最後の出撃から二ヵ月ほど経っただろうか。
前の上官はまるで沈む船から逃げるネズミの様に目の前からいなくなり。
ほとんどの仲間達が鎮守府の水槽の中で物言わぬ姿で浮かぶ中に私はたった一人だけ艦娘の為に用意された施設に取り残された。
そして、数週間ほど経った日に新しい上官として二人の士官がやってきたのだがその二人は今まで会ったどの軍人よりも緩くおめでたい考えの持ち主だった。
その様子たるや過去に自分が船であった頃にそんな物言いをすれば上官から物理的に根性の一つも叩き込まれるだろうと逆にこちらが心配になるほどだった。
それでもその二人は今まで会ってきた現代の司令官たちの中で一番たくさん話しかけてくれて、造られた存在である私と一緒に少し冷めたご飯を食べてくれた。
役立たずな艦娘である私を蔑む他の軍人や嘲笑する上階級の人達の言葉や視線から私を守るように慇懃無礼な物言いで相手を言い負かす口の上手さや相手にとって都合の悪い情報を盾に事を治める。
そんな様子からは本当に二人が私達の味方なんじゃないかと思えた。
だからこそ深海棲艦との戦いで囮にしかなれない私に彼らが何故ここまで優しくしてくれるのかが分からず、その理由を私は知りたかった。
「実はな・・・ココだけの話だが俺とこいつは前世の記憶ってモノがあってなっ」
「いや、何言ってんだお前!? いきなりそんな事言われて信じるヤツなんかいないだろっ!」
前世の世界の記憶から艦娘と言う存在が深海棲艦を打ち倒す力を持ったまさしく対深海棲艦兵器である事実を知っているのだと、まだ二十代に入ったばかりの若い士官が語った。
事務的な会話しかしない私に対して妙に友好的な態度。
それはまるで艦娘に対して強い信頼を持っているかと思えるほどで数日の性能調査と言う名の訓練の際につい口を突いて出た疑問に片方の指揮官は神妙な顔で手品のタネを明かすようにそんなセリフを吐く。
艦娘が欠陥兵器であると言う事など本人である私ですら分かっていると言うのにそんな現実を見ていないおめでたい妄想を聞かされて呆てしまった。
けれど同時に次々に減っていった仲間達を見続けて凝り固まっていた私の表情が少し和らいだ気がした。
「君たちは役立たずなんかじゃない、なんだ、あれだ、多分なにか勘違いか手違いがあって本当の実力が出せてないだけだ、多分・・・めいびー」
「なんですか、それっ・・・多分って、めいびーって、ふふっ」
「おっ、やっと笑ったぞ! おい、吹雪が笑ったぞ!」
理由は前世の記憶なんて根拠にもならない妄想であったけれど私はこの身体になってから始めて求めていた言葉をかけて貰えた事がどうしようもなく嬉しかった。
だから、ただ微笑んだだけで自分の事のように喜んでくれる軍人らしくない軍人の二人の姿に私は、駆逐艦娘『吹雪』はもう少しだけ優しい言葉に騙されていようと、頑張ってみようと思った。
「改めて・・・、吹雪です、よろしくお願いします。中村少佐、田中少佐」
「少佐じゃなくて三佐だ、自衛隊は表向きは軍じゃないって事になってるからね」
「細かい事は良いんだよっ! 後二週間も経てば何人かの艦娘が起きるらしいから、そこから俺達の戦いは始まるんだ!」
気休めでも良い、嘘でも構わない、私達が無意味な存在ではないと言ってくれる人達がいるならどんなに辛い戦いで砕け散るまで戦っても後悔はしない。
それに・・・。
どうせ死んで鎮守府に戻れば、この二人の司令官との嬉しい思い出も積み重ねられた後悔と無力感も溶けて消え、また
「司令官の前世の世界で私たちはどんな活躍をしてたんですか?」
「そうだな、まず・・・」
だから、今だけは耳に聞こえの良い夢物語を騙る司令官の言葉を信じたいとそう思った。
・・・
「はじめまして、吹雪です、よろしくお願いします・・・」
中村義男、二十一歳、落ち着きのない性格ながら少年時代から運動と学業の成績に優れ、高校卒業後には自衛隊の士官候補生として防衛大学に進学した。
入学直後から母校を同じくする田中良介と共に現内閣が主導して自衛隊によって実行された艦娘の研究開発と運用に強い意欲をもって計画への参加を要望していた。
「ヤバい、初めて会った艦娘の目が完全に死んでる、ヤバい」
「見りゃわかるさ、囮役として仲間が沈んでも感謝や慰めの一つも無く前任が逃げたから、ってのは理由の一つでしかないか・・・人間不信に足突っ込んでるみたいだし、どうする?」
全く努力しなかったわけではないが前世の記憶を頼りにしてきた中村にとって実際に出会った艦娘は色々な意味で予想外な存在であり、表情が死んだ状態で目の前に立つセーラー服を身に着けた少女に新しい上官として挨拶した後に新米自衛官の二人は顔を突き合わせて相談する。
「まずは仲良くなる事からだろ、良い上司の基本は部下と円滑かつ有効的な関係を作る事が基本って聞いた事がある」
「ぇぇ・・・なんだその聞きかじりを取り敢えず試してみようって考えは、まずは無暗に刺激しないように距離を置いて情報を集めて整理してからじゃないか?」
「何言ってんだお前、戦闘だの能力だのよりもまずは笑顔の一つでも見たいだろ・・・夢にまで見た本物の艦娘が目の前にいるんだぜ?」
黒髪を小さなお下げにして肩を落とした仄暗い瞳で見つめてくる艦娘の姿に二人は戸惑いながらも、彼女とのコミュニケーションを優先して行う事を目下の目的として相談を終わらせた。
「確かに、話もできない状態は何とかしないとな・・・」
「へへっ、だろ?」
・・・
それから二週間、改めて艦娘の能力を知るために鎮守府正面にある港湾で行った運用では手に入れていた資料で知ってはいたが二人の希望的観測を下回る吹雪の戦闘能力に愕然とした。
それを隠しながらも笑顔で無表情な彼女と接し、中村と田中は上層部に見限られて自分達ごと艦娘と言う存在に破滅が訪れると言う未来を阻止するための打開策を探し続ける。
暇さえあれば防衛大学での同期や先輩に有用な情報が無いかと聞いて回り、鎮守府の管理を行っている技術者や研究員に更なる情報を求め。
鎮守府の資料室で埃を被っている刀堂博士が残した資料を引っ張り出して額を突き合わせながら議論する日々はかけた時間に対して無情なまでに何の成果も無く過ぎていった。
「どうしてお二人は私に、艦娘にそんな優しくて・・・、期待をかけてくれるんですか?」
艦娘として生まれ変わってからから少なくない時間を虐げられて生きてきた吹雪にとって軍人らしくない妙な性格をした二人が自分達の置かれている状況を改善する為に走り回っている姿は不思議なモノだったのだろう。
前世で愛着があったゲームのキャラクターと同じ姿を持つ少女の不遇な状況への同情と言うのは無くは無いが、大部分が自分達の身の破滅を回避する為の利己的な思惑と行動は吹雪の心を軟化させるという思わぬ成果を上げた。
「あ~、いやそれは・・・何と言うかね、なぁ?」
着任から短くて長い十日が過ぎた日の夕食時に同じ席についた吹雪から問いかけられ、さすがに自分たちの内情を全て話すわけにもいかず田中が助けを求めるように中村へと視線を向ける。
すると相方である男はワザとらしく腕を組んで鷹揚に頷きながら勿体ぶった様子で口を開いた。
「実はな・・・ココだけの話だが俺とこいつは前世の記憶ってモノがあってなっ」
「いや、何言ってんだお前!? いきなりそんな事言われて信じるヤツなんかいないだろっ!」
「前世の記憶・・・ですか?」
実のところ何一つ改善案が無い状態であったし、過去の戦闘記録や研究員から手に入れた資料から見る艦娘のデータも自分たちの期待を裏切るものばかり。
自分で飛び込んでしまった落とし穴から這い出る選択が取れなくなっただけの二人は答えに窮したが中村は性懲りも無く今まで頼ってきた前世の記憶にまた頼る事にした。
「んで、大砲片手に敵の駆逐艦を打ち抜き、雷撃カットインで戦艦すらも沈めるのが駆逐艦娘だ! さらにインファイトなら他の艦種を圧倒する格闘戦能力を持っててだな」
「雷撃カットイン? そんな装備があるんですか? それにあんなに大きな敵艦に格闘戦なんて・・・」
「いや吹雪、コイツは、あーえっと、色々ごちゃごちゃに混ぜてるから話半分にしといた方が良いぞ?」
今まで友人であり同じ境遇であった田中としか交わせなかった前世の記憶を興味津々と言った様子で聞いてくれる真面目な女の子の態度。
これに気を良くした中村は艦隊これくしょんだけでなく色々と他の作品のネタを混ぜた話を面白おかしく語って見せる。
適当にしゃべっているように聞こえるが話の繋ぎ方や混ぜ方が昔から上手い中村の二次創作じみた艦隊これくしょんの話は実情を知っている田中まで騙されかけるほど整合性の高いモノであった事。
さらに娯楽に乏しい環境にいた吹雪を虜にしてしまうにはそう時間はいらなかった。
「私も・・・司令官たちのいた世界の艦娘みたいになれるでしょうか・・・?」
「ぇっ、あ、ああ・・・前世の俺はただのミリオタのフリーターで、艦娘の正しい運用法ってのは軍事機密で詳しくは分からなかったが、えっと、あれだっ! 良介なら大丈夫だ、コイツは前世じゃ一流大学で学者やってた奴だから! そこら辺の技術的な事はちゃんと調べ出してくれるぞ!」
「お、おい、いきなりこっちに話を振るなよっ!?」
出会ってから短い期間ではあるが大分と暗さが抜けた瞳で見上げてくる吹雪についさっきまで得意げに前世の知識を披露していた中村は今度はしどろもどろに田中に話題を押し付る。
「俺は学者だったって言っても文系だったから、前世の記憶で兵器の運用に使える知識なんか無いぞ!?」
「そこを何とか! やればできる、やらなきゃ出来ん! 吹雪からも言ってやれ!」
そんな軍事施設の食堂で口喧嘩を始めた二人の上官を前に駆逐艦娘はオロオロと右往左往することになった。
「えっ!? えぇ? ど、どうしろって言うんですかっ!? その、よろしくお願いしますっ田中少佐!」
「いや、だから吹雪、自衛隊の階級は昔の軍とは違って・・・」
明らかに冷遇されている部隊と言う事も手伝ってあからさまな嫌がらせによる冷めた味噌汁とご飯に漬物だけという侘しい食事ではあったがその日のその場にいる指揮官と艦娘の三人は妙に楽しそうで賑やかだった。
・・・
空元気と調子の良い発言と前世の記憶と言う根拠の無い自信で誤魔化された和やかな時間はゆっくりとだが確実に過ぎていく。
深海棲艦に関する被害の情報は政府によって民間人には遮断されているが存在そのものを誤魔化すことは出来ず。
さらに多くの漁船や民間船が護衛艦を必要とする状況は確実に日本全体へ危機感を強めていった。
深海棲艦の侵略的攻撃によるものか政治家や自衛隊上層部の決断によるものかは分からない。
だが確実に近づいて来る破滅の時に戦々恐々としながらも今のところ唯一の部下と言える吹雪に不安を与えないように配慮していた中村と田中。
そんな二人の努力を嘲笑う様にその時はやってきた。
「くそっ! 尻尾巻いて逃げるネズミじゃあるまいし、研究員や整備士置いて自衛官が率先して逃げ出すなよ!!」
ジリジリと五月蠅く非常ベルをまき散らす警報に負けるかとばかりに叫びながら田中は白い士官服に包んだ身体を動かす。
鎮守府の中枢に存在する艦娘の霊核を回収して治療と蘇生を行う巨大な金属の樹木を思わせる無数の水槽の連なり。
その下で鎮守府所属の研究員と共に装置を保護するための機構を起動させる作業を続ける。
深海棲艦の侵入を防ぐ為に張り巡らされた東京湾の防御壁の一部が突然に破壊され数隻の怪物が侵入を始めている事実。
その直近の軍事施設である鎮守府が存在する基地は敵の襲来が知らされたと同時に防衛行動どころかほとんどの職員が蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出す準備を始めた。
「と言っても、ここにはマトモな防衛機構なんて無いですからね、護衛艦どころか戦闘用のボートすらない。自動小銃であんな化け物に突っ込めって言う方が酷でしょう」
「だけど、軍人モドキなんて言われる職だから仕方ないなんて言いたくはないですよ、俺はっ!」
鎮守府に勤める主任研究員だが自衛官では無く民間人である男性が田中の吐いた愚痴にヤケクソ気味な笑みを返してコンソールパネルを操作する。
霊核だけや不完全に体が欠損した状態で浮く艦娘達が入った円柱形の水槽に金属製の防御装甲が被されていく。
事故死した刀堂博士の残した資料から艦娘に関する技術を現実のモノへと変えてきた優秀過ぎる頭脳の持ち主。
鎮守府の研究員たちが義理だけで自分の危険も顧みず鎮守府の機能を少しでも保護する為に行動する姿に田中は本職であるはず自衛官が基地を率先して放棄する命令を出した事が申し訳なく。
敵の出現にもっともらしい言葉で飾った理由を掲げて逃げ出そうとしている同僚である連中を恨みがましく思う。
「これで最後、えぇっ!? 冗談じゃっ・・・!?」
「どうしたんですか!? 田中三佐っ、って」
防壁を下ろそうとした水槽が警告音を立てて突然に内部の溶液を排水し、飛沫を散らしながらガラスの筒がせり上がる様に開く。
背中まで届く長く艶やかな烏羽髪を肌に張り付けた少女が倒れ込むように現れ、田中はとっさに彼女の身体を抱き止めた。
「この子は、もしかして時雨か?」
「・・・田中三佐、今からじゃクレイドルに戻す事もできません我々と一緒に避難させるしかないですよ!」
「主任! 田中さん! 鎮守府の防火壁を締め始めますからそこから早く出てください!!」
一糸纏わぬ裸体の美少女を受け止めると言う普通の男なら諸手を上げて悦んでいただろうラッキースケベも今の状況では喜んでいられるわけも無く。
薄っすらと目を開けて蚊の鳴くようなか細い声で呻いている少女に上着を掛けて背負った田中は誘導してくれる研究員たちの後に続き。
中枢機能を収めた棟を閉じる為の最終処置を開始する為に鎮守府の外へと走る。
・・・
深海棲艦に撃たれ砕けた身体は記憶を消されて鎮守府の中枢へと戻され再生治療装置であるクレイドルの水槽が霊核を中心に再び身体を造り上げて艦娘として蘇生させる。
知識として直接頭の中にあるそれは実際に体験すれば自分が船であった頃に仲間達を失い続けながら最期には砕けて沈んだと言う酷い無力感と後悔だけが身体を満たしていた。
そんな言葉に出来ない心細さに僕は自分を背負ってくれている誰かの背中に子供の様にしがみ付く。
「冗談だろっ・・・!?」
目覚めたと言うにはあまりに頼りない意識は僕を背負ってくれている男の人の言葉と耳に届いた金属の力強い唸りで急激に覚醒していく。
ぼんやりと霞む目を何度か瞬かせて僕は短く刈り込まれた黒髪と白い軍帽ごしに顔を音のした方向へと視線を向けた。
「田中三佐っ! あ、あれはなんですかっ!?」
近くにいた白衣を羽織った中年男性が僕を背負ってくれている人、タナカサンサに問いかける声が聞こえたけれど数秒後に起こった光景に僕も彼も。
そして、近くにいる全員が目の前で起こっている状況に唖然として言葉を忘れたように口を半開きにした。
ゴォンゴォンと鐘を打つように響き渡る金属音、見上げた視界を埋め尽くすほど巨大な金色に輝く草と錨で彩られた紋章のような輪が空中に浮かぶ。
その中央で鈍く輝く銀色の文字列が中空に記されていく。
「駆逐艦・・・吹雪だと・・・?」
視線を離すことが出来ない僕と同じ方向を見つめるタナカサンサが巨大な茅の輪に見えるソレの中央に浮かぶ文字を呟くように読み上げた。
そして、一際強い鐘の音、それはまるで自らの存在を誇る鼓動の様に高らかに目覚めたばかりの僕の世界を揺らして鳴り響く。
その出撃を知らせる音と共に金の輪の中央に浮かんだ『吹雪型駆逐艦一番艦 吹雪』と書かれた文字が中央から波打ち泡立って字の形を崩していった。
まるで雛鳥が卵の殻を割る様に、海面を穿って飛び出すように水しぶきのような大量の光の粒をまき散らし、輝く粒子を纏いながら巨大な人の手が突き出される。
それに続いて僕や周りの人達とは比べ物にならないほど巨大な女の子の顔が輪っかの向こう側から突き出て空気を求めて喘ぐように大きく口を開け。
空気を胸いっぱいに取り込んでいる彼女の肩口で揺れる黒い髪が輝く輪から出た直後に短いお下げへと勝手に結われた。
鈍い金属音と共に突き出されたもう一方の手には僕自身が船であった頃に身体の一部であったことを覚えている12cm口径の連装砲が拳銃の様に握られ。
首元から纏わりつくように編まれていく紺色の広い襟と半袖の白い生地のセーラー服が彼女の身体を覆っていく。
それに続いて現れた襟袖と同じ紺色のプリーツスカートが二機の三連装魚雷管を装備して踏み出された脚と共に現れて風にはためいた。
「か、艦娘だ・・・まさか義男か? アイツが吹雪に何かを・・・」
「艦娘・・・吹雪・・・? あれが艦娘なのかい?」
「ああ、艦娘だ、俺が知っている艦娘の姿だっ・・・んっ?」
僕を背負ってくれている彼が呆然とした表情で呻くように呟いた艦娘と言う言葉に現実感を失った感覚が急激に収まり目の前の状況が心の中にストンと理解となって落ちてくる。
「あぁ・・・、そうか、あれが僕らの新しい姿なんだね・・・」
「っ! 時雨、意識が戻ったのか?」
あの吹雪と呼ばれた彼女が僕と同じ艦娘であると、自分もそう言う存在なのだと、あの姿なら僕はもう仲間を見捨てずに戦えるんだと強い確信が胸に宿った。
波打ち輝く茅の輪から巨大な金属部品が付けられた革靴で一歩を踏み出した吹雪に続いて金の輪から出てきた鉄の塊がベルトと金属の固定具で彼女の背中へと接続される。
そして、周りの建物を見下ろすほどの巨体の足が港湾施設のコンクリートに蜘蛛の巣のようなヒビを刻む。
≪今度こそっ・・・私が皆を守るんだからっ!!≫
基地だけでなく海の向こうにまで届きそうなほど高らかに鳴り響く汽笛の音、心に直接届くような決意に満ちた吹雪の叫び声に無性に心が羨ましいと泡立つ。
近づいて来る敵を討つために海へと歩を進める彼女の勇ましい姿を見上げる事しかできないと言うもどかしさに気付けば僕は自分を背負ってくれている男の人の服を握り込んでいた。
船の船尾と艦上構造物を模した背部装備の煙突から輝く粒子が大量に吹き出す。
僕達が見上げる彼女の船底から突き出した一対のスクリューが凄まじい回転と共に空気を掻き混ぜ歪ませる。
離れた場所にいる僕たちの髪を掻き混ぜるほどの暴風が吹雪の巨体を前方へと突き動かし、彼女は港湾に幾つかの足跡を刻み付けながら海原へと飛び出していった。
・・・
前世での中村義男と言う男は雑学やサブカルチャーに広く通じている自信はあれど高校卒業後は碌な就職先を見つける事も無く親の脛を齧らない程度に稼げる短期アルバイトを繰り返しながら惰性で生きていた。
そんな彼の前世は中年の終わりに差し掛かった頃に罹ったインフルエンザを拗らせて呆気無く病死する。
そして、何が原因かは分からないが彼は再び同じ両親の下に同じ名前で転生する事となり、混乱によって躁鬱を繰り返した幼少期を経て再び巡ってきた人生をやり直せるチャンスに胸を躍らせた。
さらには偶然にも小学校の入学の後に出会った自分と同じ境遇でこの世界へと転生してきた田中良介と言う友人にも恵まれる。
そして、1999年のメディアを騒がせた前世にはいなかった高名な学者が言い放った深海棲艦や艦娘と言う言葉に新しい世界がかつて生きた世界とは別の歴史を進んでいく事を確信した。
その確信が彼に今生はかつてのような惰性に任せた生き方ではなく二次創作の主人公達のような華々しい生き方へと挑戦する事を心に決めさせる。
(そりゃ、口だけは良く回るデブおやじのアルバイターからエリート自衛官に華麗な転身ってのに憧れてはいたけどよぉ)
やけに硬い感触が背中と尻に伝わって来る革張りと思えるリクライニングシート。
手元には前世で入り浸ったゲームセンターの筐体を纏めて混ぜたようなコンソールパネル。
目の前に広がるのは360度を見渡せる巨大なモニター画面があり、その下には座席を囲う様にキャットウォークを思わせる手すりと金属床で出来た円形の足場が存在していた。
『司令官っ、何処に行ったんですかっ!? コレは一体!? 私の身体がっ!!』
「お、落ち着け吹雪!」
『し、司令官っ! なんで頭の中に声が!? どうしてっ!?』
中村から見えるモニターには眼下に広がる自衛隊の基地、そして、地上の建物や車両との対比で人間の手と言うにはあまりに大きな吹雪の掌が映り込み彼がいる場所に戸惑いに満ちた少女の声が響く。
車のエンジンが可愛く思えるような鋼の唸りをまき散らし背後に見える豪奢な金輪から突き出て吹雪の背中に接続された巨大な機械。
その接続と同時に手元のコンソールパネルに艤装を身に着けた吹雪の立体映像が浮かび上がり上から下まで現在の状態を示す文字列と数字がズラズラと並んでいく。
「あぁ、なんだそりゃ・・・ははっ、こんなの基地司令殿も俺も、艦娘本人ですら気付けないだろよ・・・」
『あの・・・司令官?』
「大丈夫だ、問題無い・・・、むしろこれが当たり前なんだよ。この姿こそ俺が知っている駆逐艦娘、吹雪だっ!」
吹雪本人や彼女の艤装が得た視界が集約された展望画面の中に見える手持ち式の巨大な連装砲に背負われ燐光を吹きだす煙突や艦尾を模した背面装備の形状。
それらは中村が前世で見たゲームの中の吹雪が身に着けていた武装と見える角度は違えど全く同じものだと彼に確信させる。
「しかも、ご丁寧に操作盤はゲームセンターのシミュレーターと同じなんて気が利いてるっ!」
『わ、私、本当に戦えるんですか?』
予想の大きく斜め上を行く今の状況に中村は内心混乱の極致と言える状態だったがその感情を敢えて押し殺し引き攣った顔が吹雪に見られていない事を良い事に不敵なセリフを厚顔にも言い放つ。
「ああ、任せろ、前世じゃ一般人で実戦経験はまるで無いがゲームの中だけなら大将まで昇進した事がある!」
『ぇぇ・・・げ、ゲームで、ですか?』
実のところ中村には目の前にあるコンソールパネルの配置を持った筐体で遊んだ経験など無く、明らかに周りの建物を見下ろすような巨体に乗り込むなんて想像もしていなかった。
「吹雪っ、胸を張れ! ・・・俺達で鎮守府を日本を守るぞっ!」
『・・・っ、はいっ! 司令官っ!!』
だがもう後戻りは出来ないと自らを鼓舞するように叫んで中村は操作盤に設置されているレバーへと手を伸ばして表示されている停止の文字を原速へと変更する。
吹雪の背面で巨大なタービンを回すような鋼の唸りと煙突部から燐光が煙のように噴き出して彼女の背中を押し始めた。
≪今度こそっ・・・私が皆を守るんだからっ!!≫
モニターの外から響くその巨体に見合った叫び声。
それ合図に重く鈍い足音を響かせ海へと続く港湾施設の地面に無数のヒビを刻みながら吹雪が加速しながら走り。
足が最後の地面を蹴って海へと飛び出して着水と同時に手に持った連装砲を前方に構え海面を割る様に加速していく。
(見た感じはロボゲーの筐体と船のCICを混ぜた様な造り、これを設計した刀堂博士って薄々感じてたけど・・・俺や良介と同じ転生者だったんじゃねえか?)
元々はゲームとしての艦これの知識を利用して書類仕事だけをこなせば後は艦娘達が手柄を立ててくれるのだと思い込んでいた中村。
彼にとって利己的極まる目的の為に耐えてきた試練ともいうべき士官候補生として理不尽な規則と過剰労働にも等しい実習の経験が今に生きる事になるとは想像もしていなかった。
速度計に目を落とせば98ノットと言う実習で乗り込んだことがあるどの護衛艦よりも早く吹雪は海面を走り、東京湾の入り口にある防壁に乗り上げて侵入を始めている漆黒の巨体へと接近する。
「撃てぇっ! 吹雪ッ!!」
≪はいっ! 司令官っ!≫
その日、天を突くような動力機と主砲の轟音を高らかに鳴り響かせ。
自らを転生者などと嘯く士官と共に長い雌伏の時を経た一人の艦娘が狂人扱いを受けたままこの世を去った博士の予言した通りの能力を発揮した。
イメージ的にはガン〇ムとアー〇ードコアを足して叩き割った感じ
6/10中村と田中が出会った時期を中学生→小学生に変更