艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

55 / 153
 
これは訓練ではありません。

繰り返します。

これは訓練でも無ければ演習でもありません。


これは実戦よ(This is war)




第五十五話

 鳳翔の襟の下に隠れたほくろの様に見える二つの黒い点、それは圧縮されて肌に張り付き彼女の鎖骨の下にある増設端子にUSBケーブルで繋がった電子部品と集積回路の集合体。

 

 その発見は小笠原諸島の激戦の中、護衛艦【はつゆき】に帰投してベッドに倒れて視界が暗転したと思ったら次の敵が現れたと言われて叩き起こされ再出撃すると言う不毛な出撃サイクルに悲鳴を上げた俺の現実逃避が原因だった。

 

 左遷部隊のとある隊員が私物として艦内に持ち込んで船務科の通信士メンバーの間で秘密裏に共有されていたフライトシミュレーションゲーム。

 

 はつゆきの一画、防音完備の電算室の片隅で隠されていたそれ(ゲームで遊んでた連中)を偶然に見つけた俺は艦長達には黙っておいてやるからその代わりに自分にも遊ばせろ、とバカな注文を付けて認めさせた。

 

 当たり前の話だが、そんなモノで遊んでいる暇があったら一分でも長く休息を取るべきなのだが一カ月ぶっ通しの連戦でバトルハイとでも言うべきPTSD一歩手前の精神状態となっていた俺はまともに寝る事など出来ず。

 加えて久し振りに触れる平和の象徴とも言うべき戦争ゲームを楽しみたいと言う欲望に負けた俺はそのきっかり一時間後に五十鈴の前で正座する事になった。

 

 その際にテレビゲームなんてものは無駄の塊であり寝る時間を削ってまで興じる事ではない、バカが更に頭を悪くする所業をやるぐらいなら寝ていた方がマシ、などと言い切る軽巡の態度と言葉をぶつけられ。

 

 今にして思えば彼女なりに俺の健康状態を気にして吹雪達と共に休息をとる時間を艦長達と相談して作ってくれようとしていたのだろうが、その時点では妙な方向へと突き抜けた反抗心を刺激された俺は遊んでいたわけでは無いと言って謎の行動力と共に反逆を開始する。

 そして、仏頂面を向けてくる五十鈴に向かって、これは鳳翔の艦載機運用の練度を上げる為に行う訓練の一種なのだ、現代のアメリカではパイロットはPCゲームでイメージトレーニングをするのだ、と出鱈目を垂れ流した。

 

 その米国と言う言葉に何らかの刺激(アレルギー)を感じたらしく不機嫌さの気炎を上げた五十鈴と真っ向から馬鹿みたいな口喧嘩を始め、事なかれ主義の艦長やただただ困惑している船務長の取りなしはあまり意味を成さず。

 気付けば売り言葉に買い言葉の結果として鳳翔本人の監視の下で本当に訓練として効果が上がるのかを確かめさせなさい、と五十鈴が俺に向かって言い放つ。

 

 そして、淑やかに困り顔を見せる空母艦娘を隣に座らせて俺ははつゆきの艦内でPCゲームを起動させる事になった。

 

 その頃には日中では俺達に勝ち目がないと学習した南方諸島の深海棲艦は日中に護衛艦へと不用意に近づいて来る事は無く、夜を待つ戦法を取っていたので索敵の為に必死に艦内で働く他の隊員には悪いがある意味では手の空く時間が出来ていた。

 ゲームのオープニングを見ながら少し冷静になった俺は後で嘘を吐いてすみません、と五十鈴に土下座して許してもらおうと心に決めながらPC画面の向こうで空を飛ぶ戦闘機による無双プレイを始める。

 

 前世では勝手気ままにころころ職種を変えるアルバイターをやりながらアニメやゲームにどっぷりと漬かっていた経験からキーボードとマウスの上で指を躍らせゼロ戦で景気良くゲームの中の敵機を撃墜していると気付けば隣に座っていた鳳翔が俺の肩に触れるほど近くまで身を乗り出し、目を丸くしながらゲーム画面を食い入るように見つめていた。

 

 そのどこか子供っぽい姿にどうせ俺が五十鈴に怒られるのは決定事項なのだから鳳翔にも楽しんでもらった方が良いだろうと考え、彼女をパソコンの前に座らせたのだが歴戦の空母艦娘はチュートリアルで日の丸戦闘機をダース単位でスクラップに変えると言う偉業を達成して些か情けなさそうな表情で眉を下げる。

 

 実際の戦闘と違ってボタンがいっぱいで操作方法がいまいちわからないです、と言って戸惑う空母艦娘の初初しく可愛らしい姿にときめきつつも肩の力が抜けた俺はマウスの繋がっているUSBケーブルを鳳翔の増設端子に繋いで操作出来ればゲームも手足の様に使えるかもな、と無責任極まる発言を漏らす。

 普通なら考えるまでも無く冗談と気付き揶揄われたと怒るか拗ねるかするものなのだが、何故か俺の目の前でぽんっと両手を合わせるように打ち良い助言を貰ったとでも言う様に笑顔を浮かべた鳳翔は止める間もなく自分の袖を捲くり、本当に自分の腕にある増設端子へとUSBケーブルを突き刺した。

 

 その結果、電算室のコンピューターの中で架空の空を蹂躙し尽くした戦闘機(後期型ゼロ戦)が桁違いのスコアを叩き出し、三十分足らずで鳳翔の入力と反応の速度に追いつけなくなったCPUが熱暴走を起こして画面が目と精神に悪いブルーへと染まる。

 突然に強制終了したコンピューターを前にオロオロとしながら叩いたら直りますか、などとアナログ修理法を実践しようと聞いて来る鳳翔の姿に返事もできない程に強烈な驚きに俺は晒され呻く。

 

 だが、この発見を利用すれば五十鈴に怒られずに済むのでは、と思い至り。

 その後に待っている苦行を知らない俺はコンピューターの強制終了に目を白黒させ戸惑う鳳翔の手を握り彼女を救いの女神だと褒め称えた。

 

・・・

 

「鍋嶋一佐と兄貴に連絡を取って定期補給便に紛れ込ませてもらったPCジャンクとCPU! それを組み合わせた冷却放熱に特化した特別製の基盤! 艦載機の設計とそこからネジ一本に至るまで再現した3DCGデータを詰め込んだハードディスク! それらを簡便かつ柔軟に運用する為に構築したアビオニクスプログラム!!」

 

 南方海域では電波障害などによって使用が限られている通信で知り合いの陸自隊員の力を借り、神奈川でリサイクルショップをやっている俺の兄と連絡を取り。

 彼らに無理を言って送ってきてもらった材料を半田ごてを手に鳳翔の反応速度に対応できる基盤へと作り替え。

 ゲーム製作会社にバレたら訴訟待った無しの方法でフライトシミュレーション内からCGや機動などの各種データを抜き取り、自衛隊に保管されていた烈風の設計資料とミキシングを行う。

 

 それらハードとソフトを組み合わせ鳳翔の端子との接続を前提とした異形のコンピューターもどきによるトライ&エラーとプログラムの入力とデバックを繰り返した。

 

 0と1で構成された設計図が架空の部品を噛み合わせて虚構のエンジンをネジの一本まで再現し、26個の並列CPU(電子演算装置)が複雑な機動と動作の計算を鳳翔の代わりに請け負い。

 そして、用意された電子の骨格(人造の記憶)へと空母艦娘の霊力が実体(鉄と油)を与え、その空想の存在を現実のモノとして世界に肯定させる。

 

「南の海は辛かったぞ、良介ぇ!」

 

 職人気質で注文以上のモノ(基盤)を作ってくれたメカニック(電設士隊員)達と寝る間も惜しんで(ゲームを持ち込んだ罰で)協力してくれたデバッカー(通信士隊員)達の力を借りてその試みが始まってから数度目の出撃で南方諸島の海の上に烈風が時代を超えて蘇り、標的となった空母ヲ級を中心とした機動部隊との航空戦を制する事となった。

 

「お前に分かるかぁ!? 作ってる最中のプログラムを五十鈴が間違えて白紙で上書き保存した時の悲しみを!! せっかく完成したデータが入ったハードディスクを寝惚けた吹雪が踏み割った時の絶望を!!」

「て、提督、落ち着いてください!! お願いですから正気に戻ってください!?」

 

 身体に染みついた鳳翔の艦橋で艦内機能の制御を片手間に我知らず絶叫していた俺は高雄の叫び声で正気に戻り、周囲を見回せば慌ただしく方向と景色を変えるモニターの前で高雄と陸奥が手すりにしがみ付きながらドン引きした顔をこちらに向けており。

 

「あ、あらあらぁ・・・それでもちゃんと艦制御はやってるのよね、聞いていた以上だわ」

 

 そんな二人の目と表情が気まずくて視線を逃がした先にいたこちらを振り返っていた那珂と目が合う。

 

「きゃはっ☆」

 

 すると自称艦隊のアイドルは随分と前に俺が小ネタとして彼女に教えた技術(全く役に立たない嘘)を利用して作り出した霊力の粒で描く星を器用にウィンクと同時に散らして若干、いらっとさせてくれた。

 一昨日に再会してから休息を挟んで改めて近況を知る為に交流(雑談)した那珂との会話で他の艦娘(阿賀野を含む数人)に頼まれてその無駄技術をレクチャーしたと言う話をふと思い出す。

 中枢機構の正体を知らなかった時に吐いてしまった過去の嘘、今ではもう遅いと分かっているが自分の言葉があの余計なお世話を焼きたがる妖精によって現実化するのは何時になっても慣れそうにない。

 

「あんた達、硫黄島で何やってたのよ・・・」

「あ、はは・・・っ、痛った・・・」

 

 少しの間だけ現実逃避していた俺や応急処置で包帯だらけのミイラ状態となった吹雪に呆れで半眼になった胡乱気な視線と言葉を霞が投げ、円形通路に固定具で安置されている駆逐艦娘の痛みに呻く小さな苦笑を聞き。

 ふと俺はいつの間にか良介の叫びを伝えて来ていたはずの通信機が沈黙している事に気付く。

 

「あれ、良介のやつ聞いてんのか?」

「ばっかじゃないの!? とっくに通信は切ったったら!」

 

 言葉に衣を着せない駆逐艦が自分の指揮官の馬鹿っぷりを外に振り撒くつもりは無いと言ってから艦載機の着艦作業の補助へと顔を戻し、そのもっともな言葉に自分が思ったよりも頭を興奮で加熱させていた事に帽子を脱いで髪を混ぜて反省する。

 

 とりあえず、現状を確認する為に手元のコンソールパネルに浮かぶ立体映像、鳳翔がチョップで敵の戦闘機をへし折っている戦闘中ではわりと良く見る姿へと視線を向け、彼女を指して表示されている障壁へのダメージや艦載機の残存数などの情報を確認した。

 

「っても、圧倒的って程でも無いか、やっぱり龍驤は攻守のバランス感覚が良いな」

 

 奇襲同然の一撃目は有効打を叩き込めたが龍驤が完全に守りの体勢に入ってからはこちらが有利に敵艦載機を削っているとは言え相手の本体には攻撃が入らなくなっている。

 艦載機に障壁を纏わせて盾にしつつ、ダメージを受けた機をこまめに艦内へと戻して補修し、再び発艦させる作業の練度は鳳翔よりも半年ほど遅れて現代に目覚めたとは言えこちらと見劣りする部分はほぼ無い。

 寧ろ、弓では無くパチンコに近い形で素早く戦闘機を撃ち出せる龍驤の巻物型甲板は対空防衛が得意なのだ。

 

『ええ、彼女は油断ならない相手です』

「言葉の割りに嬉しそうだな、おい、あっちの手持ちはこっちのほぼ倍だったんだぞ?」

『ふふっ、ですが彼女が本土で精進を重ねていた事を知れるのは嬉しいものです』

 

 通信機から聞こえる鳳翔からの艦内通信、目覚めた直後の龍驤に迷惑がられながらも熱心に空母艦娘として自分が経験した戦い方を教えていた彼女は今戦っている相手に対して特に強い親愛を感じているらしい。

 それは船だった頃に相方だった過去の記憶からか、それとも人の身を得た艦娘として感じた好感からか、おそらくはその両方によって鳳翔と龍驤は姉妹艦と言うほど時間を共有しようとする事は無いがただの友人と言うには近いと言う親愛と絆を持っている。

 しかし、それは親友と言うには少し物騒で師弟と言うほど確たる上下関係があるわけでもない。

 

 他人である俺が言葉にすると途端に安っぽくなってしまうが二人の関係を表するなら【戦友】と言うのかもしれない。

 

「まったく司令部には同じ艦種同士が戦うと面白みの無い泥仕合になるって言っといたんだがな」

「面白みが無いなんて、提督・・・これだけの事をやっておいて、なんて人なの

 

 空母と戦うなら重巡か戦艦の対空砲撃で艦載機を墜としてそのまま砲火力で圧殺するか、夜間戦闘に持ち込んで駆逐もしくは軽巡の接近戦で片付けるのが賢いやり方なのだが、時間制限に加えてあくまで見栄が良い演習を上層部から求められた結果として俺達はジャンケンのグー同士で殴り合う不毛さを体感する事になっている。

 

「さて、そろそろあっちの残機は十以下になるだろ、やっと頭数で風上に立てたんじゃないか?」

『いえ、数えですが残りはまだ16か15はありますね・・・仕掛けますか?』

 

 鳳翔の艦載機で落とされたのは5機、それに対して龍驤は半分までその搭載数を減らしているだろう。

 それでも現在の鳳翔が使える機数とほぼ同じと言うのは初めから使える戦闘機の数の差のせいだった。

 

 19対38、これが二人の空母がベストな状態で使える手札の数でそこから戦闘機や爆撃機、そして、雷撃を行う艦上攻撃機と切り替えて戦わなければならない。

 両者とも空に居る時点で艦攻にリソースを振る事を考えなくても良いとは言え、島風と戦った吹雪の時と同じく俺達はまた初めから不利な状態で戦わされているわけだ。

 

 そして、それでもその龍驤を相手にして互角以上に戦局を立ち回っているのはこちらの切り札の一つである烈風と鳳翔の持つ南方諸島(激戦海域)での戦闘経験のお陰だろう。

 

「だな、ズルズル続けて両者墜落ってのはカッコ悪い、んじゃ・・・高雄、陸奥」

 

 小さく頷き決断は早い方が良いだろうと考えを纏めた俺は初めて乗る鳳翔の艦橋にやっと慣れ始めたらしい重巡と戦艦へと声を掛けた。

 

「今から鳳翔が全力で飛ぶ、艦載機は霞と那珂に任せて二人は怪我しない様に手すりに掴まっとけ」

 

 艦娘の艦橋は外とかなり違う物理法則が働いているらしく、研究室の主任達から聞かされた詳しい説明は半分も理解できなかったが加速で発生する重圧や急激な回転による慣性から内部にいる指揮官や艦娘を守る様に軽減する。

 

 とは言え、それはあくまでも目に見えない空気のプレス機でぺしゃんこにされない(殺されない)程度でしかないが。

 

「「ぇっ?」」

 

 言われた事の意味が解らないと言う顔で振り返り、短く聞き返す様な声を漏らした二人の顔色がコンソールパネルの上で推進機の出力レバーを握った俺の姿に真っ青に変わる。

 首を締め上げられた様な音にならない悲鳴を同時に上げた二人の大型艦娘が揃って両手と両足で足場の手すりにしがみ付き、自分の腰を留めている命綱を確認する様に手繰り寄せ。

 

「鳳翔、やっちまえ」

 

 俺は推進出力を最大戦速へと切り替えた。

 

・・・

 

《了解しました、提督》

 

 静かにそれでいてはっきりと返事を返す鳳翔の身体の中を巡る力の奔流がその勢いを更に高め、その動力機関の熱と艦橋に座る提督から告げられた命令に空母艦娘の胸中が熱く高鳴る。

 そして、その脚を包むニーソックスと履物から放出される推進力が滞空滑空を維持する程度の力からはっきりと上昇力を得るほどの勢いへと変わり、両手の朱袖が風に翻り横回転(バレルロール)しながら敵艦載機の攻撃を避けた身体が空中で急加速する。

 

『龍驤!!』

《分かっとる! さっきよりも出鱈目なんがくるんやろっ!!》

 

 自分と提督(中村)とは違う形ではあるが確かな信頼を指揮官(田中)と形作っていると感じる龍驤の姿を見て我が事の様に微笑み、緊迫に顔を引き締めてこちらを見るサンバイザーの少女へと向かい鳳翔は推進力の大量消費によって空を走る一本の矢と化した。

 

 母艦を守る為にヒステリーを起こした蜂の様に襲い掛かって来る九六式戦闘機の銃弾を避け、配下の艦載機(烈風)に命じて敵の防御を食い破らせていく。

 

《やからっ! 空母がそないアホみたいな戦い方すんなやぁっ!?》

《人に向かって阿呆だなんて、少し見ない間に口の利き方を忘れてしまいましたか?》

 

 機体内に詰め込んだ霊力を最大放出して健気に航空母艦の盾となった一機を左肩の航空甲板を横凪ぎに振るって砕き、爆散する敵機を一瞥もせず目と鼻の先へと迫った龍驤へと向けて鳳翔は深く優し気に微笑んだ。

 

 艦載機による防御網を鳳翔が最小限の被弾で突破した事で龍驤への誤射を恐れた直掩機(ちょくえんき)が正面衝突寸前の二人の周りを周回しながら外側から襲い掛かってくる烈風を追い払おうと機銃を吠えさせる。

 

《艦載機囮に使って自分で相手殴りに来る空母モドキをアホ言うて何が悪いんやっ!》

《そんな事を言っているから、ここまで近付かれて艦載機を使えなくなるんでしょう?》

 

 鳳翔の飛行甲板から放たれたワイヤーが避けようとした龍驤の腰を蛇の様にうねり追尾して突き刺さり食い込み。

 朱色の着物を覆っていた障壁の光がスッと消えて数百倍の重量へと変わった大鳥に鋼糸で繋がれた赤龍が抵抗しながらも引きずり落とされる。

 自分を守る子機の群れから引き離されていく状況に顔を顰めた龍驤は自分と鳳翔を繋ぐワイヤーを掴み、あえて風を切り撓む光糸を自分から引いて身体の落下速度を早めた。

 

《ふふっ、良い思い切りです!》

《ぬかせぇっ!》

 

 敵と繋がった機動ワイヤーを引いて身体を加速させた龍驤は真下へと障壁を纏う厚底の船底を向けて、手の力と落下の勢いを利用した飛び蹴りを鳳翔へと振り抜くがワイヤーが繋がる航空甲板のウィンチが巻き上げられた事でその爪先が微妙にズレて二人は絡み合う様に接触する。

 

《ちぃっ、でもコレでアンタも打つ手無しやっ!》

《あら、それは油断が過ぎると言うものよ?》

《なにがやねん! 二人して海に叩き付けられる前に、ぃっ!?》

 

 ワイヤーが絡まったまま外れた蹴りの勢いを利用して鳳翔の襟首を掴んだ龍驤が彼女の弓と航空甲板を封じる為に着物の布地を締め上げるが、それに対して微笑みを絶やさない海面に向かって黒い尾をひく空母が自らの胸元へと手を差し込む。

 その鳳翔の態度にぞわりと嫌な感覚を感じた龍驤は素早く相手の胸を突き放した。

 

《うぁっ!?》

 

 次の瞬間、閃いた銀色の線によって金切り音が空に響き栗色の短いツインテールの前髪から覆いが取り払われて風に晒される。

 

『ナイフだと!? 増設装備かっ!』

『人気が無い割には便利だぞ、倉庫で埃を被ってるのが勿体ないなぁっ!』

 

 懐に仕込まれていた鞘から引き抜かれ龍驤のサンバイザーを縦に割った和装の美女の手でぎらつく刃、片刃の峰にギザギザのヒレを付けたサバイバルナイフに近い形状を持った刃物を手に鳳翔が飛行甲板のウィンチを更に巻き上げさせて離れかけた相手との距離を強制的に引き戻す。

 

『烈風もそれも! 演習前の資料には書いてなかったはずだ!』

『外すの忘れて小笠原から装備しっぱなしなだけだよ!!』

『見え透いた嘘をっ!』

 

 容赦なく身体を引き寄せ首を狙ってくる軽巡艦娘の装備を模倣して製造された刃に脂汗を浮かべた龍驤は仰け反りながらギリギリでその手を掴み抑え、ナイフを喉元に突きつけられた状態で風に煽られ乱回転しながら鳳翔と共に海に向かって落ちていく。

 

 しかし、息吐く間もなく今度は赤い水干風の上着の腹部へと紺色のスカートから繰り出された膝が突き刺さり、凹凸の乏しい身体がくの字に折れて痛みに目を見開いた龍驤が嘔吐いて口から透明な飛沫を風の中に散らす。

 

《演習とは言え油断は禁物、私が教えた事を忘れたとは言わせませんよ?》

《ほう、しょぉっ・・・!》

 

 痛みに硬直した身体とナイフを押し留めていた手を離してしまった龍驤の襟首を掴んだ鳳翔が重心移動によってその上下関係を入れ替え、通常よりも落下速度が遅いとは言え墜落まで一分も残されていない状態で見つめ合った二人の間で刃が走る。

 

《あら?》

 

 硬い板を割る音と同時に戦闘中でも終始微笑んでいた鳳翔がそこで初めて眉を上げて目を瞬かせて小さく驚きに声を漏らした。

 

《アンタがやらせたんや! ウチにこんな胸糞悪い事っ!!》

 

 怒りに目をぎらつかせた龍驤が身体の前にナイフに貫かれた巻物型の航空甲板を突き出し、勅令の文字が刻まれた水晶玉を袖口で燃え上がらせて飾り紐を引き絞る。

 それがマトモな発艦を目的としない行動であると直感した鳳翔が肩の飛行甲板にワイヤーを引き戻させてナイフを引き抜いたと同時に炎がその胸元へと叩き付けられた。

 

 回避が間に合わなかった空母に命中した艦載機一機分の弾薬と燃料を自爆させた爆炎が上空200mで赤黒く広がり、その勢いで真下へと押し飛ばされた龍驤は両手と両足を出来るだけ広く広げて袖とスカートで風を受け減速する為に残り少ない霊力を障壁へと注ぎ込む。

 

 格上の力を持った相手を倒した手応えは、しかし、自分の艦載機を自爆させる為だけに使った空母として恥じるべき行為の前では何の慰めにもならず苦悶に歪む表情は黒煙が広がる上空を睨み上げる。

 

《ざまあ見ろやっ! 勝ったでっ!!》

 

 それでも空に舞う事なく散った自分の子機の無念を吐く様に赤袖や肌を焦げ付かせながらも勝鬨を上げた。

 

《言った傍からまた油断、やはり鎮守府に帰ったらもう一度訓練が必要ですね》

 

 勝利の叫びを上げた龍の喉が黒煙の中から聞こえた鳳の声と太陽方向から唸りを上げて急降下してくる艦載機のエンジン音に引きつる。

 煙幕の中から痛々しく引き裂かれた着物姿が現れ、その肩の飛行甲板は砕け千切れたワイヤーが垂れ下がり大きな焦げ目が刻まれていた。

 だが発着艦能力を失い淡い障壁の光を纏うだけとなっても頬笑む鳳翔の姿に。

 そして、いつの間にか自分の頭上を取っていた敵の爆撃機の姿に自由落下以外の選択を失っている龍驤は目を見開いた。

 

《貴女の言う通りただ突撃するだけならただの阿呆、だからこそ接近戦も航空戦も熟せる私達を空母艦娘(・・)と言うのです》

 

 破れて開けた胸元を焦げた片手で押さえながら降下していく鳳翔が烈風に混ぜて予め放っていた爆撃機、機首の真下に三日月型のラジエーターを備えた過去の日本軍で彗星と呼ばれていた緑と白で塗り分けられた機体がフラップで風を捕えてその腹に抱えた爆弾の矛先を龍驤へと向けて落とす。

 

『彗星っ! そんなものまでがっ!?』

『エースカードが烈風だけなんて言ってねぇんだよ!』

 

 艦橋で驚愕に叫ぶ田中への申し訳なさに歯を食いしばって龍驤はそれでも、と激しい戦意の火を宿した視線で自分を見下ろす鳳翔を睨み上げ。

 そんな教え子であり自分の隣に立つべき無二の戦友が見せる心根の強い姿に一番初めの空母は満足げな笑みを炎で煤けた顔に浮かべた。

 

・・・

 

 爆音が再び空に広がり炎が水干袖をさらに赤く染め上げ、火の玉になった空母の身体が光を散らして海面に叩き付けれる直前で金の輪へと変わり、その輪を下方向へと突き破って海面を踏みしめたしなやかな脚が水飛沫のカーテンを巨大な冠状に広げ。

 それを確認した指揮席に座る中村が警告マークが幾つも光るコンソールパネル上に浮かぶ着物が破れ半裸となっている立体映像の鳳翔へと手を伸ばして触れ、五枚のカードを表示させる。

 

「さて、艦隊のアイドル、ステージに向かう準備は出来てるか?」

 

 指揮席から指揮官が円形通路に立つオレンジ色のセーラー服へと声を掛ければ、焦げ茶色のスカートの上に垂れるオレンジの花びらをくるりと回した軽巡がピースサインを作って満面の笑顔を返しながら落下中の不安定な足場の上でしっかりとポーズを決め。

 

「はーいっ♪ お仕事ですねっミ☆ 那珂ちゃん、いつでも現場入れまーす!」

「よし、なら行ってこい!」

 

 その返事を受けて中村の指が立体映像のカードを選び取り現在の旗艦である鳳翔の表示へと重ねられ、コンソールパネルの上と目の前の足場で燐光が散り、眼下に青い海を見下ろす全周モニターが金の光へと包まれた。

 

「さぁ、やっと折り返しだ、まだまだ気を抜くなよ」

「はい! 提督、全力を尽くします!」

「誰に言ってんのよ、そんな事当たり前だったら!」

 

 やはりどこか軽い物言いで部下に声を掛ける中村に、出航時には少し不満と不安を表情に浮かべていた高雄が彼へと強い尊敬を宿した瞳を輝かせて良く通る声と共に頷き、当然の事だと鼻をフンと鳴らした駆逐艦娘霞が少しだけ口角を吊り上げる。

 そして、舞い散る光の中から艦橋へと戻ってきて損傷に足下をふら付き倒れかけた鳳翔を陸奥が支え、空母と戦艦もまた指揮官へと強く頷いて見せた。

 

《艦隊のアイドル、那っ珂ちゃんだよー♪ よっろしくぅっ☆》

 

 だがその直後、海面へと着水した軽巡の場違いかつ賑やか過ぎる声のせいで真面目に引き締まりかけた艦橋の空気がばらばらになって緩んだ。

 

「うん・・・気合入れて行こう、な?」

「あ、はい・・・」

 




I LOVE 那珂ちゃん!


GO! GO! 那珂ちゃん!


輝く海原に艦隊のアイドル推参!


那珂ちゃん ON STAGE!!


 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。