今回のお話は自分なりに何でそうなるのかを考えた結果であると言えます。
陣形? 知らない子ですね。
2015年、三月の三十一日から四月一日へと日を跨いで行われた戦艦水鬼を日本海から追い出すための防衛作戦に参加した中村は敵首魁が隠し持っていた強大過ぎる能力とその足下に隠されていた深海棲艦の巣の存在に打ちのめされ、荒ぶる海流に振り回される伊58の艦橋で呆然自失となった。
前世で遊んだゲームと違い何度も同じ相手と戦う必要が無いと高を括って実行した敵のボスだけを狙って強襲する作戦はゲームとは桁が違う力を隠し持っていた怪物の前にここに破綻する。
攻める事も逃げる事も出来ない八方ふさがりの中で顔を恐怖に強張らせて頭を抱えた中村はたった一撃腕を振り下ろしただけで大嵐を生み出した戦艦水鬼への恐怖に指揮席で項垂れる。
戦艦水鬼が身動ぎするだけで洗濯機のようにかき混ぜられる海流と悲鳴を上げる伊58もろとも彼等を引きずり込もうとしている黒い円錐のような限定海域を内包する渦潮に挟まれ、完全に降参の音を上げた自分の思考の鉛のような重さが中村の身体全体に圧し掛かっていた。
「司令・・・中村司令!」
手元のコンソールパネルへ阿呆のように虚ろな目を彷徨わせ口を半開きにしていた中村は耳元に届いた少女の声に顔を上げる。
強大な敵の出現で恐怖に強ばってはいるが目の光を失うことなく自分を見つめる吹雪の視線を受けて指揮官は諦観に満ちた苦笑を返す。
「悪いな、吹雪・・・俺達の作戦ミスって奴だ・・・ははっ、はは・・・」
肩を落とし猫背になった中村が力なく情けない笑いを漏らし、自分を見詰めているだろう吹雪と向かい合う勇気もなく手元のコンソールパネルの上で視線を無為に彷徨わせる。
旗艦をしている伊58は必死に姿勢制御を行っているが海上で暴れる怪物の余波だけで掻き混ぜられた海流に振り回されて中村達が居る艦橋は激しい軋みと揺れを繰り返す。
「司令官、・・・大丈夫です」
「大丈夫って何言ってんだよ・・・もう逃げ道は無い、俺達は終わったも同然だ」
必死に友軍への通信を開こうとしている鳳翔の声、ソナーに取り付いて海底から湧いて来る敵の位置を旗艦に知らせている五十鈴、魚雷の再装填の補助と敵へのロックオンに従事している霞と北上、全員の声が煩わしく、しかし、苛立つ事すら放棄した中村は自分と向かい合っている吹雪へ弱音を吐く。
いつもの可愛らしい真面目な顔、自分と同じく敵への恐怖を感じているはずの少女はしっかりと意志の光を宿した瞳を向け手を伸ばす。
「まだ、私達はここにいます。・・・だから大丈夫です」
伸びてきた吹雪の手が彼が肘掛の上で脱力させている手を強く、痛みを感じるほど強く握り、その痛みに顔を顰めた中村は部下の意図が解らずに目を瞬かせる。
「ふざけんなよっ、お前なっ、状況分かって言ってんのか!? 上には山みたいな怪物! 下には深海棲艦の巣! 通信も使えなくなって友軍に助けも求められない! これ以上無いぐらいの詰みだろが!!」
自分達は処刑台に上がった死刑囚でどう足掻いても死の運命からは逃れられないのだと、八つ当たり気味に叫び中村は吹雪の手を振り払おうとしたが、駆逐艦娘の握力はそれを許さず離れる事を拒む手には薄っすらと霊力の光が湯気の様に立ち上る。
「まだ終わっていません、私達はまだ戦えます!」
「戦うって何とだよ、限定海域に飛び込めばワンチャンあるとか言い出すつもりか?」
笑えない冗談だと引き攣った笑みを浮かべる中村の手を包み込むように吹雪の手から溢れた光が広がり、その腕から肩へと伝わってくる温かさに不思議な心地よさを感じた指揮官は大きく息を吸って深く吐き、そして、激昂した自らの精神を抑え込んで開いている手で額を覆う。
「いいえ、戦うのは海上の戦艦水鬼と・・・です」
自分で言った言葉に恐れを揺らしながら、それでも吹雪は中村と真っ直ぐに視線を合わせながら言い切り、言われた彼はその荒唐無稽な言葉に失笑した。
「どう戦うってんだよ、アレは駆逐艦や軽巡がどうこうできるレベルの相手じゃない、吹雪、お前だってわかって・・・」
「戦艦水鬼は北上さんの雷撃カットインを味方を盾にして防ぎました」
「は、・・・ぁ?」
「もし防ぐ必要も無い攻撃であると戦艦水鬼が判断していたなら自分の障壁だけで対処していたはずです」
先ほどの中村と同じように深呼吸をしてから指揮官の問いかけに吹雪は彼に奇襲作戦の失敗を思い出させ、周りの同僚艦娘達も彼女の言った言葉の意味が解らない様子で暫し手を止めた。
深海棲艦はある意味では非常に効率的な行動を選ぶ生き物であり、必要であれば味方ごと敵を撃つ事はあれどわざわざ必要が無い時にまで味方に損耗を強いる事は無いと今までの経験と集められた知識から吹雪はそう断言する。
「司令官はさっき戦艦水鬼のあの巨体は風船のようなモノだと言ってましたよね?」
「・・・あ、ああ、出所はネット知識みたいなもんだが、折り畳まれてた体に形を持たない霊力が詰め込まれている・・・はずだ」
「そして、あの女性の部分があの巨体に霊力を供給する核となっていて、そこを破壊できれば全体が崩壊するんですね?」
おそらく吹雪は彼が鎮守府の中枢機関と交信していたなど想像もしていない、その情報も彼が前世で得たあやふやなモノだと思っている。
だが、それを全面的に信じた上で中村の初期艦は打開案と言うにはあまりに乱暴な策を口に出す。
「なら、霊力の塊だと言うなら五十鈴さんや北上さんの刀で切れます、戦艦級の味方を犠牲にしてまで雷撃カットインを防いでわざわざあんな巨体を引っ張り出したのは私達の攻撃が相手に有効だからだと思います」
軽巡洋艦娘が標準装備している近接武装は総じて刀剣の形を取り、その刀身に霊力の振動と渦を作り出す事で敵の障壁や力場だけでなく鋼鉄の装甲すら切り裂く。
だが、仮に戦艦水鬼に対してそれが有効だったとしても目測だけでも400mを超える頭を二つ持ったゴリラのような体型の怪物に十数mの艦娘の剣をどれだけ頑張って振るっても針を刺した程度の攻撃にしかならないだろう。
「つまりあれか? お前、あの近付くだけで死にかねない化け物にわざわざよじ登って中核をぶった切ればいいとか、思ってるのか?」
よっぽど上手く敵の隙を突いて弱点を狙って、それこそ一撃で喉を掻っ切るような致命傷を与えない限りそんな事は実現しない。
「仮に撃破できなくても相手の身体に穴をあけて内部の霊力を放出させれば、敵の攻撃の遅延にもなります・・・その間に逃げる事も、多分・・・」
「いや風船っつたのは例えみたいなもんで、穴開けたら吹き出すってわけじゃない、と思うぞ?」
「でも、やってみないと分かりません!」
言った本人すら自信も確信も無い作戦と呼ぶにはあまりにお粗末な案に中村はポカンと呆けた顔を向け、自分の言葉を恥じるように顔を赤くしながらも吹雪は彼を強い意志を宿した瞳で見つめ返す。
「でも、生きるか死ぬかって時に手段を選んでる暇なんて無いわよ?」
「さっさと決めなさいったら! このまま無様に水圧で潰されるのかあの怪物に挑んで勝ちに行くのかを!」
「何て言うかさぁ、さっきの魚雷管の爆発で身体中痛いんだけど・・・、残りの魚雷管アイツにぶつけたら割と簡単にやっつけらんないかな?」
いつの間にか強敵への恐怖から抗戦へと意識を切り替えたらしい部下達の視線と言葉が呆けた顔をしたままの中村へと向けられ、その場にいる五人の艦娘達は指揮官の判断を待つ。
「提督、私達は貴方が信じてくれるならどんな強大な敵であっても立ち向かい、そして、打ち倒して見せます」
御淑やかに微笑みながら物騒な宣言をする鳳翔の姿に毒気を抜かれ、手の平から伝わって来る吹雪の温かさを感じ、狼狽え弱音を吐き情けなさをばら撒いた自分をまだ指揮官として認めてくれている仲間達の声に中村は顔を荒れ狂う海流を映すモニターへと向ける。
「死にたくねぇな・・・前の時はよくある風邪にかかって、すげえ苦しくて、でも一人じゃどうにもならなくて死んじまって・・・」
ぼんやりと遠くを見るように前世の終わりを回想する中村の言葉に誰も口を挟む事は無く、彼は苦笑を浮かべて自分の手を握っている吹雪の手を握り返す。
「ははっ、そうだな・・・あれと同じのは、死んじまうのは、死んでもイヤだっ!」
上下左右どこを向いても危険ばかりで逃げ道はない。
そこに存在するだけで破壊をまき散らす怪物にどれだけ抵抗できるか分からない。
だが、素人以下の考えから出てきた作戦であっても生きるか死ぬかの二択しかないなら、一度の死の恐怖と苦しみを体験した彼にとって選択肢などあってないようなものだった。
「ああ、俺は死にたくない、・・・だからこそっ、吹雪、お前たちに俺の命ごと全部賭けてやる!」
「はいっ! 司令官!!」
『そろそろ障壁が持たなくなるし水着が破れちゃいそうなんだけどっ、てーとく、いつまでゴーヤ、逃げ回れば良いんでち?』
中村の情けなくも聞こえる往生際の悪い言葉に強く頷きを返す吹雪、そんな二人の姿に苦笑する仲間達、そして、荒れ狂う海の中で振り回されている潜水艦娘が苦しそうに呻きながらも指揮官の命令を待っているのだと催促する声が艦橋に響いた。
「潜って逃げるのは止めだ! 急速浮上、あの怪物に一発キツイのをお見舞いしてやる!!」
『りょーかいでち! ゴーヤもてーとくと一緒に鎮守府に帰りたいからね!!』
引き込む海流を作り出す黒い渦とそこから現れる深海棲艦から逃げ回っていた伊58がその命令に躊躇い一つ無くすぐさま身体を捩って海面へと桜の花びらを思わせるリボンで飾った髪飾りを向ける。
グンッと身体全体のバネを使って伊58は海上へと上昇を始めてセーラー服の紺色の襟や袖が揉まれてはためきながらその身体を引っ張る渦の流れから脱出させた。
「出力全開で超音波放て! 海面に煙幕を張る!」
『いっくよぉおおっ!!』
黒い怪物を見上げる海面下で伊58がイルカのように両足を揃えてくねらせて背中に背負った推進機関が海水を発泡させ急上昇を始める。
海面に飛び出す直前、深く息を吸い込むように大きく口を開けて荒れ狂う頭上に向かって探査用《ソナー》と言うには些か出力の高い超短波の高振動を打ち上げるように放射した。
「残りの霊力全部使っても良いから魚雷を出せるだけ出して浮上後の攻撃に備えろ!」
・・・
海の上に浮くはずの無い巨大な質量を持った怪物はその身体に対しても大きすぎる腕で海面を掻き、逃げた獲物を手探りで探すように海を何度も抉り、その度に生まれる津波は周囲にいるそれの眷属をも巻き込んで海上と海中をひっくり返す。
その怪物の足下が不意に不自然な泡立ちを始め、それを戦艦水鬼の赤い目が見下ろしたと同時にまるで爆発したかのような勢いで広がった濃霧がその巨体の足下を覆い隠した。
《海の中からこんにちわぁっ!! 駆けつけ一発くらっとくでち!!》
煙幕のように分厚い霧の中から上がった少女の叫び声、そして、直後に霧を引き裂いて飛んできた魚雷を戦艦水鬼は表情を変える事無く自らの剛腕に命じて防がせる。
瞬間移動のような速度で彼女の前に振り抜かれた分厚い掌で霊力の閃光が衝撃を放つ、それと同時に足下でも数発の魚雷が水柱を上げて短足の指が一、二本弾けるがまるで内部から迫り出すように新しい指が生え直す。
それ故に自らの損傷ともいえない損傷を完全に無視して額から角を生やした美女は霧の中にいる獲物を見つける為に目をぎらつかせた。
《足下の魚雷は無視しても、提督の仰っていた通り弱点である本体への攻撃は防ぐと言う事ですね?》
もう一度、強めに拳を振るって小虫をあぶり出そうと鬼級が考えたと同時に彼女の額の角へと光の鋼線が繋がり、黒いポニーテールをなびかせて茜色の着物を身に着けた空母艦娘が飛行甲板を模した肩当から放った機動ワイヤーを伝って霧の幕を破り急上昇してくる。
摩擦音と火花を散らして猛スピードでワイヤーを巻き上げる飛行甲板によって海上250m程まで一気に上昇した鳳翔は自分の身長とほぼ同じ大きさの戦艦水鬼の顔にめがけて加速力を上乗せした霊力を纏った脚を勢いよく振り抜く。
だが船底を模した分厚い履き物は白い肌を覆う不可視の壁に鈍い音を立てて砕け散り障壁にヒビを刻むだけに止まった。
《一筋縄ではいきませんかっ! ならっ!!》
わざわざ自分の元に飛んできた羽虫の姿に戦艦水鬼は口元に半月を浮かべてただ腕を振るう、それだけで足下の海面は半円の津波を引き起こし、空気の壁が渦を巻いて周囲の眷属を宙に巻き上げて弾き飛ばす。
暴風によって跳ね飛ばされ真空の刃と化した風に障壁ごと着物を切り刻まれ乱されながらも巨大な黒腕が直撃する寸前に機動ワイヤーを引き戻した鳳翔の身体が光に包まれて消える。
《こういうのはどうかなぁっ!!》
深海棲艦の腕が通過した後には金色の茅の輪が浮かび球磨型軽巡の名前を記し輝かせ、そこから宙に投げ出されるようにして飛び出した北上の両手足から霊力を溜め込んだ魚雷管が次々とパージされ、彼女の手にある単装砲や背部艤装の機関銃が特別製の増設装備を怪物の胸板に向かって弾き飛ばす。
波打って広がる霊力の爆発が空気を震わせ、はじけ飛んだ魚雷管の破片が戦艦水鬼へと降り注ぐがやはり瞬間的に防御へと戻ってきた黒腕が壁になって全てを防ぐ。
否、魚雷管に充填圧縮された霊力が発する閃光が分厚い壁となっていた黒鉄の腕を二の腕ごと吹き飛ばし、さらに空母艦娘の一撃で割れた障壁を貫通して霊力を纏った小さな金属片の流星群がむき出しになった戦艦水鬼の白い肌に細かく筋のような傷を無数に走らせ黒い体液が溢れて美術品のような上半身を汚した。
《折角のチャンスだったのにちゃんと直撃させなさいったら! 北上!》
『うっざいなぁ! いい加減、アタシを呼ぶ時はさんを付けなよ、駆逐艦!!』
自由落下に加えて魚雷管の爆発の衝撃で加速した北上が海面にぶつかる直前にその身体が光に包まれ、今度は金の輪から小柄な少女が苛立たし気な声を上げて飛び出す。
戦艦水鬼を含む全ての深海棲艦は言語を持たず、基本的に意志疎通の手段を必要としない、そう言う様に進化を誘導されたからこそ眼下の小虫が何かをさえずっていても意に介することはない。
ただ、周りを飛び交う鬱陶しい小虫が自分の肌に傷を刻んだと言う事実が彼女の澄まし顔に明確な怒りを宿させた。
《なによっ! デカいだけのウスノロじゃないの、当たんないわよ、そんな大振り!》
戦艦水鬼が片腕を振るだけで台風の様な暴風が放たれ、大質量を支える脚が海面を踏みしだくだけで30mを超える津波が巻き起こる。
しかし、駆逐艦娘である霞は実体を持った災害を前に不敵な笑みを浮かべて艤装のスクリューから燐光を撒き散らし、急加速する体を荒れ狂う海の上で踊らせた。
『一番、二番、三番、単装砲再装填しました!』
《こんなの嫌がらせ程度でしょうけどね! 食らいなさい!!》
両肩と左足に装備された12cm単装砲へと霞の首筋や腰に繋がったケーブルから霊力が供給され、艦橋で照準された戦艦水鬼の本体へと輝く砲弾が連続で打ち出される。
自分から離れようとしている忌々しいチビへと振り下ろそうとした腕が目の前に飛び込んできた光弾を防ぐために胸の前に戻り掌を広げ。
cm単位で同じ場所へと着弾した砲弾が太い指を一本だけ抉り切るがその損傷はすぐさま再生を始め、黒い指の間から見える矮小な敵の姿に鬼女は赤い目に怒りを燃やす。
次の瞬間、その小虫とは別の方向から風切り音を上げて亜音速に達した長距離砲弾が戦艦水鬼の頭上で炸裂し、鉄球のような双頭の右側が花火の様な輝きをまき散らしながら半分近くまで抉れた。
《援護砲撃!? 近くに誰か来てるの!?》
『ダメです! 利根さんっ! そこはっ!?』
意識せずとも勝手に元に戻る髪や爪の様な末端でしかない艤装がどれほど削れようと痛みなど無く、ただ、巨大な力を持っている自分が、最も小さい眷属よりも更に小さいゴミ共を始末するのに無為に時間を使わされている事だけが鬼級の苛立ちに油を注ぐ。
しばし足元でピカピカ光るすばしっこい虫から赤い視線を離して、既に再生を始めている双頭の片割れを削った敵へと赤い目を向けた戦艦水鬼は少しばかり遠くにいる濃緑色の服と貧相な砲を身に着けたソレを見つける。
自分が身体に備えている主砲と比べるべきも無い貧弱な筒を手に怯えながらこちらを見ている敵の姿に戦艦水鬼は失笑した。
『三尉! そこは奴の射程範囲だっ! 逃げろぉ!!』
砲撃とはこうするのだと、教えるように美しくも底冷えのする笑みを浮かべた戦艦水鬼が自らの艤装に命じて主砲を旋回させ、連続する津波で安定など何処にもない足場に戸惑いながら砲撃支援を行った重巡洋艦娘へと向けられたcmではなくmで計測した方が早い大口径砲がその顎に炎を孕む。
瞬間、全ての音が消え、空気の爆発が海面を割り、赤く染まった柱が抱え込んだ熱量で海水を蒸発させながら突き進み数km先に立っていた利根へと振り下ろされた。
『ぐっぁ・・・、アイツら、三尉の艦隊はどうなった!?』
『利根さんが大破、旗艦の交代が間に合った事で外に放り出される事は無かったみたいですが、あの着弾の余波で名取さんも少なくない損傷を受けているようです!』
『霞、しっかりしなさい! 提督、旗艦を早く私にっ!!』
爆風と水蒸気で立ち上る巨大な水柱、初めて振るう自分の力の強大さにうっとりと微笑んだ戦艦水鬼は改めて足下へと目を向ける。
その視線の先ではここまで届いた爆風で海面に叩き付けられ装備していた艤装が欠けた小虫が力なく海面を引っ掻いていた。
深海棲艦には言葉と言うモノが存在しない、眷属同士は生まれ持った力の量と質のみで上下関係を決定する。
コミュニケーションと言う無駄を必要としない形に
そして、眼下で倒れ伏す虫と見下ろす自分、この状況こそがこれ以上無いほど正しい結果であり、自分はこの出来損ないのガラクタを処分する権利と義務があるとでも言う様に戦艦水鬼は腕を振り上げた。
《まだ、まだ終わってないのよ!!》
腕を振り下ろした瞬間、また小虫が光って輪の中から微妙に違う形になって飛び出し、不敬にも上位者である自分の下す処刑から逃れて波間に転がる。
光の輪から飛び出した五十鈴が津波に足を取られ崖のようなその側面を転がり落ちるように滑り、身体を捩じり自分の艤装から白木の居合刀を引き抜く。
ただそこにいるだけで削られていく耐久力に歯を食いしばってツインテールごと身体を独楽の様に回転させ、手に持った刃を遠心力で投げ飛ばし、その刀の柄に向かって正確無比な対空射撃を叩き込む。
砲撃によって紙垂飾りごと砕けた柄から飛び出しさらに加速し流星と化した白銀の刃が一直線に空を斬って敵の顔面へと飛翔する。
飛んできた銀色の棒切れ、抵抗と言うにはあまりにも脆弱に見えたそれに対して戦艦水鬼は敵を蔑み、もはや戦う価値すらないと遠心力と射撃のよって加速した刃へと無造作に手を振るい。
先ほど千切れた指とは別の指が銀の針に呆気無いほど簡単に貫かれて、その先にある鬼級の赤い瞳へと突き刺さった。
悲鳴と言うにはあまりに獣じみて、末端を攻撃された時とは明らかに異なる痛みに悶える咆哮、ただ戦艦水鬼の双頭と本体の口が揃って吠えただけで周囲にいた彼女の眷属が破裂するように砕ける。
その吠える鬼の足下から暴力と化した音によって跳ね飛ばされた五十鈴の障壁を維持する霊力が見る間に削り取られてセーラー服と緋色の短袴が爆ぜて肌色を露出させた。
《まだ、やれるわ・・・たかが服が破れただけ、よ・・・五十鈴は大丈夫、だから・・・》
血を滴らせながらも気丈な言葉を言い切って震える脚の両膝に手を突いて荒れた海に立ち上がり、目の前に迫る津波とその向こうに見える戦艦水鬼へと顔を向ける五十鈴だがその目と身体は衝撃波によって酩酊したように震えており倒れる寸前だと言うのは誰の目にも明らかだった。
一拍の後に軽巡艦娘の身体が数十mの津波に飲まれて海中へと沈んで消え。
その十数秒後、五十鈴を飲み込んだ水の壁の様な津波の反対側に張り付くように浮かび上がった金色の茅の輪、その中心から二本の腕が突き出し、海面に手を突いて自らの身体を引っ張り出す。
輪から現れた黒髪の少女の首元に纏わりついて編み上げられていくセーラー服の青い襟が暴風の中ではためく。
《司令官・・・吹雪、行きますっ!!》
そして、決死の攻撃で破壊した腕や球体の頭部を容易く再生させていく絶対者と向かい合ってもなお戦意を失わない戦乙女は連装砲と魚雷管を携えて暴風と津波が渦巻く海原へと駆け出した。
伊58・・・損傷軽微・・・霊力欠乏
鳳翔・・・・小破・・・・・戦闘可能
北上・・・・中破・・・・・武装全損
五十鈴・・・大破・・・・・全武装艤装使用不能
霞・・・・・小破・・・・・増設艤装の一部破損
吹雪・・・・損傷無し・・・戦闘開始