とある大学生の人付き合いと過去のしがらみと・・・。
お前を見ているぞ(プリンの画像)
・・・あれ? そう言えば君達の名前ってなんだっけ?
大学生「七海公太郎です、設定はあるけど名前は意地でも出さないらしいです・・・クソがっ」
馬鹿「賢木賢人ッス、馬鹿じゃないッス、今年二十歳になったッス!」
「うぇ~い、飲んでるか~いっ♪」
四方八方のコップへと泡と液体の割合が3:1のビールをヘタクソに注ぎ回り騒いでいる潰れたプリンの様な髪色の馬鹿が騒がしい。
そんな会場の様子を私は酎ハイの揺れるグラスを手にぼんやりと眺める。
今、私は大学の名前だけ貸しているサークルの先輩が企画した親睦会と言う名の馬鹿騒ぎに数合わせの為だけに参加させられていた。
駅前の創作料理バルと言えば聞こえは良いが要するに少し広い大衆酒場を貸し切り、女子は千円、男子は一万円の参加費を払わされて行われている奇抜が取り柄の多国籍料理と安い酒が飲み放題という程度の割に合わない催しである。
(もうすぐクリスマスだから出会いの場を用意してやるなんて言われても、あれを見ると何一つ有り難みを感じないなぁ・・・)
私自身は女体の神秘に興味が無いと言うわけではないが、しかし、飢えていると言えるほど男女の密接な関係を作る必要性を感じていない。
そんな益体の無い事を考え、ホストクラブにでも居そうな今時の流行に身を包んだ特に親しいわけではない二年上の先輩がその場の女子の半数以上に囲まれながら意中の女子大生へと頻繁にアプローチを掛けている様子に失笑する。
ふと、そちらの方へと視線を向けていた私は声高に自らの自慢話をばらまく彼の隣で愛想笑いを浮かべている女子大生と視線が交わった様な気がした。
(あ・・・えっと、彼女はなんて名前だったか・・・?)
宴会の前に友人が知り合いの様でシマちゃんとか親しげに呼んでいたはずだが私とは特に面識が無い一年下の後輩だっただろうか。
法律を専攻している私とは違い彼女は教育学科に通っているらしく、その点でも接点は無いはずだ。
確か今回の宴会の発起人であるサークルの部長が今年入学してきた一番可愛い女の子がウチに入ってくれたと浮かれていたり。
前方で複雑怪奇な流行りの話題を垂れ流しているチャラ男などは彼女を絶対にモノにしてやるとか、緩そうなお嬢様系だから俺が口説けば一発だ、なんて調子の良い言葉を喚いていた様な覚えがある。
ぱっと見ではあるが豊富な話題でその場を盛り上げ周りの女子からキャーキャーと注目を浴びているイケメンに対して肝心のシマちゃんとやらは明らかに距離を置きたいと考えているらしく隙あらば肩に触れようと伸ばされてくる男の手をさりげない動きだが全て避けていた。
(まぁ、私には関係の無い話か・・・)
誰に言っても信じてもらえないだろう話だが四十代前半まで生きて死に、そして、生まれ変わった経験を持っている為か私は肉体的には二十歳だが自分が酒に弱いわけではない事を知っている。
弱いわけでは無いがアルコールの味そのものは前も今も慣れないらしく果汁で味を誤魔化してちびちびと飲むのが私の性に合っているのでビールの泡しか入ってないコップを煽って口周りに白いひげを作っている友人の様にはしゃぐ気にはなれない。
(だが、なんだろう、彼女と何処かで私は会った事があったのだろうか?)
既視感にも似た感覚が妙に気になりはするが、あんな美人と話す機会すら無さそうであるなら考えるだけ無駄だろう。
そう結論し、私は各種メディアを騒がせている大きな話題、国連で日本への経済的な制裁を課すと言う議題、では無くそれを一国を除いた常任理事国が揃って拒否したと言う前代未聞な出来事を頭の中で徒然と考察する。
詳しい理由は分からない、だが2008年に行われた名も無い海戦以降の無為な国同士の睨み合いが始まってから意見の合致など望めない状況の中で久しぶりに大半の国が意見を揃えて同じ票を投じたのはちょっとした事件とも言えた。
岳田マジックとまで言われるこの事件の裏側では日本が国連の主要国に対して何らかの支援を約束したからこそ経済制裁の阻止が成功したのではないかと囁かれている。
とは言え、全てが全て日本に都合良く展開したわけでも無く、その議題を上げた中国や制裁への賛成票を入れた一部の国々は独自に日本との輸出入に対する税率の一方的な変更、一部企業に対してその国の口座を凍結するなど圧力をかける方針を既に実行しており。
最近ではスーパーに並ぶ食品棚の一部が歯抜けになっている所も見え、右肩上がりの物価もまた一割ぐらい値段を上げて現在最大手のコンビニチェーンがまた事業を縮小して店舗数を減らすんじゃないかと言われている。
(何らかの支援・・・十中八九、艦娘に関わる何かだろう、彼女達の能力を解析し利用した兵器なんてのも研究されている噂も聞こえてくるぐらいだが、流石に400人ほどしかいないと言う艦娘を各国に配るなんて馬鹿な真似はしないと思いたいな)
そうなれば日本は経済を気にしている暇無く、話の通じない怪物達の砲撃と爆撃によって一週間で穴あきチーズにされてしまうだろう。
流石にそこまで馬鹿な内容の交渉を結ぶ岳田内閣では無いと信じたいが、かつての艦娘否定派の暴挙を考えると万が一と言う可能性も否定できない。
そうならない為に私が出来る事は艦娘の味方となってくれる民意を集める為に出来るだけ正確な情報を大学生の身で許される限りだがより多く発信していく事だと考える。
発信と言ってもネット掲示板に投稿された名前が分からないと言う艦娘の写真を前世の記憶を頼りにして名前を特定したり、自分のブログにアルバイト先のテレビ局で手に入る真偽を出来るだけ精査した鎮守府の噂話を書くか、動画投稿サイトでお面を被った状態で今時のニュースや政治に関する豆知識を披露する程度の小規模な活動だが。
(まぁ、ちょっと法律を齧った大学生が出来る事なんてたかが知れているんだろう・・・)
後は偶然に知り合いになった大木旅館の若女将をしている戦艦娘扶桑だった女性、今は大木旅館の若旦那と共に若女将として母親として働いている大木芙蓉さん達と連絡を取り合うぐらいだろうか。
それですら電話で大木夫妻と近況を連絡し合うぐらいなもので私が子育てに四苦八苦している新婚夫婦の助けになっているかと言うと全く役に立っていない。
脱走艦娘であった芙蓉さんが隠れ住んでいた旅館へ不躾にも押し掛けた私と友人。
そんなふうに知り合った後、いつの間にか彼女が自衛隊と和解し鎮守府へと一時的に戻り、そして、人間の女性となって正式に大木家へと嫁入りしたと言う話を聞いた時に何故か二人からお礼を言われる事があった。
だが本当に何もしていない立場としてはその言葉には嬉しさよりも申し訳なさの方が強く感じたものだ。
「お隣、かまいませんか?」
「・・・え?」
レモン味の1/3になった中身が揺れるグラスの様子をぼんやりと見つめながら取り留めのない事を考えていた私の顔に影が差し、不意に思考の海から引き上げられた私はその声に主を見上げて目を瞬かせた。
ふわりと柔らかくウェーブする黒髪は肩にかかる程度の長さで揃えられ、今の時期に着るには薄く感じる暖色のブラウスは襟元を黄色い花の刺繍が飾り、整った小顔の中にくっきりとまつ毛で縁どられた瞳は見る者の視線をくぎ付けにするような魅力を持っている。
つい先ほど見た時には自己主張の激しいイケメン先輩の隣に座らされていたはずの女子大生が呆けた私の顔を見下ろしてにっこりと微笑み、こちらの返事を待つ事無く紺色のスカートに包まれた腰をすぐ隣に下ろし、横座りした黒いストッキングのすぐ近くへと手に持っていた白いコートとショルダーバッグなどを置いた。
「えっと、君、あの先輩の所に居たんじゃないのか・・・?」
「はい? ・・・ああ、あの人はお手洗いに行ってるので、今のうちに離れてしまう事にしました」
それで何故、私の隣に移動して来る事になるのかと困惑するこちらを他所に隣に座った美女はスッと手に持っていたグラスを私の手にあるグラスに軽く当てて微笑みながら乾杯と言う。
(またか、もしかして大学内で知らないうちにすれ違っていたのか?)
既視感だろうか、違和感だろうか、それとも彼女の微笑みが醸し出す色香に酔いかけたのか、頭の奥底を刺激する不思議な感覚に私は一時呆然とする。
「・・・さんですよね、私の一年年上でしたっけ?」
「へっ、あっ? ああ、そうなるんだと思う、学科が違うから良く分からないけど」
「うふふっ♪ 私は教育学科の茅野志麻と言います、よろしくおねがいしますね、先輩さん♪」
何がそんなに愉快なのか、付き合った女性の数が三十人以上と豪語するイケメンに詰め寄られていた時とは違う柔らかな笑顔を私に向けてくる茅野さんの態度には戸惑うしかない。
はた目には美女の横でのぼせ上がった七三分けの眼鏡がキョドって居る滑稽な様子に見えるだろうが、その場にいる本人としては気が気ではない。
自己弁護にもならないが今世では女性と親密な付き合いをした事は無いが前世では高校の同級生の女の子と少し不純なお付き合いしていた事がある。
あるが、その相手の元カレとよりを戻すからと言う理由で一方的かつ呆気ない別れ文句によって私は振られ。
人生初の恋愛に負け、数ヶ月の呆然自失の間に偶然出会った艦これと言う新作ブラウザゲームに逃げ、ハマり込んだ経験から私の中にはリアルな女性に対してかなり抵抗感が出来ていしまっているのだ。
「そうなんですか、じゃぁ、冬休みに長崎県まで行くんですか?」
「ああ、うん・・・まぁ、そのつもりかな、国際的にもかなり注目されてるからね」
妙に馴れ馴れしい態度で寄って来る彼女へ私の面白みの無さが特徴と言われている取り留めのない話でも聞かせて早々に退散してもらおうと思っていたのだが、相手が聞き上手である為かはたまたちびちび飲んでいた酒の威力か思いのほか舌が回る。
ぱっと見はどこかふわふわとした緩い雰囲気を纏っているお嬢さんであるのにまさか艦娘の法的根拠と言う面白みの無い話について来るタイプとは思っておらず。
そんな私は現状の外交や国防特務優先執行法との関係までベラベラと訳知り顔で講釈し、極めつけには史上初の艦娘艦隊の公開演習が行われる佐世保まで行く予定まで口に出してしまっていた。
「先輩さんはジャーナリストを目指してるんですね~」
「いや、そんなに恰好の良いものじゃない、私のこれはただの追っかけみたいなものだよ」
「追っかけ? アイドルとかのファンみたいな感じです?」
「だね、私は・・・艦娘が好きなだけなんだ、これで彼女達の助けになれる事が一つでもあれば良いんだけどね」
今は無い知恵を絞る事しか出来ていないよ、と苦笑した私は隣に座っている茅野さんを見る。
さっきまで楽しそうな微笑みを浮かべていた彼女の顔が気付けばまるで茹蛸のように赤く染まり潤んだ瞳を右往左往していた。
「ど、どうしたんだい、大丈夫かい? 水でも持ってこようかい?」
「だ、大丈夫れすっ! それで、せ、先輩は艦娘の事が、す、好きなんですかっ!?」
「うぁっ、は、いきなり何を、ち、近いって!?」
明らかに挙動不審になった茅野さんが私の両肩に両手を掛けて女性にしては妙に強く感じる力で振り向かせ、彼女と強制的に正面から向かい合った私は戸惑い距離を取ろうとするが薄着の女性の身体を押し退けるのに躊躇するぐらいの自制心は残っている為に意味なく両手をフラフラさせる。
「か、艦娘の中でどんな子が好きなんです? もしかして、駆逐艦の子達とかですか!?」
「は? いやいやいや!? まず落ち着いてくれ、私はそんなやましい目で彼女達を見て・・・いない」
「ぁ、今、少し間がありました! 目を反らさないでください、あやしいですっ!」
前世では駆逐艦娘をメインの題材にした二次創作の
しかし、彼女の言葉、いや、声に叱責されるだけで何故にここまで私は取り乱しているのだろうか、喉まで出かかっている答えを言葉に出来ないような感覚に眉を顰めた。
・・・
初めて
もちろんそんな個人的な内情を初対面の女子大生に言うつもりは無いがあらぬ疑いだけは解いておかねばならない。
「だから、彼女達は国だけでなく私達国民を守る防人でぇ、そんな相手に劣情を向けるなんて言うのは失礼な事なんだ。私に出来る事じゃぁない」
「ホントですかぁ~? あやしいですね~・・・そこの写真も駆逐艦の子ばかり写ってるじゃないですかぁ~」
ビール缶を手に半眼になった茅野さんがテーブルの反対側から身を乗り出して私の性癖を疑う様な物言いをするが、呂律が怪しくなっている明らかな酔っ払い相手に自らのプライベートを明かすつもりは無いので私は空回りする舌を動かして
(はて? おかしい、・・・なんで私はこんな所で彼女と二人で酒飲み話を続けているんだ?)
目の前にあるのは創作料理が乱雑に置かれた居酒屋のモノでは無く非常に見覚えのある所帯じみたテーブルとスナック菓子、アルコールで頼りなくなった視界を揺らせば新聞の切り抜きや自分でまとめた艦娘に関する情報が書かれた紙、ネットなどで収集した彼女達の画像を印刷したモノが所狭しに貼られたコルクボードが見えた。
記憶があやふやになってきているようで、軽く自分の頭を指で小突いて何故に自分が自宅に戻ってきているのか、更に茅野さんが妙に熱っぽい言葉遣いで絡んできているのか、その経緯を思い出そうとする。
(確か・・・彼女の様子がいきなりおかしくなって、その後
そんな面白くないヤツとよりまた俺とお話しシようぜ、と言って茅野さんの肩に手を掛け、彼のその手が自然さを装ってレモン色の布地を滑り彼女の胸をなぞり撫でた。
悪い悪いわざとじゃないんだ、と志麻さんの胸を触ったまま爽やかな笑みを浮かべて謝るイケメンと彼女の視線が交わる。
それは整った自らの容姿と酒の場である事、さらに茅野さんが明らかに酔っぱらっている事を見計らいそれを軽い冗談として流させて彼女を自分のペースに引き込もうとしている事は誰の目にも明らかだった。
間違っても私がマネできる事じゃないほど見事な、所謂、※但しイケメンに限り許される、という行為である。
だがその直後、周囲の予想を裏切り彼を一瞥した彼女の裏拳がチャラ男の鼻っ面に叩き込まれ、ギャグマンガの様に鼻血を噴きながら美形だった男がもんどりうって倒れた事でその場の空気が凍った。
その原因を作った茅野さんは白目を剥いて倒れている男を完全に無視して私に絡み続け。
こちらの様子に気付いた髪染めに何時も失敗する友人が後は俺っちが何とかしてやるから、と私と茅野さんを立たせて店の外へと手荷物ごと追い出される事になり。
まだ酔いが浅かった事もあり私は最寄りの駅まで同行してそこで彼女と別れて家に帰ろうと考えていたのだが、彼女はそれに納得せずあろう事か自分の家がある最寄り駅で下りずに私が住んでいる賃貸マンションまで頬をリスの様に膨らませながら付いてきた。
(何だコレ!? まるで意味が分からない・・・何がどう間違ったらこうなるんだ?)
彼女に自宅へ戻る様に説得している途中で明日の朝食が無い事に気付き適当に買っていくかと寄ったスーパーマーケット。
そこでも一緒にくっ付いてきた彼女が勝手に買い物かごへとガラガラと無造作に入れた缶ビールの一本を手に頭痛までし始めた頭を働かせるがどうしてこうなったのかが全く分からない。
理屈っぽい少し背の低い七三分けとして試験勉強の時ぐらいしか頼りならないと言われる私が美人女子大生を家に入れて更に酒を手に自分の主義主張を声高に垂れ流す状況に困惑しながら止めることが出来ずにいる。
アルコールに弱いわけではないがそれでも量を飲めば酔うのは仕方がない事で目の前の彼女の身体が光って見える程になると流石に自分の限界を読み違えた事を認めないワケにはいかないらしい。
極めつけに彼女の黒髪だったセミロングの一部が艶のある銀色に見えるともなれば自分の目すら信じられなくなってきた。
「先~輩ぃ、聞いてますかぁ~? ・しまの話聞いてくれないと、・・しちゃいますよぉ~?」
「聞いてるよ、聞いてれから、私が思うにだね、君はもう少し慎みをらなぁ・・・」
丸く小さいテーブルを押し退けて抱き付いてきた茅野さんを押し退けようと彼女の肩に手を掛けるが触れた場所は妙に柔らかくぐにゃぐにゃと手の先が自分のモノでは無い様な手応えの無さでまともに押し返す事も出来ず、朱に染まったずっと昔に見た事がある見覚えのある美貌が私を床に押し倒した。
(・・・昔、見覚えがある? 何でだ、いや彼女とは知り合ったばかりでそんな前に見覚えなんて・・・)
冷静な部分と茹った部分に分かれた脳が不意に記憶の奥底から二次元のキャラクターの絵を引っ張り出して、そして、柔らかい感触と同時に茅野さんとそのキャラクターの姿が頭の中で重なる。
「んふっ、どうですかぁ、先輩ぃ? 降参して正直になりなさ~い♪」
「・・・練習巡洋艦、か、鹿島?」
「ぁっ、うふふっ♪ なんで私の本当の名前を知ってるのかは、今は聞かないであげま~す♪ かわりにぃ・・・」
そんな事を言いながら一年後輩の女子大生、茅野志麻、いや、艦娘として鎮守府にいるはずの鹿島が驚きに絶句した私の上に覆いかぶさってくる。
「あはぁっ、何ででしょうか、先輩さんに触ってるだけで、もう、私、我慢できなくなってきました・・・」
・・・
十一月も終わろうとしている日の朝、幸いにして前日の深酒による二日酔いはそれほど酷くなく前世のサラリーマンだった頃に接待などで培ったアルコール対策が万全に機能している事に心の底から感謝した。
そのおかげで朧気ながらも昨晩の記憶が飛ぶなんて事にはならなかったが、ならなかったおかげで眼前の問題と向かい合わなければならないと鈍く痛む目元を解すように指で揉む。
「先輩さん。朝食こちらに置きますね。スクランブルエッグに、ベーコン、トーストと熱い珈琲です。どうぞ!」
そんな溌剌とした声に顔を上げると窓から差し込む朝日に煌めく銀色がかかった肩を揺らして志麻さんが小さなテーブルに二人分の朝食を並べ始めた。
「その、髪の色・・・」
「あ、これですか? ちょっとでも艦娘の力を使うと髪を染めている染料も体に悪いからって弾いて落としちゃうみたいなんです、先輩さんは染め直した方が良いと思いますか?」
「いや、そっちの方が自然な感じがする・・・よ」
かつての艦娘否定派が行った愚行によって自衛隊を脱走した艦娘、詳しい内容では無かったが少し前にした芙蓉さんとの会話で日本の各地にそう言う脱走艦娘が隠れていると聞いた事があるが、まさかその艦娘が自分と同じ大学に通っているとは思いもしなかった。
「うふふっ♪ ありがとうございます、先輩さん♪」
茅野志麻、その苗字は路頭に迷っていた彼女を匿ってくれた老夫婦から貰ったらしく、名前は義母となった老女が鹿島の事をシマちゃんと呼んでいたのでそれに漢字を当てた、との事だ。
去年まではその義父母の下で隠れていたらしいが自衛隊からやってきた士官が持ってきたと言う戸籍を得る為の書類にサインをした彼女は艦娘としての能力を使わない事が条件であるが自衛隊から退役した一般人となり、そして、独学で大学を受験して今年の春に女子大生となったらしい。
そんな身の上話を赤の他人である私に教えても良いのかと思うが、彼女曰く私は信用できる人間であるから問題無いと言われた。
「艦娘としての力を使ったって言うのは大丈夫なのかな、私のせいで君に問題が起こるのは、その困る・・・」
「ふふっ、大丈夫です。自衛隊との約束ではたくさんの人の前であからさまに使うような事をしなければ問題無いって聞いてますから、貴方が黙ってくれるなら問題ありません」
なので、興奮して力の一部が漏れ出てしまっただけなら咎められる事は無い、と何故か嬉しそうに笑う志麻さんの姿に毒気を抜かれた様な気分になった私は肩から力を抜いて取り敢えず目の前の洋食に手をつける事にした。
「いただきます」
「はい、いただきます♪」
妙なむず痒さを感じつつ平らげた人生初の家族以外の女性が作ってくれた手料理は簡単な物ではあったが今まで食べた事があるどんな料理よりも美味しく感じる。
「あ、そうだ、先輩さん」
「ん、何かな?」
「後でお風呂貸して貰いたいんです」
食後のコーヒーの香りを楽しんでいた私は向かい合って私の顔をニコニコしながら眺めていた志麻さんの声に了解の返事を返す、そう言えば昨日は私も風呂に入らずに疲れ果てて泥の様にベッドに沈んでしまった事を思い出す。
「別にそれぐらいなら勝手に使ってくれても構わないよ、・・・私も後で入らないといけないな」
「それと・・・もう一つ、お願いが・・・」
自分の身体の匂いを確認したら少し酸っぱい饐えた臭いが漂っている事に気付き、こんな状態で女性の前にいた事にばつの悪い思いをしたのだが、そんな私を気する様子も無くモジモジと胸の前で指を突き合わせて志麻さんがあざとい上目遣いを向けてきた。
「これ以外に着る物も貸してください・・・昨日の服はその・・・」
「・・・ぁ、うん、と言っても男物しかないんだけど」
買い置きとしてまとめ買いし袋から出さずにタンスにしまっていた新品の男性用のシャツとボクサーパンツ、それを身に付けた志麻さんが頬を赤らめる姿に昨日の夜、私と彼女が何をしたかをはっきりと思い出しベッドの横に脱ぎ捨てられている二人分の衣類を横目に見てしまった私は情けなく狼狽えながら彼女へ頷いて見せた。
「先輩さんのなら大丈夫ですよ、あ、あと、もう一つお願いしたいんですけど・・・?」
それは私の服が丁度良いサイズと言う事だろうか。
目の前にある真新しいTシャツの生地を張っている胸や昨日の帰り道で彼女が私より背が高い事から分かってはいたが、女子より体格が劣っている事実の再確認は男としてのなけなしのコンプレックスが無意味に刺激されてしまう。
「・・・ああ、何でも言ってくれていい、私が出来る事なら何でもするよ」
とは言え、これで素気無い態度を見せれば男の沽券にかかわる。
と言うのは前時代的な感覚かもしれないが一度は社会人として生きた経験から不誠実がもたらす苦しみと責任感の大事さは身に染みている。
それに私には前世の色眼鏡のせいか彼女が理不尽な要求をしてくる事は無いと妙な確信があった。
「そうですか♪ それじゃ、二人きりの時は私の事、鹿島って呼んでください♪」
「・・・は、はい」
そして、頬を赤らめ言い辛そうにモジモジしていた彼女の態度が私の言葉を切っ掛けにパッと明るく輝く笑顔へと変わり、私は自分へと向けられたそのお願いの威力に不覚にも膝を折りそうになった。
元から床に正座して座っているのでこれ以上に膝が折れる事など無いとは分かっているが、などとくだらない事を考えながら上機嫌さを表に出すかの様に鼻歌混じりでパタパタと食べ終わった食器を片付けて浴室へと向かった志麻さんの後ろ姿に私はただただ見惚れる。
『~♪ ~♪♪』
「うぁ、わっ!?」
突然に振動と着信音を立てた自分の折り畳み式携帯電話に飛び上がるほど驚いて私は心臓を手で押さえるように胸に当てた。
「なんだ、メールか・・・?」
手に取った携帯電話を開くとそのメールには送り主の欄には友人の名前が書かれ、件名には【ゆうべはお楽しみでしたね】と表示されているところまで確認し、私はイラッとした自分の心に従ってそのeメールをメニューから削除した。
(シャワーの水音)
はい、企業、国外ともにスパイの類とは関係が無いようです。
政治的感覚も中立であると感じました。
少々、艦娘に対して好意的な偏りがありますがそれは問題では無いでしょう。
はい、今後も危険性は低いかと・・・。
いえ、監視は続行するべきです。
外部に知られていない筈の情報を彼が持っている事は明らかですので。
それも含めて今後は私が担当します。
はい。
では、公安の方にも手を退いてもらってください。
ああ、それと佐世保の公開演習の一般見学席が二つ必要になりました。
何故?
私に利用価値があると思わせておけば監視対象の口も軽くなるでしょうからね。
そう言う事です。
あっ、彼の出す申し込みはそちらで取り消ししておいてください。
抽選式? それが何か問題ですか?
私のが当たって彼が外すだけの話じゃないですか。
はい、ではそのように。宜しくお願いします。
あ・・・、そう言えば香取姉は今の時代の長崎の観光名所とか詳しい?
え? いえ、大した意味は無いですよ?
知っていた方が現代人として自然でしょ?
そんな事無いです。今どきはそうなんですっ。
だから、香取姉もそう言う事に気を配っておくべきです。
・・・ええ、そうですよ~?
だから今度、香椎も呼んで一緒に勉強しましょう♪
はい、報告は以上です。 では、また。
・・・うふふっ♪