東の水平線から夜明けの輝きが顔を出し、パンッと強く掌が打ち鳴らされる。
今にも塞がろうとしている暗闇のさらに向こうへ向かってその響きを伝える為に。
遠く遠く、数千km先にある海底を覗き見た眼が凄まじい負荷に血涙を零し。
それでも代償である耐え難き痛みを耐え、見開かれた碧眼が彼方と此方を繋ぐ。
暁の水平線に幾つもの扉が開き
空間に穿たれた穴から押し出された人影が海面に落ち。
新たな年の始まりを告げる日の出に幾つもの水柱が飛沫を散らし。
立ち上る黒煙の群れが海と空へと解けて消え。
宝石の様に煌めく海に吹き抜ける潮風が最後の一隻の帰還を見届け祈る様に合わせられていた掌が離れ。
波打ち際、細波が寄せては返す砂浜へと擦り傷だらけの膝が落ちる。
深い傷を負いながらも己が成すべきを成した微笑みが暁の水平線を前に光花の咲く左目を閉じた。
いかにも南国の空だと感じる白い雲が浮かぶ高い青空、ポボンッと空砲が打ち鳴らされる。
祖国を護る為に勇気を振り絞った軍人達へ。
きっと天国にいる彼らへとその響きを届ける為に。
力強くも物悲しい弔いの音が何度も繰り返し天に昇っていく。
「先輩さん、もうすぐ搭乗確認が始まるみたいです」
「不思議な気分だ・・・まだ一か月も経ってないのにここに何年もいた様な、そんな気さえするよ」
「ふふっ、私も・・・大変な事ばかりだったのに今は少し名残惜しいかも、本当に不思議ですね」
遠く離れた国際空港の敷地まで届く弔砲の音に平和な日本とかけ離れた苦難に満ちたハワイでの日々を思い出す。
「こう言うのを喉元過ぎればなんとやらって言うのかな」
当然にあると思っていた自分の安全の保障が無くなった途端にひたすら怯える事しかできなくなった弱虫のくせに掌を返す様にひどく自分本位な都合で世界を滅茶苦茶にする勢いの情報漏洩を引き起こした。
そして、今もまだ収束する事無く続いている多大な混乱の元凶であるはずなのに私は呑気な顔で日本に帰る為の飛行機を待っている。
「その方が都合が良い事があるんですよ、日本にとって、アメリカにとって」
自分がやらかした事の後片付けを協力してくれたジョンソン少尉の部隊や現地メディアの人達に押し付けてしまう申し訳なさもヒシヒシと感じてはいる。
後悔と謝罪はいくらしてもし足りないけれどしがない大学生に国家間の外交云々は荷が勝ち過ぎで、見逃して貰えると言うならその温情に一にも二もなく縋るしかないのだ。
「そして、・・・私達にとっても」
どうやら私よりも物事を割り切るのが上手いらしい彼女の言葉に苦笑いを浮かべ軽く頷き、私へ困難に立ち向かうチャンスを与えてくれた
「いや、でも本当に大丈夫なんだろうか? 帰ったその日に逮捕されるとか、そんな事・・・だけど」
とは言えいざ夢に見るほど待ち望んだ故郷に帰る時が近づいてきている実感が増せば増す程にじわじわと湧いてきた不安をつい言葉に出すだけでなく日本の空港に着いた途端に大勢の警察官に囲まれ手錠を掛けられる自分の姿まで想像してしまう。
もしかしたら新聞の一面やニュース番組で適当な上着を頭に被せられうつむいた私が連行される姿が全国のお茶の間に報道されるかもしれない可能性が少しでもあるのではないか、と考えれば考える程に沼に足を突っ込んだ様な気がして胃と足がズシと重くなる。
「軽い事情聴取で済むそうですし、それも一日もかからないと思います」
「うん、その程度で済むなら良いんだけどね・・・」
「でも流石に大学の欠席はフォロー出来ないらしいんですよねぇ」
日本から私達の無謀かつ違法な行動を手助けしてくれた鹿島の姉妹艦である香椎さんが調べてくれた情報をそのまま信じるなら今回の深海棲艦によるハワイ諸島侵攻の事実をインターネット上に公開した人物の正体は今のところ特定されていないと言う話だ。
けれどそれは表向きでしかなく少なくとも日本政府は私と鹿島がアメリカ本土に無数の暴動じみたデモと混乱を巻き散らかした犯人である事を認識していると見て間違いない。
なにせ鹿島のもう一人の姉妹艦である香取が日本総理大臣の直属組織に所属している上に今回の深海棲艦のハワイ侵攻では方々に手を尽くし問題解決の為に動いていたと言うのだ。
「はぁ、冬休みの内にやるつもりだった課題どうしよう、・・・帰ってからでも間に合うかしら?」
実際、深海棲艦の侵攻の渦中で姉妹艦同士で繋がると言う原理不明のテレパシー能力を使って鹿島が何度か虚空に向かって香取の名を呼び連絡を取り合っていたのだからむしろ私の個人情報だけじゃなく何から何までバレてない筈が・・・今なんて?
「えっ、えぇ? 事情聴取だけでいいの・・・?」
「なんとか提出期限伸ばしてもら・・・あ、はい、嘘を吐かない事を約束する事にはなるでしょうけれどそれもあくまでハワイで私達がやった事の確認作業みたいなものですから」
何かを計算する様に指折り数えていた仕草を中断してシレッと告げられた鹿島の言葉に驚きで目を丸くしてしまう。
「あと、プライベートに関する事は聞かれても黙秘して問題ないです」
そんな私の顔がおかしかったのか小さく笑いを零した銀髪の下で魅惑的な瞳がウィンクして桜色の唇を私の耳元へと寄せて吐息で耳をくすぐる様に続けて囁く。
「万が一の時には財団が後ろ盾に付いてくれますから安心してください、先輩さん♪」
あざとさと可愛いさが極まった悪戯っぽい笑みを浮かべて私の肩に頬ずりする様に凭れかかってきた恋人の姿に私はあっと言う間も無く赤くなったと分かる自分の頬を隠すように手で押さえる。
「あ、そうだ、それよりも落ち着いたら一緒に挨拶しに行きましょうね」
「挨拶? って、・・・誰に?」
「香取姉と香椎とぉ、私達の後見人をしてくれているお爺様とお婆様にです!」
油断すればその場で時間を忘れて見惚れてしまうぐらいに美しい笑顔から繰り出された心臓を鷲掴みにされたかと思うぐらい衝撃的なセリフに硬直し、火照っていた顔から熱が一瞬で吹き飛び暖かな南国にいるのに背筋に氷を突っ込まれたかの様な寒気に震えあがる。
「皆、
いや、鹿島の姉妹艦二人はむしろ自他ともに認める重度の艦娘ファンである私自身叶うならば何時でも何処でも学業ほっぽり出してでも会ってみたいとは思っていたけれど。
でも、そこに世界規模で情報戦を展開できるネットワークシステムや大型サーバーだけでなく艦娘用の軍用機材までもをポンと用意できる巨大企業のトップクラスのVIP、彼女達香取型三姉妹の後見人をしていると言う老夫婦が加わるのはいくらなんでも心の準備ができていない。
もしもその後見人の正体が私の予想通りならその御仁は指を軽く鳴らすだけで私を物理的にも社会的にも綺麗さっぱり消す事が出来る人物なのだ。
けれどこれは仮の話で、そう、まだそうと決まったわけではない、実際に会うまで違うかもしれない可能性は0じゃない。
でも、深海棲艦の侵攻に晒されると言う人生最大の困難を乗り越えたかと思えば日本ではそれ以上に困難な試練が待っていると前触れなく聞かされた私の身体は自分でも情けなくなるぐらい恐れで震える。
「そ、そうだね・・・頑張るよ」
それでも、あの日、鹿島とこれから先も一緒に生きていくと心に決めたのは自分自身で。
だからそこから逃げる事だけはしてはならないだろ、と自らに言い聞かせてなけなしの根性で心を奮わせる。
「はいっ♪」
そんなひどく情けない顔で呻く様な声を出した私の腕に何故かとても嬉しそうな顔をした鹿島が抱き付き、密着する彼女の温かさに嬉し恥ずかしと言った具合でまた顔に火が入る。
「ふっ、俺が赤城さんにふさわしい男になるまでの別れだぜ、グッバイホノルル!」
そんな時、エントランスから搭乗口に繋がる廊下の方から聞こえてきた聞き覚えのある声に見れば一足先に大型ジェット機の入り口で眩しい青空と灰色の滑走路が見える分厚いガラス窓に向かって頭の中身が少々残念な私の友人がU.S.Navyのマークが刺繍された貰い物のキャップを向けていた。
「あいうぃるびー
・・・なんとまぁ、羨ましくなるぐらい悩み事と無縁そうなドヤ顔で中学生でも言わないような頓珍漢なセリフを無駄に力強く言い放った人間の形をした珍獣のせいで周囲の乗客や係員が困惑して騒めく。
何がどう間違ったら
おい止めろ、手を振るな、こっち見るなっ!
なんなんだその誇らしげなニヤケ顔はっ!?
と言うか、彼はまさか赤城さん達がずっとハワイにいるって思ってるのか??
昨日、三人で帰り支度してる時に来月までに自衛隊の艦娘部隊が日本に帰る事になったってラジオから繰り返し聞こえてたし、何なら今さっき居た空港ロビーでもそのニュースがやってただろう!?
「た、他人の振り、他人の振りしましょう先輩さんっ! 絶対目合わせちゃダメです!」
「うぁ・・・、お、お願いだからこっちに来ないでくれ、せめて日本に帰るまでは平穏でいたいんだ!」
・・・
頭全体を締め付けられる様な痛みとひたすら派手に鼓膜を内側から叩く鼓動の音に耐え切れず意識が落ちそうになるがその度に体のあちこちに響く鋭い痛みで気絶する事も出来やしない。
それでも死ぬわけにはいかないから泊地水鬼が地面から抉ってひっくり返した下手な島よりもデカい水晶岩盤の断崖を背に数十人の戦闘形態の艦娘が全員隠れても余裕で収まる深く抉れた大穴を塹壕代わりに応戦を続ける。
そう言えば今は一度目の扉に身体のあちこちを深海棲艦の攻撃でぶっ飛ばされて半死人と化した足手纏いを押し込み、二度目が開くまでの時間を稼いでいたんだったか?
時計が役に立たない空間では体感時間だけが頼りだけれどそれですらもう何十時間戦っているのかさっぱり分からなくなっていたが、それでも田中艦隊はこの限定海域が潰れて無くなる前に脱出を成功させ約束を守った。
しかし、外では十秒かそれとも一分かもしかしたらもっと早いペースで脱出口を開いているのかもしれないが、空間と時間が歪んだままになっているこっち側にいる俺達が撤退のタイミングを何時間も待たされる事には変わりない。
ビルの様にデカい水晶の樹を切り倒して作ったバリケードの外から飛んでくる砲弾、頭は痛いぐらいに冴えているのに眼球そのものが熱を持ってヒリヒリする上に鉛が乗っているかの様に瞼が重い。
大破して戦闘形態を維持できなくなった艦隊の士官と艦娘達を近くにいた駆逐艦娘、確か、そうフレッチャー、その彼女に戦闘不能の足手纏いを拾い集めさせてタイミング良く開いた外への脱出口へと走れと命じる。
幾つかの艦娘部隊を吸い込んだそれが閉じたと思えば破れた天井から降り注ぐ遠慮のない豪雨で要塞型深海棲艦が水晶の大地を抉って作った大穴が湖へと変わっていく。
次に開いた扉には『まだ私は戦える!』とか喚いていた血だるまのじゃじゃ馬を艦載機を全て使い切ってしまった空母組に押し付けて送り出す。
それにしてもさっきから鈍い痛みで集中が乱されているのか先の起こった事と後に起こった事がごちゃごちゃと混ざっている様な気がする。
何せついさっきまでメインモニターの端っこで血の気の引いた真っ青な顔で十字を切って神様に何か祈りを捧げていた筈の
そろそろ本格的にヤバくなってきた視界に気付け代わり平手を打つが頬に痛みは走らず、肺・・・と言うかその周りで折れた肋骨がジリジリと痛む。
《装填! 砲弾! 早く!》とコンソールパネルの上で泣きわめいているIowa級戦艦一番艦の甲高い
頭も痛い、身体も痛いし無事な部分なんか一つもないが大人しく死んでやるか、死んでも脱出して全員で助かってやる。
意地だけを頼りにグルグル回り始めた視界に鞭打ち、状況を確認すれば脱出待ちの残り艦隊が両手の指で数えきれるぐらいになっていた。
だから水晶樹のバリケードをかみ砕きながら頭を出した軽巡ト級のバカでかい二つの口に16inch砲弾を御馳走してやった。
爆散する軽巡級深海棲艦の向こうからやってくる黒鉄の怪物にアイオワのすぐ横で自称ビックセブンが高飛車な大声と砲声を放ち。
大口径砲弾の派手な火柱と爆炎を目印に青赤髪と銀髪銀目の戦艦が千切れかけの手足を水晶のバリケードに突き立てて果敢に追撃を掛ける。
不意に指揮席に座っている筈の身体が勝手に傾いたかと思えば虹色の光も空色の天井も無くなった真っ暗な空間が見え。
その先では限界まで水を流し込まれた風船の様に撓んだ限定海域と外を隔てる境界線が弾ける様に消えていく。
ついに海底の重みで潰れていく巨大な空気袋の中で最後に見た暗黒の世界を前に俺は怪我人優先とか他の艦隊の事なんか構わず脱出口が開いた一回目に迷わず飛び込んでおくんだったとただ後悔する。
深海棲艦だろうと艦娘だろうと問答無用で引きずり込む自然の強大な力に抵抗なんかできるはずは無く、俺達を追い詰めてひき潰そうと爪や牙を突き立て主砲や魚雷を放とうとしていた深海棲艦の群れが暴力的な海流に鋼の船体を捩じ切られながら真っ黒な深海の闇に呑み込まれていく。
ああ、これは死んだな、と柄じゃない諦めを吐きそうになった俺の目にいっぱいに広がった生身の人間の生存を許さない極限環境は微かに瞬く生物発光が妙に星空に似ていて耳の奥に水を流し込まれたかのように地響きの様な海流の音が遠くなる。
そして、不意に頭の内側に直接聞こえるような地上から深海に向けられた拍手の音を合図に現れた太陽に似た輝きが眩しく・・・俺の瞼の上から照らして。
唐突に太陽の下へと繋がる光を遮る様に影が覆い被さった。
それは同じ声なのに複数の口から零れ落ちた様に重なって聞こえてくる。
それを俺の意識が認識すればするほどその輪郭は鮮明になっていく。
まるでモザイクの様にヒビ割れた顔、ドロリと淀んだ黒瞳が俺の内側を覗き込む
ねじれ歪んだ指先が俺を穿り出そうと脳の表面へと爪を立てる。
怒り、嘆き、憂い、祈り、望み、矛盾する期待と諦観が表裏一体になった一人で抱え込むには重過ぎる
俺が変わってしまう前に存在ごと凍り付かせてしまおうとでも言う様に、時を止める
首を絞められているかの様に息ができない、それでも無理やりに喉から掠れた声を絞り出す。
「止まれっ・・・!」
止まれ、と俺に
「・・・義男さん?」
渾身の力を込めて開いた目はひどく霞む。
「ぅっ、はぁ、はぁ・・・吹雪」
けれど吐息同士が混じり合う至近距離にいた馴染み深い少女の顔と名前を見間違う事は無かった。
「あぁ・・・、まったく、こいつめっ!」
正直、指先を1mm動かすだけでも泣き叫びたくなるぐらいに体中が痛いが
意を決し目の前の吹雪の頭を両手で挟むように捕まえた俺はわしゃわしゃと乱暴に黒髪がぼさぼさになるまで兎にも角にも撫で回す。
「わっ、わぁ! 止めてください司令官!?」
そうして悪夢だった事ぐらいしか思い出せなくなってきた夢の中から目覚め、正直言って現在の状況は全く把握できていないが両手をグルグル巻きにしている包帯や視界の端に見える病室っぽい室内の様子からから少なくとも深海魚の餌にならずに済んだらしいと察する。
「あ、きゃっぁ・・・あはぁ♪」
犬猫を撫で繰り回す要領で吹雪を弄りまくり、淀んだ目と声と顔が元の吹雪に戻ったタイミングで一息吐き手を下ろせばなんとなく満足気な顔をしたもっちり頬っぺたが病衣に包まれた俺の胸の上にくっつく。
「司令官っ、おはようございます、吹雪です!」
「あぁ、おはよう、だな・・・んで、どこだ、ここ?」
いつもの
介護用に使われてそうなスイッチだらけのベッドの上で何とか首を動かし周囲を見ればここが海の底ではなく病室と言うにはかなり広い個室だと気付く。
「二人共、その辺にしとかないと霞に見られたら蹴り飛ばされる事になるわよ?」
そして、入院一日分ですらとんでもない金額の治療費を取られそうな個室には畏まった接待にも使えそうな応接用のテーブルとソファーまで置かれており、その上等なソファーの一つに座っていた呆れ顔のツインテールと目が合う。
「なら助けてくれよ、身体中痛くて動けないんだ」
「嫌よ、五十鈴だって、ほらこの通り」
仮にも上官である俺の救援要請を何の躊躇いもなく断った太々しい軽巡洋艦娘が太いギブスで固定された腕をこれ見よがしにこちらへと見せ、そんな彼女の姿に「何がこの通りだよ」とつい笑いが漏れ。
「無茶させられたせいで皆ボロボロ、なのにクレイドルも数が足りないから小破未満の入渠は後回しよ」
「・・・、なぁ、俺どれぐらい寝てたんだ?」
「はいっ、今日で七日目で・・・すごく、すごく心配してたんですよ司令官っ」
「まったく情けないわね、鍛え方が足りないんじゃない?」
健気な吹雪と対照的な容赦のないセリフを言うわりにいつの間にやら五十鈴も口元を柔らかく緩め。
強い消毒液の臭いが漂う中で軽く身動ぎするだけで泣き喚きたくなるぐらいボロボロになった自分の身体を柔らかいベッドに沈めて頭の上に吊るされた点滴袋を見上げる。
とは言え、ぱっと見ただけでも少なくない怪我を負っている二人の姿や起きたばかりでちゃんと働かない頭のせいなのか妙に考えが纏まらない。
「悪かった」
なのにその一言は自然と口からこぼれて出た。
あの崩れていく限定海域で優先するべきだったのは瀕死の友軍ではなく俺の指揮に命を預けてくれている吹雪達で。
指揮官として実行するべきだったのは戦いの殿に立つ事などではなく他の艦隊を押し除けてでも外に繋がる光へと飛び込む事だった、と。
「俺はあの時、完全に引き際を見誤ってた」
今生きているのは単純に運が良かっただけの話だ、なんて一つ思い浮かべたら次から次に湧いて出てきて自分が何を言いたいのかすら分からない散らかった考えのまま、あの破滅を迎える深海棲艦の領域での自分の衝動的な行動に対する後悔に呻く。
「失敗を反省するのは大いに結構だけれど気が済んだらその腑抜けた顔を止めてね」
「いや・・・五十鈴お前なぁ、俺は」
「そもそも命に別状ないって分かってたから貴方が思ってるより私達は心配してないから」
自分で言うのもなんだか珍しく心の底から猛省して悲観的な気分に浸っていたと言うのに俺の
そこでやっと引っ付き虫を止めてくれた吹雪の手を借りあちこちがギシギシ軋む身体を起こす。
「それに・・・今、安っぽく不幸ぶるほど五十鈴達は恥知らずじゃないの」
そう言って眉を顰めた五十鈴の少しだけ後ろめたそうな顔が向いたのは病室の白い壁に掛けられた大型テレビ、耳を澄まさなければ気付かないぐらい音量を低くされていたそれのコントローラーが操作されてネイティブな英語でニュースを読み上げているらしいアナウンサーの声が大きくなる。
「・・・戦死者の追悼?、昨日行われた、か、・・・やらなきゃならないのは分かるがそれにしたって随分早い」
「概算ですらハワイ諸島全域、前代未聞の百万人を超える被災者を前にしたら急ぎたくもなるんじゃない?」
「たった一週間じゃまだ被害のヒの字も把握できてないだろうに」
「リムパックに艦隊を参加させてたアメリカ以外の国だっていつまでも黙ってないでしょうし、問題を秒刻みで片付けていかないと政治家からも死人が出るわね」
わざと他人事っぽく言う五十鈴の言葉を聞きながら俺もテレビに意識を向け、英語はあまり得意じゃないからアナウンサーの喋る早口の半分程度しか分からないけれど白い花が参列者によって墓碑に供えられていく映像を見れば嫌でも何が行われているかを知る。
深海棲艦のハワイに対する攻撃が始まって終わるまで時間にすれば二週間ほど、たったそれだけの間に起こった戦闘で軍艦が何隻も沈み、アメリカ軍だけでなくその場に居合わせ巻き込まれた国の軍人から出た死傷者は千人以上、治療中の重症者や行方不明者の如何よってはまだ死人が増える可能性もあり。
その上、少なく見積もって100万人と言う桁違いの被災者が今も救助と支援を待っておりアメリカ合衆国ひいてはハワイに住む人々にとってここからが本当の戦いと言っても過言ではない。
正直、何も思わないと言うのは無理な話だが、かと言って深海棲艦と言う脅威が取り除かれた後に所詮は他国の人間である俺に出来る事など無いと言う事ぐらい頭では分かっている。
「・・・あれ、もしかして良介に赤城と加賀か? 今映ってるの」
そうしているとテレビの中でシーンが切り替わって松葉杖をついて葬儀会場を歩く黒スーツ姿の田中良介とその後ろに続くいつもの弓道着ではなく女性自衛官用の制服を身に着けている二人の正規空母が献花台に花を供えて最敬礼する姿が映り。
「あ、はい、日本の艦娘部隊の代表として呼ばれたって叢雲ちゃんから聞いてます」
「しかもわざわざ献花の担当に一航戦を指名してね、戦犯だのなんだの陰口叩いてたリムパックの開会式とは打って変わって今じゃ英雄扱いよ」
さらにしっかりと身なりを整えた時雨達、田中艦隊のメンバーが他の参列者と共に神妙な顔で会場に並んでいる様子まで見える。
「まぁ、私達は提督は寝坊したせいで感謝され損ねたワケだけど?」
「・・・冗談言うな、こんな状態であんなとこ歩かされたら今度こそ死んじまう」
かと思えば五十鈴の茶化す声と俺の軽口に合わせたかの様にまた場面が変わり、今度は規律正しく星条旗を掲げ幾つもの棺を運ぶ葬列を先導してハワイのどこかにある大通りを進むアメリカの艦娘達の姿がズームされた。
「あーっ、しれーっ!! みんな、しれーが起きてるっ! 起きてるよー!」
そんな見ているだけでしんみりとして気が滅入るニュース番組を眺めていたらいきなり耳に痛い硬い板が砕ける音とそれに負けないぐらい甲高く大きい声が背後から襲いかかる。
驚きのあまり痛みを忘れて後ろを振り返れば病室の入り口をぶち破る勢いで、・・・と言うか本当にドアをぶち破ったらしい時津風が床に散らばる破片の上で心底嬉しそうな笑顔を輝かせ。
さらには元気過ぎる少女の後ろから慌てた様子で俺の艦隊のメンバーが廊下を駆けてくるのが見え。
遠目にも無傷とは言えないまでも全員が五体満足な姿に気付く事は出来てもそれで安堵する余裕は俺には無く。
「わはぁーい、しれー♪」
そして、時津風を咎める大きな声が聞こえてくる事から何らかの理由で廊下を暴走した彼女を止める為に廊下を走る艦娘達が壊れた病室のドア越しに起き上がっている俺に気付き。
その中の誰かが感極まった様に病院の廊下に響かせた「提督!」の声を合図に病室のベッドから動けない俺に向かって人間ミサイルと化した時津風が発射される。
「おいまさかっ、ときつ、おま、止せぇっ!?」
そして、着弾までのたったゼロコンマ数秒。
自分にとって明確な脅威である艦娘の殺人タックルに向かってこの場で最も無力な俺が出来たのは数秒前まで憂鬱な気持ちを忘却の彼方に吹っ飛ばし恥も外聞もなく泣き叫ぶ事だけだった。
Q1.「Oh,ジャップさぁ・・・なんでコウソクシュウフクザイを全員分用意してくれてないんだい?」
A1.「申し訳ありません、現在当方でも不足分の製造を行っておりますがお渡しの確約は致しかねます」
Q2.「hmm、moneyにイトメは付けませんヨ?」
A2.「材料が無いんですよ、貴方方が鎮守府からごっそり持ってったせいで」
Q3.「なら・・・Me達に製造法を、ライセンス契約はYOUの言い値で」
A3.「ダメです、『まだ』上から許可が下りてません」
~ ある日の提督たちの会話 ~
「俺達の治療費は米軍の予算から出る事になったそうだ」
「おっ、そりゃ良いニュースだ! アメリカの医療保険に申し込みしなきゃならないかと・・・」
「ああ、因みにだが壊れたベッドと割れたドアの修繕費は後でお前個人に請求されるらしい」
「・・・なぁ、この前の『貸し』について話がしたくなってきたんだけど」
「知ってるか? 金の貸し借りは友情どころか家族関係すら簡単に壊す事に繋がる、と」
「脅すのかっ? 命の恩人である俺をっ!?」
「ならちゃんと返す時まで恩人でいてくれ、・・・大体、金と言うなら防大の時に立て替えてやったままの」
「おっし! 金とか貸しとか野暮な話は止めよう! なっ、なっ!」