鎮守府にまだ艦娘酒保が無かった頃の話よ・・・。
(翻訳・ご都合主義全開な辻褄合わせ回ですって!)
今まで深海棲艦への対抗兵器として造り出されながらその本来の能力を発揮できぬまま使い潰される形で運用されてきた艦娘は東京湾に突如侵入してきた駆逐艦級と軽巡洋艦級の怪物の襲来に鎮守府計画ごと破滅しかねない危機に陥れられた。
太平洋上を回遊しながらその勢力を広げている深海棲艦による史上初の日本本土への直接的な攻撃、何が切っ掛けで日本攻撃を実行したのかは今となっては知る由も無いが幸か不幸か数隻の怪物はそれらを統率していたらしい軽巡ホ級が吹雪と中村によって撃破された事で残存は撤退し、鎮守府が設置されている基地、ひいては日本本土への深海棲艦による史上初の攻撃は水際で阻止された。
とは言え、東京湾内どころか日本近海へ深海棲艦に侵入されている時点で自衛隊の対応はお粗末極まりないモノである。
確かに深海棲艦は砲撃やミサイルなど通常兵器の破壊力を不可視の障壁で緩和してしまう力を持った怪物であり、その速力も現代の艦船を大きく上回っていた。
ただでさえ法的な制約から兵器の使用もままならない自衛隊の海上部隊が近海へと侵入してきた深海棲艦を追跡する事しかできなかったと言うのは無駄死にを避ける為にも仕方ない事と言えなくは無い。
だが、侵入された東京湾の直近にあった鎮守府が設置されていた自衛隊駐屯地では海上自衛隊側の基地司令による全施設の放棄と言う前代未聞な命令が下され、もし深海棲艦の本土攻撃が行われこれらの情報が外部に漏れていたらその場にいた全員が未曽有の責任問題に巻き込まれていただろう。
2014年の一月半ば、ほぼ二か月前の東京湾に深海棲艦が侵入した事件から俺は友人であり同階級の相棒である中村義男と共に艦娘と鎮守府の運営に非協力的な態度を崩さない基地司令部との交渉と事件を切っ掛けとしたかのように次々とクレイドルから目覚めてくる艦娘達の対応に追われていた。
あからさまではなくなったがこちらに圧力をかけ続ける基地司令と慇懃に包んだ嫌味と嫌味のぶつけ合いをするような全く実の無い業務内容を辟易しながらこなす日々。
だが、ある冬の日の午後、そんな事が些細なモノと感じるほどの問題が唐突に発覚する。
「司令官、その箱は何ですか?」
外壁には雪が薄っすらと積もった艦娘達が生活する寮の一階部分、すき間風は無いが冷蔵庫の中にいる様な寒さに満ちた広いコンクリート打ち放しの地下駐車場を思わせる場所。
そこに用意された会議室に良くある横長の折り畳み机と、その上に置かれた段ボール箱、義男が持ってきたそれの中身がその問題を発覚させる事になった。
「ん、色々とな、最近マトモなもん食ってないからちょいと外の伝手を頼って持って来てもらった」
「かろりーめいど? パック麺? ・・・保存食ですか?」
深海棲艦の襲撃を経て義男に特に懐いている艦娘である吹雪が彼の持ってきた一抱えもある紙箱を興味深そうにのぞき込み、その中に詰められていた物のを手に取って見慣れない物を見るように首を傾げる。
「って、いや、義男、これがまともな物って、レトルト食品はまともとは言わんよ?」
「それでも冷めた米と味噌汁よりはマシだ、だいぶ、だいぶマシだっ・・・パッサパサな飯よりホッカホカのパック麺の方が百倍は美味いねっ、間違いない!」
「それにしても基地から出られない缶詰状態なのに良く外との繋ぎを取れたな・・・」
「抜け道ってのは何処にでもあるもんなんだぜ? 無かったとしても作っちまえば良いだけだしなっ」
所謂、手間いらずの即席食品が詰められた箱の前でそんな主張をする他力本願が座右の銘であると言って憚らない悪友の姿に呆れ半分感心半分で俺は箱の中を興味深そうに覗き込んでいる艦娘達へと視線を向け、そして、彼女達の態度に妙な違和感を感じた。
「一レカンド? この袋の中身も保存食なのね、入ってるのは水物かしら・・・? いちレカンドって何なの?」
「陽炎、横に書かれている文字は左から読むみたいだよ。へぇ、これってお湯に入れたら三分で志那ソバが出来るんだ、便利な時代になったんだね」
深海棲艦の東京湾侵入の当日にクレイドルから目覚めた時雨が自分の後に目覚めた駆逐艦娘の陽炎へと助言しながらその手に持った個包装された即席ラーメンの裏面に書かれた説明文へと目を向けている。
この二ヵ月でクレイドルから目覚めてきた六人の艦娘達が揃って不思議そうに現代の食文化の一角を成すレトルト食品を眺めたり会話する姿に俺はふと首を傾げながら義男へと視線を向ければ彼も何か違和感を感じて片眉をピクリと動かしていた。
「なぁ、吹雪、こんな物良くあるだろ、そんなに珍しいのか?」
「えっ、あ、すみません司令官、勝手に手に取ってしまって・・・その、私、今の時代の物とかあまり触れた事が無くて・・・」
物珍しさに好奇心を押さえられなかったと頭を下げる吹雪の姿に義男はますます困惑して同じような表情をしているであろう俺へと顔を向ける。
「はは、今の時代って・・・まるでタイムトラベラーみたいな言い方だ」
「時間移動って事なら、うん、僕らは丁度そんな状態だね・・・今の時代は何から何まで珍しい物ばかりだよ」
魚雷の爆発で船体を真っ二つにされて海に沈んだと思っていたら未来の日本で人間の身体を与えられ水槽の中に浮いていた、そう言った時雨は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめながら烏羽色の前髪を指先でいじくる。
その時雨の言葉を聞いた俺と義男は自分たちの認識と彼女達の意識の差に今さらながら気づく、いや、思い返せば初めて会った時の吹雪の言動にも不自然な部分は見えていたのだから今に至るまでに気付かなかった事の方がおかしい話だった。
どう言うルートかは分からないが外との物流が極端に制限された鎮守府内へとこの箱を持ち込んだ義男の様な行動はしないまでも俺自身も今の生活には不満は挙げれば両手の指でも足りない程があった。
「なぁ、お前らさ、今の飯に不満とか無かったわけか?」
「えっ? それは基地の食堂で貰える食事の事ですか? 確かに量は少ないですけど」
「昔と違う化け物相手とは言っても戦時中なんだから、毎日三食に白飯が出てくるだけでも御の字でしょ?」
聞かれた問の意味が解らないと言う顔をする吹雪とさも当然の事と言う顔で陽炎が言ったセリフに愕然とした表情を浮かべた義男が机の前で項垂れ、俺は額に手を当てて冷蔵庫のような冷気を放つコンクリートの天井を振り仰いだ。
つまり、自分達が冷遇されていると言う事は周囲の自衛官達の態度からある程度は理解していた彼女達であるが、現代に生まれ育った俺達にとってはあからさまな嫌がらせである質素な日々の食事は、戦前の記憶を持った艦娘達にとって侘しいとは思っていても邪魔立ての類だとは認識していなかったのだ。
料理に関しての逸話が多くある日本海軍には良い料理人が居たのだから彼らを乗せていた船の記憶は美味しい食事を知らないと言うワケではないだろう、だが、同時に戦争時代を知るが故の質素倹約が当然と言う意識が混ざっている。
さらに俺や義男が教えた別の世界の艦娘達の戦いを聞いた艦娘達はそれが今よりももっと深刻に日本が深海棲艦に追い詰められていくと言う予言として受け取ってしまい、防人である自分達が私利私欲に興じていてはならないと考えてしまったと俺達は後から彼女らに聞いた話から知る事になった。
「取り敢えず食ってみろっ、こんなのは街のスーパーで簡単に手に入る安物ばっかりだからな、遠慮するな、な?」
今までその事に気付かなかった後ろめたさからか、義男は少し涙目になりながら時代からズレた考えを持っている艦娘達に自分が用意したレトルト食品を手渡し、食堂から
「えぇっ!? この白くて丸い機械って電気釜だったんですか!?」
「ちょっと、何で黒い板の上に乗せただけでお湯が沸くの!?」
初めて手に取る現代の保存食に興味津々だった艦娘達の口から驚愕の声が飛び出して艦娘寮の一階に響き渡り、その姿に俺と義男は艦娘達は目覚める前に現代の情報を得てから目覚めるモノだと自分達が勝手に思い込んでいた考えを改めさせられた。
「この袋の中身はライスカレーだったんですね、良い匂いです♪」
「白雪ちゃん、黄色い軽石みたいだったのが、お湯を掛けただけでかきたま汁になっちゃったよ!」
美味しそうにレトルトカレーや即席麺を頬張る艦娘達が和気あいあいとしている様子に大きく頷いていた義男がこちらに苦笑を向け、俺も微笑みで返してから段ボール箱から適当に手に取った袋を破いて中から取り出した棒状のクッキーを齧る。
「たまにはこう言うジャンクフードも悪くないな」
「司令官、ありがとうございます! 私、もっと頑張りますね♪」
「ははっ、大げさだな。さっきも言ったけど百円とか二百円程度の安物ばっかりだから気にするなよ。もっと食っても良いぞ?」
そして、満面の笑みを浮かべて口々に礼を言う艦娘達へと大した事じゃないと顔の前で手を振りながら義男が何気なく言った言葉、それが引き金となって和やかに過ぎていた温かな食事会は急転直下の阿鼻叫喚へと放り込まれた。
「ひゃっ、ひゃくえんっ!?」
「な、なに言ってんのよっ! 保存食がひゃ、百圓、二百圓って!?」
「あわわっ! 私、なんて事をっ!? ・・・ぁぁ・・・ふぅ・・・」
「お、おいっ!? なんだ、なんだって言うんだっ、お前ら!?」
マグカップの中のスープに口を付けていた吹雪がその場で垂直に飛び上がり、即席ラーメンをすすっていた陽炎がゴフッと噎せてちょっと人に見せられない顔をし、白雪が白目を剥いてカレー皿を手にしたまま卒倒しかけて義男に抱き止められる。
俺から受け取った現代のバランス栄養食の代名詞とも言えるブロック状のクッキーを齧った状態で時雨は硬直し、筒状の容器からポテトスナックを取り出して食べていた軽巡洋艦と軽空母が笑顔を引き攣らせていた。
「那珂ちゃんはアイドルだから、その・・・お金で身体売ったりするのはちょっと路線が違うかなって・・・」
「いや、ホントに何言ってんの!? 良介どういうことっ!?」
今まで少々の違和感はあれど会話に不自由しなかった事や自分を艦隊のアイドルと自称する那珂がいた事から認識が遅れ、俺達が指揮官として着任してから数か月も放置されていた由々しき問題が冬の艦娘寮に響き渡った悲鳴によって正体を明かした。
「・・・ぁ、あっ! 義男、過去と現代の貨幣価値の差だっ!」
そして、艦娘のご機嫌取りなんて揶揄される階級だけは立派な士官でしかなかった俺、田中良介の任務内容に新しく艦娘達へ現代文化を教えると言うモノが追加された瞬間でもある。
「おや、随分賑やかじゃないか・・・おぉ、それって義男君がこの前言ってた話の成果かな? ぜひともご相伴にあずかりたいね」
「あ、主任、いや、まぁそれは構わないんっすけど・・・今ちょっと立て込んでて」
軽く白髪が混じったゴマ塩斑の髪を後ろに撫で付けたオールバックの白衣姿が入り口から現れてこちらへと軽く会釈してから艦娘達を落ち着かせようとしている義男ににこやかに話しかける。
「そんなっ! ダメですぅっ!?」
「ええっ!? 吹雪くん、な、仲間外れは良くないなぁ・・・僕も仲間に入れておくれよぉ?」
義男の了解を取って段ボール箱へと手を伸ばした主任の身体に体当たりするように抱き付いた吹雪が段ボールへの進路を妨害し、困惑した主任が俺や義男に助けを求めるように眉を下げた視線を向けるが静かに引き付けを起こした時雨や精神的な動揺で気絶してしまった白雪を抱えた俺たちは二進も三進も行かず只々状況を収める為に全力を尽くしていた。
・・・
「艦娘に給料を支払う? 何を馬鹿な事を言ってるんだ君達は」
その現代と艦娘達の認識のズレと言う問題の発覚後に何事も元手が必要と判断した田中と中村は基地司令であり上官でもある海将補へと交渉に挑んだが、帰ってきた言葉は木で鼻を括る態度から飛び出した嘲笑だった。
外部に漏れれば基地司令部の首が全て挿げ替わるどころか基地そのものが閉鎖されるだろう失態を演じ、自分の地位を守るために少々の便宜と引き換えにして田中達へと事件の隠蔽を願った男は胸元に幾つかの勲章を揺らしながら豪勢な執務室の椅子にふんぞり返る。
中村が吹雪の能力を覚醒させ、さらに田中に懲戒免職程度では済まない弱みを握られた事であからさまな妨害は無くなったが、それでも将来的に天下り先を用意している政治家への配慮からかそれとも引くに引けなくなっただけか、いささか太り気味が目立つ海自将校は艦娘の指揮官である二人を邪険にする態度を隠そうともしない。
「私はね、君らと違って暇じゃないんだ。無駄な話をするだけなら相手には困っとらんだろう?」
小さく鼻を鳴らした基地司令は二人を暇人扱いして卑下た笑みを浮かべた。
「羨ましいモノだよ、見た目だけは美人揃いだからな艦娘と言う連中はぁ・・・」
自分が不利になる情報を外へと持ち出されない為に基地内に艦娘だけでなく基地内の部下で囲んで田中達まで閉じ込め、さらに予算がなんだ言動がなんだ、と重箱の隅を突くような嫌味を垂れ流す為に彼らを頻繁に呼びつける癖に彼らの要望は無駄無用と跳ねのける。
何でこんなのが自衛官をやっているのか、と疑問を感じずにはいられない田中ではあったが今はそれ以上に自分の隣に座り気持ち悪いぐらい愛想の良い笑顔でソファーに腰掛けている中村の態度の方が気になって仕方なかった。
「人間のような見た目であってもアレは兵器でしかない。管理される器物に金銭を与えるなどと何を言ってるのか理解に苦しむよ」
「確かに基地司令官殿のおっしゃる通りっ、使い道のない金ほど無意味なものは無いですからね。そんな簡単な事に気付かず本当に申し訳ない限りですよ」
小学生の頃に偶然から自分と同じ転生者であると気付き、紆余曲折を経て友人となった中村義男と言う男は十年来の付き合いとなった田中にとっても未だに読み切れない気質の持ち主で、その突拍子もない行動は二周目の人生に戸惑っていた彼を振り回して前世とは全く違う道へと引きずりこんだ元凶だった。
他人を騙して利用する事に何の躊躇いも無く薄っぺらい言葉をベラベラと吐くクセに自分から言い出した約束の類は裏切らない義理堅さ、簡単に他人に頼り、責任ある立場を嫌がり逃げ回るのにいざ断れない状況になると渋っていた姿が嘘だったかのように張り切って積極的に事に当たる。
お調子者であるが愚か者と言うワケでは無く、前世では高等な学歴を誇っていた田中ですら舌を巻く知識や技術を披露して見せる中村の行動力に彼は迷惑を掛けられた回数よりも助けられた事の方が多い。
「ですが艦娘のご機嫌取りと言うのも、これが中々大変でして、皆さんよりも楽な仕事をさせてもらってるのに不甲斐なくて申し訳ない気持ちでイッパイです」
「分かり易いおべっかだが、まぁ、身の程を知っている分、君は田中特務三佐よりも見どころがありそうだね」
「はいっ、ありがとうございます!」
本当に分かり易いゴマすりを自分達を苦しめている元凶の一人へと何の躊躇いも無く行う中村の態度に田中は引き締めた表情の裏で言葉に出来ない気味悪さに背筋を騒めかせる。
中村は何の躊躇いも無く嘘を吐く、そして、田中の経験から言えば彼が薄っぺらい虚言をばら撒いた場合に相手に訪れる結果は大きく二つに分かれていた。
「私から田中にもちゃんと海将殿に失礼な態度は止めろと何度も言ってるんですが、これがまた昔から真面目なのは良いんですがそのせいで頭でっかちでしてね?」
「おいおい、私はまだ海将補だよ、中村くん」
「おっと、まだでしたね。失礼しました。何せまだ若輩者ですからいろいろと慣れておりませんので」
小学校時代にいじめっ子を懲らしめたとか、転校する女の子へ告白出来ないでいる友人を焚き付けたりするぐらいなら軽いものだ。
だが、中村が起こしたトラブルの中には公園でたまたま会っただけの借金に苦しむ中年を助ける為に田中を巻き込んで所謂、悪徳金融と呼ばれる連中に別件で呼び出した警察をけしかけて犯罪の証拠を上げさせるなんて馬鹿げたことを幾つかやらかした事もある。
何故そんな事をしたのか、どうやればこんな事になるのか、と本人に理由を聞けば曰く前世で世話になった人達で彼らから事の顛末を聞いていたからこそ問題への先回りが出来たと軽い態度で答えた。
それ以外は語ろうとしなかったが彼の基準において恩や義理と言う部分は大きい行動の指針となっているのは彼の周りに集まって来る幅広い人脈から間違いないと田中には感じられた。
つまり、相手を言いくるめて騙す事自体は同じなのに中村の行動の結果は両極端となり、田中の経験上で今の様に情けないほどゴマすりを続ける友人の姿はかつて敵対した何人かの相手を社会的に抹殺する為に準備を進めていた時とダブって見えていた。
そして、その日の交渉は大した成果も出せず、ただひたすら中村が基地司令を煽てるようによいしょするだけで時間が過ぎて二人は追い出されるように海将補の執務室から退出する事になった。
「・・・義男、お前、今度は何考えてるんだよ?」
「そんなもん決まってるだろ吹雪達の事だよ・・・俺はお前みたいに幾つもの事を複雑に考えられるタイプじゃないんだ」
並んで鎮守府施設へと向かう道を歩きながら田中が問いかければ澄まし顔で中村は小さく肩を竦めておどけた言葉を返し、彼にとっては基地司令へのおべっかだけをばら撒いただけにしか見えない友人は大した気負いも無いいつも通りの様子で歩いていた。
「それに自分が一番偉いって考えてる人間ほど足下の落とし穴に気付かないんもんだ」
「・・・つまり、落とし穴を見つけたのか?」
「無駄話の最中にちょっと思い出した事があってな、いや、埃臭い部屋で資料をひっくり返してたのが役に立つとは思わなかったぞ?」
こうして友人の薄ら寒くなるような笑みを横目に田中は艦娘への報酬と言う形で資金を与えて現代に慣れる為の物品を得る一つ目の手段を用意することに失敗した。
「何かするなら俺らに種明かししてからにしてくれよ」
「何言ってるんだお前は、いつだってまず騙すのは味方からって決まってんだろ」
・・・
基地司令との交渉と呼ぶには拙い雑談から二週間ほど経った雪がちらほらと空に舞う薄暗い昼過ぎ。
「これは、どういうつもりだっ!」
「どう、と言われましても、見たままとしか言いようがありませんねぇ」
基地内の鎮守府が置かれている区画に数人の同伴者を連れて青筋を額に浮かべた基地司令が怒鳴り散らし、その前に立って士官服のポケットに両手を突っ込んだ中村がしれっとした顔で返事を返す。
彼らの前では鎮守府の資材倉庫として用意されたレンガ造りの建物が並ぶ中の一つであり、そこにカーキー色を身に着けた陸上自衛隊に所属する自衛隊員たちが自動販売機らしい機械類を倉庫内へと運び込んでおり小さな体育館ほどの大きさを持った倉庫内へと機械類を並べていた。
「私の基地内でこんな勝手な行動は許可していない!」
「いえ、許可ならありますよ。鎮守府の管理を行っている研究室の方からしっかりと、ね? まぁ、施設内への肝心の荷運びは海自側の正門で止められてしまったせいで陸自の方に協力してもらう事になりましたけど?」
その中村の言葉に基地司令と彼に付いてきた士官たちは何を言われたのかさっぱりと言う顔で自分達を無視して機材を搬入する広義では自分と同じ自衛官である者達と目の前でわざとらしくにこやかな笑顔を浮かべている名目上は部下である男の間で視線を往復させる。
「ここは自衛隊の駐屯地だぞ! 民間から出向してきた研究員の許可に意味などっ!」
「いやいや、その認識が間違ってるんですよ。海将補殿は今の基地に着任されてから自分の権限が行使できる範囲を示した権利関係の書類に目を通されませんでしたか?」
「それが何だと言う!?」
激昂して冷静さの欠片も無く唾を飛ばす海上自衛隊側の基地司令官の姿を少しも気にした様子も無く中村はへらへらと笑いながら言葉を続ける。
「我々も資料室をひっくり返して調べて見た時に気付いて驚いたんですがね。ここ、厳密に言うと自衛隊の駐屯地じゃないんですよ」
「・・・はっ? 何を、バカなことを・・・」
「鎮守府と言う場所は登録上ですが公立の教育機関として書類に記載されてるんです。所謂、政府が設立に関わっている艦娘の為の学校と言う扱いで」
そして、学校長や教員として登録されているのは民間から出向してきた主任であり研究員たちである、と笑顔で伝えた中村の前で告げられた言葉の意味が解らず、混乱に陥ってからたっぷり一分ほどの絶句の後に基地司令官は部下へと視線を走らせて事実かを確認するようにと命令を叫ぶ。
鎮守府が存在する港湾を囲むように扇状に建てられた自衛隊の基地施設だが敷地の大小の差はあるがフェンスで仕切られ隣り合った別の駐屯地と言う形式で造られている。
海上自衛隊と陸上自衛隊では指揮系統が違う為に倉庫で作業をしているカーキー色の自衛官達に制止を命じる事も出来ず海上自衛隊の将校は顔を真っ赤にして中村を睨みつけていた。
「今時は大体の中学や高校に購買部の一つや二つはあるでしょう? 権利者からの許可がちゃんとあれば何の問題も無い事ですよ」
「だが、・・・そうだ、艦娘への金銭の授受は認められない、お前たちがこんな事をしても無意味だっ!」
「まぁ、そりゃ艦娘はその人間的な性質はともかく、法的には兵器として扱われている以上は仕方ないですね」
二週間前に頭を下げて若い士官が艦娘の為に給金の支給を願ってきた事を思い出し、小太りの上官は指を突き付け指摘した反撃の一手に自信があったらしいが、その言葉は至極どうでも良いと言う風に中村に軽く交わされて海将補はまた困惑に顔を固めて静止する。
「いちいち説明するのも面倒なんですが・・・」
物品を交換する手段は別に日本円に限られているわけではない。
今でも物々交換や証文なんて紙切れで多くの物流は動かされているし、日本全国のあちこちにある遊技場では違法性を疑われる事もあるが問題無くパチンコ玉やメダルと交換で様々な物品を得る事が出来る。
鎮守府という限られた範囲内ではあるが管理者である人物が許可を出して金銭に変わる物を艦娘に与えて、彼女達が物品と交換すると言うだけなら違法性は無い。
「まぁ、我々と協力者の懐から捻出した資金を元に運営される事になるでしょうから大した物は置けないでしょうが、それは大した問題でもありませんし?」
あくまでも艦娘と鎮守府の外の文化を触れさせるための切っ掛けの一つでしかないと割り切った考えで話を締めくくった中村はわざとらしく口元を引き上げた笑みを基地司令官へと向けた。
「こんなことをしてタダで済むと思うなよ、若造・・・」
「はははっ、何がもらえるんですかね? 楽しみにしておきますよ。海将殿、いや、まだ
艦娘を外と隔離しながら真綿で首を締めるように鎮守府を破綻させる事を目的に行動していた海将補はへらへらと笑う若者へとドスの利いた声を浴びせてから戻ってきた部下から聞いた報告にますます不機嫌さを際立たせて肩を怒らせながら自分の基地へと戻っていく。
その姿を見送った中村は嘆息してから肩の力を抜き、艦娘用の酒保を設営してくれている陸上自衛隊の方へと向き直り、倉庫の壁際からこちらを鋭い目つきで見つめている分厚い枯葉色の迷彩服の上からでも体格の良さが分かる大男へと視線を向ける。
「・・・随分と大きく出たようだが大丈夫なのかね?」
その視線にもたれ掛かっていた壁から離れて近づいてきた壮年の男性に軽薄な笑いを引っ込めた中村は素早く敬礼をして、それを受けた厳つい顔に大柄な身体を持ち黒縁の眼鏡を掛けているぱっと見は知的な熊にも見える男性は返礼を返して唸る様に呟く。
「ご心配をおかけしてしまいましたか? 鍋嶋一佐殿」
「君の心配と言うよりもここまで我々を巻き込んでおいて自滅でもされたらたまったモノでは無いのだよ」
鎮守府を半円形に囲む陸海の自衛隊が隣り合うと言う特殊な立地を持つ施設の片割れ、海自側と比べると敷地も人員も三分の一ではあるが陸上自衛隊側を取りまとめている総指揮官、鍋嶋純一は不審そうに疑う態度を隠さず太い腕を組んで中村を見下ろし威嚇するような表情を浮かべる。
「司令官、大丈夫ですかっ! この人に何かされましたか!?」
特に言葉を交わすことなく睨み合うような状態になった二人の間に陸自隊員が出入りしている倉庫の中から駆け足で出てきた吹雪が割り込んできた。
気温は1度以下の寒風の中でもいつもの半袖セーラー服を身に着けた駆逐艦娘は大判の封筒を抱くように抱えて薄っすらと身体を光らせながら中村の前に盾になる様に立ち上目遣いに鍋嶋を睨む。
中学生にしか見えない吹雪の登場に少々面食らった鍋嶋が一歩後ろへと退いて少々やり辛そうに眉間と口元にしわを寄せて石の様にごつごつした太い指で頬を掻く。
「吹雪、今回の事を厚意で手伝ってくれてる相手に失礼をするんじゃない」
「でも・・・陸軍の人ですし、気を付けないと何をされるかわかりません!」
「陸上自衛隊だ。いい加減に慣れろよ・・・部下が無礼をしました、申し訳ありません。」
吹雪の髪を乱暴に掻き回してから頭を下げさせてから中村も鍋嶋に頭を丁寧に下げる。
その姿にさっきまで自分の上官である海将補へと慇懃無礼な態度をとっていた彼を見ていた鍋嶋は渋い顔に今度は困惑を浮かべる。
「いや良い・・・だが、私が言うのもなんだが連中は何かしらの方法で妨害に来るぞ、我々は権限が無く外側から見ている事しかできなかったが奴らがその子達にやっていた事はある程度は把握しているつもりだ」
「今回みたいに海自からの協力要請、そして、暴行や明確な犯罪があればこちら側にも介入できると伺っていますが? 前任の指揮官が艦娘への暴行を働いた時のように、貴方達は我々に対する抑止力として配備されてるはず」
「あれが特にマヌケだっただけで海上自衛隊と言う連中は基本的に抜け穴を探す事だけは上手いからな、例えばあの男や・・・君の様にな」
そんな鍋嶋の物言いに眉を顰めた吹雪はますます不機嫌そうに頬を膨らませ、言われた本人である中村は彼へと苦笑を返す。
「その抜け穴の一つから手に入れたものをそちらに提供する約束でこんな大事を連中に分かる形でやったと説明はしました。それにあの手の人間は目の前の問題を片付けるまで他が見え辛くなるもんです」
「言い方は悪いが籠の鳥の囀りに聞こえるな。借りのある同期の頼みが無ければ君の話など耳を貸さなかった」
「学生時代にも世話になりっぱなしでしたが、これでもう佐伯教官殿には足を向けて寝れなくなってしまいましたよ」
そう言いながら苦笑する中村は吹雪が持っていた封筒を彼女の手から抜き取って鍋嶋へと差し出し、それを受け取った叩き上げの陸自隊員は中に入っていた書類に素早く目を通して一瞬の瞠目の後に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて封筒を閉じる。
「使い方はどうとでもしてください。情報漏洩、背任容疑、公金横領にパワーハラスメント、政治家先生との夜遊びの写真はまぁ、オマケみたいなもんですが軽く突いただけでここまで埃が立つなんて珍しい相手でしたよ。知り合いの探偵に頼むまでもありませんでした」
「・・・基地に閉じ込められている状態でどうやって調べたか、と言うのは聞かないでおこう」
「今回に関しては海将補殿と違って後ろめたい事を俺は何一つやっちゃいませんよ。敢えて明かすなら艦娘の能力と言うのがアイツらや我々の予想以上に便利だっただけです」
意味有り気なそのセリフに鍋嶋は何を言われたかいまいちわからない様子で中村とまだ不満そうな顔をしている吹雪を見るが、それに答える様子も無く若い海自の指揮官は軽く指を上に向けて見せただけであり強面の彼はとりあえずそれが指す方に従って曇天を見上げた。
白い雪がちらついているだけで特におかしいモノが無い曇り空、近くで彼らの会話を聞いていたらしい作業中の隊員たちも立ち止まり何気なく空を見上げるが不自然なものは見えなかった様子で仲間達と顔を見合わせる。
眉を顰め揶揄われたのかと視線を空から正面へと戻そうとした鍋嶋の眼鏡に小さく細い光が滑る様に流れ、反射的に彼が視線で追ったそれは倉庫の上を旋回するように徐々にその高度を下ろしてくる。
「・・・あれは、ラジコンか? ・・・いや、矢だとっ!? なんだあの軌道はっ・・・?」
物理的にあり得ない光る矢が曇天の下で円を描きながら旋回するという現象に目を見開いた鍋嶋やその彼の様子に部下である隊員たちも気付いて騒ぎ出し、陸自の指揮官は何故か誇らしそうに胸を張る吹雪と訳知り顔で自分の正面に立つ中村へと視線を戻す。
そして、鍋嶋は彼等の背後、少し離れた倉庫前の道路にいつの間にか現れていた茜色の着物と深い藍色の袴を身に着けた矢筒と和弓を持つ嫋やかな黒髪の美女に気付いた。
「俺達は基地の外には出ちゃいけないって命令されてますが、陸自の電話を借りて民間人の知り合いに写真を撮ってきてくれと頼んじゃいけないと命令されてもいませんし、領収書の類が入ったごみ袋を拾っちゃいけないとか・・・訓練中の矢を基地の外に飛ばしちゃいけないって規則もありませんからね」
「・・・っ! 彼女は航空母艦かっ?」
極秘扱いである艦娘は別部隊である陸自には詳細な情報は渡ってきていなかったがそんな鍋嶋でも彼女達が過去の戦闘艦の能力を宿して生まれてくると言う事ぐらいは知っており、その情報から目の前で起こっている不可解な現象の正体に思い至る。
宙を滑空して空母艦娘である鳳翔の足下へと下りた一本の矢が纏っていた光を散らして薄く雪が覆うアスファルトの道路の上に転がり、空から降りてきたその矢を弓掛を付けた右手が花を摘むように優しい手つきで拾い上げた。
「今までの艦娘の指揮官は何故か彼女達の能力には興味が薄かったようでして、この事を知っていた研究員の人達も聞かれなかったから答えなかったらしいです。休日でも無いのに繁華街で遊んでいた上官殿も頭の上から見られているなんて思いもしてなかったでしょうよ」
「・・・何とも便利な能力だ。彼女にこちらへ出向してもらうと言うのは無理な話か?」
「生憎ながらそれを認める権限は俺にはありません。それにそんな事になったら小心者な俺は怖くて外も歩けなくなります」
「・・・よくもそんな台詞が吐けるモノだ。 仕事が増えた。失礼させてもらう」
協力者達へ頭を深く下げ礼をする鳳翔の姿に暫し見惚れていた鍋嶋の意識を引き戻すように中村が種明かしをして肩を竦めて見せ、陸自の指揮官は熊の様な厳つい顔に苦笑を浮かべてから帽子のツバを引いて目元を隠すようにかぶり直し、小さく敬礼をしてから肩で風を切る様にきびきびとした動きでその場を去っていった。
その後、目覚めた艦娘の数はさらに増え、田中が東京湾への襲撃事件を機に接触を持った政治家への働きかけに成功する。
その同時期に起こった基地司令官である海将補の懲戒免職と部下の降格処分による混乱でそれまでの停滞が嘘だったかのように彼らの忙しさを加速度的に増していった。
そして、2014年の2月、衆参両議院の可決によって国防特務優先執行法が施行される事になる。
・・・
怒涛の勢いで数えきれないほどの問題が押し寄せてきた2014年があと数日で終わる。
そんな新しい年を目前にして真冬の到来を告げるようにチラホラと粉雪が舞う鎮守府を数日間の出撃任務から帰還した田中は歩く。
思えばこの一年は休む暇なく陸や海を走り回り敵味方問わず彼の常識と言う概念を破壊するかのように押し寄せてくる凄まじい攻勢をよくぞ自分は乗り越えたなと苦笑しながら田中は白い息を吐いた。
去年の着任から深海棲艦の襲撃と吹雪の初出撃に始まり、中村が意地の悪い笑みを浮かべ陸自に繋ぎを取って海将補をその椅子から引きずり下ろし、彼等の存在に危機感を募らせた基地司令部は元上司の二の舞を避ける為に可決された特務法の実行に躍起となった。
艦娘の正しい運用法が分かった事もあり、下手に足を引っ張るよりも危険人物である田中と中村を特務法と言う大義名分で激務を押し付けて物理的に忙殺した後に自分達の言う事を聞く新任司令官を据えるつもりだったのだろう。
だが、仕事に殺されてたまるかとあらゆる手段を講じて対抗した二人は防衛大の先輩後輩を巻き込み、さらに初めから隠れていた総理大臣からの全面的な協力と言うジョーカーによって九死に一生を得る。
夏には海上保安庁の情報漏洩によって世間一般へと艦娘が認知され国会の外と中を大いに騒がせ、その裏で巨大な異空間を抱え込んだ限定海域とその主であった姫級深海棲艦から捉えられた艦娘達を救出すると言う前代未聞の作戦に従事して自分達が振るえる限りの権限と武力を使い文字通りに身を削りながらも作戦を成功させた。
「やぁ、提督、良い天気だね」
「んっ・・・時雨、雪が降ってるのに良い天気なのか?」
「うん、だって僕が提督とこうして手を繋いでもおかしく無いじゃないか」
ふと後ろから声を掛けられて肩越しに振り返った田中の目に長い黒髪の三つ編みが揺れ、黒地に白い襟袖のセーラー服を着た駆逐艦娘の時雨がぼんやりとした光を纏いながら彼に近づいて自然な動きで手を握る。
黒い手袋に包まれた柔らかい女の子らしい手に触れられて緊張する様子を見せる田中の身体へと微笑みを浮かべた時雨の手から伝わって光が広がり彼の肌を刺すようだった冬の冷気が明らかに和らいでいく。
「どこに行くのかな、邪魔じゃないなら僕も一緒に行くよ」
「ああ、ちょっと酒保まで、留守にしてる間に俺の戸棚に入れておいたパック麺を誰かが食べてしまっていたようでね」
「提督、レトルトは身体に悪いんだよ? 今はちゃんと食堂で美味しいご飯が食べられるんだからさ」
中村もだが田中が食堂に入るとその場にいる艦娘達が一斉に畏まった様子になり、その後に少なくない子達が是非とも自分を旗下に加えて欲しいと強請りに来る為に食事どころでは無くなるため彼らの足はついつい食堂から遠ざかってしまっている。
夏の激戦を経て五人から六人へと艦娘を指揮下における許容量を増やした田中だったが、編成枠が一つ増えた事で交代要員を含めた二人分の募集に二十人以上の艦娘から編成申し込みが殺到し、下手をすればたった二つの編成枠の取り合いと言う艦娘同士の血で血を洗う大演習が勃発しかねない状態となったのは彼の記憶に新しい。
なお、田中と中村の後輩である木村隆一尉や他の司令官達にも編成枠が幾つか増えたのだがそれぞれ艦娘からの申し込みは三人程であり、その内の何人かは座学の単位が足りていなかった為に申請を却下され、順当に立候補した艦娘が納まったため特に問題無く彼等の艦隊の編成は閉め切られることになった。
「提督と中村三佐は人気者だからね」
「時雨たちが間に入って止めてくれなかったら夏の救出作戦での編成会議並に酷い事になってただろう、俺としては嬉しさよりも困惑の方が強いよ」
中村曰く一生分働いたと言わしめた一年、秋に入ってからは内閣の要請で自衛隊上層部が行った監査によって艦娘否定派の息がかかった基地職員が大幅に異動命令を受けてここではない任地に向かう事になり、入れ替わる様に国防の職務に熱心な隊員が多く配置されることになったので大分と精神的な負担は減った。
それでさらに艦娘の指揮官が増えれば田中としては万々歳だったのだが、指揮官の適性を試験する為に艦娘に実際に乗せて見たところその一カ月ごとに一二回の頻度で行った実地検査は平均して十人に一人と言う割合でしかまともに彼女達を運用できる者がいなかった。
主任曰く適正と許容量は霊的力場との接触によって増大していき理論上はどんな人間でも最低六人分の艦娘の編成枠を得ることが出来るらしいが試験後に担架に乗せられて運ばれていく青い顔をした候補者の姿と噂が広がった為に今では基地内で我こそはと指揮官に立候補する士官はもういない。
それでも6人しかいない状態から21人へと指揮官が増えた事で過労死の秒読みが始まっていた田中や中村だけでなく彼等の後に着任した四人も輪になって喜びを分かち合う事となり、指揮下の艦娘達に生温かい視線を向けられることになった。
「指揮官は増えたけど、まだ新任の人達は一人ずつしか編成できないから僕にはあんまり戦力が増えた気がしないな」
「主任たちには俺や義男の許容量の増え方が異常だって言われたよ、義男が見た夢の話が事実であるなら・・・」
「提督・・・どうしたの?」
刀堂博士が猫吊るしの姿で夢に現れて言いたい放題言って勝手に消えたと言う中村の話は正直なところ田中には信じられるモノではなかったが妙に現在の状況とかみ合っている内容もあった。
かと言ってそれを周りに言えば確実に狂人扱いとなる事は目に見えていたので二人は艦娘にも詳しい事は言わず、その情報を自分たちの胸に仕舞って置くことにした。
「いや、なんでもない・・・ん? あれ・・・、前に赤城が突っ込んだ倉庫の壁は直したはずじゃないか?」
「ああ、あそこの事かな? あっちは大鳳さんが昨日の朝に激突して穴を開けたらしいよ」
四日ほど近海の船団護衛に出ていた田中は目的地である艦娘酒保の近くにあった倉庫に人間が大の字になったような穴とそこに掛けられ冬の潮風に揺れるビニールシートを目にし、その原因を作った装甲空母艦娘がクレイドルに運ばれていったと彼の初期艦である時雨は情報を補足する。
「・・・先週に加賀が墜落して穴をあけた屋根も直っていないのに、空母艦娘は倉庫に激突しなければならない決まりでもあるのか?」
「う~ん、でも鳳翔さんが慣れてなかった時にはほとんどが艦娘寮の屋上だったし、千歳さんは教室棟の窓や壁だったから別に倉庫を狙ってるわけじゃないと思うな」
「使うのは税金なんだぞ、修繕費だって湯水にように湧いてくるわけじゃないのに・・・はぁ」
これも中村が吹いた大法螺によって刀堂博士が彼女達の能力を組み上げ直した結果なら全ての責任は彼にあるのかと思った田中だが、もしも眉唾な夢の話が本当だったなら中枢機構と精神の混線を起こしているのは転生者である自分も当てはまる事を考えると自分の思考が何かしらの影響を艦娘の能力に影響を与えている可能性は否定できない。
これ以上の考えは自分にとって藪蛇になると直感した田中は思考を打ち切って艦娘酒保と言う看板が掛けられた倉庫の扉を開いた。
「明石の酒保にようこそ♪ 田中少佐、お疲れ様です!」
扉を開けた田中の左側から掛けられた明るい歓迎の言葉に彼はしばし佇み、入り口から入ってきた指揮官と障壁を解除した時雨へと温かな室内の空気と共に満面の笑顔を浮かべて迎え入れる鮮やかな桃色の髪の持ち主と見つめ合った。
「あんまりジッと見られると恥ずかしいですよ、何かご入用ですか?」
「いや、明石くん、君何やってるんだい・・・?」
今年の8月に太平洋上で確認され田中達が限定海域と呼ぶ異空間を抱え込んだ巨大深海棲艦の中に囚われていた霊核から再生した艦娘の一人であり、工作艦に分類される明石は戦闘能力が極端に低いが学習能力と技術者として高い能力を発揮した為に研究室所属の艦娘として増設装備の研究開発に協力し、時には指揮官適正を持っていた研究員を乗せて艦娘への装備の着脱も港湾で行っている。
「何って酒保の店員ですよ? それが何か問題ですか?」
小さな体育館ほどあった倉庫の三分の一ほどに様々な商品が陳列された棚が並び、コンビニの注文カウンターのような長机の向こう側から田中の問いかけに何を今さらな事を言っているのか、とでも言う様に不思議そうな顔をした現在鎮守府で唯一の工作艦娘が彼らに首を傾げて見せる。
困惑した田中はとりあえず状況を把握する為に周囲を見回し、酒保に置かれた雑貨やお菓子などを販売している十数台の自動販売機の前やカフェのようなカウンターやテーブルが並んだ場所にチラホラと居る艦娘や基地職員の姿を確認した。
「待てっ、なんで艦娘酒保にカフェがあるんだ!?」
「提督は知らなかったのかな? 一カ月前にね戦闘に出撃が出来ない輸送艦や補給艦の娘達が司令部と研究室に許可を取って始めたんだよ」
「私もその時に何かお手伝い出来ないかと具申しまして、今は手が空いてる時にはここで店員をしてるんです♪」
いつそんな事が決定されて実行されたのか、気付かなかった自分が迂闊なのか、それとも知らせてくれなかった同僚に文句を言うべきなのか、そんな悩みに手を額に当てて遠い目をした彼はレンガ壁だったはずの酒保の壁がキレイに塗装されて自衛隊広報の印がされた何枚ものポスターが貼られている事に気付きますます大きなため息を吐いた。
今話題の化粧品の写真やお節料理が大写しになった数枚の商品宣伝ポスターは大手デパートの名前で飾られ、他には千葉県で行われるらしい冬の花火祭りの案内ポスターの隣には着物を着たキャラクターの横に吹き出しで「そうだ、初詣に行こう」と書かれているJRマークのポスターなどが並び、さらにその下に置かれた長机に日本の観光地の案内するチラシの束が並べられている。
田中が目を凝らしてさらに酒保の奥を見れば一台だけだったはずの艦娘の艦橋を模したシミュレーターゲームの筐体が三台並んでおり、そこにも艦娘や自衛官などの人だかりができていた。
「・・・さっさとパック麺買って帰るか、時雨、何か欲しいものがあれば言ってくれ」
「じゃぁ、ちょっとそこでお茶していこうよ。おはぎとかお団子、あとお汁粉がとっても美味しいんだ」
「洋風のカフェなのに売ってるのは和製なのか」
一カ月と少し前に時雨とその姉妹たちとお菓子を買いに来た時にはおでん缶やストラップや髪飾りが売っていると言う謎な品ぞろえの自動販売機と艦娘達が列を作っているシミュレーターゲームだけが置かれ、暖房も中村がリサイクルショップをやっている兄から貰ったと言う薪ストーブだけと言う殺風景な場所だったはず。
そんな艦娘の社会勉強用の施設は田中が知らないうちにコンビニとカフェとゲームセンターと観光案内所をごちゃ混ぜにしたような場所となっていた。
その光景にもうツッコミを入れる気力も無くなった田中は入り口の横に置かれた日本円を酒保で使えるコインに交換するための交換機、この酒保を利用したいと願い出てきた基地職員があまりにも多かった為に設置された機械へと千円札を二枚ほど突っ込んでジャラジャラと交換機から吐き出された銀色のコインの数枚を時雨に渡してカフェに向かわせる。
「時雨、これで適当に注文しておいてくれ」
「うんっ! 駆逐艦時雨、出撃するね♪」
手にコインを握ってカフェへと向かう嬉しそうな笑顔を浮かべた時雨の背中を見送って残りの硬貨を回収してポケットに突っ込んだ田中は胡乱気な視線を媚びを売る様な笑顔で自己主張する工作艦娘へと向ける。
「さあさあ、田中少佐、どの商品を購入しますか?」
にっこにこの笑顔を浮かべた明石が受付カウンターから身を乗り出す勢いで揉み手をしている様子に田中はまたしても大きくため息を吐いてから些かにぎやかになり過ぎた感がある酒保の中を歩く。
「あぁっ! なんで自販機の方に行くんですかっ!? パック麺ならこっちでも売ってますよ! 田中少佐ぁっ!」
明石「ここたま!!」
夕張「油売ってないで装備の換装手伝ってよ!」
最初と最後の部分が書きたかった。(切実)
書いてる途中で自分でも混乱してきたから明らかにおかしい場所があるかもしれないけれど笑顔で見逃してください。