艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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南の島で悠々自適なリゾートライフしたい?

周りの海には怪物がうろうろしているし娯楽は週刊誌とかトランプぐらいしか無いよ。

お色気水着で海水浴?

深海棲艦の餌になりたいならどうぞ、ご自由にお楽しみください。
 


第四十七話

 

 ランニングシャツにシワだらけの白いズボンを穿いた男が薄くコーヒーの匂いが漂うテーブルの上に脚を乗せると言う行儀の悪い姿勢で椅子に座っている。

 日本ではもうすぐ冬が来ると言う時期なのに暖かく窓から入ってくる風が空気を揺らめかせる室内で男の顔を隠すように乗せた海上自衛隊所属を記すマークが付けられた軍帽がキイとイスが軋む音と合わせて僅かに揺れていた。

 

「司令官、寝てるんですか?」

「・・・んが、んぁ・・・? ぁあ、いや、起きてるぞ・・・何だ?」

 

 人が住居として生活するには些か狭い長方形のプレハブのドアを開けて肩口で黒髪を揺らす純白のキャミソール姿の少女があどけない顔を覗かせ、雪の結晶を模した刺繍が入った裾をひらひらと揺らしながら室内で惰眠を貪っていた男へと声をかける。

 

「もぉ、こんな所で寝直すならベッドから出なければ良いじゃないですかぁ」

 

 少し呆れを混ぜた表情と声を自らの指揮官である中村へと向ける駆逐艦娘吹雪は素足のまま部屋へと入り開け放たれた窓から吹き込む少し乾いた空気の中を歩く。

 そして、吹雪へと返事をしたのに変わらず頭に帽子を乗せたままだらしない格好をしている青年へと近づき駆逐艦娘は白い指揮官の証を取る。

 

「くぁ、ふぁぁ・・・あのなぁ、この熱い中で布団なんか被ってたらミイラになっちまうだろ・・・お前が名前通りに冷たいなら別だけどな?」

「あ、そう言う事言っちゃうんですか? 昨日は・・・義男さんから・・・・・たのに?

 

 日除けを取られて欠伸する中村の暑さへの不満を示す手で顔を扇ぐ仕草に一瞬だけムッと口元を山にした少女は男の耳元に口を近づけて吐息を吹きかけるように囁く。

 とある事情からプライベートでは司令官呼びでは無く中村の名を呼ぶようになった吹雪からの迂闊さを指摘する言葉にばつの悪そうな顔になった青年は軽く自らの髪を混ぜるように掻いて足をテーブルから下ろし小さく溜息を吐く。

 

「分かった、分かった、降参だ、勝手に抜け出して悪かったよ、なんだ朝っぱらから俺をからかって楽しいか?」

「ふふっ、私、司令とお話するの好きですから、起きるなら一緒に起きます、気を使ってくれなくていいですよ」

 

 椅子の上で猫背になった中村は胡乱気な視線を返し、自分の肩に手をかけて少しもたれてくる薄布一枚だけ隔てられた少女の身体の温度に慣れ無い様子で身じろぐ。

 そんな指揮官の姿に小さく微笑む吹雪の左目、反射の具合で普通の人間には有り得ない黒い瞳孔に重なる花びらを象る菱形が薄く朝の光の中できらめく。

 

「あれ? 司令官、コーヒーの在庫ってまだあったんですか?」

「ん、飲むか?」

 

 さっきまで中村の足が乗っていたテーブルの上で温くなった焦げ茶色の液体が入ったコップ、それを手に取った彼は小首を傾げる吹雪へと差し出した。

 

「ぅえ・・・、なんですかこれ? 味がすごく薄いですよ~」

「やっぱりかぁ、わかっちゃいるけどインスタントの三度出しは無理だよなぁ・・・まっずい湯にしかならねぇな」

 

 差し出されたコップを受け取り一口含んだ吹雪が驚きに目を見開き、コミカルな表情と反応を見せる少女の姿に中村は乾いた笑いを浮かべながら室内に置かれている簡易流し台の上、三度の湯煎を経て無味な出涸らしと化したインスタントコーヒーのパックへと視線を向ける。

 

「・・・今日の補給でコーヒー来るといいですね、司令官」

「どうせインスタントだろうがな、いい加減に酒と煙草以外の嗜好品を安定供給してもらいたいもんだ、菓子やコーヒーとかの方が安上がりだろうに」

 

 ことり、と中村から渡されたコップをテーブルに置き、吹雪は自然な動きで指揮官の膝の上に横座りして彼と向かい合う。

 

「ふふっ、司令はタバコを吸わないですし、お酒も飲めませんからね」

「煙草はともかく酒は飲めないわけじゃない、弱いだけだ」

「同じじゃないんですか、それって? ・・・っと」

 

 肩から胸に移動した少女の温度と膝の上に乗った重さに押されて士官の帽子を奪われた青年は無精ひげがまばらに見える顎を引いて背もたれを軋ませる。

 

「おっと、なんだ吹雪?」

「司令官・・・んぅっ♪」

 

 カーテンすら無いガラス窓の外で団扇の様に大きなシダ植物の葉が風に揺れ、日陰になっている室内へと僅かな硫黄の臭いと爽やかな緑の香りを届けた。

 

「は・・・ぁ、んっ、口直し、どうでした?」

「ん、・・・うっすいインスタントとは比べモノにならない事は確かだな」

「だったら比べないでくださいよぉ」

 

 数秒後、少し熱っぽい吐息を吐いて吹雪が上目遣いに中村の顔を見上げ、微笑む素朴な顔立ちの中に見える女性らしさに指揮官は苦笑を返し、ころころ鈴の様な笑いを漏らす少女の手から帽子を取り返した。

 

「さて、吹雪のおかげで目も冴えたし、今日も仕事だ、仕事っ!」

 

 吹雪の肩を軽く叩いて膝の上から立たせ、中村は気怠さを振り払って彼女の横へと立ち上がる。

 

「はい、司令官っ♪ おはようございます!」

「おう、吹雪、おはよう」

 

 そして、中村は少女の頭に手を伸ばし無遠慮な動作でその黒髪を混ぜる様に撫で、吹雪が身に着けているキャミソールの裾の下で肌色の曲線が陰影を揺らめかせた。

 

・・・

 

 西暦は2015年の11月20日、本日晴天なれど南西よりの風強く海波高し。

 

 小笠原諸島の南端に位置する硫黄島でかつて海上自衛隊が管理していた航空基地の一角から俺こと、中村義男はガムテープで補修された窓から見える青く波打つ海を眺めノートパソコンを無為に突き小さく硬い音を立てる。

 

「天高く澄み渡り、草原は風に揺れ、世は須らく事も無し・・・てか?」

 

 日本海に出現した深海棲艦の大勢力と限定海域に対する三月から始まり四月の半ばに終わりを迎えた大規模作戦に艦娘の指揮官の一人として参加した時、その事後処理の結果として今の俺はこんな僻地での任務を強いられている。

 

 大規模作戦中に鎮守府の研究員の肝煎りで用意された新型重雷装装備(装備一式数千万円)を咄嗟の判断とは言え敵に向かって叩き付けて全て自爆させた事に始まり。

 俺が主導して立てたと言う事になっている防衛作戦での被害など、他の指揮官や艦娘の負傷、護衛艦二隻の損傷や乗組員の負傷に関する問題が作戦終了後にあふれ出した。

 そこに来て司令部が絶対に動かすなと口煩く喚いていた戦艦娘長門を俺が秘密裏に勝手に出撃させた事で自衛隊の上層部と外務省の官僚を怒らせ。

 そして、その作戦中に起きた大まかな物から細かい物まで数えきれない賞罰が俺にまとめて押しつけられた。

 

 文句が無いと言えば嘘になるし、全部が全部俺のせいでは無いと言う事は現場の人間はもちろん司令部だって承知のはずだが、それでもサラリーマン数十人分の生涯年収を軽く越えた被害総額に責任者不在とは行かないのが社会の仕組みである。

 申し訳程度に階級と給料が上がったが、指揮下にいた十数人の艦娘による艦隊は解散させられた上にたった数年で深海棲艦の遊び場と化していた南の島に戦闘部隊司令官と基地司令兼任と言う名前だけ立派な役職を一方的に渡されここへと送り込まれる事になった。

 

 昇進してからここへと送り込まれて半年、銀行口座から一銭たりとも引き出せていないのだから軽く二百万円は振り込まれているだろうがネットショッピングどころか私用の通信すら制限されている今の環境では触れない札束より絵に描いた餅の方がマシだと思えてくる。

 

「何いきなり変な事言いだして、ふざけてるの?」

 

 隣の机で椅子に座って書類の処理をしている五十鈴が藪睨みする様な視線をこちらに向け、揺れる長い黒髪からほのかに漂ってくる爽やかな石鹸の香りが鼻をくすぐる。

 

「いや、平和なのは良い事だなと、な?」

 

 日本の南方にある諸島での調査任務と言う名の懲罰人事的な任務ももう半年、始めこそは島影や海中に住み着いていた深海棲艦との血で血を洗う激戦をたった一隻の護衛艦に寝泊まりしながら行うと言う拷問の日々だった。

 おまけにその護衛艦の乗員はかつて艦娘否定派だった海自基地の最高司令官の指示によって鎮守府で行われた妨害工作を馬鹿正直に実行した者達であり、しかも、その護衛艦の艦長は否定派の主犯であった海将補の取り巻きをやっていた上級士官。

 

 とは言え、怪物が蠢く海で俺とその指揮下にいる四人の艦娘だけが自分達の命綱である事を僅か数日で嫌と言うほど思い知った彼等がこちらにあからさまな敵意を向ける事は無く、どちらかと言うと協力的な態度で媚びを売ったりしてくる者が大半を占め、それ以外は恐れからくる消極的な接触ぐらいなものだった。

 

「呑気なもんね・・・そんなんだから重役出勤も平気でやるのかしら?」

「ちょっと遅れただけだろ、それにここらにいた深海棲艦は全部追い払うか撃沈したんだ、もう急な出撃に備えて無駄に睡眠時間削る必要は無いんだ」

 

 南方諸島の島々の周りから敵艦を追い払い打ち倒し、転々と島を渡り歩き二ヶ月続いた戦いの日々は今俺達が拠点としている硫黄島を根城にしていた戦艦級の深海棲艦であるタ級フラッグシップを討ち取った事で一応の終結に至る。

 現在でも南方海域全体を見れば駆逐艦級や軽巡級が遠巻きにちらほらと浮いたり沈んだりしながらうろついているが、自分達を上回る艦級を倒せるほど強力な存在がこの島に居ると学習したのか無暗に近づいて来る深海棲艦の数は俺達が此処に上陸した時期と比べると雲泥の差ほどに減っていた。

 

「それに五十鈴も設置を頑張ってくれた諸島全域の対深海棲艦用のセンサーのお陰で敵が来たら観測所から連絡が来る様になった、だから今が戦闘待機中ったって、そんなにピリピリする必要ないだろ?」

 

 それはともかく今朝、顔を見てから露骨に機嫌が悪い五十鈴へと苦笑を向けた俺は肩を竦めておどけてみたが、返事代わりに三白眼になった視線に横目で睨まれ自然と頬が引き攣ってしまう。

 

 朝の二度寝が原因だったのか別の場所で作業がある吹雪と分かれ十分少々遅れて俺は今日の仕事をこなす為に事務机の前に着く事になった。

 いつ敵が襲撃してきても良いように自分の傍に出撃待機担当の艦娘を置かねばならない重要性はこの半年で嫌と言うほど思い知ったが、しかし、状況が変わればそれに合わせて柔軟に対応を変えていく必要があるのはあらゆる仕事に共通している事だろう。

 それでも俺よりも先に事務所兼待機所として使っている長方形のプレハブで待っていた軽巡の機嫌は朝から悪く、いつもよりも妙に近い距離でこれ見よがしに書類を翻してペンを走らせている。

 しかも、資料作りなら俺と同じように彼女にも専用のパソコンが用意されているのだが今日の五十鈴はインクと紙を使う事に拘りを持っているのか一向にキーボードに触ろうとしない。

 

(威圧感が半端ねぇ、それにしても何でだ? いつもならここら辺で五十鈴が呆れて空気が変わるはずだろ・・・? 今日はやけにしつこいな・・・)

 

 別に五十鈴がパソコンを使えないわけでは無い、むしろ普段は日報や戦闘記録のまとめなど雑多な情報集積などの時には積極的に利用している。

 

 この任務に就く際に渡されたパソコンを前に複雑そうな表情で口元を~にしていた五十鈴にそれが使えないなら手取り足取り教えてやろうかなどと俺は揶揄った事がある。

 その安い挑発の直後に眉を顰めた五十鈴はブラインドタッチで文書作成を行い、更に企業のプレゼンにも使える様なスライドショーを作り、おまけとばかりにC言語で簡易プログラムまで書いて見せると言う才女ぶりを俺に見せつけた。

 しかも、その技術を得た方法がパソコンを操作している俺の様子を後ろから見ていたとか、図書室に置いてある簡単なガイドブックやPC本体の説明書を読んだだけと言うのだから脱帽する他無い。

 

 それはともかく、そこまで巧みにパソコンを操作出来る五十鈴が紙の資料を作る事を止めない場合とは経験測だが、俺のせいで機嫌が悪いのだと彼女が態度で示している時に良くある行動なのだった。

 しかし、さし当たって俺にはその原因に心当たりが無い。

 

「で、アナタはいつまでサボってるつもりかしら? さっきから指の音がコツコツ五月蠅くて気が散るんだけど」

「書き終わったから今は誤字が無いか確認してるんだよ、サボってるわけじゃない」

 

 そんな不機嫌な五十鈴の手で紙の上を踊っているのは一年前に彼女の原型であった軽巡洋艦の進水日を軽く祝うつもりで贈った万年筆、本当の所は事ある事にプロアスリート並のトレーニング(陸上訓練)に俺を巻き込もうとする旧海軍精神を受け継ぐ艦娘陸上部の一員である五十鈴に恩を売って訓練を回避したいと言う思いを込めたプレゼント(賄賂)だった。

 銀メッキの鈴なり葡萄の彫刻が施された万年筆を手渡した際には五十鈴の機嫌が目に見えて良くなり、その笑顔に自分の思惑が上手く行ったかと期待したのだが。

 

 まだまだ山本提督達の足下にも及ばないひよっこ指揮官だけれど貴方が一人前になれるように私が専属で鍛えてあげる、この五十鈴に任せなさい。

 

 その新品の万年筆を手に胸を張った長良型次女の勝気に輝く笑顔と言葉に俺は愕然とする事になった。

 

 その日以来、出会った当初は不愛想に俺が指揮官として相応しいか訝しんでいた五十鈴が笑顔を見せる事も多くなったがそれに比例して俺の精神と肉体を過剰訓練で(イジメ抜いて)改造しようとする様になってしまい。

 さらにそのプレゼント作戦を見ていた指揮下の艦娘達が自分の進水日が近づくと俺の方へとチラチラと露骨なアピールでおねだりを始め、それがいつの間にか鎮守府の艦娘全体に広がり俺以外の指揮官まで彼女達の進水日のプレゼント選びに悩む原因となってしまった。

 

 それはともかく、万年筆と言っても五十鈴に贈ったのは何万もする高価な物では無くデパートに行けば六千円ぐらいで買えるインクの入ったプラスチックカートリッジを交換する簡易型だが渡した側としても大事に使ってくれている事には悪い気はしない。

 悪い気はしないがそれを手に現在進行形で形の良い眉を顰めツリ目気味の目を更に尖らせ、いかにも自分は不機嫌ですと紹介している様な顰めっ面で真横に座られていると俺の胃の辺りがグリグリと抓られる様な痛みを訴えてくるのだ。

 

「それに、もう後は定期便が来る知らせを待つぐらいだからな、出撃も無い日の報告書なんて代わり映えしないモンになるだろうし・・・」

「ふ~ん・・・ねぇ、今日の天気は曇りで朝から今までの風向きは北北西よ、・・・それにここからここまで一昨日の日誌と同じ内容をそのまま使ってるじゃない、やっぱりアナタふざけてるわね?」

 

 急に隣の席から身を乗り出してきた五十鈴が俺の肩に腕を掛け、俺の使っているノートパソコンの画面を覗き込んで細く滑らかな指でモニターに開いている文章をなぞり、適当な内容ではあるがそれなりに文章量がある筈の中から目敏く俺が書いた報告書の不備を指摘する。

 

「ぁ~、そうだったか? 一昨日も出撃が無かったから似たようになっただけだろ? ・・・ぅっぉ!? くぇっ?」

 

 顔と視線を明後日の方向へと逃がそうとした俺の首が五十鈴の二の腕で締められて固定され、柔らかいが強く圧迫してくる細腕の力に息が止まりかけた。

 

「まだ昼前なのに夜の内容まで書いておいてその太々しさ、本当にだらけ切ってるわ・・・、これは五十鈴が叩き直してあげないといけないでしょ? そうじゃないかしら、提督?」

 

 体格差や10cmほど差がある身長により椅子に座っているとは言え普通の男女としての力関係なら俺の方に軍配が上がるはずなのだが、その常識は相手が艦娘であった場合には当てはまらず真横へと引き寄せられた身体は成す術なく五十鈴と密着する。

 首に絡まる五十鈴の腕の力は加減されている為か苦しいが息は出来る、だが暴れても逃れる事は出来きない程度にはこちらの首を捕えて離さない絶妙な拘束を行い至近距離から上目遣いに鋭い視線を突き刺してくる彼女に向かって俺は少し引きつった笑顔を返した。

 

「い、いや、細かい天気とか風向きとか飾り文みたいなもんで、・・・って言うか、こんな日報なんて提出したって誰も読まずに資料室の棚に行くだけだぞ、い、今の時代はそうなんだぜ?」

 

 布越しに腕に当たる柔らかい感触にドギマギしながら宣った俺の言い訳に耳を傾けた五十鈴は少しの間だけ目を閉じ、その内容を吟味したのか眉間の皺を解き鋭さを抜いた碧い目を開いてにっこりと魅力的に笑う。

 

「ふふふっ、アナタの言い訳はそれだけで良いのかしら?」

「え、いや、これは・・・だな」

 

 とっても良い笑顔でそれだけ言った五十鈴の声を合図に俺の首にかかっている腕の力が強まり、椅子から立ち上がった彼女の動きにあわせて引っ張られた俺の身体も椅子から立たされ。

 イスから引っ立てられつんのめりそうになったと同時に首が解放され滑る様な足さばきで俺の真横に付いた五十鈴の腕が絡みつくようにこちらの腕を取り抵抗しなけ(抵抗したら)れば痛みは(すごく痛い)無いと言う巧みな拘束を披露してくれやがる。

 

「性根だけでじゃなく身体も鈍ってるようね、五十鈴がみっちりと相手をしてあげるわ、ありがたく思いながら付き合いなさい!」

「え、いや・・・それは・・・」

「あら、他に何か言い残した事でもあるのかしら?」

 

 にっこりと微笑んでいるのに底冷えする様な恐怖を突き付けてくる碧い瞳に見つめられ俺は、一に根性、二に根性、三四が体力、五に根性と言う昭和初期の精神論と超回復と筋肉の効率的な破壊を推奨する近代スポーツ科学が奇跡(悪夢)の融合を果たした長良型軽巡式陸上訓練(拷問法)から逃れる事が出来ないと悟った。

 

「・・・お、お手柔らかに頼む、お願いだから・・・」

「それはアナタ次第よ・・・提督♪」

 

 まるで這う蛇の様に滑らかな動きで首から腕に移動した五十鈴の腕が俺の身体ごと引きずるように事務所として使っているプレハブから引っ張り出して、緑の匂いに満ちた外へと連行されていく。

 

「だって、・・・私の番を抜かしてあの子(吹雪)を可愛がるぐらいには体力を持て余してるんでしょ?」

「番? 順番ってなんの・・・? ぁっ・・・」

 

 雲の合間から差し込む日の光の下、底冷えのする微笑みでこちらを見つめてくる軽巡が不意に耳元に口を近づけて吹き込んできた意味深な言葉でやっと俺は五十鈴の機嫌が朝っぱらから悪かった理由に気付いた。

 と言うか、あれに順番の取り決めがあったのかと驚くしかない、そんな俺の心情にお構いなしに狩人に捕まった獲物となってしまったこの身は五十鈴の手で引き摺られていく。

 

 運の良い事(幸か不幸か)に冬が間近であるのに薄着でも過ごし易い南国の気温と適度に曇っている空のおかげで熱中症になる事だけは無さそうだった。

 

・・・

 

「待機所にいないと思ったら五十鈴さんと提督は陸上訓練をしていたんですね」

「ええ、余りにもこの人がだらしないから活を入れる為に仕方なくね」

 

 硫黄島飛行場跡地に建つ屋根に無数の穴が開いた空っぽの格納庫の前、そこへと近寄ってきた空母艦娘の鳳翔へと格納庫の扉に背を預けて立っている五十鈴がタオルで額の汗を拭きながら返事を返して地面に座り込んで肩で息をしている乱れたランニングシャツに作業着らしい長ズボンを穿いた無精ひげの男を見下ろす。

 

「あらあら、大丈夫ですか、提督? もうすぐ定期便の輸送艦が到着するようですよ」

「あ、ああ・・・ちょっと待ってくれ、と言うか、補給、物資の受取は鳳翔に任せる、・・・今、動けん、どうせ港の連中とは、別に分けられてるだろうから、頼む・・・はぁ、ふぅ」

 

 中村とて過剰とも言える自衛隊士官としての訓練を耐えてきた人間の一人として体力的ではそこらの一般人には負けないと言う自負はある。

 だが、一流アスリートの身体能力を良い所取りして平均化したような肉体を生まれ持つ艦娘と比べると勝てる部分はあれど負ける部分の方が圧倒的に多いのは仕方がない話だった。

 

 そんな艦娘の中でも常日頃から鍛錬を欠かさない五十鈴に一対一で訓練と言う名のシゴキを受けた中村は基地が放棄されてから数年の整備不足、そして、深海棲艦の戦艦級と彼の指揮下の艦娘が放った流れ弾で穴が開きひび割れた元は滑走路だった場所に今にも背中から倒れ込みそうな状態で喘ぎ息を整えようとしている。

 

「いえ、どうやら本土側から提督へ直接に連絡する事があるそうです、でもまだ時間はありますから急がなくても大丈夫ですよ?」

「直接連絡・・・? 俺達を半年も放置したクセにいきなり何だってんだ・・・?」

 

 たっぷり数分間、汗が噴き出す肌を何度も拭い上がっていた息を整えた中村を見下ろして微笑む鳳翔が中腰になり彼へと手を差し出し、それの助けを受けて彼はぶつくさと呟きながら立ち上がる。

 

「五十鈴さんは・・・汗を流してきた方が良いみたいですね」

「この程度なら着替える前に拭けば大丈夫よ、気にしなくても良いわ」

「いえ、・・・の・・・が付いてますよ、鼻の良い人なら気付けると言う程度ですが」

 

 立ち上がり少しフラフラとしている中村の様子に微笑みながら鳳翔は五十鈴に近づき囁き声で耳打ちし、それを言われた軽巡は目を丸くして素早く自分の襟に指を掛けて引っ張り、その中の匂いを嗅いでから顔を朱色に染め、それを教えてくれた空母へと小さく頭を下げる。

 

「提督・・・ちょっとシャワーしてくるわ」

「おう、こっちは気にするな、鳳翔について貰う」

「鳳翔さんすみません、提督の護衛の引継ぎをお願いします」

「はい、了解しました、五十鈴ちゃん後は任せてくださいね」

 

 そして、少し気恥ずかしそうな顔を中村に向けた五十鈴に彼は苦笑を返して軽く手を振り、その仕草に頷いた軽巡艦娘は二人に見送られて廃墟となった航空基地の彼等が拠点としている長方形のプレハブが集まる場所へと足早に走っていった。

 

「・・・お二人とも随分張り切っていたみたいですね、私も提督に訓練をお願いしようかしら?」

「・・・お願いだから今は勘弁してくれ、鳳翔」

「ええ、今日の所は我慢しておきますね。 今日は、ふふふっ♪」

 

 まるで言質を取ったとでも言う様に莞爾と微笑む鳳翔の言葉に口元にだけ何とか力の無い笑みを浮かべた中村は数秒も持たずに深くため息を吐いて肩を落とす。

 そんなふら付く足腰に鞭打つ中村は五十鈴が向かった方向とは別の港の方向へと足を向け、歩き出した彼の三歩後ろを軽空母が妙に上機嫌でニコニコと微笑みながら付いて行く。

 




 
取り敢えず、これだけは言わせてもらいたい!

リア充どもは爆発しろぉ!!

 
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