主任「魚雷さぁ・・・たった二つで良いのかなぁ?」
【重雷装兵装案】
中村「え、でも、それかなりお値段が・・・」
明石「こっれ見てくださいよ♪ ほら、北上さんに載せたくなってきませんかぁ?」
【北上の雷撃適正結果】
中村「う、ぐうっ・・・」
2015年3月中旬、今まで一度も出現が確認されていなかった日本海に深海棲艦の大群が突如現れた事で中村は東京湾の鎮守府からはるばる本州を跨いで京都は舞鶴まで出張することになった。
そして、小春日和の空の下、艦娘の司令官の一人である男は舞鶴港の端っこに停泊している海洋調査船【綿津見】の甲板から舞鶴基地の港湾区で行われている作業を呑気な顔で見下ろしている。
「あれが研究室が用意したとか言う新型装備か・・・」
「随分とゴテゴテと飾り付けられているな、中村、本当に使えるのかアレは?」
黒地に黄色い線が並ぶ一等海尉の階級章を肩に付けた男が中村と並んで立ち、彼と同じ方向へと視線を向けて重苦しい金属音をたてている一角へと顎をしゃくる。
海水が満ちたドックに片膝立ちしている緑色を基調としたセーラー服を身に着けた全長十数mの少女の腕へと大型クレーンで吊り下げられた巨大な魚雷管がゆっくりと近づけられていく。
その少女のすぐ横にいる腰に深いスリットが入った短い袴が特徴的なセーラ服を着て横髪をリボンで太い刷毛の様に纏めたピンク色の長い髪を持った女性が自分の背面艤装から伸びるクレーンから五連装魚雷管を掴んで手を前方に真っ直ぐ伸ばしている少女の腕へと接続する。
球磨型軽巡洋艦を原型に持つ艦娘である北上は自分の左腕に接続された魚雷管を確認するように軽く腕を上下させ、長方形のミサイルポッドにも見えるソレが金属質な機動音を立てて左右に一回ずつ回転した。
「魚雷管の増強艤装は菱田先輩も使った事はあるでしょ・・・それの霊力の圧縮効率をさらに高めたスゴイ版ですよ」
「ふんっ、あそこまで載せてまともに海を進めると言うなら文句は言わんが、後輩が頭のネジが飛んでる研究室の連中に実験動物扱いされるのは気に入らん」
中村にとって防衛大での学生時代には角突き合わせた事もある高圧的な体育会系の先輩だった菱田健次、彼とは何度かの対立を繰り返しつつも徐々に和解して今では面倒見の良い年上として頼りにしている相手である。
去年の鎮守府に着任してからの騒動でも既に航空自衛隊でパイロット候補としてエリート街道を進んでいた菱田は中村が土下座覚悟で協力を求めると二つ返事で部隊の異動を受けてくれると言う男気を見せてくれた。
≪両脚部、両腕部の取り付けは終了しました。北上さんどうですか?≫
≪ん~、大丈夫大丈夫、いいねぇ♪ まだあるんでしょ、どんどん載せちゃってよぉ≫
巨人となった艦娘同士の会話が少しばかり離れた中村達の場所まで届き、両脚の上腿と下腿に腕に装備されたモノと同じ五連装魚雷を装備され、左腕に標準装備されている二連装魚雷を含めれば両弦合わせて三十二門の魚雷管を装備する事になった北上は満更でも無い様子で自分に艤装を施している工作艦の明石へと返事を返す。
「それにしても魚雷ばかりなんであんなに積む、あれだけ増設できるなら主砲を増やすべきだ」
「艦娘の装備枠にも適正なんてものがあるらしくて軽巡北上の増設装備に霊力を流す接続端子はほぼ全てが魚雷のみに特化してるらしいんですよ」
そして、北上に火砲を乗せるとしたら精々が中口径を一基か単装砲や機銃となるらしく、だからこそ下手に大砲を乗せるよりは得意分野を伸ばす形で強化を行っていると至極当然と言う顔で中村は答え、それを聞いた菱田はしかめっ面で未だ納得せずと言う雰囲気を纏う。
霊力を放出すると艦娘の身体の各部に浮かび上がる幾何学的な紋様、霊力回路を持った機器を接続できる端子としての役割を果たすそれは数も種類も個人差があり、今のところ最も多い接続端子を持つ艦娘は軽巡洋艦である夕張の26ヶ所。
比較的接続端子が少ない駆逐艦でも平均で8ヶ所あるのだが出力や性質の関係で装備できるモノは艦種によってまちまちとなっている。
そして、接続された装備は艦娘の身体の一部として扱われるようなるようで装備後に待機状態となっても身に着けた兵器に潰される事も無く、兵器としての機能は停止するもののミニチュアになった増設装備を身に着けた状態で行動することが出来るだけでなく、損傷した場合には時間と共に修復していくと言う謎現象まで起こる。
「基本装備に八つの五連装魚雷管と対空機銃二基が加わり、さしずめ重雷装巡洋艦北上と言ったところですか」
「ロマン装備では勝てる戦いも勝てんぞ、過去と同じ轍を踏むのも気に入らん」
「今回はちゃんと出番があるから使わずに捨てるなんて事にはならんでしょ」
着任してから艦娘の戦闘はより大型の艦による砲撃で決定すべきだと言う固定概念を持ち始めている先輩へと苦笑を浮かべて中村は綿津見の手すりに体重を預けて、前世のゲームで見たモノとは少し違うデザインだが間違いなくラストダンサーの異名を姉妹艦と共に誇っていた姿に近づいていく北上を眺める。
「これで先輩の所の大井にもあの装備を用意できてればハイパーズの結成も実現したんですがね、いかんせん1セットのお値段が他の装備と桁が違うもんで諦めざるを得ない状態になっちゃったわけで・・・」
「また意味の分からんことを、中村、いい加減に出所の怪しい情報に踊らされるのを止めんと今に足下を掬われるぞ」
「ははっ、もう数えきれないぐらいひっくり返されてますから起き上がるのも慣れたもんです」
菱田にとって出会った当初から中村は実際の年齢以上に世渡りに慣れた生意気な男であったが鎮守府に着任してから指揮下の艦娘達がしている噂の中に彼が此処とは別の世界の記憶を持った人間でその為に他人よりも多い人生経験によって状況を有利に進めているなどと言う話を聞く事になった。
今までの中村の経験に裏打ちされた思考と話術に引っかかって騙された苦い過去を持ち、その年下なのに年上にも感じると言う不思議な彼の言動に菱田は納得しそうになったものの便利であってもそんな不確かなモノに頼る後輩を心配して忠告を繰り返している。
「まぁ、これまで実績を積み重ねてきた鎮守府研究室からの太鼓判と強い要望ってもの無くは無いですけど・・・俺にとってはあの装備にそれなりに強い思い入れがあったから採用したわけで、ははっ・・・」
「思い入れか、お前は魚雷で組んだ神輿でも作るつもりか・・・?」
「北上さんを神輿扱いですか、そんなふざけた事を言う口には魚雷で栓をしないといけなくなりますよ?」
不意に温和そうな口調に剣呑な鋭さを隠した言葉が甲板の端にいる二人へと届き、その声へと振り向いた中村と菱田に北上と同じデザインで緑色を基調としたセーラー服とリボンタイを海風に揺らしながら軽巡洋艦大井を原型に持つ少女が微笑みながら立っていた。
「いやいや、お神輿なんてとんでもない。北上は今回の作戦で間違いなく主役を張る事になるよ」
「大井、お前たちは待機中のはずだ。何かあったのか?」
菱田の指揮下に就いている大井は自分の牽制の言葉が特に効果を見せなかったことに少し口元に不満を見せたが、すぐに張り付けた様な微笑みを戻して持ってきたらしい一冊のファイルを菱田へと手渡す。
「先行して防衛任務を果たした艦隊の艦娘から聞き取りした敵勢力の情報を纏めました。さっさと確認してください」
「・・・生意気な物言いをするが仕事に熱心なのは評価してやる」
「お気になされず、偉ぶるだけの成果は出してほしいだけですからぁ♪ 間違っても乗った艦が悪いなんて言わせないわよ?」
薄ら寒い笑顔と高圧的な仏頂面のにらみ合いと言う何とも居心地の悪い空間に立たされることになった中村は小さく肩を竦めてから再び港湾で装備作業を続けている北上と明石へと視線を向けた。
「中村三佐、そう言えばさっき聞こえたハイパーズと言うのはどういう意味ですか? 私と北上さんの話みたいでしたけど」
「ん? ああ、聞こえていたのか・・・まぁ、正直に言うと前世の世界での記憶を元にした期待と信頼を込めた験担ぎのようなもんなんだけどな・・・」
木村達が航空自衛隊と協力して深海棲艦の攻撃を凌いだ際に得た情報を自分の指揮官へと手渡した大井が幾分か声からトゲなどの含みを抜いて純粋な疑問と言う感じで問いかけてきたので中村は少しばかり隣で資料に目を通している菱田の顔を窺ってから前世の記憶を掻い摘んで彼女へと提供する。
「ラストダンサーですか・・・?」
「そう、かなり有名な話だった。姫級だろうが鬼級だろうが最後には必ず止めを刺ってな、中には北上さま、仏さま、大井さまなんて拝む連中もいたぐらいだし、ネットでもテレビでも主役級に取り上げられてた」
「まぁっ、私と北上さんが? うふふふっ♪ そう言われると悪い気はしませんね」
別の世界で活躍していたと言う自分と北上の話に機嫌を良くした大井の御淑やかな笑みなのにどこか獰猛さを隠している表情に中村はさっきの状況よりはマシになったかと苦笑する。
「メディアが一般人にも分かり易い英雄を作るのは昔から変わらん、大方偶然に挙げた戦果を大げさに誇張されて広報部に利用されただけだろう。そもそも、俺達の世界にはそんな事実はない。中村も無暗にひよっこを煽てるな」
資料に目を落としながら愛想の欠片も無いセリフを菱田が吐いた瞬間に大井の微笑みが凍り付き、中村は何とか柔らかくなった空気が再び刺々しモノへと変わった事で手を額に当て。
余計な言葉を吐く現実主義者のフォローを諦めて遠くで金属音を立てながら明石の手で肩に魚雷管を接続されている北上へと視線を逃がした。
「ま、まぁ、北上と大井が雷撃カットインを発生させやすい性質を持っているって言うのは研究室からのお墨付きを貰ったことですし・・・多重力場の圧縮も増設魚雷を複数連結させる技術の確立で比較的簡単になりました」
「いくら強力でも一度の戦闘で一撃しか放てない代物は使い所が限られ過ぎて役には立たん」
「ええ、ええ、その有難いお言葉のせいで私は重苦しい副砲と機銃を背負わされてるんですよねぇ?」
「装備は状況によって常に最善のモノを選ぶものだ。俺は火砲も魚雷も使える状況なら何でも使う」
朗らかな笑顔から飛び出すトゲで出来た様な大井の嫌味にさしたる興味も無いと言う顔で資料に目を通した菱田はそのファイルを二人からどうやって離れるべきかと思案し始めていた中村へと刺すように突き出して渡す。
「もっとも必要性が無いモノを装備させるつもりは無い」
「・・・チッ、ほんと嫌味な男」
視線に攻撃力があれば確実に菱田の顔に風穴を開けているだろうと思えるほど鋭い視線を剣呑に顰めた目から放つ大井、どうして相性が悪い菱田の艦隊に彼女が編成の申請を出したのかは中村を含めた鎮守府に所属しているほとんどの者達にとっての謎である。
「中村、お前の預言も当てにならんな」
「・・・戦艦水鬼、似てますが見た目が食い違うのは今さらと割り切るしかないんですかね?」
「全く同じモノと言い切れなければ余計な先入観は邪魔になるだけだ」
ファイルの中にある写真、おそらく上空から撮影されたらしいそれには頭から一本の黒い角を生やし夜闇を固めて造ったような漆黒の長い髪と刺々しい歪さに満ちたドレス、血の気の無い白い肌の顔には表情らしい表情は見えずただ赤い鬼火のような眼だけが前方を睨み据えるように開いている。
中村が知る鬼級の戦艦ならその背後に巨大な剛腕と巨砲を備えた従者のような怪物が居たはずだが今、手に持っている資料にはその存在は確認されていなかった。
「ありがとう、後で同じものをウチの艦隊にもコピーしてくれると助かる」
「はい、では後程お届けします」
一通りの情報に目を通して今回も何が起こるか分からないと言う悪い予感に深いため息を吐いた中村はあっと言う間に苛立ちを笑顔の下に引っ込めた大井に向かって小さく礼を言いながら資料を返してから、ふと空から聞こえてきたヘリのエンジン音に顔を上げる。
「菱田先輩、この辺でヘリの飛行は予定されてなかった筈ですよね?」
「ああ、警備計画にもそんなものは無かったが・・・アレは、チッ、マスコミは何処からでも情報に食いついて来るな」
綿津見の甲板から三人が見上げた空に白い機体に大手のテレビ局が使っているロゴが描かれたヘリコプターが飛び、それは舞鶴基地の外縁をギリギリまでなぞる様に飛行しており、側面に空いたドアから突き出されている大型のビデオカメラが明らかにこちらを覗いている事が分かる。
「まぁ、増設装備を着けたまま待機形態になると大きさはともかく艦娘に色々と負担が大きくなるから魚雷管だけ別口で輸送したので遅かれ早かれバレるのは分かってましたが・・・、ここまであからさまな方法で確認を取って来たかぁ」
増設装備が施された状態で艦娘が待機形態になるとまるで板に釘を打った様に着ている服が肌と装備に挟み込まれて脱げなくなってしまう事や体の一部として扱われるようになっても重量や重心が変化する為に身体のバランス感覚に不調を訴える艦娘も出てくる。
「隠し撮りでも無ければ滅多に見れない艦娘が港に戦闘形態をとって堂々としているだけでも奴らにはご馳走に見えるんだろう」
「どこのパパラッチですか・・・俺の知り合いの新聞記者でももうちょっと慎みがありますよ」
仮にも軍事施設である場所への偵察行為と言うアグレッシブなマスコミの行動に呆れ返った中村と帽子を深く被り直しながら吐き捨てる菱田のすぐ近くでぶわりっと光粒が広がり、目を見開いた二人の前で大井が歯ぎしりをしながら手の平に霊力の光を溜め始めていた。
「北上さんを見世物にするなんてっ! アイツらは撃ち落されたいのかしら!?」
「よっ止せ! それはイケナイ! 大井、流石にそれはダメだっ!」
「この馬鹿が、何をやっている!?」
今にも民間機へと光弾を放とうとしていた軽巡洋艦娘へと即座に中村と菱田が飛びかかり、見た目は女子高校生程度である筈なのに下手な重量挙げの選手よりも腕力のある大井は現役自衛官の二人掛かりで何とか抑え込むことが出来た。
「離しなさいっ! 北上さんは私が守るのよ!!」
さすがに待機形態の艦娘の光弾では上空のヘリまで届く事は無いだろうが自衛隊に所属している艦娘が不機嫌になったと言う程度の理由で民間人に向かって威嚇射撃を行ったなんて事になればマスコミ業界はここぞとばかりに大騒ぎを始めるだろう。
その後、ヒステリックに喚く大井を説得して綿津見の船内へ入っていった中村達の上空に舞鶴基地に所属している戦闘ヘリが舞い上がって白昼堂々と基地の中を空中でレポートしている連中へと警告を開始し、それから十数分ほど民間機は未練がましくうろうろした後に基地から離れて行った。
・・・
日本海側に突如として現れた深海棲艦に対する対策の為に先行した艦娘と指揮官達は予想を上回る敵勢力を発見した事によって、現在の自軍戦力では対応が不可能であると判断し増援として鎮守府に待機していた複数の艦娘達は呼び寄せられることになった。
その増員メンバーの中の一人である吹雪はぼんやりと停止している車の窓から見える空を見上げていた。
< 俺があの子に教えた吹雪と言う艦娘は初めから存在しない空想の中の存在なんだ >
ある日突然に出撃部隊から外されて予備部隊に入れられた理由を問う為に向かった執務室のドア越しに聞いたその言葉が真実であるなどと認めたくないと自分の内側で昏い思いが呻きを繰り返す。
< ただの真似だけなら良かった >
正しく命の恩人である尊敬する司令官が執務室で吹雪を編成から外した理由を同僚の艦娘に問い詰められて彼が零した言葉が何度も頭の中を渦巻く。
< だが吹雪は自分でも無自覚に俺が言った空想の中の吹雪になりすまそうとしている >
(テレビの中で役者が演じていた物語の主人公・・・それが司令が私に教えていた艦娘の吹雪・・・)
希望と道しるべを与えてくれたその言葉を言ってくれた本人がそれを否定すると言う認めがたいその事実に吹雪は船であった時には無かった言葉に出来ない感情に振り回される。
< だけど、吹雪がそうなってしまったのは俺の責任だ >
中村から離れて吹雪が自分自身の事を見つめ直す時間が必要であると彼が判断したからこその艦隊編成の変更。
そして、その理由を新人の実地訓練と言う言い訳に隠して中村義男は吹雪を艦隊編成から外して代わりに交代要員として控えていた艦娘が彼の指揮下に入り、さらに間の悪い事に突然日本海に出現した深海棲艦への対策に駆り出された中村は鎮守府から離れる事になった。
(司令官が私の事を考えてくれているのは分かってるのに・・・)
なのに自分は中村が司令官の一人として参加している日本海の防衛作戦へ増員が決定した時点で自分でも驚くほど強引な方法で増員メンバーに入り司令の意志を無視してまた彼の指揮下へと戻ろうとしている、と自分でも呆れるくらいに女々しい事この上無い考えに吹雪は昏い呻きと自己嫌悪を混ぜて表情を曇らせる。
「ねぇ? ちょっと聞いてんのっ?」
「えっぁっ!? な、なにかな、叢雲ちゃん?」
「はぁぁ、さっきから何ボケッとしてんのよ・・・他の子押し退けてここにいるんだからもうちょっと気合を入れなさい」
ジト目で見つめてくる妹艦娘の言葉にこれではどっちが姉なのか分からないな、と苦笑を浮かべて頭を掻きながら吹雪は改めて周囲を見回し、レンタカーのナンバープレートを付けた車の中で自分が他事を考え始める前と状況が余り変わっていない事に小さくため息を吐いた。
「何だかさっきよりも人集りが大勢になってるね・・・私達入れるのかな?」
「軍事作戦中の基地の前で集会なんて開いたら銃殺されても文句言えないでしょうに、ホントに今の日本人って平和ボケしてるわね」
舞鶴基地の入り口周辺はカメラやマイクなんかを持ったマスコミやいまいち意味の分からない妙な文面が書かれたプラカードを持った集団でごった返しになり、艦娘酒保の観光案内で見たチラシのお祭りの様子よりも大勢の人が居そうだと吹雪は呟く。
輝く白銀の長い髪を手櫛で梳いている姉妹艦である叢雲は不機嫌さを隠すことなく吐き捨て苛立っている様子は放っておけば彼女自身がその言葉を実行に移しそうな気配すらある。
吹雪を含め同じ車内にいる艦娘は言葉にしないまでも自分たちの行動が無意味に阻害されて狭い場所に押し込められている事への不満を徐々に募らせているようで、その艦娘達の気配に気圧されながら状況を打開する為に車を運転をしてくれている女性の自衛官が電話で基地内へと連絡を取っていた。
『見えますでしょうか、基地の港湾に二人の艦娘が居ます! 片方、黒髪を三つ編みにした艦娘へと装備されているのはミサイルの様にも見えます!』
「あっ、北上さんと明石さんが居ますよ! 大きな魚雷が沢山で大潮、気分がアゲアゲになってきました!」
「大潮、車内で騒ぐのは止めなさい・・・それにしても、こんなに大量の魚雷を装備して全部制御しきれるのかしら?」
若干一名ストレスとは縁が遠そうな常に何かの理由で騒がしい駆逐艦娘の頭を同型の姉である朝潮が嘆息しながら抑え、少しでも場の空気を和らげるためにかそれとも自分自身の気分転換のためか、大潮が手に持っている小型テレビへと目を向けてコメントして自分達が向かう予定の場所である舞鶴基地を勝手に撮影しているヘリからのライブ映像に眉を寄せる。
「・・・司令から聞いた話だと今のところは再装填以外は艦橋の艦娘や司令官に制御を依存する事になるらしいよ」
「増設魚雷って発射後の誘導も出来ないし霊力の圧縮効率が悪いから威力出ないでしょ、数揃えれば良いってもんじゃないわよ」
「でも、二連装までなら本艤装の魚雷と同じ威力が出るって座学の先生が言ってましたよ! 大潮は知ってます、雷撃カットインには二つ以上の魚雷管が無いと使えないんですよ!」
艦娘酒保のお取り寄せ商品カタログの中にあったポケットサイズの小型テレビ、朝潮型姉妹が貯めたコインを出し合って買ったそれはあまり良い性能では無く表示されるチャンネルは限られていたが鎮守府の外を知る機会が少ない少女達にとってはノイズ混じりでも娯楽としてはそれなりのモノとなっている。
そんな艦娘寮の談話室に置かれたテレビの前で度々行われるチャンネル争いと無縁となる事も出来ない貧弱な性能しかない小さな液晶画面は今だけはその力を使って車内のストレスを減らす事に成功した。
「皆さん、正門は流石に人が多すぎる様なのでこのまま基地に入るのは無理なので車を正門横の通用口に着けます。そこから皆さんが舞鶴基地内へと向かってください」
携帯電話を懐に入れたスーツ姿の自衛官が後ろで増設装備についての議論でにわかに騒いでいる艦娘達へと呼びかけ、その声に素早く了解の声を揃えて全員が澄まし顔に戻って頷く。
『自衛隊の発表では日本海側に確認された深海棲艦への対策であるとの事ですが、あれほどの重武装が必要であるのかは私には疑問です! そもそも・・・』
彼女達が静まった為に小型テレビからレポーターをしている女性の個人的な感想が大きく車内に流れ始め、その言葉に苦笑した自衛官から恥ずかしそうに頬を染めて顔を反らした朝潮は顔だけは真面目っぽく見える大潮が手に持っているテレビの電源ボタンをOFFにした。
「報道陣に関しては私や基地の職員が対応しますので皆さんは速やかに基地内へ移動してくださいね」
初めて鎮守府から日本国内へと足を踏み出した吹雪達にとって東京駅から京都駅までの半日以上かかった新幹線と言う高速列車での旅までは良かったのだが、その後に案内をしてくれた女性自衛官の後について矢鱈と複雑な電車の乗り継ぎを経て、舞鶴市まで辿り着いたと思ったら基地の手前まで来た車の中で一時間以上も待たされると言うハプニングに見舞われる。
その案内をしてくれていた自衛官の言葉でやっとそれから解放されると分かった全員が身体を解すように腕や足を軽く動かし解していつでも立てるように座っているリクライニングシートの上で背筋を伸ばした。
「それじゃあ、行きましょうか」
自衛官がキーを捻ってエンジンをかけ再び移動を始めた車の中でまた停滞しそうになっていた思考を散らすように軽く頭を振った吹雪は何か別の事を考えようと意識し、ふと舞鶴と言えば自分の原型である駆逐艦吹雪の生まれ故郷とも言えるのではないかと思い至る。
だが、改めて車の窓の外に見える街並みは船だった記憶の中にある舞鶴の港町とは全く違う形であり、七十年もの時間が過ぎたのだから自分の思い出の面影を残すものなど一つも残っていないだろうと結論して何を馬鹿なことを考えているのか、と苦笑した。
「吹雪さん、何か面白いモノでもみえましたか!? 大潮にも教えてくださいっ!」
「えっ、いや、そんなんじゃないよ・・・ただここが私の生まれ故郷なんだなぁって、そう思っただけで」
「・・・生まれ故郷? 舞鶴、そうでしたっ!凄いですっ吹雪さん!」
「な、なにそんな大袈裟に、凄い事じゃないでしょ?」
「大潮も舞鶴生まれです! 吹雪さんと同じですね♪」
何かにつけて五月蠅い駆逐艦がますます嬉しそうに気勢を上げてその場にいた全員がさっきまでの苛立ちを完全に忘れて柔らかく笑い、大潮の言葉に目を見開いた吹雪は彼女も同郷の艦娘だったのかと今さらな話題をわけも無く嬉しく思う。
「あはは、でも、海から見た昔の景色と全然違うから帰ってきたって気はしないけどね」
「船だった頃から何年経ってると思ってんのよ・・・でも、探せばどこかに面影でもあるんじゃないの、史跡とか大事にする人間は今も昔も少なくないでしょ」
調べたいなら手が空いてる時にでも手伝ってあげる、と小さく呟いた妹艦娘と自分達も手を貸すと胸を張る朝潮型姉妹に吹雪は少しくすぐったく思いながら頷いた。
そして、車は人込みから少し離れた場所にある小人数が所用で出入りする為にある通用口へと車が止まり、レンタカーの扉を柄でも無い事を言ったと照れて顔を赤くした叢雲が開けて車外へと出てその後に吹雪も続いて出る。
「なんだ? なんで中学生が基地に入ってくんだ?」
「おいっ、社会見学は良くて俺たちは入れないってのはどういう了見だ!」
叢雲に続いて外に出た途端に聞こえてくる大半が野次で出来た騒がしい外の音に目を向ければ先ほど車を運転してくれていた女性と基地職員らしい数人の男性が車と通用口の道を守る様に吹雪達と報道陣の間に立ちはだかってくれていた。
船と人と言う差はあれど今も昔も軍事組織の一員として世間一般とは離れてしまっている吹雪であるが基地に入っていく彼女達を目ざとく見つけて詰め寄ってこようとする報道を職業とする人達の勢いと迫力には気圧されそうになる。
「んんっ!? おい、カメラっ! こっちだ、早く回せっ! とんでもないのが居るぞっ!!」
「ぁああっ! あの子、海保の映像流出のっ!!」
「もしかして、ちっさいけどあの子達は艦娘かっ!?」
努めて平静を装いながら吹雪が通用口を通って基地に入ったと同時に一際大きい声が報道陣から巻き起こり、あまりの五月蠅さに驚き身体を震わせて彼女が後ろを振り向くと車と門の間で唖然とした表情を強張らせて立ち尽くしている朝潮の姿があった。
瞬間、激しいフラッシュが朝潮型駆逐艦の長女を襲い、あまりの眩しさに手を翳して顔を背けた朝潮は身体を硬直させカメラの前で身動きの出来ない状態となってしまう。
とっさに朝潮を助ける為に吹雪が道を戻ろうとした所をすぐ近くにいた叢雲が手を掴んで引いた事で留められ、その妹の行動に驚いた姉はすぐに手を離すようにと言うため口を開く。
「叢雲ちゃんっ、離して!?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、ほら」
報道陣の騒がしさに動じる様子も無く澄ました顔の叢雲が顎で指す先には大量のカメラのフラッシュで硬直してしまった朝潮と車の中から勢い良く飛び出した水色の髪を短いツインテールにした姉と同じサスペンダーで吊ったスカートと白い半袖シャツ姿の大潮が見え。
「朝潮お姉さんっ! アゲアゲで行っきますよぉおおっ!!」
その車から走り出してきた大潮はラグビーのタックルを思わせるような前傾姿勢で素早い組み付きからそのまま姉艦娘を肩に乗せて通用口へと飛び込んできた。
「あわっ、わぁっ!? 大潮ちょっと、止めっ!? 下ろしなさいぃっ!!」
そして、さっきの報道陣の勢い以上のモノを見せられてさらに硬直した吹雪の真横を風の様に朝潮を担いだ大潮が走り抜け、仲間に置いてけぼりにされた二人に艦娘は目の前で起こった衝撃展開に驚愕を顔に張り付けたまま視線を合わせる。
一瞬だがあれだけ騒がしかった報道陣すら黙らせるトンデモ行動を起こした駆逐艦娘は吹雪達を置き去りにして風の様に基地内へと消えていった。
「叢雲ちゃん・・・、あれ、本当に大丈夫だったのかな?」
「いや、流石に予想外よ・・・ただ手を引く程度だと思ってたわ」
そして、普段から元気すぎると定評のある大潮の行動に唖然としている吹雪型姉妹の前で数人の基地職員が服と息を乱れさせながら押し寄せる報道陣を押し退けてガシャリと通用口を閉め切り、それと同時に逃げるようにレンタカーに飛び乗った案内役の女性が吹雪達に小さく手を振ってから車を発進させていった。
見れば正門側の格子の間から吹雪達へとカメラは向けられており、目に痛いフラッシュと共にカシャカシャと騒がしくシャッター音が連続している。
「あははっ・・・じゃあ、私達も行こっか?」
「そうね、あの連中を相手に無駄な時間を使うのも癪だもの」
差し当たって向かうのは自分達の指揮官達が今回の作戦本部として使っている舞鶴基地の港に停泊している海洋調査船【綿津見】へ。
では無く、全く見当違いな方向へと爆走していった大潮と巻き込まれた朝潮を回収せねばと吹雪型駆逐艦の長女と四女は人の身体を持って初めて踏み入れる舞鶴の地を歩き始め。
「テレビを車に忘れちゃいましたぁ! 大潮、取り戻しに行ってきます!!」
「まって、うぅっ、まず、下ろしてぇ・・・」
その一分後に姉を担いだまま逆走してきた大潮の姿を見た吹雪と叢雲はアイコンタクトの後に頷き合い、すぐ近くを通り過ぎようとした大潮から呻き声を漏らす朝潮を取り上げて暴走娘の襟首を艦娘二人分の腕力で引っ張り黙らせることに成功した。
中村「うわぁああっ!!」承認印PON♪
明石&主任「「ご利用ありがとうございます!!」」
霞「な、何やってんのよこのクズ共はぁっ!?」
そして、鎮守府の資材と予算が残念な事になった。
結論、田中が所用で出掛けてたのが全て悪い。