艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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Q・何なのだコレは・・・。
  この話は本当に終わるのか?
  ちゃんとハッピーエンドで終わるんだろうな!?
 


第三十五話

 要塞の様に巨大な敵の行動パターンは決まってハリネズミの針のように突き出した無数の砲による制圧射撃から始まり、それを掻い潜ったとしても海面から鋭いトゲのような岩を突き出す暗礁が待ち構えている。

 何重にも重なる円形の岩礁に潜り込めれば深度の浅さのおかげで取り巻きの深海棲艦は私達とこの海の主との闘いを阻むことが出来なくなるが、代わりに私が船だった頃よりもさらに巨大なこの世界で最も強力な敵に貧弱な人間の身体で挑まなければならない。

 

(なのに、これはどう言う事なの・・・?)

 

 思えば今回の周回は一日目から妙な事が多く、敵艦の姿が少ない事を皮切りに二日目には目覚めと同時に地震のような鳴動する限定海域、数人の犠牲が必要な関門だった重巡級や戦艦級の敵艦までもが今までいた場所から姿を消していた。

 そして、敵の前方から攻め込み囮となる部隊とは別行動で暗礁を迂回して要塞型深海棲艦に気付かれないようにその巨体を登り、仲間達が閉じ込められている腹部に穴を開けて彼女らを救出すると言う作戦を実行している私はただひたすらに困惑を強めている。

 

「良いじゃん、良いじゃんっ・・・ここまで順調なんて鈴谷達ついてるよ」

「山城さん、これなら今度こそ成功しますよっ!」

 

 巨大すぎる故にこの姫級深海棲艦にとって私達は足下をうろつく蟻も同然なのは百も承知であるが、今までの経験上から全くバレずに背後に回り込めただけでなくその巨大な玉座を登る事に成功した事は何かしらの作為を感じる。

 だがそれはただの考え過ぎだと自分で自分を説得し、私は手に持ったサブマシンガンの弾倉に霊力の光を纏わりつかせて身体に巻いた命綱を仲間達と一緒に引っ張って張りを確かめた。

 

(いつもより砲撃のタイミングも遅かったから・・・下にいる子達は大淀や阿武隈だけじゃなく、全員無事で暗礁に隠れて囮を続けてくれている)

 

 夜闇に乗じて作戦開始して順調すぎるほど順調に状況は推移し、登った要塞の上に隠れている私達の眼下で岩礁や船の残骸に隠れながら囮部隊が散発的に光弾を巨大な深海棲艦の女王へと放ち、その全てが敵の障壁に阻まれて花火のように光を散らしている。

 後はロープを伝って敵の腹の上に落ちてこの場に居る全員の持つ銃火器で一点を集中攻撃し、弾薬を使い切るまでに障壁に穴を開けさえすれば深海棲艦の身体に高い破壊力を発揮する霊力を圧縮した光弾で仲間達を閉じ込めている白い肌を撃ち破れるはず。

 

「やましー、どうしたの? なんかあった?」

「・・・いいえ、何でも無いわ」

 

 こちらの気負いを軽くする為だと分かるワザとらしく緊張感を抜いた表情と口調で話しかけてくる鈴谷に小さく首を横に振ってもう一度目の前にいる深海棲艦を睨んだ。

 

「暗くても高い場所だとよく見えますねぇ・・・、山城さん、作戦通りに下の子達が時間を稼いでくれている内に、迅速にですよ」

 

 鈴谷の隣でしゃがみ込み下の様子を伺っていた重巡艦娘が努めて平静を装っている少し強ばった顔を私の方へと上げた。

 

 彼女の言う通り、全て私達の作戦通りに進んでいる。

 

(なのに・・・なんで・・・?)

 

 後は私が号令をかけて全員が命綱を手に飛び降りれば良いはずなのに、私はジワジワと背中を蝕むような嫌な予感に顔を強張らせ何か決定的なモノを見落としているのではないかと言う強迫観念を脳裏に燻らせる。

 不安に揺れる内心を引き締めた表情の裏に隠してその場にいる仲間達の顔を確認すると強い決意を感じさせる視線が返って来た。

 

「・・・さぁ、行きましょう」

 

 ここまで来てはもう思いと止まることは出来ず、思い過ごしなのだろうと結論した私は意を決してトゲの様な砲塔が無数に立つ鬼女の玉座の背もたれの中腹で自分の周りにいる全員へと目配せして彼女達と頷き合う。

 

(悪い予感がしているとしてもこんな好機は二度と無い。なら後は飛び込むまで!)

 

 肘掛に肘を突いて巨大過ぎる手の甲で頬を支え、傲慢な態度を隠すことなく眼下を睥睨する箱庭の主の腹の上に向かって私を含めた数人が飛び降りる。

 そして、ここに来るまでの廃船から手に入れたワイヤーやロープなどを編んだ命綱を頼りに振り子となった私達は乳房と呼ぶには巨大すぎる山脈の下に回り込んで壁のような白い肌を真横に蹴りながら姫級の腹へと駆け下りた。

 

・・・

 

 言葉では説明できない妙な胸騒ぎを抱えたまま大淀は指揮下の駆逐艦達に次の移動先を指示し、黒い海面に突きだした岩礁に隠れながら背負っている長筒へと手を回してその硬い感触を確かめる。

 ロケットランチャーと名付けられた現代兵器の一つ、船だった頃の主砲とは比べるべきも無いほど貧弱な破壊力しかなく深海棲艦の障壁を破るには些か頼りない装備であるが霊力を纏わせて敵の鼻っ面に叩き込めば他の銃器よりも強力で目くらましにも使える便利な道具と言えた。

 ただ限定海域中を今までの周回を探し回っても数発分の予備弾しかないそれは取り回しも悪く再装填の面倒さから連射も出来ない為にほとんどの艦娘に倦厭され、勿体ないと言う理由だけで大淀の背中にかけられている。

 

「大淀さん、何だかおかしくありませんか?」

「ええ、何故、ヤツは砲撃では無く蛇を振り回して私達を追い回しているんでしょう? 砲撃も見当違いの場所へ撃つだけ、何故なの?」

 

 他の仲間はともかく大淀は割と気に入っている大筒の肩から腰に掛けたベルトに括りつけた予備弾三発。

 残弾を確認していた彼女はすぐ近くに移動してきた阿武隈の言葉に同意して黒岩から顔を覗かせて山の様に巨大な深海棲艦を見上げる。

 その巨体が座する玉座の左右から生え、大砲を乗せた列車と言っても過言ではない大蛇がその黒いウロコをうねらせて二人の頭上を通り過ぎていく。

 

 前回までならあの巨大な女王は虫けらを弄ぶように砲火で岩礁ごと焼き、黒蛇の大砲と熊手のように広く巨大な手で黒い海を岩礁ごと抉って大淀達をあぶり出そうとするのに今はおもちゃ箱を掻き回してお気に入りに玩具を探す子供のような回りくどい真似をしていた。

 

「今日は、いつもみたいにあたし達をイジメたいわけじゃないのかなぁ・・・?」

「え? 今、何と?」

「えぇ? いや、別にアタシ的にはイジメられたいわけじゃないんですよっ!?」

 

 小さく阿武隈が呟いた言葉に大淀は眼鏡の下で目を見開き、その仲間の呟きが今の状況を説明するのに必要不可欠な欠片と言える表現だと軽巡艦娘は直感する。

 

「そうじゃありません。阿武隈さんは何故そう思ったのですかと聞いているんですっ!」

「えっと、その・・・いつもはアイツ、何人死んでも構わないって感じで、ただ痛めつける為にアタシ達をイジメて遊んでるのに・・・」

 

 眼鏡を押し上げながらズイッと顔を近づけてきた大淀の勢いに押されて仰け反った阿武隈は戸惑いながらも自分が感じていた事を言葉にした。

 

「今日は何だか私達を殺さずに捕まえたいと思っているみたいなって・・・」

「つまり私達を捕まえたい・・・殺すわけにはいかないから、だからワザと砲撃を外して手加減をしている?」

「いえ、アタシ的にそう思ったってだけでぇ、根拠があるわけじゃ」

 

 作戦通りに岩陰を走り回り手に持った銃や光弾で威嚇射撃を繰り返す仲間達の姿、それを追いかけて大砲が突き出した頭を海面に突き刺して岩を砕く蛇の様子に大淀の頭の中で違和感が一つの線を結ぶ。

 ただ自分達の動きを止めたいならその玉座や頭の上にある大砲で海面を覆い尽くす制圧射撃を行えば少なくない艦娘は行動不能になり、まさしく死に体となった彼女達を簡単に拾い集め捕まえる事が出来るだろう。

 ただその場合には半数以上のメンバーが死亡して霊核を粒子に変えて消え去り、次の周回まで触れる事も出来ない状態で虚空をさ迷うのは間違いない。

 

「拙い・・・」

「ぇっ、大淀さん、どうしたんですか?」

「これは拙いですよっ、山城さん!?」

 

 ここにはいない自分と共にこの作戦を練っていた戦艦娘の名を叫んだ大淀自身にもその考えに至った理由は分からない。

 

 だが今回の戦いが敵が今までのように自分達を弄び心の折れた艦娘を敗者となった者達へと見せびらかすように呑み込むお遊びでは無く、より多くの艦娘を問答無用で捕まえる為に自分達を安全な航路でここまでおびき寄せたのだと大淀には理解できてしまった。

 

 姫級と自分達の身体の大きさの差と今まで何百回も繰り返してきた戦闘経験から敵の動きを読んで逃げ回るだけなら仲間達はそれこそ暗闇の中で目をつぶっていてもこなせるだろう。

 

「な、何がそんなにマズいんですかぁ?」

「敵の目的が私達を殺す事じゃなくて捕まえる事だと分かったんですよっ、何とか山城さん達にこれを伝えないと大変なことに!?」

「ひゃっ、ぁぶっ!? こっちです大淀さんっ!!」

 

 顔を真っ青にして声を上げる大淀の姿に戸惑いながらも頭上に迫ってきた大蛇に気付いた阿武隈はとっさに仲間の腕を掴んで全速力で岩陰から飛び出して黒い岩礁をジグザグに走り逃げる。

 

「ちょっ、捕まえるって今までと同じじゃないんですかっ?」

「阿武隈さんが言った通りにアイツが私達でもう遊ぶつもりが無いなら・・・、このままだと海面じゃなくて敵の身体の上にいる山城さん達は見つかってしまえば逃げられないままヤツに呑み込まれるのよっ!」

 

 速力に難を抱える山城であっても救出部隊にいる駆逐艦の脚を借りれば黒い大蛇や大腕の爪を避けやり過ごす事は難しくない。

 ただそれは自分達がその小さな身体の小回りを発揮できる海上であればの話である。

 

「ぇっ、あっちの隊って大型艦の人達ばかり・・・それって、マズイじゃないですかぁっ!?」

「だから、そう言いました!」

 

 蛇の頭がトゲのような岩を砕き、水飛沫と破片をまき散らす中を阿武隈に手を引かれて走る大淀は必死に頭を働かせ、敵の腹中から仲間を救い出す為に姫級へと向かった山城達が行動を起こす前にこれを伝える方法を模索する。

 玉座に座る鬼女に摘ままれその口に呑み込まれたならば次の繰り返しが起きても一日目に戻ることは出来ない。

 

 今まで何度も地獄のような苦難を繰り返しても挫けなかった大淀達であっても問答無用で喰われれば本人の意思など関係なく否応無しに終わりが決定してしまう。

 

「でも、どうやって山城さん達と連絡を取ればっ!?」

 

 残念ながら通信機なんて上等な物は彼女の手には無い、通信機そのものは何度も目にする機会はあったが限定海域中を探し回っても耳に痛いノイズを吐き出すか電源すら入らない役立たずしか転がっていなかったからだ。

 そもそも壁と深海棲艦に追い立てられている彼女達が現代の複雑な機械を直す技術を習熟させる暇は無い、仮に直したとしても時間経過で全て水の泡になるこの箱庭の環境では機械類を修理すると言う発想が無意味である。

 

「大淀さんっ! あれ!!」

 

 阿武隈の手を借りて大砲蛇の襲撃から逃れた大淀は自分の手を引く長良型軽巡の声に顔を上げ、その視線の先に見える敵の腹部で点のような光がチカチカと輝いているのを見て目をこれ以上ないほど大きく見開く。

 

(拙い、このままだと山城さん達がっ、どうすれば! どうすれば・・・!?)

 

 救出作戦が既に始まってしまった事を理解した大淀の前で状況は最悪に向かって止まる事は無く、ついさっき彼女達を襲った蛇が鎌首をもたげて主の方へと頭を向けてその顎をガチンガチンと噛み鳴らして宙を滑る様に臍の見えないのっぺりとした女王の腹へと向かう。

 

「阿武隈さんっ! そのまま私を引っ張って走ってください!!」

「どうするんですか!? もう山城さん達の居場所がバレちゃったんですけど!?」

 

 自分の手を引いている阿武隈に針路を任せたまま大淀は肩に掛けた紐を引っ張り単発式のロケットランチャー(RPG7)を肩に担ぎ片手でグリップを握り込む。

 それと同時に端が欠けた眼鏡の下で視線を鋭くした軽巡の身体から煙のように光が溢れて墳進弾の先端へと霊力が注ぎ込まれていく。

 

「せめてこれで気付いてくださいっ!」

 

 大淀の叫びと同時に仲間へ危機を知らせる為に引き金が引かれ、普通なら両手で構えて扱うべき対戦車ロケットランチャーの反動を軽巡艦娘は片手と肩だけで抑え込む。

 

 白々しい月明りの下で光を纏った砲弾が火の尾を噴きながら主の元へと戻ろうとしている蛇の頭へ向かって直進した。

 

・・・

 

 ロープでぶら下がりながら不健康な白さで覆いつくされた深海棲艦の腹の上に立った山城達は一斉に同じ点を目がけてそれぞれの手に持った銃器の穂先を突き付けて引き金を引く。

 火薬が爆ぜる音と空になった薬莢が排出される音が鼓膜を震わせ、手に伝わって来る強い反動を艦娘としての筋力で抑え込み精密射撃を続ける山城の前で白い肌を覆う不可視の障壁が火花を無数の散らす。

 数分間の集中攻撃、その鉄板よりも丈夫な障壁との衝突でぺしゃんこになった鉛玉がバラバラと下方へと雨の様に落ちていく中で不意に集中攻撃を行っている箇所へピシリと小さなヒビが走った。

 

「っ! 打ち方止めっ!!」

 

 障壁の割れ目を確認した山城の号令と同時に全員が引き金を戻し、丁度弾切れになったらしい鈴谷が手早くマシンガンの弾倉を外して放り捨て、焦げ茶色のブレザーのポケットに突っ込んであった予備弾倉を手に取り銃へと叩き込むように再装填する。

 その重巡が行うリロードと同時に山城は自分の掌に霊力を圧縮して球体となったそれを更に加熱させながらヒビが入った障壁へと押し付けて破壊エネルギーを一方向へと放った。

 

「はっ、はあああっ!!」

 

 戦艦娘が放った裂帛の気合いとともにバキンだろうか、まるで分厚いガラスを割る様な硬質の音が周囲に響き、霊力を放出して光の粒を散らす手の熱を払うように軽く振る山城の前に1mにも満たない小さな障壁の穴が開いた。

 そのすぐ下に見える死蝋の肌の向こうに青白い光が鼓動するように点滅している。

 

「やった、はっはぁっ! んじゃ、みんな真打いっくよぉおっ!!」

 

 最大まで貯めたエネルギーを放った直後である為に再攻撃に時間がかかる山城は素早くロープを手繰って鈴谷達に場所を譲り、気勢を上げる仲間達の掌に光弾の光が輝き。

 彼女たちの手から次々に放たれたグレネード弾程度の威力が鬼女の白肌で破裂しながら光粒を撒いて直接焼いていく。

 

「見てくださいっ! ちゃんとダメージを与えられてますよ!!」

 

 先ほどのマシンガンによる連続攻撃より射撃速度は遅いがどの現代兵器よりも深海棲艦へ有効な威力を発揮する艦娘の光弾攻撃は薄くだが確実に削り。

 全高300mに達する要塞型深海棲艦にとっては1%にも満たない針が刺さった程度の傷の上でさらに連続して光弾が爆ぜて2mほどまで広がった傷口から赤黒い血が染み出してくる。

 

「これならっ!」

 

 巨大な相手を打ち倒すには不足も過ぎるがそれでも確実に敵の装甲を削る手応えに渇望していた目的が達成できるとその場にいた全員がそれぞれの期待に顔を輝かせた。

 

 そんな彼女達の背後で突然にズドンと空気を振るわせ爆音がそれぞれの服をはためかせる。

 

(なっ!? まさか、自分に向かって砲撃でもしたって言うの!?)

 

 攻撃そのものが貧弱であっても損傷を与えれば自分達の居場所がばれることは想定内だった。

 だが、その身体に張り付いている相手に砲撃を撃ち込んでくるとは思っていなかった山城が振り返った先には頭上に大砲を備えた黒蛇が迫ってきていた。

 だが、その単装砲には硝煙の煙は無くその下顎の一部が黒煙と霊力の粒子を散らしており、山城は先ほどの音が自分達への砲撃では無く下にいる仲間達の誰かが放った蛇への攻撃によって発生したのだと気付かされる。

 

「やましー! アタシが引き付けるからっ!!」

 

 爆発音のおかげで敵の奇襲に気付けたのは良いがロープで白い肌の上にぶら下がっている状態ではまともな回避運動など出来るわけはなく、一拍の間、身体と意識を硬直させてしまった山城の隣で鈴谷が白壁を蹴って振り子となって手に携えたサブマシンガンの引き金を引いて霊力を纏った小礫を黒蛇へと打ち込む。

 とっさに重巡艦娘が放った並みの生物なら蜂の巣に出来るだろう攻撃は、しかし、白い肌と同じ不可視の障壁によって守られ大砲蛇は散発的な弾丸を雨粒を払うように弾き飛ばして山城達へとその黒い胴体をうねらせた。

 

「こいつ、どうして!?」

 

 迎撃した鈴谷を無視して蛇の大きく開いた口が山城達の頭上を掠め、彼女達にとって命綱となっているロープを咥え、その下に繋がっている全員がストラップの人形の様に宙で振り回される。

 敵のなすがままに成って悲鳴を上げる仲間達へと手をのばそうとした山城は不意に頭上高く巨大な乳房の向こう側から覗く黒い角と険を含んだ表情を見せる赤い瞳が自分達を見下ろしている事に気付いた。

 

(まさか、・・・姫級は初めから私達を捕まえる事を目的にっ!?)

 

 今回ずっと山城に付き纏っている嫌な予感と今までの見慣れた傲然な表情とは違いまるで煩わしい問題をさっさと片付けようとしているような苛立ちを感じる敵の表情が結びついて自分達が誘き寄せられたのだと言う閃きが脳裏に過った。

 そして、その耳に自分達の身体と敵の玉座に突き出したトゲに括り付けたロープが容易く切れる音が届き、戦艦娘は再び霊力の光を宿した手の平を黒蛇では無くその鋭い牙に絡む数本のロープへと向ける。

 

「全員防御を用意して、落下に備えなさい!!」

 

 その言葉はつまり救出作戦の失敗を意味するモノであり、山城の叫び声と同時に放たれた光弾が彼女達の身体に結ばれたロープを引き千切る。

 敵の手から逃れたは良いが高層ビルの屋上から投げ出されたと同義である高度に投げ出された仲間達だが、その表情は落下への恐怖ではなく作戦をしくじった悔しさに歪みそれぞれの目尻から幾つかの涙粒が白々しい月明りに煌めき散った。

 

(失敗した、失敗した、失敗したっ! 敵の掌で踊らされた上に仲間を危険にさらすなんて私はなんて無様な作戦をっ・・・姉様、山城は情けない戦艦です(いいえ、貴女は私の誇りよ)

 

 加速していく自由落下の中で着水に備えて身体に霊力の障壁を張ろうとしていた山城の身体が強烈な左腕の痛みと共に止まり、眼下へと落ちていく仲間達が目を見開いて何かを叫んでいる姿が急激に遠のいていく。

 

「くうぁあっ!?」

 

 まるで腕をプレス機で潰された様な痛み、いや、まるででは無く山城の腕と白い袖は彼女の落下に追いついてきた黒蛇の歪な顎に挟まれ押しつぶされて鮮血を噴き出していた。

 

「何よっ、散々嬲ってきたくせにまだ飽きないって・・・、言うの!?」

 

 直接、脳みそに突き刺さる様な激痛の後には二の腕から先は燃えるように熱いと言う感覚以外が失せ、蛇に噛みつかれて上昇していく山城は身体中から噴き出す汗で顔を濡らし悔しさと苦痛で歪んだ表情で頭上を見上げる。

 

(たとえ、欠陥戦艦だなんて言われてきた私にだって、意地ぐらいあるのよ!!(諦めないで、あと少しだから!!)

 

 まるで些末事をさっさと片付けたいと思っているような顔で自分を見下ろす女王が近づいてくる様子に最後の反骨精神を発揮した山城はばらばらになりそうな神経を集中させて無事な方の手を潰された腕の肩へと当てた。

 

 下唇を噛み千切るほど強く歯を食いしばった山城を見下ろす鬼女、その赤く暗い光を宿した目に自分の腕へ自分の光弾を打ち込んで引き千切る戦艦娘の姿が映る。

 

(ふふっ、何故かしら・・・さっきから、なんだか・・・姉様がとても近くにいるみたい・・・)

 

 儚い笑みと共に鮮血をまき散らしながら真っ逆さまに海面へと落ちていく小さな身体は着水の直前に消えかけた蝋燭のような一際強い光を放って水飛沫をあげた。

 

 




 
A・雨は、いつか止むさ。
 

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