艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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指揮官T「・・・と言うわけで公園内の屋台では酒保コイン一枚を百円玉として扱う事ができるが釣り銭は出ない。注意と連絡事項は以上だ、それでは会場外に出ない事と集合時間を厳守せよ!」

イージャン♪ リョーカイ! ワーイ♪ ヤター♪

指揮官T「・・・君達は待て、待つんだ!」

ナンデチ? オサケノコトカナ? ノマセマセン!

指揮官T「その恰好のまま行くんじゃない、今すぐ用意された制服を着てくれ!」

ナンデー? ドボーンデキナクナッチャウ! セーフクナラチャントキテルヨ?

指揮官T「嫌だと言って君達が反抗するなら大鯨に来てもらう事になる! 朝から屋台の設営や準備で忙しい彼女に、だ!」

オウボウダー! デモ,テイトクガノゾムナラ・・・. キュウクツナフク,ヤダー!

センスイカンガナンカ,サワイデル. アノコタチイツモ,ミズギダヨネー.

指揮官T「君もだ、外に行くなら直ちにまともな服を着たまえ」

空母U「(´・ω・`)ェー」

指揮官T「えー、じゃない!」


第五十一話

(あれって確か、艦娘の島風だったよな?)

 

 ある意味では艦娘が公式の場で初めてその姿を現す事になる式典。

 長崎は佐世保の港で開催されているそのイベント会場の真横、式典への参加チケットを持たなくとも入場料を払えば入れる海を臨む公園は日本中から集まった野次馬や海外からの旅行客などで騒がしい。

 だが、そのお祭りは目の前に広がる佐世保の海に自衛隊からのアナウンスと共に大型ドックから歩み出てきた巨大な少女、その特徴的な見た目から前世で触れていた艦隊これくしょんと言うゲームで看板キャラクターも勤めていた駆逐艦娘の出現で感嘆のざわめきに変わる。

 

「いくら何でも、速すぎだろ・・・」

 

 抽選に当たった式典の参加チケットを手にはるばる福島の港からやってきた俺と爺ちゃんを迎えたのはサプライズイベントなのかそれとも予定外なのか、突然に始まった黒いウサ耳リボンを揺らす駆逐艦娘による新装備の試運転だった。

 

 ただ、俺が分かったのはその島風が短距離選手の様に海に両手を突いて発進に備え構えた姿と警告音の様なブザーが臨海公園まで届くほど大きく鳴り響いたと同時に爆発したような轟音を立て、文字通り目にも止まらぬ速さで海原へ向かって小さくなっていく光の線だけ。

 

「あー、くっそ、何でぇあのヘンな面した大砲はっ、邪魔で尻が見えんかった!」

 

 俺のすぐ近くで手をひさしに目を丸くしていた御年90歳の爺が悔しそうに俗っぽいグチを吐き捨て、いきなり現れて風の様に去っていった駆逐艦娘の迫力に静まり返っていた場所では妙に大きく聞こえる。

 その様子に誰かが吹き出した笑いが聞こえた事を切っ掛けにお祭りの騒がしさが戻ってきた。

 

「爺ちゃん止めてくれよ、恥ずかしいじゃん!」

「アホか、坊主、目の前に見えそうな尻があったら見るのが男ってもんだろがっ!」

 

 そのセリフを堂々と言いわれてもただ恥ずかしいだけで両手が近くの屋台で買ったカレーの皿で塞がっていなかったら目の前の禿頭をひっぱたいてやっているところだった。

 こういうお祭りのでは珍しく汁みたいなルーでではなく300円と言う値段に対してボリュームがあり味もレストランに出せるぐらい美味いこのカレーは艦娘が手作りしていると言う宣伝文句が屋台の看板に付いていた。

 

(可愛い子達だったし、服装は奇抜でそれっぽかったけど、艦これの艦娘の中であんな恰好した子達なんて見た事ないしな)

 

 警備らしい自衛隊に見守られながら呼び込みと注文を受けていたおっとりとした雰囲気の女の子もその後ろで鍋を掻き混ぜていたおでこの広い頭の左右に青い大きな二つのリボンを付けた女の子もまるで大正時代からタイムスリップしてきた女学生の様な着物と丈長の袴を身に着けていた。

 

 だが、艦これがゲームとして存在していた前世の世界の記憶からそれなりに彼女達に詳しい俺にはそんな姿の艦娘に見覚えは無かったので、もしかしたら近所の中学生か高校生がこのイベントに協力していてそれっぽいコスプレをしているだけなのかもしれないと考える。

 

「まっ、こんな人の多い場所にいるわけないし、当然ちゃ当然か・・・」

「もし、そこの貴方、少しよろしいかしら?」

「・・・へっ、あ、何ですかっ!? すみませんウチの爺が下品な事言ってて」

 

 今も未練がましく島風が走っていった海へと顔を向けているエロ爺に呆れていた俺は後ろから掛けられた清楚な雰囲気の声に頭を掻きながら愛想笑いを返しつつ振り返る。

 

「なんの事かしら? それよりもお聞きしたいのだけれど、この地図のここへ向かうにはどの道を行けばよろしいかご存じかしら?」

「・・・ぇっ?」

 

 オレンジ色のスカーフが襟元を飾る焦げ茶色のブレザーに少し薄い同系色のスカート、ベージュに近い茶髪を妙な形をした金属の髪留めでポニーテールにしている女の子。

 見た目の年齢で言うなら十代後半だろうか、明るい灰色の瞳が映える整った顔立ちと清楚な育ちの良さを感じさせる雰囲気も相まって見た目だけならお嬢様学校に通う女子高生に見える。

 

「ちょっと! (わたくし)の話をちゃんと聞いていらっしゃるのかしら?」

「あ、ああ、えっと・・・式典の会場っすか、それならここからあの高い建物の方に海沿いの道を行けば着くと思う、俺、初めてここに来たから自信はないけど」

 

 前世では艦これの画面の向こうにしかいなかったはずの重巡洋艦娘、熊野と瓜二つの特徴を持った姿をした女の子が差し出してくる地図の地点を手振りで教え俺はふわりと彼女の方から漂ってくる品の良い香水だろうか、その花の香りに自分の見ている相手が現実か幻かどうかすらを暫し迷う。

 

(って、コスプレって言うにはレベルが高過ぎだろ! 前世で艦娘のコスプレしてたレイヤーさん達が裸足で逃げ出すぞ!?)

 

 所謂、サブカルチャーと呼ばれる類のイベントに現れる創作のキャラクターになり切る趣味人のソレとは一線を画す、細部は絵だった時と違う部分があるもののむしろそれが変な言い方になるが目の前の女の子がここに存在していると言う自然な説得力となっている。

 その見た目の年齢以上に堂々としている存在感にしどろもどろになった俺の案内を聞いてから自分の持つ地図が印刷されたパンフレットへと目を向けて彼女は口元を~線にした。

 

「いえ、方向は分かるのですけれど・・・先ほどから同じ場所に戻ってきてしまいますの」

「よ、良ければ一緒に行っても構わないけど? 俺と爺ちゃんも式典に参加するチケット持ってるからさ」

 

 困り顔を浮かべて物憂げな溜め息を吐く姿すら絵になるお嬢様から目を離せず、俺はポケットの中に突っ込んでいた若干シワが寄っている紙切れを取り出して見せる。

 

 直後にそれはありがたい申し出だけれどそちらの迷惑になるから、と御淑やかな言い方ながらお嬢様に断られて肩を落とした俺を島風が走り去った海を見ていた爺ちゃんがこちらを横目で睨みヘタレめと吐き捨てる。

 そして、このまま迷子の嬢ちゃんを放っておいた方が気分が悪い事になると強引な言い方で取り成してくれた。

 

「では、その・・・お言葉に甘える事に致します」

「よろしく、俺は松木景助、福島の方で漁師やっててチケットが当たったから爺ちゃんと一緒に来たんだ、そんでこっちが俺の爺ちゃんな・・・それで、君は?」

「・・・そうですね、では私の事は人見とだけ名乗らせていただきます、案内よろしくお願いいたしますわ」

 

 垢抜けたと言う言葉がそのまま美少女になった様な女の子は丁寧に俺と爺ちゃんに頭を下げ、その姿に見とれてしまった俺の腰を真横の爺がにやにや笑いながら意味なく肘でつっついて来たのでカレーを食べ終わった紙皿の底で軽く払ってやった。

 と言うわけで俺は艦娘の熊野にそっくりな姿をした人見と名乗るお嬢さんを屋台の群から脱出させる手伝いをする事になったのだが。

 

「まぁ!? この細工物は神戸の職人が作りましたの?」

 

 と言ってアクセサリーが売っている売店を覗き込むだけに収まらず、俺の声を聞かずに自衛隊の装備を展示している建物の中にまで迷い込み呑気な顔で迷彩服を着せられたマネキンを趣きが無いとか何とかとずけずけ酷評する。

 そんな勝手に動き回るお嬢さんの背を押すように説得し、何とか屋台の通りまで戻って一息吐いた俺はなんの進展も無いどころか振り出しに戻った事実に気付き額に手を当てて呻いた。

 

「先ほど通りかかった時にも気になっていましたの、では、これと同じ物をそちらのお二人にも」

 

 と、こっちの苦労をまるごと無視して人見はおそらく百円玉がたくさん入っているのだろう妙に庶民的で大きい巾着から銀色の硬貨を取り出し巨大な串焼き肉の屋台でケバブを買う為に立ち止まる。

 

 そんなふうに寄り道を10m進む度に繰り返して目の前のお嬢さんがひたすら道草を食う。

 カレーの皿の代わりに串焼き肉を手に入れた俺は呆れが混じった表情で助けを求めて爺ちゃんの方を見るけど、女の買い物に付き合うのも男の甲斐性だ、と短く言ってジジイは歯が数本抜けた口を大きく開けて焼きたての肉を呑気に食べ始める。

 

 諦観に遠い目となった俺はあれこれと興味を引かれた方向へと目移りを繰り返す人見のどこにでも居る普通の女の子らしい姿に彼女が艦娘の熊野ではなく偶然に似た雰囲気の顔立ちで同じ様なデザインの制服の学校からこのイベントへ来たお嬢さんだったのだろうと苦笑しながら納得する事にした。

 

(つっても、もう会場も開いてるだろうし入場の列に早めに並ばないと・・・)

 

 そんなこんなで一時間は経っただろうに屋台エリアからすら脱出が出来ず。

 そろそろ、式典が始まる時間が近づいてきているのを腕時計で確認した俺はそれを伝える為に人見に話しかけようとした。

 のだが、それとほぼ同時に屋台で手に入れたスーパーボールの弾力に驚きコンクリートの上で跳ねさせる事に夢中になっていた人見がいきなり背後から声をかけられて驚いた様な顔をして式典会場がある方向へと顔を向ける。

 

「ぇっ? ・・・鈴谷? あら、まぁっ! もう集合する時間なの?」

 

 なんの前触れも無く隣に見えない相手が居るかの様に虚空へと話しかけると言う奇妙な行動を始めた人見の姿に面食らった俺と爺ちゃんは揃って目を丸くし。

 

「ええ、今すぐに、・・・もぅ、この私を誰だと心得ていますの? そんなに心配せずとも一人で会場に向かえますわ」

 

 背筋を伸ばして胸に手を当てながら自信満々に俺達を連れ回して迷走していたお嬢さんは誰もいない場所に向かってツンと高飛車に顎を反らした。

 

「ふぅ、・・・失礼は承知しておりますが少々急がないといけない事情ができましたの、それではお二人ともごきげんよう」

「は、はぁ、え、って!? そっちは出口の方だぞ! 式典会場はこっちの道だっ!」

 

 急ぎながらも優雅な一礼、そして、子供に混じってポイを片手にビニールプールの中から掬ったゴムボールを懐にしまったお嬢さんは目的とは微妙にずれた方向へと足早に向かおうとする。

 その姿に爺ちゃんが堪えきれなかったのかくくくっと笑い、俺が大声で呼び止めれば人見はその品の良い顔を真っ赤にしてすごすごとこちらへと戻ってきた。

 

 もうこの妙なお嬢さんが迷子にならないように手でも掴んで引っ張って行った方が良いんじゃないかなんて考えが俺の頭を過った時、式典会場へと向かう道の方から痴漢と叫ぶ女性の声と帽子を目深に被って簡易マスクをつけた男が人混みから転げる様に走ってきた。

 周りの人を威嚇する様に手を振り回す男が唐突に突っ込んでくる姿に驚きながら俺は反射的に人見を庇うように彼女の前に立って構え衝突に備えようとする。

 

「女の尻が触りてぇならセコい真似してねえで口説いてモノにしてから堂々とやりやがれ、阿呆が」

 

 だが、マスク男が俺にぶつかるよりも先に爺ちゃんの吐き捨てる様な呆れ声と同時に横合いから年を感じさせない素早さで突き出した足が男の足元を払い。

 俺の目の前で大きく転んだ男の上着から幾つかの財布が飛び出して路上に散らばる。

 

 複数の財布を一人で持っていると言う不自然さに加えて地面に落ちた財布はデコレーションされた見るからに女物、数万はしそうなブランド物の皮作りなどで目の前の革ジャンを土埃で汚している男には似合わないデザインをしていた。

 

「こいつ、痴漢じゃなくてスリかよ!?」

「っく!? このクソ爺!!」

 

 俺の驚きの声と明らかな犯罪の証拠にさすがの爺ちゃんも呆気に取られたらしく苛立たしげに立ち上がった男がその勢いのまま振り上げた拳の前で棒立ちになってしまう。

 いくら普段から殺しても死ななそうに見えても九十歳のジジイが若い男に殴られたら怪我だけでは済まない。

 

「ふざけんな、やめろっ!」

「いえ、心配ありませんわ、私が居ますもの」

 

 スリ男に飛びかかってでも俺はそれを阻止しようと動こうとしたのだが、それよりも早く俺の背後から滑らかな足取りで躍り出た人見が爺ちゃんと男の間に割り込み。

 スリの拳が爺ちゃんの顔にぶつかる寸前、その手首を人見が無造作に掴んで止める。

 

「なっ、ぎゃわぁああっ!?」

「まぁ、男子がこの程度で情けない声を上げるべきではありませんわ、そちらの方やお爺様を少しは見習いなさいな」

 

 俺には彼女がただ無造作に腕を掴んで軽くひねっただけにしか見えないその動作の直後にスリはまるで腕の骨が折れたかの様な悲痛な叫びを上げて地面に倒れ込みもがき、その見事な手際に周囲から感嘆の声が漏れ。

 自分よりも背が高い男を赤子の手を捻る様に無力化した人見は男の腕を捩じりながら俺や爺ちゃんへと澄まし顔で華麗に一礼して見せて野次馬が感心にどよめき小さく拍手が起きた。

 

 その少し後、周りで見ていた誰かが呼んだのか駆けつけてきた警備員へと人見はスリ男を指して不埒者であると言いながら引き渡す。

 

「あ~! やっと見つけた! 熊野、こんなとこで何やってんの!?」

 

 突然に始まってすぐに終わった捕り物に集まった野次馬が犯人が連行されていった事で次第に元の流れへと戻り始め、ホッとしたのもつかの間、今度は女の子の良く通る声が俺達のいる場所に飛んできた。

 

「あら、鈴谷、迎えは必要ないと返事しましたわよ?」

「はぁ!? ホント、どの口がそんな事言ってんの!?」

 

 移動している人の群から人見と同じデザインの制服を来た少女が薄緑色の長い髪を揺らしながら顰めっ面で現れて呑気な返事を返すお嬢様へと詰め寄り。

 その名前は重巡洋艦娘、確か最上型とか言う括りの艦娘を指すもので、その声を切っ掛けにして俺の頭の中に眠っている朧気な艦これの思い出から何枚かのイラストが引っ張り出され、向かい合って話をしている二人の女の子達の姿とそれが重なる。

 

 その鈴谷と呼ばれた少女が肩を怒らせて、何でちょっとアイスクリームを買う列に並んでいる間に居なくなったのか、などと人見、いや、重巡洋艦娘であろう熊野を責めるような言葉を発するがそれに対して自信満々な態度を崩す事なくお嬢様は些細な事であると鷹揚な態度を見せる。

 

「騒がしいぞ、鈴谷、人前でその様に取り乱すな」

 

 そんな姦しさと彼女達の整った顔立ちで周りにまた人垣が出来そうになったと同時に女性にしては落ち着いた低い声が聞こえ、その方向へと俺が目を向けると入り口で案内のパンフレットを渡してくれた女性自衛官が着てたモノと同じ制服を身に着けた美女が腰まで届く長い黒髪を揺らしながら堂々とした態度で現れた。

 

「え~っ! アタシが悪いワケじゃないしょっ、絶対、勝手に逸れて迷子になってた熊野のせいだってば!」

「それとこれとは話が別だ、艦隊の規範となるべき我々が周囲の目がある時にそのような態度をとるなと言っている。 熊野、お前もだ」

「・・・あら、私がどうかいたしましたの?」

「自らの不覚で規律を乱し仲間を不安にさせた自覚があるなら太々しく誤魔化すのではなく相応の態度を取れ」

 

 何故かファッション雑誌のモデルが束になっても敵わない様な美女であるのに鈴谷を言葉と視線で黙らせ、その男勝りの態度と低い声のせいで下手な男よりも迫力がある女性は鋭い視線を熊野へと向けて、姉妹からの苦情に表情一つ変えなかったお嬢様はばつの悪そうな顔で女性からの鋭い視線から逃れるように顔を反らして偶然に俺と向かいあった。

 

「ん? 彼らは・・・?」

「私が少々お世話になった方々ですわ、お二人とも先ほどは失礼しました・・・そして、この度は本当にお世話になりました」

 

 そして、両手を身体の前で揃え折り目正しく頭を下げてきた人見(熊野)は、ではまたいつか、と丁寧な礼と別れの挨拶を告げ。

 彼女を迎えに来た鈴谷に手を引かれ素っ気なさを感じるほど簡単に人込みへとその姿を消す。

 

 突然に現れて気付けばいなくなるなんてまるで夢か幻から目覚めた様な気分だ、と頭を掻いた俺はふと爺ちゃんが黒髪の女性自衛官、さっきの口ぶりからおそらくは艦娘の関係者である相手と向かい合っているのが見えた。

 何となく見覚えがある顔にも見えなくは無いが自衛隊の士官服を身に着けている艦娘なんて記憶の端っこにも引っかからないので多分、さっきの手がかかりそうな重巡姉妹の世話役をやっている人なのかもしれない。

 

「なんだい、こんなジジイが珍しいかい? 海自の姉ちゃん、連れが行っちまったみたいだぞ」

「ん、ああ、すまない・・・久しぶりに顔を見て懐かしくなってしまった、不躾な態度を取って申し訳ない」

「はぁ? そりゃ、ジジイの顔が見てぇなら好きなだけ見りゃ良いがよ、あのお嬢ちゃんと言いお前さんたちゃ、なんなんだ?」

 

 そして、生真面目に引き締まっていた彼女の顔が爺ちゃんの言葉と同時にふっとまるで古い友人を見つけた様な柔らかい笑みへと変わり。

 その右手が白い帽子の下で黒い前髪が揺れる額へと指を指して不思議そうな顔をしている爺ちゃんへと敬礼をした。

 

「相変わらずの威勢の良さ、息災な様で何よりだ。 松木上等水兵」

 

 周囲の雑踏のせいで俺には良く聞き取れなかったがまるで爺ちゃんの事を知っている様な顔で何かを言ったその長身の美人は踵を返して式典会場の方向へと颯爽と人込みの中へと姿を消した。

 

「爺ちゃん、さっきの人と知り合いだったのか?」

「いんや、知らんはずだ、だが、なんであの姉ちゃんは・・・」

 

 狐に摘ままれたと言う気分とはこう言うものなのだろうか、嵐だろうと大波だろうと小さな漁船の上で笑い飛ばす爺ちゃんがさっきの自衛官に何かを言われた直後から目を剥いて本気で驚いた顔をしている。

 俺がガキの頃から、それも前の人生を含めたってここまで驚いた顔をしている爺ちゃんの顔を見たのは今日が初めてだった。

 

・・・

 

 臨海公園から式典が行われる自衛隊の基地に続く列をチケットを手に並び、故郷の福島と比べれば随分と温かい冬の空気を亀の様にゆっくりと歩き。

 後少しで一時間と言う所でやっと俺と爺ちゃんの番となり係員の人の指示に従って手荷物の検査や金属探知機などを身体に押し当てられ。

 厳重なセキュリティのお陰で入るだけでくたくたになった俺と爺ちゃんは入り口で手渡された番号札に従って港の桟橋付近に設営されていた一般観覧席へと辿り着く。

 

 椅子に座れば取材に来ているマスコミが撮影を許可された場所で陣取り合戦をしている様子や来賓席には名前も知らない外国の大使と岳田総理とその付き人が話している姿が見えるだけでなく、初めて生で見る皇室の方々まで会場にいると知らせるアナウンス。

 もしかして俺もテレビに映ったりするのだろうかなどと小さく浮かれてしまう。

 

 だが、そこから学生時代の全体朝礼を思わせる様な長ったらしい何処の誰かも分からない偉い人達の挨拶が代わる代わる続き、艦娘を見に来たのかスーツ姿のおっさん達を見に来たのか分からなくなる。

 

 何十分経っただろうか、でかい欠伸で大口を開けている爺ちゃんの隣で頭と視界をぼんやりさせていた俺は故郷の海とは少し違う暖かな潮風に微睡み掛けたところで高らかに鳴り響いたラッパの音に叩き起こされた。

 

 そして、俺を含めた大勢の目の前で艦娘の存在を広く世界へと公表する為の式典が自衛隊の音楽隊が奏でる勇壮な音楽と共に始まり。

 

 入場を知らせるアナウンスと共に観覧席の前をついさっき公園の屋台前で爺ちゃんに敬礼をした女性に引き連れられ十人十色の服装と姿を持つ美少女達が国旗や木製のライフルを手に抱えて観客席へと敬礼しながら現れて行進する。

 

 その全員が統一感が無い服装や奇抜な髪の色であるのに規律正しく動く姿、見た目は可愛い女の子にしか見えないのにしっかりと彼女達が軍人であると言う説得力となって初めは茶化す様な声が聞こえていた周囲がいつの間にか静まり返り。

 

 音楽が鳴り響く中、少女達が海を前に整列し、堂々と立つ女性自衛官が俺達の方へと振り返って敬礼を向けたのを合図にその左右に立っていた日本の国旗を掲げた大正時代の女学生の様な着物姿の少女が波の揺れる海面へと編み上げブーツを踏み出して水面を踏みしめる。

 

 赤茶色のロングヘアを黄色いリボンで飾り臙脂色の着物とピンク色の袴を身に着けた少女とその横に立つ、色違いの同じ服装で頭の左右に蝶々の様に大きな青いリボンを付けている少女。

 よく見ればその勝気な顔をしている方の艦娘がカレーの屋台で鍋を掻き混ぜていた女の子である事に遅ればせながら気付く。

 

 それだけではなく海へと向かう少女達の中には俺が前世で触れたゲームから現実に抜け出てきたと思えるほど似通った姿をしている艦娘も混じっていた。

 

(あっちにいるのはもしかして睦月に如月か? なんだこれ、半分以上見た事ない艦娘ばっかりだ・・・でも、見た事ないけど海に立てる・・・全員、艦娘だ)

 

 その旗持ちの艦娘二人に続いて海の上へと何の戸惑いも無く歩を進めていく少女達。

 

 水際に立つ白い制服姿の女性以外の艦娘達が海上に立って等間隔に横一列に整列すると音楽隊が演奏を止め、その近くに控えていた男性の自衛官が水際に立つ女性へと歩み寄り彼女へと握手を求める様に手を伸ばした。

 

 一体何をやろうとしているのか、潮風と潮騒の音だけとなった港で手を繋いだ男女の姿に俺とその周囲にいた観客が不思議そうな視線を集中させ、その直後に突然に発生した光で全員が目を晦ませる。

 

 力強く大鐘を打つ金属音、俺にとっては一年前に深海棲艦から逃げる漁船の上で聞いたものとほぼ同じ。

 今回は距離が近い為かより鮮明に、より強烈な迫力を見せつけながら海の入り口に金色の枝葉と錨で飾られた巨大な輪が作り上げられた。

 

 巨大な円が宙に作り上げられる息も出来ないほど圧倒的な光景、光り輝く金の輪へと銀色の文字が記され。

 

 そこに書き込まれた長門型戦艦の文字が水に溶ける泡の様に消えた直ぐ後に巨大化した戦艦の化身が燐光を雨の様に降らせ、花吹雪を割って進むように仲間の待つ海へと足を踏み出し胸を張り地響きの様な鈍く大きな足音を立てる。

 

 そして、音楽隊が演奏を止めた理由が自衛官の制服を身に着けた長門に向かって金の輪から現れ、鈍く響く轟音と共に彼女の身体へと接続されてその形を組み上げていく角の様なアンテナや大砲、黒鉄の装甲が発する巨大な音が身体を叩き肌を震わせるからだと理解させられた。

 

「長、門・・・、ははっ、なんだよ、そうかよぉ」

 

 その壮絶な光景に息をするのも忘れるほど見とれていた俺の隣に座る爺ちゃんが笑う。

 まるで古い友人を見つけて喜ぶように笑っているその姿に。

 目の前の長門が装備した巨大な迫力を見せつける大砲に。

 俺は昔見せてもらった海軍に居た頃の爺ちゃんが他の水兵服と並んで一緒に写っていた白黒写真を思い出す。

 

「なんてっこった・・・、(おらぁ)が乗った船はあんな別嬪さんだったかよぉ・・・」

「泣いてんのか、爺ちゃん?」

 

 別に茶化したつもりは無いけれど返事代わりにバシンと手の平が俺の背中を叩き、紅葉が出来たんじゃないかと言う強さで俺を叩いた爺ちゃんは目尻に涙を浮かべながら声無く笑い続ける。

 

 海原に立つ少女達が巨大化した戦艦長門がゆっくりと進む姿に続いて規律正しく海原を行進し、音楽隊の演奏が再開したと同時に我に返ったらしい周囲や取材陣のいる方向から無数のシャッター音やレポーターの興奮した様な声が混ぜこぜになって背中の痛みに涙目になった俺を喧騒に包んでいく。

 

 音楽に合わせ海上を行進する艦娘達が手に持った銃を応援団やマスゲームを思わせる計算された動きで巧みに操り演舞を披露する。

 

 聞こえてくるアナウンスによる解説で儀仗隊と呼ばれる人達が行うと言うファンシードリルと呼ばれているそれを披露する可憐で華麗という他にない艦娘達が征く海をただ呆然と見つめ。

 ライフルを振り回す様に使うダンスの名が何故にファンシーなドリル(穴開け工具)と言うのかは分からないが、分からなくとも目の前で行われている事の凄さに見惚れていた俺は百数十mは離れているはずの水面で淡い茶髪を揺らす焦げ茶色の制服を身に着けた美少女(熊野)と一瞬だけ目が合った様な不思議な感覚を覚えた。

 

 とは言えそんなモノは俺が勝手に自意識過剰になっているだけでアイドルが自分にウィンクしてくれたと思い込むファンと同程度の感情なのだろう。

 

(それにしてもカレー屋をやってた艦娘とか長門の服装がぜんぜん違うとか、前世の記憶なんて頼りにならないもんだなぁ)

 

 だから、重巡艦娘の熊野が寄り道と道草のプロだったとかそんなレアな話を知れただけでも、その他大勢の一人でしかない俺にとっては十分過ぎる幸運なんだろう。

 

 そうして、アッと言う間に一日目が過ぎ、二日目は地方から集まった出展と自衛隊の任務や実績を宣伝するのが主で艦娘のかの字も出て来ない事態に彼女達は何処に行ったんだ、と客席からブーイングが巻き起こったりもした。

 

 実は会場内で普通の人間ではあり得ない鮮やかな青や赤の髪や前世の記憶を刺激するそれっぽい姿をした女の子達がうろうろしていた。

 だが、彼女達があまりにも自然に人混みに混じっていたからか気付けたのは多分、俺ぐらいだ。

 

 ・・・見栄を張った。

 

 騒がしいのはもう腹いっぱいだと言って市内観光に行くと言い出した爺ちゃんと旅館の入り口で別れて特に目的無く一日目と変わらず賑やかな臨海公園の広い敷地をぶらぶらしていた時。

 とある屋台の前で二つの綿あめを手に地団駄を踏んで淡い緑のロングへアを振り乱していた女子高生(仮)と出会い、また迷子になったらしいお嬢さんを探す手伝いをする事にならなければ会場に艦娘が紛れている事に気付かなかっただろう。

 

 そんなこんなで偶然当たった招待券を手に三日間に及ぶ盛大な式典と大賑わいの物産展と強烈な実弾演習が詰め込まれたイベントは嵐の様に過ぎ。

 その嵐の中から生還した俺は気付けばいつもと変わらない自宅(平和)に帰り着いていた。

 

 だけど、それで良いんだと思う。

 

 冬の漁の計画を組合で話し合う為に泣く泣く福島の港に残っていた親父や家族親戚、近所の子供やおばちゃん達が土産話をせがみに来るぐらいの出来事が俺の身の丈には丁度良いのだ。

 

・・・

 

 とまぁ、ここまでが去年の終わりに俺が体験した出来事だ。

 

 年明けから一カ月以上経った今も毎日の様にテレビに映る艦娘同士によるどこの特撮映画だ、とか言われている海上演習の様子と岳田総理のもはや絨毯爆撃とも言える爆弾発言連発の演説などがテレビ、新聞、ネットに世間話と現在進行形で日本中どころか世界中の人々を騒がせている。

 

 とはいえ、昔から変わらず漁師をしている俺にとっては大して関係があるニュースでは無く、そんな大それた世間の事より重大かつ悩ましい個人的な問題の前で俺はボールペンを持ったまま固まっていた。

 

 拝啓、松木景助様と達筆の書き出しから綴られた時節の挨拶と式典では姉妹共々お世話になりましたと言う内容を丁寧な文、香水でも吹きかけたのか花の匂いが微かにする便箋が一枚。

 差出人の名前は人見とだけ書かれ、文章の末尾には私書箱の宛先とお返事を待っていますと言う丁寧な一文で締めくくられていた。

 

「どうすんだ、俺、文通なんかしたこと無いぞ・・・それにコレ誰のメアドだよ・・・」

 

 付け加えるなら花の香がする便箋の裏に送り主に無断で書かれたらしい走り書き。

 丸っこい鈴のマークと誰かの携帯のメールアドレスもまた俺の悩みを加速させる原因となっている。

 

 名前だけしか教えていないはずなのに住所を知られている事、国家機密である艦娘と個人で連絡を取り合っても大丈夫なのか、そもそも何で彼女達が俺に手紙を送ってきたのか、など疑問と不安は溢れるばかりだ。

 

 それでも女の子と手紙で交流、しかも、相手は艦娘と言う人生最大の困難を前に俺が自分の乏しいボキャブラリーを総動員しなければならないらしいと言う事ははっきりしていた。

 




「あらあら、もう着替えちゃったの? 似合ってたのに勿体ないわねぇ」
「服など無様でさえなければ気にはならん、が、穴だらけの襤褸を纏って平気で居られるほど私は無頓着ではない」

「ふふっ、ケーブルで繋ぐ増設装備と違って本艤装は直接体にくっつくから戦闘用の服じゃないと破れちゃうって実行委員の人にもちゃんと説明しておいたのにねぇ?」

「全く、この私に向かって胡乱な目を向けて、我々が好き好んでこんな薄着をしていると思い込まれるのは遺憾だなっ!」
「ならいっその事、金剛型みたいに腰や腕に切れ込みの入った服を用意してもらっちゃう?」

「私に振り袖を着ろとでも? あんなひらひらした衣装では戦えたものではないだろう」
「まぁ、それもそうねぇ、金剛達ってなんであんな動き難そうな服で戦えるのかしら?」

「それは扶桑型もだな・・・謎だ」
「ええ、確かに謎だわ・・・」
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