時化に巻き込まれても仕事を続ける漁師の人達はいつも頑張ってて凄いと思う(小並感)
2008年に突如として太平洋上に現れた正体不明の怪物、その数年前にとある科学者が出現を預言していた存在と多くの共通点を持つ事から彼が残した論文に書かれていた深海棲艦と言う呼称が日本で使われる事となった。
とは言え、発生当初は数隻が観測できる程度であり非武装のタンカーを突け狙う無国籍の海賊船扱いで国連を中心とした安全保障に参加している国家により排除が行われる事となった。
100mから150m前後の個体差とグロテスクな造形に不気味さを感じながらも太平洋の平和を守っていると自負する国連の連合艦隊は深海棲艦の数倍の数を揃えて殲滅戦を開始する。
結果として最も多くの戦力を出撃させたアメリカの空母を中心とする艦隊とその護衛艦はその戦力の七割を失い、殲滅戦に参加していた各国の軍人は過半数が帰らぬ人となり母国から遠く離れた海の底へと沈む結果となった。
そして、対外的な報道では撃破に成功した事になっている6隻の深海棲艦は大量の将兵の血肉と最新鋭兵器の残骸を代償に海の底へと姿を消した。
それから五年、人類戦力の大敗北から年々増え続ける深海棲艦の被害の煽りもあってか日本政府には前政権の失態を盾に政権奪取を成功させた新内閣が誕生する事となり。
与党の座を手に入れた新興政党が中心となって深海棲艦の出現を預言していた科学者、刀堂吉行が残した資料を基に深海棲艦への対抗兵器として艦娘と命名された人造人間とそれを運用する為の施設の建造を開始する。
・・・
「非常事態宣言中の特例、艦娘及び鎮守府に対する国防における重大な特別任務の執行優先権の付加・・・意味が分からん言葉を並べてこれだから前も今も政治家って連中はややこしい事を言う」
「おぉいっ! 坊主、もうすぐ網引き始めるぞ、サボってないで手伝いに上がれや!」
早朝に持ち込んだ新聞を備え付けの戸棚に放り込んでから俺は慣れ親しんだ祖父が所有する古臭い漁船の船室から這い出して来年には九十歳になると言うのにまだ現役の漁師を続けている元気なジジイへと顔を見せた。
戦前どころか江戸時代まで遡れるほど長く続いている漁師家業の跡取りとして海に出るのも中学卒業から続けば慣れたもので波に揺れる船上もヒョイヒョイと軽い足取りで歩き回れる。
「じいちゃんサボってたわけじゃねぇよ、まだ休憩時間の内だっただろ」
「海の上でガキが生意気言ってんじゃねぇ、ほれ、綱引けや」
そんなお決まりな会話をする自分と祖父に父親が操船を担当しながら苦笑しているのを横目に身体が覚えている作業を手早く済ませて行けば熟練の老漁師が満足そうに笑顔を見せた。
年齢一桁の頃から漁業と海に関わり家業を手伝うようになってからは筋が良いとべた褒めされてきた俺に祖父は口では小馬鹿にするような偉ぶった物言いをするがそれ以上の期待と優しさを見せてくれる。
実は祖父や家族が褒めてくれる俺の手際の良さの理由は今の親父ぐらいの年まで漁師を続け、その最中に海難事故で死んで気付けば過去の自分へと転生した為だった。
生まれた時から漁師としてのいろはをはじめから知っていた事は周りに話す事も無く、特に不満も無く前と同じ人生をなぞる様に俺は生きている。
「そういやさ、爺ちゃんは艦娘って見た事あるか?」
「かんむすぅ? あぁ、帝国軍の船御霊が人間になったってとかってあれかぁ、んなもん眉唾だ眉唾。遠洋に出た連中でそれらしいのを見たって話しは聞いた事があるってだけだな・・・」
戦時中に祖父が海軍で軍人をやっていたと言う話を昔聞いたが詳しい話を聞いても辛い事ばかりで碌なもんじゃなかったとはぐらかされ戦時中よりも漁師としての生活だの心得だのばかりを教え込まれた。
二度目でも同じ会話をしたけれど二度目だからと言って人生が薄まるわけでもなく新しい発見と共に今の俺の中で懐かしい記憶となっている。
今では行政からの有難迷惑なお達しで沿岸部からの退避が推奨されており、地方の人口減がそのまま漁業人口に大打撃を与えているが先祖代々続けてきた生業から離れると言う選択は我が家には無かった。
深海棲艦の出現以降に多くの遠洋を行く漁船や貨物船が沈められる言う事件が繰り返し起き内陸部では海魚の値段が高騰している為にある意味では前世よりも我が家の羽振りは良くなっている。
(深海棲艦に艦娘って言ったら艦隊これくしょんかよ。まぁ、今も昔も近海で漁師やってる俺とは関係無い話だろうけどな)
とは言え誰もいない海原で化け物の餌になるのは誰だって勘弁してほしい事であるし、俺が乗る漁船も同じ福島の港に属している複数の船と船団を組んで漁をすることが多くなっていた。
まるで大型魚から身を守るために集団をつくるイワシのようだと他人事のように考え、前世の世界で何と無しに触れていた艦これと略されて親しまれていたゲームの内容を思い出してから失笑した。
「そう言えば爺ちゃんってなんて名前の軍艦に乗ってたんだっけ?」
「無駄口叩いてないで手を動かせや、坊主っ!」
「口も手も動かしてるっての・・・何年やってると思ってんだよ」
昔、爺ちゃんが戸棚の奥に大事にしまっていた写真を取り出して懐かしそうに眺めていたのを思い出す。
あの時、たくさんの水兵が並ぶ後ろ、白黒写真ですら迫力を損なわない巨大な大砲を備えた軍艦は何という名前だったのかは二度目の人生でも教えてもらえていない。
・・・
同業者が減ったためかそれともただタイミングが良かったのか大きな魚群を捕えて最近でも稀に見るほどの大漁に恵まれ漁船団の全員が色めき立っていたのは数十分ほど前だっただろうか、だがそんなお目出たい雰囲気は突如空に鳴り響いた爆音と降ってきた砲弾が上げた水柱で文字通り消し飛んだ。
幸いな事にどの船にも命中せず転覆したモノも無かったが、遠く数キロ先から俺達が漁にいそしんでいる海域へと突き進んでくる巨大な黒い影の群れを双眼鏡で捕えた複数の漁師がこの世の終わりを見た様な悲鳴を上げた。
「久助ぇっ! もっと速力だせや!」
「もう目一杯だ、親父っ!」
引き上げていた幾つ目かの網を放棄して我先に母港へと逃げ帰ろうとする漁船の群れをあざ笑うかのように迫って来る深海棲艦は俺たちの船よりも何倍も大きな船体と最新の高速船を越える速度で迫り遊ぶように時折砲撃で船団を挟むように水柱を作る。
前世の世界でも今回の世界でも体験した事の無い恐怖にガチガチと無様に震えながら船にしがみ付いている俺と違い父親と祖父は気丈にも砲撃で高波を起こした海面を巧みに乗り越えていく。
「畜生ッ! 船ぇ止めろ、源とこの倅が船ひっくり返しやがった! 景助ぇ! 浮き持てぇ!」
「じょ、冗談だろっ、爺ちゃん!? 化け物が追っかけて来てんだよ!?」
「バカか坊主! 海の男が海に落ちた仲間ぁ見捨てて逃げらんねぇだろが!! シャンとしろぃ!!」
とうとう運の悪い船が十数mの水柱の煽りを受けて転覆し、それを見た祖父は父親の背中を叩くように叫んでから操船室から飛び出して俺に叫ぶように命令する。
自らも救命胴衣を身に着けて転覆して海面に船底を見せている知り合いの船へと近づくように操船室へと叫んだ。
散々に降り注いだ水柱で海水塗れになった上に怪獣映画の中から出てきたような怪物が迫ってくる場所で人命救助なんて冗談ではなかった。
だが、この船の主導権は祖父にあり、船の長には何があっても従わなければならないと言う刷り込まれた古臭い漁師の掟と力強く背中を叩く祖父の手の力強さにヤケクソになって指示に従う。
「早く登ってくれっ! 後少しだっ!」
転覆した船へと近づき脱出していたその船の船員へと浮きとロープを投げて引っ張り祖父と共に綱を引いて一人、二人と引き上げて行くが三人目に手を差し伸べたと同時に顔を上げた俺はもう数百mまで近づいて来ていたグロテスクな怪物と目が合ったような錯覚を覚えて明確な死への恐怖に息が詰まらせる。
妖しい緑色の光を放つ巨大な一つ目と妙に白く見える牙がずらりと並んだドクロ、それは艦隊これくしょんの中では雑魚扱いされていた駆逐ハ級と呼ばれていた。
それが下手なビルよりも大きな船体を海原で停止している俺の乗った船へとまっしぐらに突き進んできている。
(なんだよ、それ・・・俺が何をしたって言うんだっ! ふざけんなよ、神様っ!!)
蛇に睨みつけられた蛙の気分を存分に思い知った俺は引き上げた自分と同じ漁師の男と恐怖を顔に張り付けたままこちらへと大きく口を開き柱のように太い大砲を向けてくる怪物から目を反らすことが出来ず、背後で船を走らせろと叫ぶ祖父の叫び声を妙に遠く感じながら自分の最期を悟った。
そして、耳を打つゴォンと重く響く鋼の音と頭上を照らす輝きについに砲弾が降ってきたか、と身体を強張らせた俺は自分の命を弄んでくれやがった神様に恨み言の一つでも言ってやろうと最期の負けん気を発揮して顔を上げる。
その見上げた先にはとんでもないモノが光り輝き青い空に浮かび上がっていた。
「何で、艦これの・・・、ロゴに似てる? なんだあれっ!?」
「な、なんだぁ、ありゃぁ・・・」
海原に響き渡ったのは深海棲艦の砲撃音ではない、陸上自衛隊と機体に記された大型のヘリコプターが飛び去る空の下に巨大な錨に金色の葉が作る輪が浮かぶ。
その中央には鈍い銀色で『吹雪型駆逐艦 一番艦 吹雪』と書かれた文字が輝き、その存在を見上げる俺達へと知らせるように再び重く響く金属のぶつかり合う音が俺の耳朶を打つ。
俺達の目の前で文字が無数の波紋によって海面に消える泡のように消え。
その中央が一際強く波打ち泡立ち内側から巨大な何かが生れ落ちるように輝く輪を突き破って視界を埋め尽くすような大量の光の粒が噴き出す。
そして、舞い散る光の雨の向こうに人のような形が見えた直後に数十mの高さから降ってきた大質量が俺達の乗る漁船とハ級の間に落ちて巨大な波と水飛沫を高らかに舞い上げた。
≪ 駆逐艦吹雪、出撃します!! ≫
晴天の空の下、土砂降りの雨のように降る海水から顔を背けて両手で頭を抱えて縮こまる俺の頭上から勇ましく宣言するように拡声器で拡大されたような女の子の声。
高らかに鳴り響く汽笛の音にカッコ悪く尻もちをついたままの身体が痺れ、さっきの深海棲艦に睨まれた時とは全く違う力強い衝撃に圧倒される。
後ろ頭の短いお下げに肩まで届く横髪に昔の軍艦を模したような背負い物。
紺色の襟と袖に白地のセーラー服と膝上で揺れる襟と同色のプリーツスカート。
俺達を庇う様に立つ彼女の後ろから見上げるその姿は四階建てのビルに相当するほどの巨体。
太腿に装備された魚雷管や電信柱よりも太い腕の先に握られている二連の大砲を構える姿は俺が前世で軽く触れて遊んでいた艦隊これくしょんと言うゲームのキャラクターの一人、艦娘の吹雪と瓜二つだった。
「か、艦娘なのか?」
「あ、あれが・・・艦娘って言う」
止まっていた呼吸を取り戻すように喘ぎ呻くように呟けば俺よりも一回り年上の先輩漁師が同じような顔で目の前の現実感を奪うような光景に硬直していた。
≪艦娘艦隊による特務執行権の行使が認められました。これよりこの海域では深海棲艦との交戦が開始されます! 民間船の方々は速やかに避難行動を行ってください!!≫
身動き一つできず唖然として救助した同業者と共に船上で尻もちを着いた俺や操船室の父と祖父に向かって巨大な肩越しに振り返った吹雪と名乗った艦娘の力強い口調に押されるように漁船はエンジンを吹かして走り出す。
それと同時に巨大な発砲音がハ級の砲口から聞こえ、続く金属同士がぶつかり合う爆発でも起きたかと思うほどの轟音に漁船の急発進でバランスを崩した身体を必死に動かして船体の縁に掴まる。
俺が見た先では吹雪が何処から取り出したのか分からないが錨が変形したようなデザインの巨大な斧を片手で振るいハ級が打ち出した砲弾を遠く彼方へと弾き飛ばしていた。
≪吹雪、吶喊します!!≫
吹雪の背負い物に付いているスクリューが渦のような輝きを纏い、まるでロケットエンジンでも背負っているのかと思えるほどの轟音を放つ。
スクリューに押されるように巨大な少女の身体が停止状態から急加速し、一足飛びに深海棲艦との距離を詰めて両手に掲げるように握った錨斧を悪趣味なドクロの脳天に叩き付けた。
一隻目の深海棲艦を一撃で屠り俺達に背を向けた吹雪が次の標的を狙って海原を駆けていく姿を最大速度で逃げる漁船の上で見送ってから三時間は経っただろうか。
まるで突然の大嵐に放り込まれた後に生還したような気の抜けた気分で俺は実家がある港町を水浸しの船上でへたり込みながらぼんやりと眺める。
船の縁に背中を預けている俺の耳に届く父親や祖父の会話から船団はあの激戦の中で助け出した知り合いの船が一つ海の底に沈んだのを除けば軽傷者が何人か出た程度で死人は一人も出さずに済んだらしい。
「・・・艦娘って、あんなにデカい女の子だったのかよ、本当に艦の娘だったな」
漁師にとって船を失う事は大損害ではあるが命に変わるほどの価値は無い、絶体絶命の危機に空から降ってきて俺達を助けてくれた可愛らしく少し垢抜けない顔立ちの防人の姿を頭に浮かべる。
人間を窮地に放り込むだけで後は何の役に立たない神様なんかよりもよっぽど有難い存在に俺は心の底から感謝した。
でも、まさか深海棲艦に追い回され、艦娘が空から降って来るとは思うまい。
10/30修正※爺ちゃんの年齢をちょっとだけ増やしました。八十代半ば→九十代手前