艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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あんまり問題を深刻にし過ぎると今後のストーリーが危なくなるからバランスが難しい。

追伸
キャラ崩壊注意


第二十二話

 2015年3月、海上自衛隊舞鶴基地の港に停泊した巨大な海洋調査船の一室、会議室として使われている椅子と机が並んだ部屋の正面に四人の艦娘が並ぶ。

 

「・・・以上、増員四名はこれより作戦へ参加いたします!」

 

 会議室に駆逐艦娘である朝潮のハキハキとした声が室内に響き、それに合わせて並んでいた全員が背筋を伸ばして敬礼する。

 日本海側に初めて確認された深海棲艦の規模が司令部の予想を大きく超える可能性が高まった為に鎮守府で待機していた艦娘が増員としてはるばる舞鶴まで送り込まれる事となり、そのメンバーの一人である吹雪は表情を押し隠したまま会議室の椅子に座っているある男を見つめていた。

 だらしなく椅子の背もたれに背中を預け胸の前で腕を組み目元を深く被った軍帽で隠している白い士官服の男、吹雪にとって指揮官であり、命の恩人であり、彼女にとって大きな希望となった物語を教え、そして、その物語が虚構であったと明かした中村義男はどこか気怠そうな雰囲気を纏いまるで会議の内容を聞き流しているような態度でそこにいる。

 

 そして、特に問題らしい問題無く増員艦娘達の受け入れは終わり、日本海上の深海棲艦の状況が変化して防衛作戦が開始するまでの短くない待機時間をそれぞれが用事を済ませる為に席を立っていく。

 

「・・・司令官っ、あの私っ」

「ああ、吹雪か・・・長旅だったろご苦労さん」

 

 中村もまた他の者達と同じように席を立って会議室を出ようとするが吹雪に呼び止められて小さく口元をへの字に歪めながら東京湾から舞鶴湾へとやってきた駆逐艦娘へと妙に軽く感じる労いの言葉をかけた。

 

「・・・基地を出ないなら行動は特に制限が無いらしい、少しは羽を伸ばしてこい」

 

 少しの間、司令官と見つめ合った吹雪は彼に自分が何を言うべきなのかと言う考えを纏めることが出来ず、彼女から目を反らした中村が不愛想にそう呟いてから彼女の頭に手をのばそうとした。

 だが、その手は少女の黒髪へと触れる直前で止まって引き戻されてポケットの中にしまわれる。

 

「ま、待ってください、司令官っ」

 

 気まずげに顔を背けて踵を返した中村は引き留めようとする吹雪の声を無視して会議室から出てどこかへと歩き去り、今にも泣きだしそうな顔をした年相応の感情に振り回される少女と部屋を出遅れて二人の様子を見ることになった気まずそうな顔の自衛官と艦娘達が室内に取り残された。

 

・・・

 

「ぁぁあ・・・うぅぅ・・・はぁぁぁ・・・」

 

 海洋調査船である綿津見の談話スペースに置かれた椅子に座り真っ白いテーブルに突っ伏した吹雪型姉妹の長女はままならない自分の感情を処理できずに今にも死にそうな呻きを延々と吐き続けていた。

 そのあまりの陰鬱さに初めは心配していた仲間達までもがその場を避けて通る様になり、図らずも貸し切り状態となった空間は深く降り積もり雪のように鬱屈した空気の密度を高めている。

 

「吹雪、こんな所で何やってんのよ?」

「・・・陽炎、私、どうすればいいのかな・・・? 司令官に会えれば何とかなるって思ってたのに・・・何を言ったら、聞いたら良いのか全然分からなかった・・・」

 

 自己嫌悪に苛まれ信じるべきモノを見失った艦娘が机にほっぺたを押し付けたまま半開きになった口から昏く湿った嘆きを吐き、周囲の止める声を無視して果敢にもその場に踏み込んできた彼女と同じ艦種の娘はオレンジ色のツインテールをサラサラと揺らしてから小さくため息を吐いて無遠慮にテーブルを挟んで吹雪の正面へと座る。

 手に持っていたビニール袋の中へと手を突っ込んで紙袋に入った菓子パンを取り出した陽炎は目の前でテーブルに張り付いている吹雪を気にも留めない様子で緑色のパンを頬張り噛み千切って頬を膨らませた。

 

「・・・」

「・・・あ、うまっ、これ中にカスタードが入ってるのね、たしかに人気って書いてあるだけはあるわ」

 

 陽炎がメロンパンを咀嚼しながらビニール袋の中から今度はパック牛乳を取り出してストローをパックへと突き刺してパンで乾いた口の中を湿らせるように牛乳を吸う。

 鎮守府に所属している艦娘の中でも吹雪にとって特に付き合いが長い陽炎型駆逐艦の長女はその場の雰囲気を全く気にせずにカスタードクリーム入りのメロンパンをしっかりと味わってからストローを咥え、肺活量だけで牛乳パックをぺしゃんこに潰しズコズコとあまり気分の良くない音を無遠慮にたてる。

 

「っ、陽炎ってばっ!」

「なぁに? 言っとくけどあげないわよ?」

「そんな事言ってるんじゃないの! 私悩んでるんだから邪魔するなら退いてよ!!」

 

 ビニール袋から今度はピーナッツをチョコで包んだ菓子を取り出して袋を開けようとしている陽炎の姿に苛立ちをぶつける様に吹雪が叫びを上げてテーブルを叩き、霊力の粒が散らばる白い天板がベキッと悲鳴を上げて白い表面にヒビが刻まれる。

 だが、それに対して特に気にした様子も無く陽炎は開いたパッケージからチョコナッツを取り出して自分の口へと放り込みポリポリと噛み砕く。

 

「そう言われてもねぇ、私は何で吹雪がそんなに悩んでるのか、理由を知らないし?」

 

 現状で吹雪と肩を並べる最高練度の駆逐艦娘は物怖じとは無縁の無遠慮さでテーブルに張り付いたまま睨み上げてくる友人へと言葉を投げる。

 

「何があったのかぐらいは言いなさいよ、じゃないと何を言うべきかも分からないわ」

「んぐっ・・・」

 

 そして、苦笑を浮かべた陽炎は大手菓子メーカーのチョコ菓子を半開きになっている吹雪の口の中に押し込んでから肘をテーブルについて手を組んで顎をその上に乗せた。

 

・・・

 

 2015年2月、鎮守府の環境の安定と設備の充実に加えて人間の身体を得たばかりの未熟な艦娘の急増によって基地司令部が敵に回っていた時とは別の意味で忙しくなった中で吹雪は突然に中村の出撃艦隊から控えである予備艦隊へと編成を変えられてしまった。

 指揮官としても新人の艦娘に実地で戦い方を教える必要があり、緊急を要する敵勢力の存在もない為に他の艦娘よりも高い経験と練度を持った吹雪は一時的に出撃から外れて未熟な艦娘への教導を担当して欲しいと言うのが命令を中村から受けた時点での説明だった。

 

「で、本当の所はなんで吹雪を艦隊から外したのよ? あの言い訳以上に納得できる理由があるんでしょうね」

 

 二週間ほどたった頃、早く一人前になれる様に多種多様な艦娘達が毎日繰り返している訓練の監督艦を終えて、報告書を抱えた吹雪は夕暮れに沈み始めた鎮守府の一角にある中村と他数名の司令官が使っている執務室のドアの前でその向こうから聞こえてきた仲間の声にノックしようとした手を止めた。

 

「言い訳って、俺は別に嘘を吐いたわけじゃないぞ」

「ええそうね、代わりに本当の事も言ってないわ・・・それがどれだけ相手に失礼な事か分かってるクセにねっ!」

 

 廊下にいる吹雪からは見えないが聞いているだけで身が縮みそうになる鋭い声の主である朝潮型駆逐艦の霞がおそらくは事務机を挟んで対面しているであろう自分の司令官でもある中村へとその言葉を吐き捨てているのだろう。

 

「理由、理由なぁ・・・」

「少なくとも吹雪に新人の教導を行わせたいってだけならわざわざ予備艦隊へと回さなくても問題無いわね」

 

 命令を受けた吹雪の頭の片隅にあった疑問を代弁する様に、霊力の消耗はあるが演習で出撃不能に陥るような怪我を負う事はまずありえないと断言して霞は何かを言い淀んでいる中村へと高圧的な態度で圧迫する。

 

「その理由を言えば無駄に吹雪を傷つけるだけだ・・・」

「ふぅん、で?」

 

 扉ごしでも霞が不機嫌そうに司令官を睨みつけているのが分かるほど慣れ親しんだ言い合いであるのにそこに含まれている自分の話に吹雪は金縛りにあったようにその場で立ち尽くした。

 

「これに関しては俺がどうこう言って事を荒立てるよりも時間で解決する方が穏便で・・・」

「私の言った言葉を理解してるならそんな事聞いてるんじゃないって分かるでしょ」

 

 その静かで強く耳に届く霞の言葉は怒っていると言うよりも間違いを正す為に相手を律しようとしている。

 

「いくらクズって言っても私達の司令官よ、あなたはそれが分からないほど馬鹿じゃないわ」

 

 責めていると言うよりも改善を促している霞の相手を想う感情が透けて見える言葉に言われた本人ではないはずの吹雪まで息を止め、ただ耳を澄ませて報告書を胸に抱きながら執務室の中を窺う。

 

「今まで・・・吹雪を見て来てお前達は何か気付く事は無かったか?」

「・・・何よそれ、そんなのいつもと変わんないわよ」

「そうだ、変わっていない・・・変わっていないんだよ」

 

 司令官の言葉に何か自分はまずい事でもしてしまったのかと思い悩んだ吹雪の思考に被せるように続く中村の言葉が扉の向こうから聞こえてきた。

 

「初めて会った時の吹雪はまるで死人が突っ立ってるだけって言っても良いような酷い状態だった」

 

 平坦な口調で何の脈絡も無く吹雪と出会った時に自分が感じた印象を中村は霞へと語り始める。

 

「実際には俺の前に着任してたアホ共のせいで感情が抑圧されていただけで、爆発寸前で吹雪の中に隠れていたそれに気付かずに俺はただアイツが立ち直るまでの時間稼ぎにでもなればと自分の前世の話をした」

 

 そして、言われた事には従うがそれ以外では何の反応も見せなかった吹雪は徐々に態度を軟化させ中村の語る艦娘達の話に強い興味を持って聞き入り、会話に不自由しない程度まで彼女の症状が改善したと見えた時に東京湾へと深海棲艦が侵入してきた。

 そこで中村は初めて吹雪が抱え込んでいた負の感情の片鱗を見る事になり、自らの身勝手な言動から繋がった失態を思い知らされる。

 だがそれ自体は必要なことであり人としての身体と心を持っている存在ならば当然の反応として中村は吹雪に対してこれからこれまで以上に慎重に気遣う事を決めた。

 

「だけどな、あの事件直後からアイツは今みたいに絵に描いたような努力家で明るい性格になった・・・俺が教えた吹雪の姿をなぞる様にな」

「は? いきなり何言ってんのよ、意味わかんないってば」

「普通はたった一日で人間の性格が全くの別物に変わるなんて事があり得るわけないだろ、そこは艦娘だって変わらないはずだ」

 

 虐待を受けていた子供が救い出された直後に抱え込んでいた負の感情を解消できるなら児童虐待の連鎖など起こる筈は無く、同じように国の為に戦うと言う思いを胸に目覚めて一年近くその思いと人格を無視された過酷な環境に置かれていた吹雪も中村が手を差し伸べたからと言ってその身に溜めこんだストレスが全て消え去ると言う事にはならない。

 

「それはあれでしょ、いつも吹雪が言ってるじゃない、あなた達の前世の世界にいた吹雪を目標にしているからで」

「そうだ、アイツは俺が言った言葉を全て真に受けて・・・俺が騙った存在しない吹雪になりきろうとしている」

「・・・待ちなさいったら、今、何て言ったの?」

 

 足下に報告書が散らばるのも気にする事も出来ず吹雪は司令官が何を言ったのか必死に理解しようと頭を働かせるが上手く行かず、不規則に動悸し始めた胸を抑え込んで扉の前でうずくまった。

 

「俺があの子に教えた吹雪と言う艦娘は初めから存在しない空想の中の存在なんだ」

「要するにまた嘘ってわけね、それにしては随分と上手い嘘を吐いたのね」

「正確に言うと俺が全部考えたわけじゃなくて、テレビの中で役者が演じてた物語と設定をそのまま使ったわけだが・・・」

 

 その言葉を認められずに吹雪は耳を塞ごうと手を動かそうとするが廊下に縮こまり金縛りになった身体はうんともすんとも言わず、少女は妙に遠く感じる目の前の扉を見つめながら凍えるように震える。

 

「ふぅん・・・だから元民間人だって言ってるクセに私達に詳しかったわけね、で、その話を真に受けた吹雪が自分と同じ名前の役者の真似してるからって何が悪いのよ」

「・・・ただの真似だけなら良かった、知っているか? ・・・吹雪はな、茹でたジャガイモが苦手なんだよ」

 

 夕暮れから夜へと変わり暗闇に沈んでいく廊下に漏れ聞こえる司令官の声に吹雪は目を見開き顔を上げる。

 

「だけど、俺が教えた吹雪の設定に従ってまるで好物のように笑顔で食ってる・・・、涙目になりながらな」

「いや、あなたは何が言いたいのよ・・・」

「それだけじゃない、俺が吹雪に教えた吹雪と言う艦娘の差を些細なモノまで埋めようとしている」

 

 本来の自分が持っている個性や感性を無視してテレビの中にしかいない英雄を模倣していく吹雪の姿に言い様の無い危機感に気付いた中村は何度か注意を促すように言葉をかけたが見掛けは話を聞いているのに肝心のその言葉は彼女には届かなかったと懺悔するように彼は呻く。

 

「理想と現実は別物で目標は所詮目標でしかない、だけど吹雪は自分でも無自覚に俺が言った空想の中の吹雪になりすまそうとしているんだ」

「何よ・・・それ、そんな事・・・」

「しかも、アイツは自分の理想とする艦娘の在り方を周りにも広げようとする、質の悪い事に悪意なんて一欠片も無く良かれと思ってな・・・」

 

 初めに擦り込まれた情報に盲目的に従い自分と理想の差と言う埋められない溝を抱えながら日々生きる事で増えていく記憶ですら中村に教えられた【主人公の吹雪(存在しない吹雪)】と言う理想像に矛盾しない形へと整えてしまう。

 その話を聞かされた霞が呻く声は何か心当たりがあるようにも感じられ、暗闇の廊下に座り込んだ吹雪は司令官の言葉を理解しようとする自分とそれを拒絶するもう一方の自分の存在にその時初めて気付いた。

 

「お前だって吹雪の口癖を知ってるだろ『司令官が言ってました』だ・・・だけど、吹雪がそうなってしまったのは俺の責任だ・・・」

「だったら、尚更あの子と向かい合ってはっきりと話をするべきじゃない!」

「その言葉でアイツがどうにかなってしまったらって考えると・・・一度、それで俺は吹雪を死なせかけた・・・怖いんだよ・・・」

 

 吹雪の心理状態の危うさに気付いた中村だが東京湾襲撃の際に犯してしまった過ちに怯え、結局は指を咥えて耳に聞こえの良い言い訳を繰り返して時間経過に任せると言う責任放棄を行い。

 だからこそ艦隊に余裕が出来た今の時期に中村は吹雪が無自覚に優先してしまう余計な【理想の吹雪】の情報を与えず周りの艦娘との交流を優先させるための対症療法を行おうとしていた。

 

「だけど現実の艦娘の姿は俺の話に当てはまる方が少ない、そんな仲間達を見る事でここが物語通りの世界じゃないと吹雪が理解できれば・・・」

「・・・それが、そんなのが理由だったなんて! アンタ、本っ当に最低のクズじゃないのっ!?

 

 部屋の中で怒りが爆発させたような霞の怒声でドアがビリビリと震え、廊下にいる吹雪はその迫力に尻もちをついて我に返り廊下に散らばっていた演習の報告書をかき集める。

 

「自分を慕ってくれてる部下とちゃんと向き合わないままで司令官だなんて名乗るんじゃないわよ!」

「吹雪が俺の教えた物語の設定とは別に俺の事を慕ってくれてるのは分かってる、だからこそ何を言えば良いのか分からないんだろ!? 俺の言葉はアイツにとって重すぎる!」

 

 二人の感情をぶつけ合うような怒鳴り合いに恐れをなした吹雪はこれ以上ここで話を聞いていれば自分が自分でなくなってしまうような恐怖感に突き動かされて搔き集めてぐしゃぐしゃになった書類を抱えながら廊下を走って逃げだした。

 

 そして、自分に割り当てられた部屋へと飛び込み、驚きに目を見開いている姉妹たちの問いかけにも答えず、ベッドへと潜り込んで布団を頭から被って耳を塞ぎ。

 司令官から教えてもらった吹雪の物語を何度も何度も自分に言い聞かせる様に頭の中で繰り返し、次の日もちゃんと自分でいられます様にと願いながら吹雪は目を閉じた。

 

・・・

 

「ふ~ん」

「・・・陽炎、真面目に聞いてるの?」

「いや、うん・・・中村三佐もちゃんと分かってたのに吹雪の事、放置してたんだなぁって、確かに霞の言う通りクズ司令官だわ」

 

 いつの間にか棒状のチョコ菓子を口にくわえてポリポリと齧っていた陽炎が気の抜けた様な声で恨みがましい視線を向けてくる吹雪へと返事を返し、その軽い口調と内容に吹雪型の長女は唖然とした表情を浮かべて呑気に菓子を齧っている仲間を見上げる。

 

「って言うか吹雪の方も自覚が無かったわけねぇ、それなら仕方ないのかな。それじゃ、中村三佐の言葉に付け加えてあげるけど吹雪は魚よりもお肉の方が好きでコーヒーよりもお番茶の方を美味しそうに飲むわね」

「ぇ・・・いきなり何言ってるの?」

「それに朝起きても軽く十分は寝ぼけてフラフラするし、姉妹の前ではお姉ちゃんぶってるけど本当は誰かに甘えたくて仕方ないって思ってる態度が見え見え、とてもじゃないけど皆を堂々とした態度で引っ張っていくリーダー格なんてガラじゃないわ」

 

 いきなり陽炎が言い始めた彼女から見た吹雪の姿を聞かされた本人は驚きに目を見開き、彼女の指摘にそんな事は無いと否定の言葉を出そうと口を開くが脳裏に走り抜けた自分の認識と記憶が食い違いにそれは声にならずにかすれた吐息になる。

 

「それにしても三佐のあの話がテレビのドラマが元ネタだったなんてねぇ、確かに聞いてるだけなら面白いけれど必ず艦娘側が勝つなんて都合の良い展開なんて現実では出来過ぎよねぇ」

「陽炎は気にならないの? ・・・司令官が私達に嘘を吐いてたこと」

「え? 中村三佐って頻繁にくだらない嘘吐くじゃない、鎮守府には瑞雲を祀る神社が隠されているとか、サンマを釣るためだけに連合艦隊を出撃させる指揮官がいたとか普通に考えて嘘に決まってんでしょ、仕事サボってゲームする為に尤もらしい用事を捏造する人よ?」

 

 自分が考えているよりも信用度が低かった司令官の評価に硬直した吹雪に向かって陽炎がポキッと折れるのが取り柄の細いチョコ菓子を半開きになった吹雪の口へと差し込んだ。

 

「だから、その物語(ドラマ)の話も怪しいわねぇ」

「え、それも全部、司令官の嘘だって・・・こと?」

 

 差し出されたチョコ菓子を咥えながら悲観的に引っ張られた吹雪の思考はもしかしたら司令官の前世に存在していたと言う艦娘の存在すら否定されるかもしれないと胸を締め付けられる思いに表情を苦しそうに歪める。

 

「あ~、あの人の吐く嘘の質が悪い所は本当の事と混ぜながら出てくるってとこらしいし? 流石に全部って事は無いだろうけど、・・・そうね、もしかしたらそのドラマの主役は吹雪じゃなくて別の艦娘だったとか?」

「はっ、ぁっ? ど、どう言う事!?」

「だって、聞けば聞くほど貴女とその物語の吹雪の好みとか性格とかもう別人ってレベルで違うわよ? 健気で勇ましく頑張り屋、さらに必ず努力が実り強敵を打ち倒し、どんなに困難な任務や仲間達の危機にも挫けず悲しみも糧にして乗り越えていく誇り高き駆逐艦ってあり得ないでしょ、何よその完璧艦娘」

 

 最悪の予想とは全く違う妙な方向へと話が転がり始めた事にますます困惑する吹雪に明後日の方向へと視線を向けて少し考えを纏めた陽炎は手に持っていた菓子のパッケージから最後の一本を取り出してポキリと噛み砕く。

 

「だからその主役の艦娘が向こうの世界の陽炎だったかもしれないわよ? ほら私って元気で明るくて努力家だし、面倒臭い司令官にも素直に従ってどんな強敵にも立ち向かっていく良い駆逐艦の見本みたいな存在だし♪」

「ぇえ~、陽炎、何言ってるの・・・自分を美化しすぎだよ、それに貴女の近接武装は軽手甲型で司令官の話の吹雪は私と同じ錨を武器にして戦うって」

「そこもよ、中村三佐はその艦娘が錨を武器にしていたとは言ってたけど斧型になっていたとは一言も言ってなかったわよ?」

 

 ある意味では中村が騙った物語の中に登場する艦娘が吹雪であると言う断言は今のこの世界では言った本人を含めて誰一人として証明できない、何故なら彼を含めた転生者達には元の世界へ戻る方法も交信する方法も無いのだから言葉以外の証拠を提示する事など出来ない、まさしく悪魔の証明と言える状態である。

 この場に中村が居たなら本当に自分の前世に艦娘は実在しない架空の存在だったと懺悔と共に頭を床に擦り付ける無様を晒していただろうが幸か不幸かその前提条件を知らない陽炎は別の世界の自分達の存在を疑ってすらいなかった。

 

「私じゃないにしてもほら吹雪型姉妹と言うか特型駆逐艦の子達ってほぼ全員が錨を変形させて近接武器にするじゃない、形も吹雪みたいな斧だけじゃないくてブーメランとか大鎌に変形させる色物な子もいるわ」

 

 もしかしたら吹雪の物語では無く妹である白雪や深雪、非常に確率は低いがレディを自称する暁の物語であるかもしれないのだと妙に自信満々で自論を披露する陽炎の言葉に吹雪は自分とは全く違う思考の形に唖然とする。

 

「だから、私から言える事は・・・貴女はこの世界の吹雪であって中村三佐が言っていた別の世界の吹雪には絶対になれないってことよ」

 

 その断言に吹雪の胸の奥でみしりと心がきしむ音がした。

 

「でも、私、司令官のために・・・もっと・・・」

「踏ん切りなんてものは結局、自分の心が決める事だから最後は吹雪が自分で何とかしなさいよ」

 

 どんな決断をしたとしても仲間なのだから手助けはすると言い切る陽炎の花の様に咲いた笑顔から涙で曇りだした目を隠すように顔をテーブルに伏せた吹雪は小さく鼻をすする。

 

「俺は俺の言葉で吹雪の、アイツだけが持っている可能性が潰れるのを見たくない、ってあのクズが女々しく言ってたわ」

「霞・・・ちゃん・・・?」

「あ、霞、まだお菓子あるけど食べる?」

 

 今にも目から零れそうなほど瞳を潤ませてた吹雪がすぐ近くから掛けられた声に顔を上げて振り返り、現れた仲間の姿に陽炎がビニール袋を掲げるがそれを無視して霞は吹雪の隣へと座った。

 

「はぁ、あの時の話を聞いてたのは貴女だったのね・・・吹雪、私はあのクズに言われるまで貴女が自分を削って形を整えようとしていたのに気付かなかったわ、それがあなたが辛い思い出から自分の心を守るために必要だったって事にも・・・」

 

 普段の誰にでもツンツンした威嚇するような態度を引っ込めて語り掛けてくる霞の優し気な微笑みに吹雪は目を見開き、あまりにも意外なその姿に陽炎が明日はヤリが振るんじゃないでしょうねと呟いた。

 

「でもね、そんな考えは・・・戦場に身を置く者として甘いとしか言い様が無いのよ!!」

「ひゃぁっ!? はわっ!?」

「理想の艦娘になりきろうとしてるクセに私情を軍務に持ち込んで作戦に増員される候補を力づくで黙らせて自分を艦隊に割り込ませるなんてどんだけ我儘なのよ! おまけに自分からここにやってきたのにこんな所でくだを巻いて!!」

 

 真横から耳を貫く強烈なお説教に目を白黒させて耳を塞ごうとした吹雪の耳たぶを霞の指が掴み上げ、退路を塞がれた少女は助けを求める視線を目の前でクッキーの箱を開けようとしている陽炎へと向けるが返って来たのはやっぱり明日は晴れるわね、と言う能天気な言葉だけだった。

 

「ちょ、痛いっ、痛いよ! 霞ちゃんっ!?」

「お行儀の良いドラマの役者がしたいんだったら、周りをそれに合わせさせようって考えてるなら、鎮守府で先輩風を吹かせて周りの尊敬集めてればよかったじゃないの! 今回みたいに自分で考えて行動できるんだったら、初めっから他人の言葉に自分を任せるんじゃないわよ・・・」

 

 耳の鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの怒声の後に続いたのは母親が子供を諌め宥めるような厳しくも優しい声色と吹雪の体を包む彼女よりも小さな体格なのに大きく感じる霞の腕だった。

 

「ごめんなさい・・・でも、私、どうしたらいいかわからなくて、司令官に会いたくて・・・置いてかれたくなくって・・・」

「だったら顔も知らない誰かのマネに頼るんじゃなくて自分の言葉で司令官に言ってやりなさいな、あのグズは頼まれたらなんだかんだで断らない奴なんだから」

 

 目の前にいる二人の姿にこれは年齢も見た目も随分と凸凹な子供と母親だなぁ、と陽炎は苦笑を浮かべてぼりぼりとクッキーを齧る。

 

「ていうか、陽炎っ! アンタも気付いてたんなら言ってやりなさいよ!」

「ぇえ、ここで私にくんの? やーよ、そもそも自分の艦隊の事は三佐か自分達で何とかするべきでしょ? 私はあんた達二人が中村艦隊の枠を絶対に譲らないって言うから木村司令に就くことになったんだし」

 

 霞から鋭い視線を刺すように向けられても動じる様子も無くバニラクッキーを齧りながら白い手袋に包まれた手を顔の前で振り、心の底から面倒臭いと言う感情を見せる陽炎の姿に霞と吹雪は揃って目を点にする。

 

「え、え? もしかして陽炎も司令官の所に残りたかったの? そんな事言ってなかったのに・・・」

「そりゃ、私にとっても初めての司令官なわけだし自分から離れたいって思うワケないでしょ、たまにくだらない嘘を吐くけど不誠実って程じゃないから性格的には結構好きな方ね、それに比べて木村司令ってばこれ以上ないってくらい面倒な性格してんのよ、あ~やだやだ」

 

 言葉尻に吹雪と違って私は配属の命令には逆らうつもりは無いけれど、とちょっとした嫌味を付け加えてクッキーを咀嚼する陽炎に申し訳なさそうな表情を浮かべる吹雪と苛立たしさが沸き起こりながらも原因の一つが自分にあると指摘された霞は鼻息荒くそっぽを向いた。

 

「試しに吹雪も中村三佐以外の司令官に就いて見たら? いろいろと視野が広がるわよ、代わりは私がしてあげるから♪」

「・・・それは、なんか嫌・・・すごくやだ・・・」

「新しい発見、吹雪は地味な見た目に似合わない我儘艦娘ってね♪ 自分の事だからちゃんと覚えておきなさい」

 

 そう冗談めかして言いながらクッキーを差し出してきた陽炎の手からそれを受け取った吹雪は「地味は余計だよ」と呟き、泣き笑いを浮かべながら少し塩っぱい焼き菓子を齧った。

 

「そう言えばさっきあのクズが話の元にしたってドラマの話をしてたけど、あの嘘吐きの言う事だからそもそもアイツのいた世界に艦娘が居なかったって事は考えなかったの?」

「いやそれは無いでしょ、確実に私達はいたわね・・・少なくとも吹雪は絶対にいるわ」

 

 つい先ほど吹雪が危惧した可能性を霞がテーブルの上に置かれたクッキーの箱から勝手にバニラ味を一枚失敬しながら問いかけるが陽炎はごく当たり前と言う顔でその指摘を否定する。

 

「わ、私が?」

「そうよ、だって吹雪と初めて司令官達があった時にあの人達はアナタを他の姉妹と間違えなかったんでしょ?」

「いやそれは鎮守府に残っていたのが私一人だけだったからで・・・司令官達は資料も持ってたし・・・」

 

 突然に意味の分からない事を言い出した陽炎の言葉に吹雪は首を傾げ、霞は眉を顰めて何かに気付いたように唸る。

 

「なら、吹雪が仮に白雪のフリをしてたら? 逆に白雪が貴方と入れ替わっていたとしたら? 中村三佐と会った時の吹雪が資料と全然違う艦娘だったなら、ただの名前と写真だけの資料との食い違いに絶対勘違いをするわよ」

 

 その陽炎の言い分に吹雪は自分の記憶を掘り起こし、軍人らしくない二人の司令官が初めて会った時にまともに話もしない自分の事を一目で吹雪であると判断していたことを思い出す。

 

「他の姉妹にしても特型駆逐艦って私達陽炎型から見たらかなり似てる顔の子ばっかりで髪型変えたら多分簡単に入れ替われるわよ? でもね中村三佐達は間違える事無く貴女が吹雪だと判断できた」

「な、何でそんな事が分かるの? 偶然かも、しれないのに・・・」

「ん~、そう! 顔を知っているから、声を知っているから、吹雪と言う艦娘を知っていたから! そうよ、役者が演じていたテレビドラマだったて言うならきっと艦娘が女優をやっていたんだわ!」

 

 自分で言った言葉に自分で納得して指を鳴らしながら頷くツインテールの言ったセリフに彼女が何を言っているのか意味が解らないと言う顔で吹雪は戸惑いに小さく呻く。

 

「・・・退役艦娘って事ね、それなら元が一般人だったとしても私達の姿や性格を知っていたのも分からなくは無いわね」

「そう、目覚めてから十年経てば私達は力を失って人間になっちゃう、でもそこで死んじゃうわけじゃなくてその後も人生は続いていくんだし自衛隊を引退した艦娘が女優をやってるかもしれないって言うのは十分あり得るわ」

 

 霞の言葉に同意する陽炎、その二人の様子に吹雪は不安に軋んでいた心の音が気にならなくなるぐらいのとんでもない衝撃を受けて目を見開き呆然とした顔で口を開く。

 

「じょ、女優!? 艦娘なのに!?」

「確か田中三佐が政治家に働きかけて艦娘の退役後の身の振り方にかなりの自由度を与える方法を模索してるって聞いてるし、私達も遅かれ早かれ次の自分達に代を譲る事になるわよ」

「でも、少なくとも吹雪には女優は無理ね、今だってろくに嘘も吐けないんだから人前で演技なんて出来そうもないわ」

 

 ただひたすら艦娘としての理想の吹雪を追い求めていた少女は自分の人生にその先が存在すると言う事を忘れており、無意識に除外していた可能性を自分と同じ艦娘である二人が当然の顔をしてそれを指摘する様子に吹雪は頭を殴られたような衝撃で意識を揺らす。

 

「なら霞は退役したらどうすんの?」

「まだ8年以上もあるのに気が早いってば、でもまぁ、今のところは自衛隊に隊員として入り直すぐらいしか考え付かないわね」

 

 自分よりも後の目覚めたのに自分よりも先の事を見据えている二人の姿を吹雪はわけも無く羨ましく感じ、自分ならどうするのだろうと考えてふと自分の司令官の顔が脳裏に浮かぶ。

 まだ、心に蟠る全ての感情を受け入れて納得できたわけではないけれどちゃんと彼と話して自分の考えを聞いてもらいたいと思えた吹雪はわけも無く笑顔になった。

 

「じゃぁ・・・、陽炎はどうするの、かな?」

 

 相手との距離を探る様に恐る恐ると言った様子で吹雪はパッケージに入っていた最後のクッキーを手に取った陽炎へと問いかける。

 

「私? 私はテレビでタレントってのやってみたいわね、戦果を挙げ続ければ元艦娘としても箔が付くだろうし外に公開された中村三佐達が作ったシミュレーターで私をモデルにしたキャラクターが使われてるから一般への認知度なら間違いなく艦娘で一番よ♪」

 

 初めは幾つかの中古モニターの画面を繋げたハーフドームに自作パソコンを繋いで艤装を着けた棒人間のようなCGキャラクターを操作する不出来なプログラムを動かすだけの代物だった艦娘酒保のシミュレーター。

 それは無駄に高い技術を持った研究室に所属する者達のお手伝いで改装を重ねられ、そこに夕張と明石まで加わり鎮守府の外のゲーム会社に知り合いがいた中村の伝手で遂にはアミューズメント施設の一角に【ocean in Fleeter】と言う名前で一般公開された。

 なお、それに伴ってプレイヤーが操作できるキャラクターに明確なヴィジュアルが与えられる事となり、それに立候補した自己主張の激しい艦娘達によるアピール合戦で一時期の艦娘酒保はお祭り騒ぎを起こした。

 

「あはは、陽炎らしいね・・・でも、あれって選択画面でも艦種だけしか表示されないから、陽炎の名前を知ってる人はいないんじゃないかな?」

 

「あっ・・・あっ!?」

 

 自分の運命と可能性の限界に向かい合う数日前、仲間達と過ごす穏やかな時間の中で吹雪は目尻に浮かんだ涙を自分の指で拭い。

 仲間のおかげで少しだけ心が軽くなった少女はまだ言葉に出来ない司令官への感情と自分のこれからの事をもうちょっとだけ広く考えようと決めた。

 

 




中村「テレビの中で役者が演じていた架空の物語なんだよ」(アニメ)

陽炎「テレビの中で役者が演じていた架空の物語なのね」(実写ドラマ)

正直に言ったつもりでも紛らわしい言い回しをすると誤解は加速するモノだから皆も気を付けてね(´・ω・`)

ちなみに酒保でのお祭り騒ぎである軽巡姉妹の長女と次女が妙な語尾を付けて喋る様になったがウザかわ系自称アイドルのキャラの濃さには敵わなかったらしい。
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