艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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「・・・約束するよ」

 雲一つ無い青い青い空の下で人の形を持った戦船が身体を失い始めた仲間を背負って歩き続ける。

「僕は必ずここに(海に )戻って来る・・・次の僕が必ず皆を助けるから・・・」

 まるで空へと溶けていくように青白い光が煙の様に空へと舞いあがる。

「だから、扶桑・・・」

 背負っていた命の重さが消え、最後に残った言葉はその口からは紡がれず。

“泣かないで”

 彼女が人の身体を得てから只々擦り減り続けた心に最後の仲間の遺言は染み込むように消えていった。

 青空の下で雨が降る。

 波に揺れる足元へと幾つもの滴が落ちては波紋すら無く泡と消えていく。


第二十三話

 四年前に艦娘として新しい命を与えられて目覚めた扶桑型戦艦娘である扶桑はその二年後の作戦中に自分以外の全ての仲間を失い、自分達が身を挺して逃がした船団へと戻る気力も無く海をさ迷い、気付けばとある海岸で身を苛む空腹すらも気ならずぼんやりと青い空と海を眺めていた。

 

 怪物の餌にされるように海に放り出され使い捨てにされた事実よりも船であった頃から生死を共にした仲間の喪失、そして、自らの存在意義への疑問に現代に目覚めてからまだ二年しか経っていない扶桑の精神は摩耗し、その傷ついた身体は彼女に消極的な自殺を選択させているかのように無人の夏の砂浜で重石のように身動き一つせずに横たわる。

 

 そんな時、避難指示区域では無いが深海棲艦の出現から人気が無くなっているその海岸へとサーフボードを担いで一人の男が現れる。

 青い空を見上げたまま生きる事を放棄しようとしていた扶桑へと彼は駆け寄り、強い良心と少しの下心が混じった行動力によって救護された彼女は九死に一生を得る事になった。

 

 その後、男が乗ってきた車でスポーツドリンクを手渡された扶桑はぽつりぽつりと自分の事情を大木裕介と名乗った男性サーファーへと伝え、実家の仕事よりも趣味のサーフィンを優先していた大木は彼女が語る重すぎる事情に強く心を打たれ、行く当てが無いならと無気力に沈みかけていた戦艦娘を実家である長野の旅館へと匿う事にした。

 

 もうすぐ三十路だと言ういい年であるのに夏になれば実家の仕事よりも海に繰り出してこんがりと日焼けして帰って来る息子が今回に限ってレジャーからたった一日でとんぼ返りしてきたことに驚いた彼の母親である女将は彼が連れてきた薄幸美人の姿にさらに驚く事になった。

 その上、下手の横好きである趣味のサーフィンと人が良いぐらいしか取り柄が無く親と家への義理と惰性で仕事をしていただけだった息子が自分から実家の仕事をちゃんと覚えたいと父親であるオーナーに頭を下げる姿を見せる。

 

 それには彼の両親である女将と旅館オーナーだけでなく昔から旅館に勤めてくれている従業員達も天地がひっくり返ったかのように騒ぎとなり、今までと打って変わって精力的に働くようになった彼の心変わりを促した女性である扶桑は彼女自身が戸惑うほどの歓迎と共に大木屋旅館へと受け入れられた。

 

 そして、戦いから逃げ仲間達を見捨てたと言う後ろめたさを心中に抱えながらも大木の実家である旅館に住み込みで働くことになった扶桑は自らの出生と名前を阪芙蓉と言う偽名で隠す。

 

 苗字は自分の原型であった戦艦の最期の艦長から拝借し、名前は自分を拾ってくれた大木旅館の八代目と出会った海岸の近くに咲いていた白い花の名から取って付けた。

 

 そんな大木屋旅館の優しく温かい人々と扶桑の出会いから二年の時が過ぎていく中で父親から一人前と認められた事を機に顔を茹蛸にしたような裕介の必死なプロポーズを彼女は受ける事になる。

 自分へ何かと世話を焼いてくれる彼の少し心配になるぐらいお人好しな人柄に惹かれていた扶桑はそれを受け入れ、今では彼の母親である女将から若女将としての心構えなどを学ぶ忙しくも穏やかな日々を送っていた。

 

 夢の中で繰り返し自分の名を呼ぶ妹の悲痛な叫びから耳を背けながら・・・。

 

・・・

 

 2015年の三月、暦では冬が終わると言うのにまだ気温が二桁に届かない長野の旅館の前で扶桑は命の恩人であり恋人である男の背中に隠れるようにしながら目を見開いて目の前で行われている奇行に戸惑っていた。

 

「すみませんでしたぁあっ!!」

「ホントッ! さーせんしたっ!!」

 

 大学生の姿をした米つきバッタが夜の旅館の前で謝罪を叫ぶと言う意味の分からない状況についさっきまで追い詰められたような恐怖に慄いていた扶桑は自分よりも少し背の低い大木屋の八代目と顔を見合わせてからもう一度、土下座マシンと化した二人組の大学生へと視線を戻した。

 

「あ、あの、本当にどうしたんですか? 君達と彼女に何かあったのかな?」

「いや、俺っちはよくわかんないっす! 何か昼にその美人さんと会った時にコイツが何か失礼な事言ったポイんで連帯保証人っす! すんません!!」

「それを言うなら連帯責任じゃないかな・・・?」

 

 驚きに声も出ない状態となってしまっている扶桑に変わって大木が問いかければ染髪に失敗したような茶と黒が混じったざんばら髪で頭の中身がちょっと残念な青年がいまいち内容がつかめないセリフを吐く。

 

「・・・芙蓉、彼等とはどうしたんだい?」

「その・・・今日のテレビの取材で来ていた方で、お昼の支度の時に少し・・・」

 

 眼鏡を掛けて前髪を自然に七三分けにしている真面目そうな方の大学生が戸惑っている大木屋の跡継ぎと若女将を喉に何か詰まったような苦しげな顔で見上げてもう一度頭を下げて謝罪の言葉を吐く。

 

「アレは、決して貴女の事を害する目的で言った言葉でなく、あまりに驚いてしまって口からついて出てしまっただけで・・・その怯えさせるつもりは全く無くて、本当にすみませんでした!」

「と、とりあえず顔を上げて立ちなよ、何だかわからないけどこんな所でそんな事するもんじゃないからさ」

 

 その声を聞いてバカっぽい顔をした方はバネ人形のように素早くアザッスと気勢を上げて立ち上がり背筋を伸ばし、それを隣で跪いて見上げていた七三分けの青年が感心と呆れと少しの尊敬が混じった顔をした。

 

「表が騒がしいと思ったら昼間の連中じゃないの、こんなとこで何やってんだね」

「女将さん、あの、コレは、その・・・」

「ようちゃんは下がってなさいな、で、あんた達はうちの子を付け回して何がしたいのさ?」

 

 昼間の朗らかな笑顔を浮かべていた女性とは思えないほど険悪に皺を浮かべる女将の登場に扶桑が喋ろうとするが彼女よりも二周りは背が低いはずの大木屋の女将は堂々とした口調でそれを遮り睨みつけるように二人の大学生へと顔を向ける。

 

「いえ、その何というかですね・・・」

 

 自分の前世や艦娘の情報を一般人に言うべきではないと逡巡して真面目そうな大学生は歯にモノが詰まったような物言いで鋭い視線で睨んでくる女将へと何とか言葉を紡ごうとした。

 

「すんませんしたぁああっ!!」

「・・・本当に君は尊敬するほどバカだなぁ」

 

 だが、そんな彼の葛藤も女将の問いかけも無視して潰れたプリン色の頭が繰り出した見事な直角九十度な礼と中身が無いクセに勢いだけは猛獣の咆哮を思わせる謝罪の言葉がしかめっ面をしていた和服の老女の頬を引き攣らせて数歩後ずさらせた。

 

「こ、ここじゃなんだし君達もとりあえずは中に入りなよ、母さんもそんなに警戒しなくても彼らは悪い人たちじゃないよ、僕が保証するからさ」

「・・・コイツの方は間違いなく頭が悪いんですけどね」

 

 大木が母親を宥めて取り成したその直後、ボソリと眼鏡の大学生が呟いた言葉にその場にいた大木屋旅館の住人である三人はそれはそうであろう、とつい頷いてしまった。

 

・・・

 

 夜も遅くにやってきた迷惑な二人の客は従業員用の室内浴室を借りて身体を温め、通された和室の広い机の前で並んで正座し、背筋を伸ばして厳しい表情を崩さない女将の左右に柔和な顔に困惑を浮かべる大木屋の跡継ぎと若女将が並び青年たちへと複雑な感情を乗せた視線を向ける。

 

「今さらこんな真夜中に外に放り出すつもりは無いけどね、アンタらが一体どう言う目的で息子の嫁にチョッカイかけてきたのかぐらいは言ってもらうよ」

 

 息子の嫁の部分に驚いた真面目そうな方の大学生は目を丸くして扶桑と裕介を交互に見て、その視線に少し気恥ずかしそうに身を縮める美女と照れくさそうに笑う丸眼鏡の男性は特に女将の言葉を否定しなかった。

 

「あの、失礼ですが・・・本当に失礼な質問なのですけど、そちらの芙蓉さん、ですが彼女がその・・・艦む」

「艦娘って言う自衛隊が造ったとか言う兵器だとかって話ならアタシらには関係ないさね、今のこの子は大木屋旅館の若女将で三十にもなって遊び惚けてたドラ息子がやっと連れてきた嫁さんだよ」

「・・・そうですか」

 

 隣に座る扶桑の肩に手を回して抱き寄せた女将は強い意思を浮かべた顔で大学生を威圧し、ドラ息子の部分に苦笑を浮かべた息子が居心地悪そうに頭を掻き、その答えを聞いた青年は目をつぶり大きく息を吐き出して緊張に強張ていた肩を緩めた。

 

「・・・良かった。あなた達はその人が艦娘であると分かった上で受け入れてくれているんですね」

「・・・え?」

 

 少し苦味の混じった笑みを浮かべて大学生が呟いた言葉に大木屋の三人は呆気にとられた顔で彼へと視線を集中させ、まるで心配事が杞憂であった事を喜んでいるような青年の態度に困惑する。

 

「これから話す事はマスコミが意図して差し止めている一般には出回っていない艦娘に関する情報です」

 

 そう前置きをしてから大学生は自分が得てきた財団内のごたごたと恐らくはそれが原因で起こった艦娘の積極的消耗戦闘、扶桑本人も経験がある捨て艦戦法が行われた背景を説明していく。

 その話が財団と自衛隊の艦娘否定派の大規模粛清によって終結したと言うところまで話した彼は目の前で鬼のような顔になっている女将と気分を悪くしたように呻く男女を見つめる。

 

「で、それが何だい、その鎮守府って場所が正常になったからこの子を元の場所に戻せとでも言いたいのかい?」

「いえ、今の彼女が恵まれた環境にいるのは私の目にも明らかな事です、そして、私はその人に幸せであって欲しい」

 

 羨むような喜ぶようなひどく複雑そうな感情を抱えた笑みを浮かべて青年は丁寧な口調で受け答えし、脅すつもりで啖呵を切った女将は肩透かしを食らってついに強張らせていた表情を崩し呆気にとられた顔をする。

 

「えっと、君は結局何が言いたいんだい?」

「あはは、いやなんて言うか自分でも分からないと言うか、そうですね、多分ミーハー根性を拗らせた艦娘のファンとでも言えば良いんでしょうか・・・?」

 

 頭の中を疑問符だらけにしている三人を代表して裕介が小さく片手を挙げながら問いかければ大学生は七三分けの髪を弄る様に掻いてから恥ずかしそうに笑って見せた。

 

「その人を見た時は呆然とするしかなかったですけど、今はただの一般人でしかない私でも何か艦娘の事で手伝えることがあればと意気込んでいたんですが、大きなお世話だったようで恥ずかしい限りです」

 

 あまり経験の無い自分の心の内を告白すると言う素面でするには少々ハードルが高い試練を艦娘に対するミーハー根性で乗り越えた青年は恐縮しながらも背筋を伸ばして膝に両手を置き、重ね重ねご迷惑をおかけしましたと深く頭を下げた。

 

「でも、もしも私が本物の艦娘に会えたら言おうと決めていた事があって・・・」

「私に・・・ですか?」

「いきなりこんな事を言われても意味が解らないでしょうし、コレは私の自己満足のようなものですけれど・・・」

 

 この際、言うべきことは全て言ってしまおうと決心した大学生は深呼吸をしてから目の前にいる本物の艦娘へと向けて言葉を紡いでいく。

 

「この日本に、いえ・・・、この世界に生まれて来てくれてありがとう、と貴女達のおかげで助かった命の代わりって言うのはおこがましいかもしれない、でもこれだけは貴女達に直接言いたかったんです」

「そんなっ、私は・・・戦いから逃げ出してしまった恥知らずな・・・」

 

 艦娘に護衛されていた船が沈んだ記録が無かったと言う彼の言葉、自分達の戦いが無駄ではなかったと知れた事を少しだけ嬉しく思うところはあるモノの結局は自分が逃げ出した艦娘である事には変わりないと扶桑は恥じ入る。

 

「それでも貴女達の存在が勝手に世界に絶望していた私の光になってくれた、自分と同じ世界にいてくれたことが何よりうれしかったんです」

 

 自分はそんなに立派な存在ではないと恐縮しようとした扶桑の言葉を遮るように大学生は前世から抱えてきた思いの一つを聞いている相手が戸惑うほど大袈裟な言い方で吐き出して、勝手に満足してどこか憑き物が落ちた様な笑みを浮かべた。

 

「あー、つまりアンタはこの子を如何こうするつもりは全くないって事で良いんだね?」

「はい、もし何か私に出来る事があるなら出来得る限りで協力する事も考えています」

 

 目を覗き込むようにして探りを入れてくる女将の態度に真正面から受けて立った大学生の姿に、子供を守る母親はついに肩の力を抜いて昼間に青年たちを迎えた時の朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「まぁ、まったく必要なさそうですけど、ははっ・・・」

「なんだい、つまりこっちが勝手に片意地張ってただけって事じゃないの」

 

 そして、クスクス笑い出した女将の姿に大学生も気の抜けた笑いを漏らし、大木と扶桑も打って変わって穏やかになった部屋の空気にそっと胸をなでおろした。

 気が緩み少し余裕が出来た無駄なお節介焼きに来た大学生はふとお喋りな友人が全く何も言わない事に気付き横目に彼の様子を見るとプリン頭は何処からか持って来たパック麺のパッケージへと部屋に置かれていた湯沸かしポットのお湯を流し込んでいた。

 人が真面目に話してる最中にやる事じゃないだろ、とぶん殴りかけた暴力衝動を青年は全身全霊の自制心でこらえる。

 

「それにしても芙蓉と二人で夜逃げして警察や自衛隊に追い回されるなんて事にならないって事が分かってよかったよ」

 

 少なくともテレビ局でアルバイトをしている大学生が知る限りと言う枕詞が付くが自衛隊も政治家達も今は財団や自分達の周りの大騒ぎにかかり切りでどこにいるかもわからない脱走艦娘に拘わずらっている暇が無いらしい。

 

「裕介さん、私の事よりも旅館や女将さんの方を・・・」

「僕にとっては君がいてくれるからこそ頑張っていけるんだ、だからどんなことがあってもずっと芙蓉と一緒にいたいんだよ」

 

 自分なんかよりも母親や家を優先して欲しいと言おうとした扶桑の手を女将の背後を回り込むように通って近寄った裕介が包むように握り、見ているだけで背中が痒くなってくるような惚気たセリフを吐いた。

 

「・・・はぁ、まぁ、これで孫の顔が見れたら最高なのにねぇ?」

 

 見つめ合い瞳を潤ませながらキラキラして見える、いや実際に頬を朱に染めてはにかんだ微笑みを浮かべている扶桑の方は身体を仄かに光らせている。

 そんな二人だけの世界を作り出している恋人達の様子を肩越しに見た女将が苦笑交じりで水を差すように揶揄う。

 

「え”っ・・・ちょ、母さんっ!?」

「やっぱり子供が、出来ないと裕介さんの妻として相応しくないですよね・・・女将さん、ごめんなさい・・・」

「謝らないで、こっちこそごめんなさい、ようちゃんにそんな当てこするつもりで言ったわけじゃないのよ? つい、ちょっと口が滑ったと言うのかしら、あははぁ・・・」

 

 硬直した恋人たちとそれに慌てて言い訳のような言葉を女将がかけると言う大袈裟にも見える光景に大学生は妙な違和感を覚える。

 だが彼が何か言うよりも先に今の今まで黙っていた馬鹿、何処から手に入れてきたのか不明なパック麺をズルズルと啜っていたプリン頭がカップをおもむろに机に置いてからズイッと右手を正面へと突き出した。

 

「子供なんて男と女がヤってれば勝手に出来るもんじゃね?」

「本当に君はバカだなぁあっ!!」

 

 握り込んだ右手の親指を人差し指と中指の間から突き出す繊細な問題に対する思いやりの欠片も無いジェスチャーをした青年の頭に真面目な方の大学生が自分の下にあった座布団を掴んで振り上げ勢い良く叩き付けた。

 

「あの、・・・私が艦娘だからでしょうか・・・今まで一度も月の物が来たことが無くて・・・」

「だ、大丈夫だよ、子供が出来なくたって僕らは家族になれたんだからっ」

 

 物凄く言い辛そうに生々しい事情を告白をしてくる扶桑の姿にいたたまれない空気が室内に充満し、必死な顔で恋人のフォローをする丸眼鏡の姿に失言に身を縮めた女将が気まずそうな表情が見える愛想笑いを大学生達へと向ける。

 

「えっと、その艦娘の技術的な話はマスコミも詳しくは分かっていないんですが・・・噂では、鎮守府には艦娘を普通の女の子する事が出来る技術があるとかって、あくまで噂ですけど・・・」

 

 あっと言う間に身体の光が消えて急激に負の螺旋へと落ち始めている扶桑とそれを何とか元気づけようと踏ん張っている男性の姿に、大学生の彼には珍しく自分の前世に由来する元はゲームの情報、艦娘は解体されると人間の女の子になると言うモノをひどく曖昧に濁して口に出す。

 

「私、鎮守府を脱走した艦娘なんです・・・」

「あ”ぁ”・・・なんか、本当に役に立たなくてすみません」

 

 少しは希望になるかと大学生が思った情報にますます表情を暗くして呻く扶桑の姿にもはや処置無しと言った具合となる。

 

「はぁぁ・・・ごめんなさいね? こっちの事情に気を遣わせちゃって」

「あ、いえ、こちらこそ夜分遅く失礼しました」

「ほら、お話は終わりよ、明日も早いんだから二人とも立ちなさいなっ」

 

 十分近く空回りしていると女将が場の空気を散らすように大きく柏手を打ってから戸惑う恋人の二人を立ち上がらせて彼等の背中を軽く突いて大学生達に用意した部屋から廊下へと押し出していった。

 

「あの、大丈夫でしょうかあの二人は・・・?」

「ようちゃんはちょっとした事でナイーブになる子だけど大丈夫、息子と同じ部屋に押し込んどけば明日にはいつも通りに戻るでしょうよ」

 

 男と女ってそう言う単純な部分があるのよ、と人生経験豊富な女将は子供を慈しむ母親の顔で薄暗い廊下で息子に肩を抱かれて自分達の寝室へと向かって行く若女将の背中を見送った。

 

「それじゃ、今日のお詫びと言っては何ですけど、明日の朝ごはんは期待しておいてくださいね♪ パック麺の何倍も美味いもんたんと用意しますから」

「アザッス!」

「君の脊髄反射にはいつも驚かされるよ」

 

 愛想よく去っていく女将の背中を見送りながら、かつて前世でハマり込んだゲームの中で結婚指輪を送った艦娘が大木屋旅館の善良な若旦那と今晩ちょっと口で言うには憚られる生々しい行為を致す。

 

「それにしても、嫁かぁ・・・はぁ・・・薄々察しはしてたけどさぁ・・・」

 

 そんな話を遠回しに告げられて何だか言葉にし辛い妙な興奮を覚えてしまった想像力が豊かな青年は自己嫌悪に呻く。

 

「あれあれ? もしかして残念賞~?」

「もう、ホントに黙っててくれないかな! もぉおっ!!」

「サーセンしたぁっ!」

 

 真夜中の旅館の片隅で激昂した大学生の叫びと共に繰り出された座布団が能天気な笑顔を和室の中へと吹っ飛ばし、その怒声に何事かと踵を返して廊下を戻ってきた女将に二人の馬鹿共はひどく注意をされるのだった。

 

 そして、翌日、女将の約束通り用意された美味しい山の幸尽くしの料理に舌鼓を打った大学生達は良く晴れた早朝の日差しの中を歩き去る。

 

「私、艦娘であった事を褒められて、お礼まで言われる日がくるなんて想像もしていませんでした」

「良い人達だったね、また来てくれた時にはちゃんと歓迎しないとなぁ」

「ホントに、それにしてもここから駅まで軽く三時間はかかるのに歩いていくなんてあの子達、ますます見上げたもんじゃないの」

 

 お騒がせな青年たちが旅館を出た数分後、二人を見送っていた女将の言葉に腕を組んで寄り添う扶桑と大木は同時に驚きの声を上げる。

 そして、数分前に別れの挨拶を交わしたばかりの大学生達を慌てた調子で大木が追いかけ、正午までバスが来ないと言う事実にバス停で唖然としていた彼等を見つけ旅館の自家用車で駅まで送っていく事になった。

 




君達の読んだ物語がこうなってしまったのは私の責任だ。

だが、私は謝らない!

例え扶桑嫁提督であっても、この試練を乗り越えてくれると期待しているからだ!

乗り越えられるはずだ、といいなぁ。

書いててなんかすごくモヤモヤして心が落ち着かなかった。
多分、おバカ様が居なかったら私は悶死してた。

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