艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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お互い駆逐艦だよね。

だから、もう余計な言葉は要らないでしょ?
 


第五十三話

 島風の近接武装と化した脚部艤装による上段蹴りが直後に身体を捩じる回転を加えたあびせ蹴りへと変化して追尾する様に吹雪の頭を蹴り飛ばす。

 

《ぐぅっうぅっ!?》

 

 まるでボールの様に蹴り飛ばされ海原に水飛沫を撒き散らしながら数十mの距離を跳ね飛ばされた吹雪は何とか四つん這いで海面を引っ掻き身体を止める。

 

《だから、遅いって言ってるでしょ! さぁ、もっかい使ってよ、時間を止めるそれをさぁっ!》

 

 ギリギリで展開が間に合った障壁のお陰で直接に頭を蹴り砕かれる事は無かったが削られた霊力と衝撃にひりつく肌の痛み。

 少なくないダメージを受けながら蹴り飛ばされた吹雪は顔を顰めて海原に跪きながらも黒鉄の斧を手に毅然とした顔を島風へと向ける。

 

『司令官・・・』

 

 島風が余裕を持った態度でこちらを指差してお前の能力を使えと催促する直接的な声に罠の気配を感じ、吹雪は波立つ海の上に片手を突き姿勢を低くし、背面艤装へと錨斧を収納しながら声に出さずに自身の艦橋に居る指揮官へと指示を仰ぐ。

 

 島風の砲撃を避ける為に使った一度目の時間停止は距離があったからか反撃を避けられ、同じ駆逐艦である吹雪から見ても驚異的としか言い様が無い加速力で距離を詰められて手痛い攻撃を受ける事になった。

 

『あの態度、島風が何かを使って吹雪の攻撃にカウンターを仕掛けたのは間違いないな・・・そう言う方向に特化した能力って事か?』

 

 強大な敵との闘いの中で目覚め打倒した経験から自分の力に強い自負を持っていた吹雪の中で中村が呟き、こちら側の攻撃を封殺されただけでなく手痛い反撃を受けた事を特に気負った様子も無く受け入れる指揮官の言葉に特型駆逐艦は胸中で不安を揺らす。

 

『それは私が・・・島風ちゃんに負けるって事ですか?』

『んな事は言ってない、ただあの自信のタネが分からんと面倒臭いってだけだ』

 

 海面に膝を突き隙無く島風を見詰めながら斧と連装砲を交換した吹雪が蟠った不満を艦橋へと届け、返ってきた中村の言葉にその頬が少しだけ緩む。

 その中村の口調は普段と変わらず軽いいつも通りのもの、それはつまり指揮官が目の前の島風に対して吹雪が劣っているとは少しも考えてないと言う事である。

 

『だからこそ誘いに乗る、乗った上でアイツらの仕掛けを暴くぞ、吹雪っ!』

 

 そして、告げられた自分の事を当然に信じてくれている人の言葉で吹雪の中の不安は粉雪よりも簡単に溶けて消え。

 

《はいっ! 司令官!!》

 

 吹雪の左目に再び強い輝きが灯り、海上に立ち上がり連装砲を構えた駆逐艦娘が強い叫びを上げた直後、一瞬だけその身体の周りに残像を揺らして水面から姿を消した。

 

・・・

 

 緑色の半円に棒を突き刺さした見覚えのある図形が浮かび、カリカリと耳障りな音を立てて指揮席のコンソールパネルに表示される最大10分間を測るタイマー。

 それが数字を消費していく最中、俺は凍り付いたように止まった世界でゆっくりと足を踏み出す吹雪が前方に構えた連装砲の照準が全周モニターの向こうにいる島風を捉える様子を睨む。

 

「提督、主砲の照準完了しました」

「魚雷も残り三本撃つわよ! 良いわね!?」

 

 高雄と霞の声に頷きを返しながら俺はとにかく多くの情報を得る為に敵の姿を睨みつけ、確実に命中させられる距離まで吹雪が詰めた時点で攻撃を命じる用意をしていた。

 

(だけど、さっきのはどうやって避けたんだ? 吹雪が撃った砲弾は能力範囲外に出た時点で他の物体と同じ様に静止すると言っても・・・アイツらにとちゃ、いきなり目の前に現れる事には変わりないはずだ)

 

 漫画で良くある相手も同じ能力に覚醒したからこちらの攻撃が打ち消されたのだ、なんて展開は少なくとも今の吹雪と島風には当てはまらないだろうと予想できる。

 あちら側が時間を止められるならそもそもこちらに能力を使わせる前に時間を止め、吹雪の倍以上を備えた主砲の数で圧倒すれば良いだけの話でそれをしない以上は同系統の力を持っていると言うわけではないからだ。

 

 吹雪が作り出す時間が止まった世界はその場に立ち止まって砲撃と装填をするだけならほぼ問題が無く安全に使える事が実戦と言う名の調査の結果から分かった。

 だが一歩歩くだけ、腕を動かすだけで急激な過負荷がその身体に襲い掛かり、早い動作または長時間の使用は致命的なダメージを吹雪の体に発生させる。

 

 その負荷への対策とは言ってしまえば非常に単純な方法で、動かない事、の一言に尽きるのだが、今はそうも言ってられない。

 小笠原奪還を目的とした戦闘の経験からこのピーキーな能力のメリットとデメリットを理解した上で吹雪は一歩ずつ止まった世界の氷と化した海面を踏み進める。

 

 吹雪が放つ砲撃雷撃は停止世界では距離にして50mほど彼女から離れれば触っても叩いてもその場に静止し続ける事になるが、逆に言えば敵を50m範囲に収めれば停止時間が許す限りの攻撃を一方的に叩き込めるのだ。

 

(だが、この距離はちょっと中途半端だな・・・確実にやるなら一度解除しなきゃマズイか・・・ん?)

 

 このままだと範囲内に近付けても一回の砲雷撃しか余裕は無さそうな発動可能時間を表示させるタイマーと島風との距離を見比べて目測で測った時、まるで間違い探しの絵を見せられた様な違和感がモニターに向けた俺の視界に映る。

 

 さっき見た時と比べて何かが足りない。

 

 自信満々と言った顔でこちらを見ている島風の頭に立つ黒いウサギ耳の様な長いリボン、脇が丸出しの袖なしセーラー服に太いベルトと言った方がしっくりくる青いミニスカートに包まれたスレンダーなアスリート体形、そのくせに両手と両足は長い手袋とオーバーニーソックスに包まれているので全体としての布面積は意外と広い。

 ぱっと見ただけでも島風の外見には恥じらいとか女性的なあれこれと足りない部分は山ほど見つかるが、俺が感じた違和感の正体ではないはずだ。

 

「・・・アイツ、連装砲は何処いった?」

『司令官、どうしたんですか?』

 

 不意に漏らした俺の声に吹雪が慎重に歩を進めながら聞き返す、だが、それに返事を返している暇なく俺は指揮席から腰を上げてコンソールに手を突き、神経質な鶏の様に顔を振って全周モニター全体を見回す。

 そして、俺はコミカルな顔でこちらを見下ろす死神を見つけた。

 

「霞、雷撃中止だっ! 吹雪! 時間停止の解除前に当てなくても良いから砲撃、その後は左舷へスライドブースト(加速しながらの横滑り)っ!」

『は、はい! 司令官っ!』

「わ、分かったったら!」

 

 意味不明な命令をしている自覚はあるがもし俺の見たモノが予想通りならこのまま攻撃を行えば良介の仕掛けた罠に首を吊られる事になると判断して叫び、それに対して了解を返す霞と吹雪の返事を受けて時間停止を解除する為にコンソールパネルを操作する。

 

「提督、今は攻撃のチャンスなのでは!?」

「砲撃の雨に飛び込む気は無いっ、高雄、舌噛むぞ!」

 

 戸惑いに目を見開き俺の方を振り返る高雄に短く告げた言葉が艦橋に響いたと同時に吹雪の手が連装砲の引き金を引き、止まった世界から飛び出した砲弾が島風へと向かい。

 

《だからっ! 島風と連装砲ちゃんからは逃げられないって!》

 

 横っ飛びした吹雪の真上から二発の砲弾が降り注ぎ、左腕の袖口を掠めて肌を抉り水飛沫を上げる様子に初めからそれを知っていた島風が腰の右側に固定されていた連装砲の胴体を掴んで俺達の方向へと投げた。

 見上げた頭上には砲撃を行い砲口からチリチリと光の残滓を漏らす島風に増設されていた連装砲の緊張感を削る面がこちらを見下ろし、その腹に繋がったケーブルが島風の背中にあるウィンチに巻き取られて引き戻されていく。

 

「遠隔砲台としても使えんのかよ!? ふざけるのは顔だけにしとけよなぁっ!!」

 

 前世のゲーム内でも駆逐艦娘である島風のお供だったキャラクターにそっくりのS4とか言う新兵器、つい数日前までは艦娘にせがまれて俺や良介が吐いた前世の話の中にしかいなかったはずのソイツがまるで紐を付けられた猟犬の様に短いヒレで風を切って迫って来る。

 

「機銃で良い! 迎撃しろ!」

 

 真上からの奇襲を被害を受けながらも避けれたが立て続けに左右から迫る二機のS4に顔を引き攣らせて叫ぶ俺の指示で那珂が吹雪の背中に装備されている対空機銃に水平射撃させスクリューを唸らせながら飛んでくる連装砲へと命中させる。

 

「ぇえっ!? 何で増設装備がバリア張れるのぉっ!?」

「至れり尽くせりってか、不公平にもほどがあるだろっ!! 吹雪、とにかく島風から離れろっ!!」

 

 小口径の曳光弾が掠ったS4の表面は障壁が衝撃に反応する際に発生させる特有の光を散らすだけで焦げ目すら作れず、傷一つできていないその様子に那珂が驚く様子を横目に俺は海上を横滑りする吹雪へと逃げろと叫ぶ。

 

「提督、何が起こってるの! なんで時間停止を途中で解除したのよっ!?」

「あのまま近づいていたら今よりひどい目に合ってたよ! 島風は吹雪の出現位置を分かった上でアイツを投げやがった!」

「そんな事が出来るわけが・・・吹雪が現れる場所が分からないとっ!?」

 

 間近に飛び込んできた連装砲が放った砲撃が掠りかけた場所へと障壁を展開させて被害を防ぎながら陸奥と高雄が戸惑いの声を上げ、俺は時間停止に入るよりも前に吹雪の出現する位置を知ってその真上に連装砲を放っていた敵の不可解過ぎる行動に仮説を当てはめる。

 

「だから、分かってたからやれたんだろ!」

「提督!?」

 

 思えばこちらからの攻撃に対して島風は初めから来る方向や攻撃の種類を知っているかの様に全てを避けて見せ、吹雪には大小の差はあれど確実にダメージを与える攻撃を繰り出していた。

 

『なるほど、今度は吹雪が逃げる番って事かな?』

「良介っ、お前ら・・・何秒、いや、何分先が見えてやがる!?」

 

 吹雪の推進機を一気に最大戦速まで引き上げた俺は前方から襲い掛かってきた慣性の重みに呻きながら通信機を叩き、そこから聞こえた余裕そうなライバルの声に苛立ちを吐き捨てる。

 

・・・

 

「ん、なんの事かな・・・?」

『予知系か、予測系か、どっちかは分かんねぇが恍けんじゃねぇっ!』

 

 全速力で島風に背を向けて走る吹雪を追尾する艦橋のモニターを眺め、通信機から聞こえる義男の怒声に俺は苦笑を浮かべた。

 

「バレちゃったね、提督」

「・・・まぁ、島風のコレも吹雪の時間停止と同じぐらいの有名どころだから、義男なら遅かれ早かれ気付いてただろうな」

 

 島風が放った連装砲を回収する為にウィンチを巻き戻している時雨が肩を竦め、俺の手元のコンソールパネルに表示された一本線の上に〇と▽が組み合った白い図形。

 この世界には存在しないとあるゲームで熟練見張り員と言うアイテムを意味していたマークの下、倍率表示を操作すれば正面モニターに現在の吹雪の後ろ姿と数十秒後の彼女の後姿がズレて映し出される。

 

「未来位置の吹雪へと再攻撃を行う、照準せよ」

 

 島風の左目に宿る青い炎が覗き見せる未来へ向かって時雨、矢矧、三隈の三人が連装砲への再装填の補助と機体射出の角度や速度を計算し始め、吹雪の時間停止に対する天敵とも言うべき島風の未来予知によって弱い者イジメになってしまった状況に少しだけ友人へと申し訳なさ感じる。

 

「ヘーイ、テイトクゥ、指揮官は何時でもsmile、不敵に笑ってないとノーだヨー」

「ははっ、それは中々難しい注文だ」

 

 指揮席の左側の肘掛に腰掛けて背もたれに腕を掛けている金剛型戦艦の一番艦を原型に持つ美女が輝くような笑顔を俺に向け、香水ほど強くないが微かに鼻孔を擽る上品な紅茶に近い香りに自然と張っていた肩の力が抜ける。

 戦艦娘はその人数の少なさから特定の指揮官に就くと言うよりは出撃の度にその助けを必要としている指揮官に指名を受けてから彼女達が司令部へと一時的にその艦隊へ所属する申請を行うと言う面倒な手続きを必要としている。

 べったりと一つの艦隊に戦艦娘が所属する事は司令部に認められておらず、艦娘側からも指揮官側でも面倒な手続きを踏まないと出撃が承認されない事から他の艦種と比べて実戦に金剛達が投入される事は少ない。

 

「ところで金剛、危ないからそこから退いてくれる有難いんだが・・・」

「ぇ~、ダメなんデスカ~? 何でなノ~?」

「いや、急な反転とかで転げ落ちたら危ないだろう、もっと安定した場所にいてくれ」

 

 そんな戦艦の中で決まって出撃の際には俺の艦隊に所属する権利を伊勢と取り合う金剛からのストレートな好意に戸惑う。

 比較的大人しい伊勢型の姉と違い、いろいろな場面でガンガン攻めてくる金剛姉妹の長女に危うく押し倒されかけた回数はもう両手の指では数えきれない。

 いかに絶世の美女に好かれている事が男として満更でも無いとは言え、自衛官として指揮官として部下と世間に大手を振れない関係を作るわけにもいかず、悶々とさせられるだけの状態は健全な精神を維持する為にも非常に避けたいのが俺の本音だった。

 

「ならぁ~、テイトクの膝の上なら大丈夫でショ♪ シマカゼがどれだけ暴れても平気ネー」

「違う、そう言う事じゃないんだ・・・お願いだから時と場所を選んでくれ」

 

 背もたれの上から俺の肩に移動した金剛の腕が絹の袖越しに体温を押し付け、頬に当たる彼女の栗毛のくすぐったさに戦闘中だと言う事も忘れかけた心臓が跳ねる。

 

「はぁぁ・・・ええ加減にしいやっ、アホやっとらんでこっち戻り!」

「ホワッ!? ちょっとリュージョー、そんな所引っ張らないでヨー」

 

 通信と全体の警戒を行ってくれている龍驤が溜め息を吐きながら赤袖で金剛の腰帯を後ろから引っ張って戦艦娘を円形通路へと戻す。

 

「二人ともな、乳繰り合いたいんやったら演習が終わった後にしいや」

「別に俺にそんなつもりは・・・」

「金剛かてキミが強う言うたらちゃんと言う事聞くんやから、それしいひんっちゅう事はそう言う事やろ、ちゃうんか?」

 

 それは疑いが過ぎると龍驤へと弁解しようとしたが円形通路に戻った金剛が何かを期待する様な顔でこちらをジッと見ているので否定も同意もせずに俺は小さく咳ばらいをした。

 敵を追い立てる立場だからこその余裕、後はより確実に吹雪を仕留められるタイミングをモニターに描かれる未来の情景が作り出す時を待つだけ。

 

「アホみたいに慢心しとったら足下引っ繰り返されるで、昔のウチらみたいにな」

 

 だがそんな気の緩みは軽い口調でだが鉄の様な重みを持った龍驤の言葉に背筋が勝手に伸び、俺は引き締め直した顔を金剛に向けてコンソールを指で突き機銃関係の操作権限を彼女へと渡す。

 そして、強めに顰めた視線を投げれば戦艦娘は苦笑を返しながら小さく敬礼して大人しくモニターへと向かった。

 

 ただ張り直した気とは裏腹に島風曰く追いかけっこ、数分間の追走劇の結末は俺達の予想通りに連続する砲撃に締め括られ。

 

 モニターに映る吹雪が予知通りの回避を行い、直撃した砲弾は障壁を割り砕きその下の髪や服が爆ぜて海に散り光粒へと分解していく。

 いくら目で捉えられないほどの高速移動が可能でもその移動や行動に制限がある事は既に研究室によって調べあげられている。

 それでも普通なら何処に出現するか分からない吹雪とその攻撃を迎撃する事は出来ないだろう。

 

「・・・それでも、初戦は俺達の勝ちで決まりみたいだ」

 

 しかし、限界突破によって発現させた見える景色を最大で三分先まで早送りする島風にとっては吹雪の能力範囲外で待ち構えてさえいれば何処の穴から出てくるか解っているもぐらを叩く様なものだった。

 使用に必要なエネルギーも少なく砲撃や雷撃を行うとモニターの早送りがリセットされる事や望遠機能が使えなくなる以外のデメリットがほぼ無い島風の予知能力は吹雪にとって天敵としか言い様がない。

 

 そして、命中弾を受けてバランスを崩し自分の加速によって海面に叩き付けられた吹雪が砲身の折れた連装砲を手に痛みで震える身体に無理をかけながら立ち上がる。

 

 彼女は親友の初期艦であり俺にとっても初めて出会った艦娘だった。

 その真面目で一度こうと決めたら頑固さを発揮する融通がきかない性格の少女に対する友情に似た親愛はこれ以上の攻撃を躊躇わせる。

 しかし、今の時点で俺の感情と勝負の行き先は関係無く、義男が旗艦変更を行い駆逐艦同士の勝負に負けた事を認めない限りは彼女との戦闘は続行されるだろう。

 

 結果が分かっているのに続けなければならない後ろめたい行為と言うものはあまり体験したくないのが俺の本音だった。

 

 その時点で吹雪が島風を打ち倒せる方法が存在しているのは俺も頭では分かっていたのだが、自殺行為じみたそれ(・・)の実行など自己保身の塊で身内が傷付く事を過剰に嫌がる義男がする筈は無い。

 

 俺はそんな慢心した考えで心を満たしていた。

 

 その光景が俺達のいる艦橋のモニターを埋め尽くすまでは。

 

・・・

 

 吹雪がどの方向に逃げても私は追いつける。

 

 吹雪が時間を止めてどれだけ早く回避しても私の連装砲ちゃんは先回りしてくれる。

 

 目に映る未来と提督の指示に従って動けば飛んでくる砲弾も追いかけて来る魚雷も私の所まで届く事は無い。

 

(勝った♪ だってあの子より私の方が早いから!)

 

 あの日、巨大な敵に立ち向かい速さの極限を私に見せつけてきた駆逐艦は壊れた連装砲を艤装にしまって近接武装を取り出しているけれど吹雪の攻撃はもう私に届かない。

 後は私の艤装の再装填が終われば吹雪が鬼級深海棲艦と戦う映像を見る度に感じていたこの喉が渇くような感覚ともさよならできる。

 

《・・・無理を言ってごめんなさい、司令官・・・でも、ありがとうございます》

 

 不意に右手に持った錨を斧に変形させた吹雪が一瞬だけ目を瞑って深呼吸をしてからその目を見開いて私へと向ける。

 そこにあったのは、普段の明るい朗らかさが消えた吹雪の顔、それだけじゃなく寒さまで感じる不気味な声がその口から聞こえた。

 

 その昏い瞳に、青白く輝いているのに夜の闇を覗き込んでいる様な感じがする不気味な左目に見詰められるだけでザワザワと背中が泡立つ。

 

 私は気付けば一歩後ろへと後退っていた。

 

『島風っ! 全速後退だっ! 吹雪の能力範囲から離れろっ!!』

 

 だけど、軽く押せば倒れそうな程弱っている子なんかに負けるもんかと足を踏み出し直そうとした私の艦橋で提督が叫ぶ。

 

(提督、なんでそんな慌てた声を出しているの?)

 

 だってあの子はもう私には勝てない(追い付けない)のに、と続けようとしたところで私の視界にひどく恐ろしい未来が押し寄せてきた。

 

 それは私に向かって斧を振り上げる吹雪の姿。

 

 手足がひび割れ頭や体中が砕けて飛び散っていくのに構わず、割れた目元から赤い血が涙の様に溢れさせ光粒と共に紅を散らしながら昏い瞳が追いかけてくる光景。

 

《ぉうっ!? ぁわあぁあああっ!?》

 

 今まで見た事の無い恐いモノ(吹雪)に追い付かれる、その恐怖が私を叫ばせてすぐさまに身体を反転させてスクリューを回転させた。

 連装砲ちゃんへの再装填を中断させて霊力を全て推進力に向かわせ、能力発動の予備動作を始めた吹雪から全力で離れる。

 

(大丈夫でしょ!? だってあの子の力は早く動けても長くは走れないんだって!)

 

 そう提督が教えてくれた、そのはずなのに、何回瞬きしても私の視界から怖い吹雪の姿は消えてくれない。

 

(でも逃げきれれば私の勝ちなんだから! 私の方が早いんだから!!)

 

 そう自分に言い聞かせ一歩で風を感じ、二歩目で空気が重くなる、三歩目で連装砲ちゃんと一緒に風を巻き起こす。

 

『こんな事、義男、正気なのか! それは吹雪に死ねって言ってる様なモノじゃないかっ!? その能力のリスクはっ!』

 

 それでも左から、右から、後ろ、あらゆる方向から私に追いついて斧を振るおうとする恐い吹雪(可能性)の姿が、どのパターンを回避してもこびり付いたシミの様に私の視界へと入り込んでくる。

 

『はぁ? 誰が死なせるかよ、ただ・・・負けたくないってワガママを言われたからな、なら俺はコイツの指揮官としてそれに付き合うだけだ』

 

 俺の駆逐艦として譲れないプライドがあるんだそうだ、と意地悪で嘘つきであまり好きじゃない中村二佐が笑う声が遠く近く聞こえる錯覚から逃れようと私は手を櫂にして空気を必死に漕ぐ。

 

 だけど。

 

『こんなバカな事がっ、未来に追い付かれるだと!?』

 

 提督の叫び声とごきりと鈍い音が同時に鼓膜を揺らし、気付けばお腹に黒い鉄の塊が突き刺さり、鈍い痛みに目をいっぱいに見開いた私を正面から昏い瞳が見返していた。

 

 気が付いたら追い付かれていた、いつの間にか追い抜かされていた、目の前に回り込まれていた。

 

 公試の時ほど万全じゃなくても全力で身体を動かした数十秒、それでもあの子の限界距離を越えて離れたはずなのに。

 

 妙に遅く感じる世界で私の胴体を切り裂きながら砕けていく斧を持った吹雪の顔から目が離せなくなる。

 

 吹雪より私の方が早いはずなのに。何で。

 

『私にとって自分の早さなんて知った事じゃないんです』

 

 飛び散る金属片、内部から破裂した艤装を背負った吹雪が裂けた喉から光に解ける血を溢れさせてその顔に歪んだ笑みを浮かべる。

 

『だって、私は司令官の一番でいられるならそれ以外の事なんかどうでも良いから』

 

 私の視界に致命的な損傷によって戦闘形態が解除されると言う警告文が赤い文字で点滅する。

 

『島風ちゃんよりも私は遅くたって構わない』

 

 司令官にとって一番の艦娘、それなら私だってそうだ。

 

『でも司令官が信じてくれるならどんな相手だって斃す』

 

 だからこそ私は提督にとって一番早い駆逐艦じゃないといけなかったのに。

 

『私はただそれだけで良い』

 

 それを邪魔した吹雪は音にならない声で言うだけ言って私の身体を上下真っ二つに引き裂いた。

 

 そして、元の早さに戻った時間の中で私の真横を吹雪の身体が撃ち出された砲弾の様な速度で通り過ぎて背後の海で水切り石の様に何度も跳ねて転がっていく。

 

 くやしい。

 ただただ追い抜かれた事が悔しい。

 提督を勝たせてあげられなかった事がすごく嫌だ。

 負けたせいで提督に褒めてもらえないって事が悲しくて胸が張り裂けそうだった。

 

《提督、皆っ・・・こんなのやだっ、やだよぉっ!!》

 

 一方的に勝っていたはずなのに一瞬の油断で負けてしまった事を理解した時点で私は子供の様にただただ泣き叫んで、大破によって身体の内側から放出された光に呑み込まれた。

 

・・・

 

 時間停止中の過剰な加速によって装備の全てをオーバーヒートさせた吹雪が海原に倒れ、そのぐったりとした身体から強制解除の光があふれ輪郭を失っていく。

 

 その光とは離れた場所で別の輝きが海原に煌めき、枝葉と錨で形作られた金の輪が天を向いて開きその中央に浮かんだ銀の文字が消えるよりも先に火の玉が弾丸の様に打ち出されて白灰の機体を持った艦上戦闘機へと変形する。

 

《島風、悔しいやろな、そらそうや、・・・ウチやってそう思うっ!》

 

 上空へと真っ直ぐに突き進む戦闘機の尾翼に銀色の鋼線が繋がり、金の茅の輪から妙な関西訛りで喋る声が響き。

 金の輪を飛び出した龍の名を与えられた空母が赤い水干風の袖をはためかせ、光球と化した艦載機へと向かって伸びる銀線を伝って天へと駆け昇る。

 

《さぁっ(艦隊)の子泣かせたんや、落とし前はつけさせてもらうでぇ!!》

 

 




1st Battle


吹雪 VS 島風


Winner is 吹雪!


to the next Battle・・・






吹雪:大破(1/30)弾薬燃料枯渇、推進機関大破、重傷、気絶により行動不能。

島風:大破(5/36)弾薬枯渇、燃料少量、負傷による行動制限有り。

いや、これってもしかして数値上では島風のか・・・。
(いや、俺の勝手な推測で皆を混乱させたくない・・・言うのは止そう)

本当に読者を混乱させたみたいなので、客観的→数値上に変更。
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