さぁ、ハロウィーンが終わればクリスマスだよ♪
・・・全く、日本人って奴らはお祭り事となると途端に節操がなくなるよな。
最近、季節のイベントが一カ月ぐらい早くやってきてる様な気がするよ。
そのうち十一月に初詣行こう、とか言い始めるんじゃないか?
2015年12月、世間一般ではクリスマスと持て囃されている時期、そんな冬の日に九州の端にある佐世保の港は今までに無いほどの活気に満ちており、その一角にある自衛隊が所有する基地の廊下を歩いている不景気そうな顔をした男が眼下の騒ぎを見下ろしてウンザリとした表情を浮かべる。
「全くお祭り騒ぎにしやがって、一応は国際って頭に付いた式典だってんなら屋台なんか出すなよ・・・」
「でも、皆さん楽しそうでよかったです、舞鶴の時みたいに変な看板持って基地に入ってこようとする人も今回はいないみたいですし」
文句を垂れる自衛官の青年、小笠原諸島から帰還し無精ひげをそり落として年相応の顔に戻った中村義男の隣で書類が入ったファイルを胸の前で抱く駆逐艦娘、吹雪が正しくお祭りとなっている港の様子を三階の窓から眺めて微笑む。
「いや、いまだにそう言う連中はそこらにいるぞ、今回は警備員が真面目に仕事をしてるだけだ」
「もぉ、司令官、そんな捻くれた事言ってると霞ちゃんにまた叱られちゃいますよ?」
続けて海外との渡航が正常化したらまた騒ぎ出すだろうよ、と予想を口にした中村の言葉に吹雪は少し不満そうに口を尖らせ、そんな会話をしていた二人は廊下の先にあった多目的ホールの前で立ち止まる。
「今居ないのに聞こえるわけないだろ、ここか、あ・・・、しまったな」
「司令官どうしたんですか?」
「いや、何て言うか、名簿確認してない、忘れてた」
「もぉ、司令官ってば、えっと・・・これですね、はい、どうぞ」
頭の上に乗っけていた軍帽を取ってばつの悪そうな顔をした指揮官の言葉に小さく笑いを吹き出した駆逐艦は胸に抱いていたファイルの中から数枚の資料を抜いて彼へと差し出す。
「それじゃあ行きましょうか、皆待ってますよ」
そして、それを彼が受け取ったと同時に吹雪が両開きの扉を押し開き、廊下より少し暖かい室温が溢れる室内へと二人は歩を進めた。
「全員整列! 司令官に敬礼!」
ハキハキとした口調で青いブレザーとタイトスカートに身を包んだ女性がその場にいた少女達へと命じ、それに反応した全員が素早く一列に並び部屋に入ってきた中村へと整然と揃った敬礼を向けた。
吹雪から手渡された資料を手に気の抜けた返礼を返して休めと命じる中村の声でその部屋で待っていた十人の艦娘達が気を抜き過ぎない程度に姿勢を緩める。
「えっと、那珂と不知火はわざわざ所属していた艦隊から抜けて戻ってきてくれたのはありがたい、だがやっぱり他のメンバーはダメだったか」
「みんな新しいプロデューサーさんの所でがんばってるみたいだよ~♪ でもぉ、トッキーとイクちゃんは舞鶴のロケが終わったら帰って来るから編成枠開けといてってさ~ミ☆ だよね~? ぬいぬい♪」
「はい、ですが仮に他の子達が原隊に復帰しなかったとしてもこの不知火がその隙を埋めるので問題はありません、司令。 そして、那珂さん、私を変な徒名で呼ぶのはいい加減にやめてください」
「ぬいぬいが~☆ 私を那珂ちゃんって呼んでくれたら考えたげる~♪」
無意味なうざ可愛アピールに余念がない自称艦隊のアイドルと誰に対しても刃物の様な鋭い視線を向けてくる陽炎型の次女の姿に妙な懐かしさを感じて頬を緩めた中村は改めて手に持っている資料と部屋の中にいる艦娘達を確認する。
「高雄と阿賀野は急な指名に迷惑は掛からなかったか?」
「いえ、中村二佐の様に素敵な提督からのお呼ばれに不満なんてありません、ぜひ私を艦隊に加えてください」
「ついに阿賀野が提督さんの艦隊で活躍する時が来たのね! 待ってたんだからぁ♪」
先ほど室内の艦娘達に号令をかけた高雄型重巡洋艦を原型に持つ高雄とその隣で聞いてるだけで緊張感が緩みそうになる口調で喋る軽巡艦娘が臍がチラリと目見える袖無しセーラ服の腰に両手を当てて胸を張る。
天真爛漫で協調性の高い軽巡艦娘、真面目で気配り上手な重巡艦娘、二人ともその整った容姿だけでなく性格のタイプは違えど精神的にも戦力的にも艦隊の中心となれる能力を持った非常に優秀な艦娘である。
その為、鎮守府の指揮官達から引く手数多となっている高雄と阿賀野だが、手元の資料を見ると何故か長くとも一カ月、短い場合には一週間で所属していた艦隊を抜けて、その後にまた他の指揮官からの指名で別の艦隊に所属すると言うヘルプ巡洋艦やアルバイト艦娘などと揶揄されるほど安定しない環境に身を置いていた。
二人ほど極端な例は少ないモノの自分にふさわしい指揮官を求めて短い期間で何度も艦隊を変える艦娘はいる事はいる。
その中で複数の艦隊を掛け持ちする者もいるが、大抵の場合は5~6回目ぐらいには所属を固定するものだ。
そして、今回、中村が鎮守府に戻った際に艦隊の再編成を許可されて特定の指揮官の下に就いていない艦娘を名簿から探したところ、その時たまたまフリーになっていた二人の名前を見つけて指名を掛けた。
だが他の艦娘を大きく上回る回数、艦隊の
この世界の艦娘というのは彼が前世の記憶を頼りに描いていた
少し考えたら当たり前の事だがより人間的に複雑になった性格を持っており、名誉や恥など指揮官の外聞と評価に対して敏感で中村達にとっては些細と感じる落ち度、例えば倒せる敵を見逃して撤退した事があると言うだけでも相手が自分に相応しくないと判断したら彼女達は素っ気なく所属変更するだけでなく指名や要請を拒否する事が良くある。
そして、小笠原に放り込まれる前ならともかく命令違反や責任問題で上層部の不興を買い不名誉な左遷をくらった指揮官である中村はその悪名のせいで自分からの指名を彼女達が受けてくれるとは思っていなかった。
しかし、その予想は外れて高雄と阿賀野は揃って彼の艦隊への編入を了解してくれた。
その二人に内心で頭を下げ感謝しながら一回の出撃で彼女らに見限られない程度には頑張ろうと低い志しを決め、中村は次の艦娘へと身体を向けて挨拶を行う。
「浜風も、まぁ、前の事はこちらの事情で迷惑をかけてしまったな。詫びにもならんと思うが不満があればいつでも言ってくれ、何でもは流石に無理だが一回ぐらいなら出来る限りの対応を約束する」
中村がクレイドルから目覚めて半年も経っていない彼女に対して才能があるとか良い装備を持っているだとか他にもいろいろと艦娘が好む傾向の強い言葉で煽て。
誑し込みも同然の方法で勧誘したクセに一方的に指名を反故にした後ろめたさから出た彼の言葉。
しかし、彼と向かい合った駆逐艦の中でも抜群のプロポーションを持つ少女は真面目に引き締めていた顔に少し笑みを浮かべる。
「提督、勿体ないお言葉ありがとうございます・・・、駆逐艦浜風、これより貴艦隊所属となります!」
彼が入室した時の挨拶と同じ様にびしりと背筋を伸ばし肘を張った理想的な敬礼で浜風は二度目の指名を受けて彼の艦隊に参加する旨を宣言し、その銀髪少女の予想外の好意的な態度とその瞳に宿る妙に強い熱意に溢れた視線に小さく首を傾げ。
二つ三つの嫌味は覚悟していた中村は妙に友好的な浜風の姿に肩すかしをくらいつつ残りの艦娘達へ顔を向けた。
「今回の公開演習だけだが、陸奥もよろしく頼む」
今回の命令の為に一時的に自分の艦隊へと所属する事になる長門型戦艦二番艦の艶やかな微笑みに指揮官は居住まいを正す。
「毎回、司令部は面倒な要請を出すわねぇ、私達戦艦だけが出撃の度に航海計画を書いて司令部に許可を貰わないといけないって決まりも横暴だわ、今回はあっちが頼んできたんだからそれの提出も免除するべきでしょ?」
「まぁ、それは俺だけじゃない指揮官全員が抱えてる不満でもあるな、しかし、男は大抵戦艦に憧れるもんだ。その決まりが無くなったら人数の少ない戦艦娘は出撃の忙しさで身体が幾つあっても足りなくなるぞ?」
それはそれで嫌だわ、と笑う陸奥へと苦笑を返して中村は、実は部屋に入ってから視線を出来るだけ反らしていた相手へと言葉では表現し辛い複雑な表情で向かい合う。
陸奥と同じ様に司令部からの推薦と言う形で自分の艦隊に参加するが、その戦艦娘と違ってこれから中村の艦隊へと正式に登録される空母艦娘、大鳳型装甲空母を原型に持つ大鳳が他のメンバーと同じ様に誇らしげに胸を張っていた。
「た、大鳳かぁ・・・」
「そう、私が大鳳。これからは貴方と機動部隊に勝利を約束するわ!」
「大の字で墜落する大鳳かぁ・・・」
「ちょ、提督っ!? その言い方は誤解があるわ! あれはただ私の装備が他の空母と違う重量バランスのせいで風の影響を受け易いからでっ! それにいつも落ちてるわけじゃないのよ!? それに・・・」
中村のため息にも似た呟きで赤城と加賀と並んで鎮守府の施設を破壊する胴体着陸の
その悪名はともかく猛スピードで基地内の壁や屋根をぶち破ってもほぼ無傷で済む他の空母と一線を画す強力な障壁を持つ大鳳は数少ない実戦でもその装甲を遺憾なく発揮して身体に直撃した重巡級の砲撃を跳ね返すと言う荒業をやってのけた事もある。
それは直後にバランスを崩して千数百メートル上空から墜落して真下にいた駆逐ハ級のキールを真っ二つにへし折りながら海に太平洋に衛星からも見えるほど巨大な水の柱を作った事を含めて鎮守府では有名な話となっている。
そして、小破した大鳳の落下によって気絶した指揮官と待機状態で海原に放り出された艦娘達を救出する為に駆けつけ隕石が落下したかと思うほどの水柱を目撃した艦隊こそ中村とその指揮下の艦娘達である。
大鳳自身が一航戦と同じ様に空母鳳翔が行う戦闘方法を新しい時代の空母の見本としている為にただでさえ少ない指揮官からの指名がその事件を境に彼女の優秀な能力に反比例して減り、資料を見る限り中村の前にいる空母艦娘はここ四か月は出撃も無くフリーの艦娘として鎮守府で座学と自主練の日々を続けていたらしい。
つまり彼女がここにいる理由とは艦隊メンバーの補充員の推薦と言う名目で司令部が鎮守府の問題児の一人である大鳳を中村へ押し付けてきたと言う事でもある。
「そうか、いや俺が悪かった、大鳳、君は我が艦隊初の正規空母級だ、馴れない指揮をするかもしれんがよろしく頼む」
「ええ! こちらこそよろしくお願いします! 提督に大鳳型装甲空母の本当の戦い方を見せてあげるわ!」
一通り彼女の主張に耳を傾けていた中村が苦笑を浮かべて謝り、握手を求めると機嫌を直した大鳳はそれに応じる。
「さて、これで全員のはずなんだが・・・えっと、なんで君達もいるんだ?」
それはともかくとして、手元の資料と見比べながら新しく自分の部下となる艦娘達と挨拶を交わした中村は部屋に入ってからさも当然と言う顔で浜風の横にいる駆逐艦達、磯風、浦風、谷風の三人へと問いかける。
「ふふふっ、それはこの磯風自ら貴様が我々の司令にふさわしっ、むぐっ!?」
「うちらは式典に参加するついでに浜風の提督さんに挨拶しにきただけじゃ、気にせんでええよ」
オレンジのスカーフタイが彩る薄紺色の襟のセーラー服を身に纏った浜風の姉妹艦、磯風が無意味に偉そうな物言いを中村に向けている途中でその背後に立った谷風の手で口を塞がれ、その様子に苦笑しながら浦風が取り成すように自分達の事情を口にする。
「本当なら谷風達も中村さん所のお世話になりたいんだけどねぇ、アタシ達からはまだ申請が出せないんで、ま、今回は顔見せみたいなもんだと思っといてよ」
もごもごと何やら文句らしい言葉を呻いている姉妹艦の口をふさいだままその背後から顔を出した谷風の言葉に中村はつまり自分が何度か鎮守府の食堂で遭遇した艦娘からの逆勧誘と似た様なモノか、と思っていたより艦娘達から見た自分の人気が落ちていない様子に安堵して頷いた。
「それでは提督、今後のご予定はどうなさりますか? なんでも仰ってくださいね」
新しい指揮官への期待に満ちた言葉をその場にいる全員を代表して言った高雄へと中村は次の瞬間に真面目さを取り繕っていた顔にへらりと軽薄な笑みを浮かべ。
「へぇ、何でもか・・・なら、そうだな、取り敢えず」
いきなり変化した彼の表情と態度に目を丸くする艦娘達の前で司令官はおもむろに口を開いた。
「俺は飯食って寝る・・・君達は各自、式典の参加に備えて待機せよって所だ、以上」
「えっ? て、提督、それはどう言うことでしょうか?」
今回の中村に出された命令書や資料を収めたファイルを抱いている吹雪だけが彼の隣で苦笑いをして、吹雪以外の全員が唖然とした表情で指揮官の青年へと視線を集中させる。
「んっ? ハメを外さない程度なら下の方に遊びに行ってもかまわないぞ?」
「そうではなく私達にお手伝い出来る仕事を・・・?」
そして、彼の目に生気が無くまるで沼の様に澱んでいる事に高雄達は遅まきながら気付く。
「なに、いきなり辞令が来たと思ったら、夜逃げみたいに出発を急かされてな?」
前触れも無く霞が持ってきた辞令によって本土に呼び戻される事になってから自分の交代の為にやってきた三人の指揮官と十数人の艦娘艦隊へと硫黄島警備の引継ぎを行い。
「小笠原から鎮守府に戻った直後に九州に行けって言われて、そこからまた電車とか乗り継いで・・・ここまでまともに寝てねぇんだ、俺ら・・・ははっ・・・」
数日の停泊の後に日本へ帰る輸送船団に置いてけぼりにされない為に慌ただしく私物や提出する書類を纏めたり、鎮守府に戻ったら艦隊の再編成と研究室から硫黄島で運用された新技術のレポートまで要求され。
とにかく彼とその指揮下の吹雪達はここ数日、深海棲艦との戦いとは違う方向性のハードスケジュールに追いかけられていた。
「悪いが午後から始まる式典で君達の晴れ姿を見る事は出来なさそうだ、本当にすまない・・・」
「い、いえ、提督は自分の身体を大事にしてくださいっ!」
「ええ、そうよ、私達の事は気にしないで提督さんっ!」
そして、諸問題を片付けて目元に隈を浮かべてここにいる中村と彼と共に小笠原から帰ってきた五人の艦娘は式典に参加せず、次の予定が入っている明後日までやっとまともな休息を得る事になった。
一応は船や新幹線での移動中に仮眠をとる事はしていたがそれでも強行軍とも言える数日間の忙しさに溜まった疲労に乾いた笑いを漏らす彼が挨拶もそこそこに吹雪に付き添われて部屋から出ていき。
部下である自分達に頭を下げてから去っていく背中が煤けて見える指揮官の後ろ姿にその場の艦娘達は彼への心配で胸を揺らした。
「ふむ、私が見た所、聞いていた程の覇気がある男ではないようだな!」
「磯風! 提督に失礼な物言いは許さないと言ったはずです!」
「かぁあーっ! アタシ達の指揮官になってくれるかもしれないんだから、ちょっとはしおらしく猫被れってんだい!」
尚、若干1名、揺らしていない者もいたがすぐさま妹の左右から二人分の平手で叩かれて頭を揺らし、小気味の良い音と短い悲鳴が部屋に響き。
そして、彼女達がいる建物から見て遠く人込みのざわめきが聞こえてくる港湾施設の方向から何かの発進を知らせる様なサイレンがわずかに聞こえる。
・・・
まるで鼓動する様に重く鈍く唸るタービンの音、擦れ合う鎖の音が天井へと収納され薄暗い船渠の扉が黄色い回転灯の光と共に左右にゆっくりと開き、甲高いサイレンの音が断続的に広いドックに木霊して出航を待ち望んでいた14mの人型が赤と白で縞模様に彩られた脚を光が差し込んできた方向へと踏み出す。
『こちらで確認している数値は安定しているが、そちらの調子はどうだ? ・・・島風』
《にひひっ♪ 最っ高ぉ、これでもう誰も私に追いつけ無いんだからっ!》
頭の中に直接聞こえてくる指揮官の声へと返事をした煌めく金髪の少女は白いロンググローブに包まれた手で腰の左右に固定されている連装砲の様な形をした装備の頭を撫で、島風の履いているハイヒール型の脚部艤装がスクリューを回転させドッグ内の水面で燐光と水飛沫を立て始める。
『S4ユニット、全機の動力始動を確認、姿勢制御は島風ちゃんの重心移動に同期させます』
『しかし、公開演習の直前にこんな色物を捻じ込んでくるなんて、研究室は玩具で遊んでいるつもりなのか・・・』
『でも、この装備の着想と原案は提督と中村二佐の話からだと伺っていますよ?』
大型船の修理だけでなく建造も可能な屋内船渠からゆっくりと滑る様に出てきた島風の艦橋で彼女の指揮官である田中良介特務二佐が呆れ声を零し、最速の駆逐艦娘の為に用意された新型装備の試験運用を補助する為に艦橋にいる軽巡艦娘の夕張が彼へと聞き返す。
12cm口径連装砲の下に円柱の胴体と四枚のヒレを付けられた機械、島風の腰の左右と背面艤装の上に増設された懸架装置に固定されている三基の連装砲の正面にはコミカルな表情を象ったデカールが張られており兵器であるのに妙な愛嬌を醸し出している。
『・・・本当に作るとは思ってなかったんだよ』
『まぁ、主任はまだ今のS4の出来に満足していないみたいですけどね、提督達の前世の世界にいた島風ちゃんが装備していたのは無線式だったんですよね? 研究室の皆も絶対に再現してやるってやる気満々ですよ』
『あれはまぁ、無線式と言えなくも無いが、いやそれよりもそのデータを集める実験に付き合わされる身になって欲しいんだが』
夕張と妙に浮かない調子で話している指揮官の様子が少し気になりつつも島風は【連装砲ちゃん】と呼ぶ事にした自分専用の新型装備。
【Strike‐Sub‐Screw‐System】直訳すると打撃を与える補助推進機関と言う字面だけでは何が何だか分からない代物を彼女は自分でも意外だと思うほど気に入ってしまった。
主砲や雷装などの装備は基本的に重りにしかならないと考え常日頃から自分の端子は推進機関を増設する為にあると言って憚らない島風は自分の早さを損なわずに火力も増やせると言うこの新型に殊の外期待しているのだ。
『こう言う事を平気でやるから研究室が変人集団と呼ばれるんだ・・・はぁ・・・』
『あはは、まぁ、悪名も名声の内と言いますから、島風ちゃん・・・S4の公試運転を始めるわ、準備は良い?』
『計測開始地点を表示する、そこで一時待機してくれ』
自分が早くなる事に不満を見せる指揮官の言葉に小さく拗ねかけていた島風は夕張の言葉で表情を不敵な笑みへと変えて微速前進をから一時停止する。
そして、体を大きく前傾させて指を広げた両手を佐世保の海へと付け、まっすぐ顔を前方に向けながら短距離走選手がするクラウチングスタートの姿勢で両足の
《いつでもいーよ、ゆーばり、提督!》
背中と腰の左右でタービン音の高まりを感じそれに合わせて自分の鼓動も高まっていく高揚感に頭の上のリボンもウサギの耳の様に高く天を指している様な気になってくる。
煩わしい他の人とのやりとりは全て司令官と夕張に任せ、自分はただ走る事だけを考えることが出来る時間の到来に少女は意気をその痩身に漲らせていく。
『予定航路を表示する、S4に振り回されてナビゲーションから離れてくれるなよ、島風』
少し心配してくれている田中の言葉に彼を自分のスピードを
《大丈夫だってば、連装砲ちゃんは良い子達だもん♪》
その島風がいる船渠前の港湾施設のさらに遠く、一般人でも入れる港エリアには祭りの様な人だかりが出来ており、少なくない者達が手にカメラや携帯のレンズを海の上に現れた駆逐艦娘へと向けている。
その全ての人間が現れた島風の特異な容姿に驚きの声を上げ、その人々の喧騒をバックコーラスにして島風は海に手を突いて踵のスクリューが作り出す推進力をバネのように脚に溜めていく。
『測定を行ってくれている船とのデータリンクも完了、・・・島風、出航せよ!』
田中の手で推進機を制御するレバーが引き上げられた。
胸の奥でガチリと歯車が噛み合う感覚に島風の口角が吊り上がり、新しい三つの心臓が増設端子に繋がるケーブルから彼女の神経へと力強い鼓動を伝える。
白い長手袋が海面から離れ脚部艤装に溜め込まれていた推進力が水飛沫を放つ両足のスクリューから解き放たれた。
0秒から1秒、1秒から10秒、たった一歩と二歩の間隔でその身体を時速100kmまで加速させた少女は更に三歩目でその数字を倍にし、四歩目と同時に獣の咆哮にも似た轟音を上げてその背中と腰に装備されたS4ユニットの後部スクリューが光の渦を放射する。
背中がへし折られるかの様な重圧に押され、今まで感じた事の無い急激な加速度に一瞬だけ恐怖にも似た感覚を疼かせた島風だが、その表情は深く笑みを浮かべ反射的に彼女は身体を更に前傾させ、両手を広げ指先が海面を撫でる程の低姿勢で更に加速を得ていく。
S4の推進力と自前の推進機の方向を巧みに操作し空気の壁へと挑む島風が佐世保の湾内から飛び出し大海原へとその細身を躍らせ、同じ駆逐艦達の最高速度である400ノットを踏み越え、指揮席に表示される速度計が420、440とその数字を増やし。
前方の海面に一定間隔で点在するセンサーが詰め込まれた幾つものブイが島風に掠められただけで車にはね飛ばされたボールの様に空を舞う。
『ぅっぉ・・・ぐぅっぅ、これは、・・・凄まじい、なっ!?』
『んぐぐっぅ、現在速度、481ノッ、ト・・・耐えてください、まだ上がりますよぉっ・・・!』
障害となる風を穿つ為に障壁を前面に最大展開しているのに窒息しそうな息苦しさを感じ始めた島風は艦橋にいる田中が呟いた言葉にこれ以上ないほど明るい笑みを浮かべる。
自分の指揮官が凄まじいと、「スゴイ」と、この島風の速度を褒め称えたのだ。
その言葉をそう受け取った
《ぅっうっ! ま、まだまだぁっ!! もっと、島風は早く走れるんだからぁっ!!》
増設装備を固定している基部がガチガチと不自然に振動し、更なる加速によって光の尾を引く流星と化した島風の目の前に広げた障壁が加速と空気抵抗で先端を鋭角に形を変え海を切り裂き。
数キロ離れた場所で観測を行っている船の船員達は前方を光と風が通り抜けた直後に巻き起こる突風と水飛沫にあおられて口々に驚愕を叫ぶ。
視界の中に浮かび景色と重なるガイドラインに表示されるメートル数の減少が島風に
走る事に過剰な程のプライドを持つ少女は終わりに向かって、あと少しだけ速く、もう少しだけ早くと液体の様に押し寄せてくる空気の壁を削り手を伸ばして泳ぐ。
そして、その艦橋に表示された速度計の数字が601を知らせたと同時に腰に固定されていたS4の左側の接続部が砕け、連装砲の一機が脱落して海に叩き付けられる。
瞬間、海を引っ掻くその連装砲に繋がったケーブルが接続された島風の背筋に強い痛みが走り抜け、彼女は自分の背骨ごと引き抜かれるのかと錯覚した。
『緊急停止ぃっ! 夕張! エアブレーキだっ!!』
その次の瞬間、自分を前へと突き動かしていた推進機関が指揮官の手によって全て停止し、少女の身体が慣性に従って宙へと投げ出され。
『くっぅ、了解、ドラッグシュート展開しますっ!!』
超高速で島風の身体が海面へと叩き付けられる寸前、田中と夕張の叫びで背面艤装に装備されていた数個の空力ブレーキが花開く。
推進力を失った駆逐艦の身体が風を受けてまるで走り幅跳びのような姿勢で急激に失速し、数分間の空中浮遊の後に尻から海原へと着水した。
亜音速領域へと踏み込んだ直後に失速した島風は青空の下、蒼い海の上で肩を上下させ未だに落ち着かない心臓が作る熱に浮かされたまま空を見上げ、その形の良い鼻から血を滴らせながらこれ以上ないほど溌剌とした笑顔を浮かべる。
《提督っ! 私すごいでしょっ! すっごく速かった!!》
今にも腹を抱えながら笑い出しそうなほど機嫌良く海に座り込んだまま島風は自分の中にいる指揮官へと自慢を隠す事無く喜色に染まった声を上げる。
『ああ、それ以外に言い様が無いよ・・・はぁ、痛っぅ・・・560ノットが加速限界と言っていた主任をとっちめたい気分だ』
《でしょっ、だって私、速いもん♪》
気味の良い疲れに包まれながら少女が笑う、若干指揮官と言葉の行き違いが有るのだが、それに気付かずに島風は自分の速さはついに風すら陵駕したのだと言う実感に笑い声を空に向ける。
(連装砲ちゃんと提督にもらった力、この二つがあれば私はあのズルい子だって追い抜かせるんだから!)
時間を止めると言う卑怯な方法で自分から最速の座を奪った特型駆逐艦娘への一方的なライバル心を燃やして島風は自分の腰から脱落したS4ユニットのケーブルをたぐり寄せて手元に戻して抱きしめた。
両目が陽の光を感じた時、私は目覚め、自分が生きていると実感する。
海原に立ち、速さの世界に挑む時、私の魂の全てが解き放たれる。
それは潮風の中に溶け込んで、私が確かに生きている事を教えてくれる。
そうだ、私は此処にいる!
私が