を嚙み潰した顔で田中は痛いほどに握り込んだ両手をコンソールパネルに突き、歯を食いしばり指揮席の周りに立ち自分を見守る様に指示を待ってくれている時雨達の傷付きながらもどこか優し気な表情に怯え逃れる様に顔を伏せる。

 

『て言うか、マジで気付いてないのかお前!?』

「例え全員は無理だったとしても俺達には最善を尽くす義務が・・・」

 

 今すぐ目の前にある300人の命を見捨てて逃げれば自分達はまず間違いなく助かるだろうと視界の端で告げる妖精からの提案を首を横に振って拒否し、犠牲は避けられないが少しでも多くの友軍を助ける為の選択を親友も探しているハズだと田中は勝手な期待を中村に押し付け。

 

『時雨だよ!!』

 

 直後にそう広くない艦橋に響いた中村のこれ以上ないぐらいの大声にコンソールの上で握り込んだ手を睨むように伏せていた田中は呆気にとられた様な表情で顔を上げる。

 

「・・・は?」

『時雨に俺達全員のシグナルを覚えさせろ! やれるよな!? 出来るって言ってくれ!!』

 

 完全に冷静さをかなぐり捨てた中村が自分の願望を押し付ける様にぶつけてくる叫びが何を言わんとしているのか、一呼吸分の戸惑いの後に田中は勢いを余らせながら自分の周りで指示を待つ九人の中の一人へと振り向く。

 

「時雨っ!」

 

 そして、指揮官はその駆逐艦娘の名を呼びながら祈るような思いを込め自分をまっすぐに見つめる碧い瞳と向かい合い。

 

「うん、出来ると思っ・・・ううんっ、必ずやってみせるよ!」

 

 その問いかけに瞳に浮かぶ花菱に仲間を助け出す事に特化した転送能力を宿す時雨は自分の指揮官の問いかけに力強く頷いた。

 

「提督、僕が皆を絶対に連れ戻すから!」

「ああっ、頼む!」

 

 時雨の決意に勇気付けられ田中はコンソールパネルに祈る様に跪く様に座っている金剛の立体映像へと触れ、その上に浮かび上がった9枚のカードの中から一枚を掴む。

 

「これより本艦隊は限定海域を脱出する!!」

 

 それが最善手であると自分自身に信じさせる為に大げさに声を張り上げた指揮官へと即座にその場にいる全員の了解の声が重なり。

 黒一色の水平線を埋め尽くす大艦隊と不気味なほどに凪いだ平坦な海、それを天高く見下ろす虹色の太陽と空色の天井がヒビ割れていく。

 そんなゆっくりとだが確実に崩壊していく限定海域(深海の楽園)に向かって半透明のカードが掲げられたと同時、空中で光粒へと解けて消えていく金輪から現れた金髪の戦艦娘が着水の水しぶきを上げた。

 

・・・

 

 頭上からの目も眩む輝きと衝撃波による不意打ちによって海面に叩きつけられた米軍艦娘が極度の興奮状態でマヒしていた痛覚を取り戻し、文字通り叩き起こされた痛みと正気が声にならない悲鳴となってその身体を引きつらせる。

 

『天井の割れ目の周りに見えるあれなんだ、海水だと? ・・・今は天井が高すぎて雲に見えるがその内滝になって落ちてくるってのか!?』

『だが遠くに見えるものに比べて俺達の真上は崩壊が明らかに遅い、と言う事は時間の歪みはまだ残っている』

 

 海面に倒された大半が自分がどこにいるのかすら分かっていないかの様に焦点のずれた視線を右往左往させ、辛うじてショック症状を起こしていない艦娘が立ち上がる事も出来ずに転覆している仲間を抱き起こし。

 

『それを逆手に取れば良い、崩壊の影響で空間の歪みも大きくなるなら短縮ルートも見え易くなる』

『急に冷静になりやがって、で、こっちは死にかけの連中連れて持久戦を・・・ホントなんで俺がこんな事しなきゃならないんだ!?』

 

 そんな彼女達が耳鳴りの様に響く日本語の通信に気付き、自分達よりも確実に現状を把握しているだろうアドバイザー達の艦隊へと縋るような視線を向ける。

 

『それはそうと勝手に死んでくれるなよ? この前の借りを返す相手がいなくなると俺が・・・ああ、そうだな矢矧、俺達(・・)が困る』

『そんなもん死んでも返してもらうに決まって・・・お前らが困るとか関係なく俺らが死ぬわけねぇだろ!?』

 

 しかし、幾つもの青い瞳が期待と共に向けたその先では艶やかに輝く金髪のロングヘアと共にメトロノームの様にフラフラ揺れ、上半身が自身の分身ともいえる艤装の重みにすら負けかけて前後左右にグラグラ傾き、その下でスケート初心者並みにガクガク震える両足は若干内股で非常に恰好が悪い。

 数十の艦娘部隊の期待を最大レベルで裏切っていると言っても過言ではない世にも情けない顔と下手な酔っ払いよりも頼りない姿を戦艦アイオワを原型に持つ美女が晒していた。

 

『まぁ、とにかく分かったならもたもたするな!』

 

 そんな訓練用プールでもここまで情けない恰好をした仲間はいなかったとその場にいた米軍艦娘全員に真顔で確信させてしまったアイオワの艤装が唐突に圧縮空気の放出音と共に小型アンカーを打ち出す。

 

『んで、いい加減アイオワは姿勢制御ぐらい自分でやれよっ!』

 

 英語で話す余裕もないらしい日本人の指揮官へ酷く疲弊した様子のアイオワが[勘弁して、私は貴方達みたいなNINJAじゃない]と掠れた呻き声(英語)を漏らし、艤装の持ち主の意思を完全に無視して打ち出されたワイヤーの先端で鈍銀の錨が仲間の手を借りても溺れかけていた艦娘達の艤装を捕らえて引き上げる。

 

『機関をやられた艦は掴まれ、全員ついてこい!』

 

 見るからに頼りないのに現状では最も最適な行動を行っているアイオワの本来なら強力な戦艦の砲撃の反動を抑え込む為に存在しているワイヤーアンカーに自力航行ができなくなった者達が藁を掴むような顔で縋りつく。

 

『あの水晶島まで行ければ沈没だけはしないからな!』

 

 そんな彼女達の後方、少し離れた場所で金剛に抱きしめられていた水色髪の駆逐艦が自分の身体を守り包んでいた腕の温かさが離れた事に気付き、振り向いた先で光粒に解けながら背中から海へ倒れていく傷付いた戦艦の姿へ反射的に手を伸ばす。

 しかし、駆逐艦である事を差し引いても幼さなく見える少女の指先は光の中に消えていく金剛に触れる事もなく空を切り、John C.Butler級の艤装と一体化したクジラのつぶらな瞳が見つめる先で眩い光が広がって金の枝葉を茂らせ銀文字が躍る。

 

『もたもた、だって?』

 

 水しぶきの様な光粒の雨を振りまき金輪の扉を紅白縞模様の細足が三基の増設推進機関を引き連れ踏み越え、驚いた顔で自分を見上げる米軍駆逐艦へと不敵な笑みを返し水色髪の上に乗せられた水兵帽の星を撫でる様に軽く指で弾いてから両手を海面に着けて極端な前傾したクラウチングスタートの構えをとる。

 それと同時、アイオワが四方八方からワイヤー伝いにかかる仲間達の重みに振り回されて海面に倒れかけながらも艦橋の指揮官達によって行われる姿勢制御補助によってギリギリで転覆しないと言う奇妙な動きを何度も披露しながら比較的軽傷の米艦娘達の手を借りつつ全艦隊を先導し水晶島に進路を向け。

 

『笑えない冗談だ、何故ならこの子ほどその言葉と縁の無い艦娘はいない』

 

 万全な状態なら発揮できる最大戦速と比べて数十分の一以下、通常艦艇の速力と同等まで航行速度を低下させながらも懸命に海を進みすれ違っていく友軍を背にウサギの耳の様にピンと立った黒いリボンが向かい風になびき。

 

『そうだろう? 島風』

 

 その問いに対する返事は「当然」を意味する気合の籠った一声、己の提督に従う事が何よりも最速(最良)の航路であると信じている韋駄天少女が不敵な笑みを浮かべ。

 

 一歩間違えば脱出不能の迷宮と化す異空間へ、一瞬でも立ち止まれば命を落とす敵の大軍へ、既に閉じている可能性すらあるたった一つの出口へ向け。

 

 三基の従者を連れたスピードスターは躊躇い一つなく自らの全推力を開放した。

 




 

撤退

母港へ帰投



 
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