夕暮れの鎮守府、迎えてくれるのは海鳥だけなのか?
「夕雲姉さんお待たせしましたぁ、お風呂行きましょうっ!」
「ふふっ、私も今来たところだからそんなに慌てなくても大丈夫よ」
「えへへ、巻雲、夕雲姉さんとまた洗いッコしたいですっ♪」
「あらあら、巻雲さんったら甘えん坊さんね~」
今日もお疲れ様でした。おかえりなさい。
大人には尺稼ぎと揶揄されようとも伏線を作って置かなければならない時があるのだよ。
嘘です。
偉そうなこと言ってすみません。
ただ陽炎達を脱がせたかっただけなんです。
出来心だったんです。
本当にごめんなさい。orz
カコンッと手桶がタイル床に当たる音と広い浴槽から僅かにこぼれた湯が流れる音が霧の様な湯気が揺らめく浴場に響く。
「はぁ~、生き返るわぁ~♪」
銭湯と言うほど広くは無いがそれでも十人ほどが一度に入れるぐらいには余裕がある広い浴槽に肩まで浸かり陽炎型駆逐艦娘が感嘆の声を震わせる。
「いくらなんでもだらけ過ぎよ、陽炎」
「もぉ、不知火ったら、やっと警備任務が終わって、久しぶりにちゃんとしたお風呂に入れたのよぉ、硬い事言わないで」
不知火と呼ばれた少女が自分の頭の上でシャンプーを泡立てながら眉を少し顰めて陽炎へと顔を向け、短い忠告に上気した肌に水滴を纏わりつかせた少女は気の抜けきった声で返事をしながら湯船の中で体を揺らめかせる。
女性的な艶めかしさは無いが健康的な少女としての瑞々しい魅力に溢れる二人の間には姉妹故かそれとも戦友だからかお互いへの気安さがその会話から感じ取れた。
「明日はまるまる一日お休みなんだし私も不知火も今回の任務でそこそこ戦果稼げたしさ、久し振りに二人で酒保へ遊びに行かない?」
「休日だからと言って怠惰を晒して良いと言う理由にはならないでしょ、私は次の任務に備えて湾内演習に参加するわ」
鎮守府に所属する特務士官とその指揮下の艦娘部隊が近海を警備する護衛艦に乗艦し、海域に進入してきた深海棲艦を撃退もしくは撃破を行う任務は一週間ほど護衛艦内で鎮守府と比べると少々不自由な生活をする事になるが艦娘達にとって酒保で使えるコインを稼ぐには割の良い手頃な仕事となっている。
その任務を終えて一週間ぶりに海水ではなく真水で沸かした風呂を堪能している陽炎は自分と同じであるはずの頭の固い妹の平常運転な姿に苦笑した。
「ふぅん、不知火がそう言うんだったら仕方ないわね~、そう言えば酒保カフェの期間限定プリンは明日までだったかしらぁ?
任務続きで食べに行けなかったけど今回も凄く美味しいって話だし、お昼には売り切れちゃうんじゃないかな~」
そして、両手を風呂の縁にかけて顎をその上に乗せた陽炎は少しだけ悪戯っぽさを混ぜた笑みを浮かべてまるで今、偶然に思い出したかの様にあらかじめ仕入れておいた情報を真面目さを体現する澄まし顔の不知火へと明かす。
「まっ、朝っぱらから演習に行っちゃうアンタには関係ないかもしれないけどぉ?」
「・・・演習の申し込みは午後からにするわ」
短くそう言ってから不知火は陽炎から顔を背けてシャワーを手にお湯で泡だらけの髪を洗い流し始め、お湯の雨の中に少し恥ずかしそうにしている表情を隠した。
その返事に頭にドが付くほどストイックな性格ではある妹が実は甘い物をそれなり以上に好んでいる事を知る姉は思惑通りに話が着いた事に満足する。
「んじゃ、決定ねっ、ついでに服なんかも見に行きましょ♪ 不知火も休日まで制服着てるんじゃ肩が凝って仕方ないでしょ」
「前から言っているけれど私にはそんな物が必要とは思えない、服なんて支給品で十分よ」
身体と髪を洗い終わりシャワーを止め、ひたひたと濡れたタイル床を歩いてきた不知火が陽炎がオレンジ色の髪を浸している横へとその細身を滑り込ませて風呂の縁へと背中を預けた。
「・・・ふ~ん、ならスペシャル伊良湖クリームプリンアラモードは自分で注文しなさいよ?」
「くっ、そんな奇妙な名前を人前で言えなどと・・・卑怯な真似を・・・」
人生の全てを戦闘方面に全振りしようとする不知火、その目覚めてからもう二年になるのに未だに支給品の制服と寝間着や地味な下着類しか入っていないと言う妹艦娘の衣類棚を明日こそは改善する。
そう決意した陽炎は爽やかな笑みを浮かべて再び身体を湯の中で反転させて鎮守府で一番付き合いの長い妹と並んで湯の温かさに身を任せた。
「ありゃっ、谷風達が一番風呂だと思ってたんだけどねぇ~」
そんな陽炎型の長女と次女が明日の予定を組んだ直後、脱衣所と浴室を区切る入り口がカラカラと軽い音を立てながら開き数人の人影が室内へと入ってくる。
「いらっしゃい~、あら、なになに十七駆が勢揃いじゃないの」
ドングリ眼を瞬かせた少女が栗毛のショートヘアを揺らし、その後ろから陽炎にとって同型の姉妹艦である三人が顔を覗かせた。
「二人ともお帰りなさい、警備任務お疲れさまでした」
「帰って来た言うてたんに食堂で見んかったけぇ、先に風呂入っとたんじゃねぇ」
鮮やか青色と片目を隠す金属質な光沢の銀色と言う人間の毛髪としてはまず自然には発色しないであろう色彩が並び、浦風と浜風が一足先に湯浴みをしている二人の姉達に挨拶する。
「ふふっ、見たところ怪我も無く無事に任務を終えたようだ、まぁ、近海のはぐれ艦を狩るだけならば私とてそつなく熟すだろうがな」
そして、最後に入ってきた不敵な笑みを浮かべ腰まで届く黒髪を揺らす凛とした顔立ちの乙女が閉まるドアを背に陽炎と不知火に向けて堂々と胸を張った。
「磯風ぇ、そう言うセリフは単位を全部取り終えてから言いなって、アタシ達の中で出撃許可が出てないのもう磯風だけだよ?」
「この前のテストにも右書きで答えを書いて赤点を取るなんて恥ずかしい事をしたんですから、貴女はもう少しその尊大な態度を自重するべきです」
直後に谷風と浜風から苦言を呈された陽炎型十二番艦は優美な眉をハの字に下げて少し情けない顔を見せたが、自分を見ている陽炎と不知火の視線に小さく咳払いしてから再び根拠の無い自信に溢れた表情を取り戻す。
「あれ、あんた達もう出撃許可出たの? 浜風は聞いてたけど、谷風と浦風はまだ帰ってきて半年も経ってないのに早いわねぇ」
先に鎮守府へと戻っていた浜風は一年ほどの時間をかけて単位を履修していた事を陽炎は知っているが、春先に日本海で確認された限定海域から救出された谷風と浦風の二人に関しては治療やリハビリの期間を含めても必要な学習と単位を得ることが出来るとは思えない。
「にひひっ、まぁ、谷風さんにかかれば演習も座学もちょちょいのちょいさ♪」
「いえ、今は舞鶴基地への派遣や復興支援任務で鎮守府の艦娘が極端に減ってしまっているので実働できる頭数を増やしたい司令部による暫定的な処置だそうです」
快活に子供っぽい笑顔を浮かべて誇らしげに鼻の下を擦っていた気風の良い少女の指が真横から告げられた冷静で詳細な補足によってくにゃりと曲がり、谷風と同じく司令部から
「ウチらから配属先の申請も出せんから、司令部の要請があるまでは今まで通り授業と演習じゃね」
「ふっふっふ、ハッキリしているのはどのような指揮官の下でもこの磯風が武勲艦となるのは間違いない事だ!」
「だから、そう言うセリフは出撃許可もらってから言いなよ・・・ホント何だってんだいその偉そうな態度はぁ」
和気あいあいと洗い場に並ぶ十七駆逐隊の姿に楽しそうで何よりだと微笑んだ陽炎型の長女はふと四人の中で唯一正式な出撃許可を得ているはずの妹へと顔を向けた。
「そう言えば浜風はもうどっかの指揮官に指名を貰ってるって言ってなかった? 結局どこの艦隊に申請出すのよ?」
陽炎の言葉に蛇口を捻り入浴の準備をしていた少女達のホンワカしていた空気が固まり、銀髪の少女がビクリと身体を硬直させ目の前の鏡に口を一文字に結び嫌な事を思い出したのか苦虫を噛み潰したような表情を映す。
その硬直した浜風へと皿の様に目を丸くした三人分の視線が刺さり、風呂場に備え付けられているボディソープやシャンプーの瓶を手にしたまま今初めて聞いた情報に驚きを隠せていないと顔に書いてある妹達が静止する姿。
その様子に何かまずい事を言ってしまったかと陽炎は困惑に頬を強張らせ、その隣で姉の軽挙に呆れて眉を顰めた不知火が少し姿勢を落として湯船の中に顔の下半分を沈めてぷくぷくと泡を吹く。
「浜風・・・それは本当なのか? おい、何故黙っている」
「出撃許可貰ったって日にも言ってなかったってのに、そりゃどう言うこったい?」
「二人ともやめーや、これはウチらがどうこう言う事違うじゃろ・・・けど、何で言うてくれんかったんじゃ?」
汗か湯気かどちらかは分からないが水滴を肌から滴らせ浜風が恐る恐る後ろを振り向けば自分を囲う裸の姉妹が興味津々で見つめており、あまりその事を言いたくない様子の陽炎型十三番艦は口元を引きつらせる。
「いや、その・・・少し前まではそうだったと言うか・・・申請を出す直前に指名が取り消しになってしまって言えなくなったと言うか・・・」
「取り消し・・・指揮官からの指名が?」
非常に言い辛そうに告げ風呂イスの上で身を縮めて人差し指同士を突き合わせる浜風の少し哀愁を漂わせる姿にその場にいた全員が同時に首を傾げる。
「結局、誰に指名を貰ったのよ? 浜風の方も絶対に申請出す約束したってはしゃいでたじゃない、それを取り消しって穏やかじゃないわね」
「ええ、艦娘と指揮官、お互いの同意があるなら司令部もそれなりの理由がない限りはおいそれと申請を却下する事は出来ない取り決めになっているはずよ」
もし司令部が妹の意志を意味無く蔑ろにするような判断を下した可能性があるなら明日にでも話をしに行かねばならないと陽炎と不知火は顔を合わせて頷きその瞳に力を入れた。
「ぅ・・・その・・・指名をもらったのは、中村提督にですっ」
自分を艦隊員に指名したと言う指揮官の名前を言葉にするだけで精一杯と言った具合に浜風は恥ずかしそうに朱に染めた顔を伏せて両手で恥じらう表情を隠して更に身を縮める。
「あ、あぁ・・・、取り消しってそう言う・・・」
「確かに今の中村司令の状態ならそれも無理はない話ね・・・」
今は違う艦隊であるが自分達にとって初めての指揮官であった男の顔と今の彼を取り巻く事情を脳裏に思い浮かべた陽炎と不知火は張っていた気を吐き出して湯の中で脱力する。
「な、なっ! 中村だと! 限定海域の攻略や鬼級深海棲艦の討伐を成功させたあの中村司令の事か!?」
「かぁーっ、浜風、なんて大物に声かけられてんだい!」
「んっ・・・? でも、中村さんちーたら左遷されて・・・ぁっ」
自分の姉妹艦が艦娘内で有名な司令官から指名を受けていたと言う情報に興奮していた磯風と谷風が直後に浦風の小さく呻くような呟きで我に返り、目の前で小さくなっている浜風の事情を察して気まずそうに顔を反らす。
件の中村と言う男が先の大規模作戦で自衛隊の上層部から降りてきた命令に反抗したと言う話は鎮守府でもそれなりに広まっている。
その命令違反のお陰で多くの艦娘が本土に戻り、限定海域の主であった怪物を討つ事に繋がったのだが話がそこで終わる筈もなく。
作戦自体はこれ以上ないほど最良の結果で終わったとしても一部隊の指揮官に面目を潰された上層部は彼へと今までの功績による昇進と同時に新たな任務として本州から遠く遠く南の海に浮かぶ強制的な避難指示によって無人と化した小笠原諸島周辺の敵勢力調査を叩き付けた。
その任務に赴く際に彼へと同行が許可された艦娘は僅か四人、それ以外で彼の指揮下にいた艦娘達は不本意を露わにしながらも司令部からの異動命令にしぶしぶ従う事となり、その時点では彼の艦隊に配属申請をしていなかった浜風は特定の指揮官の下についていない宙ぶらりんな艦娘へと仲間入りを果たした。
「いや、しかし、なぜ浜風だけなのだ! 浜風が呼ばれるなら私にも、かの中村司令から声がかかっても良いはず!」
浜風と同時期に限定海域から救出されたが霊核から再生するのが二ヶ月ほど遅れた磯風は動揺を隠すようにわざとらしく顔を顰めて憤慨しながら肩まで怒らせて身体全体で不満を評する。
元から凛とした勇ましさを感じさせる整った顔立ちである為に身なりを整えた恰好であるならその磯風の態度も様にもなったのだろうが、ここは浴場であり全裸に肩からボディタオルを掛けただけの状態ではいくら胸を張ろうとどこかマヌケさが漂う。
「かぁあーっ! だからそう言うセリフはちゃんと出撃許可を貰ってから言いなよっ!」
「何を言う! 私は既に湾内演習と実地訓練の全て修めている! そう、この磯風は今すぐにであろうと実戦に出られるのだ!」
「ホントに訓練と演習だけは大口の通りに負け無しじゃけぇ、これでもうちびっと遠慮っちゅうもんを知っとったらなぁ~」
周りでコントの様に騒ぐ仲間達の声と姿の面白さのおかげか、身を縮めていた浜風は顔を上げてふっと柔らかく微笑む事ができた。
そんな時、脱衣場の方から数人の艦娘達の話し声が聞こえ磨硝子の引き戸に人影が映る。
それに気付き後から来る艦娘達に洗い場を譲る為にも四人娘達は話に区切りをつけ、それぞれが手の上で泡を立てて身体を洗いだした。
・・・
風呂から立ち上った湯気が天井で滴になりポタポタと湯船に落ち、そこかしこから身体を洗う水音や手桶の音が聞こえる艦娘寮の浴場で湯に浸かった陽炎型駆逐艦の姉妹が円陣を作っている。
「でだ、結局のところ何で私ではなく浜風に中村司令は声を掛けたのか、だっ!」
「いい加減しつこいよ、そんなの磯風が単位取れてなかっただけだって」
湯船の中に肩まで浸かり座っている磯風がそんな疑問提起を起こしたが直後に谷風からツッコミをくらい口を不機嫌そうに尖らせた。
「だが先ほどの話が確かならその時はまだ浜風も単位取得は不十分だったはずだ、違うか?」
「ええ、確かにその時の私はまだ出撃許可の基準には達していませんでした・・・ありがたい事ではあったのですが、なぜ提督から声を掛けて戴けたのかは分からないんです」
自分もそれを疑問に思っていたのだと頷きを返した浜風に我が意を得たりと大仰に頷く磯風の姿に姉妹達はまたこの無意味に偉そうな艦娘が禄でもない早合点でもしたかと警戒する。
「だが、その時点で浜風は中村司令の眼鏡にかなう何かがあったと言う事だ」
「はぁ? なんじゃ、磯風はそれが何か分かっちょるんか?」
「無論だ。私が浜風と比べて劣る部分などほぼ無いと断言できる。だが一部分だけは素直に敗北を認めなければならない、そして、それこそが不本意にも私が選ばれず浜風が選ばれた最大の理由なのだ」
その大言通りに戦闘に関係する授業や実技に関しては目覚ましい成績を修めている磯風は艦娘として戦場で求められる役割を十分に果たせるであろう事は彼女の教師をやっている研究室の面々や鎮守府の司令部も認めるところである。
もっともそれは磯風が現代国語と一部の社会科、そして、家庭科全般で失態と赤点を量産する事に見ない振りを出来るのならば、だが。
その戦闘方向へと思考回路が吹っ切れている駆逐艦娘はよっぽど自論に自信があるらしく不敵な笑みを浮かべ浜風へとにじり寄り、困惑する銀髪の姉妹の身体へと手を伸ばす。
「つまり私よりも浜風が司令に選ばれる要素とはっ! この重巡洋艦もかくやと言わんばかりの胸部装甲に他ならない!」
浜風の胸元で湯船の波に揺れる双球を両手で掴んだ磯風の指が柔らかい白い肌へむにりと食い込み、姉妹とは言え他人に乙女の証を鷲掴みにされた少女は数秒の思考停止から急激に下から上へと血を登らせて顔を真っ赤に染める。
「なっ、な、何を馬鹿な事を言うんですかっ!! 磯風、貴女は提督を侮辱しているの!?」
「侮辱などではない、古来より英傑色を好むと言うではないか、かの指揮官が噂通りの男ならばそれも無理はない話ではないだろう」
「それが失礼と言うんですよ!!」
顔を真っ赤にして姉の手を払いのけ立ち上がり叫ぶ浜風の姿に壁に並ぶ蛇口の前で身体を洗っている艦娘達が目を丸くして浴槽に立ち上がり豊かな胸を揺らす駆逐艦へと顔を向ける。
胸を揉まれたと言う羞恥以上に自分の
それを見た浴槽の縁に座って身体の熱を冷ましている陽炎は浜風がその提督に対してそれなり、いや、かなり高い好感を抱いている事を察する。
だが、陽炎型の長女は他人の恋心を突っついて遊ぶ趣味は無いのであえてそれを指摘するような野暮はしない事にした。
「いえ、それは無いわね」
「むっ、私が間違っているとでも言うのか? それ以外に私よりも浜風が・・・ぅ・・・」
それまで黙っていた不知火が呆れを滲ませる口調で断言し、指摘を受けた磯風がムッと顔を顰め口を開こうとするが軽く十数分は湯に浸かっているのに顔色一つ変えていない姉の無表情と鋭い視線の威圧感に口を閉じる。
「あの人は淑やかな立ち振舞いで慎ましやかな身体付き、そして、桃色の髪が似合う同年代の和やかな顔立ちの美人を好まれています」
クレイドルから目覚めたばかりの頃は軍人に華美な装飾は不要と言っていた不知火がある日、中村にその桃髪を褒められて以来、たまに酒保で良質なシャンプーや小奇麗な髪飾りを買ったりしている。
他人の恋心を突いて遊ぶ趣味は無い陽炎であるが小さな髪止めを変えた事を相手の前で少ししつこいくらいな無言のアピールをするなら可愛い服などのもっと分かり易いオシャレに気を使えと言いたい。
中村の急な異動のせいはあるが
「少なくとも浜風は容姿性格に関しては中村司令の好みには当てはまらないわ」
断定する様な言い方だがあくまでその評価は不知火の主観であり、実は一部に彼女の願望も混じっている為に信憑性は有って無いものだがそれを知らない浜風は面白い様に狼狽えた。
「えっ、ぇっ!? ・・・いや、そ、そんな事は、今の時代は胸が大きい女の人が好きな男性は多いと聞きますし、若い方が、そのいろいろ・・・それに銀色の髪も悪くないのでは、と・・・」
「だからこそ、司令が浜風を指名したと言う理由は別に存在しているわ」
周りの視線から逃れるように湯船に戻って座り込みさっきとは違う意味で顔を赤くしている浜風がモジモジしながら姉の指摘に言い訳じみた反論を蚊の鳴く様な声でするが不知火はそれを無視して話を続ける。
「別の理由があるって、不知火は何か気付いたの?」
「陽炎も気付いていると思ってたけれど私の気のせいかしら?」
「ん~、確証があるわけじゃないけど・・・たぶん、私達の第二段階の事よね、今は限界突破って言った方が分かり易いかしら」
口元に人差し指を当てて自分の予想を口にする陽炎へと不知火は頷きを返し、突然に出てきた聞きなれない単語にその場にいた艦娘達は小首を傾げた。
「それでね、あくまで中村二佐の前世の世界の話なんだけどさ、アタシ達、陽炎型艦娘は改造を受けて第二段階ってのに進むと異能力を発現させるらしいのよ」
「統計的にであって必ずというわけではないらしいけれど、恐らく何らかの有用な能力を駆逐艦浜風が発現させた前例を知る機会があったのかもしれないわね」
いきなり陽炎型の長女と次女が言い始めた話の内容にますます困惑する艦娘達に構わず二人は話をさらに続け。
中村の艦隊にいた時に彼と交わした雑談の中で異能力持ちの艦娘は戦局を単独でひっくり返す事も出来るなどと眉唾な内容を聞かされた、と驚きで顔をいっぱいにして目の前で横一列になり三角座りをしている妹達へと聞かせる。
「その時にはまだ鎮守府に艦娘の改造なんて技術は無かったけど、とりあえず有望そうな陽炎型艦娘を鍛えてあわよくば能力が発現すれば儲けモノって二佐は考えていたんじゃないかしら?」
何故か、その浜風達の後ろにさっきまで身体を洗っていた艦娘がいつの間にか横に並んで彼女らの話に感心したような顔をして頷いていた。
何となく教壇に立つ教師の気分になりながら陽炎は自称転生者を名乗る士官から聞いた知識を幾つか披露する。
「要するにあの人が浜風を指名したのは容姿云々ではなく将来的な能力を期待しての青田刈りと言う事よ」
「・・・将来的な、私の能力が目的・・・」
話を締めくくる抑揚の無い声と同時に湯船に沈みそうなほど顔を伏せた浜風が身体を震わせ小さな声を漏らす。
言うなれば彼女に知らされた話とは容姿と能力の差はあれど懸想していた相手が自分の身体目当てで近付いてきていたのだ、と教えられた様なものでありまともな人間ならバカにするのも大概にしろと怒り出しても仕方がない状況である。
しかし、表情が見えない為に彼女が何を思っているのか分からない周囲の心配を察したのか谷風と浦風が顔を少しお湯に付けて左右から銀髪の簾の向こうを覗く。
「あぁ・・・提督、アナタは何と言う慧眼を・・・浜風は絶対にその期待に応えて見せます」
自分の胸を両腕で抱きしめて静かに悶える浜風の歓喜に満ちた顔を見た二人はすぐに顔を上げ、何とも言葉にし難い思いを乗せた表情で顔を見合わせ同時にため息を吐いた。
元が船であるためか艦娘の中には人としての容姿を褒められるよりも戦闘技術や艤装を褒められた方が喜ぶ者も少なくない。
極少数ではあるがむしろ自分達の整った容姿に無頓着であったり、自らの女性的な部分への指摘を嫌う場合もある。
そして、顔が美しいと褒められても無反応な艦娘でも装備や能力を褒められると目に見えて機嫌が良くなる。
その艦娘として習性故かはたまた別の理由かは定かではないが浜風は慕っている指揮官に自らのまだ発現していない能力が認められていたと言う一点のみを喜び。
一人の乙女の中で
「ふむ、だが、それなら尚のこと私でも問題ないではないか? 中村司令の言が正しいなら浜風だけではなく陽炎型全員が他の艦娘よりも早く限界突破に辿り着くと言うのだろう?」
湯船の中で腕を組み脚を崩して胡坐をかいた磯風が心底その道理が分からないと言う顔で首を傾げ。
「この磯風ならば限界突破能力、かの吹雪とか言う特型駆逐艦よりも上手く使いなして見せると断言しよう! やはり、私が選ばれない理由にはならんではないかっ」
「って言ってもねぇ・・・、一言で限界突破って言ってもさ、吹雪みたいな時間操作系の能力が発現するとは限らないわけだし?」
自信満々に胸を張りふんぞり返った磯風の長い髪が湯の中でワカメのように揺れ動き、本人は心の底から真面目に言っているのだろうが不思議な可笑しさを誘うその姿に浴室にいる全員が小さく笑いを零す。
「多分、駆逐艦浜風にだけ発現しやすい異能力があって、それを欲しかったんじゃない?」
「そうね、司令の仰っていた話が私達の世界にも当てはまるなら改造を受け第二段階となった艦娘の八割は単純な肉体と武装の強化となるらしいから・・・余程、利用価値の高い力なのだと思うわ」
大袈裟な物言いをする磯風に苦笑する陽炎がそんな風に述べた考察と結論に不知火が同意する。
「でもまぁ、潜水艦を近付いただけで必ず殺す艦娘とか轟沈するほどの致命傷を無かった事にする回復能力とかは流石に嘘だと思うどね~」
「そうかしら、時間に干渉する艦娘が実際に現れたのよ? 私はあの人の話がいくら荒唐無稽なモノでも、もう、あり得ないとは言い切れないわ」
そして、その話の内容に今度はその場にいる艦娘全員が一斉に揃って首を傾げて湯船を揺らした。
「なんだと!? 限界突破とは時間を止める力の事ではないのか!?」
「うわわっ!?」
驚愕に目を見開き水飛沫を激しく立ち上らせながら大きな叫びを広い浴室に響き渡らせる磯風、その彼女ほどでは無いがその話に耳を傾けていた艦娘達も驚きにポカンと口を開いている。
「・・・ええ、そうよ? なんで皆そんなに驚い・・・あっ」
真正面から叫び声とお湯の飛沫を浴びて風呂の縁から尻をズリ落としそうになった陽炎が小さく悲鳴を上げて手を振り回し、何とか湯船の方へと重心を傾けてお湯に落ちる事で背後のタイル床への転倒を回避した。
「・・・そうかこの話ってこの世界ではまだ真偽が分からないからって中村二佐もかなり強く口止めしてたわね」
「少し前に研究室があの子の身体を検査して限界突破のメカニズムへの糸口を見つけたと聞いているけれど、そう言えばあの時点では概念すら無かったもの・・・」
「吹雪なら周りに言いふらしてそうだと思ったけど違ったのかぁ・・・」
そんな大袈裟にも思えるほど驚く仲間達の姿に陽炎は思い出した元司令官からの口止め命令にポンッと手を打つ。
「そう言えば思い出せる限りで第二段階に関する話を他の艦娘から聞いた覚えが無いわね・・・」
そう呟いた不知火も少し意外そうに目を瞬かせ、自分達の話に興味津々と言った様子で湯船から身を乗り出している仲間達の姿に陽炎型の長女は苦笑した。
「取り敢えず、この話の続きはお風呂上がってからにしない? そろそろ私のぼせそうだわ」
注意・この作品での艦娘には霊力の係数が高い相手に対して好感度が上がり易い傾向があります。
その性質を利用して艦娘を指揮下に揃えようとするクズ転生者の見本と、そして、まんまと惑わされた無垢な浜風。
不知火や時津風に関しては気付いたら懐かれていた。
やっぱり大人って汚い。
なお、それをやった馬鹿は指揮下の艦娘をほぼ全員取り上げられて無人島で調査任務と言う名の半サバイバル生活中。
・追伸~
後日、ぬいぬいの衣類棚にちょっとオシャレなパーカーやカバンが加わりました。